透き通る世界で二度目の答えは出せるのか   作:回り針

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前話あとがきに書きました短編小説についてですが、書き上げきれそうにない上に冗長で締まりの無い文になりそうだったので断念しました。やっぱAC未履修者には無理だったんや・・・(敗北者)

後それと今回長いです。普段の二倍はあります。作者の身勝手で投稿期間空いた事への謝罪だと思っていただけると幸いです。「普通に長げぇよ馬鹿野郎」という方には申し訳ありませんと言う事しか出来ません。申し訳ありませんでした(泣)




無地の現実と希望の芽を摘む

 

 

 

 

 

天童アリスの暴走の翌日のミレニアムの昼下がり。昼間だというのに人通りの殆ど無いミレニアムタワーの区画にある一室にて。

 

 

「はいこれ、武器の注文内容。アタッチメントとかカスタムの内容とかも記入してあるから、それ通りの物を持ってきてね。」

 

 

「分かりました。注文通りの品をミレニアム出立前に揃えてきます。」

 

 

着替えとして用意されたミレニアムの制服に身を包んだイサネが、部屋に料理を乗せたトレー片手に訪れたミレニアム生徒会長の直属の護衛こと飛鳥馬トキにタブレットを手渡す。

 

「宜しく。で、そっちはどうなの?もう動いてるの?それともまだ?」

 

「本日中には動き出すかと。ですので何か予定外の出来事が起きない限りは出立は翌日か、本日深夜になるかと思われます。」

 

「なるほどね、了解した。」

 

「はい、では。」

 

短い会話を交わし、昼食を乗せたトレーを机に置いたトキは見事な所作で一礼を行うと、静かに部屋を出ていく。

 

 

「今日か明日、か・・・」

 

 

とうに慣れ切った孤独の静けさの中、ぼそりと一言零す。

 

(最悪の憂き目に遭って貰うとは言ったものの、どうするか。どうやってその最悪の憂き目に遭わせるか。まずリオの計画を破綻させる事は間違いないとして、リオ本人へはどう手を下すか。)

 

リオに何故か知られていた自身の本名を盾に取られ、絶対面倒事になりそうな不穏極まりない依頼を半ば無理矢理受諾させられたあの夜から、イサネの脳内は自らの隠匿した領域に土足で踏み込んできた不法侵入者を如何にして制裁するかという事だけを考えていた。

 

(要塞都市とは言っていたものの、その実態や都市の構造、細かく言えば設備やらタワー内部の構造とか何も知らされていないから仮に爆薬の類を仕掛けるにしても何も作戦を立てられない。)

 

しかし、制裁を決意したと言えどこれから依頼によってイサネ自身が向かう場所についての情報はネットや他のあらゆる情報網から隔離された場所であり、どういった場所なのかはおろか、キヴォトスの何処に存在するのかすら不明という有様。故に制裁の為の計画を立てようにも立てられないというのがイサネの置かれている現状だ。

 

(任務が始まったら恐らくリオは私を近づけないだろうし・・・どうしたもんか。)

 

まず分かっている事として、先生は確実にリオ、ひいてはイサネの敵になるという事。これの理由は単純明快で、リオの計画の対象である天童アリスはリオと同じくミレニアムの生徒であり、更には既に先生と交流を持っている。そして先生は生徒全員の真なる幸福を本気で願い、それを本気で実現しようとしているある意味では狂人とも言える人間だ。

 

(生徒の為に、己の信念の為に自らの命すらも躊躇いなく投げ出せるタイプの人間が、リオのこの計画に反対しない訳が無い。ましてや、ほぼ当事者に近い位置にいる以上認知されない内に事を終わらせるというのはまず不可能だ。)

 

敵対が確定しているという事は、当然妨害が入るという事だ。そして妨害が入る以上イサネの仕込んだ計画が何処かしらで破綻する事も十分可能性に入ってくる。

 

(・・・相手は恐らく先生を指揮官としたゲーム開発部。それと、ゲーム開発部と交友を持つ部活も考えて良いだろうね。心当たりとしてはミレニアムプライス前後で共同戦線を張ったエンジニア部とヴェリタスの一部。C&Cは・・・ネルの性格からして、先生側に付くかな。)

 

ミレニアムにおける一騎当千の体現者こと美甘ネル。それに加えミレニアム屈指の武闘派にして実力者揃いのC&C。更には方向性はおかしいと言わざるを得ないがそれでも非常に優れた機器を生み出す物作りの申し子ことエンジニア部と電子戦において右に出る者の無い精鋭ハッカー揃いのヴェリタス。

 

それに対し、こちらの戦力はトキとイサネのみ。要塞都市内に防衛ロボットを配備しているとの事だが、所詮は自律型。何処まで戦力になるかは怪しいと言わざるを得ない。更に相手陣営には先生が付いているとなると、依頼における任務達成については渋い顔を作らざるを得ない。

 

(結果がどっちに転ぼうと、混戦になる事は事実。なら、そのどさくさに紛れるのが最も上手くいく方法か・・・?)

 

おもむろに昼食として渡されたトレーに乗っていた食器に手を伸ばしながら、イサネは思考を回し続ける。

 

(リオが上手くやって、妨害が無い可能性も無くは無いが・・・ゲーム開発部のあの子達の性格上まぁまずないと思って良い。確実に反発する。妨害無しの線は切って良いな。それにミレニアムの生徒会長様は人の感情の機微が理解出来ない人っぽいし・・・私が裏切っても「何故?」としか言わないんだろうな。)

 

すぐにでも想像出来る。リオが仲間意識が強く、そして精神的に幼い傾向にあるゲーム開発部に対し理詰めで物を言い、結果としてゲーム開発部の反発を招いてしまい最終的に武力行使で解決する・・・というその結末が。

 

 

「これなんて料理だ?初めて食べた。」

 

 

昼食として食べている一口サイズに切られた豆腐に橙色のどろっとし(麻婆豆腐)たものをかけた料理に新たな発見を得ながらも、イサネは的となるであろう戦力の絞り込みや、自身が目指す計画の完遂の条件などを纏めていく。

 

 

 

「しかし、先生と今度はお預け無しに戦れるのか・・・ははっ、良いねぇ・・・ッ!」

 

 

 

無自覚に燃える闘争心を言葉と共に吐き出しながら。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

アリスがいきなり人が変わった様に無差別に辺りを襲いだした日。騒動の収拾が付いた後、一度情報整理の為にシャーレに戻った先生。

 

 

 

――つまりはアリス、貴方は・・・

 

 

 

その翌々日の午前中、書類を片付けながらアリスの身に起きた異変の事を考えていた時、ミドリから「アリスが部屋から出てこない」との連絡を受けミレニアムに向かい、そして当時意識こそ無いものの明確に自分がモモイや皆を傷付けたと自罰的なアリスの説得に苦心したのだが。

 

 

 

―――この世界を滅ぼす為に作られた魔王なのよ。

 

 

 

結果として待っていたのはミレニアムの生徒会長による一切容赦の無い事実開示だった。

 

 

「アリスが、魔王?」

 

 

ミレニアム生徒会長こと調月リオの放った言葉をゆっくりと反芻する先生。

 

 

「またそんな設定を・・・ッ!どうしてそんな事言うんですか!?」

 

 

リオの言う事を全て勝手な脳内の設定だと言い、反抗的な態度を崩さないミドリ。

 

「一体、何を企んでいるんですか!?」

 

自らを勇者だと呼称する家族同然の親友を魔王だと言われた事で、珍しく怒り心頭なミドリの怒声が、不快極まりない沈黙の中に強く反響する。

 

「企んでなどいないわ。むしろ、逆に聞きたいのだけど・・・」

 

しかし、そんなミドリの怒りを知らぬとばかりにリオは問い返す。

 

「貴方達は、直接見たのではなくて?不可解な軍隊とアリスが接触した事で、何が起きたのか。」

 

「不可解な、軍隊・・・?」

 

投げ返された問いに、ふと先生が反応を返す。脳裏に思い返すはアリスの異変の始まりとなったあの機械。

 

「それって・・・あのロボットの事・・・?」

 

「その通り。」

 

思い当たる節のままにリオに不可解な軍隊について問うと、ノータイムで肯定の意が返ってくる。そしてリオは更に話を続ける。

 

「本来なら、あんな事になる予定では無かったのだけど・・・完全にこちらのミスよ。C&CとAMASを使って全て追跡したと思っていたのに、監視網を掻い潜ってきた個体が居たなんて。」

 

どうやらリオはあの機械についてヴェリタスがその存在を知る前から、ミレニアム郊外で発見される前から関わってきたらしい。己の失態を認める言葉と共にリオは先生に頭を下げる。

 

「これらは完全に私の不手際によるもの。まずは謝罪をここに。」

 

「えっ?謝罪?会長が!?えっ?」

 

つい今まで怒気を放ち続けていたミドリが、リオの謝罪を見た瞬間に驚愕の表情を見せる。しかし、頭を上げたリオはすぐさま口を開く。

 

「でも、そのおかげで私の仮説は証明された。」

 

「証明?一体何に対して・・・?」

 

証明という単語に反応を示した先生が問うまでも無く、リオは続ける。

 

「貴方達の接触したそれは、廃墟から溢れ出した災禍。ミレニアムに、ひいてはキヴォトス全土に終焉を齎す悪夢。そして、アリスの存在が廃墟からそれを呼び寄せているという事が証明された。」

 

今でこそミレニアム内でそれなりに有名となった可愛い勇者こと天童アリスだが、その実態はかつてゲーム開発部が部の存続の為にミレニアムプライス入賞という実績作りの為にゲーム開発の攻略本とも言える【G.Bible】があるとされる封鎖区域こと廃墟と呼ばれる区域を探索した時に見つけたアンドロイド。

 

エンジニア部やヴェリタスの助けもあり何とか編入性としてゲーム開発部の部員としての地位を得るに至ったアリスだが、身体能力や機能を始めとしてそもそも何処で誰が何の為に作ったのかも一切不明であるという点は何も解決しておらず、ひとまず危険じゃない上に意思疎通も出来るからという理由で放置されていた。

 

 

――今こうして、それが表層に実害として一同に襲い掛かるまで。

 

 

「今回は、運良く壊れかけの個体と接触するに留まったけれど・・・」

 

 

一度言葉を切り、今までの感情を感じさせない表情をより冷徹さを感じさせるものへと変えたリオは、一息に言葉を言い切る。

 

 

「次はこんなものでは済まないでしょうね。」

 

 

と。

 

 

「・・・」

 

 

確かにそうだ。今回の暴走はイサネが急遽駆け付けてくれたおかげで被害お抑える事が出来たが、次もまたイサネがどうにかしてくれる保証は無い。C&Cという抑止力が存在こそしているが、今の様な被害が続くのであれば対処を行うのがイサネでもC&Cでも結局は大損害を被りかねない。ましてやいつ現状存在する抑止力だけではどうにもならない程の数がミレニアムに押し寄せる事だって分かったものじゃない。

 

「この脅威を解決する方法は一つだけよ。・・・アリス。」

 

紛う事無き事実に、誰も何も口を挟む事が出来ない中、リオは静かに黙りっ放しのアリスに告げる。

 

「解決する、方法?」

 

この騒動自体アリスという少女の人格は望んでいない。だからこそなのか、アリスもリオの言葉に反応する。

 

(リオ、まさか・・・!?)

 

止めろ、それを言うなと先生の心が叫ぶと同時に理解してしまう。人の上に立つ者が有事の際に判断すべき事象の例として、()()()()判断を下す事が正解になる事があると。そして、リオが提示する解決策の中身にも。

 

しかし、人は追い詰められた時、藁にでも何でも縋ろうとするものだ。それは仮に人でなくとも人に近しい思考を持っている者なら全てがそうであると言え、それは自分が助かる以外にも己が望んだ結果にしがみ付く為だとしても同じ事が言える。

 

 

「そう、それは、アリス。貴方が消える事。」

 

 

リオは人の上に立つ者としてある意味正しく合理的で、情を持つ者として余りにも無慈悲で残酷な事実を、目の前で自罰に追い詰められた勇者に告げた。

 

 

「そ、そん・・・な・・・」

 

 

場の空気が驚愕のままに凍り付く中、アリスが途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

 

「アリスは、ただ・・・勇者、に・・・皆と一緒に・・・ゲームを、クエストを・・・したかった、だけ・・・なのに・・・」

 

「いいえ、それは叶わないわ。」

 

途切れ途切れに零したアリスのささやかな望みすら、まるで子から全てを奪う毒親の如く否定一色に塗り潰していく。

 

「私はゲームにはあまり詳しくは無いけれど、辞書的な知識ならあるの。だから貴方に質問をするわね。」

 

その目から涙を流し、今にも崩壊しそうな心を辛うじて取り留めているのかも怪しい状態のアリスに、リオは何の躊躇いも無く歩み寄る。

 

「貴方は自分の事を勇者と呼んでいるけれど、勇者とは友人に剣を向ける存在かしら?」

 

「・・・ッ!!」

 

音にならない悲鳴が、先生の堅く閉じられた口の中で反響する。それだけはやめてくれという思いが体中を駆け巡る。

 

 

 

「むしろ、貴方のやった事は悪役・・・魔王と呼ばれる存在がする事ではなくて?」

 

 

 

アリスが悲痛な表情のまま、しかし明確に何かを理解してしまったと言わんばかりにリオの言葉に肩を揺らす。

 

 

「アリスちゃん!聞かなくていいっ!」

 

 

だが、問いを投げられたアリスが質問に答えるよりも先に、リオをアリスの間に銃の安全装置を外したミドリが割って入る。

 

「生徒会長が変わり者だという事は聞いていたけど、こんな人だとは思わなかった・・・!」

 

「せ、先生・・・!」

 

自分の所属する学園の長に対して、怯む事無く己が愛銃の銃口を向けるミドリ。ただ見ている事しか出来なかった先生もユズの声を受けて口を開く。

 

「・・・リオ、それ以上は止めて。」

 

「止める?何を?事実から目を背ける事は思い遣りでは無いわ。」

 

向けられたミドリ持つアサルトライフルの銃口と、先生の制止どこ吹く風のまま、リオは先生の制止の声に反論を投げる。

 

「それは単なる現実逃避に過ぎない。負うべき責任の放棄は、極めて非合理的な行動よ。」

 

「合理非合理の問題だと思ってるの・・・?これを・・・?」

 

生徒に対しては滅多な事ですら欠片の怒りを見せない先生が、僅かながらにも怒気が籠った言葉で言い返す。

 

先生は生徒全員の幸せを本気で願い、それを自らの命を犠牲にしてでも成し遂げようと本気で動いている人間だ。だからこそリオがアリスに対してしようとしている事に怒りの感情を見せるのは当然の結果と言えた。罪の無い誰かの為に罪の無い誰かが犠牲になる、しかもそれがまだ年端もいかない子供達の間での話。そんな話など、何があったとしてもあってはならないと。

 

だが、それはあくまでも先生が持っている信念であり、先生だけが持っているもの。他の誰にだってそれが本当の意味で理解される事は当分先の話だと言っても過言では無いし、ましてや自分のせいで周りに大きな迷惑が掛かっているという事を知り、心までもが壊れかけている状態のアリスに

先生の声など届く訳が無い。

 

「それじゃあ、アリスは・・・アリスは、どうすれば良いんですか・・・?」

 

「さっきも言った通り、全ての元凶はアリス。貴方がここにいるから起きている。・・・ならば後は簡単でしょう?」

 

最早藁に縋っているのかすらも分からない状態のアリスが、リオの言う先生から見て絶対に受け入れられない解決策にふらふらと吸い寄せられていく。

 

「爆弾は・・・安全な場所で解体すれば良いだけの話だもの。」

 

「爆弾を、解体・・・?」

 

「あぁ、分かり辛かったかしら?」

 

隠喩表現に首を傾げるアリスに、リオは軽く息を吐くと、今度ははっきりと告げる。

 

 

 

「貴方のヘイローを破壊すれば解決する。そういう話よ。」

 

 

 

時が止まる。リオの言った言葉が無為に沈黙に反響する。そして、それを聞いた一同がその言葉の意味が理解出来なかった。そして数瞬、時間が動き始め――

 

 

 

「「「「ッ!!?」」」」

 

 

 

そして同時にその事の意図を理解し、驚愕に染まる。

 

「あぁでも、貴方のそれは本当にヘイローなのかしら?何せ貴方は人ではない、アンドロイド(機械)なのだから。アンドロイドは本来、ヘイローを持たない筈。」

 

驚愕のまま動かない一同を余所に、リオが揶揄うつもりなのかどうかも分からない無表情で、無感情に続ける。

 

「生徒ではない貴方が、どうしてヘイローを持っているのか。理由は分からないけど、機械の貴方がヘイローを持っているのは、あの狂気に包まれたあのAIと同じ・・・えぇ、猶更、貴方の存在は放っておけない。」

 

「・・・リオ。」

 

一人で勝手に自己解決をしているリオに、先生が明確に怒りの感情を以て静かに言う。

 

 

 

「それ以上の言葉は、許さないよ。」

 

 

 

シャーレの先生が、全ての生徒の味方だと言ったあの先生が、生徒に対して明確に怒りの感情を向けている。外見こそ若く、そして非力そうな女性である先生だが、今こうしてリオに怒気を乗せて言葉を吐くその姿は、どこぞの傭兵バイトと同様に、物理的な圧すら伴っていた。

 

「・・・私の言動が不快だと言うのなら、謝罪するわ。昔から、私の事が嫌いな人は多かったもの。嫌うという事は、それは私に問題があるという事でしょうから。」

 

そのたった一言で場のを支配せんばかりの圧を受けたリオは、押され気味に謝罪こそすれど、その意志を曲げる事は無い。

 

 

「でも、理解されなくても構わない。私は、ただ皆を守りたいだけ。私の行いに対して何を言われても、どう非難されようと、それだけは変わらない。さぁ、貴方の出番よ・・・美甘ネル。」

 

 

そしてこれ以上の問答は無用とばかりに名を呼ぶ。

 

 

「ネル・・・先、輩。」

 

 

抗い様の無い圧倒的な実力差。ミレニアムにおける最強の切り札。美甘ネルの名を。

 

 

「・・・」

 

 

明らかに普段と様子の異なるC&Cのリーダーは、ツインドラゴン両手につかつかと部室に現れると同時に、不快そうにそっぽを向いた。

 

「ネル・・・?」

 

先生の問いにすら、ネルは言葉を返さない。普段日頃や、任務中とも異なる異様なまでに沈黙を貫く彼女の様子に違和感を感じる間もなく、ネルは呆然と立ち尽くすアリスの前に歩み寄る。

 

「あまり悪く思わないでやってね。C&Cは元々セミナー直属、もっと言うなら私専属のエージェントなの。そこに個人の感情は無いわ、私の命令に粛々と従うだけ。」

 

既に騒ぐ者も消え失せたゲーム開発部の部屋でリオは無情に可能性を断ち切る。

 

「C&Cのリーダーであるネル相手では、流石の先生でもゲーム開発部だけでは抵抗できないでしょう?例え外部に助けを求めたとしても・・・」

 

既に勝ち目の無い状況に追い打つ様にリオはぱちんと指を鳴らす。すると、突如として履帯の駆動音が聞こえ、リオを守る様に数機のロボットが現れる。

 

「この周囲は既に私のARMSが掌握しているわ。救援が間に合う可能性は万に一も無い。・・・さぁ、ネル。仕事の時間よ、アリスを回収してくれるかしら?」

 

AMAS。一輪のタイヤを足に持ち、二丁のサブマシンガンを搭載した胴体をそれに乗せるミレニアム内ではドローン兵器に分類されるそれは、一個一個の戦力こそミドリやユズでも対処出来る程度だろうが、如何せん数が多過ぎる。リオの言葉が事実なら、ここを突破しようとしたらミレニアム最強の猛攻を躱しながら幾百、幾千ものAMASを相手取らないといけないという事だ。ここまでの数の暴力で押されてしまうと、最早どうしようもない。

 

「・・・」

 

「ネル先輩・・・」

 

だが、リオの指示を受けてているにも関わらず、何故かネルは動かない。顔を斜め下に向けたまま、沈黙と不動を貫いている。

 

 

「・・・ふっ。」

 

 

「・・・?」

 

 

そして、痰を吐き捨てる様に息を吐くと、ゆらりと体の向きをアリスからリオへ向け――

 

 

 

「くっそがッ!やぁってられっかよ!こんな任務!」

 

 

 

先程までの不動と沈黙は何処へ行ったのか、リオへ向き直ったネルはやけくそ気味に叫ぶと、ツインドラゴンの銃口二つをアリスではなくリオへ向けて引き金を引く。

 

 

「っ!?」

 

 

「ネル!?」

 

 

いきなりのネルの凶行に再び驚愕に染まる三人を余所に、ネルの放った銃弾はすかさずリオの前に立ち塞がったAMAS2機に全弾命中し、2機の装甲を喰い破って破壊する。

 

「・・・ネル、一体何のつもり?」

 

だが、それでもたかが一機二機の損害。すぐさま廊下から代わりのAMAS()がリオの前に立ち塞がる。一方のリオは駆動系から武装系、そして動力系すらも破壊されて床に倒れるAMASを気にも留めず、明確な反逆行為を行ったネルに警戒の色を見せながら問う。

 

「今までだって依頼の内容を気に入った事はあんま無かったけどよぉ・・・同じ学園の生徒を、それも何も分かってねぇ奴を誘拐しろってか?」

 

離反行為の訳を問われたネルは、先程とは打って変わって普段通りの口調で問いに答える。

 

 

「・・・んな依頼、やってられねぇ。それにもう、てめぇに付き合う義理も無ぇよ、リオ!」

 

 

どうやらネルは今の今まで自分がキヴォトスに害を齎す存在だという事を嫌悪はおろか知りもしなかったアリスを、殺す為に誘拐するというその任務の内容が気に食わなかったらしい。立ち振る舞いこそ粗雑で荒っぽいが、中に確かな人情と芯を持つネルらしい回答だ。

 

「ネル、ここで裏切るつもり?」

 

「裏切る・・・?はッ、てめぇの指示が気に入らねぇだけだ。」

 

「そう、そういう事なのね・・・」

 

短い問答の後、ネルはサブマシンガンのリロードをし、戦闘態勢に入る。

 

 

「ネル、貴方はいつもそう。」

 

 

呆れた様なリオの声と共に、AMASがネルに向けて攻撃を始める。が、その悉くがネルを捉えることが出来ず、逆にネルの撃った銃弾によって斃れていく。

 

 

「気分次第で命令違反を犯すその姿・・・いつ爆発するか分からないかん尺玉の様な側面が貴方の長所であり、最も厄介とも言えた。」

 

 

ゲーム開発部の部室から廊下へとAMASの軍団を押し返し、その後も次々と襲い来る機械達を鉄屑に変えていくネル。そんな状況にあっても、リオの表情は何一つ変わらない。

 

 

 

「まぁだからこそ、この状況だって想定の範囲内だったのだけど。」

 

 

 

――奥の手があると言わんばかりに。

 

 

「ネルっ!後ろ――!」

 

 

一騎当千を地で行くままだったネルの背後に、突如人影が現れる。だが、唯一それに気付いた先生が声を上げた時にはもうその人影は動いていた。

 

 

――爆発、閃光。

 

 

―――銃声。

 

 

ネルが後ろを向くまでも無く、ネルの居た一帯が爆発に包まれる。

 

 

「っ――!?誰だてめぇはぁッ!!」

 

 

だが、ネルもネルで背後から完全に奇襲を喰らったにも関わらず、一切の無傷で黒煙から飛び出す。そしてそのまま、丁度対峙する形で自らの前に立ったメイド服を着た生徒に怒鳴り立てる。

 

 

「初めまして、先輩。・・・そして、先生。」

 

 

爆発による黒煙が消え去ると同時に、着崩したメイド服にスカジャンという凡そメイドとは思えない格好のネルとは対照的に、長袖ロングスカートというきっちりとしたメイド服を着るその生徒は口を開くと、

 

 

「C&C、コールサイン04。御挨拶申し上げます。」

 

 

静かに、だがはっきりと周りに聞こえる様に、そう言った。

 

「え・・・5番目・・・?」

 

「C&C・・・?」

 

だが、それは明らかにおかしい。何故なら本来ただでさえ超少数精鋭のCleaning&Cleaningにおいてコールサインを有する生徒は00・美甘ネルを筆頭に01・一之瀬アスナ、02・角楯カリン、03・室笠アカネの計4人しか居ないと、公然の秘密にも事実にもあった筈だ。つまり、04なるコールサイン持ちは居ない筈なのだ。

 

「背後から奇襲たぁ、舐めた真似してくれるじゃねぇか。覚悟は出来てんだろうなぁッ!?」

 

「ネル、待って――!」

 

一方のネルは、出所不明の04の存在などどうでも良いらしく、先生の制止の声を無視して04に向けて突撃していく。

 

「トキ。」

 

「イエス、マム。」

 

一方のトキもまた、リオの命令を受け、リオを仕留めんとAMASを吹き飛ばしながら突き進むネルに向けて愛銃【シークレットタイム】を手に床を蹴る。

 

 

「死にやがれッ!!」

 

 

「・・・!」

 

 

ネルvsトキ&AMAS。一見互角に撃ち合っている様に見えるそれは、先生とリオの二人にはネルに優勢が傾いている事が理解出来た。

 

 

(そろそろかしら。)

 

 

険しい表情を崩さない先生と違い、戦況を無感情に見つめるリオの脳裏には、一昨日秘密を盾に依頼を受諾させたとある傭兵との通話内容が流れていた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

『は?急な援護要請?なんでまた・・・?』

 

 

「あくまで可能性の話よ。でも、可能性として確かに存在する以上こちらも備えないといけない。ましてやそうなった時の相手は、あの00なのよ?」

 

 

セーフティルームにてイヤホンから出力されるイサネの声に言葉を返しながら、机に向かいノートパソコンのキーボードを叩くリオ。

 

『いやまぁそうなった時はそうだけどさぁ・・・こっちまだ武器届いてないんですけど?それとも取り回しの悪い対物ライフル一本であの近接の鬼と戦り合えと?』

 

「それは幾ら貴方でも難しいでしょう?流石にそこまでの無茶振りはしないわ。」

 

『じゃあ私はその時に武器も無い状態で何をすればいいのさ。』

 

イサネの怪訝な声に、リオは一息挟み、続ける。

 

「貴方には抑え込んだネルの完全鎮圧をやって貰いたいの。恐らく不意打ちやトキが装備しているあれが知られていない内ならこちらの勝率の方が高い。けど、完全に無力化出来るかどうかはまた別の話。」

 

『殺す・・・あー、ヘイローを壊せって事じゃないでしょ?抑え込んだならそのまま絞め落とせば良いじゃん。出来るでしょ。』

 

「そうね。でもそれはこちらの消耗分も考慮されていないからそれだけに頼る事は出来ないわ。手段は・・・彼女の体に後遺症や重症が残らないなら何でも構わないわ。後はトキを巻き込まない様にしてくれれば。」

 

リオの説明を聞いたイサネは、電話越しに「うーん、なるほど。」と呟くと、了承の意を以て問い掛けてくる。

 

『なら締め方は決まった。リオ、筋弛緩剤って今すぐ用意出来ない?もしくは覚醒剤とか即効性の高い睡眠剤でも良い。後ついでにボイスチェンジャーって奴もね。』

 

「・・・容赦無いのね。筋弛緩剤ならすぐに用意できるわ。ボイスチェンジャーは・・・市販の物で良いなら。」

 

『正体ばれなきゃなんでも良い。・・・それに、殺し合いで手段なんて選んでいられないでしょ。こういう所キヴォトスって甘いんだよなぁ。』

 

・・・確かにイサネが親しき人以外には隠していたその本名と思われる名前を勝手に覗き見して交渉材料に使ったのは他でもないリオだし、学内の監視カメラをハッキングして盗み聞きしたイサネの言動からして彼女が明らかにキヴォトスで生を受けた存在では無い事はリオの中でほぼ確定しつつある。

 

 

「・・・貴方、その・・・いえ、何でも無いわ」

 

 

『あぁそう?じゃあ切るねー。』

 

 

が、それを差し引いたとしてもイサネ自身が己の秘密を本当に隠匿しようとしているとは思えない程ぼろが多いというのはどういうことなのだろうか。

 

 

「・・・隠す気はあるのかしら。それとも・・・?」

 

 

 

溜息を吐きながら、リオはイヤホンを外してパソコンに意識を向ける。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

回想から現実に、意識が帰還する。

 

 

 

「んな雑魚で足止めになる訳ねぇだろうがよ!」

 

 

 

トキの囮となって前に出たAMASの大軍を蹴散らしながら、ネルは叫ぶ。

 

 

「・・・流石はネル。AMAS程度では貴方を止められないという訳ね。」

 

 

リオがそう零した今目の前の戦況は、既に完全にネル有利の状況に傾いていた。まだAMASの数はまだまだ居るが、既にネルがトキを追う途中でAMASを殲滅する速度が前線のAMASを後方から補充する速度を上回っている以上トキの撃破も時間の問題と化している。

 

「おらおらおらぁッ!!後輩だか何だか知らねぇが、吹き飛びやがれッ!」

 

「・・・」

 

トキは相も変わらず無表情のまま、ネルの猛攻をAMASを囮にする事で捌いてはいるものの、攻撃に転じる事は既に不可能になっており、ネルの攻撃の最中に辛うじて反撃を試みる程度にまで追い込まれている。

 

 

「ここでこれを使いたくは無かったのだけれど・・・トキ。」

 

 

かなり押し込まれている戦況を見て、リオは静かに口を開く。

 

 

 

「・・・武装の使用を許可します。」

 

 

 

「イエス、マム。」

 

 

 

戦闘中にも関わらず、リオの指示にトキは息の乱れ一つ無く頷く。と、同時にネルから大きく距離を取る。そして右手で自分が来ているメイド服のロングスカート、左手で右肩の長袖の肩部を掴むと、右手左手の順で勢い良く腕を引いて服を引っ張る。

 

「モード2に移行します。」

 

「何をごちゃごちゃと・・・」

 

怒りと疑念の入り混じった表情でそれを見るネルを余所に、トキは残った左腕の長袖を外す。

 

「あ、あれ・・・服が・・・?」

 

「姿が、変わった?」

 

ネルの後方で戦況を見守っていたミドリと先生が、トキの格好の変貌に言葉を吐く。先程まで長袖ロングスカートのメイド服だった彼女は、今やショートスカートにノースリーブという非常に軽やかな恰好となっていた。そしてその腕脚に装備された小型の機器が目を引く。

 

 

「準備完了。攻撃を再開します。」

 

 

先日暴走したアリスの言動と似た機械の如き無機質な声色の宣言と共に、トキが軽快なステップでネルに飛び掛かる。

 

 

「舐めた真似をしやがって――!」

 

 

先程までのAMASを利用して攻撃を躱して反撃を撃つと言った戦い方から一転、AMASを放置し、急激に上昇した機動力を以てネルに急襲と言わんばかりの至近戦を仕掛けるトキ。

 

「機動力が上がったならあたしに勝てるってか!?」

 

だが、いくら軽装化により機動力が上がったとは言え、ネル自体非常に高い機動力を有しているという事もあってトキの撃ったケースレス弾はその一つとてネルに当たる事は無い。むしろ、トキの撃った弾を難なく躱したネルはすぐさまバックステップで距離を取ろうとするトキを追う。

 

「ちっ、そっちか!?」

 

やはり後ろに下がったトキとの距離を一瞬で詰め、ツインドラゴンによる集中射撃を見舞うネル。が、トキは更に距離を取る事でその至近斉射を射線そのものから退避する。

 

攻撃が回避される様を見たネルはすぐさま距離を取ったトキを追い、再び射程に捉える。

 

「しゃぁッ!!」

 

再び己の射程に相手を捉えたネルは銃撃をトキの左右に振る事で回避の方向を絞り、そのまま彼我の距離を己が手足の距離まで縮める。そして走った勢いを乗せた飛び蹴りを放つ。ネルの機動力と跳躍力の合わさった蹴りは、凡そ左右の退路が銃弾によって塞がれた状態で回避出来る様なものでは無い。が――

 

 

「ッ!」

 

 

跳び蹴りを放ったネルの顔が歪む。走力の殆どを乗せて放たれた剛槍の如きネルの右足は何にも接触する事なく地面に着地する。

 

「上・・・!」

 

ネルの視界には一瞬でトキの姿が消えた様に見えたが、至近戦の状況を俯瞰出来た先生には見えていた。トキがネルの蹴りに対して、ネルの頭上を越えるジャンプによってその一撃を回避するその様を。

 

「上・・・ちっ。」

 

先生に遅れる事数瞬。ネルも自身の蹴りをどうトキが回避したのかを理解し、舌打ちと共に身を翻して反撃に飛来した銃弾を躱す。

 

「逃がすか・・・!」

 

銃弾を回避し、再びトキを追わんとするネルだったが、見渡す限りはAMASの群ればかり。トキの姿はどこにも居ない。

 

(どこに居やがる・・・!)

 

余りにも気に食わない任務のせいか普段よりも回らない頭を必死に回し、ネルはAMASを破壊しながら消えたトキの姿を探す。

 

「そこか、逃がすか・・・っ!」

 

そして機械の群れを蹴散らす最中、一瞬だけAMASの隙間から見えたトキの金髪にネルは即座に反応。すかさず攻撃と突撃を仕掛けるが、トキは分かっていたと言わんばかりにAMASの群れから飛び出す。

 

「ちっ、くそ、当たんねぇ・・・」

 

トキの跳躍の軌跡を辿り、終ぞその一発すらも当たらなかった己のサブマシンガンが刻んだ弾痕を睨みながら、ネルは苦々しく吐き捨てる。

 

「あ、あっという間に消えちゃった・・・!」

 

ミレニアム最強と名高いネルですらこの有様なのだ。戦闘経験・実力ともに大きく劣るミドリに俊敏に動き回るトキの姿など見える筈も無い。

 

 

「てめぇ、何処に・・・?」

 

 

再び自身を包囲するAMASの群れの陰に消えたトキを探して、視線を巡らせるネル。時にはAMASを破壊して隠れ場を潰したりしてみるものの、あっさり見つけられたさっきとは違い今度はその目立つ金色の髪の一本すらも見当たらない。

 

 

「何処に――」

 

 

苛立ちを微塵も隠す事も無くトキを探し続けるネルだったが、手遅れ。

 

 

「あっ・・・ネル先輩、後ろ――!」

 

 

ユズがあっと声を上げる。きょろきょろと辺りを見回すネルの視界に影が差す。

 

 

「何――」

 

 

だが、声に反応したネルが後ろを振り向く事は叶わなかった。

 

 

 

――銃声。そして数度響く鈍い打撃音。

 

 

 

ネルの右脇腹に三度、背中に二度、左手に一度、重い痛みが走る。完全に不意を突かれた痛みに身を捩る間も無く、ネルの右腕が関節の限界まで捻じり上げられる。

 

 

 

「がぁぁッ!?」

 

 

 

いつも以上に静かなゲーム開発部部室近辺に、ネルの苦痛に呻く声が響き渡る。

 

 

「ネルっ!」

 

 

「ネル先輩!?」

 

 

ユズとミドリ、そして先生がそれを認識した頃には既に勝敗が付いていた。サブマシンガンを二丁とも床に落とし、右手の甲を自身の背中に押し当てられる形で腕を捻じり上げられ、更には頭部を抑え付けられたネルの姿。

 

「くそがっ!離せ!ぶっ壊されてぇのか!?」

 

「そうやって暴れたら、曲がってはいけない方向に腕が曲がりますよ。先輩。」

 

右腕一本によりほぼ全身を抑え付けられたネルは身を捩り尚も足掻くが、トキによって完全に締め上げられた右腕がぎりぎりと悲鳴と痛みをネルに与えるだけで状況が好転する気配は無い。

 

「気付いたら、突然現れて・・・」

 

「あ、あうぅ・・・」

 

「ネルっ!」

 

ミレニアム最強の名を欲しいままにしていた美甘ネルをあそこまで一方的に無力化したというその衝撃に唖然とする三人。

 

「皆さんも、下手に動かないで下さいね。無駄な抵抗はお勧めしません。」

 

声を上げた事でトキも三人の動きを認識し、警告を投げかける。と同時にAMAS数機がそれぞれ一人につき一機つづ付き、銃口を向ける。それぞれに付いたのが一機だけなのでユズとミドリはまだどうにか出来なくも無いが、それも出来て一人数機が限度。廊下にひしめく数を含めるといずれ削り落とされるのがオチだ。

 

そして先生に至ってはキヴォトスに生きる者としてはまず常識と言って良い銃器を一切所有していない。どころかその銃器から放たれる銃弾一発が死に直結するというヘイローを持たない体。抵抗など最早空論にすら上がらない。いや、一応超常の防壁(アロナによるバリア)が無い訳でも無いのだが、それでも抵抗の手段が無い事は変わらない。

 

(あの動きは・・・一体?)

 

元より抵抗など不可能。それを十分に理解している先生は先程のネルを圧倒した時の動きを再分析する。銃撃により左右の退路を塞いだにも関わらず、頭上を飛ぶ事を一瞬で判断したあの動き。ネルの得意とする近接の射程に何度も足を踏み入れながらも、彼女の猛攻を掠らせもしなかったあの動き。常識外の反射神経と動体視力を持っているか、相手の動きが分かっているとしか言いようがない。

 

「その動き、は・・・一体・・・」

 

これまで細事大事関わらず駆り出され、様々な戦場、状況、そして生徒を見てきた先生をしても、初めて見る動きだった。これまで強者として名が知られている生徒とは明らかに異なる強さのベクトル。

 

「私の作った特殊武装よ。こんな所で使う事になるとは思わなかったけど。」

 

いつの間にか一同の前に出て来たリオは、先生の無意識の内に出た問いに淡々と答えると「AMAS、アリスを回収しなさい。」と拘束後も暴れた事でより一層きつく関節を締め上げられたネルを気にも留めずAMASに指示を出す。

 

「くそが・・・ッ!この程度で・・・ッ!!」

 

チェックメイトに等しい状況で、リオの指示を受けたAMASが無遠慮に部室に乗り込む。一方のアリスはもう抵抗する気力も無いのか、唐突に訪れた余りにも無情な己の最期に膝を抱えた姿勢のままぎゅっと目を瞑る。

 

「ちょ、ちょっと待っ――」

 

「それ以上は動かない方が良い。無関係な子を気付付けたくは無いの。」

 

ほぼ無意識の内にアリスに向けて手を伸ばし動かしたユズに、彼女に付いていたAMASの銃口が一層強く押し当てられる。人質のつもりなのか、ユズと同時にミドリと先生にも同様にAMASの銃口が近づく。

 

 

「リオ、本当にそれは駄目。止めて。」

 

 

最早悪足掻きにもならないが、それでも先生は言う。それだけは駄目だと、それ以上はいけないと。全体の為に誰かが犠牲になる結末などあってはならないと。

 

 

「・・・それはこちらの台詞よ。」

 

 

だが、その想いは無慈悲にもリオには通じない。

 

「私も対立などしたくないわ。貴方と敵対する気も、憎まれる気も無い。と言うかむしろ貴方に聞きたいくらい。」

 

呆れたと言わんばかりに、自らの考えに一向に理解を示さない先生にリオは淡々と続ける。

 

「キヴォトス全体を揺るがす危険因子の発覚。こういった事態において、シャーレの先生。大人である貴方が真っ先に解決に動くべきではなくて?」

 

「・・・どういう事かな?」

 

「子供より感情に支配されず、冷静に物事を判断出来る・・・有事においては、そう言った大人である貴方が動くべきだったのでは?」

 

リオの言う通り、大人とは本来そういうものだ。感情に支配されず、事に対して冷静に判断を下す事こそ、大人に求められる事。最近では感情を大人の力で振り回す大人もどきも少なくないが、少なくとも今リオが指した大人という単語が意味する人物像は前者である事には間違いない。

 

 

――だが、それは時に全体の為に非情な判断を下す事を肯定する事とは違う。

 

 

「それが、生徒を傷付ける事とは―――」

 

 

だが、

 

 

「いつまでそんな寝言を吐き続けるつもりなの!!」

 

 

だが、それでも先生の意志はリオに通じない。鋭く先生を一喝したリオは目線でアリスを指しながら言葉を続ける。

 

「・・・勘違いしないで頂戴。あれはそもそもから生命体ではないの。だから貴方が背負うべき生徒の枠組みには入らないわ。もしあれを人と感じるのであればそれはEliza効果に過ぎない。あれは世界を終焉へと至らせる恐るべき兵器。」

 

Eliza効果。キヴォトス外でも人工知能に関する技術の発展により生まれた定説で、限りなく人に寄せた言動をする人工知能はそれは人工知能だと分かっていてもそれを人だと認識してしまうというものだ。確かに天童アリスという少女は廃墟で見つかったアンドロイドであり、それが人と何ら変わり無い言動を取っている以上ミレニアムの生徒の大体はアリスがアンドロイドだと言っても信じないだろう。

 

「あれとキヴォトスの全生徒を天秤に賭けろと言われたなら、答えは明白でしょう?それを知って尚、貴方が動かないと言うのであるなら、アリスのヘイローは私の手で破壊する。・・・既に準備は整っているわ。」

 

感覚でも間違っていると確信しているリオの意見だが、それでも今のリオを納得させるだけの証拠や根拠が何も無い。動こうにも周囲をAMASに固められている時点で動く事が出来ない。

 

抵抗を物理的に黙らせ、反論も捩じ伏せた。もうリオを遮るものは無いかと思われたが、先生の横で同じくAMASに捕捉されていたミドリがAMASを振り切り、リオの前に立ち塞がる。

 

「違う・・・」

 

硬く瞑ったままの目は前を見れているのか分からないが、構わずにミドリは叫ぶ。

 

 

「違うよっ!アリスちゃんは兵器なんかじゃないッ!!アリスちゃんは勇者だよ!だって・・・」

 

 

叫ぶ。

 

 

 

「アリスちゃんは、光の剣を、勇者の証である光の剣【スーパーノヴァ】を持っているもの!!」

 

 

 

アリスは剣を台座から引き抜いた勇者だと、強く叫ぶ。根拠もへったくれも無い精神論だが、それでもゲーム開発部にとってアリスの持つ【光の剣:スーパーノヴァ】はそれだけの意味と価値があった。

 

「光の剣・・・あぁ、エンジニア部が作ったあの玩具?」

 

だからこそ、ミドリはこの土壇場も土壇場でそれを叫んだのだろう。誰も持ち上げられなかった光の剣を持ち上げたアリスこそ世界を救う勇者なのだと。

 

「それなら・・・」

 

だが、現実に情などというものは存在しなかった。リオはすたすたとミドリの脇をすり抜け、壁に立てかけてあったスーパーノヴァに近づくと、引き金の近くにある操作パネルに付いていたボタンを押す。するとスーパーノヴァの操作パネルや砲身付近の電気が通っている部分などから瞬く間に光が消えていき、やがて完全に沈黙する。

 

「スーパーノヴァの電源が、消えた・・・?」

 

「これでいいかしら?」

 

そもそもスーパーノヴァの構造を詳しく知らなかったとは言え、それでもリオがボタン一つでミドリが勇者の証だと言ったスーパーノヴァの光を絶やしたという事実には驚愕よりも望みが断ち切られたという絶望が感じられた。

 

 

「光の剣はもう無いわ。これで証明は終わり。」

 

 

「あ・・・・アリスの、けん、が・・・ゆう、しゃ・・・の、証・・・が・・・」

 

 

だが、この中で誰よりも絶望の底に叩き落されたのは他でもないスーパーノヴァの持ち主であるアリスだった。

 

 

「み、ミドリ・・・ユズ・・・」

 

 

完全に折れた心で、アリスは家族同然の親友達の方を向く。が、既にその眼が映し出すのは黒のみ。ゲーム開発部の部室も、ミドリとユズ、そして先生の顔も、何一つとしてアリスの視界情報には表示されない。

 

 

「くそ・・・ッ!離せ!離しやがれぇ・・・ッ!おいッ!ちび!じっとしてないで反撃しろよ!」

 

 

完全に締め上げられて動く事もままならないネルは、未だ諦める事無く足掻き続ける。が、その叫びはもうアリスの耳に届く事は無い。仮に届いたとしても、もうアリスに立ち上がる力などどこにも無い。

 

「せ、先生・・・」

 

「・・・アリス。」

 

「・・・っ!!」

 

アリスは先生の顔を見るが、先生に声を掛けられるとびくりとして肩を縮こまらせてしまう。

 

「・・・モモイ。モモイは。」

 

一言、この場に居ないゲーム開発部の名を呟く。

 

 

「全部・・・アリスが・・・居るから・・・?アリスが、魔王だから・・・起きた事・・・ですか・・・?」

 

 

「アリスがここに居たら・・・また、同じ事・・・が・・・」

 

 

目に大粒の涙を浮かべ、光の消え失せた瞳で、辛うじて口を動かすアリスの口から出た言葉は、既に何もかも手遅れなのだという事嫌という程先生に理解させた。

 

 

「アリスが、勇者じゃないなら・・・?」

 

 

縋る言葉に何も返す事が出来ない自分に腹が立つ。危機に陥った生徒に対して何も出来ない自分に凄まじいまでの嫌悪と怒りが湧く。何も出来ない自分が許せない。生徒が苦しんでいる様を見守る事しか出来ない自分を、解決策を提示する事が出来ない自分を殺してやりたくなる。

 

 

「・・・そう、です・・・ね。」

 

 

アリスの何かを悟ってしまった、もしくは昏い覚悟を決めてしまった様な声がより一層先生の心を締め付ける。

 

「・・・アリス?」

 

「はい・・・アリス、すべて理解しました。」

 

そんな悲しい目をしないで欲しい。なんてもう伝える事すら叶わない。

 

 

 

「アリスが消える事にします。」

 

 

 

そして、アリスは選んだ。皆の為に、自らが犠牲になるという道を、リオが示したその道を。

 

「駄目!アリスちゃん!」

 

「アリ、ス・・・ちゃん・・・」

 

家族同然のゲーム開発部員達の制止の声すら既に届かない。

 

「・・・その必要は無いよ、アリス。」

 

「いいえ、大丈夫です。アリスは・・・先生を傷付けたくありません。」

 

先生の言葉すら抑え込み、アリスはふらふらとした歩調でゲーム開発部の扉に向けて歩き始める。

 

「・・・ミドリもユズも、ネル先輩も他の皆も・・・アリスは傷付けたくないです。・・・あの時、モモイがアリスのせいで怪我をした時、胸がとても痛かったです。どうして、何でこんな事になってしまったのかは、アリスにはよく分かりません。でも、今の話を聞いて・・・やっと、理解出来ました。」

 

後悔しか無い。けど、その後悔すら今の自分には烏滸がましい事だと言わんばかりに言葉を紡ぐ。

 

「リオの言葉なんて鵜呑みにしないで。ちゃんと話し合おう。アリス自身の意志があるなら、まだ何とかなるから。」

 

「先生、心配しなくても大丈夫です。・・・アリスは、生命体ではないのですから。ミレニアムの生徒では無いから・・・居なくなっても、大丈夫・・・です。アリスは、勇者ではないから。」

 

頬に涙の流れた跡を刻み、尚も目に大粒の涙を湛えるアリスの一体何処が生命の無い機械だと言うのか。

 

 

「先生、今までありがとうございました。皆、アリスと冒険してくれて、ありがとうございました。アリスは・・・」

 

 

別れの挨拶のつもりなのか、泣きそうな声で感謝を伝えるアリス。

 

 

 

そして――

 

 

 

「本当に幸せ・・・でした。」

 

 

 

既に真っ黒に塗り潰された皆との冒険の記憶を思い返しながら、アリスは最後の言葉を告げ――

 

 

 

「魔王だの生命体じゃないだの・・・アリスぅ・・・てめぇ。」

 

 

 

様とした時、ふと廊下から妙に落ち着いた声が聞こえる。

 

 

「・・・っ。トキ!」

 

 

察したリオが鋭く廊下でネルを抑え付けているトキに指示を出す。が――

 

 

 

「てめぇッ!訳の分かねぇ事をうだうだと抜かしてんじゃねぇッ!!」

 

 

 

「ッ!?これは・・・っ!」

 

 

 

遅い。ネルを抑え込んでいた筈のトキの腕がぎりぎりと痛みを訴え始める。

 

 

 

 

「う・・・お、あ・・・ぅおあぁぁぁぁーーッ!!」

 

 

 

すかさず腕に力を込め直すトキだったが、遅かった。右腕を完全に捻じり上げられた状態で固定されていると言うのに、頭だって抑え付けられているのに、ネルは咆哮と共にその全てを振り解く。

 

 

「退きやがれぇぇッ!!」

 

 

トキに締め上げられた腕のまま、ネルは無理矢理右腕を振るう。完全に抑え込む事が出来ていたと思っていたトキは完全に出遅れ、膂力のままに振るわれた腕に振り回される。

 

「くっ。」

 

「おぉぉらぁぁぁーッ!!」

 

このまま腕を掴んでいると簡単に投げ飛ばされる事を瞬時に理解したトキはやむなくネルの腕から手を離す。拘束から脱したネルは、よろめくトキを無視して部室に駆け込むべく走り出す。気に食わねぇ命令を下したリオをぶん殴る為に、訳の分からねぇ判断を下したアリスをぶん殴る為に。

 

「ネル!?」

 

「ネル先輩!?」

 

まさか完璧に抑え込まれたあの状況からネルが脱する事を想像だにしなかったミドリと先生の声が重なる。だが、これでまだ状況は分からなくなった。いくらトキの機動力が上がったと言えど、ネルの素の機動性はトキのそれを上回っている。

 

 

「リオ!てめぇは――」

 

 

激情のままに廊下を駆け、ゲーム開発部の教室に飛び込まんと更に速度を上げる。まだ碌に力も入らないであろう右腕を引き絞り、そしてその足がゲーム開発部部室の扉を越えようとし――

 

 

 

「・・・本当に、貴方に対する備えを十全にしておいて正解だったわ。」

 

 

 

リオがぽつりと呟く。まるでここまでも想定出来ているかの様に、そして、二次の手は既に打ち終えていると言わんばかりに。

 

だが、それは呟き。リオの近くに居た先生やミドリ、ユズにアリスと言った面々にしかその呟きが聞こえず、肝心のネルの耳には届かない。

 

 

そしてその呟きが届かない事で、それは今のネルにとって完全に意識の外からの致命打となった。

 

 

 

「がッ!?」

 

 

 

二度目。今度の彼我距離は4~5m。ゲーム開発部部室の境界線まで後数cm。その位置にネルが差し掛かった時、突如ネルの右半身に鈍いが緩い痛みが走る。そして直後に、自身の右腕に小さいが鋭い、何かを刺された様な痛み。

 

右腕に走った小さく鋭い痛みに何か嫌な予感を覚えたネルがはっとして顔を上げようとした所で、彼女の体がどんっ!と強く押し出される。

 

 

 

――凡そ、ミレニアムに居るもやしっ子には不可能であろう力で。

 

 

 

「な―――!」

 

 

 

驚愕に目を剥いている場合ではない。凡そキヴォトスの常人にすら有り得ない力で突き飛ばされたネルは即座に受け身を取り、視界に犯人の姿を捉える。が、ネルの視界に映ったのはどこにでも良そうなミレニアムの制服を普通に着た生徒。薄い金色のロングストレートに透き通ったアメジストの瞳。鼻より下は市販のマスクをしていてその容貌の全てこそ掴めないものの、研究者気質の生徒が多い故か基本的に飾りっ気の薄い者が殆どのミレニアムにおいては本当によく見る格好だ。

 

そう、本当によく見かける一般生徒と何ら変わりないのだ。

 

 

――今、この場に一般生徒は誰であろうと入れない筈なのに。

 

 

「てめぇ、何して――」

 

 

一瞬で今自身を突き飛ばした生徒がただの一般生徒ではない事に辿り着いたネルは、標的を即座にその生徒に定める。そして目の前の邪魔者を先に倒さんと一歩踏み出し――

 

 

「足に力が・・・?」

 

 

――止まる。

 

 

そう、足に力が入らない。否、力を加えているのか加えていないのか感覚が伝わってこない。自らの足が自分の物でなくなっていく様な感じ。

 

「ぅあっ!?」

 

一度自覚してしまったその感覚は、瞬く間にネルの体を支配する。右足の膝下から太もも。関節を経由して左足。そして胴を駆け上がる。この間僅か一秒以下。それにより自身の体を支える力すらも消え失せたネルは、一歩踏み出した体勢から一切の受け身を取る事も叶わずに地面に倒れ込む。

 

「ネル先輩ッ!?」

 

「えっ、えっ・・・!?」

 

突然床に崩れ落ちたネルの姿に恐怖するミドリとユズ。

 

「き、君は・・・!?ネルに一体何を・・・!?」

 

「・・・」

 

恐怖を抑え込みながら、突如として場に現れた第三者に問い掛ける先生だが、肝心の一般生徒の方はリオ以上に感情の消えた正に()()()とも取れる表情でリオの元へ近づいていく。まるで先生やミドリ、そしてアリスなど初めから見えていませんと言わんばかりの様子で。そして、

 

 

「リオ会長。美甘ネルの無力化、完了しました。薬の効果時間は今より数時間から長くて一日。ですがそれだけあれば我々がここを発つには十分な時間でしょう。」

 

 

「・・・そう。」

 

 

少し低い声で、淡々とリオに報告を行う。あくまで淡々と、機械の如く。報告を受けたリオは少しも表情を崩さないまま報告に対し短く返すと、AMASにアリスを拘束させる。

 

「それでは先生、失礼するわ。」

 

頑丈そうなワイヤーに手足をがっちりと拘束をされたアリスをAMASに抱えさせ、またアリスの装備品であるスーパーノヴァも同じく別のAMASに持たせると、リオは一礼をして背を向ける。

 

 

「もし、私の言動に先生が傷ついたのであれば・・・全てが終わった後、改めて謝罪の場を設けさせて頂戴。では、また。」

 

 

そう言ってリオはAMASを連れてゲーム開発部の部屋から出ていく。出口で待機していたトキもそれに続き、一般生徒もその後を追う。

 

「・・・シャーレの先生。」

 

「・・・何かな。」

 

だが、その生徒はゲーム開発部の部屋を出る直前でふと足を止め、背中越しに先生に声を掛ける。

 

「貴方がキヴォトス全ての生徒の本当の幸せを本気で願い、実現しようと動いている事は知っています。ですが、同時に全ての人が何かしらの思惑を抱えて生きています。死んでも己の信念を曲げ無い人というのは先生だけではありません。」

 

「・・・」

 

一体何を言いたいのか、先生には理解出来ない。しかし、その生徒は先生の理解に構わず続ける。

 

「そして、人が争う要因の一つとして、曲げられない意志同士のぶつかり合いというものがあります。両者とも自分の意志を曲げず、折衷案すら出さず、そして武力行使に移る・・・まぁ、良くある話ですね。特に幼児の間では。」

 

「・・・かなり悪い聞き方だけど、君は私達がまだ幼児だって言いたいのかな?」

 

「いいえ、その様な事は有り得ません。シャーレの先生。貴方は感情に振り回されず、多感な時期にある生徒に対して非常に寄り添った立ち振る舞いが出来る人だと、私は思います。今程のリオ会長の言葉・・・私なら逆上して殴り掛かっていました。」

 

急な称賛の言葉に、ますます彼女の意図が分からなくなる。

 

「それにゲーム開発部の皆さんだってそれぞれ美点を持っている筈です。まぁこれ以上は今関係が無いので流しますが・・・さて話を戻しまして、確かお互いの意志の衝突によって起こる争いの話でしたね。」

 

逸れかけた話を戻し、生徒は更に淡々と話し続ける。

 

「お互いの意志の衝突・・・こうして言葉にしてしまえばただ一文で済んでしまう原因ですが、実際にはそこにどちらも絶対に譲ることの出来ない何かがあるからこそ起きるものだと、私は考えています。世の中には理由が何であれ争いは無くなるべきだなんて宣う馬鹿が山程居ますが・・・私はそうは思いません。」

 

 

「人という生き物は争う事が特徴の生き物です。鳥が空を飛べる様に、馬が地上を速く走る事が出来る様に、人間は同じ種族同士で、生き残る為でもないのに争い、挙句の果てに関係の無い同種を平気で巻き込む事が出来るのが人間の最大の特徴だとも言えるでしょう。勿論食料調達以外でも縄張り争いなどで殺し合う動物が居ない訳では無いのですが・・・それでもここまで大規模に殺し合うのは人間だけです。そしてそんな人の争いを完全に止めるなど、凡そ不可能な話です。・・・この世に人類という種が存在する限り。」

 

 

「そして戦いは、常に人類の大きな発展の引き金になりました。相手に勝つため、より効率的に作戦を遂行する為、より効率的に人を・・・っと、この場で言うべきでは無いですね。まぁとにかく、そうして両者が勝利する為に技術開発を急ぐ事で、その技術が戦後一般の生活に利用されるというのは・・・外を知る先生が最も理解出来る筈。戦い、争いというものは人の死や誰かが傷つくという負の側面の一方で人類に発展と存亡の為の術を与えるという負の裏の側面があります。・・・っと、また話が逸れた。私の悪癖ですね、これは。」

 

 

「まぁとにかく、私が今の貴方達に言いたい事は、争う事は決して全てが悪では無いという事です。話し合いだけで解決する事だけが物事の正しい解決法では無いという事です。今、こうしてリオ会長にアリスを殺害すると言われ連れて行かれてしまった事の様に。」

 

 

一通り語り終えたのか酸素を補給する様に長く息を吸う生徒。

 

「な、何の話をしているの・・・?人類がこの世に居る限り?争う事が人の特徴?どういう事・・・?」

 

「ミドリ、彼女の言葉には本当に耳を貸さないで。どちらにせよ戦争は負の側面の方が圧倒的に大きいから。技術発展による歓喜の声よりも・・・怨嗟や苦しみの声の方が圧倒的に多いから。それは個人同士の小競り合いだってそう変わらない。・・・普通なら。」

 

「別に私は無用な争いを起こしたい訳では無いですよ。意味も無く自分の大事なものが失われるのは私も嫌です。ただ、今貴方達を取り巻く現状について言及するなら話は別です。」

 

殺し合いを肯定せんばかりの語りに先生が良くない反応を示す中、息継ぎを終えた生徒はまだ続ける。

 

「私のせいでもあるのですが、今の貴方達はゲーム開発部の大事な仲間・・・天童アリスをミレニアムの会長である調月リオ・・・会長に武力面でも口論面でも捻じ伏せられ、抵抗も出来ないまま奪われてしまった。」

 

「そ、それはあなたがネル先輩を・・・!」

 

「まぁ会長直々の依頼ですので。私は仕事をしたまで・・・と言うのは少し大人げ無いですね。ですが、まだ終わった訳では無いでしょう?私はさっき言いましたよ、人は争う生き物だと。」

 

生徒の事実陳列に声を荒げるミドリだったが、次いで出た言葉によってはっとした表情で黙り込む。

 

「・・・アリスちゃんを、取り戻す事は出来るって、事・・・?」

 

「Yes。話し合いという段階は過ぎてしまいましたけど。」

 

「あれを話し合いと呼ぶには、いささか強引過ぎないかな。それに、貴方の言っている事は争いの扇動にしか聞こえないよ。」

 

「No、それは在り得ません。私は言いましたよ?お互いの意志の衝突による争いの実態はどちらも決して譲れないものがあるからだ・・・と。付け足すとするなら、人は時に、話し合い以外にも争う事でしか相互理解が得られない時があります。」

 

ユズもミドリも、彼女の言っている事を理解したのかはっと目を見開く。その様子を見て、彼女は少し満足そうに頷く。

 

「先生、もう一度言いますが、戦う、争う事は決して悪ではありません。むしろ、人間の全ての行いに善も悪も存在しません。正義も悪も、全て禁忌を犯す事に対する忌避を打ち消す為に作り上げられた言葉の免罪符、もしくは音程の麻薬に過ぎないのですから。」

 

「それでも、善悪無しに皆が動いたら、全てが滅茶苦茶になってしまう。」

 

「それは勿論。だから人には忌避感と本能的な嫌悪が備わっているのでしょう?シャーレの先生、今は戦うべき時です。相手も自分達も己が意見を絶対に曲げられない。そして折衷案も妥協案も無い。なら、自らが望む答えを得る為には、武器を取って戦うしかありません。」

 

そう諭す様に先生に向かって話す生徒の表情は、機械の如く一切の感情を排した無機質なものでは無く、いつの間にか僅かにだが優しい笑みを浮かべていた。

 

 

 

「寓意導く先は、夜明けか終焉か・・・なんて傍観者振るつもりも、何か隠れた意味も無いですけど・・・まぁ少なくとも、今戦わねばアリスは帰って来ませんよ。文字通り。」

 

 

 

名前すら名乗る事無く、語るだけ語り、告げるだけ告げたその生徒は部屋を出て行った。

 

 

「アリスちゃん・・・わ、私は・・・どうするのが・・・?」

 

 

「せ、先生・・・」

 

 

静かになった部室の中。ミレニアムの生徒会長に抗うのか、それともこの残酷過ぎる現実に甘んじるしかないのかで揺れるミドリと、先生に縋る視線を送るユズ。だが、先生はそのどちらにも応える事が出来なかった。

 

 

何故なら。

 

 

(あの目・・・どこかで・・・)

 

 

思い返すは最後の言葉。

 

 

 

――寓意導く先は、夜明けか終焉か・・・なんて傍観者振るつもりも、何か隠れた意味も無いですけど・・・まぁ少なくとも、今戦わねばアリスは帰って来ませんよ。文字通り。

 

 

 

優し気な微笑を浮かべて結構ばっさりと答えを提示する彼女の姿。その顔、その口、その眼。

 

 

 

―――その眼は、人がして良い眼じゃない。

 

 

 

キヴォトスに来てから始めて知り合った、本物の狂気。根源的、本能的恐怖を感じさせられたあの雰囲気や圧。

 

 

一人だけ知っている。ああいう眼をする人を。

 

 

 

一人だけ知っている。戦いをああも肯定的に捉えた考え方をする人を。

 

 

 

 

・・・一人だけ知っている。生徒なのにも関わらずキヴォトスで生を受けてないと明かした人が。

 

 

 

 

 

―――そしてその人が、どういう人物なのかも。

 

 

 

 

 





おい最後の方で出て来た生徒()の演説長すぎだろォッ!!てんめぇッ!ぶっ殺されてぇかオイッ!

戦闘描写につきましては決戦が始まってから本格的にしようと思っていますので、少々雑な描写には目を瞑っていただけると幸いです。

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