工人界がダンジョンを
当初は野生動物の住処として、数年後には化け物を作り出す忌み地として、生活に欠かせない鉱脈として根付いたのは二百年後だった。ダンジョンの産物は工人世界において(これはどの世界でもそうであるのだが)必需品しか落とさない。ダンジョンエネルギー、通称DEと名付けられたそれは工人の世界を文字通り一新させた。
工人は他の世界と比較しても非常に脆弱だった。他の世界なら誰でも耐性のあるDEに耐えられない者が多数なほどに。限られた耐性者を使いまわして各国が安定する頃には、文化が産業革命前まで衰退しかねないと揶揄する者すら存在した。
しかし、工人はそれでも神から認められた
神秘と発表された毒の仕組みが判明すれば対策も容易になった。神秘は視線ですら汚染する。しかし、それは古代における酸素と同じく工人が進化する福音だった。耐性のある者にカメラを搭載し、無耐性のものに視聴を義務付ける。極微量な神秘は工人に正しい進化を齎し、ダンジョンへの耐性を身に付ける。工人のレベルとはダンジョンに潜る際の深度の深さだ。その結果は実り、今ではダンジョンに対処*1出来ない子供は殆ど居ない。工人は酸素に適合を果たした。
デメリットを抑えたダンジョンは華々しい物と化した。百年は輝く灯篭。水に沈めれば電気を垂れ流す宝玉。『治った』結果のみを反映する飲み薬。宝を、夢を、力を、世界すら牽引するダンジョンホルダーは、工人の英雄となった。
そして、異世界の住民という本当の意味で無限を知った彼らは今まさに工人として花を開こうと邁進していた。
「マイクテス、マイクテス、あー。聞こえてるだろうか」
超人であるフェニックスも彼らの熱意に招かれての訪界をした一人だ。大学にて教授を勤める彼は工人と共同研究が可能な数少ない研究全振りの
:聞こえてますよー :乙ー :すごい筋肉だぁ… :待ってました! |
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とはいえ彼も超人である。運動不足気味の肉体でもレスラーさながらの脂肪を載せた筋肉が搭載され、工人界で購入したタンクトップがはち切れそうなほどにはある。正面からトラックにぶつかっても平気と言い換えれば彼らの水準の高さが伺えた。
「ならば良し。配信を始める」
:888888 :あ、今回はマスク着けてる :リスナー有志から贈られた謎のマスク推し :研究職がプロレスマスクつける機会なんてあるわけないだろ! :あのマスク数十万するらしいな |
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フェニックスは提供されたノートパソコンにあるショートカットキーを押し込む。あっという間に今回説明する配信者と動画のサムネイルが表示され、彼は工人の技術力に舌を巻いた。超人界はいまだにビデオテープが全盛期である。工人が異世界人達に提供したビジネスホテルの快適さは魚人以外の世界に評価される代物だった。
「今回は工人のレベル10パーティ『冒華ロイド』の動画を元に解説を行う。解説は俺、超人界中都大学教授のフェニックス太郎がダラダラ話す形になる。宜しく」
:新規精鋭の女性だけの冒険者か :い、一応ゆかりくんちゃんは男だから… :最近雑誌に載ってるのをみた :前衛チェンソーは中々にロックですわよ |
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『さあ行きますよー。敵はこのゆかりさんにお任せあれ!』
『うーんちょっと筋肉が足りてない気がしますねぇ』
『誰が玉無しだこの野郎!!!』
『女しか居ないから自虐になりますね』
大型の液晶ディスプレイに表示されたのはそれぞれ服の色を一色に染めたカジュアルな四人組だった。妻一筋のフェニックスには既知の外だったが、このような男一人に女三人の男女比が崩れたチームはハーレムパーティと呼ぶらしい。下手な女性より細い身体を持つ紫色の男はそれでも鍛えてはいるようで、手に持つ
「工人はダンジョン内でも『機械』を使う認識だったが、歩くのだな」
:ダンジョンに車入れて実入りがあるかっていうとね :デカいダンジョンなら移動に使うけど? :こんな街中にあるダンジョンは行けるとこまで刈ってDO*2が基本的 :機械なら服が強化仕様になってるよー。大体倍くらいの力が出る。 |
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フェニックスの問いに答えたのは同時に視聴するリスナーである。政策により一定以上のダンジョン視聴を義務付けられた彼らはダンジョン事情に詳しくならざるを得ない。DEを利用した装備に関しても一家言を有していた。
尚、他の世界にはそのような武器は存在しない。自身の身体を使った方が効率が良いのだ。細々と強化防具を売っていたエルフの鍛治師は輸入されたそれを見て悲嘆に明け暮れることになる。
「ほーう。あのインナーにそこまでの出力があるのか。確かにマキとやらは
:超人パワーに限界が無いって話? :少なくとも西暦の数倍かけても極められないモノではある :若返りや死者蘇生出来てまだ先があるのか… :でも技術は余り発展してないよね |
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「大体のことは超人パワーでなんとか出来てしまうからな。発展に関しては他より一歩も二歩も劣っている状態さ」
:文化は必要の歴史だからな :努力で飛行できる肉体で飛行機は作らないよね :超人界の文化って何? :『フェニックス』とか『ネプチューン』とかは文化じゃないの? |
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「そうだな。獣人の二つ名、エルフの魔法名、魔人の称号、工人風に表すなら…流派が近いか。『得意なことはこれですよ』と宣言していることになる」
超人界の文化は工人の歴史で語ればダンジョン誕生前の昭和前後で固定されている。個人の力を誇示することが何より出世の足がかりとなる狭い世界だ。力が一族単位で継承・拡張可能な種族特徴が彼らを努力至上主義としていた。
:自動翻訳された単語だからリングネームみたいになってる :米国のスレ的には :いわゆる天王様のポジなのか? |
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リスナーの疑問にフェニックスは肯定した。一部の到し超越者を抜きにしても超人が頑強とされる身体を手に入れたのはネプチューンキングがあってのことだ。超人パワーを他人に与えるのは自らの腕を引きちぎって他人に譲ることに等しい。無償の愛をはじめに授けた彼を尊敬しないものは超人界には誰も存在しなかった。
「因みにフェニックス家系、というよりマッスルガム系統に連なる一族は肉体面に優れている。研究職のオレでも無補給で三日三晩程度ならマラソンが可能だ」
:ひぇっ :肉体のスペックが違いすぎるっぴ! :流石は何千年もダンジョンを鎮圧した種族の末裔 :漫画の世界の住民がリアルになるとこうなるのか… |
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雑談を交わしながらも攻略は進んでいく。ハイライトとして十数分に纏められた動画はすぐさま戦闘へと移行した。工人は戦闘を不得手としているが、戦わない訳ではない。先手を取り、相手の弱点を網羅し、何もさせずに蹂躙する戦法は他の世界にはない特徴であった。
『きりたんレーダーに反応あり!敵一体、獣型!』
『ゆかり了解。タゲ取るので横槍を』
『あかりちゃん。私が突っ込みますかー?』
『その得物で奇襲は無理でしょ。マキは大人しく追撃して』
『はーい。ハンマーかかげてますねー』
工人の戦闘は遠距離が基礎である。身の丈一メートルの身をもって飛び掛かる狼を【ゆか雄】*3はチェンソーで弾き、音と火花で威嚇を行う。怯んだ狼の脇から【あかりー】が粉末型のアイテムで視界と鼻を潰して混乱させる。固まった狼に【きりたん】の神秘武器による砲撃を叩き込み、狼は塵となった。
ダンジョン産の魔物は死ねば塵と素材を落とす。塵の山を【マキムキ】がかき分けると、そこにはDEが結晶化した存在である魔石と狼の牙が遺されていた。
他の世界としてはこの石がダンジョンエネルギーである。集めれば天候をコントロールでき、単体でも水や火をはじめとした凡ゆる物質を出せ、極論飲み込んで自己の強化にも使える万能物質。モンスターが別途に吐き出した概念が付与されたドロップアイテムは使い道が限定されるものの上級になるにつれ夢のような効果を持つ。どの世界もダンジョンを産業とするのは変わらなかった。
:流れるような連携、俺は誇らしく思うよ :遠距離兼索敵は四人組にしては割り切った運用だな :てか女子でガチ近接を選ぶ奴があまりいない :体格差もあるしなあ |
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「さて、斥候の合図でノーウルフに一斉攻撃。中々の奇襲だが、階層ボスへの予行演習かな?」
:(予行じゃ)ないです :俺たち傷一つでパフォーマンス落ちちゃう脆弱な工人なので :因みにこの狼初心者殺しの強敵だからな? |
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「そ、そうなのか。それは失礼した」
:この困惑した幼児に向ける発言…ぬぁぁあん! :ああっトップを走っていたレベル50代(多分)のおっさんが! :このダンジョン超人には子供向けらしいっすね :何歳くらいっすか…(小声) |
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「…………十四歳くらい」
判断基準はフェニックスの娘である。彼女が実際にこのダンジョンを攻略した場合、たかが三メートル程度の猛獣しか存在しないダンジョンに退却する理由は食糧不足以外は存在しない。優雅に散歩をして敵の頭部を潰し、荷物を抱えて戻るだけである。
:そっかあ… :ちなみに超人の平均寿命は約500歳です :ワイら赤ちゃんより脆弱なんか…なんだろうな… |
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「ノーコメント!ノーコメントで!!今は解説なんだ!君たちの推薦で妻にどやされない収入源を得たんだ!仕事は果たすぞ!」
:何処の世界も奥さん強くて草 :宿六はまあ駄目よね :やっぱり収入ないんか研究職 :まあ…こっちもそんなんだし |
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「オホン!…今の所『冒華ロイド』は危うげなく先手を駆使して無傷で攻略しているな」
動画を巻き戻し十階ごとに必ず出現する階層ボスとの戦闘を再生する。【マキムキ】の身の丈以上ある巨大ハンマーがボスである『イエスウルフ』の片目ごと脳を揺らす。苦悶の声を上げて棒立ちとなったソレに【きりたん】が背中に背負った砲撃武器を腰溜めに抱えた。
『きりたん砲──発射!!』
火力において数枚も劣る工人が産み出したのはリスナーに振り分けられない余った神秘を燃料とする
「個人的には【きりたん】が特に評価が高いな」
:あら意外 :なんだかんだでマキ一強かと思ってた |
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「【ゆか雄】は勇敢で献身的な前衛だが厚みが足りん。体格は兎も角武器に振り回される筋力は残念だ。【あかりー】は指示自体の内容は的確だがいかんせんマッパー*4と並行してるからかワンテンポ遅れるのがネックだ」
『えー?攻撃しないんですかぁ?』
「このチームなら手持ち無沙汰になりやすい【マキムキ】が指示をするのが理想なんだが、方針にまぜっ返しが多い。故に欠点を理解して役割を果たす【きりたん】が一番になった」
:なーる :あー :聞き分けのいい奴が一番有能ってやつ :その基準なら話の聞かない奴は一番ダメか |
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「仲の良さは単体チームだけで生きるなら勘定するが、数を主軸とする工人世界は欠点を補えても連携力に関わる欠点は見過ごせないな」
彼らには伝えないが、【マキムキ】程度の剛力なら他の世界にごまんといる事情もある。獣人界では気に入られはするだろうが、肉が足りないと鍛錬に傾倒させるレベルの鍛え方ではあまり評価できないのがフェニックスの本心だった。
:数を力とするならそれを阻害するのは確かに欠点だわな :本当に理解できないなら易々諾々と従うから… :甘えたなら駄目、自覚がないならもっと駄目。…うーむ厳しい :なまじ優秀だと余裕を持っちゃうから棘が出ると |
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「私の娘の
:たえ…大きい恵体… :ビックボディ…運命の5王子… :この世界ネプキンがあのまま平和的に支配した世界だろうし… :そもそも神が出張ってないしなぁ |
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「ああ、工人はダンジョンの誕生を予知したノストラダムスとやらが居たのだったな。私達はネプチューンキング様に頼り切りで乗り切ってしまった。そういった意味では正しく彼の意志を受け継いだ君達は私達超人より余程美しい道を歩んでいると感じるよ」
全ての世界はダンジョンが湧き出る前に一人の救世主を派遣する。
超人界は他世界から流された異端者達が集まって出来た放逐世界だった。文化も、性別も、人種も、信仰も、種族すら。何もかもが異なる『人間』を統べたのがネプチューンキングであった。
超人パワーという規格を与え、皆が血で交配できるように肉体を共有し、【キング】として力の象徴として君臨した。彼がいてこその超人であり、惚けてしまった彼を
:カズハ…数葉…スーパー…あっ(察し) :神様性別間違ってますよ!! :いけないなァ神のことを悪く言っては :悪役令嬢ちゃんになっちゃう〜! |
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「……その、なんだ、聞くのがすごくこわいんだが。私の娘はどんな予言をされていたのだろうか」
:その娘さんそのうちイキリ出しますよ :心臓病を治した男に惚れるぞ :きっとブタ顔の牛丼好きなんやろなぁ… |
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「!?」
この放送は終了しました。次回の予定は |
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「まって!うちの娘が何をするの!?ちょっと!おい!あああ!ぬあぁああ!!」
工人ダンジョン
モンスターは強くない(他世界基準)が、罠、暗号、仕掛け部屋など頭を使うダンジョンが多い。ドロップするアイテムは燃料や鉱石、概念道具など加工して利用するものが多数産出される。