自宅にテラー化した生徒が住み着いた   作:ミステイク

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第三話・迷子

 ホシノは主人を助ける騎士の如く颯爽と現れ、ヒーローのようにクールに去っていった。

 

 敵意どころかホシノは彼女を助けた、間違いなく助ける為に戦った。

 

(ホシノは私を助けてくれた……偶然通り掛かったとかじゃなく私の為に……もしかして格好はテラーだけど中身は元のホシノなのでは!? いやでもだったら少しは意思疎通するよね? なんで消えるの?)

 

 一瞬彼女は希望を抱くも、その他の疑問に首を傾げる。

 何かイレギュラーな事が起こっている事は間違いないのだろうが、教えてくれる相手は残念ながらいない。

 

(黒服さんなら知ってるかな〜? いやでもウトナピシュティムを宇宙戦艦とか言う人だからなぁ……ウトナピシュティムが戦艦って! エアププレイヤーかっつって! ……なんでだろう、凄く胸が痛い)

 

 その答えをほんの少しでも理解するために彼女はアビドスの砂地を踏んだ。

 危機を脱した彼女は再び歩みを進める。

 

「道、合ってるのかな?」

 

 方向感覚を失いそうになるほどの大砂漠。

 砂漠という環境で想像できる猛暑により、体力と共に精神まで削られる。

 方向が正しいのかも分からない彼女は不安に思いながらも進むしかなく歩き続ける。

 

「ふぅー……ん? あれ!? 水がもうない!?」

 

 喉を潤そうとした彼女だったが水筒の中身から出て来たのは水滴一つ。

 砂に落ちるそれ以外の水は全て彼女の汗だ。

 

「そんなぁー! は!」

(砂漠地帯、遭難、脱水症状、餓死)

 

 最悪の結末を想像した彼女は猛暑の中だというのに死の気配を感じてか悪寒と共に大量の汗を流す。

 

「これ以上水分を流しちゃ不味い! 本当に不味い!! 私まで死ぬとかぜんぜん笑えない!? ぎゃあ!? ひぃんって馴染み深い悲鳴が聞こえてくる!!」

 

 すぐに携帯を取り出し助けを呼ぼうとする。

 しかし無慈悲にも携帯のバッテリーは無くなっていた。

 

「うえええん! 誰か助けてくださーい!!」

 

 恥も外聞も捨てて大声で周囲に助けを求めた。

 だが砂漠に彼女の声は虚しく木霊する。

 

 もしかしたらホシノがまた助けに来てくれるのではと一瞬思ったが姿を現してくれることはなかった。

 

「お、終わった! 私の死因! テラー生徒じゃなく脱水死! こんな所まで似なくても……がくっ……!」

 

 彼女が地面に膝を突いて項垂れる。

 このまま死んでしまうかと思われたが、彼女は運が良いらしい。

 

「……大丈夫?」

「へ?」

 

 絶望に暮れている彼女は自分にかけられた静かな声に反応する。

 

(何年経っても憶えている名声優と同じ愛らしい声、声当ててるから当然だけど!)

 

 希望に満ちた瞳を宿して顔を上げて姿を見ると、青いマフラーを巻いた銀髪に犬耳の少女。

 砂狼シロコが彼女を見下ろしていた。

 

「かわいい! 死ぬ! 結婚して!」

 

 何をトチ狂ったのか、彼女は心の中の言葉を現実にぶち撒けた。

 

「ん、大丈夫じゃないみたい。近くに病院なんてないしどうしよう……アヤネなら分かるかな?」

「あ、すみません大丈夫です! お気遣いなく! ピンピンしてますよ!」

 

 無様な格好で倒れ伏す彼女を見下ろすシロコ。

 まさかこんな所でシロコに遭遇するとは思っていなかった彼女も自分の運の良さに困惑していた。

 そして同時に安心もしていた。

 

(でも都合が良いや、シロコは無事ってだけ確認出来たし、あとアヤネも言葉からして無事みたいだね)

「死ぬ気で来たけど今日死ぬ事はなさそう! 良かった!」

 

 テラー化していないシロコを見て少なくとも今日を生き延びる事はできそうだと喜ぶが、彼女の心情も理由も分からないシロコは首を傾げて困惑の表情を浮かべる。

 

「うん、やっぱりおかしくなってる。付いてきて、学校で休もう」

「いや私はだいじょ、あいどこまでもついていきもす」

 

 狂気に陥っていると思ったのか、心配からシロコは学校に連れて行こうとする。

 実際正気を失っているとしか言いようが無いのだが、ちゃんと正気だと訂正しようとするがシロコに手を握られて抵抗の意識がなくなった。

 

(サイクルグローブ越しから感じる柔らかい手指の感触、どうせなら匂いも嗅ぎたい! 先生ったら羨ましいなあ! うん! 今の私すごく気持ち悪い!! 反省しよう)

「ごめんグローブ着けたままだった」

「着けたままで大丈夫です!!」

「ん? ……ん」

 

 生の感触を味わったら本当に正気を失う。

 それに気がついた彼女は強く静止して今のままでいる様にお願いした。

 

(良かったぁ! 私は何をしてるんだ! 生のシロコハンドをにぎにぎするチャンスを!! お馬鹿者め私! グローブ越しも生手も堪能出来てこそだろうがっ!!)

 

 彼女は頭の中の理性と喧嘩をしながら、現実では苦しそうな顔をして悶える。

 

「…………ちょっと急ごう、自転車は此処に置いて行くしかないね」

「え? なぜ自転車を置いて行くのです?」

「こうした方があなたも楽だし、直ぐに着くから」

 

 彼女が悶え苦しむ(理由は馬鹿みたいな物だが)姿にシロコは自分の大切な持ち物を置く。

 そしてシロコはその持ち前の高い膂力で彼女を抱えた。

 

「!?」

 

 おんぶされた彼女だが、彼女は自分の身に何が起きたのか理解していない。

 直後に感じ取った感覚は。

 

「いい匂い……」

「!?」

「がくっ!」

 

 そう最後に呟いた彼女はシロコによる条件反射的に動かした後頭部の打撃を受け気を失った。

 本人にとっては正気を失って発狂する恥を晒さずに済んで良かったことだろう。

 

「あ、急がないと! ……?」

 

 気絶する直前に言われた事で硬直していたシロコだったが、動かなくなったのを見て学校へ急ごうとする。

 しかし何者かの気配を感じ取って振り向る。

 

「ホシノ先輩?」

 

 シロコの疑問の声に返す者はいなかった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 手放してしまった。

 伝えられなかった。

 

「手帳……どこにあるの?」

 

 砂漠を歩く、無限に続いているような砂漠の道を。

 抜け出せない、あの日からずっと砂漠を歩き続けている。

 

 手放せず、納得できず、受け入れられない。

 前へ進もうとしても、進んでいない。

 ずっと、そこで止まっている。

 

 進んでも、進めていない。

 あの日からずっと先輩の残してくれたもの、残されたものを見つけられず、向き合えず、伝えられなかった。

 私だけが進んでいない、進めない。

 

 見つけられない。

 

(ああ……まるで)

 

「探さなきゃ……渡さなきゃ……ひとりぼっちで……どうして私は……」

 

(母親を失った迷子みたい)

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「あ、ホシノさん。おはようございます」

「…………」

 

 ベッドの上で目を覚ました彼女は、自分を覗き込むように見るホシノと目が合う。

 

 相変わらず無言のままのホシノ。

 理性も知性も見られないが、表情はなんだか安心したような感情を帯びていた。

 彼女がそう見えただけなのかもしれないが。

 

「…………」

「行っちゃうんですか?」

 

 再びホシノは消えてしまう。

 自宅からアビドスまでついて来てまた彼女の前に現れた辺り、恐らく近くには居るのだろう。

 

(心配してくれたのかな? 悪いことしたかなぁ……ここは保健室なのかな?)

 

 ベッドから出て此処が何処かと記憶を掘り返す。

 すると足音と共に保健室の扉が開いた。

 

「あ、目が覚めたんですね! シロコ先輩、お客さんが起きましたよ」

「うん、目覚めなかったらどうしようかと思った」

「はうあ!?」

 

 扉を開いたのは黒髪に赤いメガネを掛けた少女、奥空アヤネと、おんぶして彼女を保健室まで運んでくれたシロコだった。

 二人を目に映した彼女は胸にある心臓の辺りを押さえてしゃがみ込む。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「綺麗な方と出会って浄化されかけてるので大丈夫じゃないです! 膝枕してください!」

「何言ってるんですか!?」

 

 彼女に駆け寄ったアヤネは顔を赤くして恥じらう。

 シロコは同意するように静かに顎を引いた。

 

「ん、確かにアヤネはかわいい」

「シロコ先輩まで何言ってるんです!?」

 

 なんならアビドスのエッチ枠じゃないですかね、と言うのは流石に控えた彼女だった。

 シロコ達にとっては彼女は初対面のよそ者で誰なのかも分からない筈なのに自分たちの事を一方的に知っているなんて不気味だろう。

 

 尚、そういう目で見られている事の方が不気味で恐怖なのではという事は考えなかった。

 

「もう二人ともやめてください! そういう話をしに来たんじゃないんですから!」

 

 頬を膨らませてぷんぷんと怒るアヤネ。

 全く怖くないどころか愛らしさを感じている彼女だったが、流石に介抱してくれた人達を相手にこれ以上話を脱線させてしまうのは申し訳ないと思ったので止める。

 

「一応全部本音なんですけどね! 保健室まで運んでくれてありがとうございます」

「うん、頭が無事で良かった」

「そうですね?」

 

 何やら違和感を感じる言い方をするシロコだったが、あえてツッコミを入れるのはやめた。

 どちらにせよ助けてくれた事は事実だ。

 

「あなたは何処の生徒? どうしてアビドスに居たの? 旅行?」

「うーん、旅行というより終活と言うか……エンディングを見届ける為と言うか……」

 

 彼女の言葉に二人は顔を見合わせる。

 

(就活……?)

「なんと言ったらいいか……ホシノさんの事で来たというか」

「ホシノ先輩?」

 

 彼女の推測でしかないが、心身共に至って健康な様子のアヤネとシロコを見る限り、ホシノがテラー化してしまっている事はまだ気づいていない。

 アビドスは既に壊滅状態と思っていたがそんな気配はなく学校は運営されている。

 

(でもホシノがテラー化してしまってるから何かがあった事には違いないと思うんだけど)

 

 シロコ達がまだ無事であるならまだ可能性はある。

 テラー化したホシノを元に戻せるかもしれないと希望を抱いたが、先生がいないと思い出して考えが躓く。

 

(欲を言えば元に戻してあげたい……私じゃ無理でもアビドスのみんなと、せめて先生とアロナがいたら可能性があるんだけどな……できればプラナも、いやプラナいないとそもそも戻すのは出来ない?)

 

 テラー化してもホシノはホシノだ。

 アビドスのみんなの協力があれば元に戻せる可能性はあるが、その為の手段が欠けている為に彼女は実行に移せない。

 そもそもどうしてホシノがテラー化してしまったのかの原因も分かっていないのだ。

 

「ホシノ先輩ならノノミに連れられて買い物に出かけたよ」

「え?」

「あなたを保健室に運んだのと入れ違いでさっき出て行った、モモトークで欲しいものがあるか聞いて来てる」

 

 モモトークを見せるシロコのスマホの画面に彼女は目を見開く。

 

(入れ違い? さっきまでここに居ましたよね? じゃあ、え? あのホシノさん誰よ!?)

 

 そして彼女はハッとして自分のうっかりに気づく。

 

(……私はバカか? いやバカだけど、ヒントならあったのになんで気づかなかったんだろ? シロコだってそうだった筈なのに!)

 

 目の前のシロコのIF、もう一つの可能性。

 最悪なバッドエンド、しかし奇跡の始発点の原点となった者達。

 

 彼女は思い出し、そして理解する。

 

 自分が出会ったホシノが、別次元のホシノであるということを。

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