「子供の頃。厳密には今も子供ですけど、タクシーの運転手になろうと考えたことがあるんです。人を乗せて色々な場所へと赴くんです、それが私の夢でした。今は違いますけど」
「ゆめ……」
「わー地雷踏んだ、空気軽くしたかったのに……ちなみに全部ウソですからね」
彼女の運転する車の助手席に乗るのはホルスではなく本物、という表現も違うような気もするが。
この世界の小鳥遊ホシノが彼女の隣にいる。
何があったのか、ボロボロの姿のホシノ。
どうしてそんな姿をしているのか、どんな化け物と出会ったのかは彼女は崩壊した自治区を一瞥して直感的に理解して聞くことはしなかった。
時々助手席の方へと彼女は目を向けるが、ホシノは俯いたまま喋らない。
(どうしてホシノちゃんは一言も喋ってくれないの? 私のこと嫌いなのって聞いてみる? ノンデリすぎるかな……特にホシノちゃんのところ)
重苦しい空気を払拭しようと彼女は話題を探すが、どれも逆効果になりそうなジョークしか思いつかない。
「音楽でも……プレイヤー壊れてました、まあ基本全部壊れてるんですけど。なんで動いてるのとか気になります? 私は知りませんけど」
「どうして……私のこと」
「はい?」
「私の事……名前も、知ってるなら……どうして……どうして」
何から話して良いのか、何を話せば良いのか分からないホシノは声を震わせながら壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返している。
いや、小鳥遊ホシノは今、本当に壊れかけている。
その理由を彼女は知らないが。
「私が」
「お姉ちゃんはどういう生活をしてました?」
「……ぇ?」
予想外、というように変な声を出すホシノ。
その返答を予想だにしていなかったホシノは思わず顔をあげて彼女を見る。
「どれくらい騙されてました? 色んな人に騙されてたでしょう? 私がサンタクロースの服が赤いのは返り血のせいなんだよって言ったら本当に信じるくらいでしたから、もしかして最期までサンタクロースの存在を信じてました?」
「え、いや……えっと……」
「あぁ、やっぱりです? 放っておくと変なフィッシング詐欺に引っ掛かったり、仮想通貨に手を出して痛い目をみたりその度にうわぁん! とか言ったりするんですよね! あ、それは別の人だ」
「え、え」
「だいたい想像できますよ! 胸大きくて可愛くてスタイル良い西住みほボイスの天然だったでしょう?」
「ニシズミ、ってだれ!?」
早口でまくし立てる様にしゃべり続ける彼女にホシノは戸惑い慌てふためく。
「そうだホシノさん、聞きたいことがあるんですけど」
「な……なに?」
「どんな女がタイプです?」
「うへ!?」
「お姉ちゃんみたいな胸の大きい子? なるほど、私はケツとタッパの大きい子が」
「ま、まだ何も言ってないよ!? 私は別に胸の大きい子とかそんなの……って、そんな話がしたいんじゃなくて!」
「やっぱり男がいいですか?」
「違うって! そうじゃないよ!! 私はユメ先輩のことで……!」
突拍子なく一方的に質問をしては話し続ける彼女の口をホシノは詰め寄って止め、ハッとした顔をしてまた下を見る。
「私は……あなたにとって大切な、お姉さんを……殺したんだよ」
◇ ◆ ◇ ◆
私はヘイローを壊される覚悟で会いに来た。
なのに妹ちゃんは、この子は私に恨み言一つ言わない。
だから、私は自分で言った。
でもこの子は、困ったような顔をして私を一瞥した。
「あなたにとっても大切な人では?」
「────」
何をされても抵抗する気なんてなかった、罵倒されても撃たれても我慢する気だったのに。
どうして、あなたは。
「どうして────」
あなた達は、そんなにやさしいの。
そんな言葉も出てこない私に、彼女は困ったような顔をして唸っている。
「うーん、実を言うと私、お姉ちゃんとの思い出ってそんなにないんですよね。忘れていることもありますけど、私自身がほとんど病院で生活してましたから、お見舞いに来るお姉ちゃんと少し喋るのが殆どでした」
「…………」
「だから多分、付き合いの濃さで言えばホシノさんとそう変わらない……いやそれは言い過ぎかな? スリーサイズは知ってるし……」
すごくお喋りで、冗談みたいな事を言う。
その表情がとても、ユメ先輩に似ていた。
「私は、あなたの居場所を奪ったんだよ?」
「違う、あなたは居場所になったんです。ユメお姉ちゃんのね」
「私が?」
ユメ先輩の居場所になった?
言ってる意味が分からない。
私がいつユメ先輩の居場所になんて。
「お姉ちゃんはずっと一人でアビドスの生徒会長だったんでしょう? 一人で頑張ってたんでしょう? そんな時にあなたが来てくれた、助けてくれたんでしょう?」
「…………」
「あ、今のはお姉ちゃんから聞いた話ですよ? 実際に見たわけじゃないですからね? 本当ですよ?」
「居場所に、なれてたかなぁ……結局、最後で全部無駄に……」
「最後はともかくその前は? お姉ちゃんは楽しそうじゃありませんでした? 笑ってなかったですか?」
「それは……」
笑ってた、楽しそうだった。
ユメ先輩も、私も、苦しかったことや辛かったことはあったけど。
けど、それだけじゃなかった。
「お姉ちゃんは憎かったですか? 好きじゃなかったですか?」
「違う! そんなわけない! 大好きだよ! ユメ先輩のことずっと! ずっと……でも、私が、くだらないことで怒ったから……! 手帳も……見つけられなくて!」
ユメ先輩のことは大好きだった、今でも大好きだって言える。
嫌いなわけない、憎いわけない。
でも、私が殺した。
「手帳……ユメ先輩が残した手帳を見つけられなくて、あなたに渡さないとって思ったんだけど……私が良く知ってる場所にあるって教えてくれたけど……」
手帳を見つけられなかった。
妹ちゃんとも向き合えなかった。
ユメ先輩の最後も伝えられなかった。
「私は……全部無駄にしちゃったんだ。それで、また全部失っちゃう……」
そしてまた、殺すことになる。
「みんなのことも……あなたのことも、私が殺したんだ」
その結末と私は出会った。
「私が……私が水筒買うの…邪魔したせいで、私が生徒会に入ったせいで……私が……?」
妹ちゃんがどんな顔をしてるのか知りたくて、顔を見たら何故か自分を庇うように構えていた。
「なにしてるの?」
「いえ、燃え出しそうだったので」
どういう意味だろう。
妹ちゃんは何事もなかったように姿勢を正してわざとらしく咳をする。
「こほん……私が殺したって言いますけど、私はまだ生きてますよ? みんな……アビドス? もしかして死んだんですか!? 此処は死後の世界? アアル!?」
「いや、まだ……生きてるけど、そうじゃなくって」
そう私が言うと、妹ちゃんは息を吐いて安心したような顔をした。
考えても見れば、なんで私はいきなりこんな話を初対面の子にしてるんだろう。
変な子だと思われてるよね。
「ごめん、今のは忘れて……」
「いつか私やアビドスの人達を殺すことになるなら、今のうちに対策を考えておかないといけませんね。名付けて対策委員会……もうありました。具体的にどんな経緯で殺してしまうのか分かります?」
「し、信じるの?」
だけど、この子はどうしてか私の言った事を信じた。
「だって、こんな変な話……本当は私も、まだ、信じきれてないんだけどさ……」
「ホシノさんはそんな嘘を言う人じゃないでしょう? お姉ちゃんのお世話した人がそんな嘘を吐くわけないですよ。そんな人だったらお姉ちゃんがその前に……」
「……ユメ先輩に手厳しいよね、妹ちゃん」
話を合わせているって感じでもない、本当に私の言葉を信じてくれている。
ユメ先輩の妹として想像していたイメージと全然違う。
突拍子がないところはユメ先輩に似ているけど。
「ところでどうやってその出来事を? 予知能力を持ってるんですか? それともある日目覚めたとか? でもちゃんと声は聴こえてますし、実装は初期からされてますよね?」
「説明が、難しいんだけど……」
「あー、だいたい分かったのでやっぱりいいです」
やっぱりこの子かなり適当だな。
そういえば銀行強盗とかシロコちゃんみたいなこと提案したんだっけ。
「学校、着きましたよ」
そんな事を考えていたら私の学校、アビドスに着いていた。
何処へ向かってるのかと思ったら送ってくれていたんだ、周りも暗くなってるし。
私、そんなに周りが見えてなかったんだ。
「ホシノ先輩!」
「よかった! ホシノ先輩ー!」
「急に出て行ってどうしたのよー! というか何その格好!? ボロボロじゃない!?」
もう遅い時間なのに何故か可愛い後輩達はまだ学校に居て、いや何故かもなにも原因は私か。
「うへ~、これは面倒くさいことになりそ~」
校舎からシロコちゃん達が駆けて、みんなから凄く詰められた。
何も言わず飛び出して、電話にも出なかった所為で心配をかけちゃったのもあるし、どうしよう。
「何処に行ってたんですかホシノ先輩! 心配したんですよ?」
「いやーそれはー……ねえ妹ちゃ~ん!」
「ホシノさんの困ってる顔って可愛いですよね、不謹慎過ぎたので言いませんでしたけど、正直あなたの曇ってる顔とかも本当大好きです」
「凄く悪趣味だよ~! お願いだからおじさんを助けて~!」
妹ちゃんはさっきまでの優しさは何処へやら、全く助けてくれそうにない。
しかもナチュラルにとんでもない事を言ってるし。
「ホシノさん」
「なにさ~!」
「あなたの不安をどうすれば良いかなんて私、わかりませんけど」
妹ちゃんはユメ先輩とは似ても似つかない笑顔で親指を立てた。
「きっと、なんとかなりますよ!」
「………………はぁ、ほんと」
姉妹揃って能天気なんだから。
◇ ◆ ◇ ◆
だらんと力なく引きずられて行くホシノを彼女は見送る。
彼女がホシノに言ったことが、せめてもの慰めになれば良かったと思っていたがこれで全てが解決したと思えない。
(私がお姉ちゃんの死はあなたのせいじゃないって言っても、たぶん納得はしないよね。責任感が強すぎる人は自罰的だから……先生にも無理だったんだから私でも無理だよね……ホルスは恐らくシロコテラーが生まれず、最悪のシナリオを遂げた世界から来た。多分ホシノはホルスと出会って、そう教えられたのかな)
未来予知に目覚めたのではなければ、ホシノのボロボロの姿もホルスとの戦闘などが原因だと推測した。
それだけで自治区全体が焦土と化すとは思えないが、ホシノとホルスが戦闘を行ったのは間違いないと彼女は確信している。
(絶対仲良くなれなさそうだし……というか、手帳を探してた理由が内容じゃなく私に渡そうとした事に変わってるのか……まあ、内容も気になってはいるだろうけど……)
「なんとかしないととは思うんだけどなぁ」
「なにが?」
「うぎゃ!? 美少女!? じゃないシロコさんか」
一人思案に浸っていると、いつの間にか近くまで来ていたシロコの声に彼女は驚く。
「ホシノ先輩を送ってくれてありがとう、それとこれ」
シロコは懐から取り出した定期券を彼女へと渡した。
「私の定期券! 良かったー! 私の財産!」
「ん、もう落としちゃ駄目」
「はい! お礼はまた今度させていただきますね! それとホシノさんに今度私を呼ぶときは妹ちゃんではなく名前で呼んでと言っておいてください。全キヴォトスの妹が混乱します、では!」
「名前……あなたの名前をまだ聞いてない」
「あ、ホントですね」
彼女はシロコと出会った時から別れるまで名乗っていない。
これはうっかりしていたと彼女は頬を掻く。
「……名乗るほどの者では」
「教えて」
「一度でいいから言いたかった台詞が……」
冗談でとあるアウトローの如くカッコつけようとした彼女だったが、シロコには通じず肩をすくめる。
仕方ないと、彼女は姿勢を正してシロコに向き直った。
「私の名前はミライ。梔子ミライです」
ミライは笑顔で返した。