読者の皆様からはイサネさんの登場がいよいよ(パヴァーヌ二章の)ラスボス登場だ的な声がそこそこあり、原作だと最重要人物になっている筈のアリスとラスボスのkeyさんが完全に忘れ去られている事に涙を禁じ得ない今日この頃ですが、全身にコジマ粒子を巡らせれば全て同じに見える事なので、気にせず気張って行きましょう。
停止し、扉の開いたエレベーターの中で、C&Cの部長にしてコールサイン00・美甘ネルは、少しばかり信じ難い光景を開いた扉の先に見た。
「これが現実だよ。恨むなら人の心を踏み躙ったお前の主を恨め。まぁ私でも構わないが。」
「っあ―――」
ミレニアムなら誰もが最強として名を上げる
エレベーターの上昇速度を弄り、上昇中に掛かる重力が10倍になるまで昇降機を加速させるというユズの思い付きから成立した作戦によって、無敵かと思われたアビ・エシュフを駆るトキも見事大破まで追い込む事が出来た・・・筈だった。
――思いもよらぬ
そう、本来ヴェリタスのハッキングによってタワーの一階から屋上まで登り切る筈のエレベーターは、イサネの介入が入ったせいで行き先が最上階に変更。結果としてトキの駆るアビ・エシュフを削り切る事は叶わず、大破寸前の状態で最上階のスペースへ逃げられてしまった。
(誰を・・・撃ってやがる・・・?だってあいつは、てめぇの味方だろうに・・・)
だが、それだけならまだ大した問題ではない。エレベーター内の戦闘でアビ・エシュフに搭載されている
――翠緑。
だが、大破寸前の状態でエレベーターから脱したトキを待っていたのは彼女の主であるミレニアムの生徒会長調月リオではなく、無慈悲なまでに輝く極太の翠緑の光芒だった。
『先生、今のハッキングによってヴェリタスの持つサーバーに保管されていたデータの大体8割が消失した・・・辛うじて鏡は無事だったけど、これ以上の支援は出来そうにないかも。』
『くっ・・・ごめんね、こんな事に巻き込んじゃって・・・』
『そう気に病まないで欲しいな。恐らく先生が私達に声を掛けなかったとしても、私達は自ら進んでこの作戦に志願した筈だから。少し被害が大き過ぎるけど・・・これくらい覚悟してる。』
『ね、ネル先輩、そっちは大丈夫・・・?その、エレベーターが途中で止まっちゃったけど。』
あの環境下に居て尚まだ生きている無線機から、エレベーターと同じくハッキングを受け、行先数mのずれどころじゃない被害を受けたと思われるヴェリタスの声が聞こえてくる。ネルは自身への攻撃の気配が無い事を認めると、エレベーターから出、無線に応じる。
「あぁ・・・とどめを刺したのはあたしじゃねぇが、まぁ倒せたんじゃねぇかな。取り敢えず動ける奴らは最上階に来てくれねぇか?何かおかしい。」
『おかしい・・・?どういう事?』
「あたしにもよく分かんねぇんだが・・・雰囲気で何となくそう思った。」
取り敢えず今自身が目の前で見た光景から感じられた事を率直に述べ、『分かった、直ぐに向かうね。』という先生の声を聞いて無線機を固定し直す。
(はぁ・・・しかもよく見たらリオだって倒れてんじゃねぇか。くそ、ここから連戦となると大分しんどいぞ・・・?)
何せタワーはこの高さだ。先生一行が最上階に到達するまで恐らく1分は掛かるだろう。作戦の関係で一人突出して最上階に着いてしまったネルは、自分が各個撃破の的にならない様最大限警戒しながら、力無く床に倒れるリオとトキの更に奥に居る人物に声を掛ける。
「よぉ、てめぇがリオに雇われたってのは知ってたが・・・こりゃ一体何のつもりだ?」
「ははっ・・・逆にどう見えた?貴方の目に私のやった事は。」
人物――標根イサネは、その瞳のライムグリーンを爛々と光らせながら、手に持った
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アビ・エシュフを駆るトキをヴェリタスのハッキング下にあるエレベーター内に閉じ込め、通常の何倍もの速度で上昇させる事でアビ・エシュフの演算能力のリソースを奪い、攻撃の予知・回避能力を封じて倒すというユズ発案の戦術は上手く行ったと言って良いだろう。
「分かった、すぐに向かうね。・・・皆、動ける?ネルが来て欲しいって。」
「うん、大丈夫だよ先生!」
「あ・・・でも、カリン先輩は・・・それに、ヴェリタスの方も何か凄い事になってましたけど・・・」
ネルからの要請を受けた先生は無線が切れると同時にその場に居た一同に声を掛ける。が、次いだミドリの懸念に神妙な表情をせざるを得ない。何せC&Cはトキをエレベーターに押し込むためにガトリングガンの攻撃を一身に受け、カリンに至ってはネルをエレベーターに送り出す為にレーザー砲の直撃を受けた。そしてヴェリタスも恐らくイサネの仕業だろうが、リオでもない何者かのハッキングを受け、サーバーデータの大半を消失するという大損害を被った。
「いや、私はまだ大丈夫だ。先生、着いて行こう。」
『こっちの事は気にしないで。多分だけど、仮にデータが消されてなかったとしてもここから先の手助けをする事は出来ないだろうから。』
そんなどちらも満身創痍の状態に心配の声を掛ける先生だが、カリンは被弾を感じさせない動きで先生の横に並び、チヒロもまた先へ行ってと言う。
「カリン、それにC&Cの皆も、本当に大丈夫なの?無理だけは・・・」
「先生、何もアリスちゃんを救いたいと思っているのは先生とゲーム開発部の皆さんだけではありません。私達もまた、アリスちゃんを救いたいと思ってここに居ます。ですので先生。今は、私達を信じてくれませんか?」
『うん、あたしも出来るならそっちに参加したいくらいだもん。だから先生、ここに居るヴェリタスとトレーニング部のスミレ先輩の気持ちも一緒に持って行ってあげて!』
C&C、ヴェリタスにここまで言われてしまっては無理に引き止めさせることは出来ない。それに、生徒が先生を信じると言ったのだ、そんな中で自分が生徒を信じないでどうする。
「ありがとう。じゃあ皆、もう少しだけ私に力を貸して。」
「はーい!ご主人様が言うならアスナ、どこまでも付いて行くよー♪」
『私達も、部室から応援しています。だから先生、どうかアリスを無事に連れ帰ってきてください。・・・お願いします。』
今一度決心と覚悟をし直し、先生とゲーム開発部、C&Cの計7人はネルとトキを最上階へ運んだ貨物用ではなく、人が乗る用のエレベーターに乗り込む。最上階を示すボタンを押し、エレベーターが動き出すのを待つ。
「皆、準備は大丈夫?皆も薄々分かっていると思うけど、リオにはまだ戦力が居る。」
「うん・・・イサネさんだよね?」
「この状況で出てこないとなると恐らくリオ会長と共に居るんだろう・・・リーダーが無事だと良いんだが。」
確かにトキを撃破する事には成功した。だが、リオはまだ標根イサネと言う強力な手札を残している。彼女の全力をたったの一度、それも既に戦闘が終わった後の状態しか知らない先生にとってはトキ以上に未知の相手と言えなくもない。
各々が手に持った銃のリロードやマガジンチェックを行いながら、一階から最上階までの数十秒という時間をひたすらに待つ。そして――
「来た。」
電光掲示板の表記が最上階を示す。と同時に上昇による人が認知出来ない程極僅かな重力が消え、ポーンという機会の合図音と共に扉が開く。
「ネルっ!大丈夫!?」
開いた扉と同時に一同はエレベーターから飛び出し、
「先生か、こっちはまだ大丈夫だ・・・」
「ネル!無事で良かったよ!」
咄嗟に先に最上階に居る筈のネルを探す先生だが、案外あっさりと彼女は見つかった。巨大なモニターと操作盤の真ん前に、ネルは居た。全身に深い傷を負い、右足の靭帯を切っても尚平然としているのは彼女の脅威的なタフネスと、ここに来るまでに攻撃を貰う事が殆ど無かったという二点に尽きるだろう。ネルは先生一行の姿を認めると、すぐに先生の方へと歩み寄り、戦闘態勢を取る。
「ネル?」
「奥を見ろ、あいつが居る。トキに止めを刺したのも、そこに倒れてるリオをやったのもあいつだ。」
いきなり戦闘態勢に入ったネルに思わず疑問の声を上げる先生だが、次いだネルの言葉に口を閉ざす。
「リオ・・・何故・・・」
ネルの指した方向に居たのはヘイローを消して床に倒れるリオの姿。その手前、貨物用エレベーター側に転がるのは所々から火花散るアビ・エシュフを中途半端に装備したまま倒れ伏せるトキ。彼女の周囲にはアビ・エシュフのパーツやその破片が転がっており、アビ・エシュフに備わっている筈の迎撃システムすらも意味を成さない程の攻撃を受けた事が容易に見て取れる。
「無視は中々辛い事をしてくれるねぇ・・・先生?とってもとってもとぉーっても待ち侘びたよぉ?ははっ、ははははははっ!」
――そして聞こえる悪魔の如き笑い声。
「・・・イサネ。」
「ま、答え合わせなんてとうに終わってるよね。・・・なら、やろうか?」
あいつ――リオの用意したトキ、アバンギャルド君に次ぐ第三の手札、標根イサネ。先生の認識内に入るや否や、彼女は万物の天敵というその名に違わぬ底無しの闘争心を声に乗せ、その機械の如く精緻に整った美貌を狂気に歪める。
だが、先生には戦いよりも先にイサネに問わねばならぬ事が幾つかあった。
「・・・何故、リオにこんなことをしたの?貴方はリオに雇われたんじゃなかったの?」
まず一つ目は何故イサネが自らの雇い主である筈のリオを攻撃したのかについてだ。もしここがただ普通の戦場だったならこんな事を問うなんてしなかっただろう。だが、ここはキヴォトス、そして自分はシャーレの先生だ。例え敵同士のいざこざであったとしても、それが普段から発生する小競り合いでは済まされない状況である以上ラッキーとしてただ放っておくという選択肢はない。
「ははっ、それを戦場で聞くのか。まぁそうだね・・・聞かれたなら話しても良いか。」
先生の問い掛けに、イサネは狂気を充填させたその美しくも恐ろしい表情を苦笑に変え、淡々と質問に答える。
「・・・別に、傍から見れば良くある事だで片付けられる些細な問題だよ。ほら、良くあるでしょう?第三者とか、復讐の被害者から見れば些細な事だけど、当人にとっては絶対に受け入れられない事だったって話。あれと一緒だよ。」
「それが分かっているのに、どうして・・・」
イサネはあくまでも怒りを表に出さず、十分な自己分析を交えた回答に先生は思わずそう呟く。が、それに対するイサネはどこまでも平坦で揺らぐ事が無かった。所か、
「そんなん決まってるでしょ。ほら、頭では理解出来ても実際に行動には移せないとか、理解出来ても納得は出来ないとか、そういうの。先生もあるでしょう?例えば・・・リオに無理矢理アリスを連れて行かれた時とか。」
「どうしてそれを・・・!?」
こうしてあの場に居なかったイサネが知り様も無い筈の事を例に挙げて逆にこちらを揺さぶってくる。
「あははっ、ホログラム頼りの適当な変装だったけど、案外ばれないもんだね。・・・ネル、強度の筋弛緩剤を味わった気分はどうだったかな?」
「なっ、てめぇ・・・あっ、まさかあん時の気味の悪ぃ奴って、もしかしなくてもてめぇか!?」
「ご名答~!装着型のホログラム装置で外見と声質を弄って、喋り方も適当に変えれば触られない限りは結構ちゃんと変装出来るもんだね。流石ミレニアムと言った所かな。で、どうだった先生?変装した私の演説は。」
「・・・確かに思想がイサネっぽいとは感じていたから、まさかとは思っていたけど・・・そのまさかが本当に当たるなんてね。」
ネルはトキの拘束から抜け出した自分を薬の一打ちで黙らせた生徒の正体がイサネだったことに驚きを見せながらも、すぐさまやってくれたなと闘志を新たにする。先生は軽く息を吐き、話す。
「まぁ兎に角、その様子ならイサネの目的は果たせたって解釈しても良いかな?なら道を開けてくれると嬉しいな。知ってると思うけど、私達はアリスを助けにここに来たからさ。」
あくまでも交戦を避けて通る選択。ネルは既に戦う気満々の様子だが、全員の消耗を考えると、出来る事ならここでブラックマーケットの勢力ピラミッドの頂点とまで呼ばれるイサネとの交戦は可能な限り避けるべきだ。
―――だが・・・否、やはりと言うべきか。
「いやぁ・・・流石にこれで終わる訳ないでしょう?私も、アリスの命がーで道を譲れる程頭良くないからさぁ・・・ね?」
イサネは変装が案外上手く行っていた事を喜ぶ軽い笑顔から、百面相の如く表情を愉悦に歪める。
「それにミレニアムプライスの生徒会襲撃の時だってお預けを喰らわされた訳だし・・・まぁ、後はもう言わなくても良いよね?」
「はッ!やっぱそう来なくっちゃなぁ・・・ッ!・・・そんじゃ先生、頼むぜ?」
「ネルはよく分かってるねー。・・・じゃ、行こうか?」
ネルは既にこの展開が予想出来ていたと言わんばかりに満身創痍を感じさせない不敵な笑みで両手に握ったサブマシンガンを構え、イサネもまた左手に対物ライフルを持ち、右手を左腰に装備された専用のホルスターに収められたアサルトライフルのグリップを掴み、引き抜く。
「お前らも、準備は良いか?」
「ごめんね。もう少しだけ、皆の力が必要みたい。」
「あははっ!任せてよご主人様。いつでも準備で来てるよ!」
「手持ちの爆薬の数も心許無くなってきましたが・・・お二方の頼みとあれば、断る理由はありませんね。」
「大丈夫だ。いつでも行ける。」
先生のお願いとネルの一喝に応え、アスナはネルの左側、アカネが右側に展開。カリンがネルの後ろでホークアイの銃口をイサネに向ける。
「しゃぁぁぁああーーッ!!行ぃッくぜぇぇーーッ!!!」
今のミレニアムに語られる絶対強者にして紛う事無きミレニアム最強。
「ひゃっははははははッ!?あっはッ!?あぁーッはっはっはっはっはっはぁーーッッ!!!」
相手を抗う術諸共喰らい尽くし、森羅万象の理をも殺し尽す
―――勝利の象徴の咆哮が、万物の天敵の嗤い声が、電光煌く都市の頂上に木霊する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――激突。
ネルの咆哮とイサネの狂笑によって火蓋を落とされた戦いは、ネルが先手を取った。
「おぉらぁぁッ!」
お互いが全速力で彼我の距離を喰い潰す中、ネルはそのまま左手に持ったサブマシンガンをイサネに向けて掃射。牽制とも一撃とも取れる手を打つ。
――が、
「な――」
「リーダー!?」
イサネは自らの体に打ち付ける9mm弾を意にも介さず疾走し、いつの間にアサルトライフルを戻したのか何も握られていない右手を引き絞る。
「ちぃ――ッ!!」
走力を乗せ、後隙を一切考慮しない右ストレート。それに対しネルは、舌打ちと共に体を右に傾けてその致命の拳打を躱す。凄まじい拳圧がすれすれで回避したネルのメイド服を揺らす。
「カリン、大丈夫?」
「勿論だ先生。・・・外さない。」
ネルがイサネの拳打を回避した事により生まれた隙を逃がす筈も無く、カリンは愛銃であるボーイズ対戦車ライフル――【ホークアイ】の照準をイサネにピタリと合わせ、引き金を引く。
――しかし、
「遅いねぇッ!」
明らかに残心の真っ最中だというのに、イサネは無理矢理とも取れる体の反らし方で初速747m/sという速度で放たれた13.9mmの徹甲弾を躱して見せた。そしてそのままスライディングに移行し、走力を機動力に変えて拳打を避けたネルの反撃からも距離を取ってみせる。
「ははっ!?」
「ッ!!?こいつ、マガジンを直接・・・!?」
挙句の果てに、完全にフリーになっていた左手に握られていた対物ライフルを前に突き出し、逆にカリンの持つ狙撃銃の上部に着いたマガジンをほぼ無観測射撃によって吹き飛ばす。
「なんていう照準速度・・・!?」
「カリン!先生!距離を取って下さいッ!」
キヴォトス基準で見ても常識外と言わざるを得ないイサネの射撃能力に動揺する間もなく、アカネが声を上げ、先生とカリンに近寄らせない様にイサネの周囲に手榴弾をばら撒く。
「あははっ!行くよー!?」
イサネが手榴弾に反応し、起爆と同時に後方に飛んだ所をアスナが追撃を仕掛ける。
「来いよ01!その第六感だけでどこまでやれる!?」
サプライズパーティーを撃ちながら、イサネのアサルトライフルの銃撃の悉くをまるで未来が見えているかの様に躱していく。
「こっちも忘れてねぇだろうなぁーーッ!?」
「ははッ!?傷が響いてるねぇッ!!模擬戦やった時と大して変わらねぇぞネルぅ!!」
そして更にネルの蹴りと銃撃の混じった猛攻が混じるが、イサネはそれでも余裕の狂笑を崩す事無く、攻撃を捌く。
「ぐ・・・ッ!?くそ、今のあたしじゃ、まだ本気すら引き出せねぇのか・・・ッ!」
イサネに防戦一方を強いる事に成功させながらも、彼女が明らかに余裕をもって攻撃をいなしているという事実によって生まれた僅かな焦りに、ネルは心の中で歯噛みする。
(確かに今のあたしは手負いだ。普段と比べても明らかに体に上手く力が入らねぇのは分かってる・・・それでも、二人で攻め立ててるのにここまで攻め切れない事があるか!?)
今のネルはアビ・エシュフを駆るトキとの戦闘により体中に大量の銃創を作り、更には高層ビルからの落下により右足の靭帯が断裂するという何処をどう見ても病院行き確定の負傷を抱えており、隣で連携を取るアスナもまたAMASやトキとの戦闘で幾分か疲弊している。
(ここで折れる訳にも退く訳にもいかねぇが・・・どうする?イサネの奴、初対面の時に見せたあの緑の光すら使ってねぇってのに・・・)
それはネルとイサネが初めて相見えた時の事。ネルがイサネの事を偶々ミレニアムに襲撃してきたヘルメット団の一員と勘違いし、迂闊な動きを取ったイサネを校舎の壁が半壊する程の勢いで投げ飛ばしてしまった時にイサネが見せたあの力。こちらの銃撃の全てを弾き、また自らに圧し掛かる瓦礫の山を容易に吹き飛ばしてみせた翠緑の爆発。
一見ネルとアスナが一方的に攻撃し続けている様にも見える戦況だが、イサネが翠緑に輝く光を使っていない辺りまだまだ全力を出さずとも対処出来る程度だと認識されているのだろう。だが、それでもネルは焦って攻撃一辺倒には陥らない。
「過ぎた踏み込みを狩る事に特化したカウンター型の立ち回り・・・流石に先生にも種が割れたんじゃねぇか?」
「カウンター特化ぁ?そんな一辺倒な戦術、私がする訳無いでしょ――おっと、良い狙い所だねアスナ・・・けど、やっぱ疲労かぁ?」
「ちっ、余裕ぶっこいていられんのも・・・今の内だッ!」
いよいよ煽り始めたイサネに、ネルは慎重に攻撃頻度を上げていく。イサネの言葉通り恐らく本人には
「カリン!もう一度行ける?アカネ、イサネの大きめな回避行動に合わせて左から!ゲーム開発部の皆も、無茶だけはしないでね!?」
「了解・・・ターゲット補足。」
「私達の事、忘れないでくださいね?イサネさん。」
―――
「ははっ!そう来た・・・ッ!?」
ちらりとアスナの肩越しに見えたホークアイの銃口を見つけたイサネは、口角をより一層上げ、左に大きく回避――した所でアカネの撒いた爆薬が見事に起爆。PAすら張っていない状態のイサネを爆炎が呑み込んでいく。
「やったぁ!ナイスヒット!アカネ先輩!」
「まずは一撃、と言った所ですね。ネル先輩、アスナ先輩、一度下がって距離を取りましょう。」
イサネにやっとダメージと言えるダメージが通った事により、歓喜に喜ぶゲーム開発部。アカネは真っ向から攻め続けたアスナとネルに呼び掛け、一度戦線を下げようと呼びかける。普段の任務ならこの量の爆薬が命中した時点で相手は気絶しているのだが、今回はそうはいかない。アスナもネルも呼びかけに頷き、後退するべく足を止め――
「隙ひとぉーつ。ひゃははっ。」
嘲笑。そして二人の脇を一瞬で駆け抜ける人影。
「あっ、しま――」
イサネだ。この程度で倒れるとは誰も思ってはいなかったが、爆発を受けたにしてはいくら何でも動き出しが速過ぎる。
「あっはははッ!?読み違えたなぁ!美甘ネルぅッ!!」
「くそ・・・待ちやがれぇっ!!」
爆炎の中から飛び出し、前傾姿勢で先生とゲーム開発部の元へ疾走するイサネを追い掛けるネル。だが、遅れた走り出しの差はもう埋められない。
「ここは戦場だ!先生!生身でそこに立つって事は・・・覚悟、出来てるよねぇッ!?」
「くっ・・・!?」
「先生、下がって!」
そのままぶつかられただけでも骨の一本や二本など容易に叩き折られそうな速度で彼我の距離を潰すイサネに立ちはだかる様に、カリンが先生の前に立つ。
「ふっははっ!見えて無いと思ったかそれがぁッ!?・・・そぉれぇッ!!」
それに対しイサネは、右手のアサルトライフルを仕舞い、先生との距離の間に倒れていたリオの体を右腕で担ぎ上げる。そしてそれをカリンに向け、一息のままに投擲する。
「か、会長!?」
まさかの人を、それも自らの本来の主であるミレニアムの生徒会長を質量弾の如く投擲されたカリンは、驚愕に染まった顔でそれを上手く受け止める。
「はい、一手。・・・明確に遅れたね?」
「まずっ――」
だが、それがカリンにとって致命の隙となり、イサネにとって絶好の隙となった。勿論イサネの背後からはネルにアスナ、そしてアカネが全力疾走で向かってきているが、何もかもが遅い。
「墜っちろぉぉッ!!」
イサネは即座に左手に持った対物ライフルを投げ捨て、左太ももに巻き付けていたベルトからコンバットナイフを引き抜き、右手に順手持ちで握る。そしてリオを抱えて隙だらけカリンの右脇を駆け抜けながらナイフの柄の先端でその脇腹を腕だけで出せる限界の力で殴打。殴り飛ばす。
「がッ――」
内臓に響き渡る一撃によって体の中の空気が強制的に吐き出され、殴り飛ばされる。
「カリン!?」
「この状況で余所見とはねッ!!」
先生もその様を目の前で殴り飛ばされたカリンに気を取られ、完全にイサネを視界から外してしまう。勿論、イサネがその隙を見逃すはずも無く、右腕を後ろに引き絞る。
「あっ――」
声に気付いた先生がイサネに向き直った時にはもう手遅れ、狂笑を浮かべたイサネは何の躊躇いも無く引き絞った右腕を解放する。
「人の心配をしたまま死にやがれッ!!」
走力と膂力によって超加速された鈍色の鋭刃は、先生の体の正中線、女性特有の二つの双丘の間の谷目掛けて空気も音も切り裂き――
「先生・・・!危ないっ!!」
――突如として現れた小型の銃身に阻まれる。
がぎぃぃん!という銃身の金属とナイフの金属がぶつかる凄まじい音が反響し、槍の如き鋭さを彷彿とさせるイサネの突きは先生の皮膚を貫く事無く阻まれた。
「ゲーム開発部?」
「ひゃぁああっ!?」
喰らえば致命傷間違いなしのイサネの突きから先生を守ったのは、まさかのユズだった。彼女はネルとトキの空中戦の様子すら捉えるその動体視力と格ゲーで培った反射神経を以て先生の前に立ち塞がり、空気を裂いて突き出されるイサネのナイフに自らの持つ愛銃【にゃん'sダッシュ】――M320ベースのグレネードランチャー――の銃身を当てる事で見事凌いで見せた。
「ッ!!?ユズっ!?」
だが、殴り飛ばされたカリンに完全に意識が向いてしまった先生は何が起きたかも分からぬまま、イサネの走力と腕力が合わさった接触力に勝てる筈も無く押されたユズに巻き込まれる形で地面に押し倒される。
「イサネぇッ!!」
「ははっ、ゲーム開発部も案外ちゃんと動けるね――ッと、危ない。」
一方で先生への攻撃に失敗したイサネは自らのすぐ後ろに迫ったネルとアスナを左に、円をなぞる様にして躱す。
「ユズ!?先生!?大丈夫っ!!?」
「何処か刺されたりは・・・ッ!?」
「だ、大丈夫。どこも痛くないよ。」
何が起きたかも碌に視認出来ないまま、床に倒れ込んだ先生とユズを見て、血相を変えて二人に駆け寄るモモイとミドリ。脇腹に強烈な一撃を貰ってしまったカリンも脇腹を抑えながら立ち上がり、アカネもそこに並ぶ。更にその前にはアスナとネルのツートップ。
「・・・先生。」
「・・・どうしたの?イサネ。」
再び攻撃態勢に入ったC&Cに視線を送り、そしてモモイとミドリに心配されながら起き上がった先生に、イサネは右手にアサルトライフルを握りながら声を掛ける。
「まさかとは思うけど、先生だからって決して撃たれないなんて思ってないよねぇ?」
溢れんばかりの翠緑を湛えた瞳を爛々と光らせ、僅かながらに
「・・・先生として最初にあの子達の指揮を執った時、実際に銃弾を受けても痛いで済んでいる生徒達の姿を見たあの時から、自分が銃弾に斃れる覚悟はずっとしてきてるよ。」
「なら良いんだよ。さて、続けようか?どちらが先にくたばるかな?」
拮抗していた気勢を瞬く間に上から塗り潰したイサネは、いつの間にか拾い上げていた対物ライフルの銃口を今度はアカネに定める。
「アカネ、右!」
イサネが引き金を引くと同時に先生が叫ぶ。アカネも即座に指示を聞いて右に飛び、その僅か1秒以下後にアカネの頭のあった場所を銃弾が穿つ。
「てめぇの相手はあたしだ!」
アカネの回避に合わせてネルがイサネに突撃、二丁のサブマシンガンによる近距離弾幕で彼女の手に持った
「ふぅん?良いね、中々面白い。」
ツインドラゴンの銃撃によって形成された弾幕を大きく右に飛ぶ事で避け、更に自身を追い縋る射線から逃げながらも右手のアサルトライフルで応戦。その最中で床を蹴り、円を描く様に動く事で銃撃を避けながらネルとの距離を詰める。
「リーダーの所へは行かせないよ!」
ネルの銃撃から逃げながらも距離を詰めようとするイサネの魂胆を、イサネよりも先に察したアスナが今もかなり速度でネルに接近を試みているイサネの丁度目の前に立ちはだかる事で潰す。
「やる・・・ッ!」
「カリン!」
自身の1m目の前にアスナが現れた事によってイサネが足を止め、そこをすかさずカリンが狙い撃つ。アビ・エシュフのレーザー砲、ナイフの柄という鈍器での殴打によるダメージを感じさせないカリンの狙撃はイサネの冗談みたいな超反応により直撃こそしなかったものの、代わりとして彼女の左手に持つ対物ライフル上部に装着された長距離用スコープを破砕する。
「ははっ!、これは中々悪く―――なッ!?」
「ミドリ!」
「大丈夫です・・・先生!指示をください!」
アスナの攻撃をいなしながら、スコープなど必要ないと言わんばかりにquid est paxの銃口をカリンに向けるイサネだったが、そこをミドリの愛銃【フレッシュ・インスピレーション】――G3SG/1というマークスマン仕様のG3A1をベースにしたモモイのユニーク・アイディアに似たデザインのアサルトライフルが狙う。
「流石にこの数相手だとしんどいかぁ!?よっしゃ、ピンクのちび!あたしに合わせろ!」
「え、えぇっ!?私じゃ着いて行けないよ!?」
「いいから適当に合わせろ!畳み掛けんぞ!」
そしてイサネが見せた明確な隙を逃す者など、ここには居ない。ネルはすぐさまイサネの真っ正面に躍り出、銃撃と蹴り、そして拳打とあらん限りの攻撃の手札を切る。そしてネルに一喝されたモモイも、余りにもレベルの違い過ぎる戦場に呼ばれた事に困惑しながら、ネルの背を追う。
ネルの猛攻、ゲーム開発部の息の合った援護攻撃。そして僅かな合間にも差し込まれるカリンの射撃に反撃を許さないアカネの爆撃。更にはアスナの遊撃も合わさり、今度こそ完璧な防戦に移らざるを得なくなったイサネ。
「イサネさん、貴方の実力はミレニアム・・・いえ、キヴォトス全体で見ても目を見張るものがあります。特に近距離以遠の戦闘では部長相手でも貴方に軍配が上がると言っても良いでしょう。」
「へぇ・・・ッ!そいつはっ、中々・・・ッ!嬉しい評価だねッ・・・!」
一同の息の合った大規模な攻勢を前に反撃はおろか回避すらまともに叶わず、回避や防御の度に銃弾や打撃が身体を掠めるなり喰らうなりしては一歩二歩と距離を取るイサネに、アカネが微笑を以て語り掛ける。
「・・・ですが、それでも私達C&Cを相手にするという事はこういう事です。そこにゲーム開発部の皆さんの助力と先生の指揮が加わっているとなれば、幾らブラックマーケットを中心に武名を鳴らしている貴方と言えど、流石に無謀だったのではないですか?」
C&C。ミレニアムサイエンススクールの生徒会組織であるセミナー直属のエージェント集団であり、名を聞いた悪党を震え上がらせるミレニアム屈指の武力を有する戦闘集団。彼女達の任務遂行に「お掃除」という隠語が使われる程、リーダーである美甘ネルを筆頭に、ミレニアムに害をなさんとする者や勢力を内外問わず一方的に叩き潰してきた。それこそ相手の実力問わず。
アカネの言葉には何の嘘偽りや誇張も無い。むしろ、その言葉にはこれまでC&Cが任務・依頼という形でありとあらゆる組織や武力を叩き潰した事で培われた確かな経験と練度、そして群を抜いて優れた戦いの才覚を含んだ重みがあった。
「結局の所、お前は何が言いたいんだ?・・・あっははっ。」
――だが、それでも彼女は笑う事を止めない。
ほぼネルとアスナのみを相手にしていた先程と違い、タワーに辿り着いた戦力全ての攻撃を一身に受け続けている状況においても尚、イサネは笑う。
勿論イサネだって一方的に攻撃され続ける状況が苦しく無い訳では無い。一つ避けても必ずどこかしらから銃弾が襲い、防御も碌に完遂出来ず攻撃すら出来ない状況が苦痛以外の何物でもないというのは
「・・・ははっ。」
標根イサネは他の戦いが好きと言う者達とは明確に違う点がある。それは自身が戦いに求めるものだ。彼女が闘争に自ら望んで身を投じるのは、美甘ネルの様に勝利の為でも、空崎ヒナの様に仕事だからという理由でもない。彼女が闘争に身を投じるのはひたすらに極限、もしくはその先を臨む為だ。
かつて強者とひたすらに殺し合い、幾度となく死神の鎌を弾き返し、
「・・・はははっ。」
故に
「あっはははははは・・・ッ!?」
瞳を染めるライムグリーンが僅かな輝きを持ち始め、頭上に浮かぶヘイローを構成する翠緑の粒子が成す対流が加速する。
心に薄昏い火が灯り、闘争心の器が満たされる。獣が目を醒まし、返り血で染まった赤黒い身を起こす。
「ひははッ!?私に、その一線の先を見せろぉッ!!」
血濡れの獣がその口を開け、牙を見せる。あらゆるものを貫く返り血と牙の被食者の血肉によって鍛えられた凶刃の如き白い牙を。
返り血垂れる瞼から見える瞳はぎらぎらと輝いている。その視線で射抜いた者の魂を串刺しにし、その心を殺し喰らう根源的な恐怖を象徴するその双眸を。
そして腹の底から、地獄の底から現世に響く異様な唸り声を上げる。聞いた者の魂を凍てつかせ、立ち向かう意思を粉々に打ち砕く頂点捕食者の闘争を表すその唸り声を。
「ネル!アスナ!下がって!」
圧縮、そして解放。
何かを察した先生の叫びにより、最前線でイサネに畳み掛けていたネルとアスナが床を蹴って後ろに大きく飛ぶ。直後、イサネの体から半透明な翠緑の膜が形成され、すぐに解放される。圧倒的なまでの衝撃波が放たれ、威力を持った風圧が後ろに飛んだ事で距離を取った筈のネルとアスナを押し流す。
「なぁっ!?」
「きゃっ!?」
ネルは勿論の事、流石のアスナもこの範囲の広さまでは察する事が出来なかったのか驚愕に染まった顔で吹き飛ばされ、受け身を取る。
同時に中衛に位置していたアカネと才羽姉妹はその圧倒的なまでの爆発閃光により反射的に手で視界を塞ぐ。そして後衛の位置に居た先生とカリン、ユズはその閃光によって視界が灼かれる事は無かったが、白に近い翠緑の閃光による視界不良は避けられない。
「ネルとアスナは・・・?」
「くっ、あの時のあれが今ここでか・・・ッ!」
明らかに爆風に巻き込まれたネルとアスナの心配をする先生に、イサネとの初邂逅時に見たあの翠緑の光の登場に本番がこれからだという事に歯噛みするカリン。
「ネル、アスナ・・・大丈夫!?」
「あぁ、あたしもアスナも大丈夫だ。だが、どうする先生?あの状態のあいつは、はっきり言ってやべぇなんてもんじゃねぇぞ。」
「それは・・・」
「このままアスナと一緒に真っ向からぶつかっても良いが、考え無しにぶつかったとしてどこまで持つかは分かんねぇぞ。」
先生の心配の声にすぐに返事を返すと同時に流石にこのまま戦うのは不味いと策の必要性を先生に求めるネル。消え去った閃光の先、明らかに理性のたがが消えた狂笑を浮かべて立つイサネの姿があり、その誰もが彼女の姿を見据える。
「あの半透明な薄い膜、やはり展開も自在でしたか。ぱっと見た限り、生半可な攻撃ではあの膜を貫いてイサネさんにダメージを与える事は出来ないでしょう。」
そして同時に、彼女の周囲に薄く展開される
「バリアって事!?ミレニアムプライスの時はあんなの無かったよ!」
「えっ?生半可な攻撃は効かないって・・・これもチートじゃないですか・・・!?」
初めて見るイサネの姿にこれもまたチートだと驚愕するモモイとミドリ。
「いや、恐らく弱点がある筈。それにあれの本質は攻撃を凌ぐバリアの筈だから・・・皆、タイミングを合わせて!一斉攻撃であれを破るよ!」
だが、C&Cは一度、先生に至っては幾度も
「3カウントで行くよ!3・・・」
飽和攻撃である。同タイミングであらゆる方向から出せる攻撃の全てを打ち込み、イサネの張ったバリアの防御能力を上限値まで削り込む事でバリアを破壊するという作戦だ。
「2・・・!」
先生の合図に合わせ、一同が銃口をイサネに向ける。それに対するイサネは「来るなら来い」と言わんばかりの余裕さでその場から動かない。
「1・・・!」
計8門の銃口がイサネを狙う。彼女はまだ動かない。一秒以下の停滞。
そして――
「0!攻撃開始!」
攻撃開始の合図。直後に8門が火を噴き、様々な口径の銃弾がイサネに殺到する。更にはアカネの振るった両手から、5つの手榴弾がイサネ目掛けて宙を舞う。
「くたばりやがれッ!!」
「あははっ!一斉攻撃~!」
「絶対に撃ち抜く。」
「この量の攻撃、耐えられますか?」
ツインドラゴンがその大顎から銃弾の炎を吐き、サプライズパーティーがその炎に射撃を合わせる。そしてサイレントソリューションの銃口が9×19mm弾を撃つ出す傍ら、イサネの周囲にばら撒かれた5つの手榴弾が爆炎を生み出し、ホークアイの鋭い一睨みが爆炎を貫いて突き刺さる。
「こ、これでもくらえ~!」
「絶対に当てる・・・!」
「あ、当たって・・・!」
銃身にモニターを装備したにゃん'sダッシュから放たれた擲弾がアカネのばら撒いた手榴弾の爆炎を助長させる。更にユニーク・アイディアとフレッシュ・インスピレーションが阿吽の呼吸で銃弾を放ち、飽和攻撃を増大させる。
凡そ一人に対して行われるには過剰な量の攻撃だが、バリアの防衛能力の上限値を上回る飽和攻撃としてはこれ以上ない程の効果を持っているだろう。
――だが、
「ははっ、久しぶりに見た弾幕量だ。」
これまで一人に対しては明らかに過剰な攻撃量を前にイサネあくまでも笑う。そして一歩、右足を前に踏み出し――
「ははっ。」
消える。
「消えた!?」
否、消えた様に見えた。今の今までイサネの居た場所に残っていた僅かな翠緑の粒子が、消えたというオカルトじみた錯覚を一瞬で修正する。と同時に先生に与えられた極僅かな選択と判断の時間を奪う。
「かは・・・っ!?」
そしてタイムオーバー。中衛に位置していたアカネが突如として現れたイサネの膝蹴りをもろに腹に受け、体がくの字に捻じ曲がる。
「アカネ!?」
「アカネ先輩ッ!!」
キヴォトスの住人を以てしても常識外な一撃を鳩尾を含めた内臓系に受け、体中の空気を強制的に吐き出されると同時に全身が強制的に脱力させられる。脱力によりサイレントソリューションを握っていた右手が緩く開き、ハンドガンが脱落する。
そしてイサネはそれを見逃さない。彼女は今にもアカネの右手から離れようとしているハンドガンを一瞬で奪い取り、マガジンに入った弾の限りを本来の持ち主であるアカネの頭部に撃ち込む。腹に尋常を超えた衝撃を受けたアカネに抵抗する余力が残っている筈も無く、頭部に十数発という銃弾を受けたアカネは悲鳴を上げる事も叶わないまま、ヘイローを消失させて倒れ込む。
「くそがッ!なんつー速さだ!」
イサネが飽和攻撃の前から姿を消し、そして現れてから僅か2秒。一同が反応する間もなく中衛に切り込み、実力者である筈のアカネを一切の抵抗すら許さずにノックダウンさせるという特殊部隊もかくやと言わんばかりのその手腕に驚愕している暇もない。ネルはアカネがヘイローを消失させると同時にイサネに飛び掛かる。
「ひゃはっ!はっははははッ!?」
自身に向かって一直線に強襲を掛けるネルに応える様にイサネも突撃。彼我に遭った数mを瞬く間に喰らい合う。
「らぁぁぁーッ!」
「あーっはっはっは!」
二つの影が彼我の距離丁度半ばで交錯。と同時にネルもイサネも蹴りを選択。交錯の瞬間い両者の足が互いに向けて打ち込まれる。
「がッ!!」
「ぐぁあっ!!」
ネルの回し蹴りがイサネの左脇腹を打ち据え、イサネの前蹴りがネルの胴の左側を打ち抜く。ダメージ勝負は攻撃箇所が急所に近いという点とブーツに金属板を仕込んでいた点でイサネに軍配が上がるだろうか。だが、それとは別にネルは全く思いもしなかった気付きを得る。
(あたしの蹴りが・・・通った?)
そう、通ったのだ。今イサネが張っている
(銃弾は通らねぇのに、一体どういう事だ・・・?いや、慌てんな。一旦距離を取ろう。この状態のあいつは殴り合いでも十分以上に強ぇ。)
イサネの目の前で止まるのは不味いとしてネルは一旦距離を取り、先生に呼び掛ける。
「先生!あいつのあのバリアについてなんか知ってる事はあっか!?」
「ど、どうしたの急に!?」
「良いから教えろ!」
モモイとミドリからアカネの介抱を引き継いでいた先生はネルの突然の言葉に驚くが、それでも何とか記憶の海からイサネの見せた翠緑を手繰り寄せ、口に出す。
「えっと、確かイサネから聞いた話だと・・・あれはアサルトライフルの銃弾とかの飛翔体の勢いを減衰させる力場・・・だったかな。」
「・・・あいつ思ったよりも口が軽いな。いや、それともこの程度なら知られても問題ない情報って事なのか・・・?」
先生の口から聞かされた情報をすぐさま今さっき起きた事と照らし合わせ、推測を立てる。
「なぁ、もしかしてだけどよ。あいつのあのバリアで防げんのは銃弾とかが限度なんじゃねぇか?」
「どういう事?」
「こう・・・なんて言うんだ?銃弾とかの飛ぶ奴とかには十分な効果を発揮出来るけど、今のあたしのやった蹴りみたいな・・・物理的、って言うのか?いや、違うな・・・」
だが、元よりバリアなどミレニアムを以てしても研究が進んでいるとは言い難い分野だ。そう簡単に言語化など出来ない。思い付いた事を何とか言語化せんと悪戦苦闘するネルだったが、そこで思いもよらぬ助け舟が出される。
『なるほどね。つまりはあのバリアは銃弾とかの直接的な動力源を持たない飛翔体に対しては強い効果を持つけど、今のネルの蹴りみたいに攻撃したものそのものにれっきとした動力が付いている場合には効果を発揮しにくいって事かな。』
「チヒロ!」
長らく沈黙していた無線からの声。ヴェリタスの部長代理こと各務チヒロだ。
『恐らくだけど、ネルの予想は正しいと思う。あのバリアがある状態での銃撃は基本的に無意味だと思った方が良いね。まぁあの瞬間移動についてはまだまだ分からない事だらけだけど。』
ネルの推測を見事言語化したチヒロに、先生は更に戦略を構築する。
「ちゃんと抜け穴はあるみたいだね。・・・でも、どうしようか。この中で格闘戦が出来る人って・・・」
「リーダーを除くなら・・・アスナ先輩かな。」
「・・・かなり辛い戦いを強制されるけど、やるしかないか。ネル、アスナ、まだやれそう?」
一度演算能力を飽和させればある程度は攻撃が通ったトキのアビ・エシュフと比べ、銃撃というキヴォトスでは最も普遍的で当たり前な攻撃手段を封じられた状態か、もしくはあのイサネを相手に超短時間にバリアの防御限界に達する程の攻撃を浴びせるというどちらもかなりシビアな戦闘条件。
「勿論だよ!ご主人様!」
「はッ、あたしを誰だと思ってやがる。足が切れた程度じゃ何ともねぇ。」
だが、常に苦しい戦闘を強いられ続けてきたネルもアスナも先生の声に平然を応を返す。
『ゲーム開発部の皆、アカネがまだ持ってる手榴弾を使って二人を援護してあげて。爆発なら銃火器よりも効率的にダメージを与えられるから。それとカリン、あなた持つ狙撃銃なら貫通できるかもしれない。』
「う、うん!」
「了解した。」
チヒロの指示を受け、ゲーム開発部はアカネがまだ持っていた手榴弾や爆薬を両手に持ち、カリンは対戦車ライフルを構え直す。
「・・・準備できたー?あっははぁッ!?」
「おうよ、てめぇも、準備出来てんだろうなぁッ!?」
三度目の対峙。そしてネルは深く一歩踏み出す。最早気力と根性だけで戦っていると言っても過言ではないが、それでも彼女の走りは普段のそれと遜色ない程に早く、そして力強い。
対しイサネは軽く構えると、PAに回していたコジマ粒子を充填。AMS接続口からネクストに
「はははッ!?追って来いよ!」
「またそれ――」
一歩踏み出し、解放。またさっきの瞬間移動かと予想したネルが咄嗟に横に避ける。だが――
「遅い!?」
先程の
「残念っ!オーバードブーストぉ!!」
QBとは異なり、移動中に進路を横へ逸れたネルへと捻じ曲げたイサネは対物ライフルを投げ捨て、自身の後ろ腰に装備したククリナイフを抜く。そして数字にして300km/hを超えようとしている速度をそのままに、すれ違いざまにククリを振るう。
「しぃっ!?」
だが、ネルは凡そ目視が限界な速度で己の身に迫るククリナイフに反応。反射神経と勘だけで体を反らし、すれすれながらも致死の刃と化した一撃を掠らせる事も無く回避して見せる。
「――っく、あ、あぶねぇ・・・あと少しで首がまじに飛んでたかもしれねぇ。」
「ははっ、惜しいねぇ。まぁ急所を吹き飛ばさなくて良かったってのは私も同じだけどね。」
「殺人は流石に不味いからねぇ」とけたけた笑うイサネに、ネルがその刃を躱し損なった時を想像して思わずぞっとする先生。だが、また戦いは終わらない。すぐさま至近距離での攻防を始めたネルを援護するべく、声を上げる。
「モモイ、ミドリ!爆弾で援護して!アスナ、カリン!頼んだよ!」
ここに来てトキとの戦闘で負った傷の影響が明確に表層化したのか、どうにも踏ん張りがきかなくなり始めたネルがかなり押され気味となっている。更にはイサネの
「くそ・・・踏ん張りが、効かねぇ・・・ッ!」
「リーダー!代わって!」
いよいよ精神だけではどうにもならない限界が来ている事を理解させられ始めたネルの右横から、援護に駆け付けたアスナが割り込む。イサネの振るった銃身をサプライズパーティーの銃身で受け止め、蹴りを放つ。勿論イサネは即座に反応。後ろに下がる事で避けられてしまう。
「リーダー、後は私が頑張るよ!」
「すまねぇな、アスナ。すぐ戻る。」
だが、イサネが回避の為に後ろに下がった事によりアスナがネルの前に入る事に成功する。ネルはアスナに礼を言い、今更になってじくじくとした激痛を訴え始めた全身とそれを上書きする程の痛みを神経に刻む右足を抑え、呼吸を整える。
「悪くない!悪くないねぇッ!ひゃははッ!?」
「うぐぐ・・・強い・・・!」
普段からその超常的な第六感と女神さながらの幸運を以てあらゆる事態をどうにでもしてきたアスナだったが、イサネとほぼ真っ向となるとその圧倒的戦闘能力を前に第六感ごと潰され、劣勢を強いられる。風を切って突き放たれるイサネの蹴りを勘だけで回避し、モモイとミドリ、そしてカリンの援護を待ち続ける。
「アスナ先輩、行きます!」
「攻撃開始・・・!」
そして耐え凌ぐこと数秒。モモイとミドリが手榴弾を投擲する。アスナはすぐさま近距離戦闘を中止、起爆前に床を蹴って距離を取る。
――起爆。
だが、それに対しイサネは前進を選択。手榴弾が起爆し、爆炎と破片、そして衝撃波をPAを以て無理矢理乗り越える。
「おらぁッ!」
爆発を全くの無傷で突破し、後退したアスナにアサルトライフルの銃口を向けたイサネだったが、そこに復帰したネルが乱入。更にカリンの狙撃が爆風をもろに浴びた事で減衰したPAを更に削る。
「バリアが乱れてる・・・!」
「よっしゃ!このままぶっ潰すぞ!」
還流するコジマ粒子の乱れを見逃さない先生に呼応する様に、ネルは銃撃に蹴り、果てには銃身によるイサネの腹部目掛けた打突と、猛攻を仕掛ける。
「はひゃっ・・・!はっははははッ!?あぁッははははッ!!」
イサネは壊れた笑いを浮かべながらネルの猛攻をほぼ完璧にいなし、攻撃の隙に銃撃を挟みながらも何故か後退。自ら有利を捨てたその行動に疑問を持ちながらも先生はネルの進行を止めない。
――だが、
「ははッ!?そこぉ!!」
「なぁッ!?ぐ――」
攻防の最中、先程と比べて明らかに余力を残しかつネルの攻勢を捌き反撃を見舞う。更に時折こうして放たれる凄まじい威力を宿した拳打や蹴りがネルの体を掠め、その攻勢を挫きかける。
「アスナ!左から攻撃して!カリン!狙撃のタイミングは任せるよ!モモイ、ミドリ!」
「く・・・先生。私も援護に参ります。」
「アカネ!?だ、大丈夫!?」
「皆がここまで体を張っているんです。私だけ寝ている訳にはいきません・・・!」
しかし、先生の的確な指示によりすかさずネルのフォローが入り、更にはアカネが復活。まだくらついているであろう頭を軽く叩きながらも愛銃をホルスターから抜き、援護に加わる。
「起きたな03!気絶した時は少しばかり悲しかったぞ!!あははははっ!」
「当たり前です。皆アリスちゃんを取り戻す為にこうして戦っているのですから。あのような形で飼い主の手を離れたあなたに構っている時間など、本来1秒たりとてありません。」
「それはそれはとっても残念な話だねぇ。はははッ!」
「そんな訳だからよ・・・さっさとそこを退いてくれると、色々助かるんだがなぁぁッ!!」
復帰したアカネに歓喜の声を掛けるイサネに、あくまでも敵として鋭く突き放すアカネ。ネルもそれに便乗し、更に攻撃のペースを上げる。
「ふはっ!ひははははッ!!もっとだ!もっと先だ!私にこの先を見せろぉッ!!あぁーっはっはっはっはっは!!」
体力を回復させたネルにアスナ。アカネの爆撃にカリンの狙撃。そしてゲーム開発部の援護の量も含めてこの戦闘で最もな勢いと攻撃力だろう。だが、それを一身に向けられて尚イサネは笑い続ける。瞳のライムグリーンをより強く輝かせ、体中から翠緑に輝く粒子を放出するイサネはその攻撃の一撃一撃に反応し、針の穴に糸を通すかの様に攻撃をすり抜ける。
「壁際!壁際に追い込もう!イサネの退路を断つんだ!モモイ!ミドリ!左右から挟み込んで!」
「おっけー!」
後退を続けるイサネの足を止め、逃げ場を無くすべくモモイとミドリが左右に展開。攻撃を更に多角化させる。
「はっはははは・・・今だな。」
猛攻を捌きながら、イサネはぽつりと零すや否やすっと身を屈めて更に後方へ
「ちっ、逃がすかよッ!!」
「待ってネル!そっちは・・・っ!!」
二丁のサブマシンガンで応戦しながら翠緑の火線を掻い潜り、イサネとの距離を縮めんとするネルに何かを思い至ったのか先生が制止の声を上げる。
「先生?どうし――」
先生の制止の声を聞き、追撃を止めて振り返るネルだったが、遅かった。
「あっ――」
「あっひゃひゃひゃはっ。」
壊れた笑い声にしか聞こえない筈なのに、何故か知性と理性の下で笑っていると感じるイサネの笑い声。その声に釣られたネルが視線を戻すと、そこには微笑を浮かべたイサネの顔――ではなく、大きな砲口。それも何時ぞやに見た事のある奴。
―――アリスの愛銃【光の剣:スーパーノヴァ】
「しま――」
言うが遅い。イサネは先程自らが投げ捨てた
「ネル―――」
白い光を放つ砲口を前に、先生の言葉すらも遥か彼方。大量に放出されたアドレナリンにより極限まで減速された世界の中、ネルはゆっくりと充填されていく光をただ見ている事しか出来ない。勿論体はその圧倒的な攻撃力から逃れんと動いてはいるのだが、既に全てが手遅れ。
(くそったれが――――)
そして臨界を迎え、本当にゆっくりと解き放たれようとしている光の中から、とても聞き慣れた無邪気なあいつの声が聞こえる。
――――光よ・・・ッ!!!
そして、減速された世界は加速し始める。
前回より投稿が10日以上遅れてしまいごめんなさい。単純にモチベが低めだったのとまたまた別ネタの構築に走っていたせいでこっちの仕上がりが全く進みませんでした。何ならリアル事情により次話以降の投稿も遅くなる可能性が結構高めです。申し訳ない。
次回、いよいよアリスとご対面。