透き通る世界で二度目の答えは出せるのか   作:回り針

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いやぁー、カルノバグの兎編1章って対策委員会編やパヴァーヌ、エデン条約編とかと比べて他生徒とかオリキャラとかを介入させるのって結構難しく感じますね。

お蔭で筆が進まねぇ...だれかたすけて


それと本文を読む前に、この話は一応前話の続き――Rabbit小隊のドラム缶風呂より数日後を想定しています。間に挟む話が思いつかなかったので前提としてここに記載しておきます。何か思いつき次第本分中にそのような描写を入れます。


力無き者達の狂騒曲

 

 

 

 

 

「こんにちはー、阿慈谷ヒフミさんいますかー?」

 

 

 

白を基調とした絢爛豪華にしてかつ派手過ぎない上品さも併せ持つ建物の立ち並ぶ街並み。

 

 

「阿慈谷ヒフミさーん!居ませんかー?お届け物でーす。」

 

 

青々と澄んだ晴れ空の下、キヴォトスの三大学園の一柱にしてお嬢様の楽園――トリニティ総合学園。その勢力地域であるトリニティ自治区の一角にて、一人の少女が小型の段ボール箱を手に誰かの名前を呼びながら辺りを彷徨っていた。

 

 

「おかしいなぁ、受け取り場所はここだって指定があったんだけど・・・受け取りの時間帯も合ってる筈・・・」

 

 

灰銀色の長髪を風に躍らせ、上は袖を肘まで捲った一般的な白のワイシャツに戦闘用のハーネスベルト、勿論付属のホルスターにはハンドガンが一丁挿してある。そして下は膝上程までの丈の黒の無地のスカートを履き、靴までの綺麗なその足肌を晒している。足に履く靴は靴を売っているなら何処にでもありそうな一般的な灰色基調のスニーカー。そして肩には一丁のショットガンがベルトを通して掛けられている。

 

 

「うーん、何か問題でも起きたかな?まぁ場所は合ってる筈だからこのまま待ちますか。どうせこの後することもないし。」

 

 

灰銀色のセミロングのストレートヘアーから伺える顔立ちは正に美少女とも美人ともとれるもので、鮮明で透明感のあるライトグリーンの瞳も相まって人の目を引くくらいには整っている。しかしそれほどまでに整った顔立ちでありながらも見る者に何処か機械の様な無機質さを感じさせる。

 

「取り敢えず本人にメールでも送っておくか。さて、何して時間を潰すか・・・?」

 

少女は何事かを呟くと手近のベンチに座り、段ボール箱を膝の上に乗せてスマホを弄り始める。が、やはりスマホでは少女の暇を埋める事は出来ない様らしく操作を始めて数分経たずに少女は欠伸をしながら空を仰ぐ。

 

 

「あ、居ました!すいませーん!ちょっと道が混んでて遅れちゃって・・・!」

 

 

「うん?あー、貴方が阿慈谷ヒフミさんで合ってる?」

 

 

するとそこに一人の生徒が慌てた様子で駆け付ける。身に着ける制服は典型的なトリニティの制服デザインであり、刻まれた紋章は十字架に重なる3つの円と逆三角形というトリニティの校章なのもあってその生徒がトリニティの生徒である事を示している。そして背中には何やら奇怪なデザインの鳥がモチーフとなったと思われるリュックを背負っている。

 

「あ、はい。私が阿慈谷ヒフミです。えっと確か、イサネさんでしたよね?」

 

「そうね、私は標根イサネよ。まぁトリニティでの活動歴が余り無いから私の事を知っているのは中々に驚きだよ。」

 

「あ、いやその・・・あなたの事は個人的に知ってる人から色々聞きまして・・・多分イサネさんも知ってると思うんですけど。」

 

「知っている人?」

 

ヒフミと呼ばれた生徒の言葉に少女――イサネは思わず首を傾げる。確かにキヴォトスにおいて標根イサネと言う名前はブラックマーケットやゲヘナを中心にそこそこ広く知れ渡っているのだが、それはあくまで武力や傭兵としての実力に準ずるものが由来となっている。その為に基本的にお金持ちの多いお嬢様が多く集うトリニティでは目立った武力衝突よりも裏でこっそりと何かするという陰湿な攻撃の方が多く使われる為、イサネの様な圧倒的力の象徴の異名が広まる事は殆ど無い。

 

無論今イサネの目の前に居るヒフミの様に稀に知っている者が一切無い訳では無いのだが、それでもトリニティと言う学園の風潮と合致しない以上武力的な有名度はやはり【歩く戦略兵器】こと正義実現委員会の委員長、剣先ツルギの方がトリニティでは遥かに有名だ。

 

「うーん、私を知っている人なんて山程居るだろうし、一体何処の誰が・・・?」

 

良くも悪くも有名人である以上標根イサネと言う存在を知っている人などキヴォトスには沢山居るだろう。だがその中でイサネ自身もその人らを知っているとなるとその数はかなり絞られてくる。全く心当たりの無いイサネがうんうんと頭を悩ませていると、ヒフミがそこに声を掛ける。

 

「えっと、アビドス高等学校の人達なんですけど・・・えっと、アビドス砂漠のカイザーPMC基地を襲撃した時の事って覚えてます?」

 

「はぁ?なんでそれを知ってる?それはアビドスとゲヘナの極一部しか知らない筈じゃ・・・と言うかいくらアビドスと近いと言ってもトリニティがこの問題に関わる理由なんて・・・」

 

ヒフミの言葉に疑念を抱くイサネ。黒服の取引に乗ってしまったホシノ(おばかさん)を救出する為にカイザーPMC基地に襲撃を掛けたあの戦いにて、イサネはカイザーPMC基地の正面から突撃を仕掛けて戦力を削りながら本命のカモフラージュを行う陽動役を担った。しかしブリーフィング、もとい事前の作戦会議には参加しておらず、正確な味方戦力の把握は出来ていなかった。とは言ったものの当時のアビドスと関りがあるのはゲヘナと便利屋68くらいで、基地を襲撃した戦力もイサネとアビドスを除いてゲヘナの風紀委員会と便利屋68が全てだと思っていた。

 

「あはは・・・その、私、あの時遠方から迫撃砲部隊の指揮を執ってまして。」

 

「え?何それ。知らないんだけど。」

 

正に青天の霹靂。まさか当時も今もアビドスに関わりの無いと思っていたトリニティまでもが基地の襲撃に加担していたとは。これにはイサネも目を見開いて驚きを露わにする。一方のヒフミは少し恥ずかしそうに当時あった事を軽く話し始める。

 

「私、アビドスの皆さんにちょっと助けてもらった事がありまして。それの恩返しと言いますか、色々あってナギサ様――あ、ここトリニティの生徒会の人に迫撃砲の部隊の指揮を任されたんです。」

 

「助けてもらった?」

 

「あはは・・・その、私その時丁度ブラックマーケットに用があったんですけど、トリニティの生徒ってだけでブラックマーケットに居る人達に絡まれてしまって―――」

 

ヒフミはアビドスの面々と知り合った経緯を簡潔に語る。ヒフミはとある物を探しにブラックマーケットに来た際、トリニティの生徒という事でカツアゲに遭ってしまったらしい。で、咄嗟に逃げた先に居たのがアビドス高校の面々と先生であり、助けてもらったそうだ。そこまでなら良かったのだが、彼女は何故かそのままアビドスの生徒達と一緒に銀行強盗までしたとの事だ。

 

・・・いや少し待って欲しい。

 

まずそもそもの話としてトリニティの生徒が危険と無法の巣窟であるブラックマーケットに入る必要性があるのかと思うのだが、恐らく何かあったんだろうという事でこの際置いておく。それこそがアビドスと面識を得る為の切っ掛けだったのだから。そこまではいいのだが、何故そこからアビドスの面々と一緒に銀行を襲ったのかが理解出来ない。

 

「い、いやその、あの時は助けてもらった恩もありましたし、ついでにたい焼きも奢って貰ってしまったので断るに断れず・・・それに強盗の目的はお金じゃなかったみたいですし・・・」

 

「ふーん、ブラックマーケットにある銀行の大体はカイザー系列な事が多いし、大方返済した金の流れでも知る為か?いや、金を何処に流したのかと言うよりはカイザーと裏の繋がりを暴く為の方が近いのか。カイザーも表向きは一般に認められている大企業だし。しかし、かのファウストの正体が貴方ねぇ・・・」

 

少し前にブラックマーケットで噂されていた万物の天敵に並び得る実力者にして真の黒幕とも名高い【覆面水着団のリーダー、ファウスト】がこんな温厚な生徒だったとは。しかもその噂がただその場のノリが独り歩きした結果だったなんて。本人の意向を汲み取るなら可哀想と言うべきだろうか。出来るならそのファウストと戦ってみたかったと密かに思っていたイサネとしては普通に残念でしかないのだが。

 

「でも実力は噂据え置きの可能性だってあるから戦いを挑む意味はあるか。」

 

「私に噂になってるファウスト程の実力はありませんよ!あの時は断り切れなかったとはいえ私はただの平凡な生徒なので。」

 

そもそもブラックマーケットに武力の準備も無しに単独で立ち入る時点で少なくとも平凡な生徒と言う枠組みから外れている気がしないでもないのだが、それをどう思うかは人次第だろう。イサネはヒフミに噂のファウストほどの実力が無いと分かると少し残念そうに肩を落としながら話を切り替える。

 

「ブラックマーケットに単独で立ち入る時点で平凡では・・・いや、そこは人の解釈次第か。まぁそれよりはいこれ。今日の本題であるお届け物です。」

 

そう言ってイサネは自身の持っていた小型の段ボール箱をヒフミに手渡す。

 

「注文した商品は・・・えーっと、期間限定ぬいぐるみモモフレンズシリーズのペロロ・・・で合ってる?」

 

「はい!正しくは今季期間限定ぬいぐるみモモフレンズシリーズNo.1、アーマードペロロ様最終決戦仕様ですね。」

 

「アーマード・・・?最終決戦・・・?」

 

「そんなもん分かる訳ねぇだろ。」よりもこのぬいぐるみに付けられたアーマードと言う名称に固まるイサネ。キヴォトスで活動する内にモモフレンズと言う存在はよく目にしたし、ペロロと言う可愛さ目的なのか気持ち悪さ目的なのかいまいち製作陣の狙いが分からない鳥のマスコットの存在も知っているイサネだったが、まさかそのペロロがアーマード化(武装を所持)して登場するなんて誰が予想できるだろうか。更には最終決戦仕様なんて一体何の冗談だ。

 

「これ開けても良いですか?」

 

「あー、うん。もう確認も終わったから良いよ。」

 

箱を受け取ったヒフミはイサネの許可を貰うとすぐに開封を始める。受け取ったその場で開封するつもりだったのだろう。ポケットからカッターを取り出すと段ボール箱の蓋を閉める様に張られていたテープをカッターを用いて切断して蓋を開け、中身を取り出す。そして二人は取り出された物をその目で認識する。

 

 

「わあぁ・・・!」

 

 

「え・・・?は・・・?」

 

 

歓喜と困惑。箱から取り出されたそれを見た二者の反応は全く以て異なるものだった。

 

箱から取り出された物は恐らくヒフミが注文したモモフレンズ、ペロロのぬいぐるみで間違いないのだろう。だが、その体の要所要所に装甲板と思しきデザインが施されており、翼になっている両手?にはほぼ無理矢理な形で布で再現された銃火器の模型が握られている。しかもどちらもイサネの知るBFFの狙撃銃である061ABSRと047ANSRに酷似しており、何なら装甲も何処かラインアークの白き閃光、ホワイトグリントに似た色合いとなっている。更に背中にはもう一対の機械翼が取り付けられており、一体何がしたかったのか良く分からない有様となっている。

 

「え?これ、え?だってこれ・・・明らかにホワイトグリント・・・」

 

「凄いですよね!ペロロ様の体色と良くマッチしたこの装甲の色合いとか、白基調のアクセントになるこの黒色の大きな武器!そして何よりもこの大きな翼!まさに最終決戦に相応しいと思いませんか!?」

 

一体誰を相手にするのだろうか、と言うかそもそもその体躯で狙撃銃なんて撃ったら反動で後ろにひっくり返るのではないか等と様々なツッコミがイサネの頭をよぎるが、何よりもホワイトグリントを意識した様なカラーリングが彼女の思考回路の大半を焼き払っていた。

 

「・・・取り敢えず荷物はちゃんと届けたから、私はこれで失礼するよ。それじゃあねヒフミ。」

 

「あ、はい。ありがとうございました。」

 

唐突に現れた白き閃光の残像(ペロロ×W・Gというカオス)によって焼き払われた思考の中、僅かに燃え残った思考回路を以てこれ以上の熟考は無意味としてイサネはヒフミに別れを告げてその場を去る。ヒフミは歩き去るイサネを見送った後、手に持つペロロのぬいぐるみをじっと見つめ、そして向日葵の様に明るい笑顔と共にぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・はぁ、あんな眩しい笑顔なんてしちゃって・・・まぁ別にホワイトグリント含めリンクスの皆に恨みなんて持ってないけどさ。流石にあれは・・・」

 

 

ヒフミが笑顔でペロロのぬいぐるみ抱きしめる様を遠くから眺めながら、イサネは一人溜息を吐く。そんな彼女の脳内に思い出すのはイサネがまだイレーネとして生きていたここに来る前の世界の事だ。あの世界では誰もが味方に成り得たし敵に成り得た環境だ。そしてその戦場では如何な理由であれ生き延びた者が勝者であり、死んだ者が敗者となる。そこに作戦や勝負の勝ち負けは介在し得ない。そんな極限の環境だからこそ得られた奇妙な関係と言うものがリンクス達の間には確かに存在した。しかし、恨みなど無いというイサネの顔は中々に渋い。

 

(確かに恨みなんてない。それどころか一部のリンクス達とはそこそこ良好な関係すら持っていた。世界のほぼ全てをこの手に掛けてしまった今もそれは断言できる。・・・出来るんだけど、流石にそんな登場の仕方は無しだと思うの、ねぇホワイトグリント。)

 

勿論仲の良かったリンクス達までもを自らの答えの為に手に掛けてしまった事に思う事が無い訳ではないのだが、それ以上にその記憶達を想起させる物があの奇怪なマスコットと言うのはちょっと物申したい事がある。・・・物申した所でどうにかなる話ではないのだが。

 

(・・・無性にストレイドに乗りたくなってきた。確かシュミレータ機能は付いてた筈だから基礎の操縦訓練から色々やってみるか。腕の鈍りも落としておかないといざという時の言い訳にも出来ない。)

 

イサネはいまだあのぬいぐるみに頬擦りをしているヒフミを視界から外し、再び背を向けて歩き始める。目的地はブラックマーケットにある自宅ではなくアビドス砂漠のストレイド格納庫だ。

 

「あぁっとそうだ。ついでに今日の夕ご飯をいくつか買って行こう。いつまでもエナジーバーじゃまた怒られちゃう。まだ午前中だけど、どうせ一度始めたら夜遅くまでやってるだろうし。」

 

幼少の頃の経験から誰かに怒られる事、正確には心配や愛ゆえの説教を鬱陶しく思わない程度にはそういった親愛に飢えているイサネだが、説教されたならその点を直さなければ説教としての意味が無い事も同時に理解している。目的地の前に何処かしらのコンビニに寄る事を決めたイサネはトリニティの街並みを早足で進んで行く。

 

 

「そう言えば最近トリニティも何かキナ臭いんだよねぇ・・・」

 

 

しかし、道すがらに聞こえてくるトリニティの生徒達の世間話の内容は前に来た時と比べて遥かに暗い物が多い。その原因は予想するまでもなくトリニティとゲヘナで締結されるエデン条約だろう。一切の部外者でしかない以上詳細や事の始まりは知り得ないが、元々ゲヘナとトリニティは非常に仲が悪く、全面戦争とまでは行かずとも政治的な面では常に対立していたらしい。そして現在に至ってもその確執は消えることは無く、現にゲヘナの生徒を角付き、トリニティの生徒を羽根付きと呼んで侮蔑する双学園の生徒の数は多い。

 

(部外者の私が言うのもあれだけど、正直どっちも同レベルの低次元なのよねぇ。)

 

そんな二校に連邦生徒会長が意図こそ不明だが、二校の中を取り持つように用意したのがエデン条約機構(ETO)によるエデン条約だ。そして現在、連邦生徒会長が失踪してしまった為に空中分解するかと思われたそれをティーパーティー(トリニティの生徒会)の一員である桐藤ナギサがそれを拾い上げて調整を進めているというのがイサネが現状知っている情報だ。正直を言えばもっと深くまで調べを入れる事自体は可能なのだが、単純に面倒臭いのと触れてはいけない線を踏む事を嫌ってこれ以上の探りは入れていない。

 

 

――入れていないのだが、

 

 

「私の生活を脅かすまで大きくするつもりなら流石に介入しないとなぁ・・・」

 

 

標根イサネは政治が嫌いだ。これは比喩でも隠語でも何でもない。政治や内政に関する知識は一般の教養程度には理解しているが、隙を見せれば付け入ってくる奴や揚げ足を狩って生計を立てる様な奴を相手にこちらから隙を晒しに行かなくてはならないなぞ話にならない。ましてや漁る価値の無い肥溜めを相手に腹の探り合いをしなければならないなど以ての外だ。

 

「流石にブラックマーケットまでエデン条約時の騒ぎが飛び火することは無いと思うけど・・・予想外は想定しないといけない、ね。みっちり指導したけど、サキは覚えてくれたかな?」

 

イサネの予想ではいくらエデン条約に関する争いの火が燃え上がったとて、無法の巣窟であるブラックマーケットまでは飛び火しないだろうと見ている。が、予想など所詮は人の妄想に過ぎず、現実は人の予想などまるで無意味かの様に踏み潰す。だからこそ想定外を想定するのだ。備えるべきを備えるのだ。

 

「・・・最悪、ストレイドの起動も考えないとか。」

 

そんなことを考えながらもイサネは街並みを進み、駅に入る。交通系のICをかざして改札を抜け、ホームで電車を待つこと数分。そうしてホームに到着した電車に乗り込み、車とは違った揺れに揺られる事数十分と幾何か。

 

 

『~駅です。お降りの際は、お忘れ物ございませんようご注意ください~。』

 

 

ハイランダー鉄道学園の生徒の声を余所に電車を降りて改札を出る。するとトリニティの格式高い上品な町並みとは違う、平和なD.U.区の風景がそこにあった。

 

「さて、近場のコンビニは・・・っと。」

 

スマホを取り出して地図アプリを起動。近場のコンビニを洗い出すと、そこへ向かうべく歩き出そうと足を進めたその時だった。

 

 

「そこの者。」

 

 

唐突に背後から声を掛けられる。駅を出る時に自身の背後に人の気配がしていたので分かっていたので、驚きこそないが同時に声を掛けられるとも思っていなかったので、ぎょっとしながらもイサネは声の方に振り向く。

 

「はい?どうし――」

 

「すまないが、着いて来て貰えるかね。」

 

振り向いたイサネが言葉を言い切る前にイサネに声を掛けた者は手に持ったスプレー缶を彼女に向けて缶のアクチュエーターを押し込み、中に入った何かを吹き掛ける。

 

 

「ッ!?」

 

 

相手が普通の人だったのなら最早避けようが無いだろう。顔のほぼ零距離にあるスプレーの噴出口からガスが放射状に噴出されるのだから。

 

 

――だが、

 

 

イサネは振り向いた状態から噴出されるガスに反応して見せた。ガスが噴出される瞬間、即座に身体を動かして噴出するガスがイサネに到達するよりも早く身を屈める事でガスの範囲から逃れると、同時に左の拳を後ろに引き絞る。

 

「しぃッ!!」

 

そして引き絞った左拳を襲撃者の胴――正確には鳩尾目掛け、アッパーカットの形で叩き込む。

 

 

 

―――対象を殺す気の、一切の加減無しに。

 

 

 

「こッ!!?」

 

 

 

金属を殴りつける様な鈍い衝撃音と共に襲撃者の体が打撃点を中心にへの字に浮き上がり、手に持っていたスプレー缶が地面に落ちる。イサネの片腕で出せる膂力の全てに拳打の技術が乗った一撃を受けた襲撃者はへの字に浮き上がった後、受け身を取る事も出来ず膝から地面に落ち、拳の撃ち込まれた腹を抑えようとし――

 

 

「が――ッ!?」

 

 

イサネの方が圧倒的に速かった。左拳で襲撃者を打ち上げた彼女は膝から地面に着地した襲撃者の顔面に容赦無く右膝を打ち込み、大きくのけ反らせる。蹴った右足を戻し、右足裏をのけ反った襲撃者の胸部に押し当てると、そのまま体重を乗せて仰向けの形に蹴り倒す。

 

そして仰向けに倒れた襲撃者の右腕を自身の左足裏、左腕を右膝で抑える様にして馬乗りになると、一体何処に隠し持っていたのか、右手に逆手持ちで握られているククリナイフを襲撃者の首すれすれに振り下ろす。

 

「ひゅっ。」

 

がつん、という音と共に自分の首すれすれの地面に突き立てられた大型のナイフがコンクリートを穿つ。襲撃者は身動きもままならない状態で濃厚な死の気配を首筋に突き付けられ、言葉も呼吸も忘れて恐怖する。

 

「誰ー?」

 

一方で襲撃者に声を掛けるイサネの声は普段と変わらない呑気な声色で、怒りの気配も戦闘態勢の気配も見せない彼女はライムグリーンの瞳すらも普段と変わらない様子で問い掛ける。

 

「おーい、誰ですかー?答えてくれないとこいつ(ククリナイフ)が何処に刺さるか分かんないよー?」

 

「こ、こたっ、こたえっ、ます・・・!」

 

・・・問い掛けの内容は呑気とは真逆なのだが。

 

イサネの問いを受けた襲撃者は痛みと恐怖で震える声で何とか質問に答える。

 

「わたっ、私はっ、でっ、デカルト・・・!」

 

「デカルトさんね、了解了解。じゃあ次の質問。何でデカルトさんはいきなりスプレーを吹き掛けてきたの?」

 

恐怖による弊害こそあれど、漸く口がまともに動くようになってきた襲撃者――デカルトに対し、イサネは普段と変わらない様子で半ば尋問と化した質問攻めを続ける。

 

「い、いやその・・・貴方って普通に着いて来てくれって言っても話に取り合ってくれ無さそうで・・・それに貴方の様な化けも――実力者相手に力づくとなると余りにも人員も装備も足りなくて・・・」

 

「だからと言ってあの程度の小癪な毒で私をどうにか出来ると思うな。咄嗟の事だからスルーしてたけどあれ催涙スプレーか催眠ガスでしょ。その辺に売ってる様なタイプの物なら吸い込んだ所でしばらくは動けるし、素直に話を持ち掛けるべきだったね。別に誰彼構わず銃口向ける程私分別無い訳じゃないから。」

 

「じゃ、じゃあ頼めば着いて来てくれると?」

 

「敵対してなかったり余程怪しくなければね。いきなり相手に有毒ガスはまずいでしょ。流石に反撃したのについては謝罪しないからね。」

 

デカルトの目的が拉致ではなくただ着いて来て欲しいというだけという事を理解したイサネは仰向けで倒れているデカルトの体から降りる。体の節々を擦りながらよろよろと起き上がったデカルトを正面に見据えてイサネは話を続ける。

 

「で、着いて来て欲しいっていうのは?」

 

「おぉ、そうでした。早速本題に入りましょう。まぁ、兎にも角にもこちらへ・・・」

 

そう言ってイサネはデカルトと名乗る人物と一緒に歩き出す。方向的に目的地は子ウサギタウンだろうか?周囲の人の気配や敵意や悪意を探りながらイサネはデカルトの話に耳を傾ける。

 

「ここには私一人しかいませんが、私達は【所有せずとも確かな幸せを探す集い】という集いの者で、私はそこのリーダーをさせて貰っています。通称としましては所確幸・・・と言った所でしょうか。」

 

「はぁ。」

 

「まぁ貴方程の有名人と比べれば知名度はありませんが・・・それでも清貧を志す者達の間ではそれなりに有名なのですよ。と、まぁ貴方が私達の事を知っているか否かはどうでも良いのです。」

 

D.U.区内を進みながらデカルトは自らが率いる組織【所確幸】について語り始める。

 

「まず私達が何をしている集団なのかについてですが・・・その前に、私達の事を世間ではこう呼ぶ者達もいます。ニート、穀潰し、もしくは社会の膿、他にも注文の多い寄生虫と・・・」

 

「一体社会で何すればそんな名前で呼ばれるのよ。」

 

「ですが、決してそんなことはありません!それらは私達の行いを理解出来ない蒙昧な者達の妄言に過ぎません。私達は何もしていないのではありません。何もしていないのではなく、何もしていない、もしくは無所有を実践しているに過ぎないのです。」

 

一体何を言っているのだろうか。何もしていないや無所有の実行とは何を言いたいのだろう。確かに何もしなかったり何も所有しなければそこには何もしなかったという事実は残るだろうが、それを無行動・無所有の実行、実践をしたと言い張るのは些か無理がある様に思える。

 

だが、話は最後まで聞いてみないと分からない。イサネは特に何も言わずにデカルトの語りを聞き続ける。

 

「私達の教義は無所有の中にこそ真の幸福がある、です。良いですか、キヴォトスの人達は余りにも多くの物を持ち過ぎています。だというのに日々常に何かを求めるという・・・余りにも欲深く、不毛だと思いませんか?」

 

正直キヴォトスに来る居た世界を支配していた企業達の際限無い欲深さを知っているイサネとしてはキヴォトスの企業(主にカイザー)など金しか求めない辺りそこまで欲深いとは感じない。ましてや他の生徒達の欲求など人が最低限満たされるべき欲求としか思わないのだが、デカルトの考えは違うらしい。

 

「そんな常日頃から何かを欲しがり続けていては人生すぐに疲弊してしまいます。枯れる事の無い欲望の為に突っ走っては疲れ果てる・・・果たしてそんな生が本当に幸福と言えるのでしょうか?いや、私は断としてそうとは思いません!」

 

「人生における真の幸福とは、欲のままに物を所有するのではなくその逆・・・つまり何も持たない事、生存に関する物以外の全てを捨て去り、生きる為に動く中で見出す幸福こそが人生における真の幸せであり、人が本来見出すべき真理なのです。」

 

デカルトの話に耳を傾けながら周囲の警戒をしていたイサネだったが、気づけば自身達が何処かの廃墟の中に居ることに気付く。そして廃墟に入った瞬間から至る所にそこそこの人の気配がすることも。

 

「そして、イサネさん。いや、ブラックマーケットに君臨する頂点捕食者にして万物の天敵、標根イサネさん。」

 

改めてイサネの名を呼んだデカルトは、こちらに向き直ると一呼吸入れてから再び話し始める。

 

 

「傭兵として限りない名声、溢れ返らんばかりの富、そしてその全てを手に入れたその力。恐らく貴方はキヴォトスにおいて最も多くを所有していると言っても過言ではありません・・・」

 

 

「いや別にそんなことは無いと思うん――」

 

 

「そんな貴方なら分かる筈です。全てを手に入れた先にあるものは虚しさでしかないと!所詮自身の持つ物の幸福は虚像の紛い物でしかないと!だから、だからこそ今一度!己の本当の幸福が何たるかを知る為に、私達と同じ様に全てを捨て去ってみては如何でしょうか。・・・いえ、それこそが貴方が心の底から望む幸せであり、真に見出すべき道なのです!」

 

 

・・・凄まじい熱意だ。いや、最早剣幕という表現の方が正しいのかもしれない。

 

「は、はぁ。」

 

さしものイサネもデカルトのこの熱量を前には曖昧は返しをする事しか出来ない。そして何故か異常な剣幕で自身に迫りまくるデカルトを抑えながらイサネは思考する。

 

(と、取り敢えず、デカルトの言いたい事は分かった。つまりは必要最低限以上に何かを持たない事で生来溢れ出る筈の欲を内に封じ込めるって言いたいんだな?その中の幸福ていうのは全てを捨てて生存の言う生物にとって何よりの目的のみに邁進することでその活動そのものこそが人が享受すべき真の幸福ってことかな?それがデカルトの答えなら・・・)

 

 

――合わない。

 

 

それが思考を纏めたイサネが出した結論だった。

 

(人は争う種族だ。そこに種の保存だとかの仲間意識は存在しない。自分の為に、自分達の欲望を満たす為に戦うんだ。結果的にその戦いが人類の繁栄や存続に繋がってきたけどそれはあくまで戦い、殺し合いの副産物でしかない。・・・そして私は、戦いに愉悦を求めて身を投じる愚か者。闘争こそ、私が人生に求めるもの。)

 

イサネとて初めから生存本能のリミッターが壊れた戦闘狂ではなかった。幼少の頃は勿論、リンクスとして戦場に立ってすぐの時も闘争を楽しむのではなく生き残る為、自分を拾ってくれたセレン(恩人)に報いる為に引き金を引いていた。

 

(まぁ何はともあれこいつの思想は私には合わない。強者と戦う事こそが私にとっての幸福であり私の最後の居場所でもある。だからここは真摯にかつはっきりと拒否の回答を――)

 

一体いつからだろうか。生き残る為ではなく戦う為に依頼を受けて戦場に赴くようになったのは。半ば逸れた思考でイサネは過去を思い返す。少なくともラインアークにてホワイトグリントと交戦した時には既に闘争に染まっていた気がする。

 

が、そんなイサネの黙考を押し退けるかの如くデカルトはさらに大きな声でイサネに迫る。

 

 

「さぁ!さぁッ!!早く私達所確幸に加わると宣言なさい!そうすれば莫大な富と圧倒的な戦力が私の手中に――では無くて、貴方も本当の幸福というものを見つける事が出来る筈です!」

 

 

――前言撤回、こいつは文字通りの寄生虫(動くゴミ)だ。

 

 

思考が急激に冷却されていき、代わりに殺という一文字がイサネの思考を埋め尽くす。イサネにとってこの手の輩はこちらに絡んで来さえしなければどうでも良かったのだが、なんの意図であれこちらにとって非常に好ましくない接触をした以上看過する事は出来ない。今すぐに代償を支払ってもらわなければ。思想の違いについて真面目に考えていた脳のリソースという代償を。

 

「あれ、イサネだよね?こんな所で何してるの?」

 

おもむろに肩に掛けたショットガンに手を掛けながらこのデカルトとか言う偽善者をどう吊るし上げてやろうかと考えていた時、突如聞き慣れた声が掛けられる。名を呼ばれたイサネは「え?」と疑問符を浮かべながら声の方を向くと、そこには本来ならこんな所に居る筈の無い人物――シャーレの先生が廃墟の瓦礫に座っていた。

 

「やっぱりイサネだ。ニンジン作戦振りだね、元気にしてた?」

 

「・・・先生の方こそ何やってるの?」

 

イサネは先生の挨拶を無視して問い掛ける。先生が普段から生徒の為なら己が命までもを容易にベットする自己犠牲の究極系の様な人物である事は知っているが、ここの廃墟には不良なども含め生徒のせの字も居るようには思えない。

 

「私今SRTのRabbit小隊の皆と一緒に居たじゃん?あの時はイサネが一緒に居なかったから知らないと思うんだけど、あの子達の食糧問題を解決する為に近場にあるコンビニの廃棄予定の弁当を利用したの。廃棄予定とは言え消費期限自体はまだ切れてないから問題ないと思っていたんだけど・・・」

 

「予想外の所から目を付けられたと。」

 

「まぁそういう事だね。ここの人、つまりデカルトが言うには廃棄弁当の中でも特に珍しい焼肉弁当を譲ってくれれば素直に手を引くって――」

 

「いつまで話しているのです?シャーレの先生。あの欲塗れの生徒達へ連絡はついたのですか?自分で連絡すると言ったのは貴方でしょう?それにイサネさんもです。早く私達の仲間になると誓いなさい!すでに答えは分かっている筈なら何を迷う必要があるのです?」

 

イサネと先生が親しく話しているのが気に食わないのか、両者が自身の思惑通りに動いてくれないのが腹立たしいのか、デカルトが先生の声を遮って話に乱入する。彼のその上から目線な物言いが非常に不快だ。

 

「イサネ、ステイ、ステイ。」

 

どうやら怒りが顔に出ていた様で、その顔を見た先生がスマホを耳に当てつつも苦笑いで彼女を諫める。が、イサネの様子など背を向けている以上見る事は叶わないとしても目の前の莫大な富に目が眩んだせいで傍から見て明らかに傲慢な自らの発言に気付くことが出来なかったデカルトは、

 

 

「イサネさん、後は貴方だけですよ!早く浅ましくも底無しの懐に隠し込んだ財産を私に受け渡すのです!」

 

 

無所有などと抜かしておきながら己の欲望が剥き出しになった発言と共にイサネの肩を掴む。

 

 

 

「ぶ――」

 

 

 

デカルトに出来た行動はそこまでだった。イサネの右肩を掴んだと思った瞬間、唐突にデカルトの左肩から先の感覚が消え失せる。

 

そしてデカルトが左腕の感覚の消失を認識するよりも先に突如視界がブラックアウト。と共に強烈な浮遊感が全身を襲ったかと思う間もなく、直後に全身が砕け散る程の激痛が彼を襲う。

 

「・・・」

 

イサネにスプレーを吹き掛けようとして反撃を貰ってしまった時とは次元が違う。耳鳴りが酷く、声や呼吸はおろか視界すら霞み切っていて周囲の様子がよく分からない。そもそも全身を蝕む激痛のせいで目を開けている事すら困難で、今自分が上を向いているのか下を向いているのかも判別できない。

 

 

 

「・・・ははっ。」

 

 

 

だが、それでもデカルトの聴覚は確かに捉えていた。否、捉えてしまった。

 

 

「何が真の幸福だ、何が真理だ。人の財産を掠め取る事しか脳に無いカスがよぉ・・・はは、ははははっ。」

 

 

――人の心を汚染する狂人の笑い声を。

 

 

静かに笑う狂人――イサネは見事なハイキックの残心を解きながら、肩に掛けてあったショットガンを右手に持ち、セーフティを外す。

 

「あははっ、はは、っははははは!」

 

「うわぁ・・・いくら何でもやり過ぎだよこれは・・・」

 

イサネの後ろで先生が思いっ切り蹴り飛ばされたデカルトの様子を見ながら口を開く。先生の視線の先で、たった今砕け飛んだコンクリート製の壁に背を預ける姿勢のまま動かないデカルトの体は酷い有様だった。

 

まずデカルトの胸部部分の金属板が大きく拉げており、それがイサネの蹴りが異次元の威力を持つ事をありありとその身体に刻んでいた。そして彼の左側の首筋辺りには大型で刃が湾曲した刃物――ククリナイフの峰が衝撃で外れたか緩んだと思われる金属部品の間に綺麗に食い込んでおり、そこからイサネの最低限殺害はしないという最後の慈悲が容易に感じ取れる。

 

・・・尤も、ここまで痛めつけられた時点で慈悲も何も無い様な気がしないでもないが。

 

「随分と舐めた真似だねぇ?ははっ!?」

 

当のイサネはショットガンを右手に遊ばせながら、相手の状態など知った事ではないと言わんばかりにゆらゆらとした歩きでデカルトに近づいていく。

 

「でもざぁーんねん。今私の口座には大した額は入ってませーん。何故ならぁ!少し前にほぼ全額使った後からちゃんと金銭管理やってないからぁ!あはははははッ!!」

 

・・・なんか凄く酷い事を口にしながら。

 

そして遅れること数秒、爆発と共に3人の居る部屋の一角が吹き飛ばされ、黒煙より更に3人が部屋に入ってくる。

 

 

 

「SRTだ!部外者はどけ!」

 

 

「おい!なんか凄い音が2回も鳴ったんだけど何かあって・・・え、し、襲撃だぁーーッ!!」

 

 

 

―――いよいよ場は混迷に突入しつつあるのであった。

 

 

 





アーマードペロロは単純にAC×ブルアカの何かがやってみたかっただけです。茶番なので多分出番は無いかと。まぁ茶番の癖にだいぶ長いのですが。


イサネを...(いさ)める!?  ...ちょっと違うか。


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