透き通る世界で二度目の答えは出せるのか   作:回り針

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大変お待たせいたしました。

どうやらスランプ気味みたいです。一日中編集画面を向き合っても全く進みませんが、頑張ります。

先日の連邦生徒会編、なんかいろいろと凄い事になってますね。作者は百花繚乱編2章から追えてない状態なので、どういうこっちゃ状態でございます。



底無き悪意が枯れ果てるまで

 

 

 

大礼拝堂の奥の奥、エデン条約調印式の為の改修工事はおろかそれに関する事前視察の範囲からも外れた通功の古聖堂の奥地にて、イサネは黒い巨躯を目掛けて疾走する。

 

「4-3!トラップを起動しろ!奴をアンブロジウスの懐に入れるな!」

 

「ヒヨリ!偏差で狙って!」

 

「っと。・・・ははは、やるじゃん面白い。」

 

ロケットランチャーによる多弾頭ロケットによる強襲を逃げる様に回避し、回避先に飛んできた対物ライフルの銃撃に左腕を割り込ませて防御する。左腕が吹き飛んだかの様な衝撃を気にも留めず、イサネはアリウスの軍勢を前に中庭を駆け回る。

 

原理は不明だがアンブロジウスというこの黒ローブは青白いエネルギーを操り、エネルギー球を放ったり座標を指定して爆発させたりとキヴォトスで数多くの依頼をこなしてきたイサネからしても見た事も聞いた事もない相手。

 

(掌から生成される青っぽいのが攻撃のエネルギーかな。攻撃のテンポも単調だから腕の動きからどういう使い方をしてくるかも大体想定できる。・・・後はどれくらい賢いかが問題か。)

 

黒く巨大な異形が右掌に青白い何かを充填し、それを薙ぐ様にして開放する。それを見たイサネは思考を止めて踏み込む足の向きを少し変え、横放射状に放たれる青白いエネルギー球の隙間を縫う様にして回避すると同時に前に進む。

 

「んふふ、やっぱり攻撃は単調ね。それと、流石に自分の懐は吹っ飛ばせないでしょう?」

 

前に詰めるイサネにアンブロジウスは左掌を翳し、イサネの足元を爆破。当然イサネはそれを更に前に強く踏み込む事で前に進みつつ回避。そのままの勢いで前に進み、アリウスの軍勢(アリウス生とミメシス)による弾幕の内側に潜り込む。

 

「やはりそう来るか・・・!」

 

しかし、巨体故に懐に潜られると厳しいアンブロジウスの弱点を知っているのはサオリも同様。懐に突っ込んでくるイサネを止めるべく立ち塞がる。

 

「あはははっ!やっぱりそんなものかよっ!!」

 

立ち塞がったサオリに向け、イサネは右手に持ったアサルトライフルを向け射撃。そのままコンバットナイフを抜き、順手持ちで走力のままに突く。

 

「ふっ!」

 

並の相手なら反応すら許さず急所を刺せる一撃だが、ゲリラ戦に長け、同様に近接格闘にも熟達するサオリに対してはそうもいかない。超スピードで突き出されたナイフは寸での所で躱され、ナイフの後に続くイサネの左腕が右腕に弾かれる。そしてがら空きのイサネの胴に銃口が向けられ――

 

 

――がんッ!

 

 

イサネの右手に握られたアサルトライフルが割り込む様にサオリの銃を弾き、照準を許さない。

 

サオリがイサネの左腕を外に抑え、イサネの銃がサオリの銃を外に弾く拮抗状態。両者が至近距離で睨み合う。サオリは銃を握る右腕を、イサネはナイフを握る左腕を、互いに力を入れ、銃弾もしくは刃を叩き込まんと競り合う。

 

「流石に・・・一筋縄ではっ、いかないか・・・っ。」

 

「ははっ、流石はアズサの師匠といった所ね?」

 

しかし、拮抗は一瞬。1秒前後の睨み合いの後イサネは右足でサオリの腹を蹴り上げ、サオリは弾いたイサネの左腕を掴む。

 

「ぐっ・・・!」

 

「ぅわっ・・・!」

 

上半身を反らして蹴りを入れたイサネはサオリに強く腕を引っ張られる事でバランスを崩して仰向けに倒れ、イサネの蹴りを防がなかったサオリは腹に強烈な一撃を受けて大きく身体を曲げる。

 

「ぐぅ・・・っ!?」

 

地面に引き倒されたイサネは即座に身体を横に転がして起き上がる。しかし、剥き出しの腹に金属板仕込みのブーツによる強烈な蹴り上げを受けたサオリは、内臓を乱反射する衝撃によって立ち上がる手前で動きが止まり、立ち上がれない。

 

「あはは、流石に苦しい?」

 

サオリがCQCに長けている事は十分理解している。身体能力において自身がサオリを上回っている以上近接格闘戦において直接的な殴り合いを避け、締め技や組み付きを用いるであろう事はすぐに想定できた。だからこそ蹴りを選び、地面に引き倒される以上の損害を与えた。

 

動きが止まったサオリに対し、イサネは妖艶な、それでいて捕食者の如き笑みを浮かべ、左手で握ったナイフを順手持ちから逆手に持ち替える。

 

「くそ―――」

 

蹲るサオリに向けゆらりゆらりと歩みを進め、一息に左腕を振り上げ――

 

 

(左後ろ。)

 

 

――闘争本能に従い、後方に飛ぶ。

 

 

「リーダーっ!」

 

 

ワンテンポ遅れて叫び声と銃声。

 

 

そして一瞬前までイサネが居た場所に撃ち込まれる9mm弾。銃撃の正体は仮面の様なガスマスクを身に着け、度々スクワッドの面々から「姫」と呼称されている生徒。

 

「ははっ!そういうのを待ってたんだよ!棒立ちの馬鹿だけが相手じゃ面白くない!」

 

ミメシスも軍事教練を受けたアリウス生もイサネの期待を満たす事はなかった。だからこそ、アリウススクワッドは最低でもこうでなければ意味がない。黒髪の生徒がロケットランチャーの代わりに撃つ拳銃をナイフと左腕で受けつつ、イサネは更に飛び退く。

 

「リーダー下がって!ヒヨリ!」

 

「は、はいぃ・・・っ!」

 

スクワッドの狙撃手が後ろに飛び退いた自分を咎める様に放たれた大口径弾を半身になって避けるが、距離を取った上に時間も稼がれたせいで完全に好機を逃してしまう。だが、闘争という一点においてはこれで良い。むしろこれくらいは最低でもやってくれないと困る。

 

「良いね!そのままそのまま、私を落胆させてくれるなよ!?次は――」

 

三大校が誇る最強の実力者達の様にキヴォトスにおいても異次元の身体能力や頑強さで強引に敵を踏み潰すのではなく、戦術と駆け引きを以て相手を嵌めるというキヴォトスでは例が少ない戦い方をする相手に、イサネは歓喜のままに一歩踏み出し――

 

 

「・・・ミサキ。」

 

 

「分かってる。」

 

 

ミサキと呼ばれた黒髪の生徒がサオリの言葉に頷くと同時に、いつの間にか手に持っていた手握りサイズの何かを強く握る。

 

 

「あっ――」

 

 

イサネがそれに気付いた時、自分が立っていた地面が爆ぜた。

 

 

――爆炎

 

 

石材の破片と土が混じった瓦礫が吹き飛び、地面から吹き上がる過剰な爆炎がイサネとその周囲を覆い尽くす。

 

「どうだ・・・?」

 

「分からない。でもあのタイミングじゃ回避はほぼ不可能だし、爆薬量も十分な筈だけど・・・」

 

正面に舞う爆炎と黒煙を眺めながら、腹を擦りながら立ち上がったサオリは何とも言えない手応えに顔を顰め――

 

 

「ちっ、無傷か・・・!!」

 

 

粘つく炎と高温の黒煙から飛び出す影に舌打ちをする。標根イサネだ。爆風と黒煙によって服や肌の所々が煤けてはいるものの、それ以外は全くの無傷といっていい。

 

無傷。空崎ヒナの様な常識外れの頑強性なのか、それとも不可避な筈のタイミングで起爆した簡易地雷をまさか避けてしまったのか。

 

(ネクスト同士の攻防なら間違いなく気付いただろうけど、流石にサオリを引っ張る動作が自然で気付くのが遅れちゃったね。まぁ展開したPA犠牲にすればどうにでも出来るんだけど。)

 

否、避けてなければ耐えてもいない。正解はコジマ粒子を用いた防御機構、プライマルアーマーによる防御。咄嗟に張った上に全方位かつ無数の瓦礫と爆炎を強引に受けたという事で張った瞬間に崩壊してしまったが、それでも脱出までの時間を稼ぐには十分。

 

PAに用いるコジマ粒子は活性していない安定状態の粒子を用いる為に一度崩壊してしまうと再展開までチャージの時間が必要になる。・・・・今のイサネは生身でコジマ粒子を扱える以上、やろうと思えば崩壊した直後に再度PAを張り直す事も不可能ではないのだが。

 

「えぇ!?あれで無傷なんですかぁっ!?もうおしまいなんじゃ――ひぇぇっ!?」

 

だが、それらPAの事など初対面であるアリウスの生徒達が知る筈もない。イサネは凡そ戦場に居るとは思えない情けない悲鳴を上げてアサルトライフルの銃弾を避けたヒヨリという生徒から銃口をサオリに向け直す。

 

「空崎ヒナと同等の戦闘力というのは承知していたが・・・同じ強さでも性質が異なるだけでここまで・・・!」

 

「ははっ!どいつもこいつも、他人の能力評価がちょいと杜撰なんじゃないの!?」

 

「ちっ・・・!」

 

フルオートで引き金を引く。サオリは舌打ちと共に身を翻すが、1秒以内に潜り込める遮蔽はない。同時に手の届く範囲に身代わりに出来る者は居ない。

 

実を翻してもフルオートの銃弾を全て回避できる訳ではない。故に、イサネの銃撃はその殆どがサオリの背を強く叩く――

 

 

「リーダー!・・・ぐっ。」

 

 

黒髪の生徒――サオリにミサキと呼ばれている生徒がサオリを庇い、銃弾を全てその背で受ける。直撃するだろうと予想していたイサネは、追撃が外れた事実を面白そうに見つめる。

 

「へぇ。」

 

「ミサキッ!!」

 

「良いから早く立ってあれをどうにかして・・・ッ!」

 

ミサキは背中から全身に走る衝撃に呻きつつもサオリが戦闘態勢を取り直すまでの時間を稼ぎ、即座に後方へ引っ込む。イサネはそれを反射的に追おうとして、思い付いた様に思考を回す。

 

(ゲリラがもっと見たいな。不利状況から格上を殺すリスクすれすれの駆け引きが見たい。アリウススクワッド、思ったよりも出来る。状況判断が正確だ。)

 

依頼遂行における重要な予防線なので姫と呼ばれる紫髪の生徒は殺す。だが、その前にスクワッドとと心行くまで(壊滅させるまで)戦り合いたい。

 

(ともすれば、潰すならあれからか。)

 

冷めたと思っていた闘争心に再度火が付いたイサネは自らが望む盤面を作り上げる為、現段階で無限に復活するミメシスに次いで邪魔になるであろうアンブロジウスを沈めるべく、コジマ粒子を体内と体外で循環させる。

 

「ひははっ。」

 

IED地雷の爆炎から抜け出したイサネは、地面に着地すると同時に自身の右手に保持するM4A1のバレル下部に装着されたアタッチメント――M203グレネードランチャーの引き金を左手で引く。

 

「っ、グレネード!」

 

ぽんっ!という空気の抜ける様な音と共にランチャー内に装填された擲弾が射出され、サオリの足元目掛けて転がっていく。

 

トリニティ潜入前から今の今まで一切使わず、何なら存在すら忘れかけていた武装。会場突入前に予め全装備の点検と動作チェックをしていた事が功を奏し、今こうして出番と相成った。

 

「面倒な・・・!」

 

サオリが擲弾の爆発範囲から逃れた数瞬後、地面に転がった擲弾が起爆。手榴弾ほどではないものの、しっかりと爆炎と衝撃波を生み出し、サオリの視界からイサネの姿を奪う。

 

「くそ、アンブロジウス――」

 

「はっ、この状況で頼った所で、猿知恵もない粗製に何が出来る。」

 

そして飛翔。コジマ粒子をブースタ(背中)ーに回し、跳躍の初速と同時に加速する。0.5秒未満、懐に潜られて何も出来なくなったアンブロジウスの眼前に現れる。

 

「それに、その図体であの弾幕量じゃどの道役立たずも良い所じゃない?」

 

いきなり何も前触れもなく目の前に現れた人影に反応すら出来ないアンブロジウスに対し、イサネは銃をホルスターに仕舞うと、両腕にコジマ粒子を充填する。

 

 

「・・・まぁ、別に空気でも構わないんだけどね。私としては。」

 

 

どこぞの誰かを真似た様な台詞を吐き、翠緑に輝く両腕を全身を使って思いっ切り突き出す。左右ストレートならぬ両ストレートをアンブロジウスの頭部に打ち込む。

 

両腕による同時攻撃の為、打撃の威力は低い。しかし、この一見無意味な行動の本当の意味は両腕に圧縮充填されたコジマ粒子にある。

 

 

――コジマブレード擬き二刀による同時攻撃(疑似ブレードオンリー)

 

 

本来一つ装備していれば十分であるコジマブレード(近接兵装)を両腕に装備し、両腕で相手を突くという誰も考え付かない兵装構成。近接兵装であるブレード類は一部の例外を除き、当たり所によってはネクストを一撃で粉砕できる程度には一撃の威力が非常に高い。それを二刀叩き込む。

 

ネクスト戦においては落とした武器の拾い直しやマニピュレーターに握った武器を格納する空きスペースの関係上ブレードを装備した腕に武装を積むのは武器の破損や喪失の観点から非合理的(弾薬費が嵩む)とされていたが、今のイサネは違う。疑似コジマブレードは生身の能力による産物、つまり物さえ握っていなければいつでも使える。ネクストと違って落とした武器も拾い直せる。

 

 

――衝撃(インパクト)、そして翠緑が爆ぜる。

 

 

翠緑の大爆発がアンブロジウスの巨体を覆い、衝撃波が空気をびりびりと打ち鳴らす。黒衣の巨躯が翠緑の爆炎に呑まれ、アンブロジウスとイサネの姿を覆い隠す。

 

「うっ・・・!?」

 

個人携行が可能な威力を遥かに超える爆発にサオリ達がその爆風に煽られる中、イサネは圧倒的な破壊を撒き散らすコジマ爆発の中でアンブロジウスのフードと装飾が消し飛ぶその瞬間を見る。

 

 

(()った。)

 

 

本能的に察した確実な手応えが、イサネの中からアンブロジウスという存在を瞬く間に消し去っていく。全く新たなる敵、未知なる脅威から、力押しだけの馬鹿へと格付けが完了する。

 

(さて、本命。)

 

翠緑の爆炎の隙間から確認できる黒い巨躯は手応えの通り頭部が完全に消失させ、致命傷を与えることが出来た事が見て取れる。が、そんな事はもうどうだっていい。イサネはアサルトライフルを抜き、呆気に取られるアリウス生達に空中から襲い掛かる。

 

「がっ!?」

 

「やられたっ!どこから!?」

 

「上だ!空を飛んでる!」

 

超高速で移り変わった戦況の推移に付いて行けないアリウス生達に、アンブロジウスを覆い隠す大爆発とそこから連続した攻撃に反応する能力など無い。認識がスクワッドと交戦中から進まない彼女達を、文字通り銃弾の雨が容赦なく叩く。

 

「アンブロジウスは!?スクワッド!早くこいつを追い払って――ごぉッ!?」

 

「ミメシスの復活はまだなの!?もう周りに誰も・・・!」

 

「隊列を組み直せ!陣形を縮小しろ!」

 

「なんだって!?聞こえな――ぎぃっ!?」

 

戦況の混乱をすぐに理解したサオリがすかさず指示を叫ぶが、聞こえたのはスクワッドとサオリの周囲に居た少数のみ。既に絶叫が鳴り響く戦場には何の意味ももたらさなかった。

 

「くそっ、統率が・・・!」

 

指示を聞こうともせず、ただ混乱を撒き散らすだけの役立たずと化したアリウス生達を見、サオリは苛立ちを吐き捨てる。

 

「あははっ!粗製を引き連れざるを得ない指揮官には本当に同情するよ!」

 

対してイサネは指示が通らなくなった現状に苛立つサオリに同情の言葉を投げ掛けつつもアリウス生をクッションにして地面に着地し、サオリの指示が届かなかった哀れな烏合を片っ端から落としていく。

 

「あの緑の爆発は何!?あの黒いのはなんで動かないの!?」

 

銃撃しながら前進し、弾切れと同時に引き抜いた空マガジンで喉仏を突く。右手の銃の銃口を突き出し、ガスマスクごと相手の目に捻じ込む。

 

「黙ってよ!スクワッドの指示が聞こえないだろ!?このままじゃ――」

 

絶叫と共に蹲ったアリウス生の脇腹を蹴り飛ばすと同時にリロードを終え、適当に見繕った一人目掛けて突撃。防御姿勢を取る前に鳩尾を右ヤクザキックで打ち抜き、下がった後頭部を銃床で殴りつける。

 

M4A1による銃撃、左拳や足による打撃、ナイフによる刺突や斬撃。投げ技に締め技、時に奪った武器を用いての攻撃とコジマ粒子以外のあらゆる攻撃手段を十全に使い、目標に向けて突き進む。

 

「よーしよしよし。殺せば死ぬみたいだね、アンブロジウスとやらも。」

 

その最中、スクワッドとの距離があと5m強に

 

 

「・・・あ・・・っ、あ、あれ・・・!」

 

 

「あれ・・・?っ!?嘘・・・」

 

 

狩りと化した絶望の蹂躙劇の最中、黒き巨躯を覆い隠していた翠緑の残滓が消え、もう一つの絶望が姿を現す。パンドラの箱に残された最後の希望が"希望の皮を被った絶望"である様に。

 

 

「アンブロジウスが・・・!」

 

 

霧散した翠緑から現れた黒き巨影――アンブロジウスは、既にアンブロジウスという存在として機能していなかった。

 

「反応が無かった時点で薄々察してはいたが・・・ッ!」

 

「・・・いよいよ本格的に手詰まりだね。」

 

3m超の身長を誇るその巨躯に頭部は無く、長大な腕も力無くだらりと垂れている。黒ローブは所々が消し飛んで襤褸切れと化している。体全体からは黒い粒子が宙に舞い、既に存在の維持すら不可能になっている事を明確に示している。

 

「あ・・・あ・・・」

 

戦術級、場所によっては戦略級にもなり得る性能を持つアンブロジウス。標根イサネという殺戮者と戦う為に一部のアリウス生達のある種心の拠り所となっていた黒き巨躯。それが、たったの一撃、それもスクワッドを相手にする片手間にも等しい呆気なさで破壊された。

 

 

 

「嘘だ・・・」

 

 

 

―――パンドラの箱が再度口を開ける。

 

 

 

「うぁ・・・っ!!嫌だ・・・ッ!」

 

 

 

絶望を吐き散らかした箱の底に残っていたものが希望である筈がない。だが、それでも、人はそれが希望である事を信じて抗い続けるのだ。人は希望を信じる生き物だから。最後の中身が希望の皮を被った"希望など無い"という絶望である事を知らないから。

 

 

―――だから、真実を知った時、人は抗う事を辞める。全てを諦める。

 

 

もしくは、

 

 

「嘘だ、そんなの、きっと嘘だ・・・っ!!」

 

 

―――もしくは、光を失った希望の亡骸にしがみ付くか。

 

 

静寂が現実をクリアにし、恐怖を剃刀の如く鋭利にする。痛みもなく刺し込まれた感情に、抵抗する術を彼女達は知らない。

 

 

「け、消される・・・っ!」

 

 

誰が言ったか誰が零したか。ぽつりとした小声。しかし、静寂には良く響く。言葉になってしまったそれは、約1200km/h(音速)を以て伝播。そして、波紋を起こし大波と成る。

 

「嫌だ・・・死にたくないッ!!」

 

「助けてッ!誰か、誰かぁッ!!?」

 

「来るな!来るなぁっ!!」

 

当のイサネは依頼対象(ベアトリーチェ)と予防線である姫と呼ばれる生徒以外を意図的に殺害しようという意思はない。いつも通り戦い、深くても入院数か月程度の怪我で済ませ、ミメシスやアンブロジウスの様な非生命体は例外とするスタンスなのだが、そんな事知る由もない。

 

 

―――()される。

 

 

【万物の天敵】

 

 

虐待に近い軍事教育が徹底されているアリウスですら死が避けられる傾向にあるキヴォトスで、最も人の死に躊躇いが無い存在。如何なる残虐も平気な顔で成し遂げる真性の狂人。

 

世間一般では実力に付随する逸話程度の与太話が、他所よりも死と飢餓が近い位置にあるアリウスの人間にはずっとずっと鮮明に見える。

 

「奴一人にここまで・・・!」

 

「ははは、戦闘中に余所見は駄目でしょ。」

 

軍事教練を受けていようと雑兵は雑兵。友人諸共人類を殺しまわる狂人と言えど無意味無価値な殺しをしないイサネは、改めてトラップの類に意識を配りながら、確実な足取りでスクワッドへと歩んでいく。

 

「どうするリーダー。一応姫の護衛用に10体前後なら待機してるけど。」

 

「このまま戦っても全滅するだけか・・・やむを得ないか。・・・くそっ。」

 

彼我の距離10m弱。銃声と破砕音、人の叫びが入り混じる戦場においても、強化されたイサネの聴覚はサオリとミサキの会話を聞き逃さなかった。

 

(逃げる気だ。)

 

撤退。恐らくイサネという対処しきれない個を一時的にやり過ごす為、指揮の届く者達を連れて地下墓地へと後退するつもりなのだろう。イサネの狙いが姫と呼ばれる生徒である事が知られてしまった以上、相手も対象を危険に晒し続けるのは愚と判断したらしい。

 

 

「あっはははッ!?」

 

 

一度ならず二度までも。スクワッドとの闘争を透かされた怒りと獲物を見つけた狩人としての昂揚が綯い交ぜになった心境で、イサネは本能のままに笑う。

 

「ははっ、そう易々と見送る訳ないでしょう!?」

 

自分の中の死獣が叫ぶままに、イサネはアサルトライフルをホルスターに仕舞うと、後腰に佩いたククリナイフを鞘から抜き放つ。

 

「ちっ、聞こえているのか・・・!総員撤退開始、残存するミメシスを出入口前に固めて通路内に戻れ!ヒヨリも折を見て離脱しろ!」

 

サオリの号令と同時に、コジマ粒子を全身に回して走り出す。正面にはサオリの指示が通らず、恐怖と混乱のままに銃を乱射したり取り乱す生徒が手に収まらないほど居る。イサネはそれに対し、何の迷いもなく右手に握ったククリナイフを振り上げる。

 

 

「ひははははッ!!邪魔だぁッ!!」

 

 

血が舞う。掠り傷や切り傷、銃弾による小さな裂傷という次元ではない、液体として認知できるほどの朱が、振るわれたククリナイフの軌道を沿う様にして空間を彩る。

 

左肩を深々と切り裂く袈裟斬り。死にはしないが重傷は確実。イサネが線を引く一線のぎりぎりのダメージ。振り抜かれた刃は引き抜く動作すら必要としない。

 

「どけぇっ!!」

 

「がッ!?」

 

更に速度を上げ、追加ですれ違い様の左脇腹に一閃。振り抜いたククリをそのままに、左裏拳で切り裂かれた左脇腹を抉る。

 

「いよいよ形振り構わなくなったか・・・!急げ!」

 

新路上の邪魔者を強引に突破して走るイサネの視線の先には、混乱する生徒達を置いて地下墓地へと続いていると思しき石造りの扉に撤退指揮をしながら後退するスクワッドの姿。

 

(逃がしても依頼失敗にはならないけど、あいつは殺しておきたい・・・!逃げた先でベアトリーチェに拘束されましたとか絶対面倒な事になる!)

 

まだまだ技術が未熟とは言え、アリウスを捨て駒にしか思っていないベアトリーチェの事。この撤退を任務失敗と見做し、用済みとして手の者を送り込んで来たとしても何らおかしくない。

 

その場合、スクワッドの面々は高確率で殺され、姫と呼ばれる生徒はその役割上完全拘束状態に近い状態で儀式まで監禁される筈だ。そうなってしまえば、姫と呼ばれる生徒を殺せず、儀式のキーをベアトリーチェが握った状態で対峙する事となる。

 

「あと少し・・・!」

 

数人を疑似コジマブレードで吹き飛ばし、彼我の距離5mを切る。右手には今だしっかりとククリナイフの柄が握られている。急所に全力で振り下ろせば、この為に研ぎ上げた鋭刃が深々と突き刺さり命を奪うだろう。

 

 

「少し・・・ッ!」

 

 

あと3m。右腕をテイクバック。走っていてストライドが開き慣性が乗っている今なら、届く。

 

 

(当たる。この位置なら・・・!)

 

 

2m。振り下ろしを始める。いや、突くと言った方が近いだろうか。兎に角、目の前に居る紫髪の仮面の少女に刃が刺さればそれでいい。少しでも刺されば、後はどうとでも出来る。

 

だが油断はしない。確実に当たった事が分かるまで確信しない。最後まで、狙った命が潰え切るまで、太刀筋を鈍らせない。

 

 

 

「届け―――」

 

 

 

鈍色の鋭刃が空を切り裂く。

 

 

「アツコ―――」

 

 

遂に名を呼んだサオリの絶叫も、今や遥か彼方。サオリもミサキも、どちらも今すぐ彼女を庇える距離に居ない。

 

 

必ず届かせる。

 

 

必殺の意志を纏ったククリナイフが、鈍角でありつつも刺突には十分な性能を持った切っ先でこちらに背を向けて走る紫髪の生徒の背に迫り―――

 

 

 

ずぶり

 

 

 

ククリナイフの柄を握るイサネの手に、深々と肉を断ち突き刺さる感覚が伝わる。

 

 

「ッ!!?」

 

 

――違和感。

 

 

刺さった感触はある。だが、違う。刺さっていない。アツコと呼ばれた紫髪の生徒に刺さっていない。別の誰かに刺さっている。

 

 

(誰が―――)

 

 

仮に本命に刺さったとしてもまだ出血はおろか痛みも始まらない一瞬の感覚。その一瞬未満で、イサネは理解する。アツコを庇った者の正体を、自らが再び出し抜かれた事を。

 

 

 

複製(ミメシス)・・・ッ!!」

 

 

 

ミメシス。ユスティナ聖徒会の複製。粗方全滅させたつもりが、まだ残っていたのだ。姫に影から仕える侍女の様に、主の影となる忍びの様に、姿を消して形を埋めて、文字通りアツコを影から守っていたのだ。

 

 

「姫!」

 

 

後数十cm。丁度胴体一つ分の間にミメシスを出現させ、アツコに刺さる筈のナイフの切っ先を強引に止めてのけた。

 

「はは・・・!」

 

ナイフが亡霊の肉によって止められ、勢いを失う。同時にイサネの身体に掛かっていた慣性も消失し、ミメシスに刺さったナイフが背を貫通した所で止まる。

 

「やってくれる・・・!」

 

自らを二度も出し抜いてのけたサオリ達の策略が、イサネの闘争本能に油を注ぐ。精神をより強く昂揚させる。嵌められたという怒りを呑み込み、闘争心を灼熱へと昇華していく。

 

そんなイサネを囲う様に、複数のミメシスが更に出現する。背まで貫通する程までナイフを突き込まれたミメシスもまた、体を霧散させながらもイサネの両腕を掴み、動きを縛る。死んでも蘇るからこそできる、捨て身の連発。

 

「やってくれる!でも、こういうのを待ってたんだ!出し抜き合って、全部使って力を振るう!こういうのを待ってたんだ!こういう闘争がしたかったッ!」

 

ユスティナ聖徒会をコピーしたミメシスの性能上、一人の生徒を相手にするには余りにも過剰な数。だが、イサネを相手するには時間稼ぎになれば良い方。・・・今回は、時間稼ぎにすらならないが。

 

 

「あぁーッはっはっはッ!最っ高だよお前らぁぁぁぁあああーーッッ!!」

 

 

アサルトアーマーが、イサネに銃を向けたミメシスを一瞬で消し飛ばす。抵抗も、認識も許さない程のノータイム。残滓すら残さず、存在を現実からこそぎ落とす。

 

「ははっ!ひっははははははッ!!?」

 

AAの残滓が舞い上がるよりも早く、イサネはコジマ粒子を全身に回し、ぎらぎらと翠緑に輝く眼に残光を走らせる。通路に逃げ仰せ、重い重い石扉を締めようとするサオリと数名のアリウス生目掛けて体を投げる。転倒の危険性だとか、凹凸の激しい地面に落下した時のダメージだとか、一切を無視した特攻。

 

 

「何!?だが―――」

 

 

余りにも無謀な捨て身の特攻。右手には相も変わらずククリナイフがしっかりと握られており、こんな状態で通路に侵入されようものなら確実に全員殺される。が――

 

 

 

一瞬遅かった。

 

 

 

がぎぃぃん!凄まじい金属音が鳴り響き、膂力で振るわれたナイフの刃が超重厚な石材に叩き付けられる。接触部の刃ががっつりと欠ける。

 

 

「・・・逃げられた。」

 

 

振動が終わったククリをだらりと下げ、ぽつりと呟く。

 

「・・・逃がした。」

 

2度、最後の最後で出し抜かれ、獲物を取り逃がした。闘争本能に飢え続ける心の割に、イサネは静かに曇天を仰ぐ。

 

 

ぽつり。

 

 

水滴がひとつ、足元に落ちる。

 

 

(最後のミメシス。見越してたって事?いや、いざという時の為だろうね。この戦いのアリウス分校の総大将と言っても過言じゃないんだから。・・・確か、アツコだっけ。)

 

 

ぽつり、ぽつり。

 

 

(私の記憶が定かならサオリは確かにアツコって叫んでいた筈。あの生贄の生徒は、アツコ。黙りっ放しなのは、特定を避ける為かな。)

 

 

ぽつりぽつり。

 

 

(焦ったか?・・・焦ってはいたかも。アンブロジウスをそのまま沈めるんじゃなくてフェイントでもかければ良かったか?)

 

 

雨が降り始める。決して強くは無いが、一滴一滴が確実に服を濡らす程度にはちゃんとした雨。

 

 

「・・・あの石扉が地下墓地への入り口。もう一回黒服と経路の確認をしよう。いや、そんな事より早く屋根の下に行かないと濡れちゃう。」

 

 

冷たさを感じさせる水滴が、イサネの心を真っ黒に染め上げる闘争心を鎮める。頭が不気味なまでにすっと落ち着いていく。

 

「雨、いつまで降るのかなぁ。天気予報確認するの忘れてた。」

 

二度にも渡って取り逃がした怒りはちゃんとある。怒りか昂揚で自分が制御できなくなっているが故の冷静ではない。だからこれは、明確な理性から来る冷静。

 

 

アリウス自治区突入作戦―――失敗。

 

 

現実を受け入れたイサネは軽く頭を振り、これからの行動指針を決めるべく今どう動くのかを思案する。

 

「雨降ってきたし、一先ず雨宿りでもしようか?あ、いや―――」

 

戦いに雨具など持ち込んだ所で邪魔になるだけ。雨を避けられる場所に向かう事を決めたイサネはすっと後ろを向き――

 

 

「「「「ッ!!?」」」」

 

 

「先にこいつらをどうにかしないと、か。」

 

 

ククリナイフを鞘に仕舞い、力みも疲労もない動作でアサルトライフルをホルスターから抜く。

 

 





・「イサネならPAを喪失した後即座にPAを張り直せる」という旨についての補足兼作者の備忘録
イサネのコジマ粒子生成&操作能力はネクストと違って生身で振るえる原理不明の能力だから、本人の意思次第(体の状態は無視するものとする)でそういう芸当も可能というだけ。生身で銃弾を受けれるキヴォトス人でやる意味があるかどうかは不明。

・コジマブレードにおける補足兼作者備忘録
ネクストが近接兵装(ブレード類)を装備した腕に銃などを持てない理由として、近接兵装起動時に握っている銃器も起動したブレード等に巻き込まれて破損ないしは破壊されちゃうからと独自解釈。

・ネクストにおける落とした武器の拾い直しについて
幾ら神経接続しているとはいえ超高速で機動しながらマニピュレーターを生身の人間ばりの精密さとしなやかさで動かせるかという独自解釈。

あくまで作者の個人的な解釈です。質問等ありましたらいつでもどうぞ。

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