エンジニア部という尊い犠牲(死んでない)を払い、遂にタワーの入り口まで辿り着いた先生一行。それに対しリオが切った手札はアビ・エシュフなるパワードスーツ。作者はつい最近までアビ・エシェフだと思い込んでいたが、果たしてネルは生意気な後輩を分からせる事が出来るのか...?
ネタバレ注意ですが、アビ・エシュフ攻略まで書き切ります。じゃないといい加減作者が早く次のネタを書きたくて狂ってしまうので。
注:今回は誤字脱字・変な表現多め
「おぉーらぁぁあーーッ!!」
既に日が落ち、暗闇の夜空に輝く電子の群れ。太陽という最も明るい光が消えた事により少しばかり目に悪い光の集まりとなった
「・・・」
その中央。タワーと呼称される都市の中で最も高い構造物の真下、タワーの入り口とそれを囲う広場にて、4人の人影が1人の人にしては少しばかり大き過ぎる人影と砲火を交えていた。
「ッしぃぃーーッ!落ちやがれぇッ!」
一人の大きな人影――【アビ・エシュフ】というパワードスーツを装備したリオの腹心こと飛鳥馬トキは、真っ正面から突っ込んで来た四人の内最も小柄――ミレニアム最高の単体戦力こと美甘ネルの二丁サブマシンガンの圧倒的な近距離弾幕をその巨体からは想像も付かない機動力で躱し切り、反撃のガトリング砲の連射を見舞う。
「部長、攻撃が来ます!ここは私が!」
「くそっ!」
「行くよっ!」
だが、トキと相対するのはネルとアカネだけではない。爆発によって遮られた視界の端、辛うじてまだ奥の景色の判別が効く煙のギリギリから、一人の長身が飛び出す。
「・・・!」
C&Cのナンバー2にして異次元の幸運と第六感の持ち主。コールサイン01、一之瀬アスナ。黒煙の端から飛び出した彼女は、愛銃【サプライズパーティー】を回避行動で自分の方へ移動するトキに向け、撃つ。
「あははっ!一発も当たらないや!」
「いや、問題ない。」
トキは再び自らに向けて放たれた銃弾の列を機体を左右に上手く振る事で回避するが、そこを突如として狙い撃つ声。
「・・・そこだ。」
コールサイン02こと鷹の眼の狙撃手、角楯カリン。アスナの強襲に気を取られたトキを右側面から対物ライフル【ホークアイ】で捉える。機械部分ではなく、操縦者であるトキ本体を。
「・・・リソースの再分配、完了。」
だが、それはトキの装備するアビ・エシュフにとっては既知の戦術だった。自身本体を狙って撃たれた13.9mm口径弾を、機体そのものの左右運動を続けながらも上半身だけを後ろに反らす事で見事回避してみせる。
「今のを・・・っ!?」
完全に不意を突いた様に見えた銃撃が完璧に回避され、驚愕に目を剥くカリン。一方でカリンの銃撃を躱したトキは強襲兼囮の為に一人前に取り残されたアスナに左手のトライポッドを向ける。
「きゃあっ!?」
「アスナ!?」
アスナの悲鳴と、先生の焦った声が重なる。一発で金属製のエリドゥの地面を抉る程の攻撃力を有した銃弾を、アスナは持ち前の勘と幸運を以て回避。後ろに下がった3人の所まで後退するが、それでもその内の数発が彼女の体を無慈悲に撃ち据える。
「くっ、追撃はさせません・・・っ!」
「回避可能。」
アスナが後ろに下がった分、その距離を詰めるべくトキは前進しようとする。が、すかさずアカネの銃撃と爆撃が展開される。勿論トキには掠りもしないが、彼女の前進を妨げるには十分な効果を持っていた。
「こんなに攻撃してるのに、傷一つ付かないなんて・・・!」
黒煙が晴れ、その中から現れたトキの姿に先生が有り得ないものを見た様に零す。
『特殊金属で耐久性を強化している?いや違う。耐えている訳じゃ、ない・・・?』
チヒロが無線越しにアビ・エシュフのその異常性を分析する。そう、つい今ほどC&Cが行った総攻撃は、トキ――彼女の装備するパワードスーツに傷一つ付ける事すら出来ていない。
『全ての攻撃を、無力化している?・・・っ!?また上!撃って来るよ!』
「な――!・・・ちぃッ!?くそ、躱し損なったか!?」
そして忘れた頃に上から撃ち込まれる14.5mm口径の銃弾。ターゲットにされたネルはチヒロの声で即座に回避行動を取るが、
『忘れて貰っちゃあ困るねぇ、ははははっ。あぁでも、狙撃役としては忘れて貰った方が楽なのか。うーん、随分と悩ましいねぇ!あっははははっ!?』
そして当然の様にスピーカーから会話に混じるリオ雇われの傭兵こと標根イサネ。天真爛漫なアスナの笑い声が彼女の純粋無垢の象徴なら、イサネの笑いは正気を保った狂人が放つ悪意そのままだ。凡そ聞き続けて良い音ではない。
「だが位置の特定は済んでる。ここは私が――」
『良いねぇ、狙撃勝負と行こうか・・・今君の目の前に居る門番も合わせてねぇッ!!』
狙撃なら私だと、カリンがライフルを上に向けるが、それに横から襲い掛かるはトキの操るアビ・エシュフ。イサネに完全に意識を持って行かれた事により、接近するトキに対する反応が致命的に遅れるカリン。
「なっ・・・!させるかっ、てめぇ相手はあたしだッ!!」
トキの気を引かんとネルがマガジンの残弾限りをトキに向けて掃射するが、既に相手に弾道と狙いを知られているかの様に当たらないか迎撃され叩き落される。そしてアビ・エシュフの右腕が反応の遅れたカリンに向けられ、冗談の様な火力がカリンを喰らう。
「ぐぅっ・・・!」
カリンも伊達にC&Cに所属していない訳じゃない。致命的に遅れた中でもばら撒かれた銃弾をすれすれでいなす。が、それでも致命的な遅れのマイナスはカバーし切れない。結果として左足、左脇腹、右腕にそれぞれ数発が直撃し、重い衝撃と共にほぼ吹き飛ばされると言っても良いほど大きくノックバックする。
『弾丸は到達前に迎撃され、死角からの攻撃も回避している。うん?・・・待って、このデータ量はおかしい。・・・いや、有り得ない・・・!?』
辛うじて取れた受け身のまま膝をつくカリンを後ろに居たゲーム開発部が支える中、チヒロが目の前のパワードスーツの性能について紐解いていく。
『エリドゥ全域の電力と演算機能が、あの機体に全て集中している・・・!?これほどの電力と最新鋭の演算機能で強化されたその演算能力は、未来を予知し確定させる事すら可能とする・・・』
「未来を、予測・・・!?」
未来を予知して確定させる。チヒロが驚愕のままに告げたその性能に驚かなかった者は居ない。これまでのトキは、交戦中相手の攻撃が分かっているかの様な動きを見せる事が偶にあった。恐らくは相手の動きなどを予測する機能の兵装を装備し、その演算通りに物事が動いたというのがからくりなんだろう。現に作戦会議の時、ユズがその動きについて言及していた。
「な、なにそれ!?そんなのラスボスが持ってる能力じゃん!」
予測とは、これまでに起こった物事の結果と過程からこれから起こるであろう事を客観的に推し量る事を意味し、あくまでも予想という事で外れる事もある・・・というか外れる事の方が多い場合もある。
だが、予知は違う。予知とはこれから起こる事を前もって知る事。つまり外れる可能性のある未来を想定する予測や予想とは異なり、これから起こる確定の未来が見せる姿を事が起こる前に知る事が出来る。
「それって、ただのチートじゃないですか!!」
ゲームで言うならこれから相手のプレイヤーがするであろう選択や行動を相手が実行するよりも先にこちらが情報として得られる事が出来、対策が出来る。もしくはNPCや敵キャラと言った特定のアルゴリズムで動くユニットがどう行動するかを行動の前に全て知る事が出来、完全封殺を児戯へと引き摺り落とす・・・正に
『不味い、もう戦略とか戦術を話す様な段階じゃない。』
チヒロの言う通り、最早作戦を立てた所でどうにもならない。何せ全て相手に知られてしまうのだ、如何な作戦を立てた所で実行の前に封じられてしまえばそれはもう何の効力も為さない。
『最大の変数である先生。貴方の指揮能力を奪い、終止符を打たせてもらうわ。それに、作戦を考える暇だって与えるつもりはないわ。』
「イエス、マム。・・・イサネ様、私は何の問題もありません。狙撃を敵戦力の掃討に集中させてください。」
『了解した。取り敢えず戦力順に落として行こうか。』
イサネと同様に、当然とばかりに無線に乱入してきたリオにより、トキが機体を先生へ進める。
『先生!逃げてっ!』
「くっ、でも・・・!」
最早戦術や戦闘が成り立つ彼我の戦力差は当に突き破られている。ゆっくりと先生に近づくトキに、チヒロが撤退の声を上げる。が、あと少しでアリスだという所のせいか先生の頭が撤退の選択を否定する。が――
「・・・先生。」
思考の渦に溺れかけた先生にふと耳打ちする声。アカネだ。
「先生、予想ですが、相手は恐らく陸上専用に設計されている可能性が。」
「どういう事・・・?」
「空中戦ならその演算能力も低下する・・・かもしれないという事です。」
この間僅か数秒。アカネの意見に僅かな光明が見えた先生は、はっとネルを見、声を上げる。
「ネル!戦う場所を変えよう!」
「はぁ!?」
いきなり告げられた戦場変更に、思わず喧嘩腰のまま聞き返してしまうネルだったが、次いだ「屋上に行くよ。」という何かを思い付いた先生の声に一瞬目を見開き、
「はぁ・・・わぁーったよ!あんたを信じる!」
と不敵に笑い、両手に持った
「うわぁっ!?」
「んじゃあ舌噛まない様、歯ぁ食いしばりな!アカネ、遅れるなよ!?」
「勿論です!」
そして先生を攫う様にお姫様抱っこすると、一気に加速する。
『ここで逃げるなんて・・・トキ、行きなさい!』
『トキ、ネルと先生は既に物陰に入った。言う必要は無いと思うが、不意打ちに気を付けて。』
「ご忠告感謝します。・・・では。」
一瞬の出来事に動揺を見せたリオだったが、すぐさまトキに追撃の指示を出す。
『アビ・エシュフはあらゆる攻撃を無力化する。勿論、相手の作戦も。だというのに・・・先生。一体何を企んでいるのかしら・・・?』
『確定した未来を知り得る、か・・・まぁ潰し様はあるな。思いつくだけでも3つ、いや4つか。後は・・・あれも通用するか?』
『それは有り得ないわ。確実なる未来を知る事が出来るアビ・エシュフに、凌げない攻撃など存在し得ない筈よ。』
『分かってないなぁ・・・いくら未来予知が出来たとて、戦場に絶対は無いんだよ。何かしらの要因であっさりその時の無敗が敗れる事なんて戦場じゃ日常なんだよ。』
誰よりも戦場を知る者と可能性を否定する者の会話が、戦場の移動により誰も居なくなったタワー入口前の広場に寒々しく反響した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
未来を予測するのではなく予知をするという常識外の演算能力により死角からだけではなく、タイミング的に不意打ちになった筈の攻撃すら迎撃、回避してみせたアビ・エシュフに乗ったトキをどうにかして攻略する為、先生はネルにお姫様抱っこの形で抱えられながら、エリドゥの小道を高速で駆け抜けていた。
「はっ、はっ、はっ・・・」
「ネル、そこの建物が良いかも。」
「っし、落とされるなよッ!・・・っと。アカネ!こっちだ!」
「そこですね・・・!分かりました・・・ッ!」
バイクにでも乗っているのかと言わんばかりの向かい風の中、先生はアカネの助けにより思い付いた作戦の条件に合致しそうな建物を探し出す。ネルも先生の指示に従い、指示された建物に設置されている自動ドアを突き破って中へと入る。
「ネル。まだ予想の段階なんだけど、トキの乗っているあのパワードスーツの演算能力はあれの運用を陸上に絞っているからこそって言うのがアカネの考えなんだ。」
「陸上・・・?って事は、水ン中・・・は流石に遠すぎるから空中戦とかか?いくらあたしでも空は飛べねぇぞ。」
エレベーターに乗り、お姫様抱っこから降ろして貰った先生がネルにアカネの意見とそれで思い付いた作戦をネルに話す。
「空を飛ぶんじゃなくて落っこちるって言った方が正しいかな。とても危険な作戦だけど、落下中は空中戦になる。」
「ははぁ、中々面白れぇ事思いつくじゃねぇか。良いぜ、乗った。」
高層ビルの高層階までトキを誘き寄せ、そこから窓を突き破って外に出、落下戦を仕掛けるというのが先生が思い付いた作戦の内容だ。はっきり言って並み以上の生徒にだって荷が重すぎる作戦だが、並み以上を越える実力と身体能力を有するネルならまだ可能性はある。
先生の言う様に他の生徒にこの作戦をお願いしようものなら了承よりも先に驚愕に目をひん剥かれるのがおちだろうが、ネルは不敵に笑い、その危険極まりない割にリターンの不明な作戦に己が身をベットする。
そして待つこそ数十秒、ポーンという音と共に開いたエレベーターから飛び出し、先生は銃撃に巻き込まれない様に脇へ、ネルは先生の居る側とは反対、更に部屋の入り口側の壁に張り付き、気配を殺す。
「先生、遅れました。アスナ先輩とカリンはゲーム開発部と一緒に居ます。所で、彼女はまだ・・・?」
『どうやら後方からの攻撃による阻害を嫌って追撃を遅らせているみたい。でも、もう着くよ。』
遅れてやって来たC&Cのアカネも合流。すぐさま先生はアカネに指示を出す。
「アカネ。早速で悪いんだけどここからここまでに、あれを――」
「なるほど、そういう事ですね。分かりました。ならば盛大に行きましょうか。」
指示を受けたアカネは即座に動き出し、どこから取り出したのか大量の爆薬をガラス張りの壁際に仕掛ける。
「先生、概算ですがここまでは爆風が届く計算になります。ですので、二次被害防止の為起爆の際はここ等の防壁になるものがある場所で起爆してください。」
そうして準備を終え、三人でトキを待ち構える。そして――
「目標を発見。・・・ビルの最上階に到達しました。」
さらに遅れる事数十秒。扉を破壊してトキが現れる。
『屋内・・・狭い所であればトキをまともに戦えると、そう判断したのね、先生。』
「いや、狙いはそこじゃないかな。」
無線でリオと話しながら、先生はネルに目配せを行う。入り口側の壁に張り付いていた事でトキの視界から完全に外れたネルは、その目配せににやりと獰猛な笑みで返し――
「頭上!?」
床を蹴って宙を舞い、一瞬で部屋に侵入したトキの頭上を取る。完全に油断していたのか、それとも節電か演算機の冷却の為に未来予知のシステムを切っていたのか、トキの反応が明確に遅れる。
「はッ!!」
トキの頭上を取ったネルはすかさずツインドラゴンを下――アビ・エシュフの中心にいるトキに向けて引き金を引く。
「そんな事しても無駄です!回避できますから――」
ここで初めてトキが声を荒げるが、その言葉は決して嘘ではない。二丁のサブマシンガンの銃口から吐き出された9mmパラベラム弾の雨はその全てが回避、ないしは迎撃システムによって弾かれ、床に弾痕を刻んでいく。だが――
「そうだな、その馬鹿でかい玩具なら、逃げ回れるかもしれねーけど――」
跳躍した勢いのまま、トキの真後ろを取ったネルの笑みが崩れる事は無い。
「でもそれは地上での話だろ?」
否、いつだって崩れる事は無い。それが戦闘中であるのなら。
「先生!行くぜぇッ!」
「行くよ、ネル!」
左手を上げて一同に合図を出し、自らもまた遮蔽となる机の裏に隠れた先生は、ネルの声に応える様にその右手に握った起爆装置のトリガーを引く。
「ッ!!?」
「てめぇはこっちだ!!」
同時にネルははっと後ろを振り向いたトキの背中に回り込み直し、その背に助走の無い飛び蹴りを叩き込んで巨体を窓際に寄せて自らもまた窓際に寄る。そして起爆装置から信号を受けた各爆薬にセットされた信管はすぐさま起爆。その衝撃と火によって主爆薬にも火が付き――
――爆音、衝撃。
トリガーを引いた先生はその衝撃の強さに押された遮蔽に突き飛ばされる。そしてその起爆地点に居たトキとネルは、何の抵抗も出来ないまま外に吹き飛ばされる。勿論ガラス張りの壁などクッションはおろか当人達よりも早く粉々に砕け散る。
「くっ、建物の外に弾き飛ばされた!?」
「おいおい、まさか空まで飛べるとは言わねぇよなぁ?」
外に出されたネルはすぐさま壁に足を着き、重力に従ったままガラス壁を駆ける。勿論両手に握られた二丁のサブマシンガンは絶対に手放さない。
「おら!来いよ!落下中でもあたしの攻撃を避けられるか見てやるよ!」
恐らくまだ地上に居るゲーム開発部とアスナ、カリンの5人には上空とも言える高さからビルを駆け下り、互いに二丁の銃口で撃ち合う機械の巨体と小柄な人影が見えただろう。
「しゃぁぁぁーーッ!!」
「っ!被弾・・・ダメージ軽微・・・!」
ネルは本来なら重力によって壁に足を着く事も出来ないであろう落下戦を、その驚異の身体能力を以って床を捉え、ガラスを削りながらツインドラゴンを掃射する。これまでは何をしても本体に傷一つ入れる前に避けられるか叩き落されていた銃弾がアビ・エシュフの装甲に命中し、微かながら損傷を与える。
「ちっ、装甲に当たりやがった!」
「重力加速に対する演算補正開始。エリドゥのバックアップがある以上、地上でも空中でも行動に支障はありません。」
だが、トキもトキですぐさま自らに掛かる重力の要素を演算に追加。一瞬で体勢を立て直すと、左腕をガラス壁に叩き込み、滑り止めとして落下速度を軽減。右手のトライポッドをネルに向けて撃ち返す。
「がッ!?ちっ、痛ってぇな!くそ、まじで何なんだよ!空中でも行動出来んのかよ!なんでもありだな・・・ッ!」
重力による影響の演算を終えたアビ・エシュフの射撃は、その半分以上がネルの体を捉え、彼女の体に朱を刻む。
「ってかまじでチートじゃねぇのか!てめぇ、ふざけんなよ!?」
そしてネルの射撃の命中性は落下速度の軽減と同時に回避行動すら始めたトキの前に著しく低下していく。
「ネル先輩、これで終わりです。・・・一斉掃射。」
いよいよダメージレースに明確に負け始めたネルに、トキは止めと言わんばかりにブレーキに使っていた左腕もネルに向ける。
「くそったれが!やられてたまるか・・・ッ!!」
対に左腕の射撃も始まろうとしたその時、銃弾に刻まれたネルが気合でトキの回避行動を見切り、反撃の数発を命中させる。そして更に無理矢理足で壁を蹴り下げ僅かに上昇、再びトキの上を取る。が――
「状況一致。対応再開。」
トキの操るアビ・エシュフはそれすらも想定の範疇だと言わんばかりに左腕をガラス壁に戻し、そのまま左腕で射撃する。だが、上を取ったが故に落下速度の調整という唯一の回避手段を失ったネルにはそれで十分だった。
「な、に―――!!?」
真下に向けて撃った9mmパラベラム弾ごと、ネルはトライポッドから放たれる無数の銃弾によって超一方的に撃たれ続け――
―――轟音。
周辺に軽い揺れを伴う程の凄まじい衝撃と轟音を撒き散らし、両者共に地面に落下する。
「はぁっ、はぁっ・・・ネル!大丈夫っ!?」
落下戦の開始と共に既に建物から降りるよう動いていた先生はアカネを連れ、落下地点の周囲を覆うダートスモークを気にも留めずネルを探す。
「あぁ・・・先生・・・あいつは、どうなった・・・」
「ネル!トキの様子はまだ――って、その傷!?」
土煙の範囲自体そこまで大きいものでは無かった為ネル自体の発見は容易だった。すかさず駆け寄る先生だったが、やはりと言うべきかネルは体のあちこちから大小の出血をしており、それに体を支えている筈の右足の様子もおかしい。
「あぁ・・・こんくらい・・・べつに・・・」
「ッ!!」
「ネル先輩ッ!!」
そして呂律の周りも怪しくなった口で言葉を呟きながら先生に歩み寄ろうとして、ネルはがくんと地面に倒れ伏せ、同時にヘイローを消失させる。落下地点に辿り着いたモモイ達もネルの凄惨な状態に驚愕の声を上げる。
――そして、
「・・・嘘、でしょ・・・?」
重厚な機械足の歩行音。はっとして振り向くと、そこには僅かな銃弾の掠り傷こそいくつか付いているものの、損傷と言える損傷が一切見られないアビ・エシュフの姿があった。
「あ、有り得ない・・・ビルから落ちたのに・・・」
「傷一つ無い・・・なん、て・・・」
ネルの銃撃の効果が薄かったのはまだ理解出来る。だが、地上から数十m以上の高さから落下して尚損傷が無いというのは流石におかしい。
『そもそもあれは、この先訪れるキヴォトスの脅威に備えて要塞都市と共に作った武装。そしてあれには要塞都市の機能を集中させている・・・要塞都市そのものといっても過言では無いわ。』
アビ・エシュフの異常とも言える性能に唖然とするゲーム開発部を余所に、リオは更に続ける。
『勿論アビ・エシュフの主な運用目的は名も無き神々との戦いの為ではあるのだけど、それとは別に貴方達C&Cが裏切った時に備えて準備していた物でもあった。ネル、貴方は確かに優秀だけど・・・』
そういったリオは意識無く地面に横たわり、アカネに介抱されているネルに声を掛ける。
『貴方と、貴方の率いるC&Cは同時に不安要素でもあったの。だから、いつかこの様な日が来る事に備えていたのよ。・・・トキ、シャーレの先生を回収して。』
ネルを戦闘不能にまで追い込んだことにより、最早それ以外など敵ですらないと言わんばかりにリオは指示を下す。
「・・・イエス、マ――・・・?これは・・・機体にダメージ・・・?」
指示を受けたトキはアビ・エシュフの操縦桿を握り直し、先生に向けてその機械足で踏みだそうとするが、何故かHUDに送られてくる情報にある筈の無い機体損傷の表記が混じり始める。
『隙あり・・・!モモイ!今だよ!』
「うん・・・!分かった!」
どうやらチヒロがハッキングでアビ・エシュフのシステムに干渉したらしい。恐らく鏡を用いたハッキングなのだろうが、それでもエリドゥ全ての演算能力が集中しているアビ・エシュフの防壁を一時的にも抜く事が出来るというのはこの先二度も無いだろう。チヒロの指示を受けたモモイは手に持ってた閃光弾のピンを抜き、
「やぁぁぁあっ!!」
トキの目の前目掛けて投擲する。
―――閃光。
一帯をホワイトアウトさせる閃光が走り、トキの視界を一時的に灼く。
『先生!皆、一旦逃げるよ!このままじゃ手を打つ前に皆やられる。』
「部長は私が背負いましょう。」
しかし、今この場で先生に出来る事など何一つとして無かった。ただ目の前に居る余りにも理不尽な力を持った相手に背を向けて逃げる事以外は。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『目標の逃走を確認。追いますか?』
『いえ、そこまでする必要は無いわ。トキ、貴方はタワー内の防衛に移りなさい。また二手に分かれて進行されたら貴方一人ではどうしようもないわ。』
タワーの中層階。カリンと同様、もしくはそれ以上の全長を誇る対物ライフル【quid est pax】を持ったままただ事の成り行きを見守っていたイサネは、スコープとラジオ、インコムの無線から分かり現場の様子の変化を見、おもむろに口を開く。
「リオ、トキの防衛位置をタワー内にまで下げるなら私も近接戦闘の準備を始めるよ?思ったよりも狙撃の機会が無かったし。下らねぇ問答してる時に撃っちまえば良かったか?」
『流石にそれは・・・いえ、そうね、そうして頂戴。』
リオの了承に「りょーかい。」と返してインコムを切ると、ライフルを床に置いて立ち上がる。
「えっと、両足の隠しナイフ、腰のベルトに付けたククリ、ハンドガン・・・全部OK。後は・・・ハーネスベルトにアサルトライフルのホルスター付けるか。・・・そろそろこっちも動かないとね。」
床に適当に置いてあったハーネスベルトの留め具にアサルトライフルのホルスターを装着しながら、イサネは息を吐く。
(思い出せ。あの時のあの衝撃を、セレンに貰った大切なものをあろう事か交渉材料に使われたあの屈辱を、怒りを。)
ふと目を閉じて思い返すは一昨日の夜、ミレニアムタワーで自分が味わったあの憤怒と屈辱。自分の領域を赤の他人である調月リオに土足で踏み荒らされた怒り。これまでの時間経過で薄れ始めていた復讐心を再び呼び起こす。
(こんな事思い出す必要は無いけど・・・せっかくの報復だ、徹底的に締め上げてやろう。)
「所詮大量虐殺ならぬ無為な復讐だ、刺激的・・・気の向くままにやろう。」
イサネ自身復讐が何の利益も齎さず、ただただ無意味な行為である事くらいは理解している。だが、そんな理屈だけで人の復讐心を抑えられるなら世界で争いなんて起きやしない。更に言えばイサネだって人間だ。自身の領域を土足で荒らされた怒りは倍以上にして返さねば気が済まないのは並の人間と一緒だ。
「さて、復讐もしないといけないけど、先生率いるあの面々とも戦いたいんだ、適度に痛めつけてさっさと終わらせないとね。」
復讐と闘争、どちらもこなそうとする正に醜い欲の張ったイサネの思惑だが、そんな事はどうだって良い。これまでのイサネだって力で自らの欲を満たしてきたのだから。恩人の恩に報いたいという欲と生き残りたいという欲。そして、兎に角戦いたいという欲。その全てを力を以て満たしてきた。
アサルトライフルのホルスターだけでなく、グレネードやスモークグレネード、閃光手榴弾など、様々な武器を装着した普段使いのハーネスベルトを装備したイサネは、ノートパソコンとquid est paxを手にエレベーターへと向かう。
「リオ、そろそろヴェリタスの支援が鬱陶しいと感じたりはしない?」
『相手の支援網の一つを切る事が出来るならそれは非常に効果的だけれど、ヒマリ自らが作ったあの鏡を使われてしまっている以上私のハッキング能力では太刀打ち出来ないわ。』
「・・・そこでだ!私も実はハッキングに関するカードを一枚持ってるんだよね。勿論鏡とやらに正面から打ち合う性能は無いけど、ヴェリタスの意識がトキの乗るアビ・エシュフに向ている今なら、鏡を出し抜く事が出来るかもしれない。」
『・・・詳しく話して頂戴。』
乗った。イサネはインコム越しでリオを会話する傍ら、心の中で軽くガッツポーズを取る。
「こいつはとある機械に搭載されているハッキングシステムとファイアウォールシステムをコピーして少し弄った物だ。今回はハッキングシステムの方を使ってヴェリタスを通信網から追い出す。」
『勝率は?』
「真っ向からはまず無理。だけど、エリドゥの電力を一部拝借してかつ、意識がアビ・エシュフに向いてるならまぁ行けるね。ファイアウォールも組み合わせればほぼ確実に被害が出せる。」
『仮に失敗してもリスクは殆ど無さそうね。良いわ、アビ・エシュフの稼働に影響が出ない範囲でエリドゥの電力と演算機能を回すわ。』
これで何時ぞやのミレニアムプライス数日前にスマホを乗っ取ったヴェリタスへのささやかな復讐が叶う。後はどうやってリオに復讐をするかだ。最上階に着いたエレベーターから出たイサネは、リオの指示に従いノートパソコンと管制室の操作盤を繋ぐ。
「ヴェリタスにばれない様にやるから、少し時間掛かるとだけ言っておく。」
「そうね、その前に事が終わってしまったら諦めて頂戴。」
「分かってますって。」
ノートパソコンのキーボードを叩きながら、イサネはただその時を待ち続ける。
(終わる訳が無いんだよなぁ、あれくらいで。とは言え、それはあくまで私が先生やネルの立場に居たらの話。・・・どこまで向こう見ずになれるかが今のあいつらに必要な一線か。)
幾ら生徒の為に命を張る先生と言えど、イサネの様に現実を知った上で何の迷いも無く闘争へ身を投じる馬鹿ではないだろう。
――だからこその一線。
(まぁでも、越えるだろうな。何せ今懸かっているのは生徒の命だ。先生の信条から見ても引きはしないだろうね。)
だが、イサネは確信している。恐らく先生は戻ってくると。そしてトキの操るアビ・エシュフを突破してみせるだろうと。
明確な根拠など無い。だが、
――先生は
―――事実としてこれまで幾つもの不可能を覆してきたから。
イサネが先生の勝利を確信するのに、それ以外の理由など必要無かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
イサネが一人、先生達の戦線復帰と勝利を確信している一方、当の本人達はというと、逃走の先に潜んだビルの一室で正にお通夜の様な雰囲気で重症のネルを介抱していた。
『・・・最悪の状況だね。』
チヒロの声が、虚しく沈黙の中に反響する。
『アバンギャルド君との戦いで、エンジニア部はリタイア。その体に鞭打ってイサネの狙撃の囮を買ってくれたけど意味無し。そして私達ヴェリタスがネットに接続できた所までは良かったんだけど・・・そもそもの話、遠隔支援には限界がある。』
チヒロの言葉に、反論を出す者は居ない。事実だから、変え様の無い事実だから。
『余りこういう事は言いたくないけど・・・正直、ゲーム開発部は戦力外と言って良いだろうね。それに主戦力となるC&Cは・・・』
「ネルだけじゃない。皆もう限界だと思う。ゲーム開発部だってAMASとの戦闘で先陣を切ってくれてたし・・・」
C&Cもトキと無数のAMASの群れによって疲弊している所にアビ・エシュフ。最早体の稼働限界を超えている可能性も無くはない。そしてエンジニア部は見るまでも無く、ゲーム開発部もAMASとの連戦で恐らく付いて行くのが精々だろう。
『はぁ・・・こういう事は、言うべきではないんだろうけど・・・』
深い溜息と共に、チヒロは言葉を吐く。
『ここまで・・・なのかもしれない。もう、ここから打てる手なんて・・・』
――敗北。
ずっと目を背け続けてきたその二文字が、チヒロの言葉によって鮮明な実感を持って一同を襲う。
「やっぱり・・・私達だけ・・・じゃあ、力不足・・・なのかな・・・」
「私達だけじゃ、アリスちゃんは助けられないのでしょうか?・・・アリスちゃんも皆も、何も悪い事なんてしてないのに・・・」
無理もないだろう。ただでさえ未来予知という常にこちらの全てを読み切った上で完封手を打ってくる理不尽。更には弱点であろう展開に引きずり込んでもそれを瞬く間に修正、形勢有利をその一瞬とて譲り渡す事の無いという正に完全無欠。むしろそんな代物を相手に良くここまでやれたと言った方が恐らく客観的な評価としては正しいのだろう。
だが、それでは駄目なのだ。客観的に見て「本当にこんな奴相手に良く戦えたよ」という評価で終わってしまっては何の意味も無いのだ。何故なら今の目的はリオに攫われたアリスを取り戻す事であり、アビ・エシュフとトキの存在はその道中に現れた壁でしかないのだから。
(はは・・・SRTの、Rabbit小隊の時は色々トラブルこそあったけど、最後は何だかんだ上手くいったんだけどなぁ。それにアビドスの時だって、シャーレの先生になって最初の大仕事だった割には上出来だとは思ってたんだけどなぁ。)
現実逃避に染められた思考でぼんやりと過去を振り返る先生だが、その頭脳は明確に敗因と思い浮かべた二つの出来事と今回の違いを確定させていた。
(アビドスの時とはまず相手のレベルが違い過ぎる。カイザーはPMCの兵士達やパワーローダーが精々だったけど、今回はそれよりも強いAMASが無数にアバンギャルド君とトキ。後は、イサネ。)
はっきり言ってカイザーPMC基地を襲撃した時とは敵の戦力比の次元が余りにも違い過ぎる。更に言うのであるならカイザーPMCの切り札が改良されたパワーローダー1機だったのに対し今回はパワーローダーの何十倍も強いアビ・エシュフとトキ。更にはネルとほぼ同格の戦闘能力を有するイサネ。比べる事すら億劫になる戦力差だ。
それに指揮官の質だって圧倒的に異なる。イサネの陽動に対しただ戦力の逐次投入しか行わなかったカイザー理事に比べリオは陽動のC&Cにトキを割り当て、別動隊の先生達にはアバンギャルド君という戦力を割り当てた。
「ここまで、皆が助けてくれた。皆の努力が重なって、ここまで来られたのに・・・それでも駄目なの・・・?ここで、諦めるしか・・・ないの・・・?」
モモイがその瞳に大粒の涙を湛え、まるで泣き言の様に零す。
「こんな、こんなバッドエンド・・・なんて・・・絶対に、絶対に・・・ッ!!」
ミドリが拗ねた様に、しかし明確な拒絶を意志を持って感情を口に出す。敗北、不可能、バッドエンド。負の感情を乗せた単語だけが場にやたらと残って渦を巻き、いよいよこの沈黙にすら耐えられなくなり始めた時――
「さっきから聞いてりゃあ・・・随分と・・・湿気た事を言ってんじゃねぇか?なぁ・・・?」
寝起き特有のやたらと低い声。一同がその声に反応を示す。
「ネル!?」
「気が付いたんだな!?」
美甘ネル。高層ビルの最上階から何のクッションや落下対策も無しに飛び降り、ビル壁を駆け落ちながら空中でトキと大激戦を演じたC&Cの勝利の象徴。そんなネルが、暗鬱極まりかけた空気の中、ゆらりとその上半身を起こす。
「ネル、体は大丈夫?」
「体・・・?そんなん――」
明らかに大丈夫ではない負傷度合いを問われたネルは、おもむろに足に力を入れて立ち上がろうとし、右足からくずおれる。だが、そこは意地なのか気合なのか、倒れる体を右足で無理矢理支え上げ、ゆっくりと床に座る。
「部長!無茶しないでください!かなり傷は深いんですから!」
「一々騒ぐんじゃねぇ・・・大丈夫だ。」
『いや全然大丈夫には見えないんだけど。』
アカネは勿論の事、素人である先生やゲーム開発部の面々が見ても重症と判断出来る程の傷を負って尚大丈夫だと言ってのけるネルにチヒロが冷静に突っ込みを入れる。が、ネルはそんなの知った事かと言わんばかりに口を開く。
「あたしの体の事はどうでも良い・・・それよりも、だ。・・・おいちび共、聞こえてたぞ、何だあの泣き言は?・・・ったく、自分のダチを救いに来たってのに、救いに来た側のてめぇらが先に弱音吐いてどうする。」
「うっ!た、確かにそうだけど・・・!」
「そもそもこうして迷いに迷ってたあたしらを焚き付けたのだっててめぇが言った事が始まりじゃねぇかよ。たかだか不利になったくらいで折れる様じゃその程度だぜ?」
今度はネルが皆の闘志に再び火を付ける。彼女の闘志はまだ消えていない。
「ま、確かに腕は動きそうにもねぇし、足は・・・あー、右は靭帯が切れてんな。この感じは。まじで一歩でも歩いたら吐くかもしんねぇが・・・」
明らかに大丈夫というには無理のある容体のネル。はっきり言ってこうして座って喋れている事だってぎりぎりだろう。現にそれを聞いたモモイも「それは満身創痍って言うんだよ!?」とドン引きしている。
「そんなんで諦めきれる程、あたしは往生際が良い訳じゃないんでな。・・・お前らはその辺どうなんだ?」
不敵に笑い、ネルは皆の顔を見る。
「で、でもネル先輩、もうその傷じゃ・・・」
「はッ!らしくもなく他人の心配なんてしてんじゃねぇ。」
既にやる気満々の様子なネルに、ミドリが心配の声を掛けるが、どうやらもう退く気はないらしい。ミドリの心配の声を笑い飛ばす。
「安心しろ、こんくらい気合とか根性でどうにでもなる。せっかくアリスの奴を助けにここまで来たんだ。なら最後までそれを押し通せってんだ。分かったか?」
「で、でも、あんなチートキャラにどうやって勝てばいいの・・・?」
ネルによって士気をなんとか取り戻す事は出来たが、このまま挑んだとしても未来予知を行うトキに再び返り討ちに遭うだけだ。むしろネルの容体が非常に悪い分、本当に最後になってしまう可能性だって低くはない。
「そうだな・・・」
「うーん、空中戦もあんなにあっさり対処されちゃったとなると、後は・・・」
何か作戦を立てる必要がある。それも、非常に強力で強烈な策を。
とは言え相手はモモイの言う通りチートプレイヤーの様な能力を持っている。勿論現実の実戦では卑怯もくそも無いのだが、ゲーム用語におけるチートという単語にはゲームを不正に改造するという意味以外にも正規のプレイヤーの中でも冗談みたいな強さを持った者達を揶揄する時にも稀に使われる言葉でもある。
恐らくモモイの言ったチートプレイヤーは未来予知という一人だけ立つ土俵の異なるという意味の前者が半分。そしてネルですら策ごと撃破するという冗談の様な強さを刺す後者が半分で構成されているのだろう。そんな相手を突破する作戦などそう簡単に思い付くものではない。
「もしかしたら・・・方法が・・・ある、かもしれない。」
皆がうんうんと頭を悩ませてると、ふとユズが口を開く。
「「えっ?」」
先生とモモイの声が重なる。一同の視線がユズに集中する。普段こんな量の目線を受けようものなら即座にロッカーに隠れてしまうだろうが、状況が状況だ、ユズは臆することなく話し始める。
「ネル先輩がビルから落下しながら戦ってた時、始めの方の本当に一瞬だったのですが・・・ネル先輩の攻撃が通ってるのが見えました。」
「えっ!?あの一瞬で!?」
そう、ユズには見えていたのだ。ビルの最上階から飛び出し、落下戦を行う最中で舞うガラス片の中、ネルの放った銃弾がトキの駆るアビ・エシュフに着弾しているのを。
「ふぅん、よく見えたな?そんなの。撃ったあたしでも当たってるかどうかよく分からなかったな。・・・あ、いや、装甲みてーな所に当たったのだけは見えたな。」
「さっすがユズ!UZQueen!動体視力の申し子!」
そう、普段のユズはロッカーを住処とし、部活会議にすら顔を出さない極度の人見知りなゲーム開発部の部長なのだが、そんな彼女のもう一つの顔としてUZQueenという格闘ゲームにおいていまだ破られる事無き伝説のゲーマーという顔がある。これは恐らく元からの才能とたゆまぬ努力の結果が見せた光景であり、キヴォトスの格ゲー業界においては最早伝説の存在となっている。
そしてその長年格ゲーをプレイしてきた経験により、ユズは格闘ゲームの技術やランキング1位だけでなく、ネルですら正確な識別が出来なかった落下戦における銃弾の命中の有無すらも見切る事を可能にする並外れた動体視力も手に入れた。
「しかし、何故攻撃が通ったのでしょうか?会長の言う通りならトキちゃんの武装には通用しない筈なのでは?」
ユズの報告を聞いたアカネの疑問は尤もだ。チヒロの解析曰く、設計者であるリオ曰く、エリドゥの全電力と全演算能力を集中させたアビ・エシュフは確定した未来を知る事すら可能とし、来る攻撃の全てを回避ないしは迎撃する事が出来る筈なのだ。
『・・・これは、もしもの話なんだけど。』
恐らく何かしらの要因が重なる事で攻撃が通る様になる。つまりアビ・エシュフは無敵や完全無欠ではないという事だけは証明された。が、その要因や条件が分からない。そんな時、チヒロが何か思い至った事があったらしく、仮定である事をやたらと強調して話す。
『あくまでもしも、本当に仮説に過ぎない話なんだけど・・・トキの武装に隙があるとしたら?』
「・・・隙?」
『会長は言ってたよね、エリドゥのサポートを受けているあの武装は演算によりどんな攻撃も回避か無力化する事が可能だって。この目で実際に見た限りでもそれは間違いじゃない。ただ・・・』
これまでの戦闘の様子を思い返す様に、チヒロは仮説を言う。
『ここまでの戦闘において、その両方を並行して行っている所は見た事が無いなって。』
「なるほど!そういう事なのですね。」
チヒロの気付きに、真っ先にアカネが反応を示す。遅れて数瞬、先生もチヒロの言いたい事と狙うべき要点の理解が及んだ。一方でモモイとミドリには少々言葉足らずだった様で、二人とも頭に疑問符を浮かべている。
『確かに武装の能力はチートと呼んでもいいくらいだけど、もしかしたら私達にはそう見えてるってだけで案外限界、出来ない事があるのかもしれないって話。ユズが言ってたでしょ?空中戦の始めの方でネルの撃った銃弾が当たったって。』
「は、はい・・・」
『始めの方は弾が当たった・・・それって、裏を返せばそこからは殆ど当たらなくなったという事にもなる。つまりあの武装も最初からああいう環境や状況に対する演算はしていなかった。だから
「最初の方に弾が当たったというのは、その時墜落に演算能力を割いていたから・・・!」
チヒロの言いたい事をカリンが継いで言う。
「ネルの攻撃を全て避ける為の演算にまで手が回らず、結果として隙が生まれた・・・!?」
『そういう事。何せリアルタイムで視界から入手可能なあらゆる情報を纏めてラベリングするだけでもかなりの演算能力と容量が必要とされるからね。いくら都市全体の演算能力を使ったとしても、そこから未来予知までするとなれば演算能力の余裕だってそう残ってない筈。』
「つまりその隙を作り出す事が出来れば・・・」
「倒せる様に、なる・・・?」
仮説に仮説を重ねたに過ぎない敵の弱点だが、それでもこれまでの情報から考えるにかなり現実味がある。
「でもどうやって?相手がこの弱点を知らないとは思えない。またビルの上に誘導する作戦が通用するとは思えない。」
仮説の上に立ってはいるが狙うべき脆弱性は定まった。後はその状況をどう作り出すかだ。いくら弱点を見出したとしても、その弱点に再現性が無ければ弱点とは言い難い。というか弱点を露出させる状況を再現する事が恐らく一番の難題だろう。何せ相手は相手の行動を完全に読み切る事が出来るのだ、上策程度では上から叩き潰されて終わってしまう。一撃で完封出来る策が必要だ。
「・・・ネル先輩は、近距離なら勝てる・・・そう、言いましたよね。」
「あぁ、勝てるな。近づく前にあのぶっ飛んだ能力はどうにかする必要があるが。」
それはかつてネルがミレニアムプライスの数日前、ゲーム開発部が何とかテイルズ・サガ・クロニクル2を出品し終えた後、アリス目当てに喧嘩を言う名の襲撃を掛けてきた時の言葉だ。
――そしてこの間合いであたしに勝てる奴なんか、キヴォトス全体でもそう多くは・・・
――いや、一人も居ねぇ。
レールガンの砲身を盾に、防戦一方を強いられ続けたアリスを前に言った言葉だ。ネル自身のファイトスタイルから見てもその言葉に嘘は無いと言って良いだろう。それにトキの操るアビ・エシュフはどちらもミドルレンジ以降の射程で活躍する代物であり、至近戦闘の適性は明らかにネルの方に軍配が上がるだろう。
「それなら、私にアイディアがあります。」
「・・・まじか?」
ユズの言葉にがばりと腰を上げかけながらネルが反応する。
「はい。チート相手に、与えられたルールの中で、私達が使えるハメ技が。」
ハメ技。それは格ゲーにおいて被弾による無敵時間の発生や怯み方を読み、相手のキャラクターが行動可能になった瞬間にまた攻撃を当て、怯ませる、吹き飛ばす、ノックダウンなどと言った様々な手段で再び拘束する事で相手に一切の操作をさせないまま一方的に殴り倒すという人によってはそのまま
――稀代の天才格ゲーマーは、ゲーム上でしか出来ないそれを、現実で再現しようとしている。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『ネル先輩・・・』
「うわぁ、凄い傷。よく立ってられるね?」
タワーの最上階。イサネはキーボードを叩きながら、ネルを先頭に再びタワー入口前に現れた先生達の姿をモニター越しに眺めていた。
(来る事はまぁ想像してたけど、ネル・・・貴方ちょっと負傷し過ぎじゃない?トキを倒した後私とやれる?)
イサネが心配するのはネルの負傷度合い。明らかに肉まで到達していると推察出来る出血量の傷口が体の至る所に確認出来、右足の様子が明らかに靭帯か関節に異常をきたしている人の歩き方のそれだ。
「・・・何を企んでるかは知らないけど、無駄よ。・・・トキ。」
『イエス、マム。』
明らかにこれ以上戦える状態では無いのにも関わらず当人はおろか先生すらネルの負傷を見ていないという状況に、イサネは心の中で確信する。
(・・・見つけたのか、アビ・エシュフをどうにかする作戦を。それと、誰にも邪魔されず報復を成し遂げるチャンスの到来も。)
――トキの敗北と、己が復讐の完遂。
(はは・・・今からでも昂揚が抑えられそうにないな。少しでも気を抜くとすぐに狂ってしまいそうだ。・・・歓喜で。)
――そして、待ちに待ち望んだ先生との戦い。
イサネは己の胸を右手で強く抑え付けて心の熱に蓋をし、歪みそうな己の口をきつく引き締めて狂笑と中に眠る獣の眠りを妨げない様にする。
『あぁ、そうこなくっちゃな・・・』
一方のネルは、おそらくもう立っている事すら難しい傷を抱えながらも、静かに言葉を返す。
『今度こそお互い、決着付けようじゃねぇの!!』
『ネル、頼んだよ!』
モニターのネルは先生の声に左手を上げて応えると、数歩前に進み、立ち止まったまま二丁のサブマシンガンでトキのアビ・エシュフを狙い撃つ。が、ただの通常の射撃、アビ・エシュフに乗るトキは避ける必要すら無い。
『どのような攻撃であろうと、私の武装には通じません。それにそんな手負いの状態で、これ以上の抵抗は無意味です!』
『はッ、知らねぇなぁ。・・・あたしはもう決めたんだよ。ここでてめぇを倒して、ちびを連れ戻しに行くってなぁぁッ!!おら、後輩共!あたしらのリベンジマッチだ!・・・アスナ!』
「ほう!?」
だが、その言葉とは裏腹にネルは真っ先に突撃を仕掛けるのではなく、一歩下がって部下に合図を出した。この行動にはイサネも興味津々でモニターの映像に食い付く。
『はーいっ!あはははっ、突撃~!』
アスナは相変わらずの笑顔でトキに向けて駆け出し、既に銃口を向け終えていたサプライズパーティーの引き金を引く。発射された5.56mm弾は全てがアビ・エシュフの中心、トキの体そのものに向けて飛翔する。が、
『こんな攻撃など・・・!』
これもまた通常の射撃。故に当たる事は無い。トキはアビ・エシュフの迎撃システムに銃弾を全て叩き落させると、反撃に左腕のトライポッドをアスナ目掛けて掃射する。回避機動は左へ走るという、相手の回避行動の動きを演算して。
――だが、
『っ!?全部、避けた・・・!?』
三つのガトリングガンから放たれる銃弾は確実にアビ・エシュフが導き出したアスナの回避行動の演算結果通りの場所を穿ったというのに、アスナの体に銃弾が命中した痕跡が一つとしても見受けられない。
『うん!野生の勘ってやつ?』
「はは・・・滅茶苦茶な奴だな、改めて思うよ。・・・いやまぁ私もああいう勘とかでどうにかする事は結構あるんだけどさ。」
勘だけで己が完全に回避行動を呼んだ上での射撃を被弾一つ無く避け切るアスナの第六感にはイサネも苦笑いを浮かべる事しか出来ない。正直トキが理解出来ないのも無理は無いだろうとは思う。
『カリン。』
『視覚外から・・・!?』
そんな事をしている間にもネルは矢継ぎ早に次の指示を出す。どうやら今度はカリンの狙撃らしい。アスナに気を取られ、体を左に向けてしまった事により右側に向いた背後からの一撃。
『その程度では――』
とは言え、元より背後からの攻撃にすら対応出来る演算能力を持っているアビ・エシュフ。一射目を体の向きはそのままに左に動く事で避け、追い縋った二射目三射目も同様に避けていく。
が、そこで漸く静を保っていたネルが動き出す。ネルは狙撃を避け続けるトキに正面から突っ込むと、そのままマガジンの限り銃撃を行う。
『アカネぇっ!このまま押し込むぞ!ぶっ壊しちまえ!!』
攻撃を続けてトキに回避の択を押し付けながら、ネルは更に指示を飛ばす。
『はい!部長!』
アカネは手に持った手榴弾をネルの攻撃を予測して回避した事で僅かに開いた彼我の距離の領域にばら撒く。
「入口の扉が・・・!?」
「凄い凄い!ネルが仲間を使ってる!初めて見た!」
手榴弾の爆発範囲から逃れるよう後退したトキに追い打ちを掛ける様に更に投擲される手榴弾。勿論トキに到達する前に迎撃されて中に火の花を咲かせるが、その衝撃波や破片はタワー入口のガラス張りの壁を粉々に破壊する。
『おいイサネぇッ!!てめぇ聞こえてんぞ!上に行ったら覚えてやがれ!!』
「やばっ。・・・え、えーと、その、ネル!り、リーダーらしくて良いと思うよー!」
『てめぇまじでぶっ殺すぞ!?』
「イサネ、妙なことしないで頂戴。何の意味も無いわ。」
「うっさいなぁ!?一々こんなしょうも無い事を抉らなくて良いから!」
更にはリオにまで注意を受けてしまい、思わず反抗期の娘の様に叫び返すイサネ。
『くっ・・・!』
一方のタワーの一階では、優れた機動力を持ったネルとトキの不規則な陽動により演算が複雑化し、結果として攻撃のチャンスを逃し、そしてその隙を突いたカリンの射撃に完全に踊らされているトキの姿がモニターにでかでかと映っている。
『皆、このまま真っ直ぐ。目標は目の前だよ。』
「明らかに無謀過ぎる・・・一体何を・・・?」
再び視線をモニターの映し出す戦況に戻したリオは、どうやら一度正面から戦って負けたのにも関わらず、再び正面攻撃を仕掛けてきた先生の作戦のせいで思考の沼に陥っている様だ。それをなんとなく察したイサネは思考を切り替え、口を開く。
「リオ、切れる手札は切れる内に切るから意味があるんだよ。打算で判断を遅らせるな。」
「・・・トキ!主砲の使用を許可するわ!」
『イエス・・・マム・・・っ!』
イサネの言葉を受けたリオは即座にトキに指示を下す。トキはC&Cに翻弄されながらも返事をし、無理矢理包囲網を抜ける。そしてアビ・エシュフの肩部から下に向けられていた白い2本の砲身を肩に展開。その砲口に青白い光を充填させ始める。
『タワーに電力が集まってる!皆、気を付け――』
チヒロが一同に呼び掛ける。二つの砲口に、青白い燐光が臨界し――
『発射。』
光芒が、一帯を白く灼き上げる。
「しまっ――」
――モスキート音、そして衝撃。
砲口から解き放たれた超高温の光線は、そのまま一直線に伸び、砲口の向きにある内壁に直撃、構造材を瞬く間に融解させ、爆砕する。そしてレーザー砲の閃光が晴れても尚、その威力によって破壊された内壁の破片が生み出した煙によって両者の視界が覆い隠される。
「・・・ここまでの様ね。流石に内部まで押し込まれた時は感情を優先してしまったけど、一射だけならまだ許容範囲内でしょう。」
未だ晴れない煙を見て戦いの終わりを確信するリオを余所に、イサネは接続しっ放しのノートパソコンのキーボードを叩き始める。
(先生の狙いが分かった。なら、私の為のお膳立てになってもらおうか?・・・起動。)
そして誰に気付かれる事も無くエンターキーを押し、ノートパソコンに眠っているプログラムを起動する。
(確かにこいつのハッキング能力はヒマリの作り上げた鏡とか、ヴェリタスのハッカーと比べると幾段か見劣りする性能だ。それは間違いない。けどね・・・)
イサネは心の中でかつて自らの死に際に置いて行く事になる筈だった己が半身に仕掛けた
(
ふとイサネがモニターを見上げると、そこにはレーザー砲が直撃か掠ったのか、脇腹を抑えて膝をついたネル――ではなく、カリンの姿があった。
『くっ、躱し損なった・・・すまない・・・っ!』
『カリン!?』
「・・・先生。」
即座にカリンの容体を心配し始める先生に、リオは静かに声を掛ける。
「ここまでよ。まさかアビ・エシュフの主砲まで使わせる事になるなんて思いもしなかったけど、それでももう既に限界でしょう?それに対しこちらにはまだ戦力が居る。それとも先生は、負傷した生徒を酷使させてまで僅かな可能性などと言う錯覚を周りに強要させるつもり?」
リオにしては珍しい怒りの感情。恐らくはアビ・エシュフとの最初の戦闘で疲弊、負傷したC&Cをここまで酷使させた事に対する怒りだろう。だが、それに答えたのは先生ではなかった。
『あの、会長。お言葉ですが・・・私達は決して先生に強要されたから限界の体に鞭打ってここに居る訳ではありません。』
そう、答えたのはアカネ。彼女もまた、レーザー砲の砲撃を完全には回避出来なかったのか、そのロングスカートの端が黒く焦げ落ちている。
『大切な友人を救いたい・・・ただその為だけにここに来ています。私達も先生も、大切な人を救いたいからここに居るんです。・・・そう言えばリオ会長。まさかとは思いますが、忘れてはいませんよね?』
「・・・?」
先生を庇う言葉からいきなり投げかけられた問いに、リオが首を傾げる。
『ネル先輩のもう一つの名前。・・・コールサイン・
そんなリオを気にも留めず、アカネは続ける。勝ちを確信したかの如く。
『約束された勝利の象徴。』
『なぁアカネ。いつまであたしはこうして黙ってりゃ良いんだ?』
二人の声が重なる。
『ッ!!?』
『捕らえた。』
直後、モニターに映像を送るカメラの視覚から飛び出し、トキを思いっ切り蹴り飛ばす人影。影の正体など探るまでも無い。ネルだ。
「主砲を受けて――いえ、これは・・・!」
『仲間ってのはよぉ、一緒に何かを成し遂げる以外にも、こうして一つの勝利の為にバトンを繋ぐ事も出来るんだよな。・・・つくづく凄ぇとは思わねぇか?それに・・・あれに似た様なのは前に喰らったばっかだしなぁ?カリンの助けもあるならあの程度、避けるくらい造作もねぇな。』
体に蹴りを受けたトキがよろめくのを見逃さず、ネルは更に蹴りを叩き込む。今度は助走を存分に乗せた砲弾の如き蹴り。不意打ちの蹴りを受けて判断の鈍ったトキに二撃目を躱す事は叶わず、大きく後退。そして
『中央タワーの貨物エレベーター、ハッキング出来たよ!』
チヒロの声と共に最上階の管制室のモニターに表示されるタワーの機能に異常発生の警告。同時にイサネは高速でキーボードを叩き始める。
「まさか、武装の弱点を・・・そんなやり方で・・・!トキ!今すぐにそこを出なさい!相手の狙いは――」
『遅ぇ。』
相手の狙いを遅まきながらに理解し、エレベーターから出るように指示を下すリオ。だが、もう全てが遅い。
『あたし、前に言った事あったよなぁ?あたしの間合いに入って勝てる奴なんか、キヴォトスのどこにも居ないって。・・・あ、てめぇには言ってなかったか?まぁいいや。』
『・・・』
唯一の出口をネルに塞がれ、そして扉は無感情に閉じていく。
『加速させて!重力加速度を10倍に!』
「ヴェリタスのサーバ到達。・・・まずはエレベーターのハッキングからだな。」
無線越しにヴェリタスの三人に指示を下すチヒロの声を聞きながら、イサネはその口を歪めて小さく笑う。そして、
『行った!』
「あぁそうだな。お前らの作戦は上手く行ったな。」
「イサネ?」
昇降機側と外部側の扉が閉じ、加速を始めた事で作戦の成功を叫ぶ先生の声に合わせて、イサネも口を開く。
『・・・っ!?ち、チヒロ先輩!ヴェリタスのサーバに侵入者が!』
『え!?嘘でしょ!?』
『ヴェリタスの皆!?』
『サーバとそこに接続している媒体のデータが・・・片っ端から削除されている・・・!?』
勝利の確信から一転、阿鼻叫喚の地獄と化したヴェリタス部員達の悲鳴を聞きながら、イサネはインコムを起動し、叫ぶ。
『・・・はぁ、ここまで――』
「トキ!私がヴェリタスのサーバを破壊して、エレベーターの行先を最上階に弄った!今は防御に徹しろ!まだ私が居るッ!!」
まだイサネが居るからと、不意に訪れた避け様の無い敗北に抵抗を諦めたトキは辛うじて持ち直す。
『ッ!!りょ、了解です・・・っ!』
『らぁぁぁーーッ!!余所見なんて感心しねぇなぁッ!?』
だが、耐久性を越える重力を受けたエレベーター内の監視カメラからは回避も防御も出来ず、一方的にネルに攻撃されている音しか聞こえてこない。イサネはそれを最後にマイクを切り、リオに向き直る。
「・・・さて、漸く私の出番って訳だ。」
「そうね、屋上と最上階は数mの距離があるとはいえ、10倍の重力加速度の中では数秒の差でしかないわ。」
そう言って手首を回す
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おらおらおらぁぁッ!!随分と動きが悪りぃなぁッ!新人さんよぉッ!?」
「く・・・!」
通常人に掛かる重力の10倍の力が加わる
――耐えると言うには、余りにも一方的だが。
エレベーターに押し込まれた時、ネルが言った「あたしの間合いで勝てる奴はキヴォトスのどこにも居ない」という言葉は嘘偽りでもなんでも無かった。
――ただの事実。あるがままの結果の果て。
至近距離で放たれる9mm口径の銃弾を機械腕を動かす事も叶わないまま喰らい続け、次いで放たれる槍の如き蹴りが腹に突き刺さる。
「がはっ!?」
しかし、血反吐を吐く事すら許されない。何故ならここは通常の10倍の重力下。一度倒れ伏せばもう二度と起き上がれない。トキは銃撃と殴打によって明滅し始めた意識を必死に保ち、反撃を見舞うべく機械駆動を以てしても動くのが遅くなった機械腕をネルに向ける。だが――
「だから遅いってんだよ!!」
「が・・・ッ!」
その前にネルの左拳が頭部を直撃。口の中を切りながら大きく仰け反る。上げかけていた機械腕も仰け反った影響で必要以上に上に跳ね上がり、あらぬ方向へ火を噴く。
「基幹システムに、エラー・・・!」
既にバイザーのHUDは故障し、UIのものと思われる白線が投影された映像の中をぐちゃぐちゃに走り回って逆に視界を悪くしている。それだけではなく、その投影される視界自体にもノイズが走ったり映像が乱れたりと、最早何の役割も果たしていない。
(バイザーが上がらない・・・これでは、ネル先輩の攻撃も・・・!)
挙句の果てにはバイザーが上に上がらず、強制的に視界不良の中での交戦を強いられる嵌めになっている。
「らぁぁッ!しゃぁぁッ!!おぉらぁぁぁぁあああっ!」
雄叫びと共に放たれるネルの攻撃が視界を揺らし体を揺らし、最早自分がどこを向ているのかも分からない。
(で・・・ですが、まだ・・・せめて意識だけでも・・・捨てる、訳には・・・)
嵐の様な攻撃の中、偶々運良くネルの撃った銃弾がバイザーの左端に直撃し、視界の右側が真っ暗になるのと引き換えに視界の左側がクリアになる。
「視界が・・・!」
だが、視界の左半分が戻ってきた所で最早趨勢は覆らない。レーザー砲に
――だが、
(ここさえ凌げれば、彼女が居る・・・後、2秒か1秒少し・・・!)
そう、まだリオには標根イサネという戦力が残っている。無線でも彼女は言っていた。「エレベーターの行き先を最上階に設定したから、今は防御に徹しろ」と。
(・・・申し訳ありません、リオ様。せめてネル先輩だけでもと思っていたのですが・・・それも達成出来そうにありません。後は、イサネさんに任せます。)
己の限界以上の
――しかし、それも後1秒。
アドレナリンの放出により極限まで減速された世界で、自分よりも圧倒的に速く動くネルと彼女が持つ二つの銃口から撃ち込まれる銃弾を必死にいなす。同時に飛んでくる拳打や蹴りは機械腕を無理矢理割り込ませて威力を削る。
(ここが・・・最後の正念場・・・!)
とにかくこれ以上自身の体に攻撃が飛ばない様、ほぼ反射神経だけで1秒の間に叩き込まれる数発の攻撃を自身に残されたあらゆるリソースを犠牲にして凌ぐ。そして――
―――ポーン。
待ちに待った階層到着を知らせる機械音。遂にその時が来た。
(来た・・・!)
がごぉん!という衝撃と音と共に二人に掛かる異常なまでの重力が消える。昇降機が異常な速度で上昇するという状況にエレベーターのアルゴリズムが緊急事態と判断。扉が一気に解放される。
「今です・・・ッ!」
「ちっ、逃がすか!」
正直アビ・エシュフの損傷的に、どこへ戦場を移したとしても勝ち目は無いだろう。何せ超加速したエレベーターにおけるネルの攻撃によって未来予知を可能とする演算能力は勿論の事、一撃必殺のレーザー砲やトライポッドすら既に使い物にならなくなっているのだから。
だからこそ、今ここでトキがすべき事はとにかく止めを刺されない事と、開いた扉からイサネの居る所まで後退する事。トキは追撃で放たれた蹴りを、アビ・エシュフの右機械足で無理矢理受け、そのままネルに背を向けて扉から出る。
「くっ、歩行にすら難が・・・」
精神が肉体の限界を凌駕したネルの蹴りは、元々銃弾による損傷があったとはいえ、まさかの一発でアビ・エシュフの機械足の装甲を砕き、中の駆動系すらも損傷させられる程の威力だった。だが、足を犠牲にした事で床を蹴って離脱する程度の隙は作る事が出来た。幸いな事にエレベーター内の戦闘で立ち位置が変わっていた為、後ろに下がるだけでエレベーターから脱出出来た。
「リオ様、イサネ様、申し訳ありません。アビ・エシュフは既にダメージが限界値を――」
僅かに出来た隙を使い、トキは床を蹴ってエレベーターからの脱出に成功する。そしてその衝撃で右側の機械足が壊れる事も厭わず、イサネが居る筈のモニター前にまで後退する。
――筈だった。
「リオ様?」
最後の切り札である筈のイサネの声が聞こえない。人の気配がない。
――居る筈の
自分の声に誰も返す者が居ないという不可思議の事態に、トキは疑問を覚える。
「お二方、居るのでしたら返事を――」
そして損傷により最早足枷にしかならないアビ・エシュフの切り離しすらも忘れて後ろを向き、二人の有無を確認しようとし――
――操作盤の近く、
「リオ様・・・?」
思考が完全に停止する。頭の中が真っ白になる。本気で己が幻覚を疑う。
「ここで、何が・・・?」
しかし、どれだけ見ても床に倒れ伏せるリオの姿が消える事は無い。内から溢れ出る動揺が抑え込めない。思考が疎らに拡散していき、機能しない。輪郭を朧げさせ始めた視界は、ふらふらと周囲とリオの姿を行き来するだけだ。
そんな時だった。
「・・・随分と良い様にやられたねぇ。お前も、お前の主も。」
モニターの陰から現れる一人の人影。灰銀色のロングストレートを自由に遊ばせ、万人を引き付ける整った顔立ちでありながらも何処か機械の無機質さを感じさせるその美貌。そして彼女を最も印象付ける澱みの無いライムグリーンの瞳。
「・・・イサネ様。」
「別にわざわざ様付けなんてしなくて良いって言ったんだけどなぁ。まぁどうでも良いか。」
標根イサネ。リオが今回の計画において雇い入れた凄腕の傭兵バイトは、シニカルな笑みを浮かべながら口を開く。と同時に、左手に持っていた長大な対物ライフルの銃口をこちらに向ける。銃口からは翠緑の光が限界まで充填されている事が一目で分かる。
「イサネ様?何をして――」
「これが現実だよ。恨むなら人の心を踏み躙ったお前の主を恨め。私でも構わないが。」
―――翠緑。
それが、C&Cコールサイン04、飛鳥馬トキがエリドゥのタワー最上階で見た最後の光景だった。
確かに前書きでさっさと次に進みたいとは言ったけどさ...長すぎ、普通に。
マジで何がしたかったんだ書き始めた時の自分は...(疲労困憊)