キヴォトスの生徒は頑丈だ、不死身ではない。
肉体に取り返しがつかない致命的なダメージを与え続ける。
尋常じゃない量の弾薬、そしてダメージを与え続けるだけの圧倒的優位と、そのための時間。それらを『異常なほど』叩き込みさえすれば銃火器だけでヘイローを壊すことも不可能ではない。
銃火器以外でも、病死や餓死、呼吸ができないような環境下での窒息死、身体機能が停止するほどの出血死。体温が一定以下になるような状態ですっと拘束し続けるなど。
傷の治りが早く、身体能力が高かろうと死という概念からは逃れられない。
だから普通はあり得ない。
「ヘイローは……壊れた……壊すだけの攻撃をした……はずだ」
憎悪の黒い炎で燃えていたサオリの目に映るのは、ヘイローを壊したはずの相手が幽霊のようにゆらゆらと浮き上がる姿。
アリウスユスティナの一斉射撃に晒されて、倒れていた相手が復活した姿。
「傷が……ない?」
流れ出ていた血が止まり、傷跡のないミカを見て誰かが声を零す。
「ふ、復活しました……ティーパーティーともなると再生能力も持っているものなんでしょうか?」
「さあ……あり得ないものなら周りに幾らでもいるけど……リーダー、あれは毛色が違う」
理解のできないものは世界のどこにでもある、それこそサオリ達の周囲にいる過去の残滓が。
その残滓も敵の異様な変化に動けないでいた。
彼女達に自我なんてものがあるのか分からないが、死んだと思った相手の身体が突然光り輝けば、誰もが驚き固まるだろう。
「いくよ」
だがその動揺に躊躇してあげる理由はなく、白桃色の光を放つミカが銃を構えた。
「退避しろ! 避け──!」
サオリは背後に居た仲間に指示を出すが、声は降り注ぐ隕石の轟音に遮られた。
空の雲を突き破って、雨のように降り注ぐ隕石。
「隕石!? あり得ないでしょう!?」
「避けろスバっ! くっ!」
落ちてくる隕石は地面を抉り、衝撃と熱を周囲に放ちながらユスティナとアリウスの生徒達を次々と沈めていく。
「リーダー、このままじゃ全滅!」
「ミサキ!」
隕石の雨の中をミカは真っ直ぐ駆け込けミサキを銃撃で黙らせた。
未だ発光するミカは笑みを浮かべたままサオリの顔を掴む。
「えい!」
「ぐあ!」
「ひぎぃ!?」
片手で投げ飛ばされたサオリはヒヨリと他を巻き込んで飛んでいく。
「ぐっ! どうすれば……!」
仲間を緩衝材に立ち上がったサオリは迷うそぶりを見せながらも端末を手に取る。
「アズサ……」
隙を作るために巡航ミサイルを使ってミカの選択肢を増やす、つもりだろう。
自分達に構っている暇をミカに与えない、校舎にいる仲間も危険に晒す危険な策。
「サオリ……いいの?」
「全ては虚しい……」
「ならどうして戦ってるのさ」
相変わらず返事は虚しいの一言、サオリは自分の矛盾に気付かない。
『警告、巡航ミサイルが複数発射されました。着弾まで残り二秒』
「え?」
数えて数百の巡航ミサイルをミカは目で捉えた。
サオリが操作したのかと一瞥したが、サオリも空を飛ぶ巡航ミサイルの雨を目を見開いている。
「なぜ? 私はまだ指示を出していないぞ!? ……一体誰がっ!」
「私の校舎が更地になる!」
アリウスに落ちていた隕石の方向が変わり、校舎へと撃ち込まれる寸前だったミサイルは隕石と衝突して爆発した。
他のミサイルも巻き込んで誘爆していき、爆音と大地が揺れ衝撃破がトリニティに広がる。
「隕石が止まった……?」
校舎を守るために隕石の矛先を何者かに誘導された。
再びミカが周囲に目を向けるが一部のアリウスの生徒とユスティナを残しサオリ達は姿を消していた。
「そう簡単に逃さな……」
瓦礫と硝煙を煙幕に逃げた彼女達を追おうとミカは翼を広げた。
全力で動けば台風くらいの風は再現可能な彼女は再び力を使おうと。
「──ぁ」
何かが、ミカの身体の中で壊れた。
軽いプラスチックが割れるような音に似ていた。
『ミカさん、危険です!』
危険を訴えるアロナの声を聴きミカは見開く
自身の手が今にも割れて落ちそうなくらいの大きな亀裂が走っているのを。
「……大丈夫、無理し過ぎただけ。普通に戦う分にはまだ問題ない」
『ですが……』
「今だ! 撃て!」
まだ残っているアリウスが反撃を始めた。
罅が入り、壊れかけの身体を無理矢理動かしてミカは避けようとするが間に合わない。
『緊急脱出シークエンスを』
「ダメ」
『私が色彩を誤魔化します!』
「通用しない、わかってるでしょ。ずっと見てるんだから」
だがアロナの言う通りミカは身体を酷使し過ぎた。
しかし逃げることは許されない、許可されていないのだから。
「もう思うように動けないけど」
前の身体なら兎も角、今のミカは恐怖とも神秘ともつかない不安定な状態。崇高とも呼べない中途半端な恐怖なのだから。
「でも……奇跡が起きるかも」
立ち上がるミカの体を支えるのは意地。
違う、自分の愛銃だ。意地で立ち上がるような熱血キャラではない。
『ミカさん……感傷はまだ残っているようですね』
「はは!」
ミカはひた走る。
亀裂が増えようと、弾切れになろうと。
『誰か助けに……切断された!? 考えなしの放射線! 邪魔をしないでください!』
アロナの助けも限界らしい。
この世界の聖園ミカには申し訳ないが、このまま付き合って貰うしかない。身体を奪われたようなものなのに、命まで勝手に賭けられて迷惑な事だろう。
『! ミカさん、裏門から』
「来てるんでしょ? 真正面からのゴリ押しだけなんてサオリは選ばない」
スクワッド含めて前に出て来た理由は自分達ごと囮に気を引くため。
その間に裏門などの他の場所から部隊を投入して校舎に侵入する。
想定外だったのは向かってくる戦力が一人で、たった一人にミカが大打撃を与えられた事。
どうしてリーダー格のサオリまで囮にしたのか、ミカの気を引く為か。
「何にせよ、ここまでかな」
残骸のような身体を押して立ち上がるミカは、割けた視界で雲の間から漏れた光を見上げた。
やはりミカではどう頑張ってもここまでだ、力を借りてもハッピーエンドには辿り着けない。
先生のようには上手くいかない。
「…………ああ、本当にこの身体は」
膝から崩れ落ち、破片が飛び散った。
それでもミカの身体は無理矢理動こうとして倒れる。
『ミカさん、駄目!』
「ごめんね」
そして、一発の弾丸がミカを。
「戦場に、救護の手を!」
貫くことはなかった。
◆ ◇ ◆ ◇
破壊された校舎は屋根を吹き飛ばし炎と煙を昇らせている。
あんなもの直撃していたらミライは間違いなく死んでいる自信があった。死ぬと言われた強酸性の泥を浴びても生き延びたがあれは例外だと思う。
「や、ヤバかったですね!」
「早く逃げるわよ!」
コハルに手を引かれながらミライは避難場所に向かう。
しかし道中、向かうその先の廊下を銃弾が通り過ぎた。
「こ、こっちに来たぁ!」
廊下から現れたのはガスマスクを被る、青白い肌の幽霊。
明らかにこの世の生き物ではない存在を前にミライは動揺する。
だがそれ以上に気になる点があった。
「ゆ、幽霊!?」
「いやぁそれ以上にツッコむべき所があるでしょう! なんですかあの格好は? あの股の!」
「こっちは不味い! 早く逃げろ!」
アズサが牽制して気を引いてくれている間にミライ達は窓から外に出る。
そこには至る所から煙が立ち上っていた。
「みんなの校舎が……一体どうしてこんな……」
「……早く、逃げよう!」
惨状を見て呟くヒフミの疑問には誰も答えられない。
追いついて来たアズサの言う通りに全員は安全な場所を探すが。
逃げる先に爆弾が転がった。
「危ないコハルちゃん!」
「きゃ!?」
咄嗟にヒフミがコハルを抱き抱えて飛び、爆弾が爆発した。
爆発により近くの壁が倒壊して壊れ、瓦礫が邪魔をしてヒフミとコハルが見えなくなる。
「無事ですか!? 二人とも!」
「はい! そっちも大丈夫ですか!?」
「ええ、瓦礫を退かしてそっちに!」
「駄目だ! 敵が来てる!」
ミライ達は爆弾が転がって来た方向から攻撃された。
「また股が凄い人達!?」
「違う! あんな格好しない!」
ガスマスクを被ってはいるがきちんとした格好をした子供達が現れる。
トリニティの制服ではなく肌の色も人間的で艶がある。先程の敵とは違う生きた人間が襲って来ていた。
「ハナコ! ミライ! ここは私が時間を稼ぐ! 早く行って!」
「でも!」
「大丈夫ですミライちゃん、アズサちゃんは一人でも身を守れるほど強い。むしろ私達の方が足手纏いです!」
「凄くショック!」
ハナコ言う通りミライ達が居ても足手纏いになるだけだと、無事を祈りながらその場を離れた。
広い校内を走りながら進んでいるとハナコは急に立ち止まり曲がり角を覗き込む。
「敵は正門からだけじゃなかったの!?」
「裏門はツルギ委員長が守ってるけど別のところから入ってきたんだよ! 早くバリケードを!? うわあああ!?」
凄い格好の侵入者達の猛攻に押されて正義実現委員会も戦っているが対応が間に合っていない。
大勢の敵に攻め込まれているのかトリニティ中が大混乱に陥っている。
「裏門からも敵が大挙して押し寄せて来ているようですね、それ以外からも……」
「それ以外? 例えば?」
「トリニティには昔に使われていた隠し通路など幾つもあります、そこから来たのでしょう」
秘密基地みたいな構造をしているのか、だが敵にそれを利用されてしまってこんな事になっている。
「なんで知ってるんです?」
「さあわかりません、敵に情報を流した裏切り者が居るのか。それとも敵が大昔のトリニティを知っていたか」
「ああ、なるほど?」
ミライが聞きたかったのはハナコが何故そんな事なものを知っているのかであるのだが。
敵が攻撃に利用できると判断した隠し通路なんて明らかに機密情報だろう。
「火の手はそんなでもないっぽいですけど……ヒフミちゃんとコハルちゃんは無事かな? 海に行く前に怪我しないといいですけど」
今は関係ない事を考えている場合ではない。
重要なのは彼女達が怪我をして海に行けなくなるかもしれないということだ。
「──……海、やっぱり行くんですか?」
「ん? 海、嫌いでした?」
「いえ、そういう……訳ではないんですが……」
言い吃るハナコにミライは首を傾ける。
視線を下に向けてどこか落ち込んでいるような雰囲気だ。
「居たぞ!」
「見つかった!?」
「っ! えい!」
敵に見つかった二人は撃たれ、ハナコは手榴弾を天井へ向かって投げた。
爆発の衝撃で天井一部が崩れて落ちて遮蔽物となり、敵の攻撃と進行を防いだ。
「大丈夫ですか! ハナコちゃん!?」
「はい、擦り傷です」
「ああそうだった大した事ないんだった……なんで慌てたんだろ私?」
銃弾を一発受けても大したダメージにはならないと知っていても咄嗟に心配してしまう。
自分が弱く一発でも物凄く痛いと感じるからだろうか。
ハナコが天井を崩したお陰で敵が来られないようにしたが時間の問題だ。
「また見つかる前に適当なところに隠れましょう、さっきみたいに上手く戦闘は回避出来るとは思えないですし」
「はい、そうですね」
「それに、傷の手当てもしないと」
隠れられそうな場所を探しながら二人は歩く。
ハナコの肩できた傷を治療する為にも救急セットなど見つけられたら良いが。
「ふふふ、擦り傷ってさっき言いましたよ? 心配性ですねミライちゃんは」
「擦り傷でも、傷は傷です。普通の女の子なら気にするべきですよ?」
「……そうですね」
普通のことを言われてハナコは笑う。
傷を気にしない系の漢気のある女の子なのだろうか。
「それに傷跡が出来たまま水着なんて着れないでしょ! というか言った側から怪我しましたね、これがフラグって奴ですか」
「……」
若しくは本当に海が嫌いなので水着を着なくて良かったと思ったか。
そういえばヒフミが海に行こうと提案した時もどこか言い出し辛そうな様子だった。
「あー、あれなら海じゃなくて山にします? ハイキングでもみんな多分喜んで」
「……な…い」
「え? なんか言いました?」
俯くハナコは聞いたこともないくらいか細い声を出した。
表情が見えないけれど、ミライには泣きそうな声に聞こえた。
「私、テストで適当な解答をしたんです」
「……え?」
立ち止まって顔を曇らせるハナコは告白する。
「テストでみんなが頑張ってたのに私は……私は、間違えてると分かって答案用紙に書いたんです……」
ハナコの唐突な言葉にミライは困惑した。
何故いま、その話をするのだろう。
「みんな真剣に頑張っていたのに、私一人だけが……ごめんなさい……」
「なんで、今……そんな話を……!」
壁から銃弾が貫通して二人の間を抜く。
「危ない!」
驚くミライは硬直して動けず、ハナコに押し飛ばされた。
直後ミライの視界は白く染まり、何も聞こえなくなった。
◆ ◇ ◆ ◇
誰かの言い争う声に、ミライは身体中に痛みを感じながら意識がハッキリしていくのがわかった。
ミライは廃墟のような場所で目覚め、周囲を見渡すが一緒にいたハナコの姿は見えない。
「聞いてない!」
「アズサ、これは命令だ」
アズサと何人かの少女達は言い争いをしている、正確には長い黒髪の少女と。
アズサは三人の少女達に見たこともない表情で叫んでいる。
「アズサちゃ……」
「目的は百合園セイアのヘイローを破壊する事だ! どうしてミライのヘイローを壊す事になってるんだ!? ミライはつい最近転校して来たばかりで無関係の……!」
意識が目覚めているミライと振り返ったアズサと目が合う。
「み、ミライ……」
「今……なんて言いました?」
聴こえなかったふり、をしようとしたが流石に無理だ。
ミライは痛む身体を無理矢理動かして立ち上がる。
「ミライ………わ、私は……!」
「私のヘイローを壊すって……言いました……よね?」
瞬間、ミライの目の前で太陽が堕ちた。
久々のホルス登場
喋んないけど