透き通る世界で二度目の答えは出せるのか   作:回り針

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ブルアカで古代語と呼ばれる言語ってこっちで言うラテン語を指しているんですね。イサネさんの愛銃こと【quid est pax】ってがっつりラテン語なんですけど...

ま、まぁ!?アズサさんの銃もミカさんの銃もラテン語使ってるし多分大丈夫...!




際限無し自由落下

 

 

 

 

 

「うーん、新しい予備のマガジン買うべきかな・・・破損が酷いし――」

 

 

夜のトリニティ学園ほぼ全域にやや広い間隔で配置され、その周囲を警備する黒いセーラー服が特徴の正義実現委員会の生徒達。

 

「喋り過ぎ。無線には触れないでよ?」

 

その一角で一人、暇そうに銃の調子を確認していた生徒に音も気配もなく忍び寄り、銃のグリップを握っている右手を自身の右手で握り潰すと同時に口を左手で塞ぐ。

 

「んぐ!?んん――」

 

意識の外から口を右手を抑えられたその生徒が銃を手放したのを確認するや否や即座に右腕を首に回し、締め上げながら物陰に引き摺り込む。

 

「んぎ・・・ぎ・・・もがっ!?」

 

震える左手で必死に首を絞める右腕を叩く様を一瞥すらせず、口から離した左手でハンドガンの予備マガジンを取り出し、その角で抉る様に後頭部を叩く。・・・叩くというよりかは殴ると言った方が近いのだが。

 

通常の人間ならこれで確実に意識を失い、その後記憶混濁や意識障害などの後遺症を起こすのだが、相手は銃弾という人肌を容易に貫く武器を以てして死なない頭上に光輪(ヘイロー)を頂くキヴォトスの住人。多分大丈夫だろう。

 

 

(取り敢えず学内には入れた。・・・一般生徒立入禁止区域はあっち。)

 

 

ヘイローを消失させ、力無く地面に横たわる正義実現委員会の生徒の口を養生テープで音を出さぬ様に塞ぎ、同様に手足を縛り上げる。粘着面に付いたゴミで失明は流石に可哀そうなので目は彼女のポケットに入っていたハンカチとテープを組み合わせる事で上手く塞ぐ。

 

「まぁ、茂みで良いか。死んでも困らないけど殺したい訳じゃないし・・・」

 

縛り上げた生徒を適当に茂みに隠し、黒灰色のワイシャツにハーネス。そして普段通りのスクールスカートを着た少女――標根イサネは面倒臭そうに銀灰色の長髪を搔き上げる。

 

 

「結局これ以外に何の成果も無いとはねぇ・・・まぁここまでしても成果なしになる可能性が十分にあり得るんだけどね。」

 

 

ぼそりと呟いたイサネの脳裏に浮かぶはここ数日の記憶。四苦八苦?してトリニティに入り、アリウス分校による調印式襲撃の間に依頼遂行に必要な情報を集めようとしたまでは良いものの、トリニティ首脳部の徹底した外部者排斥により何の成果も得られず時間を無為に捨てた数日。

 

「うぐっ!?」

 

「悪いね、通行の邪魔なんだ。」

 

情報収集や後方のバックアップなどは依頼主たる黒服がやってくれる。なので究極的に言えば別にイサネが逮捕の危険を冒してまでトリニティ内をうろつく必要性など無いのだが、心が戦闘態勢に入ってしまったイサネに意味や目的も無くただ待つという事は出来なかった。

 

しかし、外部者対策を徹底しているトリニティにほぼ策無しで出向いた結果、イサネの心にトリニティ首脳部であるティーパーティーと治安維持組織である正義実現委員会への逆恨みを溜めるだけ溜め、成果は一切無しという惨敗に終わった。

 

しかしイサネは、自業自得にも関わらず何を思ったのか、やられっぱなしは気に食わないという第三者から見れば完全に意味不明な理由で今、黒服の警告を振り切って午前2時半過ぎという深夜帯でのトリニティ学園潜入を敢行するに至る。

 

(第一目標はエデン条約調印式に関する情報。必達ではないけど、当日どちらにせよ警備の目を潜り抜ける必要があるのは変わらない筈。・・・ここに来てから強盗も大分手慣れてきたなぁ。)

 

一人、また一人と順路の邪魔になる警備の生徒を無力化し、止まってもそう簡単に見つからない場所へと移動する傍ら、イサネは改めて情報と今回の潜入の目標を整理する。

 

現在、イサネが持っている情報は黒服から提供されたものも含め

 

・エデン条約がゲヘナとの間で結ばれる条約である事が世間一般の認識という事

・ティーパーティの一人であるサンクトゥス派首長、百合園セイアが療養中である事

・シャーレの先生がティーパーティの要請によりトリニティに滞在している事

 

この3つが主に挙げられる。他にもアリウスの調印式襲撃の作戦概要だの何だのがあったりもするが、今日今のトリニティには関係性が薄いので除外しておく。

 

そして、この3つと事前に知らされた情報からイサネは、

 

・エデン条約はただの不可侵条約ではない。どちらかと言えば共依存に近い条約である

・百合園セイア療養は恐らく嘘。公表できない様な危篤状態にあるか死亡しているが正解

・警備の多さからティーパーティーは自分達への襲撃を恐れている可能性がある

・アリウス分校がトリニティ内部に送り込んだ密偵が居て、セイアの存在秘匿に関連している

 

という推察を導き出した。どれがどこまで真実なのかは分からないが、近からずも遠からずなのではないかというのがイサネの評価。これらの推察や情報の正否を確かめるのが今やっている潜入の第二目標。

 

気配をほぼ完全に殺して警備の目を躱しつつ奥へ進み、邪魔な場所に居る者には何の躊躇いも無く締め技や頭部への打撃によって無力化させる。最低限の周囲警戒を以て順路を組み立て、持ち前の直感と気配探知ですいすいと夜のトリニティ学園を進む。

 

(さぁーて、ティーパーティ専用の敷地に入ったのは良いけど・・・ま、やる事は変わらない。交戦を避けて、攻撃は最低限に。数を相手するにはちょっと兵装が足りてないからね。)

 

今回の潜入にイサネが持ち込んだ装備は綿密なカスタムを施したM4A1カービンライフル、同じくカスタムを施したSIG SAUER M17(ハンドガン)、ククリナイフとコンバットナイフ3本という予め用意した装備とトリニティに潜入する前にコンビニで買った手榴弾が2つ。取り回しと隠密性の観点から愛銃【quid est pax】こと対物ライフル(alligater)は今回お留守番だ。

 

「あれぇ?なんか通信が聞こえない――」

 

「ちょっとだから喋るなって。」

 

始めから数えていない正義実現委員会の生徒の後頭部をハンドガンのグリップ部で殴る事で黙らせ、頭に叩き込んだトリニティの地図に従い目当ての建物の窓前に位置取る。

 

「鍵、掛かってるよなぁ・・・えぇい面倒だ抉じ開けよう。」

 

軽く周囲を見回し、見張りの目が離れた事を確認したイサネは腰から下げた革の鞘からククリナイフを抜いて窓とその縁の隙間に刃を滑りこませる。

 

「よっ・・・と。」

 

そしてゆっくりとグリップに力を加え、てこの原理で金具のロックを破壊して窓を開ける。金具の破壊にやや大きな音が鳴りはしたが、計算通り外の警備には聞こえておらず、また幸運にも建物の中に人の気配は無かった。

 

もう一度周囲を確認したイサネは抉じ開けた窓に素早く身を滑りこませると、音を立てない様に扉を閉じて外れた金具を隠す。

 

(地図通りなら、ここはフィリウス分派が保有・利用している建物の筈だけど・・・お、当たりみたいだね。)

 

潜入にあたってイサネは最初に潜入する事を決めた場所は現在臨時でティーパーティーのホストを担当している桐藤ナギサが率いるフィリウス分派所有の校舎。

 

(エデン条約はナギサ主導って話だし、多分調印式周りの情報を漁るならこの辺だよなぁ。)

 

気配を殺し、暗闇の部屋の物色を始める。机の上に広げられた紙の資料を触れずに流し見、棚に仕舞われた本や黒板に書かれている文章などを斜め読む。

 

(これは関係ない、これも関係ない。こっちも違う。これは・・・そんなに重要じゃないな。こっちはそもそもエデン条約絡みじゃない。後は・・・)

 

強化手術による常識外れた認識能力を以って校舎の様々な場所に散って保管された全書類を瞬く間に処理していくイサネ。しかし――

 

(ここは外れ。欲しいものは特になかった。となると別の校舎か?)

 

教室を物色しては移動を繰り返す事数分。侵入した校舎にある全教室を概ね漁った感じだが、イサネが欲しい情報は一切無かった。というかエデン条約絡みの資料がそもそも殆ど無く、恐らく校舎そのものが外れという奴なのだろう。

 

(総当たりしか方法無い?・・・え、面倒面倒面倒。やだやだやだ、普通に嫌なんだけど。)

 

三大校に名を連ねるトリニティ総合学園はとにかく広く、校舎の数も比例して多い。・・・つまるところ捜索の必要がある校舎は一つだけじゃない。そしてどこの校舎になんの資料があるかなぞ公開される訳がないので、いくら喚こうと総当たりは必ず通らねばならぬ道である。

 

(冗談はここらにして、そろそろ無力化した警備の奴らが起きてもおかしくない頃合いだ・・・さっさと欲しい情報見つけて帰らないと・・・)

 

イサネは抉じ開けた窓から大急ぎで出、次の校舎を目指す。幾らトリニティが広いとはいえ、フィリウス派はフィリウス派、サンクトゥス派はサンクトゥス派と各々の分派ごとに固まっており、フィリウス派所有の建物の隣は大体フィリウス派の建物となっているのは幸いか。

 

「あれ?視界の端で何か動いて――」

 

「・・・危なーいっ。」

 

「こっ!?」

 

進路上に居る警備の顎をキヴォトスで見ても並外れた力で殴る事でやや手荒に意識を奪い、すぐさま次の校舎の窓を同様の方法で抉じ開け中に入る。

 

(調印式における警備の配置。調印式のスケジュール。式場の内部構造。百合園セイアの所在と状態。アリウスが送り込んだ密偵の調査の有無。)

 

なるべく音を立てない様に机の上や棚の中にある紙資料を読み漁り、確認した情報の取捨選択を即座に行う。身体能力と共に脳の演算能力も常識外れたリンクス(強化人間)だからこそ出来る芸当。

 

「ぐ、これじゃない。これも違う。これはまた外れか?そろそろ陽動をしないと勘付かれるかもしれないが・・・どうだ?まだ気付かれてないか・・・?」

 

しかし、いくら次元外れた身体能力と思考能力を持っていたとしても運は別。致命的なまでに終わっているイサネのツキは、彼女の脅威的な能力すらも無意味と化す。探せども探せども、見つかる資料はイサネの目的に掠りもしない。

 

(・・・ここも外れか。正義実現委員会の警戒度合いじゃ本当に無成果も現実味を帯び始めるな・・・そろそろ黙らせた奴が起きてもおかしくないんだよなぁ。)

 

2棟目も外れ。物色の痕跡を残さない様に1棟目と同じ様に外に出る。時間にして潜入開始から大体30分前後程、打撃や締め技の効力次第ではそろそろ気絶した警備の生徒達が意識を取り戻し始める頃合い。

 

 

(発覚までの時間的猶予に対して捜索対象の数が多すぎる。陽動は必要性が・・・急がないとね。)

 

 

気持ちを切り替え気合を入れ直し、次の校舎に足を向けるイサネだったのだが――

 

 

(無い、無い、無い。・・・掠りすらしない。まだ3つだしこんなもんか?)

 

 

3棟目、撃沈。収穫無し。

 

 

(学園祭の出し物・・・?メイド喫茶・・・?えっと、これどこのC&Cの真似事・・・じゃなくて、違う違う。見入ってる場合じゃない。)

 

 

4棟目、撃沈。収穫無し。

 

 

(ここ弾薬と爆薬しかないぞ。情報のじょの字も無いんだが。運の悪さがここに来てか・・・?)

 

 

5棟目、撃沈。収穫無し。

 

 

(ぐぎぎぎ・・・!なんだって、なんだってばこう・・・こう大事な時にぃ・・・ッ!)

 

 

6棟目、撃沈。収穫無し。

 

 

「どうなって・・・どうなってる?こんなに空振りする事ある?え、これ私がおかしい訳じゃないよね?皆ここで空き巣したらこうなる・・・よね?」

 

 

肝心な時に暴れ回るイサネの悪運。振り回されて荒れるイサネの心。幾ら広い大分派保有の敷地と言えど、ここまで連続で外れを引くのは想定外だ。流石は世界を敵に回す運命を引いただけはあるのだろうか。・・・全く以て嬉しくはないが。

 

(外が騒がしくなった様子はない・・・とすればまだ大丈――いや流石にそろそろ起きてるでしょ。楽観視は良くないな。)

 

そして時間的にもイサネが気絶させた生徒はもう皆起きていている時間。成果の有無に関わらず時間的な猶予はない。

 

「必ず当たりはある筈・・・焦るな焦るな。私らしくない。」

 

色々と嫌な事尽くめの状況に荒む心を沈め、イサネは次の校舎へと進む。想定では既に気絶した生徒を見つけたり他の警備や目が覚めた生徒が事の異常を皆に知らせている時間だが、ここは下手に陽動を行わず、限界まで相手に探して貰う方向性で行く。

 

(次はここ。ここを漁って正義実現委員会が動いたらグレネードでも投げよう。顔見られるのだけは避けないと。)

 

最早手慣れてきた動作で窓を抉じ開け、新たに目を付けた校舎の中に入る。これで7棟目、そろそろ当たりを引いて欲しい所だ。軽く周囲を警戒し、物色を始める。

 

 

「欲しいものじゃないが、良いね。エデン条約絡みの資料が多い・・・って、うん?これは・・・補習授業部・・・トリニティの裏切り者候補・・・?」

 

 

7棟目。潜入を始めてそろそろ1時間。漸くイサネから見て当たりと思われる情報が彼女の目に留まる。

 

「トリニティの裏切り者・・・候補に挙がった3名・・・阿慈谷ヒフミ、浦和ハナコ、白洲アズサ・・・正義実現委員会への人質として下江コハル・・・成績不振を理由に補習授業部に・・・」

 

やたらと広い執務室と思しき部屋の棚に綺麗に仕舞われた書類を漁る中、ふと手に取った一枚にあった「トリニティの裏切り者」なる存在を記したプリント。記録者の名前こそ知らないがプリント下部に押された押印は間違いなくティーパーティーのもの。

 

「あったあった。これだ、アリウスの密偵の捜索の進行度とリソースの流れ。とはいえあくまでも裏切り者なんだ。どういう事だろう?」

 

どうにもトリニティ内でエデン条約の締結を阻止せんと企む者が居るらしく、ナギサによる秘密裏の調査の結果候補者として挙がったのが3人。そして正義実現委員会への牽制として人質に決めた1人の計4人を成績不振を表向きに理由にして一纏めにしたと言うのが事の真実の様だ。

 

(3回の試験の内1回だけでも全員が合格すれば補習授業部は解散となり4人の退学は免れる。ただ試験の結果に応じて試験内容を調整する・・・政治家らしいねぇ。)

 

書類を一通り斜め読みした所既に1回目の試験は終わっているらしく、今は勉強合宿として郊外にある合宿所に滞在している様だ。他にも候補者それぞれの理由や調査内容などがかなり細かく記載されている資料も見受けられる。

 

(はぇ~、補習授業部ってシャーレのあの特権を組み込んで出来てるのか。あっ、だから試験3回落としただけで退学に出来るのか。っていうかこの阿慈谷ヒフミって見た事あるぞ。絶対あいつだろ・・・う、嫌な記憶が・・・)

 

資料に事細かく記載された補習授業部の部員四人の経歴や調査結果を頭に叩き込みながら、イサネは資料を物色していく。

 

(白洲アズサ。パテル分派首長の聖園ミカがどこかから連れてきたと言い報告にあるやたら高い戦闘練度と言いこいつがアリウスが送り込んだスパイっぽいな。)

 

一先ずアリウスが送り込んだ密偵の存在とトリニティ側の調査の様子は確認できた。トリニティ側はトリニティの裏切り者としてエデン条約破綻を目論む者をどうにかして探し出そうとしており、またアリウス側からも刺客が送り込まれている事が理解出来た。

 

(後は・・・こいつをトリニティに連れてきた聖園ミカ。これもどうも怪しいな。大分派の首長が身元不明とはいえ連れて来る人間の身元を洗わない筈が無いだろうし。)

 

謎が一つ解けたその一方で、アリウスからの密偵をトリニティに招き入れた聖園ミカという謎が新たに浮上してしまった。

 

「こうなってくるとパテル分派の方にも探りを入れるべきなんだろうが・・・無理だな。」

 

今すぐにでもパテル分派、それも聖園ミカが利用している校舎を洗いたいイサネだが、残念な事に今からパテル分派の校舎を漁りに行くのは無謀に近い。顔を見られたくない今の段階でミカの思惑まで探るのは諦めるべきだろう。無理に行けば確実に顔を見られた上での銃撃戦を強制される。

 

「でもこの様子だと黒いのはパテル分派だなぁ。フィリウス・・・ナギサはあくまでも踊らされて疑心暗鬼になってるだけ。あー、はいはいはい、なんとなく分かってきたぞ。」

 

ここから距離のあるパテル分派保有の校舎に騒ぎ無しで向かう事は出来ないが、面白い情報を拾う事は出来た。収穫としてはまぁまぁだろう。欲を言うのであるなら療養中とされているサンクトゥス派首長にして本来ティーパーティーのホストを担当している筈の百合園セイアに関する情報も欲しかった所だ。

 

「第二目標の方は達成できた。ただ・・・」

 

一通り資料を読み終えたイサネだが、ふと己が勘が告げる通り外の方を向く。すると――

 

 

「不法侵入者はどこだーっ!?一般生徒立入禁止区域まで入られてるぞー!」

 

 

外の方、それも大分近い場所からこちらを探す声が聞こえてくる。時間切れだ。

 

「ここまでか。まぁでも校舎7つも漁れればまぁ良い方かな。・・・引きは最悪だったけど。」

 

時間は稼げた方だろう。イサネは遠くから聞こえる足音からおおよその人数を推測。同時に左手を左腰に伸ばし、スカートのベルトに下げた2つの破片手榴弾(フラググレネード)の片方をベルトから外す。

 

 

「正義実現委員会とやり合うのが目的じゃないけど・・・あっははっ、顔を見られない範囲で遊んでやるよ。」

 

 

やる気も殺る気も十二分。目的も兵装不足の中無数の敵+キヴォトスでも最高クラスの実力者を倒すのではなく逃げ切るだけと勝算も十分。イサネは書類を手放した右手で左腰前に装備したライフル用ホルスターに挿したM4A1と右腰のホルスターに挿したSIG M17をそれぞれ半ばまで抜いて問題無く使える事を確認する。

 

(予備マガジンはそれぞれ4本づつ。がっつり撃ち合ったりは出来ないが・・・まぁ逃げ切るのが目的だから気にする事はない。)

 

腰回りに付けた二丁の予備マガジンをそれぞれ叩き、手榴弾のピンを外す。

 

 

制限時間は無し。私を捕まえればお前らの勝ち、私が逃げ切れれば私の勝ち。それ以外にルールは無い。増援でもなんでも、私を捕まえられるのなら好きに使うが良い。

 

「正義実現委員会・・・その練度、はてさてどれくらかねぇ?」

 

捕まえられるものなら捕まえてみろ。その目に捉えられるものなら捉えてみろ。私はお前達の想像よりもずっと疾いし、私の爪牙はお前達なぞ容易に貫ける。死ぬ気で掛かって来い。

 

 

―――さぁ、鬼ごっこの時間だ。

 

 

「せぇ、のぉッ!!」

 

 

控えめな掛け声と共にセーフティレバーを外した手榴弾を自身が来た方角へ向けて投擲。その後投擲の結果を見ずに潜入前に予め決めていた脱出地点へ向けて一直線に走り出す。

 

「グレネードだ!伏せろっ!!」

 

「うわぁっ!!?」

 

「危ないっ!」

 

遠くの方で響く絶叫と破裂音を鼓膜に収めながら、イサネは侵入時に抉じ開けた窓を開け勢い良く飛び出す。

 

「うわっ、誰――」

 

「邪魔だどけッ!」

 

着地と同時にあらかじめ決めておいた脱出地点の方向へ走り出し、進路上に居た生徒に一切の迷いなく右ストレートを振るう。

 

「がぼっ!?」

 

走力の乗った一撃は驚愕で開いた口に直撃。歯に食い込んだイサネの右拳の出血を代償に顎に叩き込んだ衝撃を脳に響き渡らせる。過度な衝撃を受けた脳は脳震盪を起こし沈黙。イサネの一撃を受けた生徒はヘイローを消失させ地面に糸の切れた人形の様に倒れ込む。イサネは己が拳の出血すらも気にも留めず、足を速める。

 

そうして数百mを息も切らさず疾走し、建物の陰に飛び込むと、ライフル用ホルスターからアサルトライフルを抜いて膝立ちで構える。バレルを握る左手の小指側を壁の縁に当て、銃身の固定と遮蔽に身を隠すの二つを同時に行う構え方。

 

「どこだー!?」

 

「どこにも居ない・・・爆発はこっちの方だと思うけど・・・」

 

イサネが射撃姿勢を取った数秒後、銃口を向けた方から声と足音が聞こえてくる。ついでに懐中電灯と思しき光も。

 

「来たか・・・!」

 

足音を聞き分け概ねの人数と彼我の距離を推定する。安全装置が外れている事を確認し、最低倍率に変えた可変倍率スコープを覗き込み引き金に指を掛ける。

 

(あと3・・・2・・・1・・・今だっ。)

 

心の中でカウントダウンを行い、0のタイミング同時に引き金を引く。

 

「きゃぁああっ!!」

 

「敵襲!てきしゅ――うがががっ!?」

 

照準をひたすらスコープ越しに見える頭部に合わせ、一マガジン分全て撃ち切るまで引き金を引き続ける。能力が割れている可能性も考慮して今回はコジマ粒子による威力強化は無しだ。

 

「うわぁぁああっ!」

 

銃口から吐き出される5.56mm弾は次々と黒セーラー服を着た生徒の頭部に命中。初撃で頭を大きく仰け反らせ、後続の銃弾で意識を刈り取る。減音器(サプレッサー)を装備しているので銃声についてはそこまで深刻に考える必要は無い。

 

そしてカチッという撃鉄(ハンマー)撃針(ファイアリングピン)を叩く音が聞こえたと同時に射撃姿勢を解き、空マガジンを引き抜いて走り出す。確認するまでもないが、イサネがターゲットにした生徒達は全滅。これである程度の人員を救助に回させて捜索の目を削る事が出来る。

 

「次は・・・っと。」

 

建物の隙間を駆け抜けながら、イサネは予備マガジンをアサルトライフルのマガジンウェル(挿込口)に叩き込み、空マガジンを適当に投げ捨てる。

 

「はははっ、夜だってのに警戒が甘いねぇ。暗闇は数的不利を覆すのに最も効果的な環境の一つなんだぜ?あんな適当な待ち伏せに引っ掛かるなんてまだまだよぉ?」

 

街頭すら無い真っ暗闇の大通りを疾走しながら、イサネは今程撃ち倒した生徒達を嘲笑う。イサネ程戦い慣れした者の奇襲や不意打ちなど並みの生徒では凌げる筈も無いのだが、数的有利に油断して不法侵入者の捜索程度の警戒しかしないのが良くないのは事実。

 

イサネはその後も脱出地点に向かいながら、時折わざと音を立てるなどして大体の一部を誘導。釣られて小数になったタイミングで簡易的な奇襲を仕掛け次々と撃破。銃撃も最低限に、殴打と締め技を多用して最低限の損耗で叩き起こされた正義実現委員会の生徒達を揶揄う様に恐怖の底へと沈めていく。

 

『皆さん、落ち着いて私の指示に従ってください!侵入者は手練れですが一人です!小数での行動は避け、陽動に対しては必ず中隊以上で対応しなさい!無線への報告も忘れないでください!マシロが位置に着きました!』

 

「・・・副委員長が起きたか。ならもう遊びは終わりにすべきか?飽きたし。」

 

何度目かも忘れた釣り出した少数を奇襲で打ち倒した直後の事。倒れた生徒の無線から聞こえる聞き覚えのある声。どうやら正義実現委員会の副委員長にして司令塔、羽川ハスミが指揮についたらしい。これを受けたイサネはそろそろ引き上げるべきと判断し、拾い上げた無線機をそっと地面に置き――

 

 

――敵意。

 

 

 

「ッッ!!!」

 

 

 

首を左に思いっ切り傾ける。理屈も物理も無視した反射速度と人の理解を越えた勘。直後、イサネの頭部があった位置を一発の銃弾が通過する。

 

(狙撃・・・どこからだ?方向的にこっちだが・・・)

 

狙撃だ。度重なる奇襲により相手は自身の位置把握どころではないだろうと高を括っていたが、ハスミの指示により既に別動隊は動き出しているらしい。

 

(私の身体がどれくらい銃弾を耐えられるかいまいち把握し切れてないんだよねぇ。戦闘になると普通に避けちゃうからなぁ。)

 

首筋に感じた銃弾が切り裂いた空気の揺らぎからして銃弾の種類は対物ライフルに用いられるサイズと思われる。ヘイローが発現し体がより頑強となったイサネと言えど、そんな物が直撃すれば普段の様にけろりとはしていられないだろう。

 

「狙撃位置を特定したいが・・・っと。」

 

次いで飛んで来た2射目の狙撃を体を右に傾ける事で回避し、イサネは逃走を始める。少しだけだが気は済んだし、逃げる以外に出来る事もない。

 

移動を開始した為か3射目の狙撃は飛んで来ない。ただ狙撃手からイサネの位置についての報告が司令塔に行っていると思われるのでそろそろ本格的に追いかけ回される事になるだろう。

 

「侵入者は立入禁止区のD-14に居る!区域を囲んで逃げ道を塞げー!」

 

「不味い不味い・・・」

 

遠くの方から声が聞こえてくる。包囲が始まろうとしている様だ。声を聞いたイサネは身体能力に物を言わせ、数百mを走破。包囲網完成前に包囲を切り抜ける。

 

「抜け出したぞ!囲い直せ!」

 

「そう簡単に包囲を許す訳無いでしょ――ちぃッ!!」

 

再び飛んで来た狙撃を咄嗟に身体を捻る事で回避。そのまま足を速める。

 

(狙撃手に姿を見られたのが本当に不味いな。指名手配なんてされたら面倒なんて次元の話じゃないぞ。暴力で無理矢理アリウス分校まで突破する事になる・・・)

 

怒号と足音が響く中、イサネは路地をつっ走る。そして時折高く跳躍。校舎の壁を蹴って更に空へ舞う事で狙撃手の照準を合わせさせない。

 

「副委員長!ターゲットをロストしました!・・・そのまま真っ直ぐ?了解です!」

 

「マシロちゃんがこの辺だって――居たぞ!撃て!」

 

とは言え元より圧倒的数的不利。遠方からイサネに向けて銃撃が始まる。幸い夜の暗闇で姿を明確にみられていない為銃撃の狙いも大分適当だ。

 

というかそもそも見つからずに事を終わらせるのが前提なのだが、何故か普通に捜索を始めた正義実現委員会に攻撃を仕掛けるというイサネの異常行動により既に作戦もくそもあったものではない。捕まったら牢、逃げるが勝ちだけが今の全てだ。

 

「撃ってきたか。・・・ていうかもう脱出地点封鎖されてるよね?え、どうしよう。」

 

後ろから飛来する銃弾をひらりひらりと躱しながら、脱出地点を目指すイサネ。

 

まぁ脱出地点など御大層な名前で呼んでいるが、その実態はただ元来た道を辿って帰るだけというお粗末極まりない適当なもの。作戦だなんて言えるものではないし、正直言ってもう既に封鎖されている気がしてならない。

 

「あぁくそ、やっぱり入口の方に大勢居る。道を通っては抜けられそうにないなぁ。」

 

そして案の定、迂回を繰り返し捜索の目を撒いたイサネが脱出地点付近に近付いてみるとそこは既に正面突破以外の方法がないくらいの数の生徒が待機していた。予想通りというか同然というかな事実に小さく溜息をついたイサネは踵を返し、トリニティ学内から脱出できそうな地点を探すべく移動を再開する。

 

「少しくらい鬱憤晴らしに付き合ってくれても良くなーい?ったく、武力に訴えようとしないからって調子に乗り過ぎじゃないですかね。良かったなぁ?キヴォトスじゃ殺人が何よりも重い罪でさぁ。」

 

キヴォトスにおいて殺人が最も重い罪とされていなければ、今頃黒セーラーを着た少女の死体がごろごろと転がっていただろう。それほどまでにトリニティに来たイサネの精神は荒んでいた。

 

まだ辛うじて殺人を踏み止まれる事への感謝とトリニティの歩く戦略兵器こと剣先ツルギが出てこない事を割と本気で念じながら、イサネは包囲網に突撃を掛ける。

 

 

「同じやり方の狙撃で私に当てられる訳ないだろうが。甘い見積もりな事で。」

 

 

狙い方や精度、その射撃の連続性の関係上浮き彫りになりにくい狙撃の僅かな癖を3射の射撃で見抜いたイサネは突撃の片手間にホルスターから抜いたアサルトライフルを自身の後ろに向けて掃射。信じ難い事にノールックで5.56mmの弾幕に対物ライフル弾をかち当て、銃弾の軌道を変えて弾き落とす。

 

「うっそ!?マシロの狙撃を避けた!!?」

 

「えっまじ――ってそんな事言ってる場合じゃな――いだだだだぁががが!」

 

「ちょ、撃ってきてる撃ってきてる!応戦応戦――って足速っ!?」

 

下を向き顔を見られない様にして銃撃によって抉じ開けた包囲陣の一角を駆け抜けながら、遥か後方で自身を狙った狙撃手が明らかに息を呑んだ気配を感じ取る。

 

(来るな来るな来るな・・・!歩く戦略兵器来るな・・・!来たら絶対長引いた挙句捕まるから!)

 

トリニティの歩く戦略兵器こと剣先ツルギ。ネット上に幾らでも転がっている実力関連の書き込みなどの情報で見れば強さの上下評価はイサネとツルギでそれぞれ五分。トリニティに絞って見れば8:2でツルギに軍配。相対した事こそないが、そんな空崎ヒナと並ぶ相手に弾薬からして全てが不足している状態で交戦など絶対にしたくない。特に今は。

 

「駄目です副委員長!追い付けません!」

 

遠ざかる声を更に突き放し、イサネは頭に叩き込んだトリニティの構内地図で高い柵の奥が手入れの行き届いていない雑木林に繋がっている地点を目指す。

 

「くそったれ、マガジンこれ最後だ。」

 

少しでも足止めをしようと足元に撃ち込んでくるようになった狙撃を危なげなく回避し、空のマガジンを放り捨てる。今イサネの右手にあるアサルトラフルのマガジンウェルに挿し込まれた30発マガジンが最後。撃ち切ったらもう碌な反撃は見込めない。

 

残り一つの手榴弾をベルトから取り出し、ピンとセーフティレバー外して前を向いたまま後ろに投擲。起爆のタイミングで地面を強く蹴って跳躍、2階建ての校舎の屋上の縁に手を掛けて登る。下の方で何やらパニックが起きている様だが知った事ではない。そのまま屋上と屋根を伝って走る。

 

「顔まだ見られてないよね・・・?もうそんな事気にしていられる状態じゃないけど。」

 

所々で変わる僅かな勾配や凸凹に転ばない様に気を配りながら、イサネは校舎の屋上から屋上へと飛び移る。最早顔を見られたとかの次元ではなく、本格的にエデン条約調印式にすら影響が出そうなレベルの大騒動になっている気しかしないが、どうでも良いと言えばどうでも良い。

 

そして校舎の屋根伝いのまま移動を続けたイサネは、そのままトリニティ学内と学外を隔てる巨大な柵が敷かれた学園の端に辿り着く。最早追っ手は誰一人として視界に入らない。恐らく一般生徒が地面を走る速度よりも速く速度で屋根伝いを走るだけの身体能力のせいだろう。まぁ逃げれたからどうでも良い。問題はここから学外に出たとして、どうやってあのホテルに帰るかの方がよっぽど重要な問題だ。

 

 

「どうするか・・・」

 

 

学内と学外を区切る、高さ数mはある巨大な柵を前に、その眼の前にある建物の屋根上でイサネは脱出後をどうするか思案するべく脳内に覚えてる限りのトリニティ自治区の地図を描き――

 

 

 

「きぃーひひひひひぃッ!!みぃつけたぞぉッ!!!」

 

 

 

突如として背後に膨れ上がった気配に心臓が跳ね上がる。同時に夜のトリニティを赤と朱の地獄へと変える怒声が響き渡る。

 

 

「まずい―――」

 

 

後ろを向く事すら致命的時間のロス。イサネは迷いも躊躇も捨て、その場で即座に出来る限りの力を持って跳躍。数m先にそびえる柵を飛び越える。

 

 

「ぐぉぉおおおッ!外したぁぁぁッ!!」

 

 

直後、跳んだイサネの後ろでがごぉん!!という大爆音が鳴り、強い風圧がイサネの背を撫でる。明らかに銃撃ではない、爆発の様な常軌を逸した破壊。

 

(剣先ツルギぃ・・・ッ!このタイミングで来るのか・・・最悪だッ!!)

 

今の獣の唸り声の様な怒声と常軌を逸した破壊の正体について、イサネは既に見当が付いていた。【トリニティの歩く戦略兵器】という別名で呼ばれる正義実現委員会の委員長、剣先ツルギ。

 

アドレナリンの大量放出によって減速した世界の中、ちらりと後ろを見てみれば、クレーターの様に破壊された校舎の一角とまだ崩落せず残っている屋根の上でレバーアクション式のショットガンをこちらに向ける黒セーラーに血の様な赤がスカートの端に見える、大きくもぼろぼろに見える黒翼を持った生徒の姿。

 

 

「あぁもう最悪だ(Holy shit !)ッ!なんだってばこんな時に―――!!」

 

 

柵を越えて尚追ってこない事が救いだとか、そんな事はどうだって良い。喚き声が落下の風圧に掻き消され、落下する自身の身体と共に手入れの行き届いていない雑木林に消えていく。

 

 

 

―――突発的鬼ごっこ。剣先ツルギの登場により標根イサネの辛勝。

 

 

 

 





折角アクション回だったのに、全然筆(キーボード入力)が進まなかったぁ...ッ!


ベアトリーチェの死に様はどうなってくれると嬉しい?

  • 普通にイサネさんがボコって終わり
  • 誰も見てない所で誰も知らない内にグサリ
  • 先生やアリスクの目の前でぶっころ
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