透き通る世界で二度目の答えは出せるのか   作:回り針

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2月中にあともう1本か2本上げたかった...物語の肝心な場面でモチベーションが湧かねぇ(涙)



蠢き猛る闘争心のままに

 

 

 

ここだけ周囲の混乱から切り取られたかの様に静まり返った大通りで、アズサが混乱を隠そうともせずに言葉を零す。

 

「どうしてここに・・・」

 

その視線の先には、補習授業部の勉強合宿の初期に出会い行動を基本的に共にし、そして数日前の第三次特別学力試験の後に姿をくらませたイサネ。それが今、何事も無かったかの如くアズサの前に居る。

 

 

――この最悪とも言えるこの状況で。

 

 

かつての家族同然だった者達への憤怒に衝撃と混乱が加わり、構えていた銃を支える左腕から力が抜け落ちる。

 

(今の今まで、一体どこに・・・)

 

第三次特別学力試験の合格通知が渡された後、イサネの行方不明を先生から聞かされたアズサ達補習授業部は日常生活の折を見て消えたイサネを探していた。ネットや部活動などの力を駆使し、時に部員全員で、時に個々別々に。

 

数週間行動を共にし、そして見返りが無いにも関わらず困難に手を貸してくれたイサネに何故何も言わずに消えたのか、せめてこれまでの感謝を伝えんと出せる手を尽くした。

 

だが、彼女は姿を現さなかった。人員が4人しかいない補習授業部だけでの捜索はともかく正義実現委員会や時にティーパーティーが組織した捜索網の端にすら掛からず、時間とリソースだけが無為に消費されていった。

 

・・・しかし、今こうしてアズサの目の前に立ち、あの数の亡霊を前に余裕綽々とした様子で肩から銀灰色の髪を払う彼女はイサネ以外の何者でもない。

 

「適当に当たりを付けて来たけど・・・ははっ、鈍っていない様で安心したよ。」

 

一方イサネはアズサの事など見えていないといった様子でアリウススクワッドと不死身の亡霊達を見据え、軽く笑う。

 

(何を、するつもりなんだ・・・)

 

軽く笑うイサネの横顔を見たアズサに背に、何か不快なものが這う感覚が襲う。激動の別れと再会に感情を乱す間もなく、次が訪れようとしている。

 

「灰色を帯びた銀髪に特徴的な緑の虹彩・・・なるほど、貴様が標根イサネか。」

 

事を静観していたサオリが、納得がいった様に静かに口を開く。イサネに向いていたアズサの視線もまた、再びサオリへと向き直る。

 

「空崎ヒナに並ぶとされている傭兵だと聞いているが・・・既にここでの目的は達した、今更何の脅威でもない。」

 

アズサとイサネの二人からの視線を受けながら、サオリはあくまでも脅威ではないと吐き捨てる。

 

「そもそも無限に現れるミメシスを前に、実力など無意味。空崎ヒナ同様、貴様も無力のままにここに沈めてやろう。」

 

ミサイルによる負傷を抱えたままミメシスやアリウスの軍勢と交戦したヒナと違い、イサネは恐らくほぼ無傷の状態。しかし、サオリはそれすらも無駄と言ってのける。

 

「・・・」

 

サオリの宣告に対し、イサネは言葉を返す事もなくアリウススクワッドの面々を観察している様に見える。

 

(幾らイサネでも、この際限なく蘇る軍勢が相手では分が悪過ぎる。ここは声を掛けて協力しないと・・・)

 

イサネの乱入により怒りによって覆われていた視界と理性的思考が戻ったアズサは、サオリとどうにかして消さなければならない(ヘイローを破壊する)覚悟はそのままに、イサネと自身それぞれの目的達成の為に思考を動かし始める。

 

「イサネ―――」

 

今の最重要目標はこの圧倒的不利な盤面を脱する事。その為に今必要な行動を回復した理性で設定したアズサは、未だ動きを見せないイサネに声を掛けようとし、

 

 

「ははっ。」

 

 

彼女の嗤笑を見る。そして、何の前触れもなく姿を視界からロストする。

 

 

「ぅあ・・・っ!?」

 

 

ロストを意識する間もなく次いだ衝撃がアズサを襲い、更にその半瞬後にばんっ!という爆音がこの場に居た全ての聴覚を叩く。衝撃によろめき、一瞬視界が上下する。

 

何が起きたか分からなかった。視界に捉えていたイサネの姿が消えた所までは認識できていたが、何故消えたのか、消える予兆などは一切認識出来ず、それよりも前に謎の衝撃によって視界を断ち切られていた。

 

(何が―――)

 

脊髄反射で体勢を立て直し、1秒以下で視界を上げる。

 

 

「これは・・・っ!?」

 

 

しかし、視界を持ち直した時には事の全てが終わっていた。青白い人型一体の上半身が宙を舞いながらその身体を粒子に溶かし、地面に残った下半身は下腹部を完全に消失させながら、未だ現実が追い付いていないとでも言わんばかりの様子で立っている。そして、その後ろで大きく後方に転倒する特徴的なガスマスク――アツコの姿。

 

・・・と、その更に奥で、右腕を前に振り抜いた残心姿勢のまま宙を舞うイサネの姿。

 

「・・・なんだと?」

 

サオリもアズサ同様、状況の認識が遅れている様子。

 

「ちッ!ヒヨリ!」

 

「なんなんですかあの人ぉ・・・なんで反対側に居るんですかぁ・・・!?」

 

だが、アリウススクワッドの動きは早い。サオリを筆頭にミメシスに庇われる形で転倒したアツコでさえもすぐさま背後を向き、地面に着地して再度攻撃態勢を取るイサネに向けて乱れなく引き金を引く。情けなく泣き言を漏らすアリウススクワッドの狙撃手ヒヨリでさえも、だ。

 

 

しかし、それでも。

 

 

「その撃っても死なない奴、生成してるのはお前だろ。」

 

 

着地したイサネはすぐさまホルスターに収めていたアサルトライフル(M4A1)を右手で持ち、銃口を立ち上がったアツコに向けるや否や、迫りくる銃弾の嵐に躊躇なく突っ込んでいく。

 

「火力はあるみたいだけどね!私を捉えるには余りにも単調過ぎるんだよねぇ!個でも全体でも動きがさぁッ!!」

 

「ちっ、ちょこまかと・・・」

 

負傷していたとはいえ空崎ヒナですら削り切った弾幕の中を、イサネはすいすいと進んでいく。驚異的な身体能力で命中弾を回避し、動きをランダムに変えて弾幕に隙間を作り、ほぼ止まる事無く詰めていく。そしてあまつさえ右手に握ったアサルトライフルで撃ち返し、激しく動いているとは思えない程の精密射撃でミメシスの頭部を次々と射抜く。

 

「リーダー。」

 

「分かっている。奴の狙いは姫だ、そこさえ守り切れば問題はない。だが、一体どうしてその絡繰りを見破ったのか・・・」

 

ヒナとは違い過ぎる強さを発揮するイサネに対し、サオリもすぐさま戦術を変える。イサネの狙いがアツコである事は明確故に彼女の周囲にミメシスを集中させ、盾を作り出してイサネの戦術に対応する。

 

「はははっ、その程度ぉ!」

 

が、イサネの進撃を食い止める事は叶わなかった。射撃パターンの変化を認識するや否や、イサネは身体から翠緑に輝くの粒子を放出。そのまま体を覆うほぼ透明の膜を形成し、さらに一段強く地面を蹴って距離を埋めに行く。

 

(これは・・・あの時の・・・!)

 

アズサには、それに見覚えがあった。

 

思い返すは数日前。それこそ第三次特別学力試験当日未明で交戦したアリウスの先遣隊とクーデターの首謀者である聖園ミカと交戦した時の事。交戦の間常に漂っていたあの光に粒を始めとする人の身では有り得ない物理現象。膜を張るのは初めて見たが、恐らくあの時のものと同種だろう。

 

「何だあれは・・・いや、撃ち続ければ通る筈だ。」

 

「まぁ当たればだけどね、リーダー。」

 

その膜は時折飛んでくるイサネへの命中弾を弾き、一種のバリアの様な物として機能している。ただでさえ大通りを横切るかの様な大跳躍で損傷した建物の壁に飛び付き、三次元的な機動を実現するイサネに当たる弾など少ないというのに、翠緑の薄膜はその少ない命中弾すらも無慈悲に遮断していく。

 

(そうだ・・・私も、やるなら今しかない。)

 

圧倒的数的不利をひっくり返さんばかりの勢いで銃撃戦を繰り広げるイサネに呆気に取られていたアズサだったが、漸くこの絶対不可能な状況で事を為す機会が開けた事を察した。愛銃のバレルを握り直して立ち上がり、冷静な思考で動き始める。

 

(手持ちの火力は・・・これだけ。至近距離で撃ち込むなら、それこそ刺し違える覚悟で・・・いや、イサネが居るなら、こっちもまだやれる。)

 

状況は幸いな事にイサネが優勢だ。ミメシスを一方的に潰し復活すらも許さない一方で、ミメシスの捨て身の妨害を前にリスクを嫌ってか、アツコに接近が出来ていないと言った様子。サオリに直接攻撃を届かせるには、イサネにミメシスの陣営を破壊してもらう必要がある。

 

 

故に、隠密のアドバンテージを捨てる選択。

 

 

「ぐっ、な、アズサ・・・!」

 

 

「お前の相手は私だ!サオリッ!」

 

 

サオリ達は十分にアサルトライフルの射程内なので、初撃はサオリの頭部目掛けて引き金を引く。そして同時に走り出す。罠もへったくれもない、無謀な突撃。だが、イサネが反対側から陣形を乱す程の猛攻を加えている今なら、反対側からの攻撃を認識させる方が混乱を招きやすい。

 

イサネ側から見て後方で射撃をしていたミメシスがアズサの銃撃に応じて振り向き、アズサに銃撃を始める。が、その数はヒナを襲った数の半分以下、遮蔽がないのが心許ないものの、撃ち返す事は容易だ。

 

「見えたッ!」

 

そしてアズサの攻撃により意識がイサネから逸れた一瞬。この一瞬を万物の天敵が見逃す筈がない。イサネが薄くなった弾幕を悠々と掻い潜りながら、ついにミメシスの群れに突っ込む。

 

「ミサキ!」

 

「私の事は良い!リーダーは早くアズサを――ぐっ!?」

 

「あっはははッ!?」

 

ミメシスの陣に突っ込んだイサネは掴みかかる数の減った亡霊達をすり抜け、ミサキをロックオン。近距離での銃撃を浴びせると、そのまま殴り合い持ち込む。

 

「この―――」

 

「遅いなぁ!?」

 

ミサキもミサキで手に持っていたロケットランチャーを投げ捨て、CQCでの格闘戦に備えるが、戦術を力でぶち破る聖園ミカの膂力に匹敵する力とアズサを容易に地面に押し倒せる格闘技術を持ち合わせるイサネに敵う道理など無かった。

 

「がッ!!?」

 

1タッチする間なくイサネにカウンターの動作を読まれたミサキは、イサネの左手をいなすと同時に鳩尾にアサルトライフルの銃口を叩き込まれ、怯んだ所を上段右回し蹴りが直撃。頭から地面に打ち倒される。

 

「ミサキっ!おのれ―――」

 

「余所見とは感心しないねぇッ!」

 

ミサキが一瞬で沈み、サオリがそこに気を取られた所をアズサも見逃さない。第三次特別学力試験以降補充を忘れていたなけなしの手榴弾のピンを抜き、ミメシスの密集している所に投擲。同時にアズサもミメシスの群れに突っ込む。

 

「ぐぅぅ・・・っ!」

 

イサネの様にひょいひょいと躱す事は出来ないが、それでも己に向けられるドラグノフや掴みかかる青白い手を振り払い、サオリへと距離を詰める。そして―――

 

 

(捉えた・・・!)

 

 

最悪の場面を作り上げた張本人。アリウススクワッドのリーダーにしてアズサに戦闘を教えた師匠、錠前サオリを拳の射程に捉える。

 

 

 

「サオリぃぃぃッ!!!」

 

 

 

ここぞとばかり怒りに咆え、右拳を引き絞る。怒りを乗せ、己が無力を乗せ、かつての家族の顔目掛けて一気に解き放つ。

 

人殺しだとか、裏切っただとか知った事ではない。目の前の元家族を消す。自分が、この手で終わらせる。理由も根拠も必要ない。

 

 

「く―――」

 

 

だが、その拳はぎりぎりでサオリに躱されてしまう。上体を逸らし、顔を逸らし、ほんの少し皮膚を掠める程度でサオリは避ける。

 

「なっ・・・!」

 

外した。そのショックのまま、アズサは左手に握り直していた愛銃で零距離射撃を狙う。今の自分は左腕を大きく前に突き出したままでサオリに隙を見せている。ここで次の手を打たねば、サオリに自由を与えてしまう。だからこその銃撃。

 

 

「・・・っ。だが、やはり甘いな・・・っ。」

 

 

だったのだが、

 

 

「しまっ―――」

 

 

アズサの銃撃が待ち受ける中、サオリが取った選択は空いている左手でアズサのアサルトライフルを抑える事。今のアズサは完全に右半身が無防備となっている上動かせない。それに対しサオリはすれすれで拳を躱した事で奇しくもクロスカウンター(最小限の動きで攻撃を見切った)が成立する形となり、空いた左手でアズサの銃のバレルを掴み銃口をずらしたのだ。

 

右半身は体重を乗せたストレートの残心故に行動不能かつ無防備。左腕はライフルを握っており、そのライフルもサオリに片腕で制されてしまった。あと残っている行動権はサオリの右腕。結果は明白。

 

「ぐぅ・・・ッ!」

 

サオリの持っていたアサルトライフルの銃口がアズサの脇腹に据えられ、零距離射撃が一切の減衰なくアズサの腹を襲う。そして直後に蹴り飛ばされ、大きく仰け反る。

 

「・・・っは、ふぅ。・・・なるほど。標根イサネの陣形突破を援護する為に敢えて意識の外に居るというアドバンテージを捨てたのか。それで乱れた隙になら接近できる・・・と。」

 

双方約3mの距離を取り、振出しに戻る。しくじったと厳しい目をするアズサに対し、サオリは冷徹な目付きのままアズサの行動を評価する。

 

「確かに良い動きだった。だが、最後の最後で不要なもの(感情)が出たな。折角隙を作っても、躱される様では意味がないぞ。私がシャーレの先生を撃ったから感情に乱れでも生じたのか?一体いつから、お前は他人に絆される様になったんだ?」

 

サオリの言葉を意識してアズサは耳を貸さない。既にサオリ達は敵となったのだ、同情や無駄な会話などこちらから隙を見せる様なものだ。

 

「トリニティでの生活のせいか?お前を肯定し、理解してくれる人はなどいくらでも居ただろうな。罪を忘れ、ぬるま湯に浸り切っていた学園には。あの欺瞞と腐敗の温床で、一体お前は何を吹き込まれた?」

 

「・・・ミメ()シス()。計画立案の第二案でよく上がっていた名前だった。まさか本当に・・・」

 

「あぁそれか。まぁお前の担当は第一案の方だったからな、詳しく知らないのも無理はない。とは言え結局はその第一案もその場の情などと言うものに流されて裏切った。・・・虚しいな。」

 

ミメシス。複製を意味し、今アズサの目の前に居る青白い亡霊達はユスティナ聖徒会というかつてトリニティに存在した伝説的な武装集団。初期のトリニティにおける戒律の守護し、破る者に罰を下す役割を担ったと言われている彼女達が、亡霊かつ複製とはいえ現世に復活を果たした。

 

第二案の計画立案を傍から聞いている限りではアリウス単独での顕現は不可能だと思っていたが、実際は顕現の目処が立っていたらしい。アズサも知らない第三者の助力があったのだろうが、少なくとも今考える事ではない。

 

「昔からお前は自分の意見を曲げなかったからな。どうせシャーレの先生がお前の思想を煽ったんだろう。容易に想像が付く。」

 

まだ動ける。しかし、単純な殴り合いやCQCではアズサはまだまだサオリに及ばない。そして周囲にはミメシスがまだ残っている。サオリの後方の様子は伺えないが、少なくともこの状況はサオリの采配一つで自分程度はすぐに片付けられる事は容易に理解出来た。

 

「恐らく計画を止めに来たあたりがお前がここに居る目的だろう。二つ目の計画を聞いていたのなら、私達を止める方法だって分かる筈だ。・・・だが、お前に出来るのか?セイアの暗殺から逃げたお前が、結局は綺麗な手のままでいる事を選んだお前が。」

 

それを知ってか知らずか、サオリは悠々と喋り続ける。対するアズサは既に手詰まりで動けはしても出来る事がない。奥歯を噛みしめ、悔しさに歪んだ表情でサオリを睨むも所詮は負け犬の遠吠えに等しい。

 

 

「安心しろ。お前の失態の後始末はこっちでしっかりとやっておく。お前に偽りの希望を持たせたものを一片まで、この手で壊してやる。」

 

 

勝利宣言だとでも言わんばかりに、サオリはそうアズサに告げ―――

 

 

「リーダー後ろッ!!」

 

 

ミサキの一喝がアズサとサオリの間に割って入る。

 

 

「ッ!!」

 

 

サオリは後ろを振り向く事なく、左に身体を投げ出す。そしてサオリが退けた事で開けた前方に、翠緑の輝きを漲らせる右腕を振り下ろすイサネの姿。そして殺意に嗤う翠緑の瞳。

 

 

 

(イサネ―――)

 

 

 

―――衝撃(インパクト)

 

 

 

サオリが身を投げる事で躱されたイサネの右拳がコンクリートを叩き、右腕に充填されていた翠緑の輝きが解放される。あの夜でも見た、重厚な建築物諸共ミカを吹き飛ばした衝爆の一撃。

 

 

「これは・・・ッ!?」

 

 

身を投げ出し、拳打の一撃を回避した筈のサオリを、次いだ翠緑の爆発が容赦なく呑み込む。破砕されたコンクリート片が質量弾となって飛び散り、その一つがアズサの頬すれすれを掠める。

 

「あの時の・・・!」

 

「ぐぁ・・・ッ!!」

 

爆圧とコンクリート片から咄嗟に顔を庇い、距離故に被害を回避できたアズサに対し、完全に爆発に呑まれたサオリはそのまま身を投げた方向に吹き飛ばされる。受け身すら許さない速度で地面に叩き付けられ、荒いやすりと化した地面に全身を激しく打ち付けながら転がっていく。

 

 

「離反者とのお喋りは終わったか?アリウススクワッドのリーダー。確か、サオリだっけ?アズサが呼んでいたのが正しければ。」

 

 

爆発によって発生した粉塵から、明確な殺意を瞳に、闘争への昂揚を表情に浮かべたイサネが姿を現す。当然、その身体に今の爆発による影響は欠片も感じられない。

 

「ぐ・・・く、どういう事だ・・・標根イサネは、ミサキ達が・・・それに今のは・・・」

 

「ごめんリーダー、止めきれなかった。・・・想定よりも、ずっと強い。」

 

露出した肌に激しい擦り傷を負い、打撲による身体の可動異常に苛まれながらも立ち上がったサオリにミサキの苦しげな声が届く。咄嗟に視線を彷徨わせ見つけたミサキもまた、ロケットランチャーを手放し、苦痛に歪んだ表情で地面に片膝を突いていた。

 

アズサにとっては信じ難い事だが、どうやらイサネは一般のアリウス生よりも特殊な訓練を積み、アリウスの中でも特に高い戦闘能力と任務遂行能力をもつアリウススクワッドのメンバーと高い火力を有する無数のミメシスを単騎で沈め、自身と対峙するサオリに攻撃を届けてのけたのだ。

 

「流石に爆圧だけじゃ無力化は出来ないか、もっと出力上げれば良かった。」

 

当のイサネはそんな事などどうでもいいと言わんばかりに振り下ろした右拳を軽く振り、残存する小数のミメシスに守られているアツコに向けて歩みを進めていく。

 

(これが、万物の天敵・・・)

 

アリウス分校での作戦会議にて挙がっていた空崎ヒナ、剣先ツルギに並ぶ要注意人物にしてシャーレの先生に次ぐ不確定要素。アサルトライフルを構え直し、アツコに攻撃を仕掛けようとするイサネを見て、アズサはその評価の曖昧さを改めて認識させられる。

 

先生という防衛対象を抱え、巡航ミサイルによる事前の消耗を強いられた上での多勢に無勢で力尽きてしまったヒナとは条件の違いこそあれど、敵に対する残虐性の高さや殺人に対する倫理の致命的な欠如に基づく攻撃など、総合的な脅威レベルがヒナとでは違い過ぎる。

 

 

――必要とあれば誰であろうと殺傷できる。

 

 

単純な戦闘能力だけに依らない要素。これが標根イサネをここまでの危険人物たらしめている。イサネと初邂逅を遂げたあの時の自分が、どれだけイサネと言う存在を過小評価していたのか、今なら理解出来る。

 

――そして、もしこれがイサネにとっての片鱗でしかないというのなら。

 

「リーダー、傷は。」

 

「全身を打ったが、大丈夫だ。それより、奴を止めるぞ。姫をやらせるな。」

 

「は、はいぃ。」

 

余裕綽々と言った様子で一方的にミメシスを撃破し、着々とアツコを守る防壁を剥がしていくイサネ。サオリ、ミサキ、ヒヨリはそれをさせないと体勢を立て直し、漸く復活したミメシスに攻撃命令を下すと同時にイサネの背目掛けて駆け出し―――

 

 

――空気を切り裂く何かの飛翔音。

 

 

「伏せろッ!」

 

 

サオリが回避を叫び、一同が地面に伏せた直後。爆音を鳴らし地面が黒煙と共に吹き飛ぶ。

 

 

「うわっ・・・!」

 

 

当然アズサもその場から退き、次々に爆発する地面――否、砲弾による被害を避けるべく地面に伏せる。

 

「リーダー、ティーパーティー傘下の迫撃砲部隊の攻撃みたい。反対側からも砲撃が確認できた。こっちはゲヘナの予備兵力かな。」

 

「そ、そうみたいですね。古聖堂に展開した部隊からも同様の報告が上がっています・・・」

 

砲弾の着弾地点に居ながらも冷静に状況と砲撃手の特定をするミサキ。それと同様にヒヨリも無線機を手に持ち、別行動を取っている各部隊との連絡を行う。

 

「ユスティナ聖徒会の複製の確保(ミメシス)は確保できた。障害となるターゲットの無力化も完了した。・・・ならばここから離脱し、体勢を立て直すと共にトリニティを背後から突く。」

 

ティーパーティーが保有する迫撃砲部隊は学外でもそこそこ有名であり、状況を考えれば特定も容易い。ミサキの言葉とヒヨリから次いだ報告を受けたサオリは、出血する左肩の血を拭い、指示を下す。

 

 

「標根イサネとの交戦は無益だ。全体移動開始。遅れるな。」

 

 

「あっ、く・・・!」

 

 

ミメシスにもてきぱきと指示を下し、市街地の脇道へと消えていくアリウス生とミメシスの軍勢をアズサは追う事が出来ない。頭に血が上っているなら問答無用で追っただろうが、冷静になればすぐに分かる。サオリにダメージを与えたのはあくまでもイサネであって自分ではないし、準備も碌にしないまま追っても返り討ちが精々だという事に。

 

 

故に目の前で移動を始めるサオリ達を、アズサは歯噛みして見送る事しか出来ない。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「あっちゃー、しくじった。やれると思ったんだけどなぁ。」

 

 

仰向けに横たわる自分の腹の上に乗った50cmくらいのコンクリート片を除け、衣服に着いた煤を払い落としながら立ち上がる。

 

(攻撃ヘリに積まれた小型ミサイルとかの攻撃じゃない。ともすれば迫撃砲とかがこの辺に撃ち込んできたんだろうけど・・・)

 

一般のトリニティ生に扮して怪しまれる事なく先生を探して進み、ほぼ当て勘で先生が銃撃される所まで辿り着き、同時にベアトリーチェが計画に使う生贄らしき生徒の発見に成功したイサネ。元アリウスのアズサが居たり黒服の言っていた複製(ミメシス)という戦力が想像よりも多かった事など予想外がありつつも、あと一歩か二歩くらいまで推定生贄の生徒を追い込む事が出来た。だが、

 

「ティーパーティーの迫撃砲部隊かなぁ。いやぁ、やってくれたね本当に。」

 

粗方の殲滅を終え、アリウススクワッドのメンバーも無力化させたという所で突如としてイサネの身体を砲弾が襲った。結果対象と思しき生徒から数mは吹き飛ばされた挙句、アリウススクワッドを取り逃がしてしまった。

 

この砲撃の正体は推測するまでもなくティーパーティー直下の迫撃砲大隊。凡そこの襲撃をゲヘナの仕業と勘違いしての行動だろうが、ここに来てイサネにまで牙を剥くのは流石に考えていなかった。しかも直撃とくれば不運としか言えない。

 

「イサネ!大丈夫か!?」

 

この場でベアトリーチェの計画に用いられる生贄候補を殺し損なったのならば仕方ない、次は本命である古聖堂。と考えているイサネに、つい今の今までサオリと因縁浅からぬ会話をしていたアズサが声を掛ける。

 

「うん?あぁアズサ。別に特に問題はないよ。」

 

「良かった・・・ってそうじゃない。イサネ、先生が・・・!」

 

「あー、撃たれたんだっけ?」

 

焦りや様々な感情のままに捲し立てるアズサ。先生が銃撃されたのは目の前で見たが、既に救急医学部の救急車に乗せられてどこかへ行ってしまった以上今ここで出来る事など何もない。というかイサネにとって先生の生死などどうだっていい。

 

「だからと言ってここで出来る事なんてないし、戻るしかないんじゃないの?」

 

「それは・・・そうだけど・・・」

 

だが、正論で諭してもアズサの顔色は優れない。無理もないだろう。先生が撃たれた後のあの取り乱し様を見れば、確実に二人の間に何かが生まれたと言っても過言ではない。考えるまでもなく殺意以外有り得ないだろうが。

 

個人的な話をするのであるなら、アズサの師にしてアリウススクワッドのリーダーと思われるサオリが、何故先生の脇腹を撃ったのかが理解出来ない。排除が目的ならば頭や心臓など、人体でも特に脆弱な場所を撃つのがセオリー。それを脇腹という場合によっては肉を貫いて終わるだけの箇所を撃って終わったというのは余りにも非合理だ。ましてや鉛中毒など以ての外だ、有り得ない。

 

「そういう訳で、私はまだやらないといけない事があるから先行くね。」

 

まぁ今のイサネには依頼の遂行という使命がある為、他人に構う時間など無ければ構う意味もないし、先生の被弾部位についての考察だって思考リソースの無駄だ。アズサに別れを告げ、古聖堂に向かうべく彼女に背を向けるイサネだったが、

 

 

「ま、待ってくれ!」

 

 

当然と言うべきか、二三歩歩いた所で呼び止められる。

 

「まだ何か?」

 

誰も居ないこの大通りからさっさと移動したいイサネは、無数の銃火犇めく死線への仄暗い期待を抑えつつ、振り向く。アズサは一瞬様々な感情を呑み込んだ後、静かに問う。

 

 

「・・・イサネがトリニティに来た理由の依頼というのは、どういう依頼なんだ?」

 

 

ベアトリーチェが画策する計画阻止。ないしは奴の殺害。

 

 

「クライアントの間で交わされた情報を、そう簡単に他人に明かす事は出来ないね。」

 

 

嘘。言えば確実に止められるから。要らない犠牲者が出るから。

 

「サオリ達に、関係のある事なのか?」

 

「さぁ?どうだろうね。」

 

関係はある。予防線は張っておくに越した事はないし、あの殺人者気取りに本当の人殺しが何たるかを教える意味もあるから。まぁ向こうから差し出してくるならそう関係はないだろうが。

 

 

「・・・私は、どうすればいい。私が、私の裏切りが、この事態を招いてしまった。先生を・・・先生を傷付けてしまった。」

 

 

どうだっていい。生身でここ(キヴォトス)に来た以上、あれだって生徒の凶弾に斃れる覚悟の一つくらいはとうに出来ているだろう。

 

 

「個人意志が介入できる段階は、もう終わってると思うよ。」

 

 

再度背を向けて歩き出す。アズサ一人にこれ以上構っている時間はない。そもそも、アズサ一人の違いでこの結果に差が生じるなら、ゲヘナとトリニティのいがみ合いだってここまで長く続く事はなかっただろうし、アリウスがここまで一つに統率される事だってなかった筈だ。

 

 

(アリウス自治区に侵入する為に古聖堂地下にある地下墓地への侵入。混乱を広げる分には幾らでも戦って良い・・・)

 

 

第三次特別学力試験に向かう補習授業部と先生を見送った後、イサネを不法侵入者として拘束しようとする正義実現委員会と一度交戦し、そこで【歩く戦略兵器】こと剣先ツルギと銃火を交えた。

 

あばらを数本へし折った感触の打撃を与えて尚平然と立ち上がるあのタフネスと異常なまでの回復能力を持つツルギならば、未だ吹き飛んだ古聖堂でトリニティ生を救出しようとアリウスの軍勢相手に戦闘を続けている可能性が高い。彼女が力尽きる前に戦場に乱入できれば、それなりに楽に先に進む事が出来るだろう。

 

 

 

――メインシステム、戦闘モードを起動します。

 

 

 

聞き慣れた機械音声を脳内で再生し、砲撃によって荒れた市街地を歩いていく。

 

 

 





今回はアズサ視点7~8割、イサネ視点2~3割のつもりで書きました。

主観だと一言で表現できる所を数行かけて説明しないと辻褄が合わなくなる部分があるので、アズサから見たイサネにかなり苦労しました。

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