vol6.過ぎ去りし刻のオラトリオ編が少し前に実装され、遂にアリウス分校に本格的に視点が当てられたとなった中、こちらでは絶賛エデン条約編の、それも調印式前のごたごたを書いているという様でございます。
...余りの遅筆に泣きそうではある。
あとイサネの推理がかなりふわっとしているので辻褄と合わない事もあるかもしれないです。そこにつきましてはミスがあればそれを発見し、修正案が思い浮かび次第訂正します。
様々な種類の木が乱立し、無造作に植物が根や葉を張る人の手が一切加わっていない雑木林。乱雑に生えた細枝や棘を持つ植物の葉や茎に皮膚を切りながら、イサネは鬱陶しそうに目の前に茎を張るツル植物を払い除ける。
「ちっ・・・どこなんだここは。」
標根イサネの機械の如き無機質さを感じさせる程精緻に整い、無意識に万人を誘惑したその顔立ちは今や痛々しい引っ掻き傷に侵されており、綺麗に透き通ったライムグリーンの瞳は苛立ちからかやや色味強く輝いている。そして瞳と同様にヘイローもまた、光輪を形作る翠緑の粒子を普段より多く放出し、対流の速度も速くなっている。
「
右を見ても森、左を見ても森。上を見れば視界の殆どを覆い尽くす葉とそびえ立つ樹木と微かに見える夜空。天候、曇り気味。全方位が様々な茶色と緑色に埋め尽くされ、自分が今どこに居てどっちがどの方角なのか全く分からない。
「方位磁石なんて持ってきてる訳無いし、これ昼間までに帰れるか?・・・なんだっけ、確か木の年輪が育ってる方が南ってのは間違いだから・・・」
おもむろに右手をスカートのポケットに突っ込み、スマホを取り出す。現在地が電波が通っていないトリニティのどこかの森林と言えど、スマホに内蔵された
「5時半過ぎか。まぁこんな森の中じゃ明るくなるのはまだ先だなぁ。もうちょっと考えて動くべきだった。」
一応電波が通ってなかったとしてもスマホに内蔵された磁気センサーやジャイロセンサーにより方位の確認くらいは出来るのだが、そんなのこれまでACとネクストAC、兵器武器関連以外の技術に興味を示す事が無かったイサネが知る筈もない。
先の逃亡戦で身体にこれといった負傷がないのが幸い。地面を踏む足に不安も無く、枝や蔦を払い除けるのにも特に苦や問題もなければ枝や蔦が皮膚を擦って付いた切り傷もこれといって痛む事はない。
「最悪飛べば何とかなるだろうが・・・出来るなら使いたくないな。せめて電波の通う所に辿り着かないと黒服に連絡も出来ないし・・・あぁーもう全部が面倒臭い。」
肉体的疲労は殆どない反面精神的疲労で今すぐにでも横になりたい気分だが、こんな所で横になったら確実に日が天頂を越えるまで動かなくなる自信がある。故に辛うじて人としての体裁を保ちながら、イサネはふらふらとした歩調で森の中を歩き続ける。
因みにだがイサネは強化手術により最低限の夜目は効くので、微かに光が届く朝5時の森林の暗さで迷う事は無いと言って良い。・・・尤も、始めからここがどこか分からないので暗闇もくそも無いのだが。
「そろそろ頭も冷えただろうし、少し情報整理でもしようか。確かトリニティの裏切り者と補習授業部だったな・・・」
そうして苛立ちを顕著に表す瞳とヘイローの変化が収まるくらいには思考を捨てて彷徨い、木々の隙間から見える空に色が付き始めた頃。意図的な放心状態から醒めたイサネは数時間前、学園内で発見したエデン条約に関するいくつかの資料について回想する。
そう、そもそも何故イサネがこんな木々が鬱蒼と茂る夜明け前の暗い暗い森林を彷徨う羽目になったのか、
「エデン条約破綻を目論む連中をトリニティの裏切り者と呼んで内密に調査。それでナギサが怪しいと感じた3人と人質の1人を補習という体で檻に叩き込んだ・・・が、アリウスがトリニティに送り込んだ密偵の方は多分居る事すら知らない。」
建物の影から際限なく現れる正義実現委員会の生徒達の姿を思い出しながら、フィリウス分派保有の校舎から発見した資料に記載されていた情報と自分が持っている情報を擦り合わせる。
「えーっと、補習授業部の部員は阿慈谷ヒフミ、浦和ハナコ、白洲アズサ、下江コハル。で、顧問がシャーレの先生・・・だったっけ?」
エデン条約の破綻を目論む「トリニティの裏切り者」を舞台から叩き出すべく監視も兼ねた檻として作り上げられた補習授業部。そして体調が優れないとして表舞台に姿を現さず、数週間前には暗殺の噂すら立っていたサンクトゥス派首長にしてティーパーティーの現ホストこと百合園セイア。
「エデン条約の破綻を狙うならセイアではなくナギサを狙うのが一番の筈なんだけど・・・あれか?元々エデン条約はナギサじゃなくてセイアの管轄?セイアが表舞台に立てなくなったから次期ホストのフィリウスが・・・つまりナギサが引き継いだ?襲撃犯の真意はどこだ?」
大元の時系列がどうなっているか。これが分からないのでセイアの不明が如何な事情があっての不明なのか全く推測が立たない。アリウス分校の生徒達が自らの意志でトリニティに報復を行うのであるならトリニティのトップを狙った辻褄が合うのだが、如何せん今のアリウスのトップは自分の計画以外どうなろうがどうでも良いと考えていると黒服が称したベアトリーチェ。セイアがエデン条約に深く関わっていないと仮定するなら、わざわざトリニティへの復讐の為だけに襲撃などしないだろう。
「一先ず今のアリウスはトリニティの事情を知らないから、それと内部工作を仕掛ける為に密偵を送っているのは確実。けど、それとは別にトリニティ内部に本当の黒幕が居る。まだ本格的に動き出してはいないだろうけどね。」
一度思考を切り替える。セイアの不明に関するあれこれから資料に示唆されているトリニティの裏切り者と確実に居ると思われるアリウスの密偵の存在へと視点を移す。
「資料にあった白洲アズサってのが今のところ第一候補だけど・・・資料越しの情報だけじゃ予測確信は出来ても本人を問い詰めるだけの根拠には成り得ない。それに黒幕という点では聖園ミカもちょっと気になるんだよねぇ。」
シャーレの権限を盗んでまで探し出そうとしているトリニティの裏切り者だが、それがどういう存在なのかをナギサは欠片も知らないのだろう。どこの誰で、何の意図があって、トリニティのどこにどうやって忍び込んだかのかすら、彼女は知らないと答えるのだろう。見つけられればそれで良いと、邪魔さえされなければそれで良いと言って。
「黒幕の方はまぁ私の邪魔さえしなければどうでも良い。密偵の方は殴って吐いて、拾う価値のある情報を持っていれば良いんだけど・・・持ってないよなぁ絶対。まぁ最悪上手く行かなかったら黒服の言う通り調印式までホテルに籠っとけば良いでしょ。こっちはあくまでも必達じゃないし。というか首を突っ込むべき事柄じゃないし。」
補習授業部の存在により新たにトリニティに潜むトリニティにとっての脅威の存在を見つける事が出来たが、イサネが受けた依頼、ベアトリーチェの計画頓挫もといベアトリーチェの殺害においては殆どと言って良い程関係性が薄い事には変わりない。思考を更に加速させ、ふらふらと歩きつつも考察と否定を繰り返していたイサネ。
「・・・トリニティの裏切り者がアリウス分校とくっ付いていて、密偵のトリニティ潜入の手助けをした?黒幕はエデン条約を結ばせない為に、アリウスに近付いた?」
思考の傍らで左手に持ったククリナイフで枝やツルを切り払い森を進んでいたその時、ほぼ無意識にそう呟く。これまで思い浮かべる事が無かったが、確かに存在する微かな可能性を。
「黒幕の目的は取り敢えずエデン条約の破綻。アリウスの目的は報復。調印式を破壊できればエデン条約は破綻する。調印式に襲撃を掛けて、経典の書き換えを行う事が出来ればアリウスの計画は一段階先に進む。・・・そんなまさか?」
イサネの顔から気怠さが瞬時に消え失せ、垂れ流しだった感情が抑え込まれる。キヴォトスの日常で見られる気紛れな戦闘狂の姿から、幾度となく戦場に舞い降りる死神を返り討ちにしてきた歴戦の傭兵へとその様子を変貌させる。
「アリウスの手勢に調印式を襲撃して貰えればトリニティの裏切り者の方の目的も達成される。条約の破綻だけを考えるならそのままで良いが、多分黒幕は調印式前に事を終わらせたい筈。事が失敗確定の状況から一気にひっくり返す・・・キヴォトスでそんなすれすれを計算した上で敢行出来る奴はほぼ居ない。・・・つまり途中で裏切る?もしくはよりアリウスが望む形に?」
思考のクロックを二段階ほど引き上げる。有り得そうな可能性ではあるがすぐには思い付かないその可能性に意識を向ける。
「
アリウスの密偵とトリニティ内部の黒幕。それぞれの目的こそ異なれどエデン条約――ゲヘナとトリニティが平和条約を結ぶのに反対という点は一致している。故にエデン条約前ならお互いが協力状態になっていたとしても何ら不思議ではない。
「というかキヴォトスで失敗すれすれを行く計画を計算した上で敢行する奴はほぼ居ないのはそうだけど、決して一人たりとても居ないという訳じゃない。何なら先生がその無謀と無茶を押し通る連中の最たる筆頭だし。・・・そういう事なんだろうな、黒幕さんも。」
アリウスの生徒達がどういう感じの連中なのかは分からない。ただ確実な事としてはベアトリーチェの教育により自分達以外の全ての者に対して容赦しないという事だろう。そして如何に手を組もうとも少しでも目的が逸れれば簡単に裏切る上、相手の裏切りは絶対に許さないというのもまた、その古く忘れ去られた歴史から割と容易に伺える事だろう。
「聖園ミカがどこからともなく連れて来たっていう白洲アズサ。逆を言えば白洲アズサは在住出身が不明って事になるが・・・白洲アズサを密偵だと仮定すると、アリウス生徒のアズサを出身地を偽ってトリニティに連れてきた聖園ミカも黒くなるねぇ。」
ナギサ独自の調査によって裏切り者候補とされる者達を補習授業部と言う檻に閉じ込めたのは事実だが、そもそもナギサ視点で怪しいというだけでその檻の中に裏切り者が居るとは限らない。限らないが――
「更に言うなら聖園ミカの所属分派はゲヘナ嫌いで有名なパテル・・・いやぁ、話がよく繋がるねぇ。もうこれほぼ確定なんじゃないの?」
確かに補習授業部の中にトリニティの裏切り者が確実に居るとは限らない。だが、それを差し引いたとしても白洲アズサの身元情報の一切が不明という調査結果は、ことトリニティにおいて余りにも異質過ぎた。更に言うなのならそんな身元不明な生徒を伝統と型式にお堅いトリニティに転入させた聖園ミカもまた、その怪しさを加速させる。
「聖園ミカ・・・はまだ確定証拠が無いから確定じゃないけど、少なくともトリニティ側の黒幕とアリウスは繋がっていて、密偵の潜入を手助けしたのもそいつなのは間違いない。視点を変えてみれば割と当たり前の事ではあったね。」
潜入において予め潜入先に居る
「とはいえ、裏切り者を見つけ出してアリウスを牽制して、調印式襲撃で混乱が起こらなかったら今の所唯一ある作戦プランが完全に潰えるから困るっちゃ困る。まぁ道は分かるから力業で全部無視して殺しに行くでも良いんだけど・・・」
一通り思考を纏めたイサネは改めてスマホを取り出す。スリープ状態を解除されたスマホはロック画面を映し出すが、やはり普段右上に表示される回線の強度など示す箇所は「圏外」とだけ表示され、相変わらず誰との連絡も取れそうにない。
「・・・だよねー。今はとにかく状況が面倒臭いから、情報の整理はしておきたい。となればさっさと黒服と連絡が取れる所に行きたい。裁判に出る訳でもないから物的証拠は必要ないんだけど・・・プランをもう少しちゃんと練り直したい。」
トリニティの裏切り者やアリウスの密偵を確定付ける証拠は一切得られなかったが、裁判や探偵をしている訳ではないので一々面倒な物的証拠など不要。それにイサネの中で誰が何なのかの目星は付いたので後はそれらに自分の仕事を邪魔されない様に立ち回るだけだ。
「いくら探偵ごっこなんてしてもやる事はベアトリーチェの殺害だからどうでも良いっちゃ良いんだけどね。どうせトリニティの裏切り者を探し出してって依頼されて顧問に就いた先生に情報でも流すか?面白そうだし。」
・・・尤も、依頼の関係上わざわざ冒す犯罪とリスクの数を増やす必要もなければそもそも調印式における警備配置やスケジュールという今一番欲しかった情報は得られなかったのだが。
「何はともあれここから出るのが最優先である事には変わりないし・・・走るか!そろそろこの森の風景も飽きてきたし、何よりこの空腹感が鬱陶しい。」
明るさを増してきた空を見、ふと己が腹に感じる空洞感に溜息を吐いたイサネは歩く足を更に更に早め、徒歩と呼べる速度から一般的に走ると表現される速度、ストライドに移行する。
身体の至る所に出来た切り傷や精神的な疲労による身体の
「方角の確認だとかどうでも良い。どこでも良いから電波の通じる場所に、とにかくこの森から出ないとね。というか何でトリニティ領内なのに電波が通ってないんだよおかしいでしょ。あっちはコロニーの端にさえ居ればコジマ塗れの地上でも電波届いたぞ。」
愚痴をぼやきながら、しかしそれでも常人が出せる速度を遥かに超えた速度で駆け抜ける。時に悪路を均すかの様に力強く地面を蹴りながら、時に跳ねる様に岩を蹴り木の幹を蹴り宙を舞い、地面の凸凹を無視して前へ進む。
「ふっ・・・おっと。うーん、リンクスをやっていた時代より体が動いてる気がする。あれか?ヘイローってのを手に入れて、身体が少しなりとも強化されているからか?」
地面に横たわる腐敗した樹木を着地台兼踏み台にし、地面に降りる事なく再跳躍。更にコジマ粒子を操作し、ブースターの様に燃焼させずに背面から放出。弱い推力を得て数mを優に飛び越し、その先の悪路を削りながら派手に着地。体勢の乱れ一つ無く走り出す。
「意識が途切れたと思ったらキヴォトスに居たのはまぁ良――いや良くはないけど良いとして、これがどっかの誰かが言っていた輪廻転生とかいう奴なら・・・まぁ納得は出来ないんだけどさ。」
忙しなく動く体の一方、思考の暇故に生まれた疑問。エリドゥの一件よりここ最近、つい思考の暇で考える事は概ね決まってこの事だ。
「
高速で過ぎていく緑と茶色の景色にはっ、はっ、はっ・・・と乱れなく息を吐きながら、イサネはここキヴォトスで目を覚まし事の次第を知ってから渦巻いている疑問に思考を没頭する。
「そもそもキヴォトスは死んだ人間の行き着く先ではない筈なんだよな。先生はれっきとして私の知っている人間だし、ヘイローを持っている人間もちゃんと心臓の鼓動は感じるし血も流せば人が罹患する病気にもちゃんと罹るし・・・うーん、ネクストにそんな訳の分からない力なんて無いと思うんだけど。」
考えども考えども答えに近付けそうな手掛かり一つとして推測できない。むしろ謎が解けないままに謎が生まれ、ますますどつぼに嵌っていく。
「情報が一切無い中で考えてるから一向に先に進めない・・・決めた。今回の依頼、報酬は神秘について色々と教えて貰おう。依頼人も丁度その辺に詳しいだろうし。」
ここ一週間、少しの暇さえあればすぐに考え始めてしまい、少しでも考え始めればすぐに陥ってしまう果ても終わりもない思考のスパイラルを無理矢理断ち切る。
「はっ、はっ、はっ、はっ・・・」
どの方角に何があるのか、そもそもここがどこでどっちがどの方角なのかもはっきりしないまま、日の光が差し始めた森の中を走り続ける事数時間。
「・・・衰弱までの空腹なら、もう気にもならないって思っていたんだけどなぁ。それがまさかここまで、こんなにまで餓えに弱くなっていたなんてね・・・っと、あの眩しいのは・・・」
本格的に痛みとして自身の腹を蝕み始めた空腹に贅沢に慣れるという事に恐ろしさと驚愕を覚えつつ、走りから徒歩に戻っていたイサネは目を灼く様な白が木々の隙間から外を照らす――長い長い森林散歩の終わりを見つける。
「はは・・・っ、やっと、やっと出口だ。目立つのを嫌って、飛ぶのを我慢し続けたのは正解だった・・・!」
森林の途切れ。ここ数時間の間、イサネが待ちに待ち望んでいた景色と境界。遂に見えた迷子の終わりに色めき立つ心のまま、今の時間を確認しようとスカートのポケットからスマホを取り出す。
「11時・・・え、11時だと?ちょっと待てそんなにだらだらし過ぎたと・・・?大分一直線に抜けてきた――いや、割とふらふらはしてたかもしれない。」
スリープを解除し、ロック画面に表示された時刻は
「取り敢えず黒服と連絡・・・いや、ホテルまでの道のりを調べるのが先?」
森を出るという目の前の優先事項は達成されそうだ。木々の先にある明るい方、森の出口へ駆け足になって向かう。
「まぁ何でも電波さえ通じるなら―――」
黒服と連絡が取れるなら割と何でも良い。そんな事を零しながら木々の群れ抜けたイサネ。だが、外に出たイサネの目に映った景色は町や田園風景などではなかった。
「・・・これは。」
都市部から離れた田舎や観光地などの景色を想像していたイサネの目に飛び込んできたのは周囲を森に囲われた、規模は小さくとも一通りの設備はしっかりと揃っているれっきとした学校だった。
「森を抜けた訳じゃなかった・・・?」
ようやっと森林を抜けられると緩んだ気のせいで深刻化していた空腹感などどこへやら。未だ自分は深い深い森の中に居る事、そして唯一見つけた森と外の境界線と思われた場所もほぼ敵地に等しい場所という事実を前に衝撃と緊張で心が凍て付き始める。
(こんな広い森の先までも学園の中だというの?三大校がなんたるかを、見誤っていたのか?)
ここまで広いとは思いもしなかった。キヴォトスでもトップクラスの規模を持つミレニアムサイエンススクール、ゲヘナ学園、そしてトリニティ総合学園を指す【三大学園】というその名前の意味と理由が。
――何の冗談だ。
推定敵地故に迂闊に言葉を発せないイサネは、警戒態勢故に凍り付いた心の中でそう吐き捨てた。
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第一回模擬テスト 採点結果
阿慈谷ヒフミ 68点
下江コハル 15点
白洲アズサ 33点
浦和ハナコ 4点
「これが今の模擬テストの結果だね。因みに問題の内容は試験の時と比べて数字が違うくらいで、国語とか理科の用語は全く同じものだよ。」
トリニティ学園の物と何ら遜色ない内装の教室で、しかし窓から見える景色は学園にある校舎のどれとも一致しないその場所で、黒いジャケットを省いた女性物のスーツに身を包んだ妙齢の女性――シャーレの先生は口を開く。
「・・・そうか。」
「・・・え?」
「あら。」
先生の声に対し返した声はそれぞれアズサ、コハル、ハナコ。返答こそ三者三様だが、どれもショックや落胆の感情が込められている。そして数秒後、皆のまとめ役にして補習授業部の部長であるヒフミが口を開く。
「これが今の私達の現実です。このままだと、私達に明るい未来はありません。」
ヒフミの言葉は、この場に居る3人に現状自分達が置かれている状況を明確に把握させるには十分な言葉だった。
「ここから後一週間、皆で60点を超える為には、残りの時間を効率的に使っていくしかなければなりません!」
ヒフミと先生だけが、事の本当の重さを知っている。3回だ、3回という
「そこで!コハルちゃんとアズサちゃんのがどちらも1年生用の試験ですので・・・」
ヒフミの目線が1年生にも関わらず無理に2年生用のテストに挑み撃沈したコハルと、とある事情により1年生のカリキュラムを受けているアズサの2人に注がれる。特別学力試験と一括りにはされているものの、対象生徒が受けているカリキュラムの内容に合わせて試験は出されている。
「私とハナコちゃんが、お二人の勉強をお手伝いします!ハナコちゃん、最近何があったのかは知らないのですけど、1年生の時のテストは高得点だったんですよね?」
「あら・・・?えっと・・・まぁそうですね。」
次いでヒフミに声を掛けられたハナコが、やや躊躇いつつもそれに応える。今でこそ4点などという部内でも突出した点数を叩き出したハナコだが、これでも1年生の頃は成績も非常に安定していたのだという。今の過去の間に何があったのかは知らないが、1年生の内容をやっている二人のサポートをするなら持って来いの人材だ。
「実はその、色々と準備をしている際に1年生の時のハナコちゃんの答案を見つけてしまいまして・・・それでその、ハナコちゃんの方については後程、どうして今の状態になってしまったのかの原因を把握した上で私と先生とで一緒に解決策を探しましょう。」
「・・・」
アズサとコハルの2人の方策を告げたヒフミは、ほんの微かにぼーっとしている様にも見えるハナコに近付き、小声で声を掛ける。が、当のハナコは何やら一枚ありそうな様子でヒフミを見返す。
「先生に協力して貰って、まだ途中ではありますが他にもテストは作成中ですので、今日から勉強の合間に定期的に模擬テストを行って進捗具合の確認を出来れば良いなと思っています。」
力強い意志を持って、ヒフミは言葉を続ける。先生もまた現在作成中の模擬テストの内容とその進捗度合いを思い出しながら彼女に合わせ頷く。
「これが、恐らく今できるベストな選択・・・頑張りましょう。頑張ればきっと、皆で合格できる筈です・・・!」
これは一発で終わると思われていた補習授業部の一次試験が大敗に終わり、勉強合宿が決定してしまったその時からヒフミが準備に追われる中で考え決めた勉強の方針。それぞれがどういう状況に置かれているのか、またそこから脱却し、合格点を越える為にはどうすれば良いのか。今のヒフミに出来る全部を使って導き出した面舵と取舵の切り方。
「うん、了解。指示に従う。」
「わ、分かった・・・」
「ヒフミちゃん・・・凄いですね。合宿までの短い時間でここまでの準備を・・・」
部長の指示というのもあるかもしれないが、それでもヒフミが提示した方針に異議を唱える者は居ない。
「えっと、その、先生のお助けもあっての事なのですが・・・」
「でも私がした事って殆ど必要な物の申請とかだけだから。」
「なるほど、先生が。」と何か辻褄があった様に零したハナコを余所に、ヒフミは机の横についている荷下げ用のフックに吊るしたペロロリュックを手に取り、チャックを空けて中を漁り出す。
「それだけじゃありません!何か御褒美もあればより頑張れるんじゃないかと思い、こちらも用意しちゃいました!」
そう言ってヒフミがリュックの中から取り出したのはモモフレンズのぬいぐるみ達。
「モモフレンズ・・・?」
「何それ?」
「・・・っ!!」
反応は3つ。モモフレンズを認知してはいるものの、何故それなのかと困惑するハナコになんだこの奇怪なぬいぐるみはと不審なものを見る目を向けるコハル。そして恐らく何らかの衝撃を受け大きく目を見開くアズサ。
「あれ!?最近流行りのあのモモフレンズですが・・・もしかしてご存じないのですか?」
思った反応が返ってこない事に大分大きなショックを受けるヒフミ。
「初めて見た気がしますね。いえ、どこかでちらっと見た気も・・・?」
「何これ、変なの・・・豚?それともカバ・・・?」
ハナコとコハルの反応は微妙。コハルに至っては大慌てでペロロが鳥である事とその魅力を解説したにも関わらず「目が怖い。それになんか名前も卑猥だし。」とばっさりぶった切られる始末。
「思い出しました。そう言えばヒフミちゃんのカバンやスマホケースがそのキャラクターでしたね。確か舌を出して涎を垂らしながらもう許して・・・っ!と泣き叫ぶキャラクターだったとか・・・」
「えっ、いえ、後半部分は色々と違いますよ!?」
「・・・わ、私は要らない。」
「あぅぅ・・・」
補習授業部においてペロロの認知度はほぼ皆無。その事実にヒフミがメンタルに大ダメージを叩き込まれていたその時。
「か、可愛い・・・!」
感情を示す表情の変化が殆ど見受けられず、学内で【氷の魔女】という異名を付けられたあの白洲アズサがモモフレンズのぬいぐるみに向け誰もが見た事のない笑みを浮かべていた。
「可愛過ぎる・・・!なんだこれは、この丸くてふわふわした生き物は・・・っ!この目、表情が読めない、何を考えているのかが全く分からない・・・!」
「あ、アズサちゃん・・・?」
「う、嘘ぉ・・・!?」
今の今までほぼ無表情だったアズサの全く以て思いもよらなかった反応に困惑を隠せないハナコとコハルの2人を余所に、ヒフミは理解者が居てくれたと歓喜に咽び泣――いてはいないが。
「こ、こっちは!?この長いのは?イモリ、いやキリン?なんだか首に巻いたら暖かそうな・・・!」
「それはウェーブキャットさんです。いつもウェーブして踊っている猫なのですが、仰る通り最近んネックピローのグッズが・・・」
「これは?この小さいのは?」
「それはMr.ニコライさんです。いつも哲学的な事を言って不思議な目で見られてしまう方ですね!」
ドン引きの二人。モモフレンズにご執心の二人。そしてその様子を温かい目で見守る先生。
「これがご褒美・・・仕方ない、本気を出すとしよう。ヒフミ、約束しよう。必ずや任務を果たして、あの不思議でふわふわとした生物を手に入れてみせる・・・!」
一体どこの何に興味と琴線を引かれたのか。すっかりモモフレンズの虜になってしまったアズサとそれに対し大興奮で布教活動を続けるヒフミ。まとめ役が完全に彼女達の世界に行ってしまったせいで、伏兵の如き奇襲を持って収拾が付かなくなりかけ―――
「・・・?・・・敵襲だ。」
―――急変。
「アズサちゃん?」
今の今までモモフレンズのぬいぐるみを何としてでも手に入れるべく、覚悟一新、全身全霊己が全てを以て勉学に臨むと意気込んでいたアズサ。しかし、何を感じたのか弾かれる様に窓の方を見るや否や顔から感情を落としぼそりと呟く。
「アズサ、どうかしたの?」
纏う雰囲気が急変したアズサに思わず声を掛ける。
「侵入者だ。敷地の中に私達以外の奴が居る。ほんの少しだけだが今声が聞こえた。」
「侵入者?」
それに対するアズサの答えは実に端的。どういう事かと困惑する一同を余所に瞬く間に警戒心を跳ね上げたアズサは自分の鞄と共に机に釣られていた愛銃――M4カービンライフルをより市街地戦用に短銃身化などの近~中距離を想定して再設計したアサルトライフル【Et Omnia Vanitas】を掴むと、そのまま教室の出口から廊下へと走り出す。
「ちょ、ちょっと!?どこ行くのよ!?」
「大丈夫。すぐに片付ける。」
コハルの制止の声も虚しく、銃を構えたアズサはそのまま玄関の方へ姿を消す。
「・・・どうしましょう、アズサちゃん行っちゃいました。」
急転した事態に取り残された3人と先生。
「私達もアズサを追い掛けよう。多分すぐに追い付ける筈。」
何かあるとは思えないが、アズサのあの反応もあれば彼女の身に何かあってからでは困る。
「そうですね、先に行ってしまったアズサちゃんが心配です。」
「わ、分かったわ。」
先生の言葉に従い、万が一の可能性も考えて己がそれぞれの愛銃を持ってアズサを追うべく教室を出る。
「侵入者って、こんな付近が森に囲まれた場所に一体誰なんでしょうか。」
教室を出て廊下を抜け、廊下から玄関に到着したまさに時、銃声が一同の鼓膜を大きく揺らした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(・・・居たっ!先生やヒフミは補習授業部はあの4人で全員だと言った。それにトリニティの制服も来ていないし・・・間違いない、あいつが侵入者だ。)
愛銃Et Omnia Vanitasのグリップを右手で強く握り、自分の居た教室の近くを走るアズサは、初めて見る
(あれは私が昨日の掃除の際に簡易的に仕掛けたIEDトラップ・・・素手で触るつもりなのか?)
肩まで伸びた綺麗な銀灰色の長髪。黒灰のワイシャツにハーネスベルトを装備した上半身に膝上までの長さのスクールスカート。確実にトリニティの生徒ではない生徒は、遠目から見る限りこちらに気付く様子もなく、先日の合宿所掃除の際に即席で作ったトラップに興味深々の様だ。
(何の意図があっての事かは知らないけど・・・このまま不意打ちで仕留める!)
IEDを囮とし、不意打ちで終わらせるべくアズサは己が気配を殺し、音を立てない様に侵入者との距離を詰めていく。
(ナイフ・・・IEDの仕掛けに気付いた?解除されてどこかに行く前に仕掛けないと!)
侵入者がおもむろにナイフらしき刃物を取り出した事にやや焦りながらも、歩調をずらさずに自らの不意打ちの射程圏内まで近づいていく。
そして――
(捉えたっ!)
発見から時間にして十秒前後。自らの射程に侵入者を納めたアズサは銃の引き金に指を掛けると、全力で地面を蹴って走り出す。
「今だ・・・!」
足音に気付いた様に辺りを見回す侵入者が自信を捉えるよりも先に、アズサは引き金を引く。アイアンサイトの照準の先は侵入者が左手に握るナイフと思しき刃物。
「・・・ッ!?」
銃口から放たれた5.56mm弾は侵入者の左手に直撃。握っていたナイフを弾き落とさせる。一方で突如として予期しない方向から左手に握るナイフを弾き落とされた侵入者は左手を抑え、動揺を隠そうともせずに周囲を見渡そうとしてアズサに背を向ける。
(一気に終わらせる。)
丁度良く後ろを向いた侵入者の不運を更なる好機と見たアズサは、すぐさま至近距離まで距離を詰める。至近距離まで近づかれた事で漸く顔をこちらに向けた侵入者。アズサは侵入者の右腕を掴もうと一切迷う事無く左手を伸ばす。一瞬、アズサと侵入者の目が合う。
「持っている武器を全て捨てろ・・・っ!」
アズサの綺麗な白菫色の瞳と侵入者の澱みの無いライムグリーンの瞳。
―――アズサにはその瞳が、一瞬だけ歓喜に嗤っている様に見えた。
スマホってクォーツ時計みたいな内部時計があって、電波が通ってない場所でもある程度までなら時間がある程度正確にわかるんですね。同様に方角についても内部にそういう機能があるらしいですよ。作者はこれを書いている時に調べて初めて知りました。
ベアトリーチェの死に様はどうなってくれると嬉しい?
-
普通にイサネさんがボコって終わり
-
誰も見てない所で誰も知らない内にグサリ
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先生やアリスクの目の前でぶっころ