それが何なのか、はっきりと説明できる者は居ない。
記憶を失ったミライであれば推察くらいは出来たのだろうか。
驚愕するレヴィの動きはあまりにも遅かった。
「ァ━━ごえッ!?」
目の前に居たはずのレヴィの姿が消える。
首を掴まれたと同時に蹴りを腹に一撃喰らわされ、ほぼ無抵抗のレヴィは空中を舞った。
肺から全ての空気を奪われたレヴィは白目を剥いて気を失いそうになりながらも、黒い少女と同じ武器を振るい引き金に指を掛ける。
「…………」
標的に狙いを付けず、無作為に乱射された弾丸の嵐を黒い少女は正面から受けて弾き。
逆にレヴィの首を掴みながら何度も地面や壁に叩き付けた。
「ごほっ! こほッ! ふざけっ……」
トドメとばかりに壁に投げられ、破壊された壁の向こう側へと飛ばされたレヴィは悪態を吐きながらその場で蹲る。
「がはっ!」
横腹に衝撃を受けたレヴィは口から異物を吐き出しながら中に浮く。
片腕を振り上げた黒い少女の拳がレヴィの頬に吸い込まれるように向かい、乱回転して飛んでいく。
「うわぁ……漫画みたい……こんなこと現実で起きるんだ……」
戦慄するミライには見えていたのだろうか。
ただレヴィは殴られたのではなく、空中に浮かぶ間に三発も続けて顔を殴打されたことを。
「おえぇっ! はぁっ! はぁ!」
地面を転がるレヴィは傷みに悶えながらも這いずって身を隠した。
(ふざけんな! なんで……アイツがここに!?)
恐怖か痛みか涙目になるレヴィは青褪める。
「ぷ……!」
違和感を感じて口から折れた歯が出て来たことにレヴィは目を見開き、それを握り締めて食いしばる。
「ッ……そんな情報聞いていない」
想定外なことが起きたレヴィは悪態を吐かずにはいられない。
報道部の部長としてトリニティの情報収集に余念はなく、情報という点で言えばレヴィはトリニティでもトップクラスの能力を持っている。
システムを乗っ取ったショッピングモールが通報されてもヴァルキューレや正義実現委員会が到着するまでの時間さえレヴィは把握しているだろう。
正義実現委員会の委員長や他の派閥の首長などが近づけば真っ先に嗅ぎつける情報収集能力。
それよりも更にイレギュラーな存在が、突然現れたゲヘナの生徒の委員長。
「空崎ヒナっ!!」
直後にレヴィが身を隠していた場所の壁を破壊された。
咄嗟に反応して腕を振り上げたレヴィは衝撃を受けて倒れ、地面を削りながら飛んで行った。
「がああっ!」
激痛の叫びをあげるレヴィ。
レヴィの庇った腕が本来曲がらないはずの方向に曲げられていた。
「がああああああああ!! この小汚いチビがぁっ!」
ただの一撃、恐らく銃ですらない打撃。
「見つけた見つけた、見つけた! やっと見つけたの……! だから!」
「なんでここにアンタが居るのよ!?」
いや、そんなことはありえない。
特徴と容姿は酷似しているが、こんな無謀な行動にでるような行動を空崎ヒナはしないはずだ。
「どうしてヒナ、アンタがここに居る!?」
(首を掴んだのはあの矮小な生徒ミライを助ける為の行動だってのは分かる。だけどその異常な力で掴む動作だけで喉を破壊されかけた!!お腹が痛い……!あの蹴りで内臓がひっくり返って吐き気と眩暈がする。視界の端がチカチカと火花が散ってるみたいに点滅して気を失いそう!というよりもありえないでしょあの体格差でなんなのあの腕力は壁やら地面に何度も何度も何度も玩具みたいにぶつけて私はぬいぐるみ!? 首の骨が折れるかと思ったわよあの格好はなに!見た目相応の暴れ方はなんの皮肉よ笑えもしないわそもそもゲヘナの生徒がしかもよりにもよって風紀委員長である癖にどうしてトリニティの自治区内で暴れているのエデン条約がどうなっても関係ないって言うのあのツルギだってそこまで物を弁えない人間じゃないわ絶対におかしい変よありえないわ殺してやるぶっ殺してやるトリニティの掌握が終わればゲヘナの生徒だろうがトリニティの生徒だろうが全員私に跪いて首を垂れて手揉みしながら私のご機嫌取りに毎日勤しむ生活をするのよ立場も権力も思いのまま私の気分次第で全ての運命が決まる私の為の学園を築くの!そうなって後悔するのは私を虚仮にした馬鹿な愚か者共自分の立場を考えず偉そうに私を見下して軽蔑して侮蔑して許さない許さないわ絶対に許さない必ずそう必ず私が支配してやるのよ━━━)
突然レヴィは自身の頭を壁に叩きつけた。
「今はそんなことどうでもいい!」
そしてレヴィは自分の折れ曲がった腕を強引に折り戻した。
「ぐッ! がああっ!」
本来なら安静にしておくべき腕を戻した理由は何故だ、折れた腕を戻したところで更に傷むだけですぐに動かせるわけではない。
「あー、痛いわね! でもおかげで余計な事を考えずに済んだわ」
頭を冷やす為に、わざと腕を更に傷付けた。
痛みで冷静さを取り戻す、それこそミライの言う様にフィクションのような奇行だ。
実際にそんなことをすれば折れた痛みと苦しみで碌に動けなくなる。何より犠牲にしたのは片腕、指や歯が折れたとは訳が違う。
レヴィはまだ正気を失っているのかもしれない。
「はぁっ! はあぁ!」
脂汗を体中から滲ませるレヴィと、その目の前にいる黒い少女。
生物であれば腕を折られて平気なはずはない。
生来頑丈な肉体を持ち、回復力も並みはずれているキヴォトスの生徒達であっても片腕の負傷は惜しむ。
「アンタと戦うつもりなんてないのよ私は、目的だけ達成できればそれでいい。それは片腕だけあれば十分!」
銃を杖代わりにして立ち上がるレヴィに鋭い紅い瞳を黒い少女へと向けた。
ボロボロにされてもなお立ち上がって敵意を向ける凄まじい胆力。
両者、持ち得る武器は同じ。
だが目的は真逆。
「あの女だけ、どうしたって梔子ミライだけは殺してやる!」
何が起きたのか把握できていないミライは、瓦礫の中で宣言したレヴィの声を聞いて言葉を零した。
「え? なんで?」
当然の反応だった。
◆ ◇ ◆ ◇
地下倉庫の一角。
「レヴィさんの使用する銃はMG42、シズクさんの使用する武器はHK32とP228。サクヤさんの物はM1887です」
「えむじー?」
「ゲヘナの風紀委員長が同じものを使うとか、正直この程度の情報しかありません」
「大丈夫、相手の武器が分かっただけでも十分」
敵であるはず相手の行動を予測したサクヤの考えは見事に的中していた。
倉庫の一角で身を隠す四人の生徒の影がその証明である。
「ねえわざわざ倉庫に隠れる必要あった? 他の店から出て、人ごみに紛れて逃げれば良かったんじゃ……」
「そうしてしまうと彼女達はお客さんごと私達を攻撃する可能性があります、そういうのに躊躇の無い方々ですし」
「そ、そんな恐ろしい人達なんですか?」
「トリニティの怪物と陰で揶揄されている方達です」
悪名高いトリニティの怪物達、ヒフミはそんな話を聞いたことはない。
ヒフミの尊敬する先輩であれば、そんな恐ろしい人達が居れば知っているだろうに話を一言も聞いたことがないし、自分のすぐ近くに躊躇なく犯罪行為をする邪悪な生徒が居ただなんてヒフミは知らなかった。
悪事なんて縁遠い、例えば銀行強盗なんて毎日のニュース番組にある程度で自分がその場に居る想像などしたことがないし、今後もそんな事に巻き込まれることはないと信じている。
「見ず知らずの他人を巻き込むなんて……コハルちゃんも詳しいようでしたけど」
「ハスミ先輩達が話してるのを聞いたの……あいつら、何の罪もない生徒を何人も痛めつけてるって……退学した人もいたとか」
「退学!?」
退学という言葉にヒフミが驚いたのは大袈裟なことではない。
ことキヴォトスにおいて退学とは学園からの、自治区からの追放と変わりない。住む場所を追われるのと同義だ。
「といっても自主退学だけど、その殆どの人達が悪い事をしたわけじゃないって」
「脅迫、恫喝、虐めによる暴行……アズサちゃんも見たことありますよね?」
「…………」
被害に遭っている生徒を助けた時のことをアズサは思い返す。
「……あんなこと、ずっとやってるの?」
「正義実現委員会は動かないんですか?」
「警察は事件が起きてからでないと動きません」
声の聴こえた四人の視線が一斉に同じ方へ向けられる。
白い少女サクヤが微笑み立っていた。
「私達ヨブ分派は同時に報道部を掛け持ちしているのです。クロノススクールの方々にも負けない正確な情報提供を心掛けていまして……ティーパーティーの方々にも懇意にされているんですよ?」
「正確な情報提供とは面白いことを言いますねサクヤさん。都合の悪いことは揉み消して、報道の自由の意味を勉強していないようですね。補習授業部に入部されますか?」
「ば、バチバチしてる……」
上辺だけの笑みと皮肉がハナコとサクヤの間で火花を散らしている。
「ハナコ……何か情報はある? 戦いに役立てそうなのは」
「役に立つ物は、私が知る限りでは過去にツルギさんと揉め事を起こして大きな怪我をせずに済んだと」
「キャッ!?」
ハナコが喋ってる途中、意識の外にあったヒフミの悲鳴が聴こえた。
四人が背けていた壁が砕け、ヒフミの頭の真横から腕が伸びた。
「動かないでね」
「うっ」
壁を破壊して現れたシズクによってヒフミは片腕で羽交い締めにされ、頭に銃を突き付けられる。
「だ、ダメ!」
「あなた達にも言ったつもり」
取り戻そうとコハルが銃を向ける前に足で蹴り飛ばされる。
挟み撃ちにされ、ヒフミを人質を取られた事でアズサは悔し気に歯嚙みした。
「私達はレヴィ様の邪魔をしないようにと指示されたのであなた達を傷付けるつもりはないんです、できれば早めにレヴィ様のところへ合流したいので大人しくしてくれませんか?」
「難しい提案ですね、信用に値する方であれば聞いてあげたいのですが」
「ふふふ、それもそうですね! では手早い方で……?」
強引に制圧しようとサクヤがショットガンを構えたと同時に地震が響き渡る。
一瞬、レヴィが暴れているのかと思い掛けたが地響きは絶え間なく、立っている場所が地割れを始めたことですぐに違うと理解する。
「まずい……彼女が危ない」
困惑したのはサクヤだけでなくシズクも同じ、地割れを起こしていくだけでなく建物全体が揺れ動いているのを見て動揺する。
それはアズサが初めて見るシズクの明確な隙と捉えた。
(チャンスは今しかない!)
「コハルッ! 手榴弾を!」
「え!? あわわ! えいッ!」
突然指示を出されたコハルは持っていた手榴弾をシズクとヒフミの方へと投げる。
だがすぐにシズクは冷静に戻り回避しようとするが、人質にしていたヒフミに片腕を掴まれていた。
「ご、ごめんなさい!」
「度胸あるね?」
「ヒ、ヒフミ!?」
自分ごと巻き添えにしようとするヒフミの行動に投げたコハルの方が驚く。
投げられた手榴弾はシズクの背後に落ちて光を放ち、爆風を生み出して二人の身体は空中へと吹き飛んだ。
「きゃああああ!? むごッ!?」
「ヒフミ!?」
ヒフミは段ボール箱に頭から突っ込んだ。
一方のシズクは諸に爆風を受けてサクヤの方へと飛んでいく。
「危ない」
しかしサクヤは一歩身体をずらして避け、シズクは後方にあった木箱に刺さった。
「……受け止めてよ」
「あなたが頑丈な事を知っている信頼の回避です」
「うれしいー」
亀裂が生きているかのように地面を走っていき、積み上げられていた箱や商品が落下していくのが見えた。
そして地震による亀裂はやがて倉庫内の地面を崩していく。
「地盤沈下でしょうか?」
「サクヤ、あれ」
木箱から自分の身体を抜いたシズクは崩れた地面の底を指差した。
「このままでは危険ですね、早く避難しましょう。こうなってはもう時間稼ぎは不可能ですし」
そう言ってサクヤ達は未だ地響きを起こす倉庫内から立ち去っていく。
「ヒフミ!」
吹き飛んで段ボールに落ちたヒフミにコハルが駆け寄った。
「大丈夫!?」
「げ、限定ペロロ様抱き枕が沢山入っていました……えへへ……幸せ」
「バカ!」
段ボール箱の中にあった抱き枕がクッションとなっており、ボロボロのヒフミは目に焦点が定まっておらず、嬉しそうに笑みが零している。
「頭を打っているな正気じゃない」
「早く私達も逃げましょう! 倒壊に巻き込まれてしまいます!」
「うぎゃあああああああ!?」
退避をハナコが言うのと同時に天井が崩れ、同時に聞きなれた声の悲鳴が木霊した。
天井が崩れたのと同時に二人の人影が落ち、その一人はミライの姿だった。
「あ! ヒフミちゃん達! おひさ───」
落ちて行くミライはヒフミ達と視線が合い、地面に叩き付けられる。
よりも前に、落下する箇所が崩壊して更に地下へと堕ちて行った。
「ウギャアアアアアアアア!?」
「なんだ今の?」