時計仕掛けの花のパヴァーヌ2章の後日談兼エピローグ的な立ち位置の話です。
ギャグ要素を普段よりもほんの少し強めに持っていますので、注意が必要が方はご注意を。
先生とヒマリのシーンは事件前話から3か5日後、イサネのシーンは前話より1~1.5週間後を想定しております。
天童アリスの暴走に端を発した一連の事件は、セミナーとシャーレの先生の判断によって徹底的に秘匿され、ミレニアム外は勿論の事ミレニアム内においても、事件の真相を知るものは事件関係者のみと極僅かとなった。
また僅かに残された痕跡を辿られる事も考慮してか、表向きとしてはミレニアムの生徒会長が千年問題解決の活動の一環として極秘で行った大規模な実験として扱われるなど、異常なまでの情報隠蔽を施された。
『―――という事で、エリドゥは全施設及びその都市全域を、私が責任を持って封鎖する事に致しました。封鎖後の管理も基本的に私の一任となります。』
そんな大事件の三日後、事件解決の立役者の一人である先生は、シャーレの休憩室のソファに座りホログラムに投影されたヒマリと通話をしていた。勿論話の話題は先の一件について。
「事故処理までありがとうね、そしてお疲れ様、ヒマリ。」
『あの時の脅威はどうにか防ぐことが出来ましたが、ただ防いだだけで、根本的な問題は何も解決していませんからね。』
確かにアリスの精神世界にて彼女の内に潜んでいたと思われる元凶ことkeyを撃ち倒す事は出来た。だが、そもそもの話としてkeyはあくまでもアリスの補佐的な立ち位置であり、大元の存在ではない。
『特殊現象捜査部として看過出来ないという事もありますし・・・はぁ、一体誰のせいでこんな事になんて思ったりもしますが。・・・まぁその誰かさんの為にやっている、と言った所でしょうか?超天才病弱美少女ハッカーはいつでも忙しいんですけどね?』
「あはは・・・仕事を増やしちゃって申し訳ないけど、よろしくね。」
いやいやと口にしながらも、リオの失態の尻拭いを辞退しようとはしないヒマリに苦笑いを浮かべながら、先生はコーヒーを啜る。そして、シャーレに帰って来てから少し気になっていた事を聞いてみる。
「そう言えばさ、リオは今どうしているの?」
そう、リオの行方だ。正確に言うならセミナーがリオにどのような裁決を下したのかだ。何せミレニアムに帰還した後、先生はセミナーやC&C、特異現象捜査部にエンジニア部と、兎に角事件に関わった組織の事後処理に振り回され、碌にリオと話が出来ていないのだ。
『あぁ、リオですか。彼女なら―――』
数秒思考する様子を見せた後、ヒマリは口を開く―――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「らぁっしゃぁぁッ!!ふぅ・・・リオ会長、居るかぁー!?」
やたらハイテンションな叫びと共に、ミレニアムタワーの封鎖区画にあった扉が投擲した段ボール箱の如く蹴り飛ばされる。
「っ!?」
機械的にがっちりと固定されていた筈のドアが何かの冗談の様に暗がりの中に転がっていき、同時に部屋の中に居た人影がびくんと体を震わせる。
「お、リオはっけーん。これで依頼の最難問は突破出来たかな。」
「何故、ここが・・・それに、貴方は。」
侵入者にリオと呼ばれた生徒――ミレニアムの生徒会長、調月リオはデスクの前で驚愕に目を見開き、顔がよく見えない侵入者に少しばかりの恐怖が入り混じった声で問い掛ける。
「え?こないだあれだけ人の事を化物呼ばわりしておいてそれはおかしくない?目ぇ腐ってんのか・・・あー、そっちは暗くてよく見えないのか。」
「っ、その声は・・・」
リオに問い掛けられた侵入者は一人悩んだ素振りを見せた後、一人勝手に納得して部屋の電気を付ける。同時にリオも改めて声を聞いたのか天敵に出くわしたかの様な弱々しい声で零す。
「これで姿形が見えるでしょ。いやぁ、探したよ。勝手に全部遂行して、失敗したら全て投げ出して逃げ出す無責任さん?」
天井に備え付けられた灯りに電気が通り、部屋を照らす。同時に侵入者の正体も明確になる。背中の中程まで伸びた灰銀色の長髪に機械の様に無機質に整った美麗な顔立ち。そして綺麗なライムグリーンの瞳。そう、標根イサネである。
「・・・何の、用かしら?」
イサネの存在を認めたリオは、最大限の警戒を乗せた声で問い直す。その右手は右大腿部に装備されたM1911コルトガバメントこと彼女の愛銃【立案者】を挿したホルスターに掛けられており、いつでも応戦が出来る姿勢が取られている。
「リオのAMASがここに到着するまで大体5分くらいか?閉鎖区域な上に構造自体も結構入り組んでいるからねぇ。・・・尤も、AMASが1000機来ようと貴方を逃がしはしないけどね。」
「・・・」
あくまでも事実だと言わんばかりに今日は左腰にのみ装備したアサルトライフルホルスターに収められたAKらしき銃を抜きもしないイサネ。リオもまた、目の前の尋常ならざる存在ならそれくらい出来るだろうという予測は立っていた。
「まぁ今日は別に貴方を苛める為に来た訳じゃなくて、はいこれ。」
ぴりついた空気が両者の間に流れる事数秒、先に切り出したのはイサネだった。彼女は背中に背負ったリュックを下ろすと、そのままリオの方に放る。
「リオ・・・って言うか、セミナー会長の権限が必要な書類ねそれ。期限は全部三日後。出来上がったらセミナーまで持ってきてだってさ。」
「書類・・・?」
「そ、事後処理だとか、これまで貴方が居ないせいで処理が滞っていたセミナーの業務とかの奴らしいよ。」
爆弾の類かと警戒を解かないリオだったが、イサネに内容物を告げられた事で恐る恐るリュックを拾い、チャックを開ける。イサネの言う通り、確かに中に入っていたのは印刷が施されたA4用紙だった。
一枚二枚と取り出して内容を確認し、中身に入っていた尋常じゃない量のA4用紙が全て書類である事を確認したリオは、少し気まずそうに口を開く。
「その、申し訳ないけれど・・・今の私に生徒会長を名乗る資格は――」
「無いわ。・・・なんて逃げの選択が、取れると思ってる?」
だが、言い切る前にイサネの冷えた声にに先を潰される。平時においても隠し切れない狂気が混じったライムグリーンの瞳が苦笑に笑う。
「会長職を辞職すれば贖罪になると本気で思ってるなら、貴方の頭の中はお花畑ね。いい?役職を降りてどうにかなるのは企業だけ。自治権を持つ学園のトップがそんな事しても許される訳ないでしょう?」
動揺に一歩後ろに下がったリオに、イサネは更に言葉を続ける。
「そもそもの話として、貴方が消えた後のセミナー会長の座には誰が座るの?今のセミナーに会長業務をこなせる人材なんて居ないってユウカが言ってたけど。後継を決める決議と候補選出と、会長業務の引継ぎ。それすらもしないで辞めるはどこの学園でも通じないと思うよ。」
「・・・誰が何と言おうと、あれだけの事をしておいて、おめおめと生徒会長としてセミナーに戻る訳にはいかないわ。」
だが、それでもリオは頑なだった。余程先日の一件の事を引き摺っているのだろう。生来からの頑固さも相まっててこでも動かなさそうだ。
「あぁ安心しろ。君に拒否権はない。君が何を言おうと、君が再びエリドゥに籠ろうとも変わらない決定事項だ。殺してでも連れて行く。」
それでも、イサネの方がよっぽど頑なで強硬だった。リオの言葉を聞くや否やイサネは何の躊躇いも無くアサルトライフルを抜き、俯いたリオの側頭部に零距離で突き付ける。いつの間に充填したのか銃口には既に翠緑の光が蓄えられており、少しでも逃げたり抵抗したりする素振りを見せようものなら一瞬の一撃で医務室送りが確定する事は見なくても理解出来た。
「もう一度言うぞ。調月リオ、君に拒否権は無い。逃亡の準備を全て破棄し、セミナーまで来て貰う。発砲許可は貰ってるから、Noに準ずる行為をしたと私が認識した瞬間に撃つ。」
「・・・この距離での私の抵抗が非合理である事くらい理解しているわ。」
「なら右大腿部に装備した
隠していたつもりの右手まで指摘されてしまい、いよいよ本格的に逃げ道が無くなったリオは、観念した様に両手を机の上に置く。それを見たイサネも、溜息と共に空いている左手でスマホを弄り、ユウカに通話を掛ける。
「初めからそうして欲しかったんだけど・・・まぁ良いか。リオ、セミナーに戻ったらまずはユウカからの説教。3時間は拘束されるらしい。」
「ッ!!?」
リオの目が驚愕と恐怖に見開かれる。
「それが終わったらゲーム開発部と対話だ。碌に事情も話さず、協力を要請する所か一方的な意見を押し通した事が今回の貴方の失態だろうし、謝罪はしっかりとしなよ?」
「!!!?」
リオがイサネが見てきた史上最も恐怖と驚愕に歪んだ表情をしている。感情の吐露こそ常人に比べ大分薄いものの、リオの鉄面皮を知っている者からすれば驚愕ものだ。何なら涙まで流し始めそうな勢いであり、あの冷徹で名高いビッグシスターが、冷や汗を垂らして怯えている。
「ちょ、ちょっと待って頂戴。会長としての責務については理解出来たのだけれど、彼女達と顔を合わせるにはまだ・・・まだ心の準備が・・・」
「は?アリスの殺害を躊躇いもしない奴が今更そんな事言う?え、普通に面倒臭いんだけど。」
そして反応通りユウカとアリス達に顔を合わせる事に怯え始めたリオを前に、イサネも呆れと困惑を隠せない。そしてユウカは現在忙しいのか、5回掛けても通話に出ないので即座にノアへと通話先を変える。
『はい、生塩ノアです。イサネちゃん、どうかしましたか?』
「おぉ、一発で出た。えっとノア、依頼対象のリオは見つけられた。ついでに会長職を降りないって言葉も引き出させた。」
待つ事3コール。ユウカとは違いノアの方はあっさりと通話に出た。ノアが通話の相手を自分だと認識したのを確認したイサネは、すぐさま報告を始める。
『ふふっ、依頼の遂行ありがとうございます♪それにしても凄いですね、あのリオ会長の意見を言葉で曲げさせるなんて。きっとユウカちゃんも喜びますよ。今はお休み中ですが。』
報告を受けたノアは微笑みと共に感謝の言葉を贈るが、イサネはそれを遮って続ける。
「そこまでは上手く行ったんだけど、リオがユウカの説教とゲーム開発部との対話って話を聞いた瞬間駄々を捏ね始めて・・・」
「子供の癇癪ではないわ。」
「なら大人しくすべき責務を完遂してくれない?普通に面倒臭いんだけど。というかもうぶん殴って連れて行っても許さるよねこれ?お前探してミレニアム自治区ほぼ全域を駆けずり回ったんですけど?馬鹿みたいにセーフティルーム作りやがって。」
『あらら、それは困りましたね。どうしましょうか。私も依頼についての裁量権は有しているので無理に連れてこなくても良い、と言う事は出来るのですが・・・』
通話をしているにも関わらず馬鹿みたいな事で騒ぎ始めたリオとイサネのスマホに、ノアの少し悩んでいる様な声が乗る。
『私としてもユウカちゃんの言う事は尤もだとは思いますが、一方で事が終わってすぐの今だとゲーム開発部の皆さんの方にもストレスになり得るのではという考え方も・・・』
「ただゲームを作るって目的だけで活動している平凡な一般生徒達がいきなり政治云々の黒い所に巻き込まれた様なものだし、まぁ無理もないか。気にする必要は無いと思うけど。」
ゲーム開発部の部員たちの精神状況がどうなっているかが分からない以上いきなり事の元凶を目の前に連れて来る訳にはいかないというのもまたある様だ。かつて人の感情など一切鑑みずに人類を殺して回ったイサネには大分説得力が薄いが。
『・・・分かりました。イサネちゃ――いえ、イサネさん、依頼内容を変更します。本人に生徒会長を続ける意思の確認が出来た以上セミナーの業務自体は回るので無理に連れて来る必要はありません。』
「ほう?」
しばしの思考の後、答えが出たのかノアが依頼内容の変更を申し出る。ノアが言うには無理に連れ出す必要は無いとの事で、それを聞いていたリオも表情こそ感情の露出こそ薄いが明らかに安堵している様子だ。
『その代わりセーフティルーム内でも会長としても仕事はしっかりと果たして貰いましょう。表に出ないとしても、書類業務等は問題無く出来ると思いますので。』
「つまりはこれまで通りって事か?」
『いえ、ミレニアム予算における一部権限もユウカちゃん、ひいてはセミナーの方で預からせて頂きます。具体的に言えばミレニアムの予算を使用する際はセミナーの方に申請を出す・・・と言えば分かり易いでしょうか。』
今回の一件を踏まえて、セミナーはリオの権限を大きく絞る形での処遇を取った様だ。確かに秘匿主義と独断専行と言う欠点こそあれどリオの頭脳は本物な上に事務処理の能力も非常に優秀だ。独断行動し過ぎなリオに首輪を掛ける意味でも丁度良い措置なのかもしれない。
『それと会長にはいつでも連絡が取れる様にセミナーと連絡網を繋いで貰います。具体的な案につきましては、一応部外者であるイサネちゃんが居るのでまた後日お伝えします。』
「分かったわ。」
ノアの語り口的にリオへの処遇の内容はまだまだ山程ありそうだが、イサネには関係ない話な上に部外者なので口を挟まない。凡その処遇は無理に表舞台に出る必要は無いが、生徒会長としても責務は果たして貰う上、予算等の権力は縛ると言った形だろうか。
・・・前世の企業みたいな縛り方だと思わないでもないが、今回ばかりはリオの独断に問題があったので妥当ではあるだろう。そう、決して駒として使えそうな人を適当に役職に就けさせ、責務で雁字搦めに縛り上げてから権力を取り上げる
『イサネちゃんの現在位置は・・・そこですね。・・・はい、特定完了しました。リオ会長、今そちらのコンピューターに今回の事件の事後処理に関する連絡事項や資料を添付したメッセージを送りましたので、後で確認してください。』
一通り話が纏まり、『では、また後程、イサネちゃんは任務終了です、セミナーに戻って来て下さい。では。』とノアが通話を切る。
「さて、仕事も済んだし私も戻るかぁ。この後もやらないといけない事があるし。」
数瞬の沈黙の後、スマホをポケットに仕舞ったイサネは軽く伸びをして、セーフティルームを出るべくリオに背を向ける。リオもまた、そんなイサネを無言で見送る。
「あ、ちょっと待って。リオ、まだ解決してない件がある。」
「何かしら?」
破壊した出入口に向けて一歩踏み出した所で、イサネは振り返る。未解決の件と言われ、一体何の件についてだろうかと首を僅かに傾げるリオに向け、イサネは至極真剣な表情で告げる。
「・・・エリドゥ防衛の報酬については、どうするつも―――」
「貴方が離反した時点で無くなったわ。それにセミナーに押収された物の中に貴方への報酬金も含まれているから、どう頑張っても払い様が無いわ。」
空気が凍り付く。正確にはイサネが凍り付く。
「やっぱりかぁぁぁああーーッ!!!」
―――分かっているなら初めから聞かないで欲しい。後普通にうるさい。
自罰意識に苛まれたリオが今日唯一、天敵とも恐怖の対象とも取れる存在となったイサネに対して思った苦情だった。至極真っ当である。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『ノアから今回の依頼の報酬金は受け取ってくれたかしら?』
「貰った貰った。5万だよね?」
時は進み、リオ捕獲作戦を無事完遂したイサネは、スマホを片手にミレニアム自治区を出、ブラックマーケットにある自宅へと帰路についていた。
『一応貴方の意向で元々私達が設定した金額よりも大分抑えての報酬だけど、本当に大丈夫なの?最近傭兵バイトの方も休んでるみたいだし。』
「いや全然大丈夫じゃない。皮算用予定のリオの依頼の報酬金うん千万が完全に無くなったから普通に貯蓄が危ない。」
ミレニアムとブラックマーケット近郊を通る路線の電車で座席に座りながら、スマホ越しに今頃事後処理に追われているであろうユウカとの会話に興じる。話の内容は金銭、具体的にはセミナーの依頼である調月リオ捜索の依頼報酬についてだ。
『・・・報酬額を元に戻しても良いのよ?貴方が良いなら今からでも振り込むわよ。』
「それは駄目。詫びとして依頼を受けた意味が無くなるし、何よりブラックマーケットにある闇銀への電子振り込みはほぼ確実にどっかのハッカー気取りの木端に送金の幾分を引っこ抜かれるからリスクが高い。」
『それって学園に編入して学生証を発行すれば解決する問題じゃないのかしら?』
「私もう19なんですけど。高等学校に入学出来る年齢だっけ?」
様々な者達から莫大な報酬と引き換えに依頼を遂行するイサネだが、実態はそこらの不良やヘルメット団と同じ学園に籍が無い無所属である。敵意悪意の無い者に対しては至極平穏に振る舞う事から忘れられがちだが、法的な扱いは籍の無い不良とほぼ同等である。故に一般の銀行に口座を開設する事は勿論、ポイント・クレジットカード等の契約も出来ない。
一応傭兵バイトこと独立傭兵としてある程度の身分証明は出来なくもないのだが、法的な権限から見れば精々学園等の公的機関から正式に依頼を受諾したり自分が何者なのかを証明する事が限界である。イサネがブラックマーケットの再開発地区に出来た新築ビルを住居に出来たのはそのビルの立地がブラックマーケットだからという側面が半分だ。
『うーん、どうだったかしら。ノアならその辺の制度も正確に把握しているでしょうけど、今は忙しいから・・・』
「まぁ私を拘束していた事象も一通り片が付いたし、ゲーム開発部への詫びの品を買う資金調達と合わせて貯蓄はどうにかしに行くよ。余り気にしないで。・・・ブラックマーケットは荒れに荒れるでしょうけど。」
何気ないイサネの発言だが、聞く者が聞けば背筋が凍り付く事間違い無いだろう。イサネと同じ車両に乗り、かつブラックマーケットの中を少しでも知る者達はその恐ろしい発言に心密かに震え上がる。
『あなたはもう十二分に理解してるでしょうけど、無茶だけはしない様に。分かったかしら?』
「ははっ、改めて心に刻んでおくね。それじゃあまたねー。」
事が済んで尚未だ自身の身を案じてくれるユウカの優しさに心を潤わせながら、イサネは彼女に別れの言葉を告げ、通話を切る。と同時に電車が減速。どうやら駅に着いたらしい。
『―――駅、―――駅です。お降りの際は、忘れ物に注してください。』
「えーっと、帰りに買う必要のある物は・・・特になし。よし、真っ直ぐ帰ろう。」
車掌の放送を聞きながら、以後の予定を組み立てつつ開いた電車の扉から駅のホームへ出る。駅の位置がイサネの家――ブラックマーケット最寄りと言う事もあって降りる人は余り多くないが、それでもまだ平和だ。
「さてさてその前に、社畜通り越してそうな行政官様は通話に出てくれるかなっと。」
駅の改札を抜け、一人ブラックマーケットに向かって歩きながら、イサネはスマホを操作して通話を掛ける。そんじょそこらに幾らでも居る無所属の生徒がかの連邦生徒会の役員、それも最高幹部を越える役員に電話を掛けるなど取り合ってもくれないだろうが、他に方法がサンクトゥムタワー凸しかない以上窓口に電話を掛けるしかない。
『はい、こちら連邦生徒会電話窓口です。御用件は何でしょうか。』
七神リン個人の電話番号を知っていればスムーズに進んだだろうが、知っている訳無いので大人しく一般向けに開かれている電話窓口に通話を掛ける。丁度2コールで担当役員が通話に出ると、イサネは即刻本題に切り込む。
「いきなりで悪いんだけど、七神リンに代わってくれない?」
『悪戯電話でしたら、切らせて貰いますよ。』
だが、担当役員の返答はどうにも冷たい。いきなり激務の会長代行を出せと言ったので当然と言えば当然の結果なのだが、イサネは気にも留めず続ける。
「悪戯に聞こえるけど、悪戯じゃないんだよね。割と真面目な用件。代わってくれない?」
『それでしたら私が代行に伝えますので、今お話しください。』
「窓口役員に話してどうにかなる用件ならわざわざリンを出せなんて言わないよ。」
『申し訳ありませんが、リン代行は今重要な業務中です。苦情や抗議等は私達にお願いします。』
イサネの説得も効果が薄い。会長の疾走により地獄の激務が毎日となった彼女達の事情は分からなくもないが、先のヴァルキューレ警察学校とカイザーコーポレーションの癒着事件の裏側で防衛室の室長もカイザーと繋がっていたどころかテロリストとなった元SRT特殊学園の3年生小隊ことFox小隊とも繋がっていたという情報など末端役員に話しても意味が無い。
(シャーレの根絶は先生と交流のあるアビドスとミレニアム、そしてゲヘナの3校を大きく揺らがすもの。三大校の内二校がその影響を強く受けるんだから、確実にキヴォトスは混乱に陥る。)
イサネにとって世界情勢の混乱は傭兵としての需要が跳ね上がる事を意味し、同時に自身の闘争心を際限なく満たしてくれるこれ以上ない程の環境だ。だが、キヴォトスでは常に何処かしらで抗争や紛争が発生しており、強く使える傭兵の需要が尽きる事は無い。
(それにあの不知火カヤとかいう奴、どうにも気に食わないんだよねぇ。・・・まぁ、潰すに限るよねぇ?そういう手の輩は。)
そしてヴァルキューレの汚職事件を裏で操っていたのは不知火カヤ。D.U.シラトリ区の不良制圧作戦の時から防衛室に強い不信感を抱いていたイサネの中で、Rabbit小隊による汚職証拠の取り押さえの後にカヤが見せた不穏の尻尾を野放しにする選択は存在しない。
「・・・こないだのヴァルキューレの汚職事件、続きがあると言ったら?ヴァルキューレの上部、連邦生徒会に事を起こした黒幕が居ると言ったら?ただの悪戯電話として、貴方は切る?」
連邦生徒会は連邦生徒会長が消えてからというもの学園間の諍いに一切の不干渉を示し、またその腰も重ければ頭も固い。だがそれは、無能の集まりとイコールにはならない。会長代行の七神リンを筆頭として委員会の室長は一部を除きどれもその行政分野におけるプロフェッショナルであり、事の大事には確執を捨てて適切な判断を下せるだろう。そしてそれは幹部から距離のある一般役員とてそう大差のあるものではない。
『・・・ただの悪戯電話の割には、話題の内容がよく練られている。と、私は考えますね。普段のクレーム電話の内容が馬鹿馬鹿し過ぎるというのもありますが。』
「へぇ?」
『連邦生徒会の一般役員にはですね、SRT等の特殊機関を除く下部組織内で起きた事件の経緯や経緯など一般には秘匿されている事件の内情の記録をある程度までなら閲覧出来る権限が付与されていまして。』
「はっははッ!なるほどね!?」
食い付いた。末端の段階で話が通じるとはさしもイサネとて思いもいなかったが、まさかかの事件の裏側を、搾取されるだけだった弱者が腐り果てた権力に喰らい付くあの瞬間を知っているとは。
『何者かによるヴァルキューレの本館襲撃・・・犯人の正体こそ閲覧出来ませんが、私達末端の者達の間ではかの傭兵こと万物の天敵が居たのではないか・・・との説が僅かながらに噂になってまして。まぁ陰謀論に近い説ではあるのですが。』
「あっははははッ!?最高だよお前!」
笑いが止まらない。本当にキヴォトスは不思議な場所だ。馬鹿みたいに頭の悪い事で抗争が始まったりすれば、こうして面倒極まりない策謀が水面下で駆け回っているのだから。
『この死ぬ程やりがいも無ければストレスしか溜まらない私達電話窓口係の雑談で上がる数少ない頭の使い所にして唯一と言っていい程少ない娯楽の妄想だったのですが・・・こんな所で役に立つとは思いもしませんでした。・・・誰に代わればいいでしょうか?』
「七神リン。仕事を増やす様で悪いが、耳と目に入れておいて欲しい事があると私の名を使って良いから伝えて。」
『分かりました。代行が激務という事は事実ですので時間がかかるかもしれません。しばらくお待ちください。』
そう言って耳を当てるスマホから流れ始める保留音を聞きながら、イサネは心の中で湧きがる愉悦を口に吐き出す。
「いやぁ、吹っ掛けてみるもんだ。はははっ、楽しくなってきたじゃん。」
末端役員から話が通じるという想定外の幸運に内心小躍りしながら、イサネは待つ。
『代わりました、連邦生徒会長代行七神リンです。』
待つ事1分ちょっと。聞き覚えのある低めの女性の声が通話に出る。わざわざ確認するまでも無い、七神リンだ。
「想像もしたくない程の激務の割には随分と出るのが早いね、リンちゃん。」
『誰がリンちゃんですか。・・・貴方までそれを言わないでください、標根イサネさん。・・・一体何の話ですか?』
先生仕込み(先生が言っているのを勝手に真似た)のリンちゃん呼びをばっさりと斬り捨てたリンに、イサネは気持ちを切り替えて本題を告げる。
「こないだのヴァルキューレの汚職事件についての話なんだけど、あれまだ続きがって・・・」
『はぁ・・・』
地獄のタスクに追われ続けるリンに、果たして休息の日は訪れるのだろうか。
パヴァーヌ後日談はあと一話続くんじゃ。許してくんろ。
最後の方に出てきた電話窓口のモブ生徒はキヴォトス特有のわけわかめな苦情対応により、業務の合間に陰謀論を妄想して共有する事が趣味になってしまった可哀想な社畜モブです。恐らくと言うかほぼ確実にこの話が後日談の扱いだからこそ使えたネタなので以後登場する事は無いでしょう。