太陽が堕ちて来たとミライは錯覚した。
赤と桃色の中間、薄暗く発光する禍々しい炎のようなエネルギーを纏い、胸には歪んだ長方形状の発光物。
その双眸は獲物を狙う野生生物のケダモノのように鋭い。
焼け焦げたような光と制服姿、片手に握られたショットガンはあるものの、ミライは普通の生徒とは思えなかった。
姿形は違えどどこかあの青白い変態的な幽霊達に似ているようで、全く異質なものだとミライは直感した。
「こ、この人は?」
「情報に無い、聖園ミカみたいなのと一緒だろうね」
「ミカ様と? 何処が似てるんですか、ミカ様こんな熱血系じゃありませんよ」
文字通り燃えるほど熱い人間に出会ったのもミライは初めてだったが。
燃える少女は脱力した姿勢で宙を飛び、三人の少女達に銃口を向けた。
「気をつけろ! ぐっ!」
「くぅっ!」
「ひぁあ!?」
空中でショットガンの弾を正確に三人の生徒に当てた。
飛び散る散弾で三人を同時に撃ち込んだのだ。
その姿にミライはショッピングモールで見た黒い少女を想起する。
背丈も小さいので何かしらの関係があるのではと。
「わぁ凄い! あの子の姉妹ですか?」
「──」
無口な燃える少女はミライを無視して瞬間移動するように動いている。
目隠れの少女の前に居たはずが一瞬で背後に回り込んで気絶させ、ロケットランチャーを持つ少女の首根っこを掴んで投げ飛ばした。
のだと見えないながら状況から推測する。
壁を走り、障害物を飛び越え、天井を蹴って空中を飛んだ人間離れした動きでもって少女達を翻弄していた。
もはやミライの目で燃える少女を追いかけるのは不可能だった。
「一旦下がれ! アズサっ! こっちだ!」
「……」
それは帽子の少女も同じなのか、アサルトライフルで牽制しながら気絶した仲間を引きずり後ろに下がる。
一方、燃える少女と交戦する三人に協力するでもなくアズサは立ち止まっていた。
銃を抱えながらも戦う意思がない、いや動けないでいた。
「アズサちゃん」
「!」
ミライはアズサのことを何も知らない、彼女の事情も目的も。
何か隠し事をしているのは何となく分かっていた、きっと多くの謎がまだアズサにはある。ミライの想像を遥かに超える謎が。
ミライのヘイローを壊す、つまりミライを殺すこと。だがそれをアズサは承服しきれていなかった。
他に誰かのヘイローを壊すつもりだとも言っていたような気もする。
何かしらの組織の殺し屋なのか、アズサはその誰かのヘイローを既に壊しているのか、あの帽子の少女達との関係は何なのか。
聞きたいことは山ほどある。だけどそれ以上に言いたいことを言うべきだと思った。
「……やっと来た」
時間も少ない。倒れるロケットランチャーの少女の背後から変態幽霊の群れが現れる。
階段の下からや壊れた窓の外、何もない空間からも現れ出した。
「……」
帽子の少女達から離れた燃える少女がミライの傍まで来る。
やはりと言うか燃える少女はミライを守る意思があるようで、敵意や殺気を見抜く達人のような能力を持っていないミライだが、何となく燃える少女は自分を害することはないという予感があった。
「熱い熱い! 熱くない?」
その燃える少女はミライを抱え、その場から脱出しようとしている。
身体に燃え移らないかと焦るが炎の熱を一切感じず、暖かさだけがあった。
「逃がすな!」
周囲を囲まれて至る所から銃口を向けられた。
それよりも早く、燃える少女はミライを抱えたまま窓側の幽霊を蹴散らした。
「早い!」
時間が無い、一言しか伝えられない。
燃える少女は今にもミライを抱えて外へと飛び出しそうだ。
「アズサちゃん!」
短い間で必死で考えて、思い浮かんだ自分でも戸惑う一言。
「愛してます!」
伝えたかった精一杯の言葉には足りない。
◆ ◇ ◆ ◇
日常だった。
銃を撃つことが、撃たれることが。
訓練をする事が日々の生活でその言葉と思想がアリウスの生徒達の、アズサの受けた教育だった。
自分達を過酷な環境に追い込んだトリニティが如何に害悪だったかを教えられ、それ以外のことに思考を優先することは稀なこと。
世界の真実は虚無だけで、夢も希望も抱くことさえ罪とされた。
「虚しい?」
「そう、vanitas_vanitatum……全ては虚しいという意味」
「ふーん?」
補習授業部での勉強中。
その言葉と意味をミライに教えた時には曖昧な返事をされた。
真面目か不真面目なのか、本当に話を聞いているのかミライは時々分からなくなる。
「私はそれをずっと教えられてきた。全ては虚しい、それが世界の真実だと」
「思想の強いご家庭で。どうして私にその話を?」
「…………どうしてだろう、分からない」
何故、急にそんな話をしたのかは分からない。
どうしてかミライには知って欲しいと思った、なんて恥ずかしさを感じて口には出来なかったけれど。
「でも分かりますよ、全部は結局虚しいって考え。私も時々ありますしそういう時」
「嘘だろう」
「ええ嘘です! そんなこと考えたことありません! 何せ毎日楽しく幸せですからねぇ! 麗しのミカ様と今朝目が合いましたし!」
話したいと思って話したのはアズサだが話す相手を間違えたかと少し後悔した。
あとなんだか少々ムカムカもしてきた。
「言いたい事は理解出来ますよ、この世の全てはぜーんぶ虚しいって。例えば……勉強には意味がないんだって人が居ました。私達がしてる勉強が将来の役に立つものがどれだけあるか? 勉強なんてやるだけ無駄じゃないか? とね」
ミライはアズサに見せるように教科書を開く。
「今後この二次関数を一体どれだけの人達が利用しますか? この勉強に何の意味があると思います?」
「成績とテストの為」
「今の私達には間違いではありませんね、私が想定していた答えとは違いましたけど」
「ミライの答えは?」
「面白く生きる為ですよ、教養を深めて人生の選択肢を増やすんです。勉強は意味があるからするものじゃなくてやりたい事をする為に必要です。やりたい事やりたかった事、知らなければそれを見つけ出すこともできません。何も知らないと何も出来ないんですよ……ネットで検索したらAIが出してきそうな答えって言わないでください」
「誰も何も言っていない」
面白く生きる為、というのは上手く言葉に表現できないが些か乱暴な結論のようにも感じるけれど。
しかし、やりたい事は知らなければ見つけ出せないという言葉はアズサの中に少し響いた。
「役に立たなくてもいつか役に立つかもしれないなら知っておくべきでしょ、いざ問題に直面してきちんと勉強していればなんて事になったとき困るじゃないですか? 今実際に困ってる人がいますし」
「どうして点Pが動くのよ!?」
「きっと点Pさんは上下運動がしたいんですよ」
「エッチ!」
「理屈の上ではみんなわかってます、みんな勉強した方がいいって。でもそんな曖昧な理屈で勉強したくなる訳ない。勉強嫌いの人はこう言いました。役に立たないから勉強しない、意味がないから勉強しない、面倒臭いから勉強しない。そう考える人もいました」
ミライは困ったような残念そうな、もしくは両方の感情が込められているような表情をした。
「夢を叶えて幸せを手に入れる方法くらいは学んでも良いと思うんですけどねー?」
アリウスでは罰を与えられる考えだ、夢も幸せも、希望なんて抱くのは罪だったのに。
ここトリニティでは違う、ミライは違った。
日常だったものが否定されているのになぜかアズサには高揚感があった。
「その勉強嫌いの人も補習授業部に誘ったんですよ……断られて最近姿を見ていませんが」
「その人はもう夢と幸せを叶える方法を見つけてたんじゃないの?」
「そうだといいですね! それならいいんですけど……可愛かったのになぁ」
きっとミライは勉強嫌いの人の将来ことを心配して補習授業部に誘っていない。
もしかしてヒフミ含めてみんなミライの好みで集められたのではないだろうか。
「な、なんですかその目? なんですかその顔? なんかすごい誤解をされているような気がします!?」
「気のせい」
そっぽを向いて緩んだ表情を戻す。
「ミライが虚しさを感じないのは、毎日やりたい事や幸せがあるから?」
「うーん、本当に毎日って訳じゃないですけれど」
「ヤツを許したのもやりたい事の一つ?」
「その件についてはもういいでしょ趣味は人それぞれですし! また同じ事が起きたらちゃんと正実に通報しますよ! 何度もみんなを巻き込むのは悪いですし……今度は観客側がいいです」
「悪趣味と思う」
ショックを受けてミライは机の上に突っ伏す。
「……アズサちゃんは幸せじゃないですか?」
「……わからない」
「確かに、アズサちゃんいつも退屈そうですもんね」
「退屈?」
そんなことは考えたことはないが、そう見えているのだろうか。
「やりたい事が見つかったら教えてください。私はいつでもアズサちゃんの味方ですよ!」
やりたい事、そう言われてもその時にはまだ何も思い浮かばなかった。
退屈という言葉が頭の中で反芻して、戸惑っていたから。
自分の心は虚しいと感じていたのではなく、退屈と感じていたんじゃないのかと。
「……」
今まで私が虚しいと思っていた感情は、ただの退屈だったのなら。
ミライが私の味方だと言ってくれた時に抱いた温かい気持ちは。ずっと隠し事をしている私のことを信じてくれていると、分かった時に覚えたこの気持ちは。
「……」
迷う、かつての仲間に銃を向けることを。
迷う、もうどこにも帰ることはできないことを。
迷う、日常に戻ることを。
「アズサちゃん! 愛してます!」
迷う、燃える女と共にどこかへと逃げ去ったミライを追いかけることを。
みんなと一緒に逃げるもしもの未来を空想した。
だから、選べた。
「すぐに奴を追う、お前は──」
逃走したミライを無数の兵隊が追いかけて行く。
それよりも止めなければならない脅威にアズサは銃口を向けていた。
「サオリ」
この奇妙な格好をした兵隊が何者なのかはどうでもいい。
一体一体の能力だけならアズサでも返り討ちに出来るし動きも雑だ、あの炎の生徒であれば十分にミライを守れるだろう。
だがらアズサは一番強い相手を止めることを選択した。
自分を強くした、教導した元リーダー。
「……アズサ言ったはずだ、そっちには何もない、幸せなどない」
「……」
「──全ては等しく虚しい。トリニティで何を見たのか知らないが全てまやかしだ、希望を抱くな、夢を持つな、幸せになろうなどと考えるな──」
──世界の真実を受け入れろ。
最後まで言われなくても理解している。
散々教えられたことだから。
だけど、教えられただけだ。
「それは私が諦める理由にはならない」
「アズサ!!」
用意していた爆弾を投げ、爆発の煙に紛れて身を隠す。
ミサキとヒヨリはまだ動ける状態じゃないから援軍は来ない。
つまり私とサオリだけ。
「裏切る気か」
「そうだ、私は裏切る」
もう迷わない、元には戻れない。
何をするべきか、何を一番やりたいのかを選んだ。
「お前はアリウスの生徒、アリウススクワッドの部員だ!」
「私はトリニティの生徒、補習授業部の部員だ」
「アズサぁああ!!」
だけど。
「たとえ全てが虚しいことだとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない」
サオリ──私はお前を殺す。
ミライ「大好きくらいで良かったですかね?アズサちゃん勘違いしてませんよね?」