前話の後書き通り、今回もパヴァーヌ2章の後日談です。
イサネさんとゲーム開発部の絡みが主になると思います。作者が書きたい!と思ったことを全部原液のまま出力したので冗長で面白みに欠ける可能性大です。ご注意を。
時間軸の想定としては前話のリオ会長捕獲作戦の2、3日後です。ネルパイセンは退院こそ出来れど本格復帰はまだって感じですかね。原作の退院って所が完治なのかリハビリ前の動けるようになったよって状態なのかが分かんない以上あんま深堀はしないですけど。
遠くから銃声と怒号が聞こえる、何の変哲もないブラックマーケットの日常。その中の廃墟群付近の迷路よりも複雑に入り組んだ路地裏の閑散とした通りにて、一人の少女がスマホ片手に瓦礫のみとを進む。
『・・・本当にやるんだな?』
スマホ越しの彼女の耳に流れ込む男の声は非常に強い緊張を帯びており、そして内に恐怖の感情を孕んでいる。
「既に事前避難は済んでるんでしょう?今更何を怖気付く必要があるの?」
一方スマホに余裕綽々に言葉を返す少女は、背中まで伸びた灰銀色の長髪を風に揺らしながらこれから行おうとしている凶行に躊躇いを示さない。
『実力を疑う訳じゃないが、二度も三度もそう上手くいくのか?そこらの不良やヘルメット団は馬鹿の集まりだからどうにでもなるが、カイザーを始めとした企業とかはそうもいかないぞ。』
「その二度の三度目を私に依頼したのは貴方でしょう?今になってやっぱり止めるとか言うなら貴方からそこらの発電燃料の肥やしにしてあげようか?」
未だ尚躊躇いの様子を見せる男に、すっとトーンの落ちた声で脅しをかける。
『ぐ・・・わ、分かっているさ、分かっているとも!俺はここで怖気付いたからと言って依頼を中断させたりはしないし、お前を裏切らないとも誓った!準備は出来てる、お前のタイミングで始めてくれ。』
「ははっ!それで良いんだよ!ならそろそろ行こうか。」
幸運にも少女の脅しを発破に変える事が出来た男は、覚悟を決めた様に声を張り上げる。それを聞いた少女もまた獰猛に笑い、肩を回しながら歩を速める。
『改めて依頼の確認だ。今回の依頼はブラックマーケット全域に存在するありとあらゆる勢力へ攻撃を行い、全勢力に俺の損害評価で半壊以上の損害を与える事だ。まぁ取り敢えず目に付くもの片っ端から撃てばそれで良い。戦闘や破壊における手段は一切問わない。戦車だろうがヘリだろうが、何でも好きに使ってくれ。その分の費用は負担しないがな。』
簡易的なブリーフィングを聞きながら、少女は身体の両側に装備したライフル用ホルスターに挿したアサルトライフルの安全装置を外し、右手で左に挿した一丁を抜く。
『今の時点で確認出来ているブラックマーケット内の組織に損害を与え、かつお前がブラックマーケットから脱出出来た時点が依頼達成の条件だ。また依頼途中で戦闘不能や拘束された際の助けは来ないものだとしてくれ。ブラックマーケット内の全勢力を敵に回すんだ、俺一人じゃ助けるどころの話じゃない。』
依頼の内容も超高難易度であれば依頼主からのフォローも殆ど無いという馬鹿ですら受けようとは思わないこの狂気の依頼を前に、少女は顔に恍惚を浮かべる。
『依頼中のオペレートは俺が行うが、予め伝えた通りほぼ無計画の計画準備だからお前が無力化された時点で依頼は失敗だ。そうなったら俺は逃げる。・・・逃げ切れるかは分からんが。』
「手足口を拘束されてても私ならまだ何とかなる。最終手段は・・・できれば使いたくないなぁ。まぁでも最終ならやるしかないか。」
失敗すれば破滅間違いなしな上、分も0に限りなく近いという100人中100人が如何にして依頼を成功させるかよりもなんでこんな馬鹿な事をと真っ先に思考するであろうとち狂った依頼を前に、少女はあくまでも愉悦を崩さない。
『はぁ、噂に違わぬっていうか・・・本当にイカれ野郎だな、お前は。』
「私これでも丸くなったー。人の事考える様になりましたー。」
『そもそもの基準からして狂ってやがる・・・』
そんな少女の様子に深い深い溜息を吐き、男は静かに告げる。
『まぁ良いや。それよりも、準備は良いな?・・・
「あっはははっ!やろうか。」
少女――否、標根イサネは、その機械の如く緻密に計算された美貌にぞっとする程の嗜虐的な笑みを浮かべて人の居ない路地を進む。
「ははっ、あっははっ!?あっははははははははッ!!私の見た、青い空はどこだぁッ!!」
聞いた者の正気を削り取る高笑いを響かせ、飼い主無き首輪付きが策と欲が滅茶苦茶に入り混じった混沌の渦に向けてその爪を振り上げる。
その日、他ならぬ彼女の手によって破壊され、ここ最近になって漸くまた落ち着き始めたブラックマーケットの勢力ピラミッドはまた塗り替えられた。
「ひっ、・・・っあ、い、イサネさんじゃないっすか。久し――」
――銃声
「あれ、イサネさん?そんな怖い顔してどうしたんですか?苔岩組に何か用でも――」
――銃声
「え、ちょ、首輪付き?お前何して――」
――銃声
顔見知りだろうが知った事ではない。
「あぁ?誰だ今うちのシマでチャカぶっ放したのは――」
「なんだ、一体あいつ何して――」
「抗争か?なんだなんだ――」
知らない奴、こちらを一方的に知ってる奴なんて考慮にすら値しない。視界に映ったものは全て討つべき敵だ。何の例外も存在しない。
それはまるで御伽噺の魔王が人の村々を蹂躙する様に、それはまるで何時ぞやの焼き直しの様に、そしてそれは・・・あの時に戻ったかの様に。
「ひっははっ!?相も変わらずマーケットガードも大した事ないなぁッ!カイザーご自慢の戦力とやらも、一帯をシマと言い張るマフィア連中も、力を言い張る割にはこの程度!!」
万物の天敵の異名を持つ一人の傭兵は、会長が居た頃の連邦生徒会ですらも管理を諦めた犯罪と策謀の温床にして暴動程度では罅すら入れられないブラックマーケットの日常をいとも容易く非日常へと塗り替えた。
「くそが、天敵をここまで刺激したのは一体どこのどいつだ!!探し出してぶちのめせ!奴の留飲を下げるんだ!」
「カイザーの即応部隊とマーケットガードはもう使い物にならない!主力が向かっているらしいが、その前にこっちがやられちまう!」
「第七再開発地区が壊滅したって!?いくら何でも早過ぎるだろ!あそこは中心区ほぼ真横だぞ!?く、早く逃げるんだ!皆殺される!」
普段から抗争や小規模の経済紛争に明け暮れていたマフィアや闇企業も、為す術無く消し飛んでいく。同様に巻き込まれた者達も、その骸(重傷で気絶してるだけ)を破壊された舗装路の上に晒す。
「あいつらと抗争なんてしてる場合じゃねぇ!このままだと共倒れだ!」
森林火災の様に広がる破壊と虐殺(殺してない)を前に、普段からいがみ合う事しかしてこなかった者同士が手を取り合い、有り得なかった組織達が同盟を結び、その天災に抗うべく立ち上がる。
「二度も三度も・・・いつまでもお前に好きにやらせるか!ここを支配するのは俺達だぁぁッ!」
「へっ、うちらヘルメット団総会の真っ最中にいい度胸じゃねーか。良いぜ、ぶっ殺してやる!」
勿論ブラックマーケット内に存在する全ての者達がそうだった訳ではない。単独で抵抗する組織もあれば、むしろ意見が割れて分裂してしまう組織だって存在した。だが、それでもこれまでなら絶対に有り得ない組織同士が手を取り合うという奇跡の現象を引き起こし、また全体で見ればブラックマーケットに居るほぼ全ての者達が万物の天敵と恐れられる傭兵を止めるべく武器を持った。
――しかし、
「あはっ!あっひゃひゃひゃひゃッ!?見ろよ上を!この空を!灰色だよ灰色!私の焦がれた青の無い灰色!はっはははははッ!あの時と何も変わらない!あの時から何も進んでない!」
届かない。
「私はあの時から一歩も前に進めてない!ずっとあの青に夢を見てる!あの空を!青い空が見せた一線の先ッ!あーっはっはっはっは!」
千を超える軍隊も、百を吹き飛ばすパワーローダーも、十を容易く蹴散らす有名な実力者も、その全てがまるで意味を成さない。
次元が違い過ぎた。黒い思考に囚われた戦いも、血反吐臭い泥沼の停滞も、集積された混沌が淀む底無しの坩堝も。
「はは!あっははっ!先だ、もっと先だッ!全然足りない!全然遠いッ!全部寄越せ、私に一線を寄越せぇぇーーッ!!・・・はっははッ!?見て、見ろ空が晴れた!ははははっ!!空が!いつか見たあの
もっと昏く擦り切れた極限に晒され、そして殺してきた彼女にとって、これまでブラックマーケットが積み上げてきた力や秩序など何の障害にもなり得なかった。常に支離滅裂、意思疎通不可能な発狂で咆え狂い、あるがままに狂気と闘争心を吐き散らす彼女を止める事が出来る者など、今のブラックマーケットには存在しなかった。
「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ・・・に、逃げないと―――ぶっ!」
「ひぃぃっ!ゆ、許してくれ、あ、あたしがお前に一体何をしたって言うんだ・・・っ!というかむしろ普段からぼこぼこにされる側だったのに・・・」
撃つ、殴る蹴る、斬り飛ばす、叩き付ける。両手に握られたアサルトライフルが火を噴き続け、彼女の視界に映る全ての動体を無慈悲に撃ち抜く。同時に彼女の足が拳が膂力のままに至近に居た誰かに打ち込まれ、迂闊に彼女に近づいた、もしくは彼女の接近を許してしまった者達の体を細枝の如くへし折る。
更にはブラックマーケット特有の破壊された建物に転がる50cm~1m程の長さの片手で握れる鉄骨までもを鈍器として拾い上げ、軽い流木片の様に振り回す。一体何の冗談だと言わんばかりに錆びた茶色の直線が豪速で空を舞い、巻き込まれたもの全てを薙ぎ払うか叩き潰す。
とは言えその歪に鋭利な先端で突くという事をしない辺り彼女の最低限の倫理がまだ働いている事だけは極々一部の者のみ理解出来る。・・・理解出来た所でどうにもならないし、そもそもの話そんな人物が今のブラックマーケットには存在しないのだが。
「はっはははははははははっ!?ははっ!あっひゃひゃっ!!ひゃぁーッはっはっはっはっはっはっはっは!!私が、私をぉッ!あはははははははッ!!」
為す術など何も無い。今はただこの狩りが一刻も早く終わる様に、そしてその狩人が一刻も早く闘争に餓えた器を満たす事だけを祈りながら、勝手に獲物にされた哀れな闇市の住人達は逃げ回る。
―――標根イサネ
天敵と呼ばれる一つ目の意味と彼女の狂笑を、消えない記憶に刻み直しながら。
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「326番のお客様~、2番受け取り口にどうぞ~。」
「あ、はーい。・・・ごめん呼び出されたからちょっと待って。」
高級感漂う静かな菓子店に、イサネは居た。
「326番のお客様で間違いないでしょうか?・・・はい、確認出来ました。ではこちら・・・結構多いですね、計15点でお間違いないでしょうか?」
「うん、問題無し。」
「はい、ではお気をつけて~。」
受け取り口で幾つもの菓子の入ったパッケージを入れたビニール袋を受け取り、店を出る。
「ごめんごめん今終わった。で、なんだっけ?」
『報酬についての話だ。きちんと振り込まれているかを確認したか?って所だな。』
そして店を出るや否や右手に握っていたスマホを耳に当て直し、通話を再開する。
「あぁ見た見た。245万と4383円、1円のずれも無く振り込まれてたよ。依頼の規模の割には少な過ぎるどころじゃない報酬だったけど。」
『ぐ・・・仕方ないだろ。本来なら今はまだ資金調達と情報収集の段階で、実行はどんなに上手く行っても年単位で先の話だっつーのに。それをお前は全て白紙に戻した上で最終目標を完遂してくださりやがったんだから。払う金も揃ってねーよ。』
「報酬が少ないのは織り込み済みだから大丈夫。それに大群相手にして良い感じに心が満たされたからまぁ文句は無いよ。でもまぁC&Cの部長の方が楽しいかなぁ?」
『・・・ちっ、これだからお前とは組みたくなかったんだ。このキチガイ女め。面が良いだけにその狂人具合が本当に悪過ぎる。』
上品な装飾や高級感漂う街並みで構成されたトリニティ自治区を眺めながら、イサネは駐車場に止めてある一台の軽自動車のロックを外すと、助手席のドアを開けて左手に持ったビニール袋を席にそっと置く。
『はぁ、まぁ依頼は文句無しの出来だしもうどうでも良いや。じゃあな、もう二度と会う事とが無い事だけを祈ってるよ。・・・これで性格がもっとましならなぁ。』
「お?人格否定ですかぁ?良くないねぇ。」
『この場合はお前がおかしいんだよ。・・・もう切るぞ。』
買った菓子類を助手席に置いたイサネは、プツリと通話の切れたスマホをスリープさせて運転席に乗り込む。
「私としては好き放題戦って金貰えればどうでも良かったんだけどな。そんなに私の話すのが嫌ならオペレートなんてしなきゃ良いのに、あいつも馬鹿だなぁ。」
エンジンに火を入れ、シートベルトを締めたイサネは独り言共にアクセルを踏み込み車を発進させる。窓から流れる如何にも貴族街な風景を一瞥もせず、狭い駐車場から車を出す。
(・・・アサルトライフルはどちらも完全に破損。グレネード類も全部使った。あの時来てた衣服も結構ぼろぼろになってるから修繕するか買い替えかな。だとしても収支はプラスになるな、よしよし・・・)
締め切った運転席の窓から見える白と黄色、もしくは黒と赤のセーラー服や素人目に見ても明らかに高級な生地の制服を身に纏った生徒達が往来を行き来する様をぼんやりと眺めながら、イサネは石畳で整備された道路に車を走らせる。
(・・・相変わらずどこもかしこもティーパーティのホスト暗殺ばかりだな。エデン条約の調印式が近いのも相まって本当に近寄りたくない場所になりつつあるね、トリニティは。菓子類を買いに来ただけなのにも関わらず持ち物検査までされるとは思いもしなかった。)
イサネの場合は無所属な上に一人で一大組織を潰しかねない程の戦闘能力を有しているからこそ過剰に警戒されているのだが、それを差し引いてもここトリニティ総合学園とその自治区の空気が不安と不穏で揺らいでいるというのもまた事実だ。
現に高級茶菓子を買いに来ただけにも関わらず自治区に入っただけでトリニティの治安維持組織である正義実現委員会の臨時関所に捕まり、指名手配では無いものの超要注意人物として支部に連行、取り調べまでされるくらいには。
――ブラックマーケット全域を無差別攻撃・・・複数の証言から犯人が貴方である事は分かっています。一体何故この様な事を?裏に何の目的があっての事ですか?
――いや、普通に名指しの依頼であったので受けただけです。別に何かへの布告とかの意図は何も無いです。戦いたかったというのはありますけど、それだけです。
――そう言い切れる証拠は?そもそもからして貴方の様なキヴォトスでも悪名高い傭兵がただ茶菓子やスイーツの類を買う為にトリニティまで足を運ぶというその理由が怪し過ぎます。何か武器や大破壊兵器、違法品の受け渡しでもしているのではないですか?
――私が受け渡しの依頼を受けるならまず受け取り場所からトリニティを真っ先に除外します。あと運搬依頼はやってますが法的に認められている業者からしか仕事を受けません。なので違法兵器の運輸についても知っている事はありません。
――・・・信じるに値しない言葉ですね。・・・そもそも私だって減量努力を十全にしているというのに一向に体重が減らないせいで碌にスイーツに手も出せず・・・
取調室で、何を言ってもまるで信じてくれない正義実現委員会の副委員長の冷徹な眼差しを思い出し、深々と溜息をつく。最後の方は菓子類に未練たらたらな様子だったが、ここは副委員長本人の名誉の為記憶から抹消しておく。
「はぁ、エデン条約絡みの依頼は全て断ろう。政治に巻き込まれるのはもうこりごりだ・・・」
かつて政治や社会を基盤諸共消し飛ばした人類種の天敵の溜息が、静かな車内に溶けて消える。
なんて事がありつつも、車を走らせる事2時間と少し。トリニティを出たイサネの車はミレニアム自治区に入り、目的地ことミレニアムサイエンススクールへと進んで行く。
「・・・何か一言でも謝罪の言葉を言うべきか?keyが起きている間にもアリスが裏で全て見ていたのなら、私とkeyの戦闘だって見ていた事になるし。部室の扉開けるなり撃たれるまでは想定出来てるけど、それで折角買った菓子類が吹っ飛んだら流石に困るなぁ。」
そう、イサネが普段なら近寄りもしない洒落た高級スイーツ店で高い茶菓子を買ったのか。その理由は今回のアリスの一件において一番の被害者であるゲーム開発部への詫びの品として差し入れる為だ。
今回の一件において、セミナーの監視下の元一部権限を消失したまま会長職を続ける事を裁決として言い渡されたリオに対し、リオに雇われる形でリオ側に付いたイサネには何のお咎めも無かった。裏切りについてもまだ敵対時に起きた出来事という事でセミナー側もノーコメント。強いて言うなら先生に「裏切るという事はその人からの信用を全て投げ捨てる事になるから、やらない方が良いよ。」と苦言を貰いこそしたものの、イサネに処罰が課される事は無かった。
「ミレニアムの駐車場ってどこだっけ?学園外の最寄りだと入口から大分遠くなる筈だから構内に停めたいんだけど・・・エンジニア部のガレージを使うか・・・?」
死線で形成された性格からかこれまでの経験からか今回の離反行為や自分だけ処罰が無かった事について何の違和感も罪悪感も感じなかったイサネ。だったのだが、神の奇跡か獣の気紛れか、なんと今回の一件の後に残った事後処理に追われるセミナー所属の友人二人の様子を見たイサネは自ら詫びの意味を込めて助力を申し出たのだ。友情って素晴らしい。
その結果がたった5万円で調月リオという三大校の一角を担うミレニアムのトップにして神出鬼没な生徒会長の捜索という依頼だった。更にはユウカのアドバイスに従い、ゲーム開発部に謝罪を入れに行くという人類種の天敵らしからぬ行動を起こしたのだ。
その過程でブラックマーケット全域が目を覆いたくなる程の被害を被った。・・・が、元より無法地帯、例えミサイルの雨が降り注ごうとイサネにとっては誤差でしかない。
「よし、エンジニア部のガレージに停めよう。幾らあいつらでもレンタカーの無断改造はしないでしょ。・・・多分。いややっぱり不安だ、メッセージの一つでも送っておこう。」
技術の熟練と才覚を存分に魅せる発明品を生み出す代わりに「それ要る?」に全力を注ぐ
「さて、開口一番何を言われるのやら。」
部員である天童アリスを敵という理由だけでやり過ぎレベル(一般人目線)で痛めつけた上に彼女達にとってかなり酷な事を言った(一般人目線)という点から顔を合わせた瞬間に「やめてこないで!」とかいきなり銃口を向けられる事を想定しながら、トリニティの高級茶菓子の袋を手に持ったイサネは悠然とミレニアムタワーの中へと足を踏み入れる。
道案内板とアリス誘拐時にリオに付いて行った記憶を頼りにミレニアムタワーを彷徨う事数十分。途中ばったり出会ったC&Cのコールサイン02こと一之瀬アスナに「ネルの退院祝いをしてるならこれもどうぞ」と茶菓子の箱を一つ譲りながら、何とかお昼ぎりぎり過ぎくらいには目的地であるゲーム開発部の部室に辿り着く事が出来た。
(やはりと言うべきかトキはC&Cに合流したか。C&Cに入ってすぐリオが引き抜いたというよりはリオが専属の護衛に指名してからC&Cに入ったの方がアカネが辛うじて知っている程度の面識という事についても辻褄が合う・・・って違う違う。)
自分の用事を前に他人の事を考え始めた思考を頭を振って振り払い、目の前の扉に意識を向ける。
(さて、何について謝罪すれば良いんだろうか。幾ら暴走していたとはいえアリスに対して少々やり過ぎたとかかな?)
中身の無い「すいませんでした」に謝罪の意味は無い。謝罪の内容に頭を悩ませながら、イサネは扉をノックするべく右手を上げ――
「ねぇーこのボス強すぎるって!!これでも環境に十分着いて行けるくらいの装備なんだけど!?なのにどうして殆どの攻撃でワンパンなのさ!絶対おかしいよこれ!!」
何の予告も気配もなく、耳をつんざく大音響がイサネの鼓膜に襲い掛かる。
「・・・うるさ。」
声の主は恐らくゲーム開発部に居る双子の姉、才羽モモイだろう。咄嗟に耳を塞ぐ事も叶わずに浴びせられた彼女と思わしき大音声に、イサネは思いっ切り顔を顰めつつも右手を動かす。
こんこんとドアを2回ノック。モモイが大声で騒いでいる以上ノック音が中に聞こえているかは不明だが、取り敢えず返事を待つ。
「もぉーっ!これだけやってまだ体力ゲージ半分も削れないのおかしいよ!絶対運営これ調整ミスってるって!」
「しょうがないよお姉ちゃん。これそもそも今あるエンドコンテンツを最後まで進めた人でもクリアが難しいってある奴だから・・・」
「うぅ、今のアリスでは手も足も出ません・・・」
やはりと言うべきか、モモイの大声によって軽いノック音が掻き消されてしまっている。5秒待ってノックに対する反応が無い事を認めたイサネはもう一度、ほんの少しだけ力を込めて扉を叩く。
「・・・お客さん来てない?」
「げ、ユウカかな・・・アリスの件ですっかり忘れてたけど、予算申請書まだ何も手付けてないから・・・」
ユウカは今事後処理に追われてそれどころじゃないんだよなぁなんて考えながら、ノックに反応したゲーム開発部に来訪を知らせるべく口を開く。
「こんにちはゲーム開発部、私だよー。」
「この声は・・・えっとイサネさん?」
「イサネ・・・えっ、イサネってあのイサネ!?」
扉が勢いよく開き、中から3人がその顔を覗かせる。イサネから見て左からミドリ、モモイ、アリスの三人。イサネの顔を見るや否やモモイはあんぐりと大口を開け、ミドリとアリスは驚愕の表情で来訪者たるイサネを見る。
「今回の一件について、謝罪と詫びの品を入れに来たよ。・・・えーとアリス、暴走していたとはいえ手酷く痛めつけてごめんなさい。それとモモイにミドリとユズも、妙な事に巻き込んでごめんなさい。」
「ひぅっ・・・」
謝罪の言葉を述べた瞬間、部室の端にあったロッカーの内の一つが小さく怯えた悲鳴と共にがたりと揺れる。若干気まずい空気が流れる。・・・どうやらゲーム開発部の部長――花岡ユズは既にイサネの事を恐怖の対象として認識してしまったらしい。
「・・・やっぱり事が終わってすぐ会うべきでは無かったか。まぁ開口一番で銃撃されないだけましなんだし、こんなものね。」
「ま、まぁユズはちょっと人見知りだから!」
「流石にそれだけじゃないと思うよお姉ちゃん。あ、イサネさん、私は大丈夫ですから。アリスも大丈夫?怖くない?」
「はい、今のイサネからは先輩達と戦ってる時みたいなオーラが感じられないので大丈夫です。」
だが、それ以外の三人はイサネの想像を超えて気丈であり、また先の一件によるイサネに対する恐怖心やわだかまりも大方消えている様だ。彼女達の精神年齢から鑑みると感情によって行動に合理性を欠いても何らおかしくないのだが、伊達に酔狂でC&Cを筆頭とする学内の計5~6組織を奮起させていないのだろう。
「ユズ、本当に大丈夫?少しでも駄目そうならもう帰るから。」
「だ、大丈夫です。その、いつもの事なので気にしないでください。」
「え、ロッカーに籠るのが・・・?」
ロッカーに籠るのが日常というユズのなぞの生態を前に困惑しながらも、イサネはモモイ達によって部室の中へと招かれる。室内は良くも悪くも子供っぽい彼女達らしく、イサネは知らないがゲーム機を中心とした様々な物が床に散乱している。最低限足の踏み場の確保やノートパソコン等の重要機器は机の上や棚にあるものの、どう取り繕っても散らかっているが評価として当て嵌まる。
「さ、空いてる所座って!」
「あ、空いてる所・・・?」
「すみません、いつも散らかってて・・・床に落ちてる物は適当にどかしてください。」
戦闘が生き甲斐と化しているが故に自宅が最低限を少し下回る生活用品と銃器関連か机とパソコンしかないという半ミニマリスト状態になっているイサネの対極の様な部屋を、ミドリに言われた通りに物を軽くどけて座る。
「じゃあまぁ入口でも言ったけど・・・まず初めに、アリス。暴走状態にあったとはいえ意識のある貴方に行き過ぎた暴言と暴行を加えた事を、ここに謝罪します。本当にごめんなさい。」
イサネが座り、ロッカーに籠りっきりのユズを除いたゲーム開発部一同が座った所で、イサネは謝罪の言葉を述べると共にアリスに頭を下げる。企業連の上層部にすらも使わなかった敬語で。
「え、ちょ、ちょっと!?いきなりどうしたの!?」
「言ったでしょ、先の一件について謝罪と詫びを入れに来たって。少なくとも私には、リオの独断と自分の思惑に貴方達を巻き込んだ事について頭を下げなければならない。」
嘘だ。本当はユウカに指摘され、知識としてある常識と照らし合わせて初めて微かに理解しての行動。指摘されなければ罪悪感や過剰暴行の自覚など微塵も無かった。・・・ここで言った所で「謝る気あるのかこいつ」で終わってしまう為心にも出さないが。
いきなり頭を下げられて困惑を隠せないアリスを余所に、イサネは動揺に困惑するゲーム開発部全員の方に視線を向け直す。
「そしてユズ、モモイ、ミドリ。アリスも含めて無関係の筈の貴方達をこちらの勝手な都合に巻き込んだ上、迷惑を掛けて危害を加えた事について謝罪します。ごめんなさい。」
「いや、でもイサネさんは・・・リオ会長に雇われて・・・」
「それでもリオを裏切って尚貴方達と交戦したのは完全に私の自己満足の為。合理というか、アリスの生死に興味が無いならあそこは道を譲るのが常識の道理。」
神すらも狩りの対象とまで言われるあの【万物の天敵】が恥も外聞もなく一介の学生でしかない自分達に頭を下げる様子に、謝罪された側であり、れっきとして謝罪をされる権利がある筈のゲーム開発部の面々はただ困惑する事しか出来ない。ロッカーに籠り切りだったユズでさえその有様に異変を感じ、自らの居城であるロッカーから出てきている。
「あ、頭を上げてください。その、イサネさんみたいな人が私達に頭を下げるなんて・・・」
「いや確かに余り嬉しくない名前で呼ばれてるのは認めるけどさ、法的な扱いではそんじょそこらに居る不良とかヘルメット団とかと変わらないからね?私。依頼なんて非合法でもなければ学籍を持った生徒でも受けられるし。」
幾ら神話の焼き写しだの生ける伝説、理が通じない例外的存在だの言われても、イサネの扱いは無所属の生徒であり、万物の天敵という異名に何か法的な特権がある訳ではない。故に守るべき礼は守り、非礼を詫びる事は別に何らおかしな事ではない。・・・それを自力で思い付かなかった彼女の常識は間違いなく狂っているのだろうが。
「でも結局は皆こうして無事に帰ってこれたんだし、多分大丈夫だよ。それにイサネ・・・さんだって最後は手を貸してくれたじゃん。」
「あー呼び名は好きにして良いよ。それにあれはほぼ成り行きだけどね。」
「成り行きでも良いの!っていうか詫びとか謝罪とかもう大丈夫だって!皆も大丈夫だって言ってるんだしもう良いじゃん!疲れちゃうよ!ってことではい終わり!皆でゲームしよゲーム!」
イサネの謝罪に対するゲーム開発部・・・というよりモモイも反応はYesでもNoでもない様に聞こえた。どちらかと言えばイサネが真面目に謝罪するこの少し堅苦しい空気感に嫌気が差している様にも見える。
「イサネさん、お姉ちゃんもこう言ってるし、私達もあなたの謝罪の意志はちゃんと受け取りましたのでもう大丈夫だと思います。」
「おぉ、これがモモイの言っていた前作ラスボスの光堕ちというやつですね。アリス、また一つ賢くなりました!」
「アリスちゃん、少し違うかも・・・」
モモイによって強引に断ち切られたが、他三人の反応を見る限りちゃんと謝意を受け取って貰えたと言って良いだろう。イサネは体の緊張を解き、堅苦しい雰囲気を霧散させつつ、自身の左脇に置いたままのビニール袋を一同の前に差し出す。
「じゃあこれ。お詫びの品として買ってきたから、皆で食べて貰える?やる事も終わったし、私はもう―――」
「え、これトリニティのすっごい高い奴じゃん!しかもこんなに沢山!」
「え・・・!?ほ、本当に良いんですか?これ、凄いお金掛かったんじゃ・・・」
差し出されたトリニティの高級茶菓子のパッケージを前に、モモイとミドリが真っ先に反応する。ミレニアム生である彼女らがここまで反応する辺り、どうやらあそこはキヴォトスでも有名なお店な様だ。イサネは今更ながらそれを知る。
「通りで数万もした訳だ。学外である筈のミレニアムまでその存在が知られているのならその値段も納得がいく。」
「そ、そういうの、よく考えないで買ったんですね・・・」
「だってお菓子とか食べないからよく分からないし。」
14という数の高級菓子を前にわいわいと騒ぎ出すモモイ、ミドリ、アリスを尻目に、イサネは部屋から出るべく立ち上がる。
「じゃあ私はもう帰るから、皆で食べて。」
「え!?ちょっと待ってよ、もう帰っちゃうの?一緒にゲームやろうよ!」
だが、そんなイサネをモモイはすぐさま引き留める。
「まぁもうここへの用も済んだし、これ以上居座る理由も無い――って、ちょっと引っ張らないで・・・」
元よりゲームにも菓子にも興味が無い。故に用件が終わり次第すぐに部屋を出ていくつもりだったが、モモイに腕をがっしり掴まれて動けない。
「私ゲームとかやった事ないから・・・一緒にやっても楽しくないと――」
「えぇっ!?ゲームやった事ないの!?そんなの勿体ないよ!人生の4・・・いや、5、6割は損してるよそれ!絶対やった方が良いって!アリスもなんか言ってやって!」
力づくは出来ないので口で説得を試みるイサネ。モモイ曰くゲームをしていない人間は人生の半分以上を損しているとの事なので、イサネの今の人生は半分損した状態、つまり19年の半分だけの経験値しかないらしい。9年半分の人生が語る言葉など誰にだって何の説得力も無い。
「アリスも、イサネと一緒にゲームがしたいです。」
「む・・・」
本心で言っているのかモモイに言われてやっているのか。一点の曇りの無い純粋無垢な瞳でそう言われてしまえば、業の背負い過ぎで逆に無垢みたいになっているイサネはすぐさまNoで突き返す事は出来ない。
「あの、無理にお姉ちゃんに合わせなくていいですから。」
ふと空いている左手でスマホを取り出し、現在時刻の確認とここ数日に入っている予定の確認。現在時刻午後3時05分。直近一週間の予定は無し。第2の自宅兼ストレイド格納庫に異変無し。現状やりたい事も特にこれと言って無し。
――コンマ一秒以下の思考。
「分かった。モモイに従おう。」
何の問題も無し。イサネはそう判断し、再び座る。
「えっ、本当に大丈夫なんですか?その、傭兵のお仕事とかは・・・」
「リオのせいで忘れてたけど、今傭兵業は休止中だから。それにお金にも特に困ってないし。まぁ貴方達が嫌じゃなければの話だけど。」
「私は・・・一緒にゲームする人が増えるのは嬉しいですけど。」
お金に困っていないのは休業中にも関わらずブラックマーケットを破壊し尽くした結果のせいだが、とにかく今は金銭的にも時間的にも余裕がある。そしてゲーム開発部側から誘われている以上個人的な好き嫌いでもなければ断る理由などない。
「やったー!あ、じゃあお菓子も開けちゃおー!」
「パンパカパーン!レベルカンストの元裏ボスがパーティに加わりました!もう怖いものはありません!魔王も番人ドラゴンも、皆ワンパンです!」
イサネを引き留める事に成功したモモイは、すぐさまテレビと据え置き機の電源を入れ、コントローラを手に持つ。
「取り敢えず皆で出来る格ゲーやろ格ゲー!」
「かくげー?」
いきなり知らない単語が出てきて困惑するイサネをテレビの前まで引っ張り、一般的にアーケードコントローラーと呼ばれるゲームセンターにある格ゲーの操作板を再現したものを2つ引っ張り出し、片方をイサネに、もう片方を自分で持つ。
「よっしゃー!ぼこぼこにするぞー!」
「あの、これ、何がどうなって・・・」
「モモイ、ちょっと待って・・・!」
いきなり手渡されたアケコンに余計困惑が加速するイサネを余所に、モモイはゲームを起動する。タイトルメニューの操作を手慣れた手付きで飛ばし、対戦モードへと切り替える。
「イサネ、ここでキャラを選ぶんだよ!ほら、私これにするから、好きなの選んで!」
「ちょっと待ってお姉ちゃん!まだメニューの操作方法も教え切ってないよ!」
「えっと、キャラクター選択は・・・左側のスティックの上下左右でカーソルを動かして、決定は・・・そう、そこ。プレイヤーネームの入力はキーボードからで・・・」
ユズとミドリのレクチャーを受けながら、若干たどたどしい手付きでキャラクターの選択をする。
「取り敢えずこれで良いか。」
誰が何なのか、そもそもこれは何のゲームなのかすらも良く分かってないイサネは、取り敢えず適当にキャラを選択する。だが、イサネがキャラを選択した事により、両者準備完了という事でローディング画面へと移行する。標根イサネ、未だ操作方法を知らず。
「試合中の操作は左のスティックで移動、弱がここで・・・あ、もう始まっちゃう・・・!」
「あっ、イサネのレクチャー忘れてた!ってもう試合始まっちゃう・・・ええいままよ!」
キャラクターを選ぶ最中、イサネに操作方法を教えていたユズは早口を更に加速させて説明し、モモイは最早初心者への指導を諦め、一戦目は蹂躙劇で締める事を決意する。
《Ready?》
数秒のローディングを抜け、二人が選んだキャラクターが一定の距離を取って対峙する。
「後でちゃんと教えるから・・・ごめん!今は私にぼこられて!」
「ルール有りの試合でそんな事ある?」
《Fight!!》
ルールの存在する試合において、片方がルールを知らないまま試合が始まるという意味不明を抱えたまま、標根イサネの初格闘ゲーム一戦目の火蓋が切って落とされた。
「スティックが移動だったな確か。・・・あ。」
「いっけぇーッ!モモイスパイラルッ!!」
操作はおろか何をすれば良いのかすらもいまいち理解出来ていないイサネ操る白い道着を着た青年のキャラに、モモイ操る巫女服を着た少女のキャラが瞬く間に肉薄。その手に握られた大幣で攻撃を仕掛ける。
「・・・あ、ちょ・・・これどうなって・・・」
ガードの方法など知りもせず実戦に叩き込まれたイサネに、モモイのキャラが放つ攻撃を防御する事など出来る筈が無い。何をすべきか分からずふらふらと左右に動いていたイサネのキャラに大幣が直撃し、そのままコンボが叩き込まれる。
弱連打からのコンボ、空地中に打ち上げてのコンボ、起き攻めに壁際ハメ・・・画面上部にある体力ゲージがモモイの一方的な攻撃によってゴリゴリと削られていく。イサネは基礎的な操作方法すらも分からないなりに適当にボタンを押してみるが、当然ずっとダメージリアクション中のイサネのキャラは何の反応も示さない。そして――
《K.O.! Winners Player1!》
「・・・まぁ、そうなるよね。」
テレビモニターに移る道着を着た青年が見事にぶっ飛ばされ、1ラウンド目が終了する。どうやら画面上部にある体力バーなるものが0になったら敗北らしい。取り敢えずはまず操作方法を理解しなければ。イサネは最初の目標を定め、アケコンを床に置く。
「ふっふーん!どうよ、これが超強化女子高生状態の私の力ッ!」
「初心者相手にそれは良くないよお姉ちゃん・・・」
「取り敢えずどんな感じなのかは分かったよ、後は操作方法だな。」
普段の癖なのか、何かのポーズを取りながら決め台詞らしき言葉を吐くモモイ。相手が操作方法も碌に知らぬ初心者じゃなければそれなりに格好が付いただろう。
「い、イサネさんには私が教えるから・・・アリスちゃん、モモイの相手をしてあげて。」
「分かりました!モモイ、勝負です!」
「うげ、最近アリスのコンボ精度が上がってきてるからちょっと怖いんだよね・・・いいや、私なら行ける!かかってこ~い!!」
意気揚々とモモイと対戦を始めたアリスを見送り、イサネはユズ方へ体の向きを変える。
「その・・・いきなり対戦させてしまってごめんなさい・・・じゃ、じゃあ、まずは基本的な所から・・・」
「まぁ銃の握り方も知らないまま戦場に駆り出されてる奴も居たし、この程度どうともないよ。」
「喰らえッ、モモイスパイラルmk2!!」
「もう同じ技は喰らいません!ここですッ!!」
アリスとモモイの喧しい声をBGMに、イサネは伝説の格ゲーマーUZQueenことユズからのレクチャーを今度こそちゃんと受ける。
・・・突然だが、標根イサネはリンクスである。
リンクスとは、イサネがキヴォトスに流れ着く前の世界に存在する欠陥超兵器ことアーマードコア・ネクストを駆るパイロットの事を指す。
欠陥でありながら超兵器たるネクストを駆り、戦場を縦横無尽に駆け回るリンクスだが、AMSと呼ばれるネクストの操縦システムに適応する為にリンクスは反射神経、視力全般、脳の情報処理、最低限度の筋力、骨格、筋持久性を始めとして専用の強化手術を受けている強化人間だ。
他に強化の内容や強度こそ個人の差異こそあれど、リンクスは皆一様に天才と呼ばれるだけの才能を持つと同時に人の手で付与できる人の才をその身に施されているという事。平たく言うとするならリンクスは人の手で作り上げられた天才とでも言うべきだろうか。
そして一対一の対面式で戦う対戦型ゲームこと格闘ゲームにおいて、反射神経や状況を瞬時に判断する判断力などはその道のプロが相手だったとしても非常に重要な要素となり、それに加えた決められた順序とタイミングでボタンを押すコンボ精度や読みと言った要素が複雑に掛け合わさり、格闘ゲームは構成されている。
とにかくコンボを覚える記憶力や反射神経などがアマチュア間では特に物を言うのだが・・・もう一度言おう、標根イサネは
「ありがとうミドリ、ユズ。今の説明でこのゲームの大体は理解出来た。向こうもキリが良さそうだし、再戦を申し込んでくる。」
「おっ、チュートリアル終わった!?よし、首輪付き!何度でもかかってくるがいいッ!!」
「今仕事中じゃないからそっちで呼ぶの止めて。・・・別に良いんだけど。」
堂々と王者の如く振る舞うモモイを見ながら、イサネの異次元とも言える理解力と学習力を目の前で見たユズは、アケコンを持ったイサネの背に嫌な予感しか感じなかった。因みに貰った高級菓子はとても美味しかった。
「今度こそ、お主の鮮血でこの地を飾ってやろう!!」
「・・・人の血は臭いぞ、普通に。」
―――1分と15秒後。
《Perfect K.O.!! Winners Player2!》
「う、嘘だぁぁぁぁーーッ!!!」
先程の初心者狩りが何かの冗談の様に、終始イサネのペースだった。モモイスパイラルなる連続攻撃も全てが見事に捌かれ、綺麗にカウンターを貰ってはそこからコンボでごっそり体力を削られるという悲惨極まりない試合内容を経て、第二回戦の一試合目はイサネの完勝となった。
「くっ、所詮はビギナーズラック!まだ私の方が―――」
―――52秒後。
《Perfect K.O.!! Winners Player2!》
「馬鹿な・・・馬鹿なぁぁぁーーッ!!!」
なんだかモモイの方が可哀想になってくる程一方的で、どっちかと言えば蹂躙と言っても過言ではない試合内容だった。目の前の悪夢という名の現実に精神を破壊されかけているモモイと対象に、ぼんやりとした表情でモニターを見つめるイサネ。
「えぇ・・・いくら何でも成長が早過ぎない・・・?」
「これがラスボスすら越えるレベル上限突破の裏ボスの力・・・!」
ミドリもアリスも目の前の初心者からいきなりそこそこやり込んだミドル~ヘヴィプレイヤーを一方的に完封してのけるという成長というよりは人が変わったレベルでのプレイの変貌に驚愕と恐怖を隠せない。
「まさか・・・ち、チート?いやでもアケコンもハードも私達のだし、それは有り得ない・・・ッ!」
「イサネさんはジャスガ連発とか透明とかチーター特有の露骨な動きじゃないから・・・本当に一回の説明だけでここまで・・・」
実戦のおける鋭い観察眼を格ゲーで養ったユズですらイサネに秘められた格ゲーの才能(リンクス特有の適応と学習)に戦慄を覚える。
「・・・確かに初心者の二戦目じゃないか、今のは。」
イサネとて今の自身のプレイの変貌が異常である事は理解出来ている。だが、手加減など出来よう筈も無い。手加減をする程の経験値が無いから。故に全力を出す事しか出来ない。
「ぐふぅ・・・ッ!あ、アリス・・・私の、私の仇を取ってぇ・・・!」
「・・・分かりました、アリスは勇者です。例え勝ち目の無い戦いだとしても、仲間を見捨てて逃げる事は出来ません。大いなる古の災厄よ、アリスと勝負です!」
「ここでも災害扱いされる事ってある?しかも遊戯の一環で。」
勝手に厄災認定された事に懐かしいやらなんやらで複雑な気分になりつつも、アリスの勝負に挑むイサネ。・・・結果は言わずもがな。
「うわぁぁん!隙が無さ過ぎます!アリスの攻撃が通じません!」
「アリスもモモイも、結構攻撃を仕掛けるタイミングが素直だね。ミスのリカバリーが完璧って訳でもないから、こっちのペースに持ち込みやすい。でもこれ手加減ってどうすれば・・・」
「あ、アリスぅぅぅーー!!」
なまじ経験を前に全て覚えてしまったせいで一切の手加減が出来ない化物を前に、モモイの声援も虚しく惨敗を喫するアリス。この様子ではモモイと比べ得意なゲーム分野くらいしかゲームにおける明確な実力差を持たないミドリが対戦しても同じ結果だろう。つまりは―――
「・・・わ、私がやるよ。」
花岡ユズ。
「来たー!我らがUZQueen!これはもう勝ち確だね!」
「そ、そんなにプレッシャー掛けられると・・・き、緊張が・・・」
既にモモイはユズの勝ちを信じて疑っていない。モモイの様子から察するに、格ゲーなるものをちゃんと学習し過ぎた結果化物どころではない相手をリングに引き摺り出してしまったらしい。イサネは表情を引きつらせつつもアケコンを持ち直す。
「モモイの反応からして、ユズって格ゲー初めて数分の初心者が相手する様な人じゃないよね?」
「当然ッ!ユズはあの格ゲーランキング不動の一位ことUZQueen張本人!あのアビ・エシュフの弱点を見抜いたのだってユズだし、そんじょそこらの格ゲーマーじゃ足元にも及ばないよ!」
どうやらエリドゥでの戦いで未来予知という規格外の能力を有するアビ・エシュフを攻略する切っ掛け、ひいてはその弱点をあの僅かな戦闘で見抜いたのは他でもないユズだという。イサネの闘争心に少しばかり火が付く。
「へぇ?それは中々興味深い。それならゲームじゃなくて実戦でその観察眼を体験してみたいんだけどねぇ。」
「ひぅっ・・・あ、い、いや、う、運動はちょっと・・・」
「・・・まぁそれは流石に冗談だけど。さて、格ゲーのランク1様相手にどこまで足掻けるか。」
ユズが戦闘向きではない事は先の一件で理解している故の適当な冗談(3割くらい本気)だったのだが、無用に怯えさせてしまったらしい。圧に気圧されながらも対戦の席に着いたユズを横目に、イサネもまた気を引き締める。
(実戦じゃない闘争に興が乗る程一直線ではないが・・・それでも、闘争である以上やるなら相手を殺す気で、だ。)
お互いにキャラクターを選択し、いよいよ対戦に入る。隣にちょこんと座るユズの雰囲気ががらりと変わる。気の弱い人見知りな少女から、全ての感情を出入りを排した専門家、プロフェッショナルと呼ばれる一握りの者達の顔つきへ。
《Ready?》
ゲーム開発部の部室の空気がぎりぎりと張り詰める。モモイ、ミドリ、アリスが固唾を呑んで試合開始を待つ。数秒が極限まで引き延ばされる。そして―――
《Fight!!》
長い長い1分半が始まる。お互いのキャラがそれぞれ間合いを測りながら絶妙な距離を取り合い、相手の隙を虎視眈々と伺ってはフェイントを仕掛け、見せた相手の隙に遠慮も容赦もなく漬け込んでは攻撃を仕掛ける。
「ちっ、そういうやり方もあるのか・・・!」
「反応が早過ぎる・・・!」
イサネはユズの豊富な経験から来る多彩かつ巧妙な読み回しや戦術、搦手に、ユズはイサネの理屈じゃ説明不可能な反応速度にそれぞれ大いに苦しめられる。
「ここ・・・ッ!」
だが、それでも形勢はユズが有利のまま試合は進んで行く。ユズの攻撃はイサネの常識越えの反応速度とガード捌きを前に即座にキャンセルさせられてダメージを稼げず、ほぼダメージレース勝負の構図になっているが、それでも反応速度の差を極度の集中――モモイ曰く【UZQueenモード】による反射神経と動体視力の底上げによって戦いの土俵に立ち、更にその差を経験と技術で覆い隠し、上回る。
「むぅ・・・初めて10分前後じゃどうにもならないか。良い線行ってるとは思ったけど・・・っ。」
そして――
《K.O.! Winners Player1!》
「よし・・・」
「あちゃあー、負けた。」
画面上で自身の操るキャラがスローモーションで吹き飛ぶのを見ながら、イサネはアケコンから手を離す。
「凄い戦いだったけど、やっぱり格ゲーでユズに並ぶ奴は居ないね!」
「凄い・・・!ユズちゃんを相手にここまで・・・」
二人のすぐ後ろで観戦していた三人もトップランカー同士で行われるレベルの試合内容に釘付けだったが、試合が終わると化物と化したイサネ相手でも変わらずの勝利を収めるユズの超高度な技量を称賛するモモイと、その超高度な技量に喰らい付いていったイサネの才能に驚愕するミドリに分かれる。
「好きこそものの上手なれってこういう事を言うんだろうね。よくやるよ本当に。」
「は、初めてすぐでこんなに出来るイサネさんの方が、ずっと凄いと思うけど・・・こ、このまま続ければ私だって追い抜かせそうだし・・・」
「いやー、ゲームやるかなぁ私。機器の買い揃えとか面倒だし、そろそろブラックマーケットの自宅からの引っ越しのあれもあるし・・・」
このまま練習と実戦経験を重ねれば絶対王者の座すらも手に入れられると評されるイサネだったが、数回プレイしてもゲームそのものにこれといった強い興味関心は湧かない。自身の頭の辞書にあるゲームと呼ばれる単語の意味が示す通り、あくまでも娯楽として軽度に楽しむのがイサネの性に合っている気がする。
「ぐっ、布教に失敗した・・・ッ!?混沌としたブラックマーケットの頂点に立つ孤高の傭兵とか最っ高に風情あるのに・・・!」
「いや、傭兵稼業に風情とかそんなの無いから。」
イサネをゲームの沼に引きずり込むというこっそりと画策していた計画があっさりと破綻した事によりがくりと肩を落とすモモイ。とは言え金と力が全ての傭兵稼業に風情もへったくれも無いというのはある意味当然の事ではあるのだが。
「まぁしょうがない。イサネ!次はこれやろうよ!これなら格ゲーと違って皆で一緒に遊べるから!鉄道ゲーム!」
肩を落としていたのもつかの間、すぐさま気を取り戻したモモイはそう言って新しいゲームソフトをハードに差し込む。どうやらルーレットを回して出た数字に合わせて駒を進め、止まったマスごとにイベントがあるボードゲームを元にしたゲームらしい。
「イサネさん、コントローラーどうぞ。あとお菓子も・・・」
「いやそれ私が食べても良いの?お詫びの品として持って来たけど――ちょ、アリス、分かったからそんな無言で
「あははっ!アリスやるねぇ!」
「あ、アリスちゃん、一応お客さんだからやり過ぎないでね?」
にこにこの笑顔のアリスに半ば無理矢理詫びの品として買ったお菓子を口に押し込まれながら、モモイがゲームのセッティングを済ませるのを待つ。
「このゲームは・・・すごろくって分かります?ルーレットを回して自分の駒を進めるんですけど・・・」
「ふんふん、さっきの奴よりも長期的な考え方が必要になる感じか。」
口の中に広がる滅多に感じる事のない高級品の味わいに目を白黒させるイサネを余所に、モモイとアリスはゲームルールの設定を決める。
「設定出来たよー!」
「よし、じゃあ始めるよイサネさん。」
「OK。」
一同の準備が整った事を確認したモモイは、ゲームをスタートさせる。
「順番は・・・あ、アリスからです!」
アリスを一番手とし、モモイ、ミドリ、ユズ、最後にイサネと順番が決まり、ゲームがスタートしたのだが――
「よし、じゃあこの悪運カード・・・あ、またイサネに当たった!」
「あ、またイサネの元に疫病神が行きました!」
「取り敢えず挽回しないとだから良い出目を・・・あ、1・・・」
格ゲーでは僅か一回のレクチャーでユズとすら激戦を演じてみせたイサネだったが、ここでは存在するありとあらゆる運要素がイサネに牙を剥いた。
「え、ちょっと待って?始まってまだ10ターンくらいしか経ってないのに、もうイサネの借金が1億超えてない?」
「確かにランダムに相手を狙うカードとか大体イサネさんに向いてたよね。」
「運に嫌われたか・・・」
ルーレットを回せばその殆どが1~3で止まり、稀に高い数字が出たと思ったら大体バッドマスに止まっては大損を吐かされるという他から見れば凡そ信じられない程の悪運が付いて回った。前世、特に殺戮の道に堕ちてからはその悪運に幾度となく命を救われてきたというのに。
「とにかくこの借金をどうにかしないと・・・今のところ借金してるの私だけだし。」
だがそんな解決しようもない悪運に嘆いていても現状は変わらない。イサネは今持ち得る手札の中で、出来る限りの借金を消す方向に舵を切る。
――しかし、
「ランダムイベントだ。なになに・・・え、借金3倍?ちょっと待って?」
悪運はここでもイサネに向かって邪悪に笑った。進んだ先のマスで起きたイベントで、減らすはずの借金が3倍となってイサネに襲い掛かる。
「うわ、このタイミングでこれは・・・」
「イサネの運の悪さがカンストしてます!」
序盤で既に手の施し様の無い程圧倒的な差が付いてしまい、呆然とするイサネ。
「イサネさん・・・その、一回始めからやり直しますか?流石にこれは余りにも・・・」
「いや、まぁ・・・これも経験だから。それに皆にも悪いからこのまま続けよう。」
余りの酷さに
《Total Result
1位 Yuzu ・・・資産:12億4890万
2位 Midori ・・・資産:10億8920万
3位 Momoi ・・・資産:8億340万
4位 Arisu ・・・資産:8億110万
5位 Isane ・・・資産:-72億5720万
》
現実は何とも無地で無情であった。案の定不運は続き、マイナスを取り返すつもりが何故かマイナスを負い続ける展開が続いてのゴールとなった。順位はゲーム開始から不動の最下位、ゲーム開発部の部員達が繰り広げる順位争いとは別の意味で無縁なゲーム進行だった。
「凄い・・・一位のユズちゃんと80億も差が付くなんて。」
「ユズとの差額は85億610万円です。凄まじいインフレです・・・」
「インフレではないかなぁ、これは。」
逆の意味で圧倒的差を見せつけてしまったイサネはただモニターに表示される結果を見つめ、心当たりのなくはない己のバッドラックに何とも言えない気持ちを抱く。
「色々とハプニングがあるのは面白いとは思ったけど・・・ちょっとツキが無さ過ぎるか?」
「無いですね。恐らくイサネのステータスは運の良さが0となっている可能性が高いです。」
「そ、そんな事ない!・・・って言い切れないのがなぁ。イサネ、ドンマイ!!」
「はは・・・慰めが心に突き刺さる・・・」
私の悪運よ、これまで幾つもの窮地から私を救ってくれたのは一体何だったのだ・・・と心の中で戯言を抜かしながら、「つ、次はこれにしよっ!」と気まずい雰囲気を空元気で払う様に別のゲームを起動したモモイに言われるがままコントローラーを握る。
その後も、モモイやアリスの元気に引っ張られるままにゲーム開発部の部室にあるあらゆるゲームをプレイした。レーシングゲームやパズルゲーム、RPGやホラーゲームなどジャンルを問わず電子世界に広がる遊戯に触れた。
ホラーゲームの恐怖演出に怯えるゲーム開発部の面々を余所にしれっとした表情でがんがんゲームを進め「そんながんがん進まないで!」とモモイに腕を掴まれたり、パズルゲームが得意だと言うミドリをパズルゲームの対戦で悠々と下して落ち込ませたりしながら、帰る時間はおろか夕食の時間すらも見失わされてゲームをプレイした。因みにトリニティの高級菓子はその全てがゲーム開発部の4人の胃の中へ消えていった。
「・・・スタッフロール。これで終わりで良いのかな?って、もう寝てるのか。テイルズ・サガ・クロニクルをやってって言ったのモモイなんだけどなぁ。」
「モモイだけじゃありません。ミドリもユズも皆寝てしまいました。現在時刻は午前3時41分、起きているのはイサネとアリスだけです。」
静まり返った部室に、濃い紺色の空を写す窓。両足を左に崩した正座で座るイサネに、その太ももを枕にして寝息を立てるモモイ。アリスはイサネの左隣に座り、共にイサネがテイルズ・サガ・クロニクルの理不尽なギミックに悪戦苦闘しているのをただ黙って見ていた。
「・・・機械に睡眠は不要だと?」
「起きている事は出来ますが、寝る時はちゃんと寝ますし眠気を感じる時はあります。」
「本当にぱっと見じゃ人間との見分けがつかないね。アリスの製作者は、一体何の意図があって殲滅だけが目的の戦闘機械の外見を人の形に似せたんだろうか・・・人に溶け込む目的じゃないだろうし、keyの言っていた軍隊を率いる指揮官という役割持ちだからか?」
ぼそりと零したイサネの言葉に、ぴくりとアリスが肩を揺らす。
「世界を滅ぼす為に作られた魔王・・・それが具体的に何をする事で世界が滅ぶのかは、魔王自身であるアリスにもよく分かりません。何故・・・その、人の形なのか、も・・・」
「・・・魔王か否かは自分で決める事。その力を悪とするか正義とするかは振るった結果が決める事。力はいつどこの時代でも無色透明、振るう人によってその在り方を変える。世界を滅ぼす力なんて言い方、力の規模の表現でしかない。」
どうやらまだ未解明な自分の事について不安が残っているらしい。イサネはエリドゥで精神世界に居るアリスに呼び掛けた言葉を引用する。
「あの時、イサネが言っていた言葉に似ています・・・」
「ふぅん?聞こえていたんだ?あの時も言った通り、力ってそういう物。力持ちな人が重い物を運ぶ為にその力を使えば、それは人助けになる。逆にその膂力で他人を殴れば、それは人を傷つける事になる。力ってそういうもの。」
「リオが言っていた、世界を滅ぼす力でも・・・ですか?」
「当然。軍隊を指揮する力なら、その軍隊に侵攻ではなく防衛の指示を出せば誰かを守る力になる。失われる命を守る防壁になる。あれがどう世界を破壊するのかは知らないけど、その力の矛先を外に向ければ力に指向性がある限り世界は壊されない。」
世界を滅ぼすなどどいう表現が余りにも曖昧過ぎる事に僅かな不快感を感じながら、イサネは小さく笑う。
「それにね?keyとかいうAIが目覚めないと振るえない様な力をアリスの力とは言わないよ。ははっ、ともすれば出来損ないはアリスも一緒か?だとするなら良い欠陥だな。」
「・・・?良い、欠陥?」
「今の貴方に言っても分からないって。少なくとも皆にとって良い要素である事には間違いないから。・・・ヒマリ辺りに聞けば私への皮肉と一緒に教えてくれるかもしれないね。」
テイルズ・サガ・クロニクルのエンドロールが静かに流れる中、今の言葉をいまいち理解出来ていないアリスを余所に、イサネは穢れすら飲み込む夜空を覗かせる窓に向けて伸びをする様に両手を伸ばす。
「まぁ今の段階で気にする事じゃないね。それにもう前を向くって決めたんだから、今は自分の意志を叶える為に上を見てればそれでいいんだよ。私と違ってアリスには・・・」
ゲームを終えた事によりふと感じた眠気のまま思った事そのまま口走りかけ、口を紡ぐ。
「私と違ってアリスには・・・何ですか?」
「・・・何でもない。気にしなくていい。」
「私と違ってアリスには頼れる仲間が居る」なんて言えない。仲間の存在をとにかく大事にするアリスに自分自身の本当の孤独を知られようものなら絶対面倒になる。イサネは動揺を気取られぬ様にもう一つの問題に目を向ける。
「さて、とんでもない時間になっちゃったけど・・・完全に太もも枕にされてるから帰れないね。どうしようか。」
もう一つの問題。それは現在進行形でモモイに下半身を占領されているせいで立ち上がれず、故に帰る事が出来ないという問題だ。無理矢理立ち上がれば物理的には解決できる問題なのだが、仮にも謝罪を入れに来た身としてやって良い対応じゃない。
「・・・一緒に寝ませんか?」
「え?」
熟睡しているモモイを起こさない様にそっと動かせば行けるか・・・?と考えていたイサネに、予想外な提案が投げ掛けられる。泊っていけばいいと。
「流石にそれは不味いんじゃ・・・」
「既に夜は更けています。HP回復の為の睡眠を取るならここで寝てしまうのが一番ですし、共に戦った仲間とは肩を合わせて一緒に寝るものだと聞きました。」
「聞いた事ないけど・・・まぁゲーム開発部の部員がそう言うなら良いか。寝てる奴どかすのも面倒だし。」
流石にそれはどうかと反論したイサネだったが、物理的に動けない上に眠気によって判断能力が鈍り始めたイサネはアリスの謎理論に流されるまま床に上半身を横たえる。
(モモイ・・・は良いか、頭が床に落ちても自己責任って事で。)
眠気に押し流され始めた思考を適当に投げ捨て、何故かそのまま引っ付く様に横になったアリスの存在を左半身に感じながらイサネは目を閉じる。
「・・・明日ユウカ辺りに何か言われたらちゃんと事情説明してね?」
「大丈夫です、多分何とかなります。」
「適当言いやがってこの機械人形・・・」
適当な責任放棄に呆れつつも、イサネは意識を手放す。
―――翌朝、10時前後にゲーム開発部一同諸共叩き起こされた事は語るまでも無いだろう。
えー、大変遅くなりました。思いついた事を全部そのまま書こうとしたらすっごい遅くなってしまいました。申し訳ありませぬ。
次回はvol.3 エデン条約編となります。
最初の方「これ誰のどんな視点での話だ?」となる展開になります。一応誰だかは分かる様にしますし、描写的に誰の視点かは分かり易いと思いますが、こちらもご注意を。
追記
6/10現在、エデン条約編3章の詳細を詰めています。少々時間がかかりそうなので、次話につきましては気長にお待ちください。