透き通る世界で二度目の答えは出せるのか   作:回り針

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イサネパートは次話になりそうです。ごめんなさい。



転回点

 

 

 

 

 

 

・・・誰が言ったか、

 

 

 

「これが物語の結末。」

 

 

 

これを言い出したのは誰だっただろうか。

 

 

 

「何もかもが虚しく、全てが破局へと向かうエンディング。」

 

 

 

そもそも、始まりはなんだったのか。

 

 

「ここから先を見た所で、無意味な苦痛が連なっていくだけさ。」

 

 

・・・本当に、誰だったか。

 

 

「これは詰まる所、各位が追い詰められ、その先で誰かが人を殺める物語。誰かが人殺しに堕ちざるを得ない話。」

 

 

アダムとイヴから?

 

 

「不快で、不愉快で、忌まわしく。眉を顰めたくなる様な物語だ。」

 

 

多分違う。でも本当になんだったのか。

 

 

「悲しくて、苦しくて、憂鬱になる様な。晴れる事もなければ、開ける事もない。ただただ後味の悪いだけのお話。」

 

 

知っていた様で、多分知らない。思い出せる様で、その実全くの的外れを見ている。

 

 

「だが、それでいて嘘偽りのない真実でもある。」

 

 

大元の話、その誰かは何を言っていたのだったか。

 

 

「彼女ならまた少しばかり結末も道筋も異なっていたのだろうが・・・いや、より昏く陰惨になるだけか。・・・今でもまだ、恐怖に体が強張っている。私にとっては十分な証左だ。」

 

 

思い出せないなら、知らないのなら深く気にする事もない。今はそんなあやふやな事などどうだって良いのだから。

 

 

「楽園に辿り着きし者の真実を証明する事は出来るのか。それで楽園を信じた結果がこれ。・・・元より、お互いに憎み合うのはやめようという口約束など、不可能だったのだよ。」

 

 

少なくとも、戻らなければ。

 

 

「その上名前にはエデンと来たものだ。全く、連邦生徒会長の不愉快な冗談は皮肉しか言えないのか。下手をすると悪意すら感じてしまいそうな程だ。」

 

 

余りこういう事を言いたくはないが、この話は結論に行き着くまでの道筋だけを語っている様に思える。結論の後、評決の後に何が続いているのかが全く以て不透明だ。

 

「だが、ここに来るまでのプロセスで確認できた事はある。恨みだ。ゲヘナとトリニティの間にある互いの恨み、そしてアリウスが持つ恨み。奇しくも、楽園はこれら恨みによって歪に形作られてしまった。」

 

彼女がこれを聞かされたら何と言うだろうか。

 

「正に、楽園から追放された私達には相応しい結末なのかもしれないね。」

 

ガキを寝かしつける子守歌?インテリ気取りの言葉遊び?

 

どれも言いそうではあるが、言わなそうと言えば言わなそうではある。

 

 

―――え、あぁそう。それで?

 

 

無興味。これが一番しっくりするような気がする。一番彼女が言いそうな言葉だと思う。ちゃんと最後まで話を聞いてくれればの話だが。

 

 

でもまぁ最後まで聞きはしないだろう。途中で遮るか、余所見するか寝始めるか。

 

 

私よりもずっと強くてずっと賢くて、それでいて誰がどこから見ても惹かれる程に綺麗で蠱惑的。ちょっと怖い所もあるけど、ずっとずっとお人好しな彼女。

 

始めはちょっとやんちゃな子だとしか思わなかったが、数々関わる内にある程度だがその輪郭が私にも見えてきた。・・・対して彼女は、私の芯をほぼ一発で見抜いていたらしいが。

 

 

だからこそ言える、私と彼女は違う。同じお人好しでも、根本が致命的に異なる。だから私の解もまた違う。

 

 

「・・・分かったよ、セイア。」

 

 

彼女は常に自分本位。自分の位置に在り続けて揺らがない。対して私はその真逆。誰かを主軸に置き、その為に幾らでも自分を動かせる。

 

 

「君も、その後の物語がどうなったのかは見ていないんだね?」

 

 

―――だが、どちらも絶対に諦めないという点に於いては、寸分のずれもなく同じだ。

 

 

「・・・見る必要が、あるのかい?」

 

 

結論の続きはずっと苦しみと悲しみが続くだけだと言った。だが、そこには矛盾がある。

 

「悲しいエンディングの後、そこに続くエピローグを見たとて悲哀が増すだけ。痛みと苦しみが無為に連なるだけだ。」

 

どうやら私の目の前――丸テーブルを挟んで向かい側の椅子に座り語る狐耳の生徒(百合園セイア)は、これまでの救いのない物語を前に結論の段階で諦めてしまった様だ。先へ進む事を、足掻く事を。

 

「それで、何が分かったと言うんだい?」

 

「この先のお話を見るのは、怖かったよね。思わず目を背けてしまう程には。だから夢の中に隠れて出られず、ずっと彷徨ってたんだよね。」

 

逃げる事は何も悪い事じゃない。ただ、ひたすらに逃げ続けて見る事もせず、ただ忘れ去る為だけに逃げるから人は過去に締め付けられる。

 

当然逃げたくなる程の何かに逃げずに立ち向かうなど逃げ続けるよりもずっと怖い。過去に一度逃げたものに対しては特に。そんな事くらい分かっている。

 

 

―――だからこそ、人には助け合うという機能が備わっている。そして私が居る。

 

 

「・・・戻るよ。私にはまだ、今やらないといけない事がたくさんある。」

 

 

彼女にもまた助けられた人というものが居る事を本人から聞かされた。名前やその人の特徴などは欠片も分からないが、彼女自身も完全に一人で生きていく事は出来ないと言っていた。

 

「待ちたまえ。まだ君の身体は治ってすらいない。脇腹に空いた穴は縫合されたが、それでも癒合は始まったばかりだ。お世辞にも癒え始めているとは言えない。」

 

当然、そんな事を言い出した私にセイアは反対の言葉を述べるが、私から言わせれば傷が何だ、撃たれたからなんだという話でしかない。キヴォトスに来た時から銃弾に斃れる覚悟は出来ていたし、大事な生徒が苦しんでいる以上私の銃創など二の次だ。

 

「そして何より、君が起きたからといって何が変わる訳でもない。これは私の未来予知で判明している・・・」

 

セイアもセイアなりに私を守ろうとしている意思は伝わる。だが、私だけ助かって他の皆が救われなかったのなら、無力な人間でしかない私に意味はない。

 

 

 

「いや、七つの古則から既に導き出された、この世の真実だ――――」

 

 

 

そしてあらゆる方面から、自らの結論の正しさを私に諭そうと語気を荒め―――

 

 

 

「ッッ!!?・・・っ、は・・・ぅあ・・・ッ!!?」

 

 

 

るよりも先に顔を苦痛に歪め、咄嗟に脇腹を抑える。銃声も、刃が肉を断つ音もない。しかし、彼女の分厚い袖に覆われた両手が抑える左脇腹からは確実に血だと分かる朱が白い制服を刻々と蝕んでいる。

 

 

――まるでヘイローの無い状態で銃撃されたかの様に。

 

 

「何故・・・だ・・・ッ!?あれは、あそこだけの例外の筈では・・・ッ!!」

 

 

「大丈夫・・・じゃないよね?凄い出血だけど・・・幾ら夢の中でもこれは・・・」

 

 

恐怖と苦痛に顔を歪め、激痛に呻き苦しむセイアだが、生憎ここはセイアの夢の中。今すぐにでも助けに行きたいのだが、あくまでもゲストでしかない私にできる事は何もない。何せ彼女のこの血は、他でもない彼女によってこの夢においても顕現したのだから。

 

しかもタイミングの悪い事に、私が戻る事を明確に意思表示してしまったせいで既に覚醒が始まってしまっている。視界が白み始め、夢に置かれた意識がふわりと微睡んでいく。

 

「間の悪い・・・!セイア、銃創は兎に角出血を止めるのが優先!君のその腕に付けてる奴とかで患部を圧迫止血して!後はすぐに医療機関に行けば・・・」

 

「どうせここは現実じゃない・・・!こんなもの、止血などせずとも・・・っ!それより先生っ、今更戻った所で・・・っ、古則が証明した様に信じただけでは、何かが変わる訳でもない。それでも、行くつもりなのかい・・・ッ!?」

 

「・・・違うかな。信じる信じないというよりは、認識の話かな。・・・あと、夢の中でもちゃんと止血してね?それで認識の話っていうのは―――」

 

実体ではないからと応急手当すらもせずに私を引き留めようと声を上げるセイア。だから私は、教え子の受け売りをそのまま伝える事にした。

 

 

 

「水着じゃなくて下着だと思えば、それは下着だから。」

 

 

 

・・・うーん、言いたい事は分かるのだが、例えが余りにも最低過ぎる。これでは伝わっていない可能性の方が高そうだが、時すでに遅しなので諦める事にする。

 

 

「は?下着・・・?一体、それは何の―――ぐぅ・・・ッ!?」

 

 

――そんな事を考えるよりも先に応急処置をして欲しいなぁ。

 

 

私の最低極まりない受け売りに止血どうのはおろかいきなり何の事だと困惑を隠せないセイアの様子に、少しばかり言葉を違えたかもと後悔を感じながら、夢の中から意識だけが落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・行ったか。・・・っ、はぁ・・・う・・・ッ!」

 

 

論議相手――先生が消えた(行った)後、場に残された狐耳の生徒――百合園セイアは、自らの左脇腹を抑えながら、独り言ちる。

 

「知って尚、君はこのエピローグへ向かうと・・・言うんだね・・・ぐっ。」

 

本来、確定した未来を予知夢として見、夢を渡り歩く事が出来る現象はセイアの身か存在に宿る得意なる力が由来している。だからこそ、別の夢で起きた事が干渉してくるなど有り得ないのだ。

 

「あれが、例外だとでも言うのか・・・ッ!」

 

標根イサネ。当時はほんの気紛れだった。いや、気紛れですらない、夢が繋がってしまったのはセイアにとっても予想外の出来事だった。

 

予想外だからこそ、そこで自らの力の行使が可能と分かった事で気を抜いてしまったのが運の尽きだったのだろう。余計な事を知ってしまったのは、知るべきではなかった事を見てしまったのは。

 

 

 

―――標根イサネが、キヴォトス外の存在であるという事実。

 

 

 

そして同時に、彼女が罪のない誰かの命の簒奪に欠片の躊躇もない本物の人殺しであるという事。

 

「この痛み・・・まるで生きている事を否定されている様だ・・・ッ!」

 

生まれつき体が弱かったセイアだが、ここに来るまで一度も銃弾を受けた事がない訳ではない。故に自らの体の限界は常々把握していたつもりだったし、被弾時の痛みも十分理解していた。

 

 

――だが、それはあくまでもキヴォトスでの話(神秘が適応されていればの話)

 

 

ヘイローがあれば銃弾一発程度じゃ死なないという法則が、標根イサネの夢の世界には適応されていなかった。いつの間にか彼女の手に握られていた拳銃による銃撃は、いとも容易くセイアの脆い体を貫き、壊した。

 

「例外・・・そうか、彼女が例外だった・・・つまり、私の予知も完全ではないという事だ。例外が存在する事が証明された・・・そして先生も・・・」

 

未だ全身を蝕む悍ましい激痛に心が拉げそうになる。しかし、幸いな事にここは夢。現実でそれを受けたであろう先生に比べれば、こんなもの掠り傷にも等しい。

 

「私は傍観者である事を選んだ・・・ならば、エピローグの最後の一文字まで読み切るのが、見続けるのが、私が為すべき義務・・・」

 

体のあらゆる部位に力を入れ、痛みを抑え付ける。歯を食いしばり、出血しそうな程強く手を握って、立ち上がる。

 

 

「いや、そもそも見る物語を選り好みしていた時点で私は傍観者などではなかった。先生は進む事を選んだ、ならば私も―――」

 

 

―――義務を果たすべきだ。

 

 

そう決心したセイアの背筋に、空気が変質せんばかりに異質な視線が注がれる。

 

 

「ッッ!?」

 

 

脇腹の痛みなど何処へやら。今の今まで気配の一つもなかった視線に、力みを忘れて振り返る。

 

「誰だ―――」

 

正体を特定しようとして、凍り付く。

 

 

 

「あっ・・・!?」

 

 

 

銀灰色のストレートヘア。万人を魅了する機械の如く精緻に完成された美貌。そして瞳を彩る澱みの無いライムグリーン。

 

 

「標根イサネ・・・ッ!!」

 

 

――万物の天敵(人類種の天敵)

 

 

絶対と思われたセイアの夢において例外の存在を気付かせた理外の存在。

 

 

白のワイシャツとその美貌を返り血でべったりと汚し、手には血塗れのククリナイフと拳銃を持つ最悪のイレギュラーは、何をするでもなくただ無感情にセイアを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っはは、もう滅茶苦茶ね。ゲヘナもトリニティも統率が取れないまま各々勝手に動き出している・・・つまり、私の独壇場。」

 

 

あらゆる人間の思惑が絡まり、底を叩き割られた坩堝がその汚濁を所構わず吐き出す宵闇で。

 

 

 

「・・・生きてここを出れると思わないでね?アリウススクワ(私の獲物)ッド。」

 

 

 

―――ただ嗤う。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 

知らない天井。嗅ぎ慣れない匂い。だが、気に留めない。気怠い体を心で捩じ伏せ、活力を強引に充填して身を起こす。

 

 

「せ、先生っ!?目が覚めたんですね・・・!」

 

 

身を起こした自分が何かアクションを取る前に、左から疲弊と歓喜、安堵が混じった声が飛び込んでくる。鷲見セリナ。救護騎士団に属する2年生。眼に濃い隈を浮かべている事から、今の今までずっと負傷者の治療に駆けずり回っていたと思われる。

 

「おはよう、セリナ。」

 

自分がアリウススクワッドのリーダーに撃たれてからここまでの事は夢の中で全て把握している。故にセリナには申し訳ないが、負った銃創がどうなど言っている場合ではない。すぐさま身体をずらし、ベッドから足を下ろす。

 

「ま、まだ動いちゃ駄目です!先生、何処へ行くつもりなんですか・・・!?」

 

自分の状態など自分が一番理解しているなど言うつもりはないが、少なくとも今は自分の状態を差し置いて動かねば皆の努力が無に帰す。

 

「ごめんね、今だけは許して?」

 

セリナに加え慌てて自分の奇行を咎める救護騎士団の1年生――朝顔ハナエにほぼ形だけの謝罪を返し、ベッドから降りる。幸いな事に服は普段着用しているスーツのままだ。

 

混乱と悲壮の表情で自分を見送る事しか出来ない二人に後でちゃんと謝罪して治療を受けようと決意した私は、未だ引きつる様にじくじくと不快な痛みを訴える脇腹を無視して歩き始める。

 

(向かうべきなのは・・・ミカの所からかな?火種になりそうだし、何よりここから一番近いし。)

 

私は先生なのでトリニティ学園の構内の地図は完璧に記憶していると思われる。外に出、ほぼ感覚と記憶の地図を頼りに歩く事数分、奇跡的にも独房室と言う表記のあるプレートが張り付けられた建物に辿り着く。

 

(もうパテル分派の生徒達が入った後?)

 

記憶の限りでは独房室の前には専用の門番の生徒が立っているのだが、今に限っては居ない。恐らく、数を良い事に押し寄せたパテル分派の生徒達に拘束されてしまったか追い出されてしまったのだろう。許可なく立ち入る事をやや気まずく思いながらも、中へ立ち入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

独房室の中でもティーパーティー幹部等の俗に言うお偉いさんが収容される貴賓房の空気は一触即発の状態だった。

 

「退きなさい!今の状況が分からないの!?」

 

ティーパーティーに属する者のみが着用を許される専用の制服を着た生徒達が、がなり立てる害悪の様に言葉を撒き散らす。その先に居るのは補習授業部にして正義実現委員会属である下江コハル。彼女の背にはパテル分派首長、聖園ミカが居る独房がある。

 

「理屈なんて言っても時間の無駄です!いいから道を空けなさい正義実現委員会ッ!これはティーパーティーからの正式な命令です!!」

 

「嫌っ!」

 

傍から聞けば独善的で厚顔無恥極まりなく、胸糞の悪い目標をさも大儀正義であるかの様にほざき抜かすパテル分派の生徒達の剣幕を相手に、コハルは一歩も引かず否を叫ぶ。

 

「私は馬鹿だから、何がどうなってるのかなんて全く分からないけど・・・でも、こんなのは駄目!絶対間違ってる!」

 

自分達を抑えつける上の不明と大義名分を作り易い状況。これを好機と捉えた主戦派達は何の打ち合わせも無しに合流し、主戦派筆頭のパテル分派の首長をその旗印にするべく独房に詰めかけた。

 

だが、それが如何に道徳心に劣るのかをコハルは言語化は出来ないが十分理解していた。主戦派連中の企みの先には全面戦争しかないと。ただ感情のままに独善を振りかざす主戦派の生徒と比べ、コハルは遥かに賢かった。

 

「あなたの様な馬鹿には分からないでしょうね!退かないなら―――」

 

とはいえ、コハルは1人なのに対し詰め寄せた主戦派の生徒は複数。優れた知略も無ければ戦闘も大して得意ではない落ちこぼれ一人など、数の暴力で幾らでも轢き潰せてしまう。更に質の悪い事に、正義実現委員会はティーパーティーの指揮下にある組織。この状況で起きた不祥事など幾らでも揉み消せてしまう。

 

戦闘の生徒がさっと手を上げたのを皮切りに、周囲に居た主戦派の生徒達も一斉に持っている銃を構える。儀礼的で実戦差を欠片も感じない動作だが、それでも並みの生徒一人を黙らせるくらいなら十分だ。

 

「え・・・?」

 

突然の武力行使に反応が追い付かないコハルに対し、先頭に立つ生徒が構えた銃の引き金に指をかけ―――

 

 

Hold your fire(射撃中止、撃つな)!!」

 

 

―――た指が止まる。古典的かつ歴史的側面が強い為普段から用いられる事は殆どないが、トリニティの戦闘教本に記載されている射撃中止の号令の一例。

 

儀礼的な戦闘技術をさも実力の様に覚えた彼女達がこの指示に逆らえる筈もなく、自然と銃口をコハルから降ろしてしまう。だが同時に、一体誰がという困惑と動揺が広まる。

 

「そう言えば、この顔どこかで見た様な・・・」

 

射撃姿勢による緊張が緩んだ為か、一人の生徒がぽつりと零す。その硬直を利用して、声の主は場に現れる。

 

 

「コハルは補習授業部・・・私の生徒だよ。」

 

 

「先生っ!?」

 

 

シャーレの先生。調印式襲撃により重傷を負った筈の彼女が、この夜更けのこの場にタイミング良く現れる。

 

「・・・!」

 

「シャーレの・・・!?」

 

「そんな・・・意識不明の重体だった筈・・・!」

 

これには主戦派の生徒達だけでなく、独房の中で暗鬱な顔をしていたミカも驚愕をがっつりと顔に乗せ驚く。無理もない、ヘイローの無い人間が銃撃から数時間でまともに動けるようになどならないのにも関わらず、目の前の先生は普通に叫ぶだけの体力があるのだから。

 

「先生が、どうしてここに・・・」

 

ヘイローを持たないシャーレの先生に銃弾を撃とうものなら必然的に殺人罪、ないしは未遂罪が適用され、良くて矯正局、最悪の場合残りの人生を何もない牢の中で過ごさなければいけなくなる。少なくとも学生生活という青春は確実に潰える。

 

人殺しを恐れて銃を構え直す気力を失った生徒達が呆然と呟く中、先生は殺気にも等しい圧を放ちながら、再度口を開く。

 

「お願いだから、まず暴力はやめてほしい。」

 

開かれた口から紡がれた言葉は、凡そ普段の先生の様子からは想像も付かない程感情と言える感情が死滅しており、感情のプラスマイナスが消失した表情に反して誰がどう見ても分かる程の何かに対する怒気を孕んでいた。

 

「っ、それは・・・」

 

1人が悪い隠し事を暴かれた子供の様な反応を見せる。まぁあながち間違いでもない、何せ彼女達はこの混乱を利用してゲヘナに宣戦布告、トリニティを乗っ取るというかつてミカがやろうとした悪事をそのままやろうとしているのだから。

 

「・・・か、帰ろう。あの先生の表情、絶対不味いって・・・」

 

「・・・あ、あぁ、行こう。」

 

先生の圧に気圧され、主戦派の生徒達は一人二人と来た道を戻り始める。今までの武力行使まで厭わなかった高慢な姿から一変、敗走というに相応しい烏合の退き際だった。少なくとも、獄中に居るミカの目にはそう見えた。

 

「コハル、凄い格好良かった!流石は正義実現委員会のエリート!大群を前に一人で立ち向かえるのは普通の人に出来る事じゃないよ。」

 

「先生・・・先生ぇ・・・っ!」

 

緊張の糸が切れ、半泣きで抱き着くコハルの背をポンポンと叩いて落ち着かせながら、先生は改めて鉄格子一枚挟んで目を丸くしているミカに向き直る。

 

「ミカ、大丈夫?」

 

「えっと・・・うん、大丈夫。・・・その、なんて言うか・・・久しぶり、だね?」

 

「まだ一週間くらいだけどね。」

 

全く想像もしていなかった登場に混乱を隠せないミカのしどろもどろとした挨拶にマジレスで返しながら、続ける。

 

 

「それで、どうしてミカはさっき・・・」

 

 

――彼女達の言葉に乗らなかったのか。

 

 

先生が言外に聞いた質問。それを受けたミカは、答えが見つからないと言わんばかりに視線を彷徨わせる。

 

「あー、その・・・何でだろ。確かに絶好のチャンスだったし、今立ち上がればっていうのは分かってはいたんだけど・・・」

 

思考では理解出来ていても自分の本質的な何かが否定している。先生から見て、ミカの返した答えはそういう風に聞こえた。

 

「ゲヘナは今でも嫌い。・・・それは今も変わらない筈、なんだけど。どうしてだろ・・・あの子が怖いのかな・・・ううん、違う。それだけじゃない。」

 

「・・・」

 

「あれ・・・?私・・・どうして・・・?だって、でも・・・いや、そんなのじゃ・・・」

 

黙って答えを聞いている内に、ミカの方が段々とおかしくなってくる。分からなくなっているのだろう。これ間の自分の行動の指針となる筈の目的が、根を張る行動理由が。

 

一つ、二つと涙がミカの頬を伝う。

 

 

「私・・・っ!どうして、こうなったのかなぁ・・・っ!」

 

 

その声は泣いていた。両の手で拭いきれない程の涙を流し、自責と後悔に泣いていた。合宿所やナギサとの話の時に見せた天真爛漫な少女は、今や牢の中で惨めに涙を流している。

 

「・・・ミカ。」

 

「先生っ・・・!私、セイアちゃんに会いたい・・・ッ!」

 

失って初めて気付く事。その最たる例。余りにも、余りにも手遅れな後悔。それがどれだけ、平穏の象徴になっていたのか。尊ぶべき日常であったのか。人は失ってから気付くのである。

 

「ナギちゃんにも、会いたい・・・!こんな私じゃ、もうだめかもしれないけど・・・ッ!!」

 

傲慢で欲深い人間に神が下した相応な代償。胸糞悪く、救いのない対価交換。ミカは今、差し出した対価の重さを知ってしまったのだろう。余りにも今更なregret。

 

だが、ミカはまだ幸運だ。セイアは死んでいないし、ナギサもアリウスの手に落ちない限りは殺される事はない。獄中故に再開は叶わないというのなら、それこそ先生がその牢を解放するキーパーソンとなる。

 

 

「・・・任せて、ミカ。」

 

 

算段はある。永遠に断ち切られたままの未来を斬り捨て、望むエピローグへ舵を切り直す事はまだ不可能ではない。

 

「・・・今だけで良い、誰かを憎むのはやめよう。ゲヘナも、アリウスも。」

 

「・・・っえ・・・?」

 

「失って分かったでしょ?幾ら憎んでたとしても、自分を犠牲に出来る程憎めなければ、ただ虚しいだけだって。」

 

腹を割って話した訳じゃないが、今の独白でミカの憎しみが日常に芽生える一感情でしかない事は十分理解出来た。積み重なった小さな澱みの蓄積が取り返しのつかない惨劇を呼び込む事ほど無為な事はない。

 

「だから今は、大事なもの、もう失いたくないものに目を向けよう。こないだも言ったけど、セイアは生きてる。ナギサだって死んだと確定した訳じゃない。」

 

「失いたくないもの・・・」

 

「アズサのお陰で、もう一回やり直せるチャンスがある。・・・信じてみようよ。信じて、また笑える様に足掻いてみようよ。どこに居るかは分からないけど、アズサは足掻いていたよ。」

 

方向を定めたのなら、後は進むのみ。躓くのなら、道が分からなくなるのなら、何度でも示してみせよう。それが先を生きる者としての役目。

 

 

「足掻く。・・・こんな私にも、まだ足掻くは出来るかな・・・?」

 

 

「確定した未来なんて存在しない。アズサだって補習授業部の皆だって、足掻いて藻掻いて抗ったからここまで来れたんだ。やってみようよ。」

 

 

後悔に苛まれるミカの瞳に微かな光が灯った様に見える。少なくとも、涙腺から溢れる涙は止まっている。

 

 

 

「私はこれからやらないといけない事がある。・・・ミカ、望みを捨てる事だけはしないで。」

 

 

 

最後にそう言い、先生はミカに背を向ける。

 

 

「・・・うん。」

 

 

背後で静かに頷くミカの声を受けながら、先生はコハルを連れて独房室を出る。

 

「次は・・・ハナコの所かな?この状況だと、指揮を執っているのはハナコだと思うんだけど・・・」

 

「うん。でも、どうなってるかは分からない。正義実現委員会も、ハスミ先輩とツルギ委員長が居ないから皆混乱してたし・・・」

 

「じゃあまずはハナコの所に行こうか。指揮系統を確立して、二次的な混乱を取り除こう。正義実現委員会は・・・ツルギならそろそろ動けるようになっててもおかしくないと思うんだけど。」

 

コハルから簡易ながらも聞いた情報を精査しながら、先生は貴賓房から通常房の階層に移動し、そこから応接室前、出入り口へと進む。

 

「後は、アズサがどこに居るかが分かれば・・・あれ、コハル?」

 

今後の展望を共有しながら玄関を出る先生だったが、コハルの反応がない事に違和感を抱き、視線をコハルに向ける。

 

 

「・・・ぁ・・・あ、あれ・・・っ!」

 

 

視線を投げた先に、今の今までの愛ある正義を貫いたコハルは何処にも居なかった。

 

 

「コハル!?何が――」

 

 

居たのは、目の前で見てしまったものにただただ恐怖し、硬直するコハルの姿。これからの行動指針を練っていた為に偶々前が見えていなかった先生も、コハルの様子を見てこれは不味いとすぐに正面に向き直る。

 

そこには―――

 

 

 

「・・・イサネ?」

 

 

 

先程の生徒の首筋にナイフの刃を添わせている血塗れの獣(標根イサネ)の姿があった。

 

 

――人殺し。

 

 

あってはならないそれが、確定事項の様に頭をよぎる。本当にそれは、それだけはいけない。

 

 

「イサネぇっ!!」

 

 

それを認識した瞬間、先生は反射で叫んでいた。傷に響くとか騒ぎと勘違いされて混乱を呼びかねないだとか、そんな事が二の次になる様な事件が、目の前で起きかけていた。

 

あと数秒、数瞬遅ければどうなっていたか。本当にぎりぎりだった。凶刃がぴたりと止まり、イサネが顔だけをこちらに向ける。

 

「っ。」

 

「ひっ・・・!?」

 

敵を見る眼。エリドゥで見せた闘争心全開の時とはまた大きく異なるイサネの一つの側面。刃の様という表現ですら温い程の圧に思わず気圧されるが、恐れる事無く口を開く。

 

「イサネ、それだけはやめて。」

 

「邪魔しないで貰って良いか?」

 

だが、発した言葉は挨拶もなく返ってきた拒否の言葉に叩き落とされる。声色こそ普段通りだが、明らかにその根の芯が異なる。経験を持つ者の言葉。重さが違い過ぎる。というよりは相手にされていないと言った方が正しいか。

 

「本当にそれだけはやめて。戻れなくなるから。」

 

殺意が先生の心を締め上げる。心臓に刃物を突き立てられていると錯覚する程の殺気。しかし、先生も先生でそれに耐え、コハルを背後に庇って声を上げる。

 

「その子達が何かイサネに良くない事をしたのかもしれない。でも、それだけはやっちゃ駄目。」

 

「私だってやるべき事があるんだ。邪魔する奴らに容赦できる程、私は寛容でもなければ器量も広くない。」

 

挨拶もない、切っ掛けもない。いきなり始まった口論だが、最早口論というよりは言葉の刃の刺し合いである。

 

「でも、そこまでする必要はない筈だよ。本当に、本当に戻れなくなるから。」

 

「元より私はそっち側だ。今更10人100人増えた所で誤差でしかない。」

 

「ここに来てからはまだだよね?。」

 

「ここも向こうも関係ないね。」

 

両者どちらも頑なに譲る気はない。不毛な平行線の口論が続く。

 

「そんな事をしたら、君だけじゃなくてトリニティも大変な事になっちゃうから。」

 

「なればいい。全面戦争こそ傭兵()の独壇場だ。」

 

「そういう問題じゃないの。イサネだけの問題じゃない。」

 

「他人の事などどうだっていい。」

 

どちらも退かない。淡々としてはいるが、周囲からすれば近づく事すら憚られる程の凄まじい圧がぶつかり合う。

 

「良くないよ。それで苦しむのは君だ。」

 

「苦しまない。その程度で苦しむなら私は今トリニティに居ない。」

 

視線が交錯する。

 

全てを見通すかの様な眼でイサネを見据える先生と、見る者を殺すと言わんばかりの眼で先生を射抜くイサネ。

 

両者言葉を切り、目線を合わせ続ける。どちらが折れるかの根競べ。

 

 

3秒。

 

 

 

5秒。

 

 

 

7秒。

 

 

 

9秒。

 

 

 

 

――12秒。

 

 

 

「・・・はぁ、相応の理由を以て対峙しなきゃ勝てそうにないな。」

 

 

10秒以上の沈黙の後、折れたのはイサネ。左手に掴んでいた生徒の前髪を放し、ナイフを鞘に仕舞う。辺りには無惨な暴力の痕跡と先程の主戦派の生徒達が酷い有様で転がっていたが、ナイフの刀身に血が付いていないあたり最低限の慈悲はくれていたのだろう。

 

「初めから突っ掛かってきたのはこいつらだ。私は謝罪しないから。」

 

殺意を収め服に付いた汚れを軽く払ったイサネは、先生にそれだけを告げると「じゃ、またね」と軽い挨拶と共に歩き始める。

 

「待ってイサネ。」

 

「何ー?」

 

「今のトリニティの状況は知ってるよね?圧倒的に何もかもが足りてないんだ。」

 

「お断りー。私もやる事があるから無理。」

 

一応協力の願いを投げる先生だが、イサネに普段通りの調子で断られてしまう。

 

「・・・まぁ、そのまま武力衝突にならなかっただけましだよね・・・コハル、終わったよ。」

 

「ほ、本当に・・・?」

 

「イサネはやる時とそうじゃない時の緩急が凄いからね。ごめんね、怖い思いをさせちゃって。」

 

「・・・ううん、大丈夫。でも私、止めないといけなかったのに・・・」

 

本当に何の前触れもなく始まった口論という名の言葉の刺し合いだったが、コハルもコハルで反射的に先生の背に隠れ耳を塞いでいた事で致命的な精神汚染、ないしはトラウマを避けていた様だ。こればかりは幸運と言わざるを得ない。

 

少しでも気を許せば呑み込まれかねない程の圧。コハルでなくてもあの状態のイサネの前に大切な生徒を対立の状態で立たせる様な真似はさせたくない。

 

「あれは真っ正面から相手にしたら駄目。壊れちゃうから。」

 

何をどう生きたらあそこまでおかしくなれるのかなど全く想像付かないが、今はそれどころではない。じくじくと引きつる傷の痛みを我慢し、先生はハナコの居るであろうシスターフッドの校舎へと歩みを速める。

 

 





イサネパート、どこ・・・?ここ・・・?(錯乱)

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