タイトルの名前は首輪付きさんのキヴォトスでの名義です。読みは『しるべね いさね』です。
はい。完全に当て字みたいな感じになりました。この先イレーネは愛称的なポジションになると思います。
首輪付きの気に入った人にのみ呼ぶことを許す的なやつです。
「はぁ、疲れた・・・」
ここはエンジニア部の部室。イレーネはそこで机に突っ伏し、気の抜ける様な呻き声を発しながら数十秒おきにそうぼやいていた。
「ははは、その台詞、ここに戻ってきてからもう30回は聞いているよ。」
ウタハが何かの機械を弄りながら軽く笑った。そして、そのまま言葉を続ける。
「だがまぁ、かのC&Cの美甘ネルとあそこまで渡り合ったんだ、疲れたという君の気持はわからなくはないけどね。」
そう、先程のネルとの戦いは一発のロケットランチャーとセミナー重役の2人の介入によって幕を閉じ、ネルもイレーネもお互いに建物を破壊したという事でユウカから長々と説教をされ、そうしてようやっと今日の予定を果たすためにこうして戻ってきて今に至るという訳だ。
その為かイレーネの顔にはいくつもの絆創膏やガーゼが貼られていた。
・・・余談だが、説教中にネルの「今日はツイてない」という呟きに何を思ったのかイレーネが「戦場において強者と相見える事が出来るのは非常に幸運なことだ」と向こうの世界基準で、それも一部の戦闘狂にしか適応されない様な理論を持ち出し、その飾った言葉遣いとイレーネの妙に歴戦の猛者感のある声色にネルが便乗。その結果鬼と化したユウカによってこうして机で伸びてしまう程の制裁を喰らった為、このような事になっている。完全に自業自得であり、馬鹿の所業である。
「まぁ、こいつの調整だけ終わったら君の銃の件に本格的に取り掛かろう。こいつは今の段階で止めるのは非常に間が悪くてね。」
「んぃ~。」
最早返事かどうかも分からない声で返しつつ、イレーネは机に伏していた上半身を起こす。外は午後の日差しが部室内に落ち着いた雰囲気を届けている。イレーネは己の左手を握ったり開いたりしながらネルとの戦闘の時に自身の身に起きた事を思い返す。
(あの時も思ったことだけど、あの緑の粒子は間違いなくコジマ粒子のそれだ。ネルの撃った銃弾を弾いたあれもほぼ無意識にネクストにPAの展開を指示した時と同じだった。校舎の壁を吹き飛ばしたあの爆発だって恐らくネクストで言うAAだ。確かにあの時、体を動かしているのにストレイドに乗っている時の様な感覚があった・・・本能的にこれをコジマ粒子だと理解したのも。)
ネルとの戦闘時に起きた2つのネクストの技術。プライマル・アーマーとアサルト・アーマー。規模が人サイズになっている為、正確にはPAモドキとAAモドキになるわけだが。しかし、それでも自分の身体でネクストの様な真似事が出来るというのはリンクスとして一つ嬉しいことであり、一つ忌避を感じる事だ。
(人のサイズなら、AAの様にコジマ粒子をばら撒いた所で余り汚染の心配はない。AA含めたあらゆるコジマ粒子をネクスト規格でぽんぽん使うから10年で地上が汚染されたのであって、人サイズが、それも一人だけなら、まだ、まだ汚染の心配は無いか・・・)
コジマ粒子は重金属に由来する長期的な環境汚染を引き起こす。かつて国家解体戦争、リンクス戦争を経て、多数のネクストを筆頭にしたコジマ粒子を大量にばら撒く兵器が暴れ回った結果、イレーネがリンクスとなった時にはもう既に地上に汚染の無い場所は無くなっていた。しかし、コジマ粒子にはある程度の濃度が無ければ拡散し、その意味を成さなくなるという特性を持っている。そしてその一方で高濃度だとあらゆる物質に干渉、劣化を発生させるという特性を持ち、それはネクストACであっても同じことで、キヴォトスに来る前に起きたストレイドのジェネレーターの破損は長期間一切の整備無い状況で、イレーネの行おうとする超機動に機体が追従した結果、生成された大量のコジマ粒子によってジェネレーターに僅か数か月で劣化が発生。コジマ粒子の生成が出来なくなるという不具合に見舞われたという訳である。
しかし、それはあくまでもネクストやAFの様な10m~100m単位というサイズが複数という前提があり、たかが1.6m強のサイズに要求されるコジマ粒子の量なぞ、雀の涙程しかなく、干渉が無ければそのまま霧散してしまう程度で、汚染の可能性は限りなく薄いと言えるだろう。
(そうと決まれば、ちょっと色々試してみようかな。恐らく予想だけど、人の規模でネクストみたいな動きが出来たら、だいぶ楽になる・・・よし、グラウンド行こっと。)
そう心に決め、椅子から立ち上がる。そして機械を弄りながら設計図に加筆修正をしているウタハに声を掛ける。
「ねぇ、ちょっとグラウンド行ってきてもいい?」
設計図と睨み合いをしていたウタハが顔を上げ、
「グラウンド?まぁ使用自体は自由だが・・・一応聞くが、何しに?」
「緑の光って言えば伝わると思うけど。」
ウタハの問いにそう答えるとウタハの目つきが変わる。機械弄りを止め、立ち上がる。
「それなら、私も連れて行ってくれ。あの光が一体何なのか、非常に興味がある。」
その目を見るにイレーネのコジマ粒子は目を付けられていた様だ。思わず渋い顔をする。
「観測するのは構わないけど、それで何か作ろうとかはしないで。それが約束出来ないなら見せることは出来ない。」
「ふむ、それは中々技術者にとっては苦しい条件だな。何故かは聞いても?」
「見せてからの方が速いから約束を呑んだら話してあげる。さぁ、選んで。」
この二択が技術者に一番刺さることは知っている。使えそうなものが目の前に転がっているのにそれを使うことが出来ないのは技術者に取って生き地獄、生殺しのそれだと誰かが言っていた気がする。誰だったか。
ウタハはかなり悩んでいるようだったが、どうやら知識欲には勝てなかったらしい。計測用の機械を持っている。
「分かった、その光が何であれ利用しない事をマイスターの称号の元に誓おう。さて、もう準備は出来ている。」
「早いなぁ。じゃあ、行くよ。ここから直で向かうから。」
ネクストの挙動が出来るなら空も飛べる。首をかしげるウタハに近づき、若干腰を落とし、両手を伸ばす。お姫様抱っこの体勢だ。
「・・・何をしているんだい?」
「だから、ここから直で向かうって言ってるでしょ。ほら、どうぞ。」
若干強要に近いが、気にしない。ウタハは少しばかり恥ずかしそうにイレーネの腕に身体預ける。イレーネはそのまま立ち上がり、外へ出る。そして、
「コトリー!アサルトライフル2丁と予備のマガジンいくつかグラウンドに持ってきといてー!」
奥で作業しているであろうコトリにそう言い、体にコジマ粒子を巡らせる。ブースターを吹かす感覚だ。するとイレーネの体がふわりと浮き上がる。
「え、え、えぇ?どうなっているんだい?これは。」
「じゃ、一気に飛ばすから、舌噛まないでね。」
有り得ない現象に動揺するウタハに声を掛け、一気に急上昇。視点の高さが普段ストレイドに乗っている時の高さと同じ高度まで上昇する。やり方が分かるならもう後は簡単だ。そこからグラウンドの方向に身体を向け、ネクストで言うところのオーバードブースト。イレーネの体が、時速にして200km程の速度でぶっ飛ぶ。
(あ?この感じだとOBの1000km出てねぇぞ。・・・いや、まぁまだ使い始めと言えばまぁ、こんなもんか?いやぁ、しかし遅いなぁ。体感的に見ても500km行くかどうかって感じか。)
イレーネの望んだ1000km/hの世界を見ることが出来ず、その遅いというには余りにも速過ぎる速度に苛立ちながらグラウンドの真上で急停止。慣性を利用して位置を調整し、そのままグラウンドに降り立つ。おやつ時のせいか、運よくグラウンドに居る生徒は居なかった。
「ウタハ、着いたよ。」
腕に抱えたウタハに声を掛ける。ウタハはぐったりとした様子で、イレーネの腕から降り、
「人の身で浮遊することも十分驚きだが、ここまで飛ばすなら言ってくれないか。危うく機材を落としかけた。」
「えぇ?そんな速くないでしょ。こんなにちんたらしてたら蜂の巣だって。」
「・・・あのね、あんな高速で、かつ動き始めから一瞬で最高速に到達する事の出来る物体に弾なんて当てられる訳ないだろう・・・・!全く、本当に技術転用しないと誓ったのは正解だったのかもしれないな。あんな力、制御できるだけのロジックなんてすぐには思いつきそうにない・・・」
ウタハは大きく溜息を吐き、体に若干のしんどさを感じながら観測機材のセッティングを行う。イレーネはその様子をぼんやり眺めつつ、ウタハに聞こえる声量で独り言の様に、
「この光、と言うより粒子なんだけど、これは非常に軍事的な観点から見てとても有用な物なんだ。細かく話すと長くなるから省くけど、色々な兵器に使われる位には有用だって事。欠点は生体活動に対して害があるという事で余り大量にばら撒き過ぎると長期間の環境汚染が発生する。そういう物質。ついでに言うと高濃度下だとあらゆる物質を劣化させるっていう性質もある。簡単にまとめると、一定濃度下で何でも壊す粒子って思ってくれればそれでいい。」
「随分とまぁ危険な・・・」
ウタハはその情報に眉を顰める。イレーネは続けて、
「でも、それは大量にばら撒いた場合。1.6m強のサイズなら恐らく汚染の問題は無い。何故なら高濃度下でなければ勝手に霧散してしまうから。それに、本来は有り得ないんだけど、これが使える存在は今の所私しか居ないみたいだし。汚染するなら高濃度を大量に作り出さないといけないから。」
「なんと言うか・・・随分と夢の無いというか・・・」
何をするにしても一定濃度が無いと何も出来ないが、高濃度だと汚染される。使い辛いとかの次元を超えている。普通にただただ危険。ウタハがコジマ粒子に対して思った感想だ。そう結論付ける。そして機材セッティングも完了した。
「準備が終わった。さぁ、始めようか。まずは君の好きに動いてみてくれ。この位置での撮影なら、空を飛んでも記録が出来る。」
「分かった・・・ネクストの感覚なら、QBは・・・二重でプラズマを生成させるには・・・」
―――イレーネの
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時刻は夜の8時 イレーネの仮自室
その日に予定されていた事は殆ど達成できなかった。原因はもちろんヘルメット団襲来を発端とする校舎の破壊だろう。ノアと特にユウカは後処理に追われ、ウタハとの計測実験は思いのほか白熱してしまい、コトリが気を利かせてアサルトライフル以外の銃も持ってきたお蔭で結局日が暮れるまで続いてしまい。イレーネに合う銃を探している時間が無くなってしまった。流石に成果無しは不味いと適当にあったポンプアクションのショットガンを選び、何とか成果0を回避し、今に至る。
今日の夕食はノアが配膳してくれ、そのままノアと一緒に夕食を取っていた。今は食後のひと休憩と言った所か。
「ノア、私決めた。」
いきなり何かを決心したようなイレーネに「おや?いきなりどうしました?」と返すノアに、イレーネは宣言するように、
「私、傭兵業やる。独立傭兵。傭兵バイトって言うんだっけ?ここだと。」
「よ、傭兵バイトですか・・・」
流石のノアもいい反応をしない。キヴォトスにおける傭兵業は余りにも薄情な扱いをされることが多い。金で繋がれた契約などそんなものだと言ってしまえばそれまでだが、元々数合わせでしか雇われることが無く、最悪企業側が自社の兵力に物言わせて報酬の未払いなどもよくある話だ。
・・・最も、今ノアの目の前に居る少女はその企業を片っ端から破壊して回った化け物なのだが。
「大丈夫、ここでもそれなりに戦えることが分かったから。」
「でも、ミレニアムでなくても、何処かしらの学園に所属した方が生活も安定しますよ?」
イレーネがやべー化け物であるなど知りもしないノアはそう提案するが、イレーネはこう答えた。
「稼ぎの問題じゃないの。私は何処かに所属するっていうのが合わなくて・・・だから傭兵業を選んだの。」
半分本音の半分建前。イレーネが単に群れて過ごすという事を知らないだけではあるのだが、それこそが首輪付きたる所以であり、彼女の根本にある行動原理の一部だ。
「・・・でも、倒れてる私を助けてくれたっていう恩もあるし、最初はミレニアムで活動しようかな。それなら自分の住居を見つけるまでここに入れるし。」
恩返しと打算でそう言うイレーネの目には確かな決意が宿っていた。
「そうですか・・・決めるのが少々早い気もしますが、イレーネちゃんが自分の意志で決めたのなら、応援するのが友人というものです。ねっ、イレーネちゃん。」
そう言ってイレーネに抱き着くノア。
「うん・・・自分の意志は・・・己が決めるもの・・・自分の意志で動いてこそ、意味がある。」
そう言ってノアを抱き返すイレーネ。
「ふふっ、それは、私を友達として認めてくれたという事でいいですか?」
「友達になるか否かは、資格や認める云々で決める問題じゃない。その人がそう思ったなら、その人にとって貴方はもう友達だ。私は、それこそが、人の意志の一つだと思っている。」
うわごとの様に言うその声からは確かな確信から来る自信があった。そして、
「私は、独立傭兵、標根イサネ。自らの意志で道を選び、その先の答え目指して歩く者だ。」
静かにそう宣言する。ノアは一瞬きょとんとした顔をした後、すぐに笑みを浮かべ、イレーネに強く抱き着く。
「まだ、出会って1日しか経っていないというのに・・・なんだか少し寂しいです。」
「いや、しばらくはミレニアムに居るって言ったばかりなんだけど・・・」
冷静にそう返すイレーネに、ノアは拗ねたように頬を膨らませ、
「そこはもっと気の利いた言葉を掛けるものだと思いますよ。」
と抗議する。流石のイレーネも「えぇ」と言わざるを得ない。その時イレーネの部屋の扉が開かれる。
「ノアー?居るー?ちょっと、確認しておいて欲しい資料が―――」
ユウカだ。しかし、お互いに抱き合っているイレーネとノアの姿を見るや否や、顔が真っ赤に染まる。
「な、なにやってんのよ!そ、その、お、お、女の子同士で抱き合うなんて!」
「ね?赤面したユウカちゃん、可愛いでしょう?」
「分かる。お昼に聞いた話、今なら分かるかも。初心ね、ユウカは。」
「ちょっと、今そんなのどうでもいいから、さっさと離れなさい!」
「「は~い」」
離れた二人を見て、ユウカは溜息をつき、
「イレーネ、ちょっとノア借りるわよ。セミナー関連でちょっと確認したいことが―――」
「標根イサネ。私のキヴォトスでの名前は標根イサネ。そして、自らの意志で道を拓く独立傭兵。依頼をくれれば、ユウカ、貴方の助けになる。」
「標根イサネ?別に名前変える必要ないと思うんだけど・・・」
突然の宣言に疑問を覚えるユウカ。しかし、イレーネはそれに介さず、
「イレーネはここに来る前に大切な人から貰った名前。イサネは私がここで生きると決めた名前。でも、ユウカ、ノア、貴方達二人はイレーネって呼んでもいいよ。」
「イレーネ・・・そう・・・なら、頑張りなさい。何かあったらいつでも戻ってきていいわ。居場所位なら用意してあげるから。」
「ははっ、でもまずは恩を返すところからよ。受けた恩を返さずに出ていく程、私は腐っていない。」
その顔には確固たる意志の存在を感じさせた。
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3日後
「・・・ねぇ、ユウカ。確かに恩は返すって言ったけどさ、なんで面識のない生徒の説教をしないといけないの?明らかに役割が違うと思うんだけど。」
「そこは諦めて下さい。私から言っても聞かないので。」
セミナーの執務室前。ここ2日でいくつかのお手伝いをし、標根イサネとして初のセミナーからの依頼。それが、元セミナーの黒崎コユキという生徒の問題行動の矯正をするために協力して欲しいというもの。・・・明らかに傭兵に出す依頼ではない。
この黒崎コユキという生徒、暗号解読に天賦の才があるようで、セミナーに入ったはいいが、倫理観の欠如の為にこれまでに様々な問題を起こし、セミナーをクビにされたという経緯を持つらしい。そしてすでにセミナーの機密をいくつも知っているという理由でキヴォトスにおける刑務所に当たる施設に入れることが出来ず、こうして監視下に置いているようだが、今回またしても問題を起こした様だ。
「内容としては自分のおやつを買うお金を手にするためにセミナーの金庫から勝手に予算を横領。被害額は今回は小さいけど、それでも25万円ほど。結局おやつを買う前にC&Cが拘束、で、今に至るわ。因みにパスワードの変更回数はこれで3桁にそろそろ手が届きそうな所よ。」
ユウカが事の成り行きを説明する。そして続けて、
「それで改めて、標根イサネさん。貴方に黒崎コユキの説教の代理をしてもらいます。条件は・・・そうね、コユキに怪我さえ負わせなければ何でもいいわ。少々の備品の破損も今回は許可します。・・・本当はノアに任せるのが一番なんだけど、今忙しいって・・・はぁ。」
溜息つきたいのはこんなバカみたいな依頼をやらされるこっちなんだが。という思いを飲み込み、イレーネは口を開く。
「じゃあ、そのコユキって子の過去のやらかしを記録した物ってない?あと、怪我さえ負わせなければ多少の暴力は許されるって事でいいのね?」
「それはここにある。持って行って構わないわ。実力行使は、今回はなるべく控えて。けど、逃走を図った時には全面的に攻撃を許可します。決して逃がさないで。」
「委細承知。」
何処かの渋い社長の真似で答えるイレーネ。ユウカから貰ったやらかしのデータをプリントアウトしたものに目を通し、その内容を頭に叩き込む。準備が整ったと、ユウカから合図。それを見ると同時にセミナー執務室の扉を蹴破る。
金属性の扉は、喧しい音を立てて吹き飛ぶ。そのまま部屋に入る。ショットガンは腰に下げたままだが、セーフティは既に外されている。
「ふぅーん、貴方が黒崎コユキって子ね。随分とまぁ、かわいらしいこと。」
「ひぃぃ!?だ、誰ですか、ユウカ先輩じゃないんですか!」
明らかに怯えた様子のピンク髪の少女。どうやらこいつがミレニアムの問題児らしい。とりあえず、自己紹介をせんと口を開く。
「初めまして、黒崎コユキ。私は標根イサネ。貴方が先輩方の言う事を聞かなかったせいで、ユウカ先輩もノア先輩も、過労で倒れちゃった。で、会長の依頼で私が代わりにお仕置きに来たって訳。よろしくね?」
かなり芝居掛かった口調で話す。結構苦しい。
「う、うう、嘘ですよね!しし、知ってますよ!だってユウカ先輩の声聞こえましたもん!」
(ちっ、流石にそこまで馬鹿じゃないか。向こうだとこういう人は即殺処分だったからどう分からせればいいのか・・・)
「でもぉ、貴方が要らない迷惑かけるおかげで先輩たちはとぉっても苦労してるそうよ。それに・・・貴方のやってきた所業・・・なんで処分されていないのか、不思議なくらいね。」
左腰に下げていたショットガンを手に取り、その銃身で自らの肩をトントンと叩く。おぉ、見事な涙目だ。ここまで怯えておいて懲りないのは最早遺伝子に刻まれた本能なのではないのだろうか。もしそうなら説教する意味なんてあって無い様なものだが。
さて、ここからどうやってこの少女に理解させようかと考えていると、コユキがいきなり笑い出す。
「に、にはははは!私がユウカ先輩とあなたが話している間に何も準備してないと思っていたのなら、大間違いです!!」
コユキを縛っていた縄が切れている。そしてコユキは扉の無くなった執務室の出入り口目掛けて走り出す。そのまま通路を左へ。
「にははははー!残念でした~!」
余計な煽りと共に遠ざかる背中。それを眺めながらイレーネは嗤う。何故なら自分を縛っていた暴力がコユキの手によって解禁されたからだ。
(馬鹿だねぇ~、私の一番の武器が暴力であることも知らずに。やっぱり私は
イレーネはその背を追い、走り出す。
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(ユウカ先輩が誰かに頼んだみたいですけど、間抜けな人で助かった!このままおさらばです!)
そう思いつつ通路を掛けるピンク髪をツインテールにした少女――黒崎コユキはユウカの代わりに説教にきた標根イサネという人から絶賛逃走中だ。そして突き当りを右に曲がろうと右を向くと、そこには――
・・・何故か先程見た顔の人が居る。そう、標根イサネだ。
「あれ、さっきぶりだね。じゃ、大人しくくたばろうか。」
ショットガンの銃口がコユキの眉間に向いている。
「うわぁぁぁぁ!!」
絶叫と共に体を反転、突き当りから見て左の通路へ走る。今度の通路はさっきのよりも直線距離が長い。
(直線で追ってこないなら、このまま距離を離せば・・・)
イサネとぶつかりかけた突き当りが小さくなり始めた頃。
(こ、ここまでくれば、もう―――)
恐る恐る後ろを振り向く。そこにはイサネの姿は無い。
「やったぁ!逃げ切りま――」
「随分とご機嫌ね。何かいいことでもあった?例えば、私から逃げきったとか?」
ガチャリと音を立てて背中に突き付けられる銃口。コユキの動きが止まる。ギギギと錆びた機械の様な動作で後ろを向くと、そこにはまるで玩具を見る様な目をしたイサネが、ショットガンの銃口をこちらに向けて突き付けていた。
「なんでぇぇぇぇぇ!!」
またもや絶叫。そのまま前を向いて全力疾走。今度は振り返らない。3回の曲がり角を曲がり、エントランスへ。そして他の生徒をすり抜けてエレベーターに乗り込み、ここから離れた階層のボタンを押す。エレベーターの扉が閉まり、上に向かって昇っていく。
コユキの指定した階に着く一つ下の階で、エレベーターが停止する。どうやら誰かがボタンを押した様だ。一瞬どきりとした自分の心を落ち着かせる。
「あらぁ、こんなところに、迷子の子ウサギさんはっけ~ん。今日の晩御飯は兎鍋だぁ♪」
開いた扉の先に居たのはまたしても標根イサネ。銃口をこちらに向け、笑顔で何か物騒なことを言っている。
「ひゅっ」
呼吸を詰まらせながら扉の閉めるボタンを押す。イサネは何故かエレベーター内に入ってくることは無く、そのまま扉が閉じる。
通路も駄目、エレベーターも駄目、そうなると階段か外か。
(恐らく外はC&Cが居るから駄目。だとするなら・・・階段しかないっ!)
目的の階に着き、扉が開くや否やコユキは走り出す。目指すは普通の階段ではなく、非常階段だ。あそこは普段暗号によるロックが掛かっている。しかし、コユキにとって暗号というのは、直感で理解できてしまうので、暗号ロックなどは足止めにもならない。
非常階段の入り口に到着すると1~9の数字の書かれたボタンの付いている端末に向かい、直感で分かった数列を入力していく。
「えっと、7、8、3、2、6、4、8、2、4、7、1っと。」
エンターに当たるボタンを押す。数字が表示された画面がロック解除という文字と共に扉のロックが外れる音。すぐに扉を開け、扉を閉めると同時に非常階段の内側にもついている端末にパスワードをもう一回入力。すると今度は扉にロックが掛かる。
それを確認し、非常階段を駆け下りる。ここから地上を目指すのはかなり骨が折れる。なので途中で何処かのフロアに戻ってイサネが追ってきているか否かの確認をする。ルートを決めたコユキはその足を更に速める。
―――しかし、
突然、重厚な発砲音が静かな非常階段エリアに響き渡り、コユキの目の前を複数の弾が通過。その横の壁に弾痕を刻む。コユキの足が止まる。
「はははっ、逃げられると、思った?」
これまでの逃走の努力を嘲笑うかのような死神の声。かつん、かつん、と音を立てながら非常階段を上ってくる人影。そう、標根イサネだ。その手にはショットガンが握られており、銃口はこちらを向いている。そしてそこから、硝煙が昇っている。
「困るんだよねぇ、言うことを素直に聞いてくれないと。人の言う事の聞けない出来の悪い子はさぁ、処分しないといけないからさ。」
―――
コユキの頭の中にイサネの言葉が反響する。咄嗟に逃げ出そうとした足が凍り付く。
「う・・・あ・・・」
声が出せない。呼吸が浅くなる。音が全て遠ざかっていく。いつもやらかすたびに追い回してくるC&Cの誰とも違う。C&Cはただあくまでも捕まえるという意思が伝わってくる。確かに鬼の形相で追いかけてくるネルは非常に怖いが、それでもそこまでだ。
しかし、目の前に居る人の形をした何かはそうじゃない。捕まろうとしないなら、殺すだけ。幾度とも補足しておきながらそれでも捕まえようとしないのは、ただ遊んでいるだけ。玩具が面白いから、良い鳴き声を出すから。それに飽きたら、捨てられた玩具の様に殺されて終わり。
どうして。いつも何だかんだ許してくれたユウカ。怖いし逆らえないけど、それでも褒めてくれることもあったノア。
(もう、もう、わたしは・・・いらない子・・・ですか・・・?)
それを想像してしまった瞬間、目の前が暗くなる。
「う・・・あ・・・あぁ・・・なん・・・でぇ・・・」
コユキの意識が完全に途切れる。
「えぇ?なんでぇ?」
一方のイサネ――イレーネは半ば面白半分で追い回していたコユキがいきなり失神してしまったことに困惑を隠せなかった。とりあえずコユキの体を肩に担ぎ、ショットガンを腰に下げる。そしてポケットから取り出したスマホを操作し、ユウカに連絡を入れる。
3コール。
『もしもし、セミナー会計の早瀬ユウカですけど。』
「あー、私、標根イサネですけど、あの、一応逃げたコユキ捕まえたのは良いんだけど・・・」
『捕まえたけど・・・どうしたのよ。』
「なんか勝手に失神しちゃって・・・別に一回も当ててないんだけど・・・」
通話越しに聞こえる溜息。・・・いやこっちもつきたい気持ちなんだが。
『・・・とりあえず、戻ってきて。』
「・・・了解。」
通話を切り、大きく溜息。そして上を見上げる。
「・・・はぁ、もどろ。」
来た道を戻り、セミナーの執務室へと歩いて行った。その肩に担がれているコユキの寝顔は苦痛に歪んでいた。
セミナー執務室にて
「・・・本当に、何もしてないのに気絶しちゃったのね・・・」
ユウカが頭を抱える。イレーネは頬を掻きながら気まずそうに言う。
「いやぁ、反応が面白かったから面白半分で追い回したんだけど、非常階段のところで威嚇射撃したらなんか何を想像したのか勝手に気絶しちゃって・・・」
イレーネはこれでもユウカの要求通りの仕事をしただけだ。更に加えるなら、コユキが逃走したから武力を以て制圧しただけで、まだ説教自体は終わっていない。
「それにしたって、ただ追い回すだけでここまで追い詰めるって・・・ネル先輩の言う事は本当だったという訳ね。」
「はぁ?ネルはなんて言ってたのさ。そんなに変な事してない筈なんだけど。」
「えっと、任務でも普段の態度が変わらないアスナが笑顔を消して「あれはいやな予感がする」って言ってたし、あたしもこいつはマジでやばいと感じたって言っていたわ。」
「うーん、一概に否定できないのがなんとも・・・」
イレーネ自身の観点から見ても、あの時はネルと戦うという事実に昂揚していたことは否めない。否定したいが、前世の行いが行い故に如何とも言い難かった。イレーネは自分の過去の所業を思い返し、渋い顔をすることしか出来ない。
「はぁ、コユキが気絶しちゃったし、これ以上の説教は不可能ね。依頼の成否についてはどうしようかしら。成功とも失敗ともいえないし・・・」
「・・・認めたくないけど、失敗でいいよ。依頼内容はコユキの問題行動の矯正であって、失神させることじゃないからね。」
かつて、依頼の失敗など一切なかったと言える最強のリンクスの薄っぺらい矜持が完全な依頼の遂行が出来なかった事が許せず、イレーネは報酬の受け取りを断ろうとするが、
「いえ、せめて半額でも貰っていって。元々分の悪い賭けに近かったし、貴方に出した依頼は飽くまで説教のお手伝い。コユキの更生までの結果は提示していないわ。」
「・・・そういうなら、半額だけ貰っていくことにするよ。」
―――独立傭兵、標根イサネの記念すべき最初の依頼は微妙な結果に終わった。
コユキとの逃走劇はもっとコミカルにするつもりだったのに何でこんな事に...
首輪付きさんのコジマパワーは初めからやってみたかった設定なので...ユルシテ...ユルシテ...
次回、首輪付きがブラックマーケットで大暴れするお話です。
因みに超省いて書くため、恐らく並みの駄文を超える駄文が飛び出てくるので、お読みの際は本当に充分に注意してください。
もちろん、出来る限り分かりやすく書きますが、次回の話が面白くないや、文の書き方が適当、おかしいなどといった意見は受け付けませんので、そこの所はご理解ください。
先生の性別はどっちがいい?
-
男先生
-
女先生