いよいよカルバノグの兎1章も佳境に入りましたね。
...さて、ストーリの幕間をさっさと考えないとナァ(遠い目)
夜の街、その地上から十数mの空。
「・・・よし、ガラスを外す。・・・3、2、1、今。」
キヴォトスの治安を守る正義の象徴ヴァルキューレ警察学校の本館にて、3つの人影が校舎の壁に張り付き、すぐ横にある窓のガラスを音も無く外す。
「侵入します。」
ガラスが外れた事により開いた窓に、素早く一人が中へ入る。中へ入ったその一人は、即座にサブマシンガンを構え、周囲を警戒。未だ自らが未発見状態にある事を確認する。
「こちらRabbit1、現在時刻2330。ただ今ポイント
無線機に小さく話し掛けるその人――元SRT特殊学園1年生、Rabbit小隊隊長、月雪ミヤコは、続けざまに周囲の状況をつぶさに報告する。
「哨兵の姿は無し、向かいの廊下に監視カメラらしき機器を複数確認。」
『こちらキャンプRabbit、その監視カメラについてはもうハッキング済みだから、気にしないでOK~。』
無線機から語尾が間延びした声が聞こえてくる。ミヤコは無言を貫き、無線の相手、キャンプrabbit、正しくはRabbit3、風倉モエの言葉を聞く。
『画面で見た感じ、近くに警備員の姿は無し、安心してポイント
「モエちゃん、相変わらず早い・・・!」
『くひひ、この程度のセキリュティ如き朝飯前よ。』
モエは自らのハッキングの腕前を称賛する声――Rabbit4、霞沢ミユの声に自信満々に応える。が、すぐに声色を落ち着かせて話し始める。
『って、調子に乗った所悪いんだけど、ハッキングは30分しか持たなさそう。どうやら30分でコードが生成されるっぽくて、この回路はちょいときついかな。だからミッションは30分以内に宜しく。まぁ内容的にまーたあのヴェリタスの部長かな、全く鬱陶しい。』
「仮にヴァルキューレの本館なのに、警備が居ないというのはどうなんだ?」
モエの愚痴を遮る様に悪態をつく4つ目の声。そう、Rabbit2、空井サキだ。モエは『大丈夫だって、信じてよ!』と自分の情報戦の腕前を疑われたかとすかさず声を上げるが、「違う、ヴァルキューレの方に対してだ。」とサキは言葉の意を補足する。
「・・・敵ながら呆れたもんだ、これだからヴァルキューレには行きたくないんだっての。」
『それが敵の策の可能性もある事を十分に加味した上でそんな事を言っているんだろうな?Rabbit2。』
「うっ・・・わ、分かってるよ。敵が居ないからと言って警戒は解かないのは当然だ。」
サキの呟きに反応するかの如く無線に割り込む異様にドスの効いた声。サキはその声に対し僅かな驚きを振り払いながらその声に応える。
『・・・なら良し。こちら臨時共同員、コールサイン
『はいはい、でもまだ動くのは後だからね。変なことすんなよ?イサネ。』
『こほん、今回の目標である公安局の取引帳簿、クローバーが保管されているポイントSは地下3階。一応通行量の少ない西側の階段を使って。・・・繰り返しになるけど、制限時間30分だから、それまでに宜しく。』
「Rabbit1、了解です。」
モエの念押しに返事をし、ミヤコは無線を終える。
「と、所で先生は・・・?」
きょろきょろと辺りを見回したミユが問う。デモを始めてから殆どと言って良いほど傍に居た先生の姿は今ばかりは無い。ミヤコは淡々とその質問に答える。
「前回と違って侵入経路が厳しいので先生には無理です。話し合いの結果、無理矢理置いてきました。それに、万が一補足された場合には銃撃戦になりますから。」
『役に立てなくてごめんね・・・裏側で応援してるから・・・』
無線機からしょぼくれた先生の声が聞こえてくる。ヘイローを持たない先生は銃弾の一発が常に脅威となるのだが、それを理解しているのにも関わらず何故かこれから激しい銃撃戦が予想されるクローバー作戦にてミヤコ達に同行するという無謀極まりない提案を行い、一悶着の末にモエの操るヘリに搭乗している。
「まぁ、ある意味いつものメンバーだ。」
「そ、それはそうだね・・・」
「はい、私達、だけで・・・」
SRTが閉鎖される前も訓練等の実習授業でのRabbit小隊はミヤコ、サキ、ミユの3人が実働隊として、モエが支援要員として動いていた。今回は二名程の例外が居るがそれでもいつも通りの編成であるという事には変わりなはい。普段と違う事と言えば今回の作戦が訓練などではなく失敗の許されない実戦である事くらいだ。
「ミヤコ、なんだその表情は。問題でもあるのか?」
「い、いえ、作戦の事を考えていただけです。」
サキの指摘に違和感を感じているかの様な表情をしていたミヤコも気を取り直し、淡々と隊員たちに指示を出す。
「では、警戒を怠らずポイントSまで移動!」
指示を受けたサキとミユはミヤコの数歩後ろに着き、夜の静けさに閉ざされたヴァルキューレの廊下を進んで行く。
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「・・・今の所見張りの感は無し。監視カメラのハッキング強度にも問題無し。」
各種パラメータ状況を映し出すモニターを弄る手を止め、ヘリの運転手――風倉モエはおもむろにヘリの運転席から身を乗り出して後部座席にいるこれまでの普段には居なかった二人、特に灰銀色の長髪を払いながらスマホを弄る少女に向かって声を掛ける。
「イサネ。もうヘリ飛ばすから、スマホに夢中になってヘリから落ちない様にしなよ?」
「あぁはいはい、まぁ大丈夫でしょ。」
モエに声を掛けられた少女――標根イサネは、弄っていたスマホを懐に仕舞い、隣に座る女性――シャーレの先生同様に後部座席にしっかりと座り、手に持った分解済み対物ライフルと何かが詰まっているリュックサックをしっかりと握る。
「燃料良し、機体の状態良し、目標地点はヴァルキューレ本館より約300m離れた地点の上空。」
シートベルトを締め、ヘリの操縦桿を握り、やり慣れた発進シークエンスをこなし、ヘリを浮上させる。
「Rabbit1、こっちも支援位置に向かって移動を始めるから、到着し次第狙撃支援の要請を受け付けるよ。」
『了解です。こちらも特に異常は無し。速度を上げて行きます。』
ミヤコとモエ、お互いに「アウト。」という通信終了を意味する言葉を言い合い、無線を切る。
「そう言えばイサネはミヤコ達と一緒じゃなくて良かったの?」
「え、なんで?」
「だって形は何であれ確実に激しい戦闘になるでしょ?イサネなら迷わず飛びつきそうだと思うんだけど。」
「ミヤコ達に同行したかったのはそうなんだけど、今回はちょっと万が一って言うか・・・まぁちょっと別の思惑があって。どうせカンナ辺りは確実に立ち塞がるだろうし、なら今回はここがベストかなって。」
後ろで話している先生とイサネの声をBGMとして聞き流しながら、モエはヘリの運転に集中する。
「別の思惑・・・」
「別にクローバー作戦を滅茶苦茶にしようとかじゃないよ?流石に。」
「それはそれで中々・・・」
「・・・今回ばかりは勘弁してくれ。それと実行員のお前がそれを言うのはおかしいだろ。」
雑談を上空に響かせながら、3人を乗せたヘリは夜間の空を飛んでいく。
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『こちらキャンプrabbit改めRabbit3、支援位置に到着。ヴァルキューレ館内の様子も変化なし・・・うん、今のところ順調だね。』
という無線での連絡を聞きながら、ミヤコ、サキ、ミユの3人は地下へと続く階段を駆け下りる。
「周囲に敵影無し、行きましょう。」
階段のエントランスから索敵を行い、地下3階を意味する《B3》とプレートが張り付けられた壁を通り過ぎる。そこからしばらく廊下を進んで行くと、明らかに他とは一線を貸す程の重厚な金属壁に閉ざされた扉を発見する。
「こちらRabbit1、作戦目標クローバーの保管地に到着。」
「この部屋に、ヴァルキューレの文書が全部・・・」
無線に報告を入れるミヤコに金庫と遜色ない金属扉に驚愕もしくは畏怖の念を零すミユ。
「・・・頑丈な扉ですね。犯罪に関わる証拠等も全てあるでしょうし、当然と言えば当然ではありますが。」
「その割にはやっぱり、警備も全然居ないけどな。ま、楽なのは良い事だけど・・・」
サキも何かを含むようにヴァルキューレの脆弱性を零す。勿論その目は常に周囲の気配を探る事を止めない。が、扉の前から先に進もうとしない二人には違和感を覚えた様で、
「・・・って言うか、何を待っているんだ?さっさと中に入らないのか?」
とふと口に零す。それに対しミヤコが「これ、電子式なんです。」と答え、ミユも「今モエちゃんが一生懸命解除しているみたいだけど・・・」と補足を入れるが、嫌な予感を覚えたのかサキは続けて口を開く。
「おい、まさかこの時間も最初に言った30分にカウントされる訳じゃないよな?」
『急かさないでって!私だって今急いでるんだから!くそ、ここも違うのかよ。』
すると無線からハッキングに神経を集中しているであろうモエの苛立った声が聞こえてくる。声色から察するにやはりと言うべきかこの金庫扉の電子ロックは侵入時の監視カメラとは比べ物にならない程強固なセキリュティが掛けられている事が容易に分かる。
「ちっ、普通に扉をぶち抜くんじゃ駄目か?」
『その分厚さでいけると思うの?やれるもんならやってみれば?まぁそれで警報とか鳴っても責任取れないけど。』
『うーん、人が携行出来るならパイルバンカーで一発だと思うんだけど・・・まぁ普通に爆音鳴るから無理だね。この作戦の本筋が隠密潜入の時点で物理的突破は無謀。というかそもそもくそ重いパイルの特殊合金杭の硬度を維持したまま人サイズまで小型化出来るのか・・・?そもそもの話基礎構造を構成できるだけの技術がキヴォトスにあるのか・・・杭の代用で言うならタングステンカーバイドか?』
焦れて物理的突破を問うサキだったが、返ってきたのはモエの不可能を言外に示す言葉と、イサネの「パイルバンカー」などと言うこれまで一度も聞いた事の無い単語に連なる言葉の羅列だった。
「ぱ、パイルバンカー?なんだそりゃ、そんな物があるのか?」
『あると思う?そんな代物。仮にあったとしても殺人罪が禁忌とされている程のキヴォトスじゃまず規制確定の品だよ。あ、ちょ先生も興奮しないで。え?アニメで見た?派手に敵のコアを撃ち抜く?・・・実際はもっと地味だしそもそも爆発なんてしないから。当てた時の手応えはあるけど。アニメのそれもジェネレータにまで杭が貫通しただけで――』
『ちょっと二人うるさい!・・・えーっと?あー成程ね、ここをデコードして・・・クリア!』
無線から返ってきた喧しい声に若干自身の発言を後悔しながら、モエのハッキング完了の声に従って動き出す。直後に今の今まで押しても微動だにしそうにない重厚な金属扉が見た目通りの重い金属音を上げて開く。
「・・・3分か、結構掛かったな。」
『これでも相当早いんだけど!この難しさ、分かってて言ってる!?』
「今は喧嘩している場合ではありません。もう余り時間も無いので、急ぎましょう。例のリベートに関する資料を探して下さい。」
開錠が終わって尚言い争いをしているサキとモエの仲裁をし、ミヤコは開いた金属扉をくぐる。無線越しにしょうもない喧嘩を繰り広げていたサキも任務優先と若干渋々ながら「じゃあ、右の棚から。」と探索を始める。
『ふーん?まだヴァルキューレは侵入に勘付いてないのか、流石にそろそろ怪しいな。罠を前提に動く様オペレートした方が良いんじゃない?』
『どうだろうね、私達の思っているヴァルキューレの練度を考えるとどっちも簡単に言い切れないのが何とも・・・』
『尾刃カンナが居る以上交戦するなら激戦になる事は間違いないだろうけど、侵入に気付いたとしても侵入者を罠に掛けるなら侵入者にばれないようにする必要もあるから・・・どっちだ?』
無線から流れる会話を横目に、3人は部屋内にある書類や本を片っ端からひっくり返す。
「公安局、公安局・・・うん?カイザーインダストリー、記録は一週間前。内容は銃火器・・・これだ!」
右端にあった棚から2番目、その中の最上段に保管されていた《Top Secret》の文字が刻印されたA4サイズの封筒。その封筒の中にあった一枚目と思われるプリントの一番上にはカイザーインダストリーとの取引を示す文字が印刷されていた。
「っ!ナイスです、サキ。中身を見せて貰えますか?」
ミヤコとミユがサキの元へと駆け寄り、3人で書類の中身を精査する。
「なるほど。・・・クローバー、カイザーインダストリーと公安局における違法なリベートの証拠を確保しました。」
――ビンゴ。
書類の内容は間違いなく公安局とカイザーインダストリーのリベートの事実を明確に示していた。一通り内容を確認したミヤコは一息の後に無線に報告を入れる。
「先生の推測通りでした。やはり間に子ウサギタウンの再開発の件が挟まっていた様です。」
『OKOK、重畳重畳。これであれも確固たる効力を持たせる事が出来る。』
『取り敢えず皆お疲れ様。しかし、やっぱりか・・・』
Rabbit小隊への労いと共に落胆した声色で呟く先生。尾刃カンナという生徒は元より厳格な性格で職務に忠実、そして何よりこういった汚職を最も嫌う警察官の鏡の様な生徒だ。恐らくカンナの裁量権の届かない上層部――連邦生徒会、ひいては防衛室で何かあったという事なんだろう事は想像に難しくない。
「この資料さえあれば、彼女の動きを止められそうです。」
「ははっ、公安局の奴らに一泡吹かせられそうだな。」
ミヤコの言葉に乗せる様にサキが軽口を叩いた正にその時だった。
「うん?」
先程開いた扉の開錠音と同じくらいの金属音が部屋の中に響き渡る。覚えの無い音に疑問符を浮かべながら二人は周囲を見回すと、そこには完全に何かやらかしたと思わしき顔のミユが居た。
「ん?何してるんだ?ミユ。」
おもむろに尋ねるサキ。それに対しミユは冷や汗全開に非常に恐る恐る応える。
「と、扉、閉めちゃって・・・」
「・・・閉めたなら開ければいいだろ。」
一瞬、ミユの言っている言葉の意味が分からなかった。扉とは開けたり閉めたりする物だ。間違えて閉めてしまったのなら再び開ければいい。常識なんてレベルの話ではない。だが、ミユは「で、でもこの扉・・・」と尚口籠る。そして、
「ドアノブとか無いタイプで・・・開けられない、かも。」
さらっと絶望の黒い薪に火をくべた。
――数秒間たっぷりの沈黙。
「はぁッ!?」
サキの声が、吸音材の無い金属の部屋の中に強く反響した。
「えっ・・・はぁ!?・・・はぁっ!?」
そして数度、再びサキの声が響く。
「サキ、落ち着いて下さい。ダメ元になりますが、その扉押して開けられませんか?」
ミヤコの冷静な声がサキの驚愕を上書きする。
「まぁ一応やってみるか。まだ開かないと決まった訳じゃないからな・・・ッ!!」
ミヤコの提案を受けたサキは手に持っていたマシンガンを棚に立て掛け、扉に両手を当てると思いっ切り体重とあらん限りの力を掛ける。
「ぐっ、ぐぐぐ・・・ぎぎ・・・くぅっ・・・!」
デモをしていた時はイサネの異次元とも理外とも言うべき膂力に捻じ伏せられてしまったが、サキとて特殊部隊と呼ばれるSRT特殊学園の生徒だ。訓練でもその合間でも肉体錬成は欠かさず行っており、特殊部隊として必要とされる筋力は優に超えている。
「きっ・・・!く・・・ッ!」
しかし、そんなサキの力を以てしても円形の金属扉はびくともしない。開いた時の扉の空き方からして力を加える方向は合っている筈なのに、だ。
「っはぁッ!・・・駄目だ、開く気がしない。」
サキは人力での扉の解放は不可能だと判断し、扉から手を放して軽く息を整える。するとそこに無線に乗った声が聞こえてくる。
『で、証拠も確保したのに何やってる訳?もう時間無いけど、さっさと出たら?』
『なんだなんだトラブルか?こっちから見た感じまだそんなにヴァルキューレ側の動きは・・・』
モエとイサネがそれぞれに言葉を話す。
「聞こえてなかったのか?扉が開かないんだよ。」
『はぁ?そもそもどうして閉めたのさ?』
サキの報告にモエが信じられないと言わんばかりに声を荒げる。
『金庫の扉なんて普通オートロックに決まっているじゃん!閉めたらロックが掛かるに決まってるでしょ!?』
「あ、開けておいたら誰かに見つかっちゃうかなって・・・」
『隠密前提で来ているんだから見つかる訳無いでしょうが。しかしそれ本当に開かないのかな?・・・あ、でも内部の構造的に駄目そうか。見た感じ四方は壁・・・さてどうするか。』
それを余所に即座に思考を切り替えているイサネ。発言からして軽い叱責の意も籠ってそうだが。
『私がその辺ちゃんと見てるってのに・・・なーんでそこ不安がるかなぁ!?』
「ご、ごめんなさい・・・」
更にモエの悪態まで入れば気弱な性格のミユはもう謝罪することしか出来ない。
「せめてドアストッパー的な物でも挟んで置けば・・・」
続くサキの口撃にミユの卑屈すぎるメンタルが耐えられる訳も無く、「う、うぅぅ・・・っ。」と瞬く間に半泣きになる。
「やっぱり私なんかがSRTに入るべきじゃなかったんだ・・・怖がってばかりで、皆の足を引っ張って・・・やっぱり私なんか生まれてこなければ・・・」
そしてこの自虐。いつもの流れと言えばいつもの流れなのだが、今回ばかりは時間と場所が余りにも悪い。
「ミユ、そんな事言わないで下さい。狙撃手が屋内に慣れていないのは仕方ありません。むしろそれを考慮出来ていないかった私の落ち度です。」
ミヤコがすかさずフォローの言葉を投げかかる。が、こうして任務において重大なロスが生まれてしまった以上ミユの傷心に何処まで響いたのかは今一怪しい。そして何より、
「本当にそうか?誤魔化すなよ、ミユのミスに間違いは無いだろ。」
サキの追求が止まらない。フォロー1に非難1。これでは埒が明かない。
『誰のせいとかって言ってる場合じゃないでしょ、時間制限も近いんだよ?』
「じゃあどうしろってんだ。さっき私が言ったみたいに無理矢理ぶち抜くか?」
いよいよ部隊間の空気に冷たいものが流れ出した時、
『自分には予想外さえ無ければと甘い癖に他人には随分と厳しいんだなぁ?空井サキ。本当にお前特殊部隊なのか?そんなにヴァルキューレに取っ捕まりたいのか?なぁ、今ここで言ってみろ。』
無線越しだというのに冷たい声と共に明確な圧力が金庫内に響く。冷えかけていた場の空気が全く別の悪寒に凍り付く。
『おい、どうなんだ?Rabbit2。お前の役目は部隊員の失態をあれこれ責め立てて一丁前に結果論を論じる事なのか?ポイントマンってのはそういう役割なのか?』
「っ、それは。」
『私言ったと思うんだけどな。任務中に誰かの失敗を責める事は時間と命の最も無駄な使い方の一つだって。今私がこうしているみたいに。』
誰がどう見ても声に侮蔑と失望の感情が乗っていると理解出来る。声の主――イサネはそれ程までにミユの失態に対するサキの非難について苛立っている。いや、最早失望に近いだろうか。
『言っておくけど、私は君らのその意志にこそ興味を持ったけど実力に関しては一切信頼してないからね?そこの所勘違いするなよ?今の君らなんてヴァルキューレが総力を以って掛かれば警備局だけでも無力化なんてすぐだからね。』
「その・・・っ、はい。分かりました、胆に銘じます。」
『お前に言ってない、Rabbit1。お前は説教に付き合う暇があったらさっさと脱出策を探せ。それと4、お前も一体いつまで失態を抱え込むつもりだ。そうやって抱え込んで卑屈になればどうにかなるのは温室飼育が出来るガキまでだぞ。』
「うぅ・・・は、はいぃ・・・」
一切の容赦が無く、剃刀の如く鋭い言葉遣いに黙り込む一同。ヘリの中で流石に現場の空気が不味いかと先生がイサネに何か言おうと口を開くが、
『これは前線に出ない先生には何ら関係無い話、部外者は黙っていろ。それに特殊部隊を名乗るのは良いけど、この程度で傷心してる様じゃどうせこの先ヴァルキューレ行きだ。』
口を開いただけで何かを言う前にイサネに発言すら許して貰えない。無線越しに聞こえる先生に対しても拒絶するかの如く冷たいイサネの言葉に戦慄を覚える。そして「ヴァルキューレ行き」という余りにも現実を突き付けるその言葉にも。
『はぁ・・・まぁそういう事だから、落ち込んでないで何か方法を探して。じゃないと本当に手遅れになるよ。・・・後5分も無い。』
「何かって言われても・・・再度ハッキングは駄目なのか?」
『電子的にロックを外したとしても物理的に開かなければ意味無いでしょ、それ。』
イサネの侮蔑にも等しい叱責を受け、一同は脱出の方法の模索に掛かる。
『・・・イサネ。私言わなかったかな、言い過ぎやり過ぎだって。』
『私はあれらが自分達を正義の特殊部隊だと言い張るから言った。これがアビドスの皆やゲヘナの風紀委員会だったら私はこんな事言わない。悪いけどこればかりは先生でも譲らない。押し通すつもりなら撃ってこい。こっから先に言葉は不要だ。』
無線越しに伝わるヘリの中の空気は地獄のそれだ。恐らく先生とイサネの意見のぶつかり合いを極めて意識して意識から除外して思考しているであろうモエの心労が計り知れない。
(思えばSRTを離れて以来、私が指揮した作戦は全て失敗している。)
この場を切り抜ける策を模索せんとするミヤコだが、何故か自身の思考はこれまでの自らの足跡を振り返る事ばかりで一向に働いてくれない。
(公園の時も、キャンプが浸水した時も。)
思い返すのは子ウサギ公園にて始めた連邦生徒会に対するデモ。これは相手にすらならないと見下していた生活安全局と今ヘリに乗っているイサネ、そしてそれらを指揮する先生によってほぼ完敗に近い形で叩きのめされた。次いで挙がるは数日前の豪雨による野営地の水没。先生とイサネの尽力によって結果的に水没こそ避けられたものの二人が来るまでは手を施した傍から全て濁流に流されていった。
(私には先生の様な統率力も戦略眼も無ければイサネさんの様な突出した戦闘能力も戦術眼も無い。)
如何な不利状況でも同様一つ無く戦況をひっくり返して見せた先生の指揮能力と戦場全体をまるでボードゲームの如く見渡して最適解を出す事の出来るその戦略眼。どんな敵が数が相手でさえその不自然に張り付けた様な嗤いを何一つ崩す事無く戦場を我が物顔で駆け回るイサネの戦闘能力にそれを最高効率でぶん回すことの出来る戦術眼。どれもミヤコが求め、必要としている能力。だが、今の彼女にそのどれも備わってない。
(この絶体絶命の状況で、私に一体何が出来ると・・・?)
――それに特殊部隊を名乗るのは良いけど、この程度で傷心してる様じゃどうせこの先ヴァルキューレ行きだ。
ミヤコの脳裏に蘇るイサネの残酷と失望を突き付ける言葉。それは彼女の心の中で僅かに燻ぶっていた焦燥を一気に再燃させ、これまで目を背けてきた現実に被せた幕を焼き払わせるには十分過ぎる燃料だった。
(何も成し遂げられなかった私に、何が・・・?)
もう碌に策を講じる事が出来ない。思考がぐるぐると現実という言葉に収束し、そして全ての接点がばらばらに攪拌されていく。
視界が歪み、平衡感覚も薄れていく。息が苦しい、頭が痛い、吐き気がする、手足の感覚が痺れに飲み込まれていく。
(なに・・・が・・・?)
真っ暗になった意識の中、ミヤコの耳に無線特有のノイズの入った声が飛び込む。
『ミヤコ、落ち着いて。まだ終わってないよ。』
はっとして顔を上げる。先生の声だ。
「先生。・・・先生、私には・・・」
ミヤコの助けを求める声に先生は言葉を続ける。
『イサネはああ言っていたけど、彼女だって本気で貴方達の事を考えている事は事実だから。それに鋭い言葉遣いはある種信頼の裏返しみたいなもの。イサネも私も、皆ミヤコの事を信じてる。』
『ねぇちょっとそれじゃあ私がただの悪い奴になっちゃうじゃん。やめてよ今ここで人の心情を勝手に代弁するの。』
『でも、全部一人で背負う必要はないよ。皆がミヤコを信じている様に、ミヤコもまた皆の事を信じてあげて。』
『聞いてんのかおい。』
先生の言葉にミヤコの目には、
「まぁ、そういう事だ。イサネに言われた事はだいぶ心に刺さったけど、この場今すぐには変われない。こんな状況で言うのもあれだけど、この状況私には何も出来ない。」
「に、任務はいつも怖い事ばかりだし、イサネさんはもっと怖いけど・・・でもミヤコちゃんが居るから・・・」
『私もサキに同意。現場に居ない以上もう手の打ち様が無いし、そもそもオペレーションで手一杯。』
『・・・おかしいなぁ、私なんか上手い具合に先生のだしにされてない?あれ別にそんなつもりで言った訳じゃないんだけどなぁ・・・あ、ミヤコ。一応だけどそこで暫くの間防戦一方を凌ぎ切れるなら私がどうにか出来るけど?』
それぞれが自らの隊長を信じて疑わない隊員達の声と姿があった。・・・若干一名おかしな事を呟いているが、この際は気にしないでおく。
「まぁ、そういう事だから―――」
一呼吸。そして、皆の声が重なる。
「「「『よろしく、ミヤコ。』」」」
文章にしてたった数文字の言葉は、戦場において人と人とを繋ぐ絶対の絆を確かに感じさせた。
「・・・了解です。」
ミヤコは信頼に応える様に頷く。そして同時に迷いが消えた事でクリアになった思考を回す。
(ここは出入口が一つしかない、そしてそれは人の手ではもう開けられない。つまり、私達は外部からの干渉以外でここから出る事はほぼ・・・いや、確実に不可能。)
「改めて、作戦を再開します。この先、私の下す指示に違和感を持つ事もあるかと思います。が、私を信じて、迷わず従ってください。」
思考を続ける片手間に、隊員達に「自分を信じろ」と、これまでならまず言わなかっただろうと思う言葉で呼び掛ける。
(外部干渉でしか出る事が出来ないなら、もうそれしか手段はない。隠密という前提条件は破られてしまいますが、私達の目標はクローバーを無事に持ち帰る事であって隠れる事ではない。)
「はっきり言って状況は良くありません。困難が続くでしょう。ですが、どうにかクローバーを持ち帰り、私達の居場所へと帰りましょう。」
(確かに警備局総出で全方位から攻撃を受ければひとたまりもありませんが、それはあくまでも平地での話。あらゆるものを利用して接敵面を削ればどうにでもなります。それこそ子ウサギ公園での警備局や公安局との戦闘の様に。)
思い返すはデモを始めた当初の話。数に任せて公園に押し寄せるヴァルキューレの生徒達を林による視界不良と地雷によって吹き飛ばし、ミユの狙撃とサキの
(幸いヴァルキューレの本館はそれこそ入り組んでいる。運動場等開けた所に行かなければ接敵面を正面と後ろまでに絞れる筈。なら・・・やれる。)
「良いですね?」
「「『了解!』」」
力強く頷くRabbit小隊の一同。モエの無線からまだぐちぐちと文句を垂らしている声が小さく聞こえてくるが、あの
「先にこの先の作戦ひいては状況突破の為の道筋を話します。約一名ほど聞いているのか分かりませんが・・・まぁ彼女なら大丈夫でしょう。」
『あー、一応聞いてるから。』
「手短に説明します。まず私達はここの金庫に閉じ込められている状態になります。金庫の扉は頑強。サキが実践してくれた通り電子ロックを外したとしても開ける事が出来ません。」
イサネの若干不貞腐れた声を流しつつミヤコは説明に入る。
「開ける事が出来るとすれば、それは外部からの干渉――この場合ではヴァルキューレ生がマスターキーを使っての開錠しかありません。」
「つまり、戦闘は避けられないって事か?あの時とは訳が違うと思うが。」
「確かに警備局総出で掛かられてしまうと装備が弱体化している私達ではすぐに制圧されてしまいます。ですが、ここはヴァルキューレの本館。運動場などの開けた場所にさえ出なければ敵との接敵面や一度交戦する敵の数は幾らでも削る事が出来ます。」
場が一瞬静まり返る。
「なのでこれから私達は警報が鳴るまでここで戦闘態勢で待機となります。警報が鳴り、敵兵がこの扉を開けた時が私達の最後の脱出チャンスです。」
『まぁ扉をどうにかする事が出来ない以上それが最善か。・・・続けて。』
「はい、詳細は敵がこの扉を開け、中に入った瞬間にこちらから仕掛けます。中に入ってきた敵を即座に無力化、同時に外部にも手榴弾を投擲して退路を作ります。隠密という前提条件は失われてしまいますが、これ以外に脱出の道はありません。モエ、ヴァルキューレの本館の内部構造を可能な限り洗って下さい。なるべく障害物の多い場所を通って撤退します。」
ミヤコの指示に従い、モエが止まっていた手を再びキーボードに走らせる。
「金庫を出た直後。これが最初の関門であり鬼門です。ここで集中砲火をされてしまうとどうにもなりません。ですので、手榴弾は多少多めににばら撒くくらいで問題ありません。」
「こ、これなら、何とかなりそう・・・?」
「窓辺における攻防ではイサネさんの支援も届く筈ですので多少楽になりますね。そう言う訳でイサネさん、火力支援の程よろしくお願いします。支援要請の無い時には自由に撃って貰って構いません。」
『了解した。と言っても準備はとっくに出来てるんだけどね。』
無線越しにがこんという重厚な音が聞こえてくる。言葉の通りどうやら準備は万端らしい。ミヤコは己の手に持つ銃のマガジンと安全装置を改めて確認する。
「説明は以上となります。移動の際は各自遅れない様に着いて来てください。単独行動は全滅に直結するので許可しません。」
ミヤコがそう締めくくると、サキとミユも頷き、各々の持つ銃の最終チェックを行う。
「マガジン、予備、セーフティ問題無し。弾詰まりも・・・よし。」
「こ、こっちも準備OKです。」
「はい、では警報が鳴るまで各自警戒。何かあったら報告をください。」
そうして一同は気配を殺し、並び立つ棚や机に身を隠す。
――セキリュティプログラムによる乱数コード再生成まであと2分。
なんか最後変な感じになっちゃった。
今回イサネさんなんか当たり強いですね。何か嫌な事でもあったのかな?
次回でカルバノグ1章終わらせられるといいなぁ...