一匹――否、一人の黒いシルエットが、粉塵漂う瓦礫の荒野を駆け抜ける。
「きっははははははッ!!!」
彼女の両手に握られた赤色の
「ツルギ!それくらいならもっと前に出て良いよ!ハスミ、出来るね?」
「この程度、お任せください・・・ッ。」
剣先ツルギ。正義実現委員会の委員長にしてトリニティが誇る【歩く戦略兵器】。そんなツルギが、全身に浴びせられる銃火を物ともせずに突き進み、両手に握った愛銃を乱射する。
「ちっ、この程度の戦力じゃ足止めも出来ない。・・・了解、ならミメシスの投入を要請する。」
単騎を以てして最強と呼ばれるツルギ。更にその後方に同じく正義実現委員会の副委員長にして冷徹なるスナイパー兼正義実現委員会の頭脳を担う羽川ハスミ。彼女の手に握られた
「動ける者は先生の周囲に集合してください!敵はアリウス分校、まずは先生を安全地帯へ退避させる事を最優先事項とします!集合後は先生の指揮に従ってください!」
更に常に周囲への呼び掛けを行い、四散した部隊の回収と統率を並行して行う。そしてハスミの一声を聞いた他の正義実現委員達もまた先生の周囲に集まり、いざという時は己が身を立てにしてもという覚悟と共に交戦を始める。
「先生、学園内にある
「分かったけど、ハスミ達はどうするの?」
「詰所で待機中の部隊を再編して、ここに戻ります。アリウスの狙いは分かりませんが、悠長に作戦会議をしている時間もありません。」
交戦の最中、避難先を提示したハスミを言葉を交わす。現状ツルギが危機に陥る可能性もなく、包囲網の突破は至って順調に進んでいる。
「私もそれに着いて行くよ。」
「先生の指揮は確かにこの状況だと非常に心強いのですが・・・流石に危険過ぎるかと。せめてもう少し人員が集まってくれれば・・・」
「やっぱり待機した方が良いのかな・・・でも通信機器が全く機能してないし・・・ツルギ!正面右側が手薄だよ!」
避難後の方針について話し合いながら、ツルギの切り開いた血路を抉じ開けて進む。
ここまでは至って順調。調印式を粉々に吹き飛ばされた時点で順調もくそもないのだが、まぁ想定の上を行く襲撃からの脱出という意味では現状至って順調と言えるだろう。少数ではあるが続々と部隊が集結し、ツルギもハスミも謎の大爆発によるダメージ以外特に問題は見受けられない。
「これよりトリニティ学園内への撤退を始めます!撤退後、敵勢力の撃破と行方不明者の救助を行います!先生の護衛を怠らず、そして各自遅れない様に!」
「「「了解!!」」」
至って順調、異常なし。
―――今の今までは。
「副委員長!!あれを・・・!」
「あれは?アリウスの人間とは全く異なる姿・・・」
想定外の中にどうにか築いた安定に、異物が混入する。
「くっ、一体なんですかあれは・・・!あの威力、幾ら撃ち込んでも手応えの無い・・・!」
「到着を確認。これより反転して再攻勢に移る。各員後退を中止して再攻撃。」
今だ消えぬ粉塵の中から現れるはガスマスク姿の軍勢。だが、アリウス生とは明らかに異なる人ならざる人。
「あの姿・・・本で見た事あります。」
「シスターヒナタ?」
戦闘を始めてから常に先生の傍で周囲を警戒していたヒナタが、その姿を見てはっと漏らす。
「あれは聖徒会の服装・・・」
ガスマスクをしているという点についてはアリウス生と変わらない。しかし、着用している服はハイレグの入った黒のレオタード。そしてガスマスク以外の頭部を隠す様にウィンプルを身に着け、足は太もも半ばまであるハイロングブーツを履いているというどちらかと言えばシスターを思わせる格好であり、無個性のロングコートに防弾チョッキというアリウス生よりはシスターフッドの方が所属の分類として近いだろうか。
「・・・聖徒会?」
ハスミの疑問の声が届かない様子のヒナタは、軽い同様のままにハスミの疑問に答える様に目の前の存在の正体を口に出す。
「間違いありません、あれはユスティナ聖徒会・・・!数百年前に消えた筈の戒律の守護者達が、どうして今ここに・・・!?しかもこの数、数百人規模で・・・」
「戒律の守護者・・・」
調印式の数分ほど前にヒナタが言っていた戒律の守護者。記録が事実なら数百年前に居た者達であり、今やとっくに墓の中に居る筈の者達が、今こうして目の前に姿を現している。
・・・尤も、当人達ではないだろう事は確実だが。
「銃弾が効かないというよりは、倒しても復活している・・・」
ツルギの撃った散弾が頭部に正確に全弾命中し、頭から吹き飛び実体が消失したにも関わらず、奥の方で何事も無かったかの様に起き上がる動作と共に実態が現れる様子から確実に生命を持つ存在ではない事は確かだが、同時に倒しても倒しても終わらない相手である事もまた事実となった。
「既に集結した部隊にも被害が・・・」
ハスミの一声により集合した少数の委員達も、倒しても倒しても蘇る不死性と高い戦闘能力を持つこの亡霊達を前に脱落する者が出始め、これまでの優勢が瞬く間に覆される。その時、
「こっち!」
独特な螺旋音にも似た銃声が戦場を支配し、紫の火線が不死の亡霊達を切り刻み、吹き飛ばす。その火線は数秒続き、射線上に居た亡霊を貫きアリウス生を打ち据える。
そして一時的にではあるものの、包囲陣に大穴が開く。同時にこの銃声と銃火には非常に見覚えがある。
「先生、こっち!!」
「ヒナ!」
空崎ヒナ。ゲヘナ風紀委員会の委員長にしてキヴォトス最強の筆頭として一番最初に名が上がる
「ゲヘナの風紀委員長・・・!?」
頭部から血を流し、打撲裂傷を全身に負った彼女が、その小柄に似合わぬ独裁者の電動のこぎりから硝煙を上げながら現れた。
「正義実現委員会、先生をこっちに!今は時間がない!」
呆気に取られる一同を余所に場に現れたヒナはすぐさまハスミに声を掛ける。丁度ヒナの掃射により包囲網に穴が開いている。移動するなら今しかない。
「・・・分かりました。先生、私達がここで敵を食い止めます。後はあの風紀委員長がきっと何とかしますから、急いでください。」
数秒の思考。忌み嫌うゲヘナなんぞにという思想がここに来てまで最善の判断の邪魔をしてくるが、ハスミはそれを呑み込み、言う。
「でもそれじゃあハスミが・・・いやでも・・・」
ハスミ達はどうするのか。対する先生も生徒を死地に置いて行くなどという己が絶対使命が判断を鈍らせる。だが同時に、まともに動けて全体の収拾が取れる者が自分以外居ないというのも分かっている。
「・・・絶対に生きて帰ってきてね。」
故に、でもだってを噛み殺す。生徒の為に生徒を置いて行くというシビアを無理矢理受け入れる。
「今そっちに行く・・・!」
幸い先生が履いている靴はある程度の悪路も歩けるパンプスだ。ヒナが開けてくれた穴が埋まる前に、先生はヒナに向けて走り出す。
「風紀委員長!先生をよろしくお願いしますッ!!」
駆け抜ける事数秒。ヒナの元に到着すると同時に薙ぎ払った亡霊が復活。同時にツルギを先頭に残存していた正義実現委員会が本格的に交戦を始める。
「・・・任せて。」
凄まじい銃声と破砕音を貫いて聞こえたハスミの叫びを聞き、ヒナは小さく頷く。
「先生、今はあの怪物達をまともに相手取る方法はない。包囲網を抜けて脱出する事が・・・っ!」
淡々と、普段通りを取り繕おうと話すヒナだったが、やはり外見から見て分かる通りかなり強引に包囲網を抜けて来たのだろう。時折痛みを堪えようとして顔を歪める。
「傷が・・・」
「これくらい大した事ない。先生、私から離れないで。」
傷の重さに目を剥く先生を気丈だと言い聞かせ、ヒナは黒と紫の他に様々な部分に独自のカスタムを施したMG42――愛銃【終幕:デストロイヤー】を構えて前に出る。目の前には極少数のアリウス生と大量の亡霊。
「・・・退路は、私が抉じ開ける。」
頭部に生えた角に刻まれた日々の様な溝から紫を強く発光させ、デストロイヤーの引き金を引く。
―――手負いの魔王
それでも、死んだ亡霊風情で、頭が高過ぎる。
キュィィィィ・・・・
破壊の螺旋が、再び戦場に木霊する。
「先生、こっち!」
毎分約1200~1500発という異常な発射レートで撃ち出される7.92×57mmモーゼル弾が空間を支配し、射線上に居座る亡霊を次々と消し飛ばす。回避する間も、回避するスペースも許さぬ無慈悲な弾幕。
「この・・・ッ!」
更に歩を進め、至近に迫った亡霊を相手にヒナは何の躊躇もなくその銃身を槍の様に振るう。小柄な体からは想像もつかない程の力で振るわれたデストロイヤーの銃身は大薙刀の如き威力を以て亡霊の頭部をぶっ叩く。当然亡霊は抵抗の余地すらもなく頭部を消失させ、そのまま全身も消失させると同時にヒナの手に手応えの無い空振りの感触を伝える。
「邪魔・・・!!」
ヒナから見て右から左へと薙ぎ払った銃身による殴打の後、彼女はすぐさま身を翻すと同時に引き金を引くと同時にゆっくりと左へ薙ぐ様に銃身を薙ぐ。剛腕+鈍器による殴打の次は再度弾幕による一方的な掃射。
「先生、もう少しだけ耐えて。ここを抜ければ・・・」
「私は大丈夫だよ。ヒナの方こそ、無茶はしないで。」
「この状況が既に滅茶苦茶よ、これ以上は無茶のしようがないわ。」
弾倉の交換の傍らで先生と言葉を交わしつつ、吹き飛ばした亡霊の戦列を強引に突き進み、不死身の亡霊戦線を突き進むヒナ。
「あと少し・・・」
リロードの終了と同時に大きな蝙蝠の翼をぶわりと広げ、最も近くに居る亡霊に向かって駆け出す。銃弾の雨を掻い潜り、狙撃銃を頭部に受けても怯み一つないキヴォトスでも類を見ない身体の頑強さで強引に突き進み、銃口を亡霊の腹に槍の如く突き刺す。
「こっちね・・・!」
腹に強烈な一撃を受けた亡霊はまるで人間の如く身体をくの字に曲げて苦しむが、ヒナは意に介さず引き金を引くと同時に銃口を軍勢の方へ向ける。
ががががががっ!!
数瞬とはいえライフル用の銃弾を零距離で喰らった亡霊はヒナに数瞬の防壁を提供すると同時に腹に大きな風穴を開けて消滅。弾幕が前面に展開する亡霊達へと襲い掛かる。
魔王行脚の如く亡霊を蹂躙し、悠々と敵戦線を吹き飛ばす様子は正にゲヘナに君臨する魔王。既に別経路から市街地への脱出には成功し、後は安全地帯に辿り着くか味方の誰かと合流さえ出来れば良しと言った所。だが、状況の進歩に対してヒナの顔はいつもよりも数段険しく、様子からしても余裕が感じられない。
「ま、また会いましたね、ヒナさん・・・!」
「新手!?」
更にヒナが抉じ開けた行く手を塞ぐ様に、市街地の脇道から亡霊とアリウス生がヒナの正面を塞ぐ。そして指揮官と思しき秘色の長髪サイドポニーに纏め、アリウスの制服に身長ほどもある大きな長箱を背負った少女。
「っ、・・・性懲りもなく・・・!」
それを見たヒナは先に対峙した記憶が蘇ったらしく忌々しげに表情を歪める。だが、動きに澱みはない。すぐさま愛銃のリロードを終え、空の弾倉を投げ捨てると、退路を抉じ開けるべく戦闘を再開する。
「早く風紀委員長を撃って。幾ら復活するって言っても、あんな速度で潰されたら退かざるを得なくなる。」
対してヒナを前にする彼女達はあくまでも冷静に増援に現れた生徒に指示を出す。
「あぅぅ、既にあの人に壊滅させられかけたのにまた・・・辛いですね・・・」
「今は私も居るから違うでしょ。早くして。」
どうにも対峙する相手の指揮官と思しき生徒がヒナの大立ち回りを前に動揺の一つもなかったのは増援が来ていると分かっているからとの事らしい。彼女達の会話から更なる増援の予感を感じた先生の背にひやりと悪寒が駆け抜ける。
(ここに来た時点で生徒の為に死ぬ覚悟はできている。でも、死の実感なんて分からないし、何よりも生徒を置いて行く事だけはしたくない・・・まだ死ねない。死ねない、けど・・・)
ヒナの振るうデストロイヤーは既に絶えず銃火を吐き続けている。銃器を持たず、また銃弾一発が重症になる先生に出来る事は残念ながら何もない。
「くっ・・・」
先程と同様に亡霊とアリウス生の軍勢に攻勢を仕掛けるヒナだったが、倍の量の銃火を一点に向けられ攻め切るに攻め切れない。一歩前に出たい所で停滞か一歩引く事を強制され、動きを止めた所にロケットランチャーによる爆撃が襲い掛かる。
回避と後退を強制させられ、常に体には何かしらの銃弾が叩き付けられる。埒が明かないとヒナはロケットランチャーの爆風によって捲れたコンクリートの大片を蹴り上げ、一瞬の遮蔽にして猶予を確保。足を溜めて遮蔽から飛び出して前へ進む。
「ここ・・・ッ!」
彼我の距離が近づき、自身に命中する射線が増えるタイミングでデストロイヤーの連射速度に物を言わせ、敵の射線を潰しつつ更に前に出る。
「く、苦しそうですね・・・」
空いた射線に突っ込み、これ好機とデストロイヤーを向け直すヒナだったが、そこを対物ライフルが狙う。
「ぐ・・・」
対物ライフルによる射撃はヒナの胴を狙ったもの。普段のヒナならこの程度意にも介さずに狙撃手の元まで行くか制圧射撃で蜂の巣にするのだが、先に無数の銃弾を身体に受け、通常の銃弾でもダメージを負う程には消耗している今となるとそうもいかない。回避行動を取らざるを得ない。
しかし、回避先に飛んでくるのはロケットランチャーの砲弾。対物ライフルが危ない以上ロケットランチャーなどもっと危険。更に回避を強制される。次ぐ追い打ちに銃弾の嵐が叩き付け、立ち止まる訳にもいかず下がる。
「また・・・!」
回避を終えてふと前を見ればそこは即席の遮蔽があった場所のほぼ真横。進んだ分の距離だけ下がらされる結果で終わり。そこに辿り着くまでに費やした数瞬が、貴重な体力が、全て無に帰す。
そして攻撃が無駄だったとその場に居残る事も許されない。亡霊が装備するドラグノフの射程範囲外は既に遥か後方、動き続けなければ撃たれる。応戦は出来ているが形勢が一向に好転しない。
「どうする・・・せめて、先生だけでも・・・」
身体は既に限界に近いと思われる。自分の身体ながら、生まれてこの方ここまで追い込まれた試しがない為限界なのかどうなのかの一線が分からない。少なくとも今すぐ治療が必要になるくらいには消耗している事だけは分かるのだが。
増援が追い付いてから数分。一歩進んでは一歩引いてという状況がずっと続いている。打開策も、増援もない。
―――そんな他所事を考える猶予も、また無い。
僅かに見せた隙に、デストロイヤーの弾幕量を上回る量の銃弾が叩き込まれ、ヒナの小柄な体を切り刻む。
――策無し打つ手無し。
「ぐぅぅっ・・・!もう、これしか・・・ッ!!」
だが、ヒナもヒナでただでは沈まない。下手な回避では最早棒立ちと同じと判断した彼女は翼の先端をアンカーの如くコンクリートの地面に突き刺す事で体を固定。銃身交換を終えたデストロイヤーを腰だめ構え、固定砲台の如く撃ち返す。
「これだけの攻撃を受けて、まだ倒れないんですね・・・もうおしまいです・・・」
全身に銃弾を浴びながらも、ヒナの目にはまだ明確な意識が宿っている。ふらつく事もなく、痛みを新たな痛みで上書きして誤魔化す事で苦痛から耐え遂せる。そしてお返しと言わんばかりに
―――が、
「いや、限界みたいだね。もう頭部を狙っても避けられない筈。・・・ヒヨリ。」
正面に見据えるヒナの視界に映る一つの銃口。
「ッ!?」
ヒヨリと呼ばれた秘色髪の生徒がうつ伏せで構えた対物ライフルが火を噴き、ヒナの頭部を狂いなく撃ち抜く。言った通り、ヒナには首を傾ける余力すら残っていなかった。
「あっ――――」
ぐらり。
「ヒナぁぁッ!!」
明確にヒナの身体が頭部に引っ張られる形でノックバックし、アンカーの様に張っていた翼も脱力する。反射で踏ん張ろうとして踏ん張り切れず、うつ伏せの形で薬莢だらけの地面に倒れ落ちる。
「・・・ゲヘナの風紀委員長、漸く倒れた。」
体力の限界。古聖堂を吹き飛ばす程の大爆発を受けた後に無数の銃弾を全身に受け続けた結果、遂にゲヘナ風紀委員会の委員長、空崎ヒナは倒れた。
「や、やっとですか・・・痛かったですよねぇ、あの傷で良くここまで・・・」
「こっちも風紀委員長一人にかなりやられた。ミメシス以外の戦力はもう殆ど残ってない。」
アリウス生の殆どはヒナの銃撃によって戦闘不能になっているものの、肝心の指揮官と思しき生徒は問題なく行動できており、消し飛ばした亡霊も次々と復活を始めている。
そして、先生を守る唯一の盾が音を立てて崩れ去る。
「トリニティとゲヘナの主要人物は全部片付いた。残りは貴様だけだ、シャーレの先生。」
ヒナに駆け寄る先生を呼ぶ第三者の声。亡霊達の戦列が中央から割れ、そこから2人の生徒が姿を現す。
1人はノースリーブインナーに戦闘用に設計されたと思しきズボン。その上にアリウスの白いロングコートを肩出しで羽織る青みが掛かった黒髪。冷え切った目付きに表情は硬質のマスクにより詳しくは伺えない。
もう一人は白コートをしっかりと着込み、防弾チョッキも身に着けている。しかし他の生徒と違う点としては顔に付けているガスマスクのデザインが明確に異なり、被ったフードから出る藤色の髪がより自然にマスクの存在を調和させている。
「君達が・・・アリウススクワッド・・・?」
「・・・そうだ、私達が、アリウススクワッドだ。アズサが世話になったな。」
自分が完全無抵抗の状態で銃口の前に晒されているという事実を忘れ、先生は目の前に居るアリウススクワッドの4人に釘付けとなった。そんな先生の様子を気にも留めず、黒髪の生徒は淡々と言葉を綴る。
「トリニティに代わってアリウスによる条約の調印は既に終わった。古聖堂で残存していた戦力も殆ど片が付いた。・・・後は貴様さえ消せば、楽園の名の下に新たな秩序が築き上げられる。」
「新たな・・・秩序・・・」
言葉の意味が理解出来ていない先生に対し、黒髪の生徒は空の左手をサイホルスターに収められているハンドガンのグリップに伸ばす。
「まぁ、ここで死にゆく貴様には関係のない話でしかないが。」
グリップを握った左手をゆっくりと上げられ、ハンドガンの銃口が先生に向けられる。ありとあらゆる防壁を失った、最も無防備な状態の先生に。
「計画の段階で貴様が一番の障害になるとも、彼女は言っていたからな。」
―――きりり
本来余程静かであっても聞こえる事がない引き金が引かれる金属音が先生の鼓膜を揺らし―――
「ぅ、あぁぁぁあああーーーッ!!!」
螺旋の銃声が音を上書きする。
「ヒナっ!!」
力尽きくずおれたヒナが搾り粕の気力を振り絞って動き出す。うつ伏せの状態から手を突いて膝を突いて起き上がり、すぐ傍に転がる愛銃を拾い上げて引き金を引く。
本来なら気絶し暫くは起きれない程の怪我。風紀委員長としての矜持か魔王としての意地か、はたまた最悪な想定への恐怖か。理由はなんであれ彼女は己が身の限界を無視して身を起こし、再び武器を手に取った。
「先生!早く逃げてッ!」
起き上がったとはいえ一度限界値を割った意識、既に戦術的な打開策はおろか本能的な思考すらも困難な状態。乱射にも等しい制圧射撃を以て先生への銃撃を妨害し、使命のままに逃げろと叫ぶ。
―――だが、
「まだ動けるのか。これは流石に想定外だな。だが・・・」
―――それでも、
「だが、それでも無意味だ。」
一度寸前で外された指が、引き金が、今度は完全に引き切られる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
見てはいけないものを見た。
否、一番考えたくない場面を最悪のタイミングで目撃してしまった。
「あ・・・あ、あぁぁぁぁああああッ!!!」
普段から無表情な場面しか見る事がないゲヘナの風紀委員長が、絶望の悲鳴を上げている。
(せ、先生・・・ッ!?)
眼前、距離にして50m無いくらい前で、先生の身体がぐらりと崩れる。
――やったのか、やってしまったのか。
古聖堂から離れたカフェテリアで補習授業部の皆と喋っていた故にあれを見てから止まる事無くここまで走ってきたが、まさか、まさか目の前でこんなものを見る事になるとは。
(サオリ・・・まさか・・・まさか本当にっ!?)
数kmをノンストップで走ってきた故の疲労など気遣っている場合ではない。――白洲アズサは、いつでも銃を構えられる状態で出せるぎりぎりまで足を早める。
「セナッ!こっち!!」
走行する車の音が聞こえ、走るアズサを追い越す形で救急車が停止する。運転席からゲヘナの生徒が飛び出し、ヒナと先生の下へ一直線に駆けていく。
(今やる事は・・・)
思考が纏まらない。今自分は何をすべきなのか、何の為に何をしなければならないのか。一つだけ確定している事とすれば今すぐ目の前にミメシス達と居るアズサの戦闘の師匠にして家族である錠前サオリを問い質し、場合によっては・・・そういう選択を取るという事。
「はぁ・・・はぁ・・・ッ、サオリぃ・・・ッ!!」
先生と風紀委員長、もう一人のゲヘナの生徒と入れ違う形でサオリの目の前に辿り着く。サオリの方もアズサを認識し、静かに口を開く。
「ここで出てくるのかと言った所だが、こちらから行く手間が省けたな。・・・アズサ。」
「どうして・・・どうしてッ!」
どうしてそんなにトリニティやゲヘナが憎くて、この世の全てが虚しいのかなどアズサには分からない。だが、それを差し引いてもどうして先生まで撃つ必要があったのか。いや違う。計画の段階から先生の殺害は決定されていた。だからこそサオリは計画通りに役目を遂行したに過ぎない。
「私達を裏切ってトリニティに逃げたとしても、結果は変わらない。私達人殺しに、居場所なんてどこにもない。」
だが、許せないものは許せない。何故撃ったなど愚問でしかないが、問わずにはいられないし平静を保つなど到底不可能だ。何せ目の前の家族だった者達によって意味を踏みにじられているから。自らの存在と本当に掴んだ皆の意思を否定されているから。
アズサの心が完全に決まった。目の前の元家族のヘイローを破壊し、こっちからその植え付けられた虚無を否定する。出来るか出来ないかなど問題ではない、やるのだ。やるしかないのだ。それ以外にアズサが見いだせる選択肢など無い。
「サオリぃぃぃーーーッ!!!」
咆哮のままに肩に掛けた愛銃【Et Omnia Vanitas】のグリップを掴み、銃口を向けて踏み出す。
「お前が―――」
考えられるだけの罵倒を浴びせんと叫びながら、一歩を踏み出し―――
「どうしよう、凄い所に来ちゃった・・・」
「リーダー、誰かあそこに居る。」
戒野ミサキがサオリ達の展開する大通りの端を指差して第三者の乱入を報告し、同時にアリウススクワッドでもアズサでもない声が小さく聞こえる。はっとして見れば、そこにはトリニティの制服を着た金髪の生徒。
「ここは危険だ!今すぐ逃げろっ!!」
「トリニティの制服を着ている時点で敵だ。やれ。」
ほぼ条件反射でアズサが逃げるよう叫ぶと同時にサオリがミメシスに掃射の指示を下す。そして無情にもミメシス達は手に握ったドラグノフの銃口をその生徒に向け――
「・・・見つけた。お前か。」
姿が掻き消える。
「・・・!!!」
「姫!?」
直後、サオリが姫と呼んだ秤アツコを金髪の生徒の握るコンバットナイフが襲う。顔を隠す為の仮面の様な形状のガスマスクを切っ先が掠め、刃傷を付ける。その一連の動きに、アズサは呆気に取られながらも明確な既視感を覚えていた。
(最終試験前日の夜に見た・・・まさか。)
聖園ミカ相手に見せた不可解な翠緑の光。そして余りにもシームレスな殺害という選択肢への思考の移動とその行動の早さ。
「避けられたか。流石は特殊部隊と言った所?ま、出来の良い付け焼刃にしては良い線行ってるんじゃない?」
一方アツコを急襲した彼女はいつの間にかアズサとサオリ達の間に立ち、あっけからんとした様子で制服のスカートを脱いでいる。
――この感じも知っている。緊張感を感じさせない口調で話すこの感じ。
スカートをナイフで切り裂く事で物理的に脱ぎ、出てきたのは膝すぐ上まであるスクールスカート。更に制服のボタンにも手を掛け、次々と外す。
「よくも姫を・・・」
「あ?そんなに怒るならなんで前線に出すのさ。馬鹿じゃないの?」
すらりと脱ぎ捨てられたトリニティの制服の内側から現れるは袖を捲った白いワイシャツとその上に装備した武装満載のハーネス。よく見ればナイフも見た事がある位置に鞘が装備されており、また彼女が引き摺って来たアリウス生の右肩にはナイフが刃を埋めている。
「どうしてここに・・・」
「どうしてって・・・依頼以外に何があるっていうのさ、こんな場所。」
最後にその金髪をわしゃわしゃと梳いた後に髪に手を突っ込むと、金髪ががばりと彼女の頭から外れ、中から見覚えのある綺麗な銀灰色のストレートヘアが姿を見せる。
「イサネ!!」
答えなど最初の既視感の段階で既に確定していた。アズサは確信のままに姿を現した彼女に声を張り上げる。
「さて、仕事を始めようか。」
イサネ登場のシーンもうちょっと上手く出来たかも...
登場というか乱入シーンについてもうちょっと勉強すべきだなとここまで書いてきて新たに気付きましたね。