正直早く時計仕掛けの花のパヴァーヌ2章書きたくて本来書かないといけないところ全然進まなかった...
これだから見切り発車で始めるのは良くないとあれほど...ただでさえ執筆遅いのに...
夜風が強く吹くヴァルキューレ本館の屋上に、3つの人影――クローバー作戦を実行中のRabbit小隊の隊員達の姿がそこにあった。
『ここはRabbit1、現在時刻は0100。たった今ORPに到着しました。』
そしてそれを数百m離れた何もない上空から眺める一機の機影。機体の横にミサイルランチャーとガトリング、そしてその銃座が装備されたSRTのロゴが刻まれた軍用ヘリだ。
『Rabbit3、航空支援はまだですか?』
「ごめん!ポイントが変わって遅くなった!あと・・・5、いや4分で着く!」
ヘリの操縦者兼クローバー作戦におけるオペレーター――Rabbit3こと風倉モエが、少し焦った声で無線に声を返す。
「まぁ上空を監視する配置がいきなり付いたのは予想外かつ不可解な事態ではあったね。もう少し早く狙撃を切り上げるべきだったか?どうせ攪乱と混乱が最大の目的だったし。」
「確かに結構撃ってたからね・・・でも効果自体はあると思うけど。」
「何事も適度にやるのが良いんだよ、多分。それにこいつの餌は貴重だし高いし・・・はぁ。」
そしてその後部座席にて自称コールサインCollerこと標根イサネとシャーレの先生があれこれと何か話をしている。
『了解、それまで持ち堪えます。Rabbit2、バリケードの敷設を。ランディングポイントへの通路を封鎖して、脱出時の隙を突かれない様にします。』
『もうやってる。念の為屋上への階段と室内通路にも地雷を撒いて来たけど――』
ヘリへの乗り移り中はほぼ作戦の成功を意味するがそれと同時に敵に隙を晒す事にもなる。故にミヤコはサキにORPへと続く屋上への階段やそれに続く通路にバリケードの敷設を指示し、指示を受けたサキはそれに加えて地雷まで敷設した。だが――
――轟音。
『・・・早かったな。』
無線機から何かを察した様な、諦めた声と明らかに扉と壁を挟んだ先で何かしらの爆発物が爆発した鈍い音が聞こえてくる。先程のミヤコの言葉から察するにサキの仕掛けた地雷原にまでもうヴァルキューレの生徒達が到達したのだろう。
『も、もう扉の所まで・・・!5分も持つかな・・・?』
『まだバリケード自体の突破がされているのかが詳しく分からないな。ちっ、バリケードに接触型の爆発物でも仕掛ければ良かったが・・・そんな爆薬なんてもう残って無いのがきついな。』
うっかりロックされてしまった金庫から脱出し、屋上まで進む所までは順調だったと言えるだろう。だが、実働部隊はともかくモエと先生そしてイサネの乗るヘリによる支援部隊の方に問題が発生した。
「・・・急な配置の変換。いきなり始まった対空上空の警戒に、サーチライトの展開。なんともまぁきな臭ぇ動きの変化・・・ここまで来て作戦失敗はだいぶ不味いぞ。」
「追い詰められた屋上、閉ざされた扉、その扉を叩く人々、そしてなかなか来ないヘリ・・・先週見たゾンビ映画と一緒だ、くひひ・・・」
僅かに焦りを見せるイサネを余所に何やら怪しい事を言い出したモエににさーっと嫌な予感を覚えたサキは恐る恐る問う。
『・・・一応聞くけど、それどんな結末だった?』
「え、ヘリにぶら下がったゾンビのせいで墜落して全滅。」
『聞いた私が馬鹿だった!』
最早発作に近いモエのいつものやつにこれまたいつもの様なサキの返し。
『で、でも、ここにはゾンビは居ないから・・・』
「ゾンビってのが何なのかは知らないけど・・・ちっ、来やがったか。」
後部座席でモエの発言に続いて何かを言及しようとしていたイサネだったが、ふと言葉を切って苦々しい声で時間切れを言外に告げる。
『来たって・・・一体――!?』
『またしても貴様らか。』
無線越しに圧倒的な圧力がただの一言二言に乗って先生、イサネとRabbit小隊を威圧する。
『ぞ、ゾンビ!?』
『・・・誰がゾンビだ。せめて公安局長と呼べ。』
・・・いくら何でもまだ生ある者にゾンビ呼びは流石に酷いと思う。
先生が心の中でそんな下らない事を思っている最中、この作戦における最大の障壁にして鬼と定義された存在の登場により緊迫した屋上の空気は更に締め上げられ、引き延ばされていく。
『公安局長・・・!』
『扉はまだ開いていない筈だというのに、一体どうやってここまで?』
『建物の外壁をよじ登ってきた。』
『まじかよ、ここ10階超えてるぞ・・・なんつー無茶を・・・そんな訓練ヴァルキューレには無いだろうに、ハーネスも無しで?』
『犯罪者を捕まえる為なら、公安局は何でもする。・・・まさか、ヴァルキューレに侵入しておいて、大人しく帰れるとは思って無いだろうな?』
階層にして10階、高さにして20m以上はあると思われるこのヴァルキューレ本校舎を一切の補助具も無しに登るという常人には為し難い事実を歯牙にも掛けず、それを成した張本人にしてヴァルキューレの誇る【狂犬】こと公安局局長、尾方カンナはその鋭い眼光をミヤコ達に注ぐ様がヘリに搭載された照準用カメラからはっきりと見えた。
「なんとなく来るだろうなとは思っていたけど・・・あぁくそっ、モエ、このままだとミヤコ達がカンナにやられて本当に終わるぞ。」
「そんな事分かってるってば!そう急かさないでよ!これでもサーチライトとか全部無視して飛ばしてるんだから!」
「一発でも撃ったらすぐに戦闘始まりそうな状態なだけに迂闊に手出し出来ないのがかなり辛いな・・・!何が最善だ・・・?」
かつて経験した事の無い事態に珍しくかなりの焦りを見せるイサネ。そんな中でも、屋上での時間はイサネ達に流れるものと同じく無慈悲に進んで行く。
『・・・貴様らは既に包囲されたも同然。無駄な抵抗は止めろ。』
(無駄な抵抗だと?)
焦りからだろうか。開きっ放しの無線から傍受されるカンナの言葉に、反射的に思考が反応する。そして一方のミヤコはカンナの降伏勧告に無言を返す。
『あんな目に遭ったばっかりで尚懲りないなど、気は確かか?』
(気は確かか?尾刃カンナ。自らの組織を犯罪組織に堕としておきながら尚治安維持を実行しようとするとは。)
殺意が返り血で染まった真っ赤な双眸を覗かせる。長大な対物ライフルを握る手に力が籠る。
『今のキヴォトスは貴様らの存在を必要としていない。無駄な抵抗をして、迷惑を掛け続けるのは止めろ。』
(巫山戯るな。企業の走狗に成り下がったお前こそこの世に最も不要な存在だ。今のヴァルキューレこそ殺処分するべき害獣だ。)
無線から聞こえるカンナの一言一句にイサネの心が反論をする。聞こえもしない心の怒号を、意味の無い反論を。
『こんな犯罪紛いの事をして、今度こそ――』
だが、もう我慢ならなかった。金と権力に取り憑かれ、腐り切った企業に頭を垂れた奴が尚まだ治安維持部隊としての権力を翳しているという事実が、その上であくまでも自分達が秩序だと言わんばかりのその言動が、その全てが。
「ふざけ――」
目を醒ました獣が体を起こそうとしたまさにその時だった。
『お言葉ですが公安局長。そちらの犯罪についてはいかがお考えですか?』
場を支配していたカンナの圧が瞬く間に弱まるのを自分の中で目覚めた獣により異常に鋭敏化した肌で感じ取る。直後に沸騰し切っていた思考が一瞬で流動的で冷静な状態へと凝縮する。
「い、イサネ?凄い顔してるけど大丈夫?」
「・・・っ!だ、大丈夫。す、少し衝動が暴れて?あ、いや制御できなくて?ま、まぁ兎に角大丈夫、なんともない。」
ふと戻した視界に映る心配そうな先生の顔と問いにしどろもどろになりながらも返事を返しつつ、呼吸を整える。
「・・・モエ、あとどれくらいで着く?」
「後1分・・・いや2分くらい!」
「了解。」
返ってきたモエの声を流し、イサネは冷まし終えた思考を回す。
(は・・・はは。私、あんな聞き慣れた言葉の羅列にここまで心を乱すなんて。ここに来てからというもの、随分とぬるま湯に浸りたい性分になったらしい。)
カンナの言葉に理性を忘れそうになった自分を嘲笑する。
(かつての私はどうだった?戦場でそんな下らない事を考えていたか?シュミレーションで思考が逸れた結果どうなった?)
ひたすらに思い返すは自分の恩師とのシュミレータでのネクスト訓練。まだAMSによる操縦に慣れなかったとは言え僅か一瞬でも見るものを間違えれば即座に《Match Finish -Lose-》の文字がAMSから視界に投射される正にやり直しの効く殺し合い。
そしてそれはリンクスとして活動を始めた後のオーダーマッチでも変わらなかった。強いて言うならオーダーマッチにおけるホワイトグリントだけは例外的に異様に弱く設定されており、ランク帯の割に気を抜いても余裕勝ち出来る程度だったが。
「はぁ、随分と鈍ったというか・・・温くなったな、私。」
溜息交じりの失望を吐き捨てる。
だが、その言葉に反応する者は誰も居ない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ミヤコが懐から取り出したA4サイズの封筒に、カンナの表情が一気に驚愕8割、苦さ2割を織り交ぜたものへと変化する。
「公安局の取引記録を発見しました。」
《Top Secret》と刻まれたその封筒を手に、ミヤコは淡々と言葉を続ける。
「子ウサギタウン開発の為、放浪者達、ひいては子ウサギタウンに居る者達を追い出す。代わりにカイザーグループとの間に違法なリベートが発生していた。・・・間違いないですね?」
「どうして、それを・・・」
動揺を露わにしているカンナに、サキが追撃を入れる。
「そりゃ、財政難にあるヴァルキューレがいきなり新しい装備に変えたもんだから、何かあると思うのは当然だろ。」
反論の余地も無いカンナに更にミヤコは言葉を紡ぐ。
「キヴォトスの治安を担当するヴァルキューレ警察学校が、私企業との取引において犯罪行為に手を染める。これは確実に問題かと思われます。連邦生徒会が定めた、公的な規則に従わない処理・・・公安局長、これをあなたが知らなかった筈がありません。」
淡々と、しかしその一言一句に確固たる意志を込める。そして、
「故に、これはヴァルキューレ警察学校の理念に反する、重大な犯罪です!」
一呼吸の後、声を大にしてヴァルキューレの非を叫ぶ。
「・・・本当に、言いたい放題だな、貴様ら。」
ミヤコによるヴァルキューレへの糾弾を受け、数秒の沈黙の後、驚愕の代わりに苦々しさを前面に見せた表情でカンナは口を開く。
「公的な規則・・・そうだな、貴様の言う通り、ヴァルキューレは公的な規則に従い、公平であるべきだろう。」
静かに、しかし3人にはっきりと聞こえる声で話し出す。
「だが、世の中貴様らが思う程公正ではない。」
そして放つは反論の意。
「貴様らには特権がある。ありとあらゆる学園間の権力関係を無視して問題に直接介入できるだけの権力が。だが、貴様らがそうして権力の上で正義を論じている間に私達が何をしていたか知らないだろう。汚い現場で、どれだけ妥協に塗れながら公務を処理していた事か!」
――そして、カンナ自身が己の内に抱える苦悩。
正義を掲げる傍ら、実際は学校間の複雑な権力や犯罪者の巧妙でいて手段を選ばない手口により、その意志とは裏腹に一向に進まない調査、賄賂、そして無慈悲な調査打ち切りの命。そして聞かずとも聞こえてくる被害者の悲痛な怨嗟の声。
「如何な正義であれ、歪んだ現実の前には同じく歪められる・・・それが社会だ!現実だッ!」
苦し気に、しかし怒気を納めず咆哮する。
「手を汚さずに、正義を掲げ続ける事など出来はしない!」
ヘリのプロペラの駆動音が遠くから聞こえてくる。徐々に大きくなってくる。
「貴様らの様なガキに、それが分かるか!そう言う判断をせざるを得なかったこの気持ちが!!」
自ら掲げた正義の為になどと抜かしておきながら、結局は残酷で歪んだ現実に何も出来なかった自分とその理不尽への怒りを叫び、激情のままに銃を構えるカンナ。
「貴様らに、一体何が――」
――巨影。
―――同時に風圧と爆音。
「カンナ。」
そして、その中にはっきりと響いた声。
「その声――ッ!?」
振り向こうとして、ほぼ条件反射に自身の左方向へと回避行動を取る。そのコンマ数秒後、鼓膜をつんざく爆音と共にカンナの立っていた屋上の床に銃弾が創れるとは思えない程大きな銃痕が刻み込まれる。
「・・・先生でしたか。それと――」
銃弾に対する耐性を持つキヴォトスの住人ですら直撃すればただでは済まない一撃を背面で回避して見せたカンナは、声の方向を見ると同時に反射で構えた拳銃を下ろし、口を開く。
「貴様か、標根イサネ。」
「こないだ振りね、汚職警官こと尾刃カンナさん?あぁ、それともこう呼んだ方が良い?ヴァルキューレの【駄犬】さん?」
獰猛な狂犬と血塗れの山猫、再びの対峙。
重量にして30kgはあるであろう最早砲に近い長大なライフルをグリップを握る右手だけで軽々と持つ少女――標根イサネは、かつてここではない世界で成った人類種の天敵にして不倶戴天の悪に足り得る傲慢で不遜な笑みを顔に浮かべ、強烈な侮辱を以って挨拶をする。
「随分と元気な挨拶だけど・・・カンナ。」
いきなりぶち込んできたイサネに苦笑を零しながらも、ヴァルキューレ屋上に付けたヘリの後部座席の開いたドアの縁を掴みながら先生はカンナに呼び掛ける。
「信念を貫くって言うのは、理不尽に歪んだ現実を前にはとても難しい事だと思う。私もそうだった経験はある。挫けかけた事もある。けどね――」
「自分の未来は、自分で選択していくもの。本当に自分を決めるのは自分しかいない。」
「例えそれが如何に困難な事であったとしても、自分を貫くというのなら。他人に、誰かに全てを決められた自分に果たして信念と言えるものがあるのか・・・そう思わない?」
自分で選択する事の意味を、信念を貫くという本当の意味を。その意志の在り方を。
「そんな事、分かっています。ですが、それでも・・・っ!」
だが、カンナもカンナで現場の熱せられた鉄を押し当てられる様な苦しさを知っている人間だ。その一言二言でどうにかなっているなら今こんな事にはなっていない。
「それでもっ、自分の信念だけに従っていたら、私は全てを失ってしまう・・・!」
苦しみを、苦悩を吐き出す。抗う事を、信念を否定する無残な現実を飽きる程見てきたカンナにとって、先生の言葉は余りにも眩しく、そして脆い。
「こんな中途半端な立ち位置でっ!私はっ、何も出来ない!!」
――だが、
「だから何?」
絞り出した苦悩の咆哮を全て無駄だと言わんばかりに叩き斬る冷え切った声。先生の横から発されたその声にはっとして視線を横にずらす。
「だから何だって言うんだ?言ってみろよ、その
冷えた声の主はずらした視線の先に居たイサネだった。イサネは自身の言葉にカンナが口を開く事を許さず、更に続ける。
「信念を貫くと全てを失う?手を汚さずに正義は為せない?下らない、信念を貫いた結果全てを失うというのなら全て失ってしまえば良い。」
「・・・なんだと?」
「今貴方の座る奴隷同然の立場で背負うものなんて上層部――連邦生徒会の防衛室の気紛れで瞬く間に吹き飛ぶ木の葉の様なもの。上にとって貴方の掲げる正義なんて所詮その程度。」
先生と言っている事はそう大差無い。だが、その言葉の鋭さと言葉の示す行動の方向性は段違いだ。カンナの怒気混じりの反応を意にも介さずイサネは話し続ける。
「先生に私は相手に対して言い過ぎだって言われた事を速攻で破る様で申し訳ないけどね、それでも、自らの信念を、自らの答えを成し遂げる為なら全てを失うくらい何でも無い事でしょう?」
「それで全てを失って、結局何が出来ると・・・!」
「出来るとも。少なくとも私はそうだった。」
怒気をそのままに苦悶の表情で返すカンナの吐露をイサネは即座に否定する。
「かつて私は、ここよりも欲望と腐敗の汚泥に腐り果てた輩が全てを支配する世界を変える為、あらゆる行為が許される
イサネが語る中で思い返すはかつての自分。
「勿論ここまでの覚悟を見せろとは言わない。けど、貴方が本当にその信念を貫きたいと思うのなら、公安局の局長などと言う立場くらい躊躇いなく捨てて見せろ。腑抜けばかりの防衛室を根本からひっくり返すくらいの事をして見せろ。」
そしてそれすら足りぬと、辛うじて蒼を保つ空を守る為、そのORCAすら斬り捨てて人類種の根絶という最悪を凌駕する凶行に走り、【首輪付き】というリンクスの総称を指す蔑称を個人の呼称とし、最終的に【人類種の天敵】とまで呼ばれた時の事。
「信念を貫くとは、そういうものだ。答えを成就させるという事は、そういう事だ。持っているもの全てを投げ捨てる事だけが信念を貫く事だと言うつもりは無いけど、上司の命令に逆らってでも上の腐敗から下を守るくらいの事は出来た筈だ。」
一通りを語り終えたイサネは、「尤も、正義なんて言葉こそ人の腐敗の最たるものだとは思うけどね。」と最後にそう締め括り、話を終える。
「大分極端な話だとは思うけど、大まかその通りだよ。カンナ、それに今君が対峙しているRabbit小隊の皆はほぼ0からのスタートだった。」
「・・・っ。」
次いで先生の言葉に更に言葉を詰まらせるカンナ。
「食べ物も、武器もお金もない状態から、皆頑張って苦難を乗り越えてここまで来たんだ。残酷な現実に打ちひしがれた事もあったけど、それでも諦めなかったから皆ここに居るんだ。」
イサネの言葉に続く様に、しかしイサネの言葉にあった鋭さの一切を排した柔らかい言葉で先生は言葉を紡ぐ。
「状況が厳しいかもしれないし、この先もっと辛い事になるかもしれないけど、それでも行先は自分で決められる。誰にだって、その権利はあるんだから。それに、本当に自分の信念を貫いて来たなら、全て無くなったとしても付いて来てくれる人はきっと居ると思うんだ。」
――諦めない事。
先生の言葉は、正にその一言こそに集約されていた。如何な困難であれ、行かなく今日であれ、諦めなければその道が、その意志が途絶えることは無いと。
「あくまでも行先は自分で決める、と・・・」
先生のその言葉を聞き、何かを納得した様に黙り込むカンナに、黙って話を聞いていたRabbit小隊の面々も口を挟む。
「ふーん、真っ当な事言うじゃん。でもそうだな、最後はやっぱり自分で決めていくものだ。そうじゃなきゃ意味が無い。」
これまでの苦悩が吹っ切れた様な朗らかな笑顔で自身のこれまでを肯定するサキ。
「ずっと不安で、怖かったけど・・・」
『ま、自分で決めた事だしね。』
それに続くモエとミユの言葉も、これまでの茶々とは一味も二味も違う。
「ありがとうございます、先生。それにイサネさんも。」
そしてミヤコは先生とイサネに感謝を伝え、
「公安局長。あなたの言う正義は、きっと間違っていないのでしょう。ただ、私の思う正義とは違う、と言うだけで。ですが、その根っこを他人のせいにし続けていては、いつか色褪せてしまうと思います。どんな判断をし続けてきたのか、それがきっと
カンナにそう告げると、「総員ハーネスを準備、順番に離脱します。」と帰還指示を下す。指示を受けたサキとミユは素早くハーネスを体に固定、ヘリにあるロープに繋ぐ。
「装着完了、上げて!」
『了解、しっかり掴まってな!』
サキの合図を受けたモエがヘリの操縦盤を操作、ハーネスに繋がった降下用ロープを繰り上げる。一方のカンナはその様子を攻撃の素振りも無く見届ける。
「それでは、失礼します。公安局長。次回は、出来ればもっと良い形で。」
その間にミヤコもハーネスで体を固定し、別れの挨拶と共にヘリへと登って行く。
『上昇するよ!』
部隊員を一人残さず回収したヘリはモエの合図で上昇を始め、見る見るうちに銃撃による射程から離れていく。
「カンナぁ!本当に最後に一つ!公的権力には腐敗が付き物だ!お前が何を成そうと腐る所は腐る!呑まれる所は呑まれる!」
加速し始めたプロペラの爆音と上空による音の拡散を物ともしない大声で叫ぶイサネ。
「その中で自分が本当に為したい事、守りたい事を見失うなよ!いくら貫いたとしても、そこががたがたじゃあ何の意味の無いからなぁっ!忘れるなよ!!私が言えた話じゃないけどなぁッ!」
助言の最後に馬鹿みたいな自虐を入れた後、イサネや先生、Rabbit小隊を乗せたヘリは夜の空へと消えていった。
「・・・馬鹿が、貴様が出来ていないのなら何の説得力も無いだろうが。」
夜闇に消えたヘリを見送り、未だバリゲートとその前の地雷を突破出来ていないのか自分以外誰も居ない屋上で、カンナはぼそりと呟く。
「始末書を、用意しておくとするか。」
まだ自分が局長の立場になる前、悲惨な現実に心折れる前の時。第一志望である生活安全局にこそは入れなかったものの公安局としてキヴォトスに蔓延る悪を裁くべく我武者羅に突っ走った頃。
「・・・一体何時振りだったか、こんな真っ当な理由で始末書を書くというのは。あぁ、汚職である以上これも真っ当ではないか。」
事ある度に上司とぶつかり、ほんの極々稀に大事に発展する度に書いた始末書の事を僅かに懐かしく思い出しながら、静かに室内へと続く扉を開ける。
「あっ!か、カンナ公安局長!助けてください!このバリゲートなんか随分と硬くて・・・!それにまだ前の――」
「おい馬鹿!そこには――うわぁぁーッ!!」
「・・・本当に、やりたい放題だな。」
始末書の前にある無数の
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「こちらRabbit1、現在時刻0145。キャンプRabbitに到着。負傷者無し、離脱者なし。作戦目標クローバーも無事確保。・・・作戦を終了します。お疲れ様でした。」
深夜の子ウサギ公園で、ヘリから降りたミヤコが部隊損耗と作戦目標の確認を行い、そして作戦終了を宣言する。
「皆無事で良かった。皆お疲れ様。」
ミヤコの宣言を受け、一応クローバー作戦の責任者である先生が賛辞と慰労の言葉を告げる。
「いやもうまじ疲れた・・・気を抜いたら倒れそう・・・」
「私も。眠くて・・・もう・・・」
「あー、疲れた。私も眠くなってきた。」
緊張が抜け、Rabbit小隊一同にどっと暴力的なまでの疲労が襲い掛かる。サキもモエも既にふらふらであり、ミユに至ってはその場に倒れて意識が睡魔に誘拐されかけている。
「ミユ、装備くらいは外せ・・・あと作戦報告書と、洗顔と、歯磨きと・・・それから、えっと・・・いや、もう無理。」
死体の様に地面に伏すミユをふらっふらになりながら抱き起すサキ。傍から見ていると本当に危なっかしい。
「取り敢えず、通信機器の電源だけ落として・・・」
サキはミユの装備を外し、モエは電子機器の電源を落とすと、今この場で殺されたかの様な動作でベッドに倒れ込む。
「・・・やっぱり私も前線に出れば良かったな。戦い足りないや。今からでもカイザー支社でも潰しに行くか?」
「お前・・・じょう・・・だん、だろ・・・」
戦いに頭を汚染された狂人イサネの闘争本能全開の発言にサキが辛うじて反応を示し、そして力尽きる。既に他二名の意識は遠くへと旅立っている。
「皆、頑張りましたもんね。」
死体の如く動かない隊員達を見て、ミヤコがふっと静かに笑う。深夜特有の静けさが、激闘で疲労し切った身体にすーっと馴染む。一通り装備を外したミヤコは、作戦目標であるクローバーにしてヴァルキューレの汚職の証である封筒を先生に渡す。
「では、お伝えした通り、クローバーは先生にお渡しします。」
「うん、ちゃんと受け取ったよ。」
既に徹夜に慣れ切っている先生は疲労もそこそこにはっきりとした意識で封筒を受けとる。
「事件の黒幕は確定しませんでしたが・・・公安局長が取り込まれた程です。相当頭の回る方が居る気がします。大人の世界の事はまだ分かりませんが、まだ子供である私に出来る事は、一旦ここまでです。」
「確かにカンナはそういう事には人一倍敏感だろうが・・・屋上でも言った通り、カンナの居る立場は中間管理職だからねぇ。取り込むのもそうだけど力業で飲み込む事すら出来るから、一概に特定が出来ないのが何とも・・・」
「そうでしょうか。公安局の局長ともなれば流石に・・・いえ、そこは必要以上に論じないでおきます。私も疲労がきつく無い訳ではありませんので。・・・先生、後はよろしくお願いします。」
イサネの茶々を適当に流し、ミヤコは改めて先生に頭を下げる。
「うん、任せて。」
そして先生も、力強くそれに頷く。
「では、私も就寝する事にします。先生、イサネさん、お帰りはご自由にどうぞ。多分起こしても起きないと思うので。」
「分かった。」
「はいよ。」
ミヤコは最後に先生とイサネにそう告げると、そのまま皆の眠るテントへと入って行く。
「・・・」
「・・・」
子ウサギ公園には先生とイサネだけが残り、沈黙が両者の間に流れる。そんな中でお互いが沈黙を貫く事数十秒。ふとイサネが口を開く。
「先生。少し、話さないといけない事が。・・・今大丈夫?」
「大丈夫だよ、どうしたの?」
先生に許可を貰いイサネは決心した様に口を開く。
「・・・屋上での私の話、覚えてる?」
「覚えているよ、随分と極まった覚悟の話だったね。」
切り出された話題は屋上でカンナと対峙した時のイサネの話の事。先生はその時の話を思い返し、かなり極端でいつも通りの鋭い口調な事以外には特に何かあった様には思えないと再評価する。
「・・・かつて私は、ここよりも欲望と腐敗の汚泥に腐り果てた輩が全てを支配する世界を変える為、あらゆる行為が許される
しかし、イサネの表情は暗闇で見えず、その身に纏う雰囲気も何処か普段とは違って昏い。その口から出た話の一文は、一瞬特に何もないように感じた先生。だったが、
「ここよりも欲望と腐敗の汚泥に腐り果てた輩が全てを支配する世界。・・・ははっ、
「――!」
続いたイサネの言葉に、思わず目を見開く。「ここよりも腐った世界」という言葉。それがイサネと言うヘイローを持った少女の口から出たという事実。・・・つまり、そういう事なんだろう。
「気付いたみたいね。まぁ、この時間帯かつ作戦後にわざわざ遠回りをしながら本題を伝えるのは面倒だしこんがらがるだろうから単刀直入に言うね。」
「・・・うん。」
正直今のイサネの言葉で大体彼女が何を言いたいのかが理解出来てはいた上、イサネ本人もそれに勘付いた様だが、先生は改めて本人の口から真実を聞く事にする。
「とはいえ私もあまり事情がよく分かっていないんだけど、取り敢えず言える事として私はキヴォトスで生を受けた人間じゃない。」
「・・・私と同じ、外の世界から来た・・・そういう事だね?」
「うん。気付いたらここに居た。正しくはミレニアムのどっかに倒れてたらしい。」
ここで先生はふと自身がシャーレに赴任してすぐの事を思い出す。それはシャーレを不良達の手から取り返す為、ミレニアム、トリニティ、ゲヘナの各学園の生徒達による奪還作戦の翌日の事。
シャーレ奪還に協力してくれた報酬として各生徒の口座に振り込んだ報酬についてだったか、その時に使った弾代の請求だったかでシャーレにミレニアムのセミナー会計こと早瀬ユウカが訪れた時、彼女の口から聞かされた事だ。
――先日、ミレニアムの敷地内で生徒らしき人物を保護した。
――その者は身元の一切が不明であり、少なくともミレニアムに該当する学籍は無い。
――本人曰くミレニアムサイエンススクールはおろかキヴォトスすら知らないと。
詳しく話を聞こうとしたらユウカにこちらも何の手掛かりも無いので一度ミレニアムに来て確認して欲しいと言われたのだが、赴任直後の雑務でありながら今後の活動において重要な雑務が山積みだった為にやむなく諦めてしまったあの時の事。
「という事は、君がユウカの言っていた・・・」
「確かに言われてみれば先生来なかったね。呼んでくるだのなんだのって言ってたけど、結局その日の内に無所属の傭兵バイトやるって決めたからそのまま有耶無耶になっちゃったのかも。」
「・・・適応が早いね。でもイサネらしいと言えばそうなのかな?」
「まぁね。キヴォトスに来る前はそういう場所で生きてきたから。すぐに適応できないと死ぬ様なね。」
やり取りの中、先生は二度目の確信を得る。そう、標根イサネと名乗るこの少女はそういう環境――これまで先生の居た場所よりももっと人の死が近い場所で生きてきたのだろう。一番最初に挙げられるなら紛争地帯がそうだろうか。
「そう考えると、イサネのこれまでの過激な言動にも納得がいくね。」
「やめてよその普段から危ない人みたいな表現。」
イサネは自身の今までの発言から先生がイサネの生まれ育った環境まで推察出来ると予測出来ていたのか、先生の会話の前後で繋がりの無い納得の言葉にも違和感なく軽口を返す。
「でもこれで私が先生としてシャーレを開いて最初に降りかかった問題に相見える事が出来たね。まぁ何故ここに来たのかとかまだまだ分からない事は多いけど。」
「・・・そうね。私もそれに関していくつか先生に聞きたい事があったけど、その様子じゃ答えを持っていない様だし、もう少し謎に近づける鍵を見つけてからにする。」
確かにまだイサネがキヴォトスの外から来た事とここに来るまで人の死と隣り合わせの環境で生きてきたという情報は得られたものの、何故彼女がここに来たのかなどと言ったイサネ本人が知りたがっている情報については分からず仕舞いだ。強いて言うなら先生にそれらの問題を解決するだけの手立てが何も無いという事くらいだろうか。
「でも、イサネが望むなら何時でも力になるよ。」
「はいはい、どうせ言うと思ってましたよ。・・・とは言っても今の所本当に手掛かり一つすら無いから、取り掛かるのは当分先になりそうだけどね。」
イサネの了承を余所に手掛かりになりそうなものを探る先生だったが、真っ先に思い付いたゲマトリアを除いて何も案が浮かんでこない。そしてゲマトリアと言う択もはっきり言って何を代償に持ち掛けられるか一切不明な上に余りにも信用に値しない連中である事は間違いない為、即座に候補から除外する。だが何故かよく分からないがアビドスでの件で自分もゲマトリアの一員である黒服の興味の対象になってしまった様なので、恐らくだが何か問題があれば向こうから接触してくることは間違いないという確信があった。
思考の最中、ふと視線を手首に付けた腕時計に落とすと、アナログ時計とデジタル時計の両方の機能を有した腕時計の短針は2を指しており、デジタル時計の数字は《am 2:07》と既に深夜2時を回っている事を示していた。
「げっ、もうこんな時間だ。私そろそろシャーレに帰らないと。」
「え、そんなに・・・って本当だ、もう2時か。さっさと寝よ。」
二人がそれぞれ時計を確認し丑三つ時である事を認めると、イサネはそのまま椅子に深く背を預け、先生は椅子から立ち上がる。
「イサネ、流石にそこで寝るのは体に良くないよ。」
「シャーレの執務室の机に突っ伏して寝てる先生に言われたくない。それとも、体を壊す程のワーカーホリックが生徒のあるべき姿なんですかぁ?」
「ぐっ・・・な、何も言い返せない・・・っ!そして何故それを・・・ッ!」
因みに先生が執務室の机に突っ伏して寝ている時は徹夜続きの時の事であり、普段は仮眠室を使ってるのだが、シャーレ赴任時に自宅を与えられている以上どちらにせよ先生として不適切である事には変わりない。
しれっと切り返されたイサネの言葉にぐぎぎと悔しがりながらも、「じゃあねー。」と公園の出口に向かって歩いて行く先生。イサネもそれに適当に手を振る事で別れを告げる。
「はぁぁ・・・やっぱ後方支援だけじゃ物足りないよなぁ。」
この野営地の巣主であるRabbit小隊が寝静まった今、完全に一人となったイサネは居まだ体に燻ぶる闘争心を持て余しながらゆっくりと体を起こす。席を立ち、作戦に使われたヘリの近くに置いてあった大きめのリュックサックと全長2mを超える長大な対物ライフルを拾って再び椅子に戻る。
「教育には飴と鞭が良いって本に書いてあったから、作戦前に買って来たんだけどなぁ・・・ま、実戦経験も無かった見習い特殊部隊がいきなり腑抜けとは言え本職相手にあれだけやるのはしんどいって言うか若干無理があるか。」
そう一人呟くイサネの手にはチャックを開けたリュックの中に入っていた4つの弁当箱があった。
「しかしねぇ、これ1個4000円弱。果たして高いのか安いのか・・・」
手に持った4つの弁当箱はどれも高級感のある黒を基調としたデザインとなっており、所々に散りばめられた金色が黒に良く映えている。そう、それはキヴォトスでも有名な高級料亭が販売している焼肉弁当であり、何処かのホームレス集団の長が見ればそこに罠があろうと飛び付く代物だ。
「BFFとの会食で食った奴が大体幾らだっけ?えーっと、確かあの小さい
しかし、これまでの人生で底辺を突き抜けた更に底の食生活からコロニーの端にしがみ付く貧困層とほぼ同格の食生活。偶に上流階級の中でも更に上の超高級・超上流の食事かと思ったらほぼ味の無い携帯糧食やそもそも経口摂取ですらない栄養剤と、一番下から一番上をQBで行き来するかの様な食経歴を持つイサネに、一つ4000円弱する高級焼肉弁当の高級さとその値段の悍ましさなど理解出来る筈も無い。
「ネットで調べた限りハードウェア同様値段が青天井っぽいから適当に選んだけど、こいつがこれまでの苦労を労える飴役を果たせるか・・・?」
一般的な金銭感覚を持つ人が見れば即座に頭をぶん殴られるであろう発言をしながら、イサネは弁当をリュックの汚れ対策で買った保冷バッグに仕舞い直し、今度はノートパソコンを取り出す。
「まぁあの弁当は明日の昼食にでもしてもらって、こっちもこっちでカイザー側の取引データをネットに流すか。まずはブラックマーケットから・・・」
椅子に囲まれるように設置された机にノートパソコンを展開し、電源を入れると、イサネは予め
「閲覧数・・・16。まぁ広まるまで気長に待つか。次、一般のSNS。」
ダークウェブを抜け、今度は一般に使われている投稿サイトや掲示板等と言ったSNSにこれらの記録を流す。
「流石一般のSNS。反応が早いな。どれどれ・・・」
常に不法な代物や情報と何を孕んでいるかも分からないウィルスに塗れているブラックマーケットのウェブと違い、一般のSNSは反応も早い上にコメントなども多彩だ。
(・・・『え?これマジ?』、『ヴァルキューレが汚職なんて・・・』、『連邦生徒会ももう駄目だな。』、『これ何かのデマでしょ、皆騙され過ぎ。』、『情報源が分からないな、何処だこれ。』・・・見事に波紋を呼んでるね。)
ノートパソコンのトラックパッドに指を滑らせ、投稿サイトや掲示板に書き込まれた反応を斜め読みしながら、イサネは密かにほくそ笑む。そしてある程度の反響を確認すると、サイトを全て閉じてパソコンの電源を落とし、椅子の背に身体を深く預ける。
「ふぁぁ~・・・寝れるか分からないけど、寝よ。」
目を瞑り、未だ尚燻ぶり続け闘争心が静まるのを待ち続ける。
ちょっと中途半端な終わりになってしまった...
「お前原作のクロノスがヴァルキューレのリベートについてヴァルキューレ校舎に突撃する最後の描写無いやん!完結とか嘘吐くなボケェ!!」と思った方も居るとかもしれませんが、そこは次話のエピローグ兼後日談にて書かせて頂きますので何卒ご容赦ください。
カルバノグの兎編1章の次の話はどれが良い?
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時計仕掛けの花のパヴァーヌ編2章でしょ
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パヴァーヌ2章よりも一旦ビナーでしょ