えー、まずはいつだかの前書きかあとがきで投稿ペース落ちるとは言いましたがここまで投稿が遅れるとは思いもしませんでした。
そして今回の話ですが変な書き方になったので読みにくいと感じる可能性があるかも...
・・・一体何なのだ、あれは。
次から次へと疑問が溢れ出てきて止まらない。本当にあれは何なのだろうか。
「・・・」
夜間のD.U.区の港湾部。海からの風が中々に心地の良い夜の港で、私――標根イサネは自分の目の前で起きている出来事に、
まず、前提として私の専門分野は戦闘だが、それに深く関する他分野の幾つかの知識も超一流では無いにしろ本職程度には有しているという事を明言しておきたい。例を挙げるなら隠密や潜入、そしてプログラミングやネクスト関連のロボット工学と他にも物理学等も挙げられる。これらの知識はリンクスとして必要な物だとセレンに叩き込まれた物なのだが、今その中の隠密の分野が私の中で非常に大きな揺らぎを見せている。
隠密とは他人に自身の存在を認識させずに行動する事で、人に気付かれる事なく自分の目的を達成するための手段だ。勿論人の意識から如何に外れるかについての知識や技術なども隠密と言う言葉の意味には含まれているが、その場合は隠密術と呼んだ方が定義上は正しいと思われる。隠密と言う言葉の本来の意味は外の世界において私、イレーネが生きていた時代よりも遥か昔の時代において上の命令によって敵の領地深くに忍び込んで情報収集などを行う者達、現代で言う所のスパイを指す。が、正直言ってしまうとその概念は最早形骸化しており、名詞と言うよりは隠れる事という動詞、動名詞としての意味合いの方が一般的だろう。取り敢えず隠密とは他人に己の存在を知られずに行動する事と覚えてもらえればそれで十分だ。
だが、今私の目の前にあるものは私の中にある隠密という常識に亀裂を生じさせている。
「ドラム缶・・・被って・・・?」
私の目の前でコンクリートで舗装された地面に立ち、明らかに中に人が入っているであろう揺れを見せながら動くそのドラム缶。なんなら動くときに地面から浮いたドラム缶の縁から足が見えている。そしてそれが2つ。
――本当にこれは何なんだ。そして私はどうすれば良いのだろうか。
一体何の目的があってこのような事をしているのかは不明だが、これを隠密というには少々隠密の意味を履き違えていると指摘したいくらいには無理がある。いや、むしろ今の私の様に警備がびびって下手な干渉をしなくなるという点なら隠密では無いにしろ効果は・・・ないだろう、多分。
「おい!そっちはもういい!さっさとコソ泥を探してくれ!何のためにお前を雇ったと思ってるんだ!」
唐突に背後から聞こえた声に、つい苛立ってしまう。普段からして何の役にも立たないくせに、こういう時に限って偉そうに口を挟む馬鹿共。本当に煩わしく、私自ら沈めてやろうかと何度思った事か。というか実際にこの手の無能共は何度か締め上げた経験がある。
「五月蠅いッ!!普段から言われた事の何一つも碌に完遂出来ない粗製共は黙っていろッ!さっきだって誰がお前のくそみたいなやらかしの尻拭いをしてやったと思ってやがる!」
「う、うるさいだと!?お前、日雇いの癖に生意気な・・・っ!」
私の返しに後ろにいたロボットの警備員はモニターに映る顔を怒らせながらテンプレの様な言葉を吐く。全く、本当にこいつは分かっていない。言い返された時にこういうお決まり台詞は口論に負けましたと言っているのと同義だ。まぁ、そこが分からないから無能なのかもしれないが。
「じゃあ社長にお前が隠蔽しているミスを全部ばらしてやるよ!確か直近は大型クレーンの破損だっけかぁ!?なぁ知ってるか!?会社において一番の無能は仕事は出来ない癖に口だけは一丁前の奴・・・つまりお前の事なんだよこの賃金泥棒!」
「なぁっ・・・!なんでお前がそれを・・・!」
碌に言い返すことの出来ない
「分かったらさっさと消え失せろッ!どうせ碌に侵入者探しなんてしてないだろうからお前なんぞ空気で十分だ!」
ここまで言ってやると向こうは「なんで知ってるんだ・・・!」と悔しがるようにして引き下がらざるを得ない。何せこっちは彼の汚職の証拠を握っているのだ、何かあればこれを社内にばら撒くだけで奴の立場は崩壊する。
とはいえ、無能一人黙らせたとしても今の私は若干、いや大分機嫌が悪いのは変わらない。何せ昼間は徹夜の反動に殺されかけ、夜はこの使い物にならない能無しのフォロー。一体私が何をしたと言うのか。罪の無い人類まで巻き込んで20億も殺した事がそんなに悪かったのか。・・・まぁ悪いか悪くないかで言えば情状酌量の余地無く死刑になる事は間違いないだろうが。
「何でこういう時に限って窃盗が発生するんだ。くそ、動くドラム缶も見失ったし・・・こうなったら、何が何でも探し出して――うん?」
そんな中でも不幸中の幸いとでも言うのだろうか、それとも夜間の暗闇の中でも数百m先の人影も逃さない程の視力を始めとしたリンクスとして若干過剰な強化手術を注文した我が恩師にて母親であるセレンの慧眼なのか、私の眼は暗闇に包まれている大型のクレーンの上に一人隠れる様にして座っている人影を認識する。
(あそこは確か、B棟のタワークレーン・・・下には警備員が結構な数居たと思うんだけど、よくもまぁそこまで辿り着けたものね。)
因みに今更だが私、標根イサネは自分以外の一部傭兵バイト達からの苦情に対する最低限の対処を終え、日雇いのD.U.区港湾の警備バイトに従事している。そしてその最中、何者かが港湾部に侵入。私の様な日雇いを含めた警備員総出で捜索を行っているという状況だ。
「さて、そろそろ業務終了間近だし、さっさと終わらせないと。」
スマホのデジタル時計を一瞥して一言呟き、私は騒然としている夜の港を一人で駆けて行く。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ど、ドラム缶が動いた・・・!?」
周囲が薄闇に包まれたタワークレーンの上部の一角に、Rabbit小隊の4番手にして狙撃手、霞沢ミユが警備員にこそ気付かれていないものの完全に孤立無援の状態となっていた。
「ミユ!」
だが、それ以外にも動くドラム缶というぱっと見では理解不能な存在が彼女の目の前に鎮座しており、中から聞き覚えのある声を発している。
「しゃ、喋った!?な、何?新しい未確認生物!?這い寄る混沌・・・!?」
だからこそなのか、それとも霞沢ミユという少女の気質から来るものなのか、どちらにせよ彼女の反応は当然のものだった。・・・まぁ目の前に動くドラム缶など、ミユでなくとも大半の生徒は恐らく似た様な反応をするだろうという事は想像に難くないが。
「こっち!早く中に入れ!」
だが、実際の所この動くドラム缶は怪異でもなければ這い寄る混沌でもなく、正体はドラム缶を被ったRabbit小隊の2番手にしてポイントマンを担当する空井サキなのである。ドラム缶を被っている理由としては
とはいえ、ひとりでに動くドラム缶などやはり不気味以外の何物でもなく、ましてやそれを見たのが常に気弱で強いネガティブ思想の持ち主であるミユである。だとするなら――
「うぅ、怪物が私を引きずり込んで一つになろうと・・・!?」
彼女がこの様な結論に辿り着くのは必然である。
「ど、ドラム缶さん!私なんて食べても多分美味しくないです・・・!」
「そんな馬鹿なこと言ってる場合か!」
「干からびて終わるんじゃなくてドラム缶に食べられて終わるなんて・・・そんな、そんな終わり方・・・っ!」
何でもいいから早く気付いて欲しいサキinドラム缶と、それに気付く気配の無いミユ。そんな状況に焦れたサキは「あぁもうっ!」といら立ちを露わにしながら被っていたドラム缶から出る。
「私だっての!気付け!」
「サキちゃん・・・?」
サキ本人を視界に捉えた事で漸くミユも気付いた様だ。
「ドラム缶を使って、バレない様にここまで来たんだよ。ほら、さっさと行くぞ。」
「さ、サキちゃん・・・私、皆に見捨てられたのかと・・・」
「違うから。ほら早く中に入れ。・・・あと、SRTが作戦中に泣くな!」
サキの言葉を受け、ミユもドラム缶を被ろうと動き出した所で――
「そこ。動くな、両手を上げろ。」
「しまっ――」
サキとミユのそれぞれ足元に、二発の銃弾が跳弾する。聞こえた声の方向はお互い向き合っている状態のミユの後ろ。ミユは咄嗟に後ろを振り向き、サキはその人影を視認する。そして二人の視覚がその存在を描写する。
「お前は・・・ッ!!」
サキの脳裏に強烈にフラッシュバックする一昨日の子ウサギ公園での記憶。声が聞こえたと思ったらいきなり地面に叩き伏せられ、更には白兵戦で力量の差を嫌という程叩き込まれた相手。
「・・・正義の特殊部隊様が、こんな所で何やってんの?」
記憶の中の天敵――標根イサネは、両手で構えている銃をそのままに、呆れ顔でそう言った。
「・・・正義の特殊部隊様が、こんな所で何やってんの?」
イサネは目の前の二人にそう言葉を放ちながら、内心困惑を隠せないでいた。何せ今イサネの目の前に居るのはつい一昨日、子ウサギ公園で交戦したSRT学園の一年生部隊のチームRabbitの二名で、その内の片方は自らがこの手で殴り飛ばした生徒、空井サキ本人だというのだから。それに加えて今は閉鎖中といえど治安維持における特殊部隊が平和なはずの港湾の治安を乱しているのだから、困惑しない方がおかしい。
「なんでお前がここに居る・・・!」
サキが警戒心全開でイサネに問う。正直こんな所で押し問答などをしている暇があるならさっさと逃げればいいのにと思うイサネだったが、それをぐっと抑え込んで質問に答える。
「日雇いっていうか、単発のバイトだよ。港湾の夜間警備の。」
「なんだと・・・」
何故こんなに不服そうな反応を貰わないといけないのか、イサネは理解出来ない。そもそもの話、向こうがそれを言うならこちらも契約の終了時間間際で面倒事を起こしてくれた事について言いたい事しかないのだが。いや、何なら今この場で言ってしまおう。イサネは決意を新たにし、アサルトライフルを片手に構えて口を開く。
「私がこの場にいる事が随分と不服そうね。私としても契約の勤務時間の終了間際にこんな面倒事を起こしてくれた君らに言いたい事が山程あるよ。そもそもなんで治安維持の部隊が盗人の真似事なんてしてるのとか。」
「ひえぇっ・・・」
「ぐっ、事実なだけに何も言い返せない・・・!」
一応面倒事を起こしている自覚はある辺りまだましなのだが、既に起きてしまった以上今更取り消す事は出来ない。残業への覚悟が完了したイサネは左手で構えるアサルトライフルの引き金に指を掛け、若干不本意ながらも戦闘態勢に移行する。
「ッ!?不味いっ、ミユ!今すぐここを離れるぞ!」
「え?あ、ちょっと、待っ――」
イサネの動作を認めたサキは即座に行動を開始。さっきまで自分の入っていたドラム缶を地面に落とすと、ミユを引っ張りながらクレーンを駆け下りる。
「くそ、こちらRabbit2、何故かここに標根イサネが居る!」
『えぇ?冗談でしょ・・・あ、他の敵もそっちを捕捉したみたい。うわ、こりゃ凄い数のドローンが・・・』
「Rabbit2、どうしますか?彼女の危険性についてはある程度把握していますが・・・3人で掛かればどうにかなったりは・・・?」
「馬鹿言え!あいつだけでも一人二人じゃどうにもならないのにあいつ以外にも警備員が山程居るんだ!Rabbit1、とにかく走れッ!」
サキはクレーンを駆け下りながら下にいる警備員を一直線に蹴散らし、地面に落としたドラム缶を担ぎ直すと、ミユと共に出口側へと全力疾走で駆けて行く。
「あっ、ちょっと待て!逃げるな!私に残業を課さないでっ!!」
サキのその行動にほぼ個人の思惑全開の声を上げながら、銃を撃ちつつ追い縋るイサネ。普段は使用を控えているコジマ粒子までも使って追いかけようとした所で、貸し出しの無線機から『
「はいっ!標根イサネ、ただ今を持ちまして業務を終了しますっ!」
まるで水を得た魚の様に、イサネは無線機に異常に元気な声で応じると、Rabbit小隊が逃走した方向とは反対――ここを管轄する本部となる建物に体を向け、クレーンのフレームの床を蹴って中空へ身を躍らせる。空中に飛び出したイサネの体は重力に従い落下。下から来る風圧を感じながら地面に見事な着地を見せる。
「はぁっ!?あいつ、この高さから飛び降りて――ッ!?って、走るの速すぎだろ!しかも走る方向そっちかよ!」
先に地面に降りていたサキがイサネの驚異的な身体能力に泡食っている間にも、イサネはひらりひらりと警備員を避けつつ、本部へと向けて走っていく。
『ははは・・・イサネ、元気だね。』
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
無線機から聞こえてくる先生の感慨深い声に思わずそう言い返しながら、サキもミユも走る速度を落とさずに湾港を駆ける。
「キャンプRabbit、今から帰還する!警備員はこっちで撒いてからそっちに向かう!」
『りょーかーい。』
短い無線のやり取りの後、サキとモエはドラム缶を被る暇もなく走り続ける。
「くそっ、逃がすな!」
「おい、あの凄腕の傭兵は何処に行ったんだ!」
「あいつ定時で上がったっぽいぞ。全体の無線で上がそんなこと言ってた。」
「こんな時にふざけんなあの馬鹿共!ちっくしょう、これだから上層部はぁぁーーッ!!」
一方で、唯一と言ってもいいRabbit小隊を楽に捕縛できる可能性が帰ってしまった警備員達は、現場を知らない上層部のせいで阿鼻叫喚の地獄だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はぁ、はぁ、はぁ、・・・視界内に追っては確認出来ず。どうだ、そろそろ撒いたか・・・!」
「どうでしょう・・・そこそこの距離を移動してきましたが・・・」
警備員から逃げる事数十分、港湾部を出て子ウサギタウンに戻ってきたミヤコ、サキ、ミユと先生の4人は、それぞれ軽く乱れた息を整えながら周囲の状況を確認する。・・・ドラム缶の中で。
「当初の作戦とはだいぶかけ離れてしまったが、まぁ必達目標は達成出来たから良しとしよう。」
「そうですね。先生の提案したドラム缶に擬態するという案も思いの他上手く行ったので。」
「いやぁ、咄嗟の思い付きだったけど、まさかあそこまで警備の目を騙せるとは思わなかったね。まぁ向こうにイサネが居たのは完全に想定外だったけど。」
「うぅ、あの時イサネさんが私達を追い掛けてきていたらと思うと・・・うぅっ。」
夜も深まってきた街並みを進みながら、4人はそれぞれ雑談に興じる。勿論、ある程度周囲への警戒も怠らない。・・・ドラム缶を被りながら。
「うーん、周辺に追手の気配は無さそうだし、後は子ウサギ公園に帰るだけかな?」
「そうですね。ではRabbit2、子ウサギ公園に帰還の後、作戦終了の宣言をお願いします。」
ミヤコの言葉に「分かってる。」と返しながら人気の少ない道を進んでいく一行だったが、
「あ、居た居た。おーい!見習い特殊部隊さーん!」
突如上から掛けられた声によりその歩みは止まる。と同時に緊張が走る。
「この声は・・・!」
「くっ、まさかここまで・・・!?戦闘準備!」
先生の声とサキの声が重なる。そして、一行の目の前にひらりと着地する一人の体躯。一体何処に潜んでいたのか、いくら雑談交じりと言えど周囲への警戒は十分に出来ていた筈なのに、などと言っている場合ではない。何せ相手は地雷原を「道でも作っている様だった。」と言ってのけ、無手の殴り合いでサキをほぼ一方的に地面に沈めた文字通りの実力者だ。
襲撃を認めた一同は即座にドラム缶から出、先生を除く3人はそれぞれ手に持った武器を構え、戦闘態勢に移る。
「Rabbit3!私達の位置は見えているか!?今すぐ援護のドローンを送ってくれ!奴が再び現れた!今度は単独だから、このまま相手する。」
『え、またぁ?しつこいな・・・』
こうして3人に銃口を向けられた生徒――標根イサネは、何故銃口が自分に向いているのが理解出来ない様で、
「え、なんで私に銃口向けてるの?」
などと、さっきまで銃口を向ける側だったとは思えない程腑抜けた事を抜かしていた。そんなイサネの呆けた物言いに、恐らくこの中で彼女の脅威を一番知っているサキが即座に噛み付く。
「そう言って私達が誤魔化されると思うな!お前、さっき警備員の中に居ただろ!流石に見間違えないぞ!それにあの時散々痛めつけてくれたんだ、警戒しない方がおかしいだろ!」
「え、確かにぶん殴ったし警備員の中に混じっていたけど、そこまで警戒する?」
「当たり前だろ!敵だと分かってて油断する馬鹿が何処に居るんだ!」
正直サキの言う事は尤もだ。そしてイサネがサキと問答を繰り広げている間にもミヤコは左に、ミユは右に展開し、半円の攻撃網を形成する。
「敵・・・?あぁ、そういう事か。確かにそうだったね。」
前面を完全に抑えられながらも、イサネはそれに動じる事無く一人納得した様に頷き、銃を取り出さずに言葉を続ける。
「私もう警備のバイト終わったから、貴方達に銃を向ける理由が無い。」
「はぁ?」
何を言っているのか理解出来ない。あの短時間でバイトから上がった?そんな訳無いだろう。イサネの発言にますます疑問が増えるサキだったが、直後に彼女の脳裏に高所から難なく飛び降り、何故か本来追い掛けるべき自分達とは反対の方向に凄まじいスピードで駆けて行った彼女の姿がフラッシュバック。そして脳内でイサネの言い分とフラッシュバックした記憶が繋がった事で目を見開く。その様子を見ていたイサネは付け加える様に言葉を続ける。
「後ね、今私がその気だったら、声掛ける前に既に撃ってるから。」
「ッ!?」
――既に撃っている。
つまりイサネは、一行を奇襲出来る状態にあったと言うのだ。常日頃から圧倒的な実力で立ち塞がる者を薙ぎ払ってきた彼女だが、隠密能力にすら長けているのと言うのは正に戦いの申し子と言えるだろう。
「確かに夜間という事で目視での周辺警戒に穴がある事は否めません。ですが、あなたはあの時私達とは反対方向に走っていました。少なくとも視認だけで私達を捕捉することは非常に困難な筈なのにどうして・・・?」
イサネから見て右側に展開していたミヤコがイサネに対し疑問を呈する。それに対しイサネはさらりと言葉を返す。常人や並みの精鋭程度では机上の空論にすら上がらない人間の上限の様な話を。
「まず貴方達の正体がRabbit小隊だってのは知ってたから、目的が何であれ帰還先は子ウサギ公園になるのは確定。だから地図を見て現在地である港湾部から子ウサギ公園までの経路から最短経路の幾つかを絞り込んで、それをエリア単位で括って高層の建物の上伝いに経路を監視すればすぐに。」
「建物の上から監視って、どういう・・・?まさか、この暗闇でナイトビジョンも無しに!?」
「見えるんだなぁ、私は。他人よりは眼がいいから。それにこの辺はそこそこ街灯が明るいし。」
生憎そういう風に調整されてるんで、とは言わないし言えない。
「眼が良いで済む問題じゃないだろ!」
「あー、みんなちょっと落ち着こう?」
一応作戦中なのにも関わらず全く関係ない話によって収拾が付かなくなりそうになった場を先生が宥める。幸い喧嘩ではなかった為かサキもミヤコもすぐに落ち着きを取り戻し、それに合わせて3人は構えを解く。
「まぁ敵意が無いのは分かったんだが・・・それなら一体何の用だ?」
再びドラム缶を被り直したサキがイサネに問う。質問を受けたイサネも「ドラム缶被る必要は無くない?」と口を挟みながらも質問に答える。
「まぁほらあれだよ、暇潰しっていうか・・・まぁ暇潰しかな。」
「暇潰し・・・」
「そう、暇潰し。何せここ少しの間傭兵バイトの活動を控える方針にしたら思ったよりも普段から依頼関係以外何もしてない事が判明してさ。」
人間誰しもという訳ではないが、それでも文字通り何もせずに過ごすには一日と言う時間は余りにも長すぎる。人生何かするには短いが、何もせずに過ごすには長すぎるとはよく言ったものだ。
「まぁイサネは普段からずっと依頼ばかりだって言ってたからね。これを機に何か戦い以外の趣味を見つけてみるのも良いと思うよ。」
「闘争以外、ねぇ・・・うん、考えてみる。」
先生の言葉に、イサネが何かを考え始めた時、
『ねぇ、そんなこと話してる暇あったら早く帰って来てくれない?私早く風呂入りたいんだけどー?』
無線機からモエの不機嫌そうな声が結構なボリュームで聞こえてくる。
「おぉうっ!?りょ、了解、すぐ戻る!」
イサネの話に夢中になっていたサキを筆頭とした小隊は、大慌てで無線に返事をするとほぼ止まりかけていた足を動かし、子ウサギ公園への帰還を急ぐのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うおっ、何だこいつ、未確認生物?それとも這い寄る混沌か?・・・ま、何であれ取り敢えず一遍燃やしてみるか。」
あの後、急ぎ足で子ウサギ公園に戻った一行を迎えたのはミユと同じ表現を以って燃やそうとしてくるモエの出迎えだった。その後ろに同行していたイサネの事はガン無視である。・・・まぁひとりでに動くドラム缶などそんじょそこらの凄腕の傭兵より奇怪な存在なのは間違いないだろう。イサネがそんじょそこらの存在かどうかはこの際話の脇に置いておく。
「やめろ!私だって!私!」
モエの言葉にすかさずサキinドラム缶が反応し、がばっとドラム缶を持ち上げて中から這い出てくる。正確にはサキ&ミユinドラム缶だが。
「誰が這い寄る混沌だよ、全く。ミユにも同じこと事言われたし。」
後ろでそのやりとりを見ていたイサネは何で追手を撒いたならドラム缶を被る必要なんて無いだろうにと内心考えながら、改めて子ウサギ公園内に敷かれた野営陣地を見回す。
(・・・そう言えば、野営陣地の敷設について全くと言って良い程学習した記憶がないな。まぁ戦闘が数分で完結するネクストに陣地構築なんて必要ないしね。)
ネクストの戦闘中や帰投中にちらりと見た何処かの陣営のテント群と似た様な敷設の仕方だという事は理解できるが、それ以外は全く以て分からない。イサネには娯楽としてもキャンプもその日を荒野で過ごすための野営の経験も無に等しい。何故ならそういう時はネクストも一緒にいる事が殆どの為、ネクストのコックピット内で夜を過ごすのが普通であり常識だからだ。
Rabbit小隊は任務終了の宣言などの事後処理に移っていく中、イサネはただ一人既に一昨日の昼間に見たであろう野営陣地を改めてきょろきょろと見回している。・・・筈だったのだが。
「いやぁー、にしてもサキは思いっ切り醜態晒してたなぁ。あんなに自信満々だったのに。相変わらず実戦に弱いねー。」
「・・・うるさい。予想外の事態が無ければ5分で終わってた。はぁ、全く、現実はいつもこうだ・・・」
「きょ、教本通りにはいかないよね・・・」
・・・後ろで何やら聞き捨てならない事を零した奴が居る。予想外の事態が無ければ?予想外や想定外が発生しない戦場などこの世の何処を見ても存在しないし、イレギュラーを想定しないなぞ戦場においては仮に死んだとて誰にも文句は言えないレベルの失態だ。少なくとも想定外を想定しない奴にリンクスたる資格は無いと言って良い。
そして、サキのその言葉を聞いたイサネはぴたりと動きを止めて雑談に興じている3人に向き直ると、その言葉の発言主であるサキの元へとゆらりゆらりと怪異の様な足取りで近づいていく。そして、おもむろにサキの肩に手を伸ばし――
「空井サキさぁ~ん?戦場で予想外の事態を想定しないという事は死んで当然の大失態だよぉ?」
「うぉあぁぁーーッ!?」
がっしりとサキの両肩を掴み、自身の口をサキの耳元に寄せて脅しの意味も込めた低い声で囁く。気配すらなくいきなり肩を掴まれたと思ったら耳元で低い声で囁かれたサキは当然驚愕で飛び上がりそうになるが、肩をかなりの膂力で掴まれている為に飛び上がるどころか爪先を立たせることすら出来ない。
「サキさぁん、貴方は風呂の前に戦場における最低限の心得を覚えてからにしましょうねぇ?予想外の事態が無ければ5分で終わってた?一体何の冗談ですか?私に喧嘩でも売ってるんですか?買いますよ?普通に。」
「うわ、普通にびっくりした、怖すぎだろこいつ。・・・はっ、まさかこれが本当の這い寄る混沌って奴か。」
「あぁ・・・あうあうあう・・・」
唐突に行われたイサネの奇行に、ミユとモエも言動こそ異なれどどちらもドン引き・未知に対する恐怖の感情を示す。イサネに直接肩を掴まれているサキに至っては肩を掴まれた時の悲鳴から声すら出せていない。しかし、イサネからすればそんな事は所詮周囲の細事でしかなく、彼女の頭の中にあるのはサキの
「良いですかサキさん、戦場において特殊部隊や精鋭と呼ばれる存在に常に求められるものは戦況が如何な状態に姿を変えようとも難なく対応する臨機応変さです。精鋭と呼ばれる者達は戦場における一般の将兵の心の拠り所になります。彼らが居れば生き残れる、戦いに勝てると。だからこそ、精鋭や特殊部隊に敗北は許されません。特に前線に立つ精鋭部隊は。何せそれらが敗北するという事は一般の将兵では最早抗うことすら出来ない事の証明になりますから。そして貴方の所属するチームは重大事件等の鎮圧と言う部隊の在り方からして初めから敗北が許されない場面しかありません。その時に教本では~とか、こんなの予想外が無ければ~なんて抜かしてたら作戦の成否はおろか部隊が壊滅しますよ?分かってますか?本来教本と言う物は戦場において適切な判断を下す為の基準を設けるための物であって正答の書いてある本ではありません。」
「そして戦場において教本に書いてある状況はまず発生しません。というか大原則としてほぼ未知の事態しか起きません。何故なら戦場は無数の乱数で構成された場所なので。故に部隊指揮を行う者はその未知の事態に対処出来るよう常に頭の中で想定外に備えるのが普通です。ほぼ運次第で趨勢が決まる乱数の流れをこちらに引き寄せる為にね。こういう不測の予測は特に乱数の乱れの酷い過酷な戦場に赴く特殊部隊こそ凝り固まった基礎の部隊運用よりも習熟すべき事なのですが・・・どうやらSRTはそうではないみたいですね。これはSRT復活の際には教育カリキュラムの徹底見直しをする必要がありますね。まぁ私初等教育すら正式に受けてないんですが。」
自身の戦術論を超高速で捲し立てるイサネ。しかもかなりの声量で。それに彼女からは信じられない位のですます口調で。普段の様子や戦闘時等のどれとも異なるイサネの不穏な様子にさしもの先生も唖然とする事しか出来ない。
「なので貴方にはこれから私の知りうる戦場の摂理と不測の予測について完璧に理解かつ応用出来るまで付き合ってもらうつもりでしたが・・・いえ、ここはRabbit小隊全員にしましょう。ヴァルキューレに協力して鎮圧した時も話を聞いた限りだとミヤコもモエもミユも課題点があるように思えたので。そもそもエリートだのなんだのと聞かされていましたが、義勇兵紛いのヴァルキューレを蹴散らした程度で天狗になっている様では精鋭と言う名前に相応しくありません。」
「え、今から?」
今から。イサネのその言葉に思わず先生が反応を見せる。それに対しイサネは何かの臭いを嗅いだかと思うと、納得したように言葉を返す。
「当然です。・・・と言いたい所だったのですが、道中聞いた風呂を確保する為の
「うおぉぉぉっ!?やめろやめろ嗅ぐな馬鹿!!!」
イサネにただでさえ気になっている自身の臭いをがっつり嗅がれたサキは本気で身を捩り続ってイサネの手から逃れる。
「早く風呂にしよう!一刻も早く汗を洗い流したい!」
「既に薪とか必要な物は揃えておいたから、早く風呂に入ろう!」
「作戦中に風呂の準備してたのかよ・・・本来なら懲戒処分だけど、まぁこの際風呂に早く入れるからありがたいな。」
用意周到なモエの気遣い?に感謝を述べつつ、サキを筆頭にドラム缶を使って
そして――
「あ~・・・行き返る・・・やっぱりに疲労回復には風呂だ・・・」
「ドラム缶の風呂、思ったより悪くないですね。湯加減も良い感じで・・・」
「これ、温度の調節難しそう・・・ぬるま湯に入った蛙の様に、私もこのまま・・・」
「心配御無用。その辺はサーモグラフィーでちゃんとチェックしてるから。」
準備開始から数十分後、Rabbit小隊は二つあるドラム缶を使い、ドラム缶一つに付き二人づつの配分でドラム缶湯舟に浸かっていた。正に数日振りの湯浴みと言った所だ。ついさっきまで説教垂れてたイサネは先生と共にほんの少し遠巻きにそれを眺めている。
「と言うかむしろこれだと温度温くない?テルミットの粉でもかけてみる?」
そしたら何やらモエが物騒と言うより普通に危険な事を口走っている。高熱を発するテルミット反応を攻撃用に調整した
「馬鹿!全部吹っ飛ぶぞ!?それにこれ位の温度でちょうどいいって、これ以上熱くしたら兎汁になるよ。」
「こうやって皆で入るのも、なんだか楽しいですね。」
・・・尤もサキが止めに入ってくれたので何事もなかったが。そしてそのやりとりの合間、ミヤコがぽそりと零す。
「いつかSRTに戻っても、たまにはこうやって・・・」
「まぁでもこういうのをやるなら誰かが来ないか、ちゃんと見張ってないとだけどね。」
「まぁ大丈夫だろ。周囲に誰も居ないし。」
一同をぼーっと眺めていたイサネはしれっと会話に混じった先生の言葉で無意識を漂っていた己の自我を引き戻し、改めて周囲を見る。サキの言う通りここから視界の通る公園内には人影の一つも無く、また公園全体が人工植林の薄い森に囲われている為に外から長距離で何かされるという事は無さそうだ。
「隊員同士の裸を見せ合うなんて今更だし、この時間帯に公園に来る奴なんて居ないだろ。仮に居たとしてもターレットと地雷が反応する筈。」
「・・・私女に生まれてきて良かった。」
侵入する不審者には
・・・尤もそんな事、ゴミ溜めと戦場で培われた倫理観の前にはどうでもいい事なのだが。
「・・・腹減ったなぁ。」
平和な会話を聞き居ている内に激しい運動による体の緊張状態が解けたのか己の空腹を自覚し始めたイサネは朝から何も口に入れていない事を思い出し、ほぼ無意識に欲求を口にする。
「お腹空いちゃった?」
「朝から何も口に入らなかったからね。流石に何か口に入れておきたいんだけど・・・ちっ、この時間だとあそこもうやってないのか、めんどくせぇ・・・ゴミでも漁ってくるか。」
「ゴミを漁る!?」
懐からスマホを取り出し時刻を確認すると既に普段からエナジーバーという食料を買うために使っている店舗が閉まっている事を理解したイサネは即座にゴミ漁りによる食糧の確保に移る。一方でそれを聞いた先生は信じられない事を聞いたと言わんばかりの反応を見せ、イサネに詰め掛かる。
「え!?い、イサネ、今ゴミを漁るって言ったよね!?ねぇ!?」
「え、そうだけど・・・何か問題が?」
先生の問い詰めの意味を大して理解してない様子のイサネ。先生は流石にゴミを漁るのはまずいと説得を試みる。
「問題しかないよ!と言うか捨てられた食べ物なんて衛生的に食べちゃ駄目だよ!と言うか普通にコンビニとかに買いに行けば良いと思うんだけど。」
「だってコンビニに売ってる物よく分からないんだもん。それにゴミ漁りはシティサバイバルにおいて食料調達の為の有効な手段だよ?」
しかし、イサネは一般人からすれば「お前は一体何を言っているんだ。」となるような理屈を以って反論する。勿論そんな常識の外にある様な自論が一般的な感性を持ち合わせた先生に通じる筈も無く、すぐに指導のような形で咎められてしまう。
「とにかく、ゴミを漁るのは駄目。衛生的にも常識的にもそうだけど、何より私の生徒にそんなことして欲しくないよ。」
「別に貴方の生徒になったつもり無いんだけど・・・はぁ。」
やはり生徒扱いされている事に思わず溜息をつく。
今のイサネ自身ゴミを漁る行為が世間一般でどういう風に思われている行為なのかくらいは知っているが、先生にまで強く言われてしまうと流石に止めざるを得ない。何せ先生は生徒に対して非常に強い信念を持って接している以上こうなってしまうと仮に死んだとて引き下がらないだろう。それを知っているイサネは諦めて引き下がる事にする。
「大丈夫、コンビニに売ってる物は期間限定品とかを除けば外れは殆ど無いから。だからまずは買ってみよう?気になってる物でも何でもいいから。」
「はーいはい、分かりましたよーっと。」
先生の言葉に適当に返事を返しつつ場から歩き出すイサネ。後ろで入浴中のRabbit小隊の間で、
「まさか本気でゴミ漁りをするつもりだったのですか・・・」
「・・・うちらの貰った廃棄弁当分ければ良かったんじゃね?あの量はどうせ全部食べ切れなさそうだし。」
「そうだとしても今の私達に食料の融通が出来る程の余裕は無いぞ。それにしてもゴミ漁りがすぐ出てくるあたり相当やばい生活してそうだな、あれ。」
「だ、だからブラックマーケットの頂点捕食者なんて言われてるんだ・・・うぅ、今度こそ食べられちゃう・・・!?」
・・・何やら失礼過ぎる会話がされているが、意識してそれを無視し、ふとした思い付きで背中越しに先生に向けて口を開く。
「先生は何かこれ買ってきてとかはあるー?一緒に買ってくるけど。」
「大丈夫だよ、私の事は気にしないでー!」
如何にも先生らしい返答と言った所だろうか。想定内と言えばその通りだ。だが、イサネは敢えてここで一言付け加えて了承の意を返す。
「おっけー、ビールね!了解した、買ってくるー!」
「え、ちょっ、イサネさん!?」
余談だがここキヴォトスにおいてアルコール飲料と言う物は生徒の為なのかだいぶ厳しく規制されている。それこそ買おうと思ったら成人している証の提示を要求される位には。だからこそイサネの言葉はただの悪戯なのだが、そもそもそこまでお酒を嗜む事の多くない先生がそれを把握している筈も無く――
「だめだめだめ、買っちゃだめだよイサネぇ!」
「仮にもシャーレの先生が学園の問題に介入している状態での飲酒はどうかと思いますが。」
「違うよ!?私お酒買って来てなんて一言も言って無いよ!?」
「やっぱ大人ってそうなんだな。」
「違うからぁ!!イサネぇぇーっ!お願いだから待ってぇーーッ!!」
―――もう既に深夜に差し掛かろうとしているのに、随分と元気な事だ。
キヴォトスではお酒に厳しい規制があると某百科にあるのですが、イサネさんは治安の行き届かないブラックマーケットの依頼や依頼主潰しの際に幾つか高いのをかっぱらう事で入手しています。
あ、一応ですがうちの首輪付きさんは決してアル中ではありません。飲酒に関する描写がもう2か3回目ですがそこの所ご理解ください。