「臭い……だるい」
強烈な硝煙の臭いが鼻を突き彼女は目を覚ました。
キヴォトスでは珍しくもない臭いだが、寝起きの彼女には少しきつい目覚ましになったようで眉を顰めている。
「二日連続で気絶するとは」
起きた彼女は見知らぬ部屋にいた。
ソファーと机と棚など最低限の家具や電化製品以外何もない質素な部屋。
「えーっと、生徒会長は……ん?」
彼女は自分を運んだのは生徒会長だろうと推測して探すが姿が見えない。
それらしい手掛かりは机の上の書き置きだけ。
『おはよう梔子君。
突然倒れた君の自宅に届けようとしたが何故か残骸しか残っていなかった。
君の格好を見れば何か災難に遭遇したと気づいた筈なのに、私は自分しか見えていなかった。
周りが見えないくらい追い詰められていたんだ。
いいや、これは言い訳でしかない、全て私の能力の無さが招いた禍だ。
私は先に自治区を出て行く。
そのアパートは好きに使ってくれ、私個人の所有物だが君に譲る。
最後まで無責任な会長ですまない。
辛い境遇の君に少しでも安心できる日常を送って欲しいと努力していたつもりだが結局……』
「目が疲れる、メールで良いのに……電池無かったんだった」
彼女は内容を最後まで読まず、謝罪文の書かれた置き手紙を折りたたむ。
(責任感が強いってのも考えものだよね、一周回って自罰的になっちゃって……嫌な事はなんでも自分のせいだと思い込む。これだから生徒って奴は……ホント可愛いよね!)
置き手紙をポケットに入れ彼女はこれからをどうするか考え始める。
(家もお金も学園も無くなった、まあ家はどうにかなったけどお金だよね。お金と言えばカイザーはなんでうちの学園を……まあなんとなく予想はできるけど、アビドスに近い土地だから?)
カイザーが彼女の学園を買収した理由について、大方の予想は出来ている。
予想できても彼女には抵抗できる力も頭脳もない。
そして家も学園も失った彼女は自治区を出て行き別の学園に行く他ない、のだが手持ちのお金は殆どない。
あるのは数千円と小銭が幾つか。
コンビニでサンドイッチを買うのも躊躇するほど余裕がない。
(……お腹すいたなぁ、とりあえず出るしかないか)
起き上がった彼女はアパートの扉を開けて出る。
何にしても彼女は行動するしかない、そう思って外の景色を眺めると。
「…………まだ寝てるの私?」
目の前には、焦土が広がっていた。
◆ ◇ ◆ ◇
ユメ先輩の妹、梔子と聞いてすぐに学校から飛び出した。
シロコちゃん達の呼び止める声も無視して飛び出してしまった。
帰ったら怒られるかもしれない、けど。
だけど私は、彼女に会わなければいけない。
私は先輩とは、違う。
彼女の、ユメ先輩という唯一の肉親をくだらない理由で死なせてしまった。
殺した私には、責任がある。
「探さないと……」
罵られるかもしれない。
恐れられるかもしれない。
ヘイローを壊されても文句なんて言えない。
だけど。
「会わないと……!」
あの子がいると言う住所を目指して一直線に走った。
こんな近くに住んでいたなんてと驚いた、探そうと思えばすぐに見つけられる距離に居たんだ。
なのに私は、会いに行こうとしなかった。
ユメ先輩の遺品を探れば幾らでも探せたかもしれないのに。
怖かったのかな、あの子の方がずっと一人で心細くて怖かったはずなのに。
「た、助けてくれ!?」
「な、なんだコイツら!? シスター!?」
雑音が煩い。
カイザーの兵隊達が見えるのは気になるけど、今は構ってられない。
「デカグラマトン!? え、援軍を! ギャアアアア!?」
何か戦闘が起きている。
正直言って邪魔だ、今は全部を無視して突き進む。
だけどここまで大規模な戦闘行為が行われているのは久しぶりに見る、抗争でも起きてるのかな。
余計なことを考えている暇はない。
そんな道草を食っている余裕はないんだ。
「HQ! HQ! 襲撃を受けている! 現在謎の敵勢力に襲われ!」
『なんだ!? 何を言っている? 詳しく報告しろ!』
「敵はぬいぐるみのような人形と、形容し難いシスター服を着た集団で……未確認の兵器群も、うわああああ!?」
標的はカイザーらしいけど、流れ弾が時々私の方にも向かってくる。
狙われる弾丸より流れ弾の方が対処に困って足止めをくらう、こんなことをしている時間なんてない。
私はすぐに。
「あの子に会って……会って……それで!」
「殺すんだ」
「!?」
その声だけは雑音を避けて、自分の声みたいにしっかりと聴こえた。
鳴り止まない爆発と銃撃音と叫びの中なのに。
「ッ!!」
「くっ!?」
一瞬、闇の中から赤い光が飛び出して来て咄嗟に盾を構えた。
常軌を逸した熱気と圧力を盾の外から受け、不意を打たれて瓦礫の山まで蹴飛ばされた。
「うぅ! はぁ…!」
危なかった。
一瞬遅れてたらと思うとゾッとする。
あれは間違いなく殺すつもりの攻撃だった。
一体何者なんだろう。
人から恨まれる理由は幾らでも思い至るけど、殺されかけるほどの理由なんて。
「退いて……くれるかな? おじさん今、急いでるんだよ――――」
崩れて来た瓦礫を退けて立ち上がり、妖しく光る敵を見据える。
理由なんて知らないけど、こんな所で足止めをされる訳にはいかない。
本当の炎のように揺らぐ光を纏うそれから一瞬でも目を離しちゃいけない。
本当に殺される。
目の前の奴のせいで先へ進めない。
「一体だれ? 知り合いじゃない……よ……ぇ?」
ありえない、そんなはずない。
幻覚を見ているとしか言いようがない。
「うへ……そっくりさん、とかじゃないね」
姿も気配も着ている制服から全然違うけど、それは間違いなく。
小鳥遊ホシノ、私だった。
偽者、ドッペルゲンガーとかいうものなのか。
テレビとかで見たが、こんな所で会えるとは思わなかった。だけど正直そんな怪談やお化けみたいなのは後にして欲しい。
「まあいいや、そこを退いてもら……」
「私のせいだ……」
その偽者は私の言葉なんて聞かずに勝手に話をする。
「なにが?」
「ずっと……自分しか見てなかった、罰して貰いたいとしか……償いたいとしか。私は、守らなきゃいけなかったのに」
「………」
「守れなかった」
私は金縛りにあったように動けなかった。
なんでかよく分からないけど、それの言葉を私は無視できない。
『やめて……ホシノ先輩……やめて』
「シロコちゃんも」
『ホシノ先輩! 目を覚まして! 戻って!!』
「セリカちゃんも」
『いや……どうして…こんな!』
「ノノミちゃんも」
『先生! 起きてください……先生……!!』
「アヤネちゃんも」
『"…………"』
「大切なことを教えてくれた人を、全部……よりにもよって、私の手で……また殺した」
「何……言ってるの? みんなまだ生きて……」
「みんな、私が殺した」
そうだ、みんなまだ生きている。
死んでなんていない、殺してなんていない。
まだ、生きて……まだ?
『大丈夫ですよホシノさん、私は敵じゃありません』
「未来を、この手で奪った」
心臓の鼓動が早くなる、呼吸が荒れて止まらない。
今すぐに目の前の奴を黙らせないといけないと、そう思ってるのに動けない。
「ああ……私が居るせいで……また居場所を奪った……」
「…………!」
どうしてか、私は戦闘中だって言うのに、こんな時なのに何故か思い出した。
私とユメ先輩の撮った写真と、あの子とユメ先輩の映っている写真が。
「ち、ちが……!」
ふと、足元に落ちている瓦礫に目がいく。
そこには表札が落ちていた。
見覚えのある苗字の書かれた表札。
「…………ユメ……せんぱい」
「私のせいだ……私だ……私が」
耳を塞いで、何も聴こえないふりをしたかった。
「そんなわけ、ない――――!!! 私が……みんなを!?」
きっと何かの間違い、考えすぎだ、ありえない。
私は全部を否定したくて銃を構えたけど、気づいた瞬間には目の前に居た奴に武器を弾き飛ばされた。
「私が」
信じない。
「私が」
信じたくない。
「ユメ先輩も……みんなも……」
目の前のそれが、私の結末だなんて。
「ら、雷雲!? 稲妻がッ!?」
そうして奴の言葉を否定しようと言葉を発する間もなく、次に私が見えたのは物凄い光と。
「私が殺したんだ」
人殺しの顔だった。
◆ ◇ ◆ ◇
「この辺パチンコとかないですかね? 金欠なので手っ取り早くお金貯めたいんですけど……まあ私は食事と皆さんの幸せを見守っているだけで生きていけるのでそれほどお金がない事は困ってはいませんけど。以前から家を購入するくらいの余裕はありましたし」
「あんたお喋りだね、あと早口で何言ってるかわからない。あとあんまりそういう稼ぎ方は良くないんじゃないかな?」
「ですよねー!」
校門の前に止まっているトラックの運転手と彼女は話をしていた。
内容は世間話と昨日の夜に起きた出来事の話。
「全くとんでもないよ。布団で寝てたら戦争が始まって朝にはカイザーが撤退してるし」
と言っても運転手が持っている情報も彼女と同じようなものだった。
朝には全てが嵐の通過した後のような凄惨な姿に変貌していたという。
襲撃を受けたらしいカイザーの社員もPMCの姿も全く見えない。
「せっかく近くに出来たスイーツ店も撤退した、これから私達も撤退するよ。お嬢ちゃんはどうする?」
「うーん……もうちょっとここに居ます」
「そうかい、それじゃあなー」
目を覚ませば全てが地平線になっていた。
正確には全てではないが、少なくとも彼女の学び舎は原形を失っていた。
(ここを掃除する人の苦労を考えると同情するね)
学園だった物の敷地内は銃弾の跡やクレーター、黒焦げの木材にコンクリート、落として逃げただろう銃器が壊れた物を含めて幾つもある。
「……何か手掛かりとか」
「うぐっ」
「うん? うわぁ!」
何か硬い物に爪先が当たり、下を向くと砂塗れで倒れているロボットが倒れていた。
そしてそのロボットの呻き声と、ボロボロになって汚れているが格好には見覚えがあった。
昨日高笑いをして帰って行ったカイザーPMC理事である。
「理事さーん!? どうしたんですかその格好! 良い体ですねぇ!! 何があったんですか!? スーツもボロ切れみたいになって素肌丸見えですよぉ! 素肌? パーツ? まあいいや」
「ううぅ……き、貴様……貴様は!? ひぃいい!? 亡霊!?」
起きた理事は彼女を見て大きく動揺し、怯えて後退りした。
大の大人が子供のように怯えた様子に彼女も首を傾ける。
「大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか?」
「く、来るなっ!? こっちへ来るなー!!」
「え!? あ、ちょっと!? 理事さん!? 病院!」
大変情けない動きをしながら理事は逃げていく。
彼女は気が付かなかったが他にも気を失って倒れていたPMCの社員達、理事の声で目覚めたのか同じように次々と逃げ出していた。
「ひぇええええ!」
「ヒナちゃんを見たカスミみたいな叫び方です! その良い声の情けない悲鳴もっと聴かせてください! じゃない! 救急車要らないですかー!?」
大声で呼びかける彼女の声も無視して、大人達は逃げ去っていった。
「行っちゃった……可愛い悲鳴を聴けてラッキー!」
彼女は完全に人の居なくなった元校舎の前で一人立ち尽くす。
「転校するしかないかぁー……生徒会長、あんまり気にしてないと良いけど……」
既に自治区を出て行っただろう生徒会長の事を心配しながら、彼女も後ろ髪を引かれる思いで立ち去ろうとする。
「ん?」
前に、空から影と共に風を切るプロペラの音を耳にする。
視線を上にあげ、彼女は地上に降りてくる文字を見て目を見開いた。
「連邦生徒会?」
連邦生徒会の文字とマークの描かれた輸送ヘリから降りて来たのは、連邦生徒会の制服を着た生徒。
「この学園の生徒ですか?」
「違います、昨日まではそうでしたけど」
「どちらでも構いません、元であろうともこの場に居る者に渡せとの命令ですから」
「渡す? なにを?」
その生徒は一つのファイルを彼女に手渡した。
ファイルには連邦生徒会とこの学園の校章が描かれており、中身は結構分厚い。
「どうぞ、土地の権利書を含めたその他諸々の学園の書類です」
「はい?」
素っ頓狂な声を出した彼女は、恐る恐る言われた通りにファイルを取って中身を読む。
「カイザーコーポレーションは学園及び土地の権利書とその他の自治区内の権限をその学園の生徒に無条件で返還する……自治区内に学園関係者、生徒会長若しくは生徒が居ない場合は連邦生徒会の判断に一任する……なるほど?」
三日連続のありえないに、彼女は段々と順応して来たことを実感していた。