今話は先生側とリオ側で複雑に場面が切り替わります。
ちょっと読みにくいかも…?
「・・・リオ様。わざわざ御手を煩わせてしまい、申し訳ありません。」
「気にすることは無いわ。元よりミレニアムにおいてネルと正面から対等に戦える者は存在しないわ。武装を一つ使用してしまったとは言え、それでも許容範囲内よ。」
こつこつと、昼間のミレニアムの廊下に二つの足音が響く。その後ろに更に響く無数のタイヤの駆動音も。
「・・・」
一人はセミナーの制服をきっちり着こなしたミレニアムの生徒会長・調月リオ。そしてもう一人はショートスカートにノースリーブのメイド服を着、手にはその服の余剰部分と思われる黒い布を持ったメイド――C&C所属にしてリオ直属の護衛・飛鳥馬トキ。
そしてそのすぐ後ろに付けて二人の後を追うAMAS群の先頭個体には、ワイヤーと手錠で手足を拘束された小柄な少女――天童アリスが、何も映す事の無い虚ろな目で台座部分に半ば拘束に近い形で座っている。
「所で、彼女はどちらに・・・?」
「さぁ?ただ出立の時に私が指定したセーフティルームに居なければ置いていくだけの話よ。それに彼女による情報の漏洩を心配する段階は過ぎたわ。だから別にもう居なくなられても困りは・・・いえ、来たみたいね。」
AMASの大軍を連れて廊下を進む最中、二人の後方からたったったっと軽快に床を蹴る音が聞こえてくる。そしてそれは瞬く間に大きくなっていき――
「遅れました、リオ会長。次は?」
気配と共にすっとリオの左側に並ぶはどこにでも居そうなミレニアムの制服を着た生徒。その生徒は冷徹を極めた雰囲気を持つリオの配下らしく無感情にリオに声を掛けるが、リオは少し居心地が悪そうに返す。
「・・・もう一般の生徒に扮する必要性は無いわ。」
リオに促された事で、その生徒は右手を自身の首に持って行き、ぱっと見では見えない様に肌の色と同化している首輪らしきものに付いているとても小さな装置のボタンを押す。
「もう良いの?いやぁ~、やっぱり敬語は何だか落ち着かないな、どこへ行っても。」
すると今までの機械の如き無感情な敬語はどこへやら、その生徒の口調が異変レベルの変貌を遂げる。そして同時に。その生徒の風貌に突如としてノイズが走り、幻と言わんばかりに消えていく。
「まさか貴方にああいった演技が出来るなんて想像も付かなかったわ。後々の危険に対処出来る手札を温存出来たから重畳ではあるのだけど。」
「別に猫被る事が出来ない訳じゃないんだって。ただ面倒だしする価値も無いってだけで。」
そして中から出てきたのは薄い金髪ではなく、一切の色素が見えない灰銀色。瞳のアメジストは何かの冗談の様にコジマ粒子の輝きの象徴である澱みの無いライムグリーンが塗り潰す。
「それで、私の注文した武器はもう揃ったんでしょうね?再三言うけど、対物ライフルだけで抑えられる敵なんて貴方の想定した連中には当てはまらないからね?」
「それについてはリオ様に代わり私から。イサネ様の注文した武器類に関しましては既に調達を終え、現在要塞都市エリドゥ行きの貨物列車にて輸送中です。私達がエリドゥに到着する頃には既に届いているかと。」
その先程と比べて別人と言える程の変貌を遂げたそれは、先程ネルを僅か一押しで鎮圧した気味の悪いまでに機械的なミレニアム生ではなかった。それはブラックマーケットに巣食う頂点捕食者、比類する者無き無情なる獣。・・・そう、今やブラックマーケットで知らぬ者は居ない常識外の傭兵、標根イサネだ。
「・・・!」
力無くAMASの台座に座らされているアリスが、変貌の果てに現れた圧倒的力の象徴とも言える存在に光の失せた瞳が僅かに見開く。
イサネはそんなアリスをちらりと一瞥すると、特に何を言うでも、何かしらの感情を見せる事も無くリオに着いて行く。
「・・・ふっ、ははっ・・・あっははっ。」
「何か面白い事でもあったのかしら?」
「あぁいや、ただの思い出し笑い。気にしないで。」
思い出し笑いにしては少し不可解な笑い方で。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
リオに論理的にも、武力的にも捩じ伏せられ、絶望と失意に染まった空気の中アリスを堂々と攫われてしまったゲーム開発部と先生。最後まで名前を名乗る事の無かったあの生徒が部屋を出てから暫くの間、筋弛緩剤らしきものを打ち込まれたネルを介抱する傍らでアリスが連れて行かれてしまったという事実に打ちひしがれていた。
が、それでもあの生徒の「戦わないとアリスは帰ってこない」という言葉がミドリとユズの二人にかなり強く響いたのか、ただ打ちひしがれるだけの現状からどうすべきかを相談する為の動き出しは早かった。
そして現在、取り敢えずアリス、ひいてはゲーム開発部とそれなりに関わりの深いヴェリタスとエンジニア部、そしてネルの所属先であるC&Cをミレニアムタワーに複数ある会議室に集め、事情を話したのだが。
「・・・結局、会長はアリスを連れて行っちゃったんだね。」
静まり返った会議室に、ヴェリタスのハッカー、小鈎ハレの言葉が寒々しく反響する。
「ねぇ、これって結構やばいんじゃない・・・?」
「はい、非常事態です。」
それを聞いてぽろりと零した同じくヴェリタス所属のマキに、コタマが便乗する。
「では、リオ会長が部長以外を呼び出さなかったのも・・・」
「恐らく、最初からリーダーが裏切ると予測していたのだろう。」
「酷い!アリスちゃんを連れて行った上にリーダーの事も虐めるなんて!」
思っていたよりも皆々がリオがアリスのヘイローを破壊する為に攫われてしまったという事実を重く捉えてくれた。
「はぁ。」
そんな重い空気の中、傍でひたすら傍観に徹していたネルがふと溜息を吐く。
「部長?」
「ネル、まだ体の何処か痛んだりする?もしくは、動かしにくいとか。」
アカネと先生を筆頭にネルの体調を心配する一同。注目を受けたネルはおもむろに口を開く。
「目の前であいつが連れて行かれるのを、あたしはただ黙って見ている事しか出来なかった。」
「それは・・・」
だが、ネルの口から出た言葉は己の無力を悔いる言葉だった。
「リーダー、気に病む必要は無い。正面から戦った訳では無いんだろう?それに相手は薬物なんて使ってきていた。そもそも勝負する気すら無かった。」
「きっと最初からリーダーを嵌める気だったんだよ!あんなの無効だよ無効!」
確かにあの時ネルが相手をしたのは自らを04と名乗ったトキだけではない。大量のAMASに加えて更に未知の兵装。そして突如として場に乱入しネルに薬物を反応する間もなく撃ち込んだ身元不明の生徒。真っ向からの勝負かと言われれば否と言わざるを得ない。
「お前らは、任務が失敗してもそんな言い訳をするのか?きっとイサネの奴がそれを聞いたら呆れ果てるぞ。生徒会直属のC&Cはおままごとか何かなのかな?って。」
彼女の敗北を否定するC&Cメンバーに対し、ネルはあくまでも現実を見て物を語る。
「それよりも、あたしの事を物ともしないで抑え込んだあいつ。あいつは自分の事をコールサイン04と言っていた。トキっつってたっけ?アカネ、知ってるか?」
「・・・そうですね。存在は、知っていました。」
ネルに04の存在を尋ねられたアカネは、少し緊迫を増した面持ちで答える。
「コールサイン04。C&C所属でありながらリオ会長専属のメンバー。言わばリオ会長の専属ボディガードのようなもの・・・ですが、私もその正体を知ったのは今回が初めてです。」
普段からC&Cがゲームのハイスコアの如く叩き出す被害損額の内の大体を担い、それでいて単独で武を振るう脳筋、普段からして行動に明確な原理を持たない第六感全振り、そして勉学の苦手な狙撃手という曲者揃いのC&Cの頭脳担当を以てしても極一部の情報しか知らない04。
「まさか、会長が彼女を使ってこの様な事までしてくるとは。それに、奇襲とは言え部長を圧倒するだなんて・・・」
「一応言っておくが、あたしを完全に動けなくしたのはそいつじゃねぇからな。ただ、言われてみればあいつ、なんか変なもん使ってやがった。」
「リオが用意した武装だって言ってたね。」
付け加える形で出た先生の言葉に、ネルは無言で頷く。戦闘中は特に気にする余裕も無かったが、今思い返してみるとトキがあの武装とやらを使い始めた瞬間から瞬く間にその劣勢を覆して見せた。
「なぁ先生。」
トキの存在と、彼女が使っていた武装に付いてうんうんと頭を捻り始める一同を余所に、ネルは先生に問い掛ける。
「あのちびはどうして・・・どうしてヘイローを破壊するなんて話をされたのにリオの奴に着いて行ったんだ?」
ネルの鋭い目つきが先生に向けられる。敵意、戦意ではなく単純に疑問の籠った目線が。
「ヘイローを破壊する。その言葉の意味を理解して、納得した上で着いて行ったのか?」
その質問に、先生はすぐに答える事は出来なかった。あの時、アリスがその場に居た者に別れの挨拶とばかりに告げた言葉がフラッシュバックする。
「なぁ、ゲームがちょっと出来る程度のちびに、リオは何であんな事を言ったんだ?」
「・・・それは・・・っ。」
――・・・ミドリもユズも、ネル先輩も他の皆も・・・アリスは傷付けたくないです。
嘘だ。本当は全て分かっている。アリスはヘイローを破壊するという言葉の意味も、アリス自身がこのままミレニアムに居続ける事でどういう結果が待っているのかを。
(アリスは、自分の存在が皆を傷付ける結果になる事を、嫌がった。自分の冒険よりも、他者の平穏を優先した。)
恐らくアリス自身、具体的にどういう過程を辿ってキヴォトスが災禍に見舞われるのか、また自分がどんな存在で、どういったメカニズムでそういった事象と絡みついているのかは理解出来ていないだろう。だが、それでも自分の存在によって、自分が望まずとも勝手に周囲に災禍が降り注ぎ、結果として大事な人達を傷付けてしまうという事だけは、はっきりと、そして誰よりも深く重く理解していたのだろう。
「あたしだけが理解出来ていないのか?なぁ、教えてくれよ。・・・これは一体、何なんだ?」
そう問い続けるネルの声には、いつしかネル自身にも分からない苛立ちが籠っていた。
「ネル先輩・・・」
この場に居る誰もがネルと同じか、似通った思いを抱いている。そして、同時にその問いには誰も答える事が出来ないという事も、皆が思っている事だ。皆の反応からなんとなく自分と同じなんだろうな、と区切りをつけた先生は軽く息を吐くと、全体の音頭を取る様に声を上げる。
「・・・ネル。それは私も同じ事を思っているよ。でも、答えなんていくら探しても出てこない。多分皆もネルと一緒なんじゃないかな。答えの出ない問いを放棄するつもりは無いけど、一先ず状況を整理しよう。」
一層重くなった空気に息苦しさを感じながら、一同は再び状況の詳細や整理の為に先生の言葉に耳を傾ける。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
リオに着いて行く事数分。イサネはミレニアムサイエンススクール構内の端、ミレニアムタワーとは別の施設の屋上に停まっていた明らかに高そうなヘリに乗り、いつの間にか悠々自適な空の旅をしていた。
「ちっ、まさかここに来てまでもこんな物に乗る事になるなんてね。力を振るうと付いてくる金の縁ってのはどこまで行っても切れないものね。」
「私財で用意した物ではあるけど、これでも一応ミレニアムが来賓を迎えに行く時に使う為に注文した特別製よ。乗り心地はそこらの物とは比べ物にならない筈なのだけど。」
「違う、そう言う問題じゃない。・・・あぁくそ、ストレイドのコックピットが恋しいぃ・・・」
だが、当のイサネはその馬鹿みたいに高そうな内装の作りに内心のそわそわを隠し切れずにいた。
(ストレイドの、あの無機質なコックピットが本当に恋しい。それに比べてこのやたら沈み込むこのシート・・・あぁもう本当にぃっ!)
(ストレイド・・・また知らない単語が。コックピットとあるあたり何かしらの大型機械なのは想像出来るけど・・・本当に自らの秘密を隠匿する気はあるのかしら?)
ヘリの操縦を行うトキに、イサネの隣で人形の様に置かれたという表現の方が似合うレベルで意識の無いアリスを余所に、二人異なる感情を脳裏に浮かべている。
「・・・そう言えばさ、私が到着した頃にはネル以外大体が終わってたみたいだけど、アリスにレールガン向けられたりはしなかったの?いくらトキが居るとはいえあれを受けたらただじゃ済まないでしょ。」
もしこの場にトキでもアリスでもない一般の感覚を持った第三者が居たとしたら余りの気まずさに失神してもおかしく無いであろう空気の中、がっつりと足を組んでシートに沈み込み、肘掛けに思いっ切り腕を乗せて頬杖を突くという言葉とは裏腹に余りにもくつろぎ切っているイサネが、ふと口を開く。
「あぁ、あのスーパーノヴァの事かしら?確かにあれの威力は個人が携行可能なサイズの兵器にしては図抜けた攻撃力を持っていると言っても良いでしょうね。ただあれ、ボタン一つで電源のオンオフが出来るのよ。ついでに発射もね。」
「発射も・・・って事は、アリスはその危険性が発露する前からボタン一つで区画一つ吹き飛ばせる様な兵器を何の対策も無しに遊ばせてたって事・・・?」
「・・・アリスがこれから齎す災禍に比べれば遥かに安全だわ。」
「そう言う問題じゃないだろうが・・・」
ふとレールガンに付いて気になった故の問いだったのだが、結果としてキヴォトスに来る前に世界一つ壊した自分を盛大に棚に上げて呆れるイサネ。だが、話の最中で何かを思い出したのか、突如として身を起こし、
「ったく、秘密主義は結構だけどさぁ・・・まぁ私の在籍場所でもないから良いか、別に。それよりも、今回の依頼の報酬はどうなってる?」
とリオに問い掛ける。そう、傭兵にとって何よりも重要な話である報酬の話だ。
「報酬・・・そう言えば話していなかったわね。特に明確には決めていないけれど・・・そうね、この依頼が終われば、ここ当分は遊んで暮らせるくらいは渡そうかしら。」
「駄目だ具体額を提示しろ。お前の言うその遊んで暮らせるの額は人の価値観に依存するから信用できない。明確に成功報酬か終了報酬かといくら支払うと具体的な額を明示しろ。」
イサネの言葉を受け、少し考えた後に質問に答えるリオだったが、額の明示がされていないとイサネにばっさりと斬り捨てられる。
「・・・余りこういう時に支払う報酬はどれくらいにすればいいのか詳しくないのだけれど。」
「そうだなぁ・・・今回の依頼が何かを防衛する依頼だから・・・」
どうやらリオ自身もこういう場合のの依頼における報酬金の支払額について疎いらしい。まぁ基本的に何かあればセミナー直属のC&Cに任務として令達する以上詳しくないというのも納得の竜ではある。それを聞いたイサネは、キヴォトスと外の世界関係無しに自分が受けた依頼の内容と報酬金を片っ端から思い返す。
(防衛系の依頼なら・・・ラインアークのメガリス防衛・・・受けてはいないけど、提示された報酬額が確か40万Cだったかな・・・?後はこれも受諾はしていないけど、アルテリア施設カーパルスの防衛が50万C・・・どっちも単位換算で言うと40億と50億。うーん、リンクスの仕事額はあまり参考にならないな。)
だが、リンクスの仕事というのは基本的にネクストACを駆って行うものしかなく、襲撃にしろ防衛にしろ作戦そのものの規模がキヴォトスと比べてあまりにも違い過ぎる。故にリンクス時代に設定された報酬をそのまま引っ張ってくるのは余りにもナンセンスだ。
(とは言え、人の10倍のサイズの人型機動兵器でやる仕事が4、50億なんだから・・・と考えると4億5億になる訳だけど。・・・流石に仕事量に見合ってないなとすれば更に十分の一にして・・・)
リンクス=天才を成り立たせるだけの頭脳を回し、その頭に戦いの事しか詰まっていないイサネは額の提案を行う。
「そうね、防衛する都市の規模と名指しの依頼というのを鑑みてまぁ安くても500~1000万くらいじゃない?あ、でも生徒会長直々の依頼とかそういうのも掛け合わせるともう少しするか・・・?」
「・・・なるほど。」
頭脳を回した割に結構適当な額を言いながら、イサネはシートに背を預け直す。一方でイサネの提案を受けたリオは視線を下に逸らし、結構適当に額を言ったイサネと違いしっかりと考えて報酬額の提示を行う。
「ふむふむ、2000万・・・人サイズが学校のトップから名指しでの大規模依頼ならまぁこんなもんか。よし、終了報酬2000万で行こう。これが終わったらちゃんと支払えよ?」
「この作戦の成功率は妨害を加味して計算した限りだと99%。失敗はまずあり得ないわ。それに2000万くらいならこちらにしても大した損失にはならない。」
リオから渡されたタブレットに映る数字の羅列を見ながら、イサネは普段と何ら変わりない様子で頷く。そして話は終わりだと返されたタブレットに視線を落としたリオに一切思い遣る事無く質問を投げ掛ける。
「これで報酬の話は決まった。で、次なんだけど・・・」
「まだ何かあるの?貴方に依頼を出した時にも言ったけど、余り部外者に言える事は多くな――」
報酬の話を終え、もう無いかと思っていたリオは若干面倒臭そうに返すが、イサネはそのまま、
「ゲーム開発部との話の中で聞こえたんだけどさ、魔王って何?」
今どきの誰でもが知っているであろう事をさも真面目面でリオに問うた。
「え・・・そこから・・・?」
「知らないものは知らないんだから教えてよ。魔王って何の王なの?勇者って?名前だけは聞いた事あるんだけど、それが何者かってのは全く知らないんだよねー。」
「・・・その、出来ればそれは自分で調べて貰えるとありがたいのだけれど。私もゲームの知識については辞書的な知識しか有してないわ。」
つ・・・と視線を逸らしながら、気まずそうに返すリオ。
「スマホ医務室に置いてきちゃった☆」
が、対するイサネは何故かとても眩しい笑顔でこんなふざけた事を堂々と抜かしてのける。
「・・・」
ヘリの空気がこれ以上ない程奇妙にも重く静まり返る。凡そこれから殺人というキヴォトスで禁忌視すらされている事を為そうとしているには余りにも奇妙だと言える程。
「・・・イサネ様、ここはリオ様に代わり私が説明します。まず、魔王という存在は本来、宗教における――」
余りにも気まず過ぎる機内の空気を、流石に見かねたトキが運転席から声を上げる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「・・・で、その子が少なくとも戦わないとアリスは取り返せないって言って、部屋を出て行った。・・・って言うのが最後かな。」
当時も今も実際に経過した時間は5分にも満たない。が、どちらも体感時間は30分以上に感じられたその話に、誰も何も口を挟む事が出来なかった。
アリスをミレニアムだけではなくキヴォトス全体を災禍、そして終焉へと導く存在だと一方的に言い、アリスがアンドロイドだからと何の躊躇いも無くヘイローを破壊すると宣言。そして本人の意思を聞く事も、反発する周囲の言葉に一切耳を貸す事も無く、武力を以てアリスを連行――否、拉致していった。
「先生。アリスちゃんは、会長の言う通り・・・本当に・・・魔王、なんでしょうか。」
諦めに近い感情を乗せたミドリの声が、二度静まり返った会議室に強く反響する。
「私・・・私には、よく・・・分からない・・・アリスちゃんの気持ちを、ちゃんと聞いてお話ししたいよ・・・」
ユズの細い声が、一同の間を風の様に通り過ぎる。
「アリスちゃんはそんなんじゃないって、魔王なんかじゃないって、リオ会長を説得したい。・・・私、は・・・私達、は・・・」
――天童アリスは世界を滅ぼす魔王なんかじゃない。
ユズの言葉は、正にこの場に居るゲーム開発部の総意にも等しいものだった。
「先生、私達はどうすれば良いかな。私達は、どうするのが正解だと思う?」
暫くの沈黙の後、ハレが先生に尋ねる。自分達はどうすれば良いのか、と。この現状を知って、何をするべきなのか、と。
「・・・っ。」
だが、先生はそれに対する答えを出せなかった。・・・いや、本心では理解している。心の奥底ではアリスを助けに行くべきだ、まだ全てが終わった訳では無いと叫んでいる。でも、それを口に出す事が出来ない。口にしない理由など無いというのに。
(何を、躊躇っているんだろう・・・?)
自身でも理解出来ない。黙り込む理由など無いのに、答えなど明白なのに、それでも生徒に出すべき答えを口に出せない。理由も、原因も、何もかもが分からない。
「モモイ・・・」
誰もが目の前にある当然の存在に気付かないまま、ありもしない方向に、ありもしない答えに、まるで夢遊病者の様にふらふらと彷徨い始めたその時――
「こうりぃーーんっ!!」
「お、お姉ちゃん!?」
重い沈黙の中に突如として響き渡った元気で良く聞き慣れた大声に、ミドリが思わず声の方を向く。
「モモイ!?体は大丈夫なの!?負傷はっ!?」
次いで驚愕の硬直から抜け出した先生が慌てた様子で体の具合を尋ねる。だが、モモイは再びポーズを変えながら答える。
「体ならもう大丈夫!ぐっすり寝たから体力も全快!そう、今の私は、棚からポーションを手に入れ、次のステージの推奨レベル以上にレベルを上げた戦士・・・!」
レールガンによる砲撃をもろに受けたとは思えない程の元気さで、モモイは続けて。
「怖いものなんて何も無い!超強化女子生徒状態だよ!」
と、そもそもから現在進行形で女子高校生であるにも関わらず、訳の分からないことを言いながら恐らく何かもゲームのキャラのポーズを真似るモモイ。
「お姉ちゃん・・・」
一同、特にモモイが重傷を負った現場を見ていたヴェリタスの三人とゲーム開発部、そして先生が安堵に胸を撫で下ろす中、自らの双子の姉の無事を理解した妹ミドリが安堵と未だ薄れぬ絶望の入り混じった表情で一歩、モモイの方へ強く踏み出し――
「お姉ちゃん、アリスちゃんが・・・アリスちゃんがっ!」
「うわっ!なになに!?」
強く踏み込んだ勢いのまま、思い切りモモイに抱き着く。
「ミドリがアンチコメ読んだ翌日の一日限定甘えん坊モードになってるんだけど!?なんで!?」
「モモイ、アリスちゃんが・・・」
いきなり妹に抱き着かれた事により動揺するモモイにユズがモモイが意識を失ってから起きた事の全てを説明し始める。モモイは普段の騒がしさからは想像も付かない程静かに聞きに徹した。
そして話の終わりと同時に瞳を閉じて一呼吸。数瞬の後、かっと閉じていた眼を見開き、
「このお馬鹿さんが!!」
一喝。
「お、お姉ちゃん?」
「モモイ・・・?」
いきなり会議室に走ったモモイの喝に、一同が疑問符を浮かべる間もない。声を上げたモモイは不安げに自身の名を呼ぶミドリとユズを無視して話し始める。
「不可解な軍隊とか、正直難しい事は分かんないけど・・・それに皆の話を聞いていたら胸がぎゅっとして、余り上手く言葉に纏められないんだけどさ・・・でも、それでも、今の話を聞いて一つだけ確かな事があるよ!」
「確かな事?」
確固たる意志が籠った瞳で、モモイは言う。
「私達がこの事態に納得出来てないって事!」
言われてみれば確かにそうだ。ゲーム開発部と先生がリオの選択に猛反発し、命令でリオの傍に居たネルも離反という形で彼女の選択を否定した。その理由は至って単純。アリスが居なくなる事が嫌だから。
「正直アリスが魔王だろうが何だろうが、そんな事はどうでも良いの!私はアリスとこのままお別れなんて嫌だよ!特にアリスの最後の言葉、別れの挨拶でも何でもないじゃん!まともなエンディングですらない、最悪だよ!」
言葉に纏められない。故にその言葉はシンプルで、一同の悩みの核心を突いていた。
「それにあの名前の分からないの生徒だって言ってたじゃん!戦わないとアリスは取り戻せないって!まさにその通りだよ!会長だってアリスを攫う為に暴力を振るった!なら私達だって力で抵抗しても良い筈だよ!」
「モモイ・・・」
「私はアリスを連れ戻したい!って言うか連れ戻しに行くよ!皆もそうじゃないの!?」
語気強く荒く、モモイは己が意志を明確に叫ぶ。アリスを連れ戻しに行くと、ハッピーエンドを迎えると。
「・・・おい、ちび。」
咆え手が咆え終えた沈黙の中、ネルが静かにモモイに声を掛ける。
「わぁっ!な、何・・・ね、ネル先輩。」
つい今の今まであんなに堂々としていたのに、ミレニアムにおけるThe・怖い先輩ことネルに声を掛けられ、委縮してしまうモモイ。モモイらしいと言えばそうなのだが。ネルはそんなモモイの様子など気にも留めず、
「あんた・・・中々良い事言うじゃねぇか!」
にやりと不敵な笑みを浮かべる。
「う、うん・・・?」
「あんたの言う通りだ、ごちゃごちゃ考える必要は無ぇ。殴られたら殴り返せば良い。奪われたもんがあんなら奪い返せば良い。単純な話だ。・・・そう考えると、あたしに毒打ったあいつも中々に物の分かった事言ってたじゃねぇか。」
打ち込まれた筋弛緩剤の影響など既に消え去りましたと言わんばかりの様子で肩を回すネルは、モモイから自分のチームメイトに視線を移し、問う。
「なぁ、お前らはどうだ?アスナ、カリン、アカネ。」
それは半ば自身が所属するC&Cの存在意義に反する行為。自らの上官に銃口を向ける明確な反逆行為にも等しい問い。だが、それに否を唱える者は誰一人として居なかった。
「ふふ、言葉にする必要はありますか?」
「それが部長の決定なら。」
「ついてくよ~♪」
柔和な微笑、決意の固まった面持、荒事すらも楽しむ笑顔。三者が三様にネルの言葉に応と意を示す。それはこの場に居たヴェリタスの面々も同様で、ネルの言葉にうんうんと強く頷く。
「・・・先生、お願い!私達に力を貸してっ!」
皆の総意を代表して、部の存続の為に助けて欲しいとメッセージを送って来たあの時の様に、モモイは先生に助力を乞う。
「モモイ・・・皆・・・」
そして先生に、今自分の目の前で誰かに助けを求める生徒を無視するという選択肢はハナから存在していない。
「分かった。皆で一緒に、アリスを連れ戻す方法を考えようか。きっとまだ間に合う。」
自分の頬を軽く叩き、軍師脳を回す。
――アリスを取り戻す為に。
―――少女を救い、
――――トゥルーエンドでハッピーエンドな大団円を迎える為に。
話が長くない?これエデン条約始まったらどうなっちまうんだ?
いつ来るかは分からないけど、これブルアカのサ終までにオリジナルのシナリオも描いた上で間に合うんだろうな?(阿保)
そんな訳で次々回あたりからエリドゥによるアリスを巡る戦いが始まります。次回はイサネさんサイドの話を予定しています。冗長になったらごめんなさい。・・・あっそこ、既に冗長だろとか言わない!