透き通る世界で二度目の答えは出せるのか   作:回り針

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あるゲームで大爆散した結果あらゆるモチベーションが0になってしまいましたどうも作者です。



プロメテウスの火

 

 

 

ヴィクトリア調と現代デザインが上手く入り混じった街並みを、一切の装飾性のない物々しい車列が厳ついエンジン音を鳴らしながら進む。それを俯き気味に下げた顔を僅かに向け、他人事の様に眺める。天候は曇り気味、しかし雲の隙間から太陽光が地上を照らしている。

 

(・・・ヒナはさっき見たから、これは風紀委員会の後詰め。で、空に浮かんでいるのは飛行船って奴か?初めて見たけど、ロゴからして万魔殿の連中が乗っている感じなのかな。)

 

腰まで届くやや薄い金髪のストレートヘアに一般的なトリニティの制服を着るその生徒は、ごく普通の生徒の様に人混みに紛れ、しかし一人ぽつんと孤立している。彼女の周囲に居る者全てが、彼女の存在を認識できない。居るのに居ない、そんな状態。

 

「ねぇねぇ今日どうする!?せっかく学校が休みだし、どこか遊びに行かない?」

 

「えー?調印式の中継見てからにしようよ。こういうの二度と見れないからさ。」

 

「だって眠くなっちゃうんだもん。」

 

周囲の生徒達の賑やかな喋り声を受け流しながら、彼女はすいすいと人の隙間を縫い、認知の外から古聖堂へと歩き始める。

 

 

(そろそろ調印式が始まる時間・・・黒服も準備できてると良いけど。・・・まぁ徒歩でも十分間に合う。)

 

 

取り留めもない思考を重ねながら、調印式の会場となるトリニティに数ある遺跡の一つたる通功の古聖堂へ歩みを進める。

 

「会場は関係者以外立ち入り禁止です!後方にカメラを繋いだ中継モニターが設置してありますので、そちらから会場の様子をご覧ください!会場一帯は関係者意外立ち入り禁止です・・・!」

 

会場まではゆっくり歩いて数分。古聖堂へ続く道を正義実現委員会の大部隊が厳重に封鎖し、警備に当たっているのがよく見える。

 

(アリウスを警戒しているのか私を気にしているのか、思ったよりも警備に人員が割かれてるな。・・・ミサイルでどれだけ動けなくなるか。)

 

どうにかして中の様子を見ようと詰め掛けるマナーのなっていない輩を制する黒セーラーの生徒達を眺めながら、彼女達に注意をされないかつ古聖堂への道に近い位置を取って懐からスマホを取り出す。

 

「・・・」

 

両手で支える様にスマホを持ち、スマホの操作に集中している様に顔を画面へと近づけ――

 

 

「・・・配置完了、誰の目にも止まってない。」

 

 

ぼそり、小声で開いた本に向かって囁く。情緒を殺した、若干低くした声。

 

 

『こちらも準備が終わりました、無線機の電源はミサイル着弾後にONにしてください。秘匿回線は今の所問題なし、回線強度も安定しています。突入のタイミングは貴方にお任せします。』

 

 

半秒後、スマホから低い男性の声が小さく返ってくる。生徒はそれに反応を返す事なくスマホを操作し、スマホの電源を落とす。

 

「・・・んぁ~・・・ぁふ。」

 

ゆったりとした動作でスマホを懐に仕舞い、呑気な素振りで欠伸を漏らす。上品かつ可愛げのある所作で口に手を持って行く動作は、その外見も相まって如何にも上品なお嬢様という印象を見る者に与えるが、生憎その様子を認識した者はどこにも居ない。

 

(・・・上昇中のミサイルを確認。発射場はトリニティ自治区のどこか。多分だけど、別でアリウス自治区に繋がっている場所があるみたいね。)

 

欠伸で上げた顔を上手い事前髪で隠し、その隙間から空の端に光る小さな小さな橙の光を捉える。微かに開いた前髪の隙間から覗かせる瞳の虹彩は焦げ茶色。しかし、その視線に籠るものはほぼ完全なる無関心と無興味。見る者が見れば恐れ慄く事すら在り得る感情の悉くが死滅した眼。

 

 

(最終目的はベアトリーチェの殺害ないしは計画の永久的な頓挫と破壊。その前段階としてベアトリーチェの居るアリウス自治区に行く為、アリウスの調印式襲撃を利用して突入を試みる。)

 

 

欠伸の終わりと同時に顔を下げ、置近くにあったベンチに置物の様に座る。

 

 

(敵対勢力はその場の判断に応じて適宜対処・・・まぁどうせハイになるから、概ね撃破かな。)

 

 

トリニティの制服の内側に隠した銃器の感触を服越しに感じつつ、彼女は待ち続ける。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「・・・暇だなぁ。想像の10倍は暇だ。」

 

 

実寸大カイテンジャーロボが丸々入ってしまいそうな高さの天井を見上げながら、頭上にヘイローが無い若年の女性――シャーレの先生は木製のピューに座ったまま独り言を零す。

 

(うーん、ここまで何もする事がないとは思わなかった。まぁ参加するとは言っても一言挨拶するだけだし、一応来賓ではあるからする事がないのは当然と言えば当然なんだけど。)

 

連邦生徒会の代表として、また二校と深い関わりを持つ者として参加する事となったエデン条約調印式。ナギサとは公的私的どちらともある程度の交流を持っている為式が始まる前の会場入りを許可され、それに甘えて今は会場で式の開始を待っている。

 

しかし、先に会場入りしたとしても扱いは来賓のそれに近い為、先入りした所で何もする事がない。再訪にあたってナギサが予約してくれたホテルに置いてきた書類を持ち込めば時間くらいは潰せそうだが、ここに来てまで書類に追われたくないし、マナー的に問題がある。

 

言わば今の先生は手持ち無沙汰の状態なのだ。暇に耐え兼ね、暇に苦痛を感じ始めている。

 

(始まるまでまだ時間掛かりそうだし、散歩にでも行こうかな。)

 

まだまだ時間があるからと立ち上がった先生は、時間を潰す為適当に辺りをぶらつく事を決めて歩き始める。

 

「すみません。業者の方ですか?こちらには入れませんのでご遠慮を。」

 

「そこ、こっちは関係者専用だ。見物人はあっちの方に。」

 

「・・・一応、関係者です。」

 

歩き始めてものの数秒で出入口を監視するトリニティゲヘナ両方の風紀委員に呼び止められ、注意を喰らう。一応ではあるが正式な許可証は持っているのでそれを提示しつつ自らが来賓である事を示す。が――

 

「そこの風紀委員の方、今この線を越えませんでしたか?」

 

「は?そっちが線を踏んでたから、どかそうとしたんだけど?」

 

瞬く間に両者の言い争いが始まる。ほんの些細、しかし明確なる悪意を持った言葉の応酬により。

 

「もしかしてトリニティの奴ら喧嘩売ってんのか?だったら話は早い、取り締まってやる!」

 

「んなっ、急に増員!?支援を要請します、増援を!」

 

1対1の言葉の小競り合いが、近くで聞いていたゲヘナ風紀委員会が加勢した事によりさらにヒートアップ。治安維持部隊の自制心などどこへやらと言った様子でしょうもない小競り合いに発展していく。

 

収まる気配のない言い争いはそのまま武力衝突まで行くかと思われたが、その場に現れたツルギによって場が混乱、更にシスターフッドの若葉ヒナタの仲介によりどうにか場が収まる事となった。

 

「先に聞かされてはいたけど、凄い所だね・・・」

 

「はい。この通功の古聖堂は長い間廃墟として放置されていましたが、今回の調印式がここで締結される事が決まり、大々的な修理が行われたそうです。」

 

そして今、先生はヒナタに連れられ、調印式の会場となる古聖堂の案内を受けていた。

 

「会場の決定はナギサさんとマコトさんの決定で決まった事で、ほぼ同日から修理計画が立ち上がり、すぐにでも修理が始まったのですが・・・それでも時間の関係で修理調印式会場とその付近だけの様です。下の方はまだ廃墟の状態で・・・」

 

「これだけ広いとなると、流石に数か月で全部補修するのは難しいよね・・・」

 

「あくまで噂ですが、この古聖堂の地下には巨大なカタコンベが存在するそうです。数十kmにも及ぶ地下墓地・・・第一公会議の時の記述にも、終わりが見えない程だったと言われていて・・・あ、こちらの方は塞がれていますね。まだ修理中で危ないからでしょうか。」

 

立ち入りが可能な場所を進みながら、それぞれの場所にどういう用途があったのか、またどの様な歴史が刻まれているのかをヒナタは簡潔かつ丁寧に解説する。

 

「色んな歴史があるんだね・・・にしても、広いなぁ。」

 

今のトリニティの大元となった第一公会議が行われた建造物として長い歴史を持つこの建物が、今度はゲヘナとの長き因縁を終わらせるエデン条約の調印式の場として選ばれる。如何にも因果を感じさせる選択だ。

 

「公会議において締結される戒律というものは神聖なものです。その神聖さと言いますか、戒律の守護者達の名残の様な何かが、まだこの場にも残っているような感じすらします。」

 

「守護者?」

 

「それについては・・・なんて言えばいいのでしょう。・・・約束というのは、決まりと同時に破った時のルールも一緒に設けられる事が多いですよね?そうでなければ、誰も約束なんて守らないと言う事もありますし・・・」

 

戒律の守護者という単語の説明にヒナタは数秒の思考の後、少し噛み砕いて答える。

 

「そのルール、つまり制約の役割を持つ人々の事を、戒律の守護者と呼んだんです。約束を破る者達に対処するトリニティの武力集団・・・ユスティナ聖徒会。戒律の守護者とは、このユスティナ聖徒会の事を指します。」

 

「今の正義実現委員会みたいな?」

 

「はい。歴史的には、今のシスターフッドの前身でして・・・あ、サクラコさんも到着したみたいですね、ナギサさんの到着ももうそろそろだそうです。中途半端になってすみませんが、行きましょうか。」

 

中央の入り口が見える回廊に差し掛かった時、ヒナタがシスターフッドの長こと歌住サクラコの到着を見、会場への移動を促す。対する先生もユスティナ聖徒会なる組織について色々気になりはしたが、別にいつでも聞ける話題という事で会場への移動を優先する。

 

 

 

 

「ではこれより、トリニティとゲヘナ両行の合意による相互不可侵条約ことエデン条約の調印、またそれに準ずるエデン条約機構設立の調印を行います。この合意により、長きに渡る両校の対立に終止符を打ち、和平と友好の始まりとなる事を願い、調印式を進行致します。」

 

 

静まり返った古聖堂の大礼拝堂で、司会役の生徒が調印式の開会挨拶を行う。中央の祭壇を境に右側にゲヘナの万魔殿4人と風紀委員会2人が、左側にはトリニティのティパーティーのホスト2人三分派の幹部が1人ずつが最前列のピューに座っている。

 

「ではまず初めに、エデン条約の条約文と各章における意義について、両校代表者による宣誓と説明を――」

 

全体から見てやや後方に座る先生は、粛々と進んでいく調印式をどこか他人事の様に見ていた。

 

(こんな凄い所に関わるなんて、キヴォトスに来た時は思いもしなかったなぁ。)

 

社会人としてのマナーに則るピシッとした姿勢を崩さない様に意識しつつ、式内で登壇した者の話を聞き逃さぬ様に耳を傾ける。

 

 

式の進行は至って順調。綿密な準備が功を奏している様で、特に問題も詰まりも起きていない。

 

 

――まるで、これから起きると言わんばかりに。

 

 

「では次に、両校の生徒会長、桐藤ナギサと羽沼マコトによる条約文書への署名と、代表者による握手を以て、エデン条約の締結と致します。桐藤ナギサさん、羽沼マコトさん、祭壇へ―――」

 

 

 

――もしくは、既に起きている異変が脆い安寧の薄氷を割り、幻想を焼き尽すかの様に。

 

 

 

「・・・なんか、変な音が聞こえませんか?」

 

 

「そう・・・ですね、飛行機の音・・・にしてはかなり低いというか・・・」

 

 

先生の隣に座っていたシスターフッドの生徒が小声で話し始める。それは他の場所でも同様に、違和感から確固たる異変として全体に波紋する。

 

 

「静粛に!今異音の原因について探りますので、ご参加の皆様は落ち着いてください。また万が一の為、移動の準備も―――」

 

 

―――遅い、全てが遅すぎる。

 

 

「これは飛行機の音なんかじゃないわ。アコ、今すぐ待機している委員に連絡を――」

 

 

「ハスミ、戦闘準備だ。衝撃に備えろ――」

 

 

何処からともなく聞こえる大きな異音を明らかに異変だと感じ取ったヒナとツルギがほぼ同時に指示を出す。だが、やはり遅い。やけに煩い外の騒がしさが聖堂内の小さなざわめきを覆う。

 

 

 

 

・・・神話の時代には、プロメテウスという神が居たそうだ。この神は神々の力の象徴であった火をオリュンポスから盗み出し、寒さに震える人間に与えた。

 

 

これにより人は寒さから救われるだけでなく、火を使う事で様々な技術を生み出し、文明を築いていった。プロメテウスが人に与えたものは、人が人として生きる始まりの火であった。

 

 

これは理不尽に苦しみ喘ぐ人間を救う英雄的行為であると同時に、神々の掟を破るだけでなく神々の世界の秩序、神々の力の象徴を打ち壊す致命的な反逆行為。神と人は違うとして、人から火を遠ざけていたゼウスはこの事態に怒り、プロメテウスに壮絶なる罰を下した。

 

 

 

――秩序を乱した一つの火

 

 

 

それが焼き尽すのは平和か暗闇か。

 

 

 

 

―――回答の時は、既に始まっている。

 

 

 

 

 

―――評決の日は、まだ遥か彼方。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

橙色の光が段々と姿を変え、一つの柱となって古聖堂に落ちてくる。

 

 

「あ、思ったよりも爆風が広そう。」

 

 

スマホを弄っている振りをして時の到来を待っていたが、遂にその時が来た。

 

「落ち着いて避難してください!押さないで!押さないで!」

 

「いやぁぁぁッ!!」

 

「分かんないけど逃げろ逃げろ!」

 

周囲は既に混乱状態に陥っており統制が取れていない。彼女はスマホを懐に仕舞い、立ち上がる。

 

(着弾まで、あと5秒なし・・・そろそろ動き始めようか。)

 

薄い金髪の前髪の隙間から一つの柱――ミサイルをちらりと見る。そして―――

 

 

 

―――音が消える。

 

 

 

―――世界が白く暗転する。

 

 

 

―――遅れて数瞬、吹き飛んだ世界の音と色を爆炎の橙と赤が一瞬で染め上げる。

 

 

 

弾頭の起爆による爆炎が全てを押し流し焼き尽し、それに応じた爆風や爆圧が炎に先んじて外に到達し、余波となって外に逃げる炎混じりの黒煙も同様に古聖堂近くを余裕で駆け抜けていく。

 

常人の鼓膜なら一瞬で破壊できる程の威力を有する、最早音すらない大爆音が周囲をつんざき、建物のガラスを高周波で叩き割ると同時に人の悲鳴と叫びを上書きするかの様に呑み込む。

 

 

―――残響

 

 

時間にして2秒から3秒以内の出来事。殆どの者は異音と空から降ってくる光の後何があったのか理解するよりも先に吹き飛ばされ、意識を失う。

 

 

――静寂

 

 

外と内が不可視の境界で区切られたかの様に断絶する。調印式会場ではなく人が多く居る場所でもないが、爆圧の威力が衰えないここ(古聖堂前)では騒ぐ程の余力を残せる者は居ない。何故なら皆爆風によって薙ぎ払われるか先に外界に逃げてしまったから。

 

 

一人を除いて。

 

 

「・・・減衰率、想定の範囲内。無線機器にも異常なし。」

 

 

土と硝煙が入り混じる煙から姿を現したのは1人のトリニティ生。制服の所々が煤けてはいるものの、五体のどれも問題なく機能させて地面に立っており、爆炎に焼かれた形跡もない。

 

 

――まるで、()()()()()()()()()()()

 

 

「カラーコンタクトがずれてる。・・・ちっ、邪魔だこれ。」

 

 

その生徒は焼け爛れ吹き飛ばされた周囲の惨状に感情の一つも動かす事なく自らの目に指先を持っていく。

 

「目は前髪で隠せるし、もう変装に拘る必要もないな。」

 

そして、瞳の虹彩から焦げ茶色を慣れない手つきで慎重に外し、地面に払い捨てる。「よし」という声と共に掻き上げられた薄い金色の前髪から覗かせる眼は、曇り澱みの無い()()

 

「おっと、前髪はまだ垂らしておかないと。」

 

掻き上げた前髪を思い出した様に下ろし、一瞬露わとなった瞳を隠した彼女は、懐から取り出した無線機の電源を入れる。

 

「フェーズ1完了。現状問題は無し・・・どうせ聞こえてないだろうけど、突入する。」

 

大爆発による粉塵や黒煙、爆炎による電波障害で応答を返さない無線機のボタンの一つを押し、懐に仕舞う。押したボタンに設定されたマクロから送信される文が、無事受信先に届くかどうかは人の認知の及ばぬ電子の世界のみが知る事だ。

 

無線機を仕舞った彼女は、この異常事態にも関わらず極めて落ち着いた足取りで一般生徒の立ち入りが禁止されている筈の古聖堂へ続く道へ躊躇いもなく足を踏み入れ進んでいく。

 

 

――周囲に、彼女の歩みを止められる者は一人たりとて存在しない。

 

 

「・・・外の市街地に逃げてる気がするなぁ。中を軽く見たらそっちの方行くか。」

 

 

聞く者など誰も居ない、やや大きな独り言を残し、彼女は爆心地へと進んでいく。

 

 

 

後ろを振り向いた時に覗いた翠緑の片眸から零れる小さな輝きだけが、無人の場に残滓する。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

火の海。

 

 

 

比喩表現なしにこの言葉が適応できる場所が地獄以外にこの世に存在するとは。

 

 

(・・・さっきまで、調印式をやってた筈・・・それが気付いたらアロナが目の前に居て・・・ここはどこ?)

 

 

「・・・ぃ・・・!」

 

 

意識が寝起きの如く封鎖され、思考の悉くが拒絶される。目の前の光景が、状況が、ぼやけ気味に見えていながらもよく分からない。他人事の様だ。

 

 

「・・・せい・・・!」

 

 

(からだ・・・)

 

 

ここはどこなのだろうか。しかし、反射的に動かそうとした体は節々に突っ掛かりがあるかの如く動かない。それに加え脳による電気信号が正常に出ているかも怪しい。身体の感覚も動かせない割には何だかふわふわとしている。

 

 

「先生ッ!!」

 

 

その時、霧に覆われた意識を切り裂く悲鳴にも近い大声。思考の拒絶を叩き割り、意識を封鎖する鎖を断ち切る。

 

「せ、先生!ごほっ、げほっ・・・ご無事でしたか!!」

 

(あ・・・誰か・・・ひ、ヒナタ・・・?)

 

ぼやけたフレームが統合され、世界に輪郭が戻る。その一方で、口に感覚がない。人影――若葉ヒナタが赤色か橙色っぽい何かを強引に踏み越えてこちらに近付いてくるのは分かるが、言葉が口から出てこない。

 

「良かったです。辛うじて瓦礫の隙間に・・・」

 

(瓦礫の隙間・・・?え・・・あ、重い・・・?)

 

意識の回復と共に、体の感覚も急激に覚醒する。硬いし重いしなんか痛い。改めて起き上がろうとするも硬いものに背中が抑え付けられて起き上がれない。

 

「待っててください。今私が・・・」

 

一体なぜこんなにも動けないのだろうかなどと現実に追い付いていない理解で首をかしげていると、ヒナタが自分の上にある何かに手を伸ばす。

 

「これだけの力がある事に、感謝します・・・先生、立てますか?」

 

がらごろごんがんという鈍くやや低い物音と共に、背中に掛かっていた重さと硬さが消える。ヒナタの声に従い、凝り固まった体をほぐす様にして起き上がる。すると今度は何の抵抗もなく足を立て、立ち上がれた。不思議な事に、起き上がる自らの身体に異常は感じられなかった。

 

「お怪我は・・・なさそうですね。あの爆発に巻き込まれてほぼ無傷なんて・・・本当に奇跡のようです。」

 

起き上がって尚、未だ自分の状況と周囲の状況の認識が追い付かない。ヒナタが自分の様子を見てそんな事を言っている。確かに言われてみればヒナタが着るシスター服は所々が擦り切れ焼け爛れ、ヒナタ自身も皮膚の所々に水膨れを潰した様なものが見受けられたりと、一目で重症だと言う事が理解出来る。

 

 

 

「・・・ッ!!?」

 

 

 

―――そして同時に、周囲の惨状も。

 

 

 

つい今の今までその威容を誇っていた大拝礼堂の姿は何処へやら。高い天井は今やどこにもなく、周囲には無価値の瓦礫と化した古聖堂の一部が石ころの如く転がっている。キヴォトスに来る前、紛争地帯などの写真で見る事が多かった廃墟の姿そのままが、今の自分の眼前に広がっている。

 

 

――違う所があるとするなら、死屍累々の如く倒れ伏せる人の存在の有無。

 

 

ヒナタが言うには大きくなる異音の後の大爆発によってこの様な事態になったとの事だが、恐らく今自分が生きているのは確実にシッテムの箱の機能と、アロナのお陰だろう。ヘイローを持たない常人なら確実に焼死体か体が八つ裂きになっている筈だ。

 

「こ、これは・・・」

 

「先生!ご無事でしたか!」

 

「せ、先生・・・!」

 

脳が現実の理解に悲鳴を上げる中、ヒナタに次ぐ聞き慣れた声に振り向く。

 

「ツルギ!ハスミ!皆凄い怪我・・・!」

 

「正義実現委員会の皆さん・・・!」

 

正義実現委員会の委員長と副委員長の剣先ツルギと羽川ハスミ。声や立ち振る舞いこそしっかりしているものの、ヒナタ同様重度の火傷や裂傷打撲を身体に負わされ、正義実現委員会の象徴たる黒セーラーも無残にズタボロの状態だ。

 

「このくらいの負傷なら問題ありません。ですが先程の爆発により、正義実現委員会の大半が戦闘不能になってしまいました。それにナギサさんやサクラコさん、それ以外にも多くの方が見当たらなくなっていて・・・」

 

しかし、そんな傷を意にも介さないかの如く、あくまでも冷静にハスミは現状の報告共有を行う。

 

「・・・ゲヘナ側も、殆ど見当たりませんね。これは一体どういう・・・」

 

トリニティは勿論、ゲヘナの生徒達もどうなっているか分からないとの事らしく、ゲヘナ側の仕業ではと想定していたと思われるハスミも疑問に首を傾げている。

 

「わざわざ式典の会場に使いもしない爆発物や可燃物を持ち込むなんて有り得ないだろうし、一体誰が―――」

 

トリニティは勿論、ゲヘナ側の仕業とも思えない。では誰が、という疑問を口にしたその時、

 

 

 

――銃声。

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 

ハスミの傍に立って周囲を見渡していたツルギが左右に一丁つづ持った赤と黒の塗装がされたウィンチェスターM1887(レバーアクションショットガン)――愛銃【ブラッド&ガンパウダー】を構え、重心を深く落とし周囲を威嚇するかの如く睨む。

 

 

「作戦区域に到着、正義実現委員会の残党を発見・・・いや訂正。正義実現委員会の主力を発見。ツルギにハスミ・・・兵力をこっちに回して、これより交戦に入る。」

 

 

聞こえる複数の靴音。土煙から現れたトリニティでもゲヘナでもない第三者。

 

 

「アリウス分校!?」

 

 

アリウス分校。数日前のトリニティ学園内でも見た白コートにガスマスク。それが、今自分達の周囲に展開している。

 

「どこからこれ程の兵力が・・・!?周辺地域は全て厳戒態勢の筈・・・!」

 

ハスミが理解不能だと言わんばかりの動揺を見せる。無理もない、ミカのクーデターの一件によりアリウス分校の存在は既に知っていたので、その対策に古聖堂周辺に委員を予定よりも多く配置し、いざという時の為のホットラインも複数設置。いつどこから攻め込んできても問題ない様、彼女達は備えをしてきたのだ、仮に大礼拝堂が吹き飛ぶレベルの大爆発が起きたとて周囲に展開した部隊にはほぼ影響がない故に突入など不可能な筈なのだ。

 

それが、何かの冗談の様に、努力を嘲笑うかの様に、彼女達の目の前にはアリウス分校の生徒が居る。一切の交戦の痕跡もなく。

 

「あ・・・ま、まさか・・・」

 

ヒナタが何かに思い当たったらしく声を上げる。

 

 

「まさか地下から・・・?古聖堂の地下にある、あのカタコンベ(地下墓地)から・・・?」

 

 

カタコンベ(地下墓地)。調印式が始まる少し前にヒナタと古聖堂を歩き、案内を受けた時の事。丁度聞かされた古聖堂の地下に広がっているとされているそれ。

 

ヒナタはあくまでもそういうものが地下には広がっているらしいとしか言わなかった。それは恐らく、実際にこの目でその存在を見たものが現在の学園には居ない故の言葉なのだのだろう。だが、現実アリウス分校の校章を付けた目の前のガスマスク軍団が何の予兆もなく古聖堂内に居る以上地下墓地の存在は真実となり、同時に目の前の軍勢の侵入経路が確定した。

 

「・・・なるほど。つまりこの状況、あなた達アリウスの仕業と見ても良いでしょうか?」

 

状況を理解するのにそう時間は掛からなかった。ハスミは静かに手に持っていた黒の塗装に外部パーツの所々を金の装飾で主張しない上品さで飾り立てたM1917エンフィールド――愛銃【インペイルメント】の引き金に指を掛ける。そして、

 

「この様な狼藉、絶対に許しません。その代償を、今ここで・・・ッ!!」

 

冷徹な敵意を瞳に満たし、目の前に展開するアリウスの軍勢の指揮官と思しきロケットランチャーを持つ生徒に酢重の銃口を向ける。

 

「・・・ハスミ。落ち着け。」

 

あと一瞬もう一瞬で攻撃を仕掛けそうな勢いだったが、その直前にツルギが発した声により踏み止まる。

 

激昂を前面に向き出すハスミに対し、ツルギは逆に冷静だった。いつでも動ける体勢を取りアリウス分校の軍勢の目の前に出る。

 

「・・・はい、そうですね、」

 

ツルギの制止の声を受けたハスミは即座に我に返り、今最優先で為さねばならない事を弾き出す。

 

「ありがとうございます、ツルギ。現状の最優先事項は先生の安全・・・先生を連れて、ここから離脱します。」

 

「あぁ、暴れるのは、私の役目だ。」

 

ハスミが戦術と戦略を組み上げ、ツルギが敵を轢き潰す。今の正義実現委員会にある絶対の方程式。時にツルギの圧倒力すらも必要とせず、時にハスミの戦略戦術を超えて敵を薙ぎ払う。

 

 

「くひひひいひひ・・・っ。さぁ、相手をしてやるぜ虫けら共ッ!掛かってきなぁぁッ!!」

 

 

「先生、行きましょう!動ける者達と合流します。まずは包囲の突破を。」

 

 

興奮に大きく歪んだ狂笑をその顔に浮かべ、ツルギが目の前のガスマスクの軍団に突撃する。ハスミが自らを庇う様に目の前に立ち、ツルギの援護を始める。

 

 

「ひゃぁっはははははははーーーッ!!」

 

 

「ツルギ!先生と私の指示以外は自分の判断で動いてください!先生、指揮をお願いします!」

 

 

ハスミに言葉を投げ掛けられ、はっと目の前の状況に意識を向け直す。

 

「私は、先生の周囲の警戒を・・・!」

 

「よろしくね、ヒナタ。」

 

戦況は早速突撃を掛けたツルギがツルギ専用に構築された別個と思しき包囲網を強引に喰い破っている。その背後、自身の近くでハスミが適宜援護射撃を行い、ツルギの行動に阻害を与えかねない動きを見せる者を正確に射抜いている。

 

 

「ツルギ!突出のし過ぎに注意して!ハスミ!ツルギの包囲網の構築を徹底して妨害して!」

 

 

自らをあらゆる危険から守る超常の防壁はもうない。近くの機器を問答無用でハッキングできるアロナは力を使い果たし動けない。

 

 

(イサネが見せたあの時とは違う死の感じ・・・アロナが居なかったら確実に死んでいた・・・)

 

 

形勢不利なんてどころの話ではない。そんな中、先生を無事に退避させるべく、また生徒にこれ以上の被害を出さぬ様、孤立無援の中で4人は戦い始める。

 

 





プロメテウスって旧約聖書じゃなくてギリシア神話に登場する神様なんですよね。なので旧約聖書からネタを引っ張ってきている事が多いトリニティとエデン条約編の描写に入れるのはちょっと違うかなーって迷いました。まぁ入れたんですけど。

捕捉
ピューについて
これは教会の礼拝堂で使われるあの長椅子の専門的な呼び方らしく、英語で「pew」と書くみたいです。

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