疾走する三人の人影。
ショッピングモールを走る姿は買い物にはしゃぐ女子高生の姿とは程遠い、命懸けの逃走と追跡。
「わぁああ! 来ないでー!!」
「待ちなさい! 来るな化け物っ!」
「…………」
一方は捕まれば死。一方も捕まれば死。一方は捕まえて殺す。
三つ巴とは言えない圧倒的戦力差がそれぞれにある。
「クソッ! なんでここも閉まってるんですか! 誰かー!」
ショッピングモールのシステムはレヴィ達が乗っ取っており、出入りする為のシャッターは全て降りている。
そのことを知らないミライは兎に角出口を探さなければという思考に陥っていた。
そうしなければ無惨な死を迎える。
「殺す! 絶対にアンタだけはアァ!!」
「わぁ! 鬼の形相ってやつです!」
折れて動かせない片腕を振り回しながら走り迫ってくるレヴィに手加減をする気遣いが残っているかと考えると怪しい。
何が何でもミライに報復しなければ気が済まない。
そこまでの事をミライがレヴィにしてはいないだろう。
それとは無関係に度重なる痛みとストレス、そして予想外の人物の乱入。自分の思い通りにならない現状はレヴィの狂気に拍車をかけた。
だがそれでもまだ一歩、ギリギリのところで理性を保っている。
「ちッ!」
レヴィを追跡する黒い少女の存在が皮肉なことに狂気を抑制している。
狂って周囲に当たり散らすほどに理性を失っていればレヴィは既に制圧されている。
(コイツだけは潰す、その後どうなろうが知ったこっちゃない!)
良く言えば執念、悪く言えば後先を考えていないただの意地だ。
レヴィは銃を乱射し続け、ミライは背後から飛んでくる鉛の雨に晒されながらも走り続けた。
当然それを許す黒い少女ではなかった。
「全くっ、サクヤに礼を言わないとね」
懐からリモコンを取り出したレヴィはボタンを操作。
その途端、潜んでいたオートマタやドローンが黒い少女の歩みを止めに掛かる。
銃火器を装備した機械の兵隊が一斉に敵を狙うが。
「邪魔」
撃鉄が振り下ろされる前に、弾が発射される前に。
全てのオートマタの動力が寸分の狂いもなく撃ち抜かれ、そして粉微塵となった。
同じ武器を持つレヴィが逃げるミライ一発も当てらなかったにも関わらず。
奇襲は成功せず、戦闘すら成立させられず兵隊が全滅。
「私への当てつけ⁉︎ 冗談も大概にっ!」
リモコンを操作して次々と兵隊を投入しても、黒い少女の速力を落とすことさえできない。
そして、最後の兵隊がガラクタと成り変わり。
その中を稲妻が奔った。
「待──」
光と衝撃を受けたレヴィは言葉を紡ぐこともできない。
「が……あ……」
弾丸の雨によってレヴィの身体は地面に陥没。
ぴくぴくと手足を痙攣させたまま動かなくなった。
「し…白目向いてる……こんなこと本当に現実であるんだ……というか電撃?」
倒れて動かないレヴィをミライは見下ろす。
「この場合、病院に運んだ良いの? 警察に通報した方がいいの?」
それよりも前に、目の前にいる存在について頭を捻らせるべきだろうに。
「あのーありがとうございます! ……助けてくれたんですよね?」
警戒しないミライは黒い少女へと爽やかに挨拶をする。
「──なさい……ああぁああ──ミライ? どうして……あああああ……」
黒い少女はミライの声が聞こえているのかいないのか、視線も合わせず小声でぶつぶつと独り言を続けている。
黒い少女はミライよりも小柄で後頭部から生えてる角は不自然に欠けている。怪我をしているのか服の隙間から包帯が見え、手袋をつけているのかと思ったら爪の先まで煤に塗れているだけだった。
肩まで届いている白い髪も所々煤で黒が混じっており毛先まで荒れている。
俯いて、何か怯えているように頭を抱える黒い少女は先程までの圧倒的な存在感と強さが嘘のように弱々しい。
「大丈夫ですか?」
「────」
近付いたミライと初めて視線のあった黒い少女、その表情はまるで叱られて泣きそうな子供のよう。
黒い少女は恐る恐るミライへと手を伸ばし、ミライはその黒い手を握る。
「えっと」
「ああ……────ああああああああ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「わ!」
震える黒い少女はミライから後退り、突如として頭を抱えて叫んだ。
泣き叫びながら膝から崩れ落ち今度は地面を掻きむしった。
「ちょ、血が出てます! それに地面が削れてる! お店の人に叱られますよ!」
「私が居たのに、私が居たはずなのに! みんなみんな…私のせいで、私が。私が。私が……!」
指先から血が出るのも厭わず自傷行為に等しい行動をしている黒い少女をミライは止めようとする。
「うぅうう! わあぁあ!」
「ぎゃあッ!」
「……あ」
だがレヴィを圧倒した力を持つ相手を無理矢理止めることなど出来るはずもなく、止めようとしたミライは黒い少女に突き飛ばされた。
突き飛ばされたミライは頭からひっくり返り、何故か黒い少女の方が啞然としている。
「いたた……」
倒れるミライを見た黒い少女の顔は段々と青褪めていく。
「あ……ち、ちが……私は……うぁああ……ああああああああああああああああ!!!」
恐怖に飲まれている黒い少女は叫びながら逃げ去った。
立ち上がったミライはその後ろ姿を見つめながら困惑し、周りの惨状を一瞥する。
「……うん……私は……悪くないよね……ん?」
コロコロと瓦礫の破片が降り始め、ミライは微かに地面が動いていることに気づく。
最初は小さく、しかし揺れは段々と大きくなっていく。
「やばっ! 逃げ……」
地震に驚いて避難しようとしてミライは振り向く。
視線の先にはうつ伏せで意識のない綺麗なレヴィ、先程までミライを攻撃していた少女だ。
ミライは黒い少女が逃げて行った方向を一瞬気にしつつレヴィを背負い走る。
「どういう……つもり……」
「わぁ! もう意識が戻ったんですね! 自分で走れますか!?」
「どういうつもりと……聞いているのよ」
背負われていたレヴィが目を覚ました。
背筋が凍るほど恐ろしいく低い声でミライの肩を掴んでいる。
「いッたた! ちょ! 握撃はやばいです!」
「私を放っておいたら……瓦礫に潰されて数週間は病院生活よ……」
「生きてはいられるんですね!」
あれだけ黒い少女に圧倒されてすぐに意識を取り戻したレヴィだが、助けようとしているはずのミライの首を絞めようと掴んでいる。
「アンタは束の間の安全を手に入れられる……いや、私がやったことを告発すれば……浦和ハナコが手を加えれば退学もあるわね…」
「……それだと、あなたがティーパーティーにはなれなくなってしまいます」
「……は? 何言って……!」
呆けた表情となるレヴィは聞き返そうとしてミライの足元に亀裂が奔ったのを見て叫ぶ。
「うぎゃああ! あ! でもこれで全て地震の責任にできますね! 良かったー!」
「言ってる場合じゃないわぁああああ!?」
ミライの足元が崩れ二人は宙に投げ出され、重力に従い落ちて行く。
「うぎゃあああああああ!?」
落ちた先は倉庫だろう場所で、ミライは真下にいたアズサ達と目が合った。
「あ! ヒフミちゃん達! おひさしぶりですあああああ!」
しかし一瞬の交差。
地面に激突する前に更に落下地点が崩落。
ミライとレヴィはその穴の中へ吸い込まれるように消えた。
「ウギャアアアアアアアア!?」
「ふざけんなッ! 意味わかんない!?」
◆ ◇ ◆ ◇
崩れ行くショッピングモールから脱出したサクヤとシズクだが、未だ大地は揺れ続けていた。
「建物じゃない、本当に地震だ……彼女は?」
「合流地点に来ていないという事はまだモール内のようですね」
落ち合う約束をしていた場所にレヴィの姿がない。
レヴィは人目が無くかつミライを迅速に痛めつける為の準備をしていたがもうそれどころではない。
「助けに行く」
「レヴィ様なら倒壊した建物から脱出するのは訳もないと思いますよ」
「そんな事は分かって……正義実現委員会?」
正面の出入口から逃げ惑う客とは反対から見慣れた赤黒の制服姿をシズクは見つける。
「予定より来るのが早い、まだ十分くらいだよね?」
「まあティーパーティーの息が掛かっている生徒が何人もいますからね、監視されていたとしてもおかしくはありません」
表向き一般生徒として扱われているミライだが事実上ティーパーティーのミカの庇護を受けており同じくヒフミもティーパーティーのナギサと深い交友関係にある。
転校して日が浅いアズサも問題行動を起こしており警戒対象にされるのに疑問はなく、ハナコもある意味で問題行動をいくつも起こしているしその影響力は知る人ぞ知る。コハルに至っては身内であり副委員長であるハスミに目を掛けられ、噂程度だがミライと同じくミカに気に入られているという情報もある。
いくら情報部が情報を誤魔化そうと最初から傍にいる番犬を遠ざけるのは難しい。
「……最初からレヴィが失敗するって分かってたでしょ?」
「ストレスを溜めたレヴィ様は話を聞いてくれませんので。それに楽しかったでしょう、暴れるのは」
「…………」
呆れから言葉も出ないシズクは崩れ行くモールに視線を戻す。
だが崩れ方に違和感があった。
「──勘違いかな、沈んでない?」
「あらら」
◆ ◇ ◆ ◇
落下した場所はショッピングモールの地下駐車場。
二人は背中から思い切り落ち背中を強打したものの無事だ。
「死ぬかと思いました……」
車の上に運よく落ちたミライとレヴィ、二人を受け止めた衝撃で車がへこんでいる。
「あんなところから落ちたからです、二人分の重さもあったし……私最近ダイエットしてますから」
「嘘でしょう……」
「ええ嘘です、食事制限も運動もしたことありません。多分過去の私もね、あなたはかなり細いし小さいですよね、もうちょっと太ったらどうです?」
「そんな話どうでもいい! 周りをよく見なさい!」
指差すレヴィの方へと視線を向ける。
その場一面に灰色の泥が流れていた。
固まっていないコンクリートのようにも見えるそれは、車のすぐ下を川のように流れている。
「不味い……不味い!」
「カナヅチなんですか? 私は……泳いだ記憶がないですけど大したことありませんよ。すぐに誰か助けが来ます」
「そんなの来ないわ!」
「それは何故?」
「コイツに触れたら死ぬからよ!」
再びレヴィが指差した場所には一緒に落ちて来たであろう瓦礫と潰れた車。
それらは硫酸にでも触れたように灰の川は周囲にある全てのものを少しずつ溶かしていた。
そしてそれはミライの乗る車も同じだと、二人の乗っている車のタイヤが破裂した。
「うわっ!」
空気が弾ける衝撃で川の水が飛沫をあげて壁に付着する。
川から落ちないように車にしがみつくミライは溶ける壁を見て開いた口がふさがらない。
「ふざけないで、こんな……こんな事で! 私はまだっ!」
「……」
「アンタのせいよ! こんな事になったのは全部アンタのせい! 全部全部! 許さないっ!」
「え! 私? 何にもしてないんですけど!」
焦燥から悪態を吐くレヴィはミライに怒りの矛先を向ける。
黒い少女の猛攻を受けて未だに身体の自由が利かないようだが、もし動けたらミライを車から蹴り落していたかもしれない。
いやこの性格なので確実にやっただろう。
「落ち着いてくださいよ、どうせ二人共死ぬなら最期くらい仲良くしません? あ! トランプありました! 一緒に遊びましょう!」
「ふざけんな死ね! 頭おかしんじゃないの!?」
「私だって本当は死にたくありませんけど抵抗できそうもないんで……しょうがありません。あ! 見てくださいよレヴィさん! 石が氷みたいに溶けました! 私達もあんな風に死ぬんですね! 痛いのはあんまり好きじゃないんですけど……レヴィさんは痛いの好きですか? 私は好きです」
「……本当に頭おかしいやつだったのねアンタ」
パニックになっているにしては表情は明るく、冗談にしては笑いどころは見つからない。
レヴィは悪態を吐く以外のことはできない。
「こんなバカに構わなければ良かった……」
身体が動けば項垂れていただろうレヴィとミライの乗っている車が揺れる。
「わぁ!? なんですか!? また地震!?」
「壁も溶かしてるのよ、地面だって溶けてるに決まってるでしょう。多分どこかの下水路とかに繋がって流れ込んでる!」
少し先の川が渦を巻いて灰色の泥が流れ込んでいっている。
「おお! これって私達も助かりま……せんよねー」
流れ込んでいく灰の川はボートのようにミライ達の乗る車を少しずつ引き寄せていく。この灰の川どこから来ているのは分からないが車が引き寄せられる勢いからみて時間はまりない。
このまま放っておけばミライとレヴィも一緒に更に下へと落とされるだろう。
当然、あらゆる物を溶かす灰色の泥を全身に浴びることになる。
「身体が溶けるのってどれくらいのスピードでしょう?」
「さあね、アンタなら数秒持てば良いところじゃない?」
「苦しそうで嫌ですねー……ん?」
助かる道はもうない。
そう思っていたが、渦とは反対方向の少し先に地上一階にあがる為の階段に人だかりが出来ていた。
黒い服を着た数名の生徒、正義実現委員会だ。
「そこの二人! 無事ですか!?」
「あなたは! 名前聞いてなかった!」
「後で自己紹介するっす! それよりもそこを動かないように!」
「どうしよう、あそこまで」
「目測で十メートルくらいかな……」
イチカと他数名の生徒達の救助隊だ。
だが助けが来たと安心するのにはまだ早く、ミライ達の居る場所までどうやって行こうかと話し合っている。
他の瓦礫や車を足場にするにも残念ながら彼女達の方向には何もない。
おまけにレヴィは倒れて動けず、ミライは運ぶくらいなら出来そうだが飛んだり跳ねたりして彼女達の方へ行くのは無理だ。
「──! 止まった?」
台風の日のように激しく流れていた灰の川が静かになる。
車体や壁なども溶かす性質が幸いしたのか、溶けて作られた大穴に瓦礫や車が詰まって川の流れが止まっている。
しかしそれも数分で溶けてまた流されて行くだろう。
今すぐ、ここから移動しなければならないが。
「でも周りはダメージゾーンだらけ、船の周りは何もなし」
イチカ達は近くの板材やらを使って橋か何かを作ろうとしているが、そこまで来る頃にはミライ達は骨も残っていないだろう。
彼女達の絶望的な表情がそれを物語っている。
「それでも助けようと頑張ってくれるなんて、嬉しいと思いません?」
「全然、役立たずとしか感じないわ」
その努力にレヴィは辛辣な言葉しか発しない。
しかし否定の難しい真実であることも確かだ。
イチカ達の努力は無意味に等しい、ミライ達は助けられない。
「……そうですね、二人とも死ぬんです。ならやる事は決まっています」
「は? ちょっと⁉︎」
何をするつもりか、動けないレヴィをミライは頭の上まで持ち上げた。
「まさか……ちょっと待ちなさいっ!?」
騒ぎ立てるレヴィはミライがやろうとしている最悪の想像をして青褪めていた。そうされるだけの心当たりはレヴィには沢山あるだろう。
灰色の液体に触れても石や壁は数分は溶けなかった。
車などの金属が溶けるはずっと時間が掛かる、それよりも同じか若しくは頑丈な人体であればより時間が掛かるだろう。
想像を絶する苦痛を感じる。
「わ、私が悪かったわよ⁉︎ 痛めつけようとして悪かったから……だからやめ!」
「ちょ! 何するつもりっすか⁉︎ ダメっ!」
「ひっ」
誰かのか細く叫ぶのと同時に、ミライは持っていたスタンロッドをレヴィに構える。
「ま、これでお相子ってことにしましょうか!」
「━━は? ぎゃっ!?」
ミライはスタンロッドの先端をレヴィに押し当ててボタンを押す。
唖然としながらレヴィは肺の中の空気を吐き出しながら飛んだ。
「ごべっ!?」
「うぇ!?」
異常な勢いで伸びるスタンロッドの力を利用してレヴィをイチカ達のところまで撃ち飛ばした。
飛ばされたレヴィをイチカは受け止め目を見開いている。
「すごっ……は! ミライさ……」
受け止めたレヴィからミライはどうやってこちらまで来るのか。
同じ様に伸びる棒を利用して飛んでくるのか、そう考えてイチカは視線をミライの方へ向けるが。
「……え」
灰色の川は既にミライの立っていた土台を解かし消えており、ミライの姿はどこにもなかった。
「最期まで……わけわかんない奴だったわね……アンタは……」
自分を助けてくれた相手にレヴィは最後まで感謝の言葉を口にしなかった。