対策委員会2章までの話より長くなったらごめんなさい。
アビドス砂漠のド真ん中、その中でも一際目立つ大きな廃墟の中。
「ねぇストレイド、空、飛びたいね。」
その中に鎮座する巨大な鋼鉄の巨人――ネクスト、ストレイドのコックピット中で、一人の少女が悲しそうに呟く。もしストレイドと呼ばれたこの巨人に自我があったならそれに同意の意を示しただろう。
「資金は貯まってきたけど、人件費を含めると・・・うーん、足りない。」
手元のスマホを弄りながらぶつぶつと何かを呟く少女。その画面にはその少女の名前――標根イサネの名義の口座にある預金残高と睨み合いをしながら頭の中でストレイドの格納庫を作ろう計画に必要と算出された資材の計算を行う。
「人件費がなぁ・・・これだと理論上ですらアビドスの生徒らをタダ働きさせても完成に時間が掛かる。かといって他に人を雇うとなると・・・他の傭兵らは報酬分以下の期待しか出来ない。」
うんうん唸るがそれでも良い案は出ない。いくらある程度の資金があるとはいえこの規模となると資金不足は細かな工夫ではどうにもならない絶対的な問題だ。そもそもこの規模の建築を賄うだけの資金を個人で賄うというのはネクストを個人で運用する事と同義だ。
「人件費は余分にあった方が労働者の働きはその余分だけ動いてくれるか?」
独り言を零しながらスマホの電源を落とし、コックピット内のあるモニターにかつての企業からの依頼による戦闘の録画を流し、記憶を遡る様にその映像を眺める。どうせいくら考えても金が足りないという答えにしか辿り着かないのだ。諦めて依頼を喰い荒らしていくしか方法は無い。
イサネはそう心に決め、シートにだらしなく背を預け、手元にあった新作のエナジーバーを咥える。おぉ、これは中々美味い。イサネはその程よい甘さのエナジーバーを齧りながらモニターから聞こえてくる戦闘音を音楽にエナジーバーを味わう。
―――電子音。
「んあ?んだよ、人が折角過去の闘争に浸りながら新作のエナジーバーを味わっているというのに・・・ふざけた宗教勧誘だったら教祖諸共焼き払ってやる・・・ん?ゲヘナぁ?」
苛立ちと共にスマホを取り出し、電子音を発していた機能の正体――メールアプリを立ち上げて未読のメールを開く。
《こんにちは。初めまして・・・ではないですね。私たちはゲヘナ学園風紀委員会です。今回はブラックマーケットで万物の天敵と呼ばれる貴方に依頼を出す為にメールを送らせて頂きました。
依頼の内容についてはゲヘナ学園、風紀委員会本部にてお話しますので依頼の受諾の際は指定する時間に風紀委員会本部をお尋ねください。本来であればここに依頼内容を記載するのが筋らしいのですが、風紀委員会の機密に触れる事が無い訳ではないのでそこはご容赦ください。
よい返事を期待しています。
天雨アコ 》
天雨アコ。ゲヘナ学園風紀委員会の行政官だったか。確かアビドス市街地にてアビドスの皆と出会った時にホログラムという形で知り合った仲?だ。イサネの記憶が正しければ横に胸部がはみ出ているという訳の分からない格好をしていた筈だ。
(しかし、人員は足りてそうな風紀委員会から依頼か・・・うん?そう言えば、前に半額で依頼を受けるとか抜かしてしまったような記憶が・・・)
最近の記憶を探る。
―――「この生粋のアルバイター、標根イサネにお任せあれ。金さえ貰えれば、あらゆる仕事を遂行いたしますわ。なんと、お互いに初対面サービスという事で一回目は半額でお受けいたしましょう。あぁ!なんてお得なんでしょう!」
(あーあ、なーにやってるんだか、過去の私は。報酬のサービスなんて独立して動く傭兵がすることじゃないだろうに・・・)
過去の自らの発言を思い出し、数瞬の後悔をする。
(いや、気にしても仕方ないね。金貰えるなら行こう。何か面白い事も起きそうだし・・・)
「んふ、んふふふふふ。ふはっ、はははははっ。」
起きるかも分からないこれからに思いを馳せ、その口から自然と笑いが零れる。その笑いは戦闘時にイサネが見せる張り付けた本能的な恐怖を感じさせる笑みではなく、ただ子供が見せる無垢の笑みだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
二日後。
「ここがゲヘナの中枢・・・依頼でゲヘナに入る事はあれどここまで来る事は今日が初か。」
イサネは自身の目の前にそびえ立つ建物を見上げながらそう言葉を吐く。そう、ここはゲヘナ学園中枢、風紀委員会本部の入り口前だ。イサネは風紀委員会の依頼によって入り口前で迎えを待っている状態だ。
―――そうして待つこと数分後。
「既に到着していましたか、イサネさん。」
「その制服は・・・風紀委員会のお出迎えかな。」
掛けられた声の方向を振り向くとそこには砂漠で大量に見た制服を着た生徒がそこに居た。その敬礼の動作はそこそこ様になっている。
「中で委員長がお待ちです。こちらへどうぞ。」
そう言って建物の中へと入っていく風紀委員の後ろを着いて行くイサネ。中に入るとかなりの数の風紀委員会の役員がいて、その殆どの視線がイサネに向いている。
「ねぇ、あれって、アビドスでの作戦の時の・・・」
「おいっ、馬鹿、あまり大きな声出すなっ。殺されるぞ。」
「あれが天敵って言われてる人か・・・初めて見た。」
目線だけでなくイサネに対するひそひそ声すらも聞こえてくる。別にれっきとした場に行く事自体はキヴォトスに来る前から何度もあったし、自分の事を小声で話されるのも既に慣れている。強いて嫌な事を挙げるとするならこの小声は自分がリンクスの強化手術を受けていなければ聞こえる事の無い声だったという位だ。
そうして周りの注目を無視し、案内役の生徒の後ろを歩きながら風紀委員会本部の中を物珍しそうにキョロキョロと見回すイサネ。エレベーターに乗って何階かを昇り、エレベーターを降りるて廊下を歩く。すると他の扉とは違う少しだけ豪華な扉の前で案内役の生徒が止まり、
「この先、そこそこ広い通路の先にあるのが、委員長含め主要となる方々の執務室となります。では、私はこれで失礼します。」
そう言ってその扉をくぐることなく来た道を引き返していく。一人取り残されたイサネはとりあえずその扉をくぐる。するとそこは魔王城もかくやと言った如何にもな広い通路があった。そしてその通路の半ばあたりに、イサネも良く知る人物――先生が居た。
「あ。」
しかし、先生はイサネを見つけると挨拶よりも先に見つかってしまったという様な反応を見せる。それを怪訝に思ったイサネだったが、ふと先生の足元に何者かが居ることに気付く。
水色の髪、特徴的な制服。・・・そう、何を隠そう先生の足元に居るのは天雨アコが四つん這いになっている姿だった。よく見ると先生の手ににはリードが握られており、それが彼女の首まで伸びている。要するにペットプレイで、ただの変態行為でしかない。
「先生・・・それは、なに?」
単純に何をしているのかの質問。
戦いの中でしか生きてこなかったイサネにとって、何故本来愛玩動物に付ける筈のリードと首輪を人の首に付けているのかについて理解出来ない。元々首輪付きと呼ばれ、今もその名で傭兵バイトをしているイサネもといイレーネだが、二つ名、呼称と当人の知識の深さは別の問題だ。
「あ、あのね、こ、これは、その・・・」
必死に言い訳をしようとして口ごもる先生。
しかし、首輪を着けさせてリードで繋ぎ、四つん這いの体勢で歩かせるという行為は一般的に見て明らかに人としての尊厳を踏みにじる行為である事は間違いないと言えるだろう。中にはその行為にある種の興奮を覚える特異な人種がいるようだが、そんなことはイサネには遠い世界の話だ。
「くっ、まさかここまでもが先生の策略の内だったとはっ・・・!」
四つん這いになりながらも何故か頬を紅くしているアコが屈辱そうにそう言うが、如何せん頬を紅くしている時点で余りその言葉が真意とは思えない。イサネはとりあえずこの地獄みたいな場をさっさと抜ける事にする。
「なんで横乳の人がペットの物真似をしているのかは知らないけど、私は委員長と依頼についての話があるから・・・」
「あ、ちょっと待ってください!その話は私にも関係があるので――」
「・・・」
・・・そっちが指定した時刻なのに一体この女は何をしているのだろうか。これがゲヘナの生徒会よりも名高き風紀委員会の副長にあたる人物だとは考えたくなかった。
今も何かを喚いているアコを無視して執務室の扉を開く。そこにはいくつかの机のあるまさに執務室と言った光景が広がっていた。そしてそこの机の内の一つ、他よりも2倍差はあろうかという程の書類が積まれている部屋の中央奥にある机に座る小柄な体躯に似合わぬ威圧感を感じさせる黒紫のコートを袖を通さずに羽織る少女――空崎ヒナが、部屋に入ったイサネを迎えてくれた。
「概ね時刻通りね。さて、改めて私がゲヘナ学園風紀委員会の委員長をさせてもらっているわ、空崎ヒナよ。よろしくね。」
「あの時はどうも、生粋のアルバイターこと傭兵バイトの標根イサネ・・・まぁ、既にある程度の調べはついていそうだけれど。」
「そうね。ブラックマーケットではとうに知れた存在だから。それで、そんなあなたの実力を見込んでの依頼なのだけど、その発案者は一体何処へ行ったのかしら。」
恐らく執務室前で犬の真似事をしていた
「ヒナ委員長、大変お待たせ致しました・・・!」
その時、イサネの後ろから焦ったような、息切れしたような声が聞こえてくる。
「遅い、なにしてたの、アコ。」
「申し訳ありません!先生と少々用事をですね・・・!」
下らない言い訳を並べるアコを一瞥し、近くにあった応接間に座るよう勧めるヒナ。イサネもその言葉に従い、机を挟んでヒナと向き合う様に座る。
「それで貴方に依頼したい事っていうのは・・・アコ。」
「はい、依頼の内容は私から。」
そう言ってアコは手持ちサイズの何かの端末を机の上に置く。一体何の機器なのだろうかと端末を眺めるイサネだが、すぐにアコの話に意識を向ける。
「誠に遺憾な事ですが、ここゲヘナにおける事件や事故の発生率は他学園と比べなくても非常に多い事は周知の事実です。が、その一方で発生した事件の鎮圧や治安維持の為に動く我々風紀委員会の人手が不足しているのもまた事実です。」
これは例えゲヘナの生徒でなくともキヴォトスに住む者なら誰でも知っている事だ。ゲヘナ生は非常に気性が荒いというか滅茶苦茶な生徒が多い。そのためにここゲヘナ学園はキヴォトス最大級の勢力でありながらその勢力の制御が一切出来ていないという暴走機関車みたいな場所だ。
「そして人手も足りない事以上に問題となっている事がひとつありまして。」
「そうなの?」
ここで反応したのはヒナだった。まさか組織の長も把握していない問題があるとは思いもよらなかった。ヒナの反応に苦い顔をしながらアコは続ける。
「はい、現在の風紀委員会における委員長の仕事量が圧倒的に多い・・・つまり半ばヒナ委員長に風紀委員会としての機能の多くを依存してしまっているというのがもう一つの問題です。」
「ははぁ、なるほどね、その目のクマからしてもまた徹夜した訳ね。で、これが日常だと。」
ワンマン体制がいかに組織としての体を成していない事の証明だということはセレンによる教育によって学んだ事だ。あの人の辛口な評価だと一人の天才で成り立っている組織など組織ではないと言っても過言では無さそうだ。
「でも、私にしか出来ない事なら、私がやるしかない。だから休んでなんか・・・」
「確かに現状では私達の力不足でヒナ委員長の負担を全て背負う事は出来ません。ですが、事務処理と暴動鎮圧のどちらかだけでも背負ってもらう事が出来る人なら、今ここに居ます。というか、そのための依頼です。」
イサネは今のアコの発言から依頼の内容を理解する。自分に風紀委員会の一員として暴動鎮圧をやれという事だ。まぁ暴動鎮圧位ならそんなに難しい問題ではない。出る杭を片っ端から唐竹割りにしてしまえばどうにでもなる話だ。が、アコが提示した依頼内容はイサネの予想の斜め上のものだった。
「そこで、イサネさんにはヒナ委員長の代理として、一週間委員長の業務の代行をお願いします。」
「代理・・・暴動鎮圧の手伝いじゃなくて?」
「はい。」
ヒナが若干驚いた顔をしている。自らの上司に隠しての依頼か。なるほど、アコはアビドスでの勝手な作戦から懲りていないらしい。イサネにとってはそんなことは知った事ではないが。ヒナがすかさず正論による抗議の声を上げるが、アコはそのまま続ける。
「勿論、ゲヘナの機密に関わる事や外部者には知られたくない情報のある業務はこちらで引き受けます。ですので、イサネさんにやってもらうのは主に戦闘と重要情報以外の事務処理です。」
「この依頼の狙いはヒナの休暇と言う所?」
「そう言うことになります。あの時の知性の無さが嘘みたいな察しの良さですね。」
アコの毒舌に「露出癖は相変わらずね。」と返し、改めてヒナに向き直る。
「ひ――あ、いや、空崎風紀委員長。その依頼、受けましょう。」
「依頼の受諾、ありがとうございます。」
イサネの依頼受諾の言葉にアコが答える。ヒナは「そこまでしてもらうのは悪いし――」と言っていたが、イサネにも資金調達という目的がある。例え半額になっていようと金は欲しい。
「でも、一週間でも私が確実にゲヘナの治安悪化に関する依頼に手を付けないとは限らないけどね。最近は特に金が欲しいし。休める内に休まないとそのナントカ条約の前に力尽きるよ?」
「エデン条約ね。でも、だからと言って外部の人に代理を依頼することは賛成できないわ。」
ヒナの言う事は尤もだ。イサネがヒナの立場だとしても同じことを言うだろう。イサネにその気が無いとしても代理期間に組織内部を滅茶苦茶にされる可能性は警戒されて然るべきだ。だが、アコはここに来て何が何でもヒナを休ませたいようで、
「ヒナ委員長、それにつきましてはもう対策済です。イサネさんには最低限度の権利しか渡しません。それに私達の力不足のせいで日々激務の委員長になんとしても休んで欲しいのです。誠身勝手な事ですが、この天雨アコ、こればかりは譲れません。」
先程の人としての威厳の無さから一転して凄い覚悟だ。どうやらヒナの為にという信念は本物の様で、例え反省文を何枚書かされようと構わないといった様子だ。そんな覚悟を見せられたヒナも部下の心遣いを無碍には出来ないようで、
「う、わ、分かったわ。一週間、お願いしてもいいかしら。」
と、押し切られる様に頷く。こんな無法地帯で良い部下に恵まれたものだとイサネは思う。最も、その妙な露出をした服を着続ける精神はどうかとは思わないでもないが。
「では、明日からお願いします。持ってくる物は武器以外では特にありません。」
こうして、標根イサネの一日警察署長ならぬ一週間風紀委員長が始まるのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ねぇ、なんで私がヒナと同じ格好しなきゃいけないの?最低限風紀委員長と分かるコートさえ羽織っていれば問題ないでしょ。風紀の腕章だってもう付けたし。」
「駄目です!ヒナ委員長の代理なのですから、格好や仕草までヒナ委員長になりきってもらわないといけません!そのためにわざわざ体のサイズを合わせたヒナ委員長の制服まで用意したのですから!さぁ!どうぞ!」
イサネが風紀委員長代理の依頼を受けた次の日の早朝。執務室ではイサネの体のサイズに合わせたヒナの着ていたものと同じデザインの制服が用意されており、アコからそれを着る様にと半ば強要されるイサネの姿があった。
「ねぇ本当になんだこいつっ・・・ちょ・・・くっ、わ、分かった、き、着るから・・・だから無理矢理服に手を掛けるのを・・・くそがっ、馬鹿野郎離しやがれッ!!」
「うぶっ!?」
焦点の合わない目のままイサネに組み付いて服を脱がせようとするアコに腹を立て、彼女の脇腹に自分の右膝を捻じ込んで思いっ切り振り抜くことで何とかアコを吹き飛ばす事の成功する。
「くそが・・・用意した服は着てやる・・・けど、ヒナの立ち振る舞いまでは再現出来んわ!私は諜報員じゃないんだよ!・・・次やったらお前から人権を剥ぎ取ってやる・・・!」
朝っぱらから無用な殺意を滾らせた疲労を感じながら壁に叩きつけられて伸びているアコを横目にさっさと着替え始めるイサネ。一見着にくい服なのかとも思ったが、意外とシンプルな作りで動きやすい。しかし、いくら別のものと言えど他人のデザインまんまの服を着るのは抵抗がある。
「・・・ねぇ、イサネ。その恰好は何?なんとなく想像はつくけど・・・」
「あ、あー、うん。その、アコが無理矢理ね。」
業務の引継ぎの為に来ていたヒナから凄く同情されていることが分かる目線が注がれる。事情が分かっているなら頭のおかしいあの女をどうにかして欲しかった。
「動きやすいからまぁいいか。さて、業務の内容は?」
「まずは事務作業からね。事務処理は――」
こうしてヒナの事務処理のレクチャーを受ける事小一時間。復活したアコも加わり、風紀委員長代理としての業務を完璧に頭に叩き込む。確かに量は多いがネクストの操縦を覚えるよりは遥かに簡単だ。ネクストの操縦は感覚に依存するものが多いせいで教える側も教わる側も困難するものだ。リンクスは誰もが天才であるなどと言う言葉はここから来ている節が強い。
「貴方、非常に物覚えが良いのね。一度教えたものはもう完全に理解しているんだから。」
「まぁ、一度で覚えないと終わる様な場所に居たもので。」
ヒナの称賛をさらりといなすイサネ。すると、執務室に一人、見知った顔が入ってくる。銀髪のツインテールに褐色の肌、銀鏡イオリだ。
「委員長!ゲヘナの玄関口で温泉開発部が!って、誰!?」
「あ、どうも、本日付で委員長になりました。標根イサネ委員長代理です。」
ヒナはおろか自分よりも身長の高い人がヒナと同じ制服を着ているという意味不明な状況に戸惑うイオリだったが、即座にアコのカバーという名の説明が入る。
「イオリ、この人は今日から一周間、この風紀委員会の委員長代理として働くことになった標根イサネさんです。失礼の無い様にお願いします。」
「えぇ!?」
理解も納得も出来ていないイオリだったが、イサネはそれを無視してヒナにスマホの画面を見せながら問う。
「ゲヘナ玄関口ってここで合ってる?」
「合っているわ。」
「よし、今すぐ向かう。」
「委員長代理って何!?」と未だ言っているイオリを無視してエレベーターへと向かい、中に入って1階のボタンを押す。何とか閉まる扉に間に合ったイオリと共にエレベーターで下の階へ向かって降りていく。
「うーん、遅い。窓から飛び降りたほうが速いな。」
「何言ってんの!?」
エレベーターの速度に文句を垂れながら一回へとたどり着くや否やそのまま入口へと走り出すイサネ。イオリは慌てて声を出して止める。
「イサネ!車はこっち!」
「あ、そっちか。」
そのままイオリと共に装甲車の後部座席に乗り込むイサネ。そして運転手の生徒に向けて端的に要件を話す。
「ゲヘナ玄関口。可能な限り飛ばして。少しでも緩めたらここから叩き落す。」
「ひぃぃっ!天敵!?」
「早くしろ。」
運転手にハンドガンを突きつけ、アクセル全開でゲヘナの街並みをすっ飛ぶ。イオリはその間にも無線機で交戦中の部隊との連絡を取っている様だが、その声色的に絶賛苦戦中らしい。戦力の不足はヴァルキューレも風紀委員会も同じものらしい。
「私が運転するからそこをどいて。遅い。」
「え、ちょっちょ――うわぁぁっ!?」
「イサネ!?と、飛ばし過ぎだって!」
装甲車の遅さに焦れたイサネは運転手を空いている補助席に退けると、アクセルを限界まで踏み込む。ぐんぐん加速する車体を驚異の動体視力と反射神経で制御し、曲がり角や交差点を衝突一つなく潜り抜ける。
「見えた、あれか。」
「何が見えたって――うわっ!」
急加速と急旋回でもみくちゃにされた二人を無視して陣形を組んで戦っている風紀委員会の後衛陣に車を停めて外に出る。するとそこには先に巨大なドリルのついた掘削車の上に一人、小柄な体に白衣を纏う少女が何やら高笑いしているのが見えた。
「カスミ・・・!懲りずにまたこんなバカなことを・・・!」
「え?誰?」
「鬼怒川カスミ、温泉開発部の部長だよ。捕まえはするんだけど、脱獄されてばかりなんだ。」
成程、どうやらあの小柄な少女が鬼怒川カスミという指名手配犯らしい。まぁ、どうでもいい。温泉開発部の着ている服は頭に叩き込んである。あとは一人残らず潰せば問題ない。イサネは体中にコジマ粒子を巡らせ、その足で地面を強く蹴り、跳躍。
「君があの鬼怒川カスミね?」
「ハーッハッハッハ――え?」
一瞬で掘削車の上に飛び乗り、その上で高笑いをしているカスミの首を掴む。一台の装甲車が来たと思ったらいきなり目の前に人が立っており、その手が自身の首を掴んでいるという状況に頭の切れるカスミとて思考が真っ白になる。
「ははっ、君、見せしめね。」
直後、万力の様な力で締め上げられるカスミの首。カスミもその手を振りほどこうと藻掻くも、その手はピクリとも動かない。呼吸を完全に封じられたカスミの頭に体中に仕込んだ爆弾の事など考えるだけのリソースは無くなっていた。
イサネはカスミを掴んだ手にコジマ粒子を充填させる。コジマブレードモドキだ。首を掴まれているカスミがコジマ汚染に晒される心配もあるが、元々指名手配犯の上にテロリスト集団の頭領だ。死んだところで誰も悲しむ人はいないだろう。
イサネは一度カスミの体を掘削機に叩きつけて手を放し、コジマ粒子を充填させていない方の手で前髪を掴んで逃げられないようにする。そして振り上げた緑に輝く粒子を纏った拳をその体目掛けて振り下ろす。
インパクトと同時に充填されていたコジマ粒子が解放され、カスミの体越しにも関わらず掘削車を両断に近い形で破壊する。掘削車の近くに居た温泉開発部の生徒達はその衝撃波に吹き飛ばされるか転ぶか、どちらにせよ大きな隙を生み出してしまう。
「い、今だ、反撃に出ろっ!」
イサネの滅茶苦茶っぷりに動揺しつつもイオリは今こそ好機とそれ以上に動揺している温泉開発部の面々に襲い掛かる。自分たちの頭が一瞬で掘削車ごと爆砕されるのを見てしまった温泉開発部に対し、増援も到着しつつあった風紀委員会。あとの鎮圧は一瞬だった。
「あ、そうだ。気絶してる温泉開発部の輩は手足縛って街灯か本部前に吊るそう。」
「何言ってんの!?」
温泉開発部の殲滅が終わり、構成員を片っ端から護送車に叩き込んでいる中、イサネの意味不明な発言に騒然となる風紀委員会一同。そんな様子の風紀委員を無視してカスミと他二人の部員を完全に動けない様に縛り上げたイサネは自分の乗ってきた装甲車にそれを投げ入れる。
しかし、直後に近くから爆発音が聞こえてくるや否や運転席に飛び乗り、爆発音の聞こえた方向へと装甲車をかっ飛ばしていく。
「あ、そいつらは全員牢屋入れて、脱獄するなら私直々に潰しに行くって伝えといて。」
去り際にイサネの残した言葉を頭の中で反芻しながら、イオリを含めたその場にいた風紀委員達は行政官の出した依頼先の存在がどちらかと言えば規律を乱す側の存在である事を確信するのであった。
装甲車で目の前で当たり構わず銃を乱射する不良を吹き飛ばし、即座にエンジンを落として車を降りる。イサネの顔を見るや先程まで暴れていた不良達の顔が凍り付く。
「え?て、てんて、き?」
「うっそぉ・・・」
「なんで風紀委員長の格好を・・・?」
「天敵は風紀委員会に入ったんだぁ!もう駄目だぁ!」
次々と武器を降ろして逃げ出す不良達。しかし、それを見逃す風紀委員長代理ではない。地を蹴り、一番後ろを走る不良の後頭部にドロップキック。気絶した不良から銃を奪い取り、走りながら不良達の頭へと狙いを定めて引き金を引く。
後ろに居た不良達が次々と打ち倒されるのを理解した不良数人は近くで騒ぎから身を守ろうと蹲っていた一般生徒を人質に取り、イサネに脅しをかける。
「おい、天敵ぃ!これが見えねぇか!今すぐ投降しねぇと、こいつが――」
その時には既にイサネは動いていた。
「天敵って呼ぶんじゃねぇ、そんなに死にたいのか。」
「え?」
不良の手に人質は居なかった。人質は既にイサネが肩を抱き寄せる様に抱えており、開いている手で不良の顔を掴み、ギリギリと締め上げている。不良がこの事実に辿り着いた時にはもう遅かった。掴む手が顔から首へ移り、一瞬で絞め落とされる。
イサネは絞め落とした不良を投げ捨て、一般の生徒に声を掛ける。
「すみませんね、ここ、いつもの事ながら少し荒れるので離れた方がいいですよ。」
「え、あ、はい・・・ありがとうございます?」
生徒が感謝の言葉を言い切る前に既に駆け出しているイサネ。その数十秒後には両手に気絶している不良とべそをかいている不良の胸倉を掴み、二人を引き摺りながら曲がり角から出てくる。そして装甲車から頑丈なロープを取り出すと手際よく気絶した不良達を縛り上げていく。
「意識のある奴は・・・君だけか。どうする?このまま大人しく捕まるか、こうなるか。」
こうなるか。要するに一瞬で意識が飛ぶほどのダメージとそれ以上に精神を蝕むこの殺意を気絶するまで浴び続けるという事だ。当然、唯一意識の残っていた不良は泣きながら白旗を振る。イサネは投降した不良の両手に手錠をかけ、後部座席に放り込むと、近くにあった街灯に気絶した不良を次々と吊るしていく。そして気絶した不良を全て吊るすと、無線機を弄って周波数を合わせ、
「えーっと、ここは何処だ?温泉開発部を鎮圧した場所から左手に上がった爆発音の元を沈めたから、手の空いている護送車は気絶している不良を拾ってから本部に戻って。」
と、指示を出す。
『え、ちょっと待ってくださいよ!まだ収容すら終わって無いのに――』
「大丈夫、動けないようにはしてあるから、急いで収容して。逃げる温泉開発部が居たなら報告入れてね。」
『それはいないですけど・・・』という無線からの声を聞き、自らも装甲車に乗り込む。そして後部座席で指の一つも動かせない様にぎちぎちに縛られているカスミと他二名を見てガタガタ震える不良を見て声を掛ける。
「逃げようとか、逃がそうとか思わないでね。まだ気絶しているみたいだけど。」
無言でぶんぶんと首を振る不良を一瞥し、装甲車のエンジンを入れて走り出す。目的地は風紀委員会本部だ。
「あいむしんかーとぅーとぅーとぅーだっけ?あいむあしんかーだっけ?えーっと?はっきり歌ってなかったからなぁ~あいつ。」
一度きりの推定相棒の鼻歌をおぼろげな記憶の中から発掘しながら行きとは対照的なゆったりとしたペースで車を走行させながら本部へと帰っていくイサネ。
今日もキヴォトスを覆う空は綺麗だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「たらいま~!」
やたらと元気な声を響かせて執務室の扉を開けたのはつい数十分前に温泉開発部の暴走報告を受けて出動したイサネだ。
「えぇ?もう鎮圧が済んだのですか。随分と早いですね。」
「ついでに近くで爆発事故起こした不良の群れも締めてきた。という訳で、えー、チナツだっけ?彼女は今どこに?」
「チナツですか?彼女なら今救急医学部の方に居るかと思うのですが。」
イサネはその報告を聞き、顎に手を当てて考える。救急医学部の場所は大まかに知ってはいるがわざわざ人一人呼びに行くのは面倒臭い。それにヒナは応接間にあたる机を挟んで置かれているソファに横になって寝息を立てている。
「え、ちょ、ちょっと待ってください!なんでそんな物?を持ち込んでるんですか!」
アコの声に思考が遮られる。それもそうだろう。なんせ今イサネは先程無力化した温泉開発部の部長である鬼怒川カスミをぎちぎちに縛った状態で肩に担いているのだ。
「その人は体中に爆発物を隠し持ってるんですよ!?」
「確かにひん剥いたら結構な数のグレネードとか出てきたね。って事は胃の中にもある?」
「ひん剥いた・・・」
人としての尊厳もクソも無いイサネの所業にアコも思わずドン引きの表情を隠せない。イサネはそんな様子のアコをスルーし、いまだ意識の戻らないカスミを抱えて執務室を出る。廊下を歩き、エレベーターに乗る。目的地はもちろん牢屋だ。
「さて、イオリ曰く口が回るというみたいだけど、どこまで回るのか見物ね。」
イサネの呟きは誰にも拾われることなくエレベーターの個室に消えていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うぅ・・・」
意識が覚醒する。視界がまだ安定しない。体にも上手く力が入らない。
(う・・・私は一体どうなって・・・?確か、ゲヘナの温泉を掘っていたはず・・・ッ!?)
意識が輪郭を得る。視界のピントが合う。体に力が入り始める――否、体が動かないのではない、動かせない。
咄嗟に周囲を見回す。するとそこはいつもの見慣れた拠点の内装では無く、悪い意味で見慣れた風紀委員会の殺風景な牢獄。その床に今自分は転がされている。
(そ、そうだ。確か、掘削車の上で至って順調だと、高みの見物をしていた筈・・・で、確か誰かが目の前に居て・・・あっ。)
思い出した。思い出してしまった。あの一瞬で理解させられた本能的な恐怖。被食者が捕食者に一切の抵抗も許されずに殺される単純で根源的な恐怖。緑の目。空崎ヒナとはまた違った恐怖。
「ッ!!」
声にならない悲鳴が口から漏れそうになり、止まる。だが、思い出してしまった以上動悸は止まらない。と、その時、
「あっ!部長、目が醒めたんすね!」
「良かったぁ、このままもう起きないかと思いましたよぉ~。」
自分の無事を泣きそうになりながら喜ぶ部員達。ハッとして動かないながらに辺りを良く見回すと、そこには温泉開発部のメンバーが2人、狭い牢に押し込められており、鉄格子から見える範囲の檻の中には温泉開発部のメンバーが放り込まれていた。
「これは・・・?」
久しく見る事の無かった光景に言葉が出ない。
何故ここまでの数の温泉開発部のメンバーが投獄されているのか。いつもなら撤退の際は可能な限り多く逃げられるように、捕まりそうなメンバーは追跡の手の注意を引て追手の数を削るといった戦術をいつも取っていたはずだ。そして頃合いを見計らって脱獄の手助けを行うというのがいつもの流れだ。
――だというのに、この捕縛数はおかしい。
今回だってその戦術を取った筈なのだ。例え部長であるカスミが既に無力化されたとしても、救出の為に見捨てるという戦術を取っていた筈なのに。
「なぜこれだけの・・・!」
カスミが疑問に頭を悩ませていると、部員の一人が言う。
「風紀委員会の奴ら、新しい人を入れたみたいで、そいつが偉い強くて・・・!」
「そうなんすよ!ヒナ委員長と並ぶんじゃないかな・・・!」
「そんなんじゃないって!あれはそんなレベルじゃないって!」
「次遭ったらもう戦えないよ・・・」
普段は打ちのめされて牢に叩き込まれても、ヒナを前にしてもピンピンしている部員たちが口々にそんな後ろ向きなことを言っている。ここまでの存在だというのか、風紀委員会が新たに入れた人物というのは。なら逃走用の戦術が失敗に終わったのも納得がいく。
(強くて敵わないなら、こちら側に引き込んでしまえばいい。あの空崎ヒナのように頭も切れるとはまだ分からないし、やってみるだけの価値はある!)
そう、まだ分からない。確かに圧倒的な強さを持つのかもしれない、だが頭の回転が良いかどうかは不明だ。只強いだけならやりようなんていくらでもある。そうカスミが頭の中で考えていると、突如爆発音と共に牢の壁の一部が吹き飛ばされる。
「部長!!無事だったんですね!早く脱出しましょう!」
開いた穴から見えるのは恐らく今回の爆破作業に参加しなかった温泉開発部のメンバーだろう。捕縛されたメンバーの救助に来たと思われる。先頭に居た一人が穴から牢の中へと入ろうと走り出す。その時だった。
「牢破りは感心しないねぇ?」
「うぶっ」
その一人が銃撃を頭部に受けて倒れる。カスミの体中に嫌な予感が強烈な恐怖の痕跡を残して這い回る。
「逃げろぉっ!!」
ほぼ無意識にそう叫んでいた。叫んだ理由も、その根拠も分からなかった。でも、カスミの本能が警鐘を強く鳴らしている。
その直後、倒れた温泉開発部のメンバーのほぼ真横に高速で何者かの影が降り立つ。そしてそれはカスミのよく知っているコートを羽織っている。一瞬空崎ヒナが来たのかと思ったが、違う。ヒナの身長はカスミと同じくらいで小柄だ。ヒナなら直立であのコートの裾が膝くらいの位置まで下がるはずなのだ。だがこの人物はそのコートの裾が腰ぐらいまでで止まっている。
「周囲に居る者は開けられた穴を封鎖しろ。で、中に鼠が入っていないか徹底的探し出せ。見つけた時は一切の言葉に耳を貸すな。その場で駆除。」
ヒナとは違う声色。口調も違う。駆除だなんて言葉も使わない筈だ。その人物は風紀委員達に指示を出し、風紀委員らが動き出すのを確認すると手に持っていた得物をゆらりと構えて、口を開く。
「想定通り、恐らく副部長も来てる感じでしょう?あははっ、私がここに居る間は当分ここで大人しくしてもらおうかなぁ。」
乾いた笑い。その人物はゆらりと後ろを見る。機械的で無機質な美貌に微笑。そして緑の目。
そう、緑の目。
―――緑の目。
「ひっ・・・!」
口から零れる怯えた声。咄嗟に後ずさりしようとするが、全身指の一本までぎちぎちに縛り上げられている為動くこともままならない。口もがちがちを音を立てるだけで動かない。
場の空気が凍り付く。捕まっている温泉開発部は勿論の事、救援に来た温泉開発部も、挙句の果てには風紀委員らも場の空気に圧倒されて立ち尽くしている。
「おー、偉い子偉い子。いい子の皆はそこで大人しくしていようね・・・」
場の空気を支配する彼女はカスミ達を見ながらそう言うと、救援に来た温泉開発部の面子に向き直り、愉悦の感情を声に乗せて言葉を紡ぐ。
「じゃあ、悪い子の皆はここで処理ね。」
―――処理。
その単語の意味が理解出来たものは一体この場に何人いただろうか。だが、少なくともカスミはその言葉の本当の意味に辿り着いていた。
―――
抜け出せない恐怖を何とか堪え、早く逃げろと叫ぼうと顔を上げたカスミの目に映ったのは、
―――――まるでゴミのように叩き潰されていく
この日から一週間、不思議な事に温泉開発部の活動が破壊非破壊問わず一切発生しなかった。
長いなぁ...(遠い目)
今回の話は完全オリジナルかつ日常回という事で少し自分の書きたい物をドーンと乗せてしまった形になります。いやぁ、自分全開で申し訳ない。
あとイサネさんの服装にあるサスペンダーなんですが、ホシノやユメパイセンの付けているハーネスベルトって言うんですかね、とにかくあれと同じものです。よくよく意味を調べ直したらスパイ映画とかでよくつけてるイメージのあるあれはハーネスベルトみたいな名称だという事が判明したため、ここに謝罪いたします。(土下座)