装者の男女恋愛が見たいッ!戦姫絶唱シンフォギア SLS   作:ふみー999

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どうも、ふみ―999です。
皆様お久しぶりでございます。四月中に上げたかったのですが、なんか筆が乗ったのと風邪をこじらせてしまい休みがここ最近まるまるつぶれてしまっておりました……
うまくいかねえな、本当に……とはいえ腐っていても仕方がない!流生君の話にどうかお付き合いください!
それではどうぞ!


Caprice:お薬様でも戦姫の歌でも

「流生~~~フフッ」

 甘ったるい猫撫で声が俺の耳元で囁かれる。こちらが動けないことをいいことに背後から首元に思いっきり華奢で色白な腕を回して、頬すりが続けられている。その整った顔が上下するたびにその艶やかな空のような青い髪もまた触れてきていた。鼻孔にマンダリンに似た爽やかで甘い匂いがこちらの理性を瓦解させんと攻め込んでもきている。

 さらに言えば、密着した背中から女性特有の柔らかさと温かさが、俺が着ている薄い入院服越しに伝わってきて大変よろしくなかった。

「お、おいって、離れろって!」

「え~何でよ~流生~」

「いいから離れろってお嬢!」

「ふふふ~流~生~」

 甘えている張本人、俺の主である風鳴翼はこちらの制止など聞く様子もなく上機嫌なまま俺の名前を呼びかけてケラケラと笑ってご満悦と言った様子を見せていた。

「う~ん~~翼しゃ~ん~~」

病室の床には尻だけ上にあげたまま気を失っているヒビの字が幸せそうな顔をしたままぶっ倒れており、病室はまさに地獄絵図だった。

なぜ、こうなったかというと——。

 

 

 

 フィーネとの最終決戦の後、俺こと栴檀流生はすぐに入院を余儀なくされた。そして、そのまま病院でのベッドで寝たきり生活が始まり、それも三週間が過ぎようとしている。

「……恋愛コンボって。しっかりしろよ映司~。いや~やっぱオー〇は面白いよなぁ~。なんか、このままギャグ見たいな……マッ〇スでも見るか……いや、頭ゼンカイにするのもありか?いっそギャバいエモーションを感じにいくか……」

 そんなわけで退屈を持て余していた俺は余った時間を使って趣味に没頭していた。TTF〇と〇谷イマジ〇ーション様々である。

 こんな風にじっくりと作品を見ていられる時間というものは貴重なもので、図らずもそんな時間を得ることが出来た俺のテンションはフォルテッシモに高まる……ものだと思っていた。

「……はぁ」

 スマホを操作して音楽アプリに切り替えた。

 

夜明け間近に見る夢の 余韻が胸を揺らしてる

めぐり逢えた輝きに包まれ 痛みまでも消えてゆく

 

耳に着けているイヤホンからお嬢が歌う静かなバラードが流れてくるのを聞きながらベッドに倒れ込む。そして病室の扉を見た。

 看護師はさっき巡回してきたばかりでそれ以外に面会の予定もない。そのため今日はもう扉が開かれることはなかった。待ち人はどうやら今日も来ないようだと考えて、深いため息をついた。窓の外に広がる青空を眺めるべく自然と視線がそちらへと流れていく。

深によってお嬢たち三人の装者が救助されてから早2週間。面会に来ていた弦十郎のおっちゃんからお嬢たちの状況は最低限であるが聞き及んでいた。対外国との交渉、特にデュランダルがらみで散々茶々を入れてきていた米国との調整が終わるまでの間シンフォギア装者は死亡扱いとして隔離しておいた方がいいという理屈は分かる。分かるのだが、俺個人としては、んなことはどうでもいいからさっさとお嬢の顔を見させろと言いたかった。というかおっちゃんと慎次兄にはそう伝えたのだが、一蹴されてしまった。

 そんなわけでお嬢の安否もこの目で確認できず、療養に努めることしかできない。

「いっそ窓から抜け出すか?いや、この足じゃ流石に……」

逃亡計画をぼんやりと考えてみるがすぐに無謀だということに考えが行く。自分の体を改めて見れば、両足と右腕はギブスと包帯でぐるぐる巻きにされて動かすことが出来ず、唯一動かすことが出来る左腕も包帯が巻かれている。少し動かすだけでも割としんどいのだ。すぐに見つかって連れ戻されるのが関の山だろう。

イヤホンから聞こえるお嬢の歌も、普段なら気分を上げてくれるものだが、今は慰めにもならない。

「脱走計画を企てているなんて思っていたよりも元気そうね」

そんなことを考えているとふいにその扉が開かれる気配がした。看護師が忘れものでもしたのかとイヤホンを外し扉の方を振り返って俺はそのまま硬直した。

「……」

 そこに立っていたのは、晴れ渡った空のように青い長髪を頭頂部で八分音符のようにまとめた凛とした姿の少女が立っていた。見間違えるわけがない俺の主である風鳴翼だった。

「……ちょっと、何かリアクションを返してよ」

 お嬢は安心した様子で俺のことを見ていたが、こちらが黙っていることに機嫌を損ねたようで整った顔の眉間に少ししわを作っていた。

「劇場版になんの告知もなしに、オダギリジョーと水嶋ヒロと佐藤健が同時に出てきたみたいな気分だ……」

「例えが分かりづらいわね」

「……細川茂樹と菅田将暉と福士蒼汰?」

「俳優が分かりづらいって話でもないわよ!?」

 俺の言った言葉を聞いてお嬢は少々声を荒げる。そうだよな、松坂桃李とか横浜流星とか長野博とか五十嵐隼士とかもいるもんな。

「また、ずれたことを考えているでしょ……」

 備え付けてあった椅子に腰かけながらお嬢がジト目を向けてきていた。その視線を向けられてようやく俺もハッと思考のギアが嚙み合い始めた。

「ああっと、すまねえお嬢。あまりに突然来てくれるもんですから面食らっちまったみたいでつい」

「叔父様曰く、ようやく各方面との調整がついたようでね。私も立花も雪音も、晴れて自由の身になったのよ」

「なるほど、おっちゃんたちの肩の荷もようやく下りたわけですか」

 俺がようやく調子を整えたことに気がついたのか、お嬢は再び眉間のしわをほどいて柔らかい笑みを浮かべる。駄目だな…その顔を見ただけで舞い上がりそうだ。

「そうね、これで私もようやくステージに復帰できるし、こうして貴方のお見舞いにも来られたというわけ」

「そりゃ、ご足労をおかけしました~よっと……」

 お嬢としても少々窮屈な生活をしていたようでようやくの自由になれたことに安堵しているようだった。そんなお嬢に俺も軽口で答えながら、本格的に話をするために体を起き上がらせようとする。そんな俺に腕を回してお嬢が支えてくれる。ありがとうございますと俺が礼を言うとお嬢は再び席についた。

「入院生活はどう?」

「退屈ですね、体がなまっていく一方だ。お嬢の方はどうなんです?部屋、片付けられてますかい?」

 気になっていたことを尋ねると痛いところを突かれたと言わんばかりにお嬢の体と表情が固まる。

「……私なりに奮励努力しているわよ」

 目をそらしながら言い訳めいたことを言うお嬢。その姿が予想通り過ぎて俺は苦笑を零した。

「その間があるってことは散らかってるってことだな」

「……」

「退院したらまず掃除ですかねぇ」

 俺が軽口で図星を突いていくとお嬢は赤らめた頬を少し膨らませながら抗議の目を向けてきている。それでも何も言い返してこないのは自分の部屋の散らかり具合がまずいものだと自覚があるからだろう。世話のかかる主だと思うとなんだか胸の内がくすぐったい。

「あと、飯は大丈夫ですか?まさかとは思いますけどコンビニとかで済ませていないでしょうね?」

「それは大丈夫。隔離中は2課の栄養士の方が考えてくださっていたから」

「あぁ、ガルドさんか。後で献立表もらっておくか」

 2課の食堂で勤務している異邦人の栄養士。普段からお嬢の栄養バランスについて相談に乗ってもらっていたから俺が入院している間、気を聞かせてくれたのだろう。まだ退院には時間がかかるが、今後のことも考えたらお礼の品を持って行って礼を言いに行かなければ。

「今後は、流生が退院するまで専属の栄養士の方を雇ってくれるって緒川さんが話していた」

 返礼品について考えているとお嬢がこれからについての話を続けてくる。その話を聞いてほっとした。

お嬢の食事はかなり普段気を使って作っているんだ。2課の食堂勤務がある中でガルドさんにはいつまでも迷惑はかけられない。それが専属の栄養士が付くというのであれば安心である。もしかすると退院後もそのままの方がいいのではないか。

「なんだ、それなら安心です。なんせプロだ。調理師免許もまだな学生が作るメシよか上々だな」

「……そんなことないわよ。確かにガルドさんのご飯もおいしかったけど隔離中ずっと流生のご飯が食べたいって思っていたのだから」

「え?」

 お嬢が言ったことに思わず俺は聞き返してしまう。お嬢はため息を付きながら困った子を見るような顔をしていた。

「流生のご飯の方が安心する味なのよ」

「……すぅ……そいつは名誉なことですぜ」

 面食らった後、俺はすぐに息を飲みながら顔を逸らした。気を抜くとものすごいにやけ顔になってしまう。

「だから早く体を治してご飯を作ってよ」

「……了解しましたよ。退院したら何食べたいです?」

「……オムライス」

「仰せのままに~」

 また可愛らしいリクエストを出してくる。お嬢も自分で言っていて恥ずかしくなったのか少々頬が赤かった。

「とはまあ言っても?見ての通りボロボロですから、しばらくは無理そうですけど」

「そうみたいね……まったく、本当に無茶をして……」

 お嬢はベッドに横たわる俺の体の傷を見つめてくる。痛々しさを覚えたのか声音が少し弱くなった。

「心配……したのよ?」

「……そりゃこっちのセリフだ」

 お嬢の言葉に俺も思わず言い返さずにはいられなかった。少しの間だけ気まずい空気が流れ二人の間に静寂が流れる。その静寂を破ったのはお嬢だった。

「お互い様……かしらね?」

「はっ、そうみたいですね」

 鼻で笑って心の中のもやもやを吹き飛ばし、もう一度お嬢の瞳を見る。お嬢は困ったような笑みを浮かべる。深い青色の瞳は揺れていた。

「お帰りなさい。お嬢」

「ええ、ただいま。流生」

その瞳から目を離さずに俺も勝気な笑みを浮かべる。お互いを見つめ合ったまま次の言葉を探していた。いっそ、このまま時が止まればいい——

「ししょーーー!!お見舞いに来ましたよおおおおお」

 と、思っていたのだがそんな特別な瞬間は扉を勢いよく開け放った珍入客によって破壊されてしまった。このやかましい声には覚えがある。よくも邪魔しやがって。

「……おう、ヒビの字……息災みたいじゃねえか」

 お嬢が驚き振り返り、俺は瞼を痙攣させながら努めて平静を装う。そんな二人の姿を見た珍客、立花響はというと、片手にお土産の果物を下げてきょとんとした顔をしていた。

「?……はっ!いや~お邪魔しちゃったみたいですね~~すみませんね師匠~~」

「ヒ・ビ・の・字?」

俺とお嬢の距離から何か邪なことを察したのかヒビの字はお節介なおばちゃんのように手をひらひらさせながら部屋に入り込む。そしてどさっと果物を机の上に置いた。

圧を掛けた俺の声もどうやらスルーするつもりらしい。

そんな弟子の様子をお嬢はというと仕方がない子だというようにフッと息を吐いていた。そして何かを思い出した顔をする。

「立花、そういえば昨夜は何処に行っていたんだ?今朝は部屋にいなかったみたいだが?」

「へ?あ~……いや~早朝の散歩ですかね」

お嬢の投げかけてきた質問を聞いたヒビの字は一瞬面食らった様だったが、すぐにたはは、と笑う。どこか、無理をしてなにかを誤魔化しているようにも見えた。

「ん?まあ、とにかく、お前さんも元気そうで何よりだ」

「はい!師匠は……ボロボロですね」

「なに、すぐに回復すっから心配すんな」

「またまた~翼さんの前だからって強がっちゃって~」

「おいこらヒビの字。お前退院した後覚えておけよ?俺この後レ〇見ることに決めたからな?」

 ヒビの字が誤魔化したことについては触れないでおこうと思った途端にこれである。おのれ、やっぱり地獄のセ〇ン一門の特訓を付けるしかないようだ。

 ヒビの字はというと、さして気にも留めていない様子である。

「まあまあ、怒らないでくださいよ師匠。深君から預かったお土産の栄養ドリンクをあげるので許してください。今開けて渡しますから」

そんなことを言ってカバンの中から缶ジュースを一本取り出していた。ご丁寧にストローもつけてある。その様子を隣で見ていたお嬢がふと気になったというようにヒビの字に声をかけた。

「槙野からの差し入れか。ありがたいが、当人はどうしたのだ?性格的に自分で来そうなものだが」

「なんでも4日徹夜した後だったみたいで流石に動けないって言っていました。そんなになるまで起きてちゃだめだよって言って寝かせてきたんですけど流石に心配——」

「ちょっと待てヒビの字。今なんて言った?」

 お嬢からの問いをあまり気にした様子を見せずにプルタブに苦戦しているヒビの字だった。だがしかし、その一言を聞いた俺とお嬢の方は緊張が走った。

「へ?いや、寝かせてきたんですけど」

「その前だ。今深のやつが四徹したとか言わなかったか?」

「ええ、言いましたけど……」

 状況が分からずにきょとんとしているヒビの字を見て嫌な汗が背中に伝う。まずいおそらくだが状況は最悪手前だ!

「ッ!!お嬢!!」

「分かっている!立花!すぐにその缶から手を離せ!!」

 俺の意図することを即座に理解したお嬢がヒビの字から缶を取り上げようと立ち上がる。しかし——

「へ?」

時すでに遅く、ヒビの字の間の抜けた声と、缶が開かれるぷしゅーと軽い音と共に、病室一体にピンクの煙が充満してしまった。

「くっ!間に合わなかったか!流生!立花!体に異常はないか?」

「俺は大丈夫だ!お嬢は無事か!」

「私も何ともない!」

「ヒビの字はどうだ!」

 即座にお嬢と俺は腕で口と鼻をふさぎ状況を確認する。しかし、直撃を受けたヒビの字は防御が間に合わなかったようで直接煙を吸ってしまいむせていた。

「けほけほっ!私も大丈夫ですけどなんですかこれ?」

「いいか、覚えておけヒビの字。深のやつはな、3日以上寝ていないと大抵ろくでもない代物を無意識で発明しやがるんだ」

 事の重大さを理解できていないヒビの字に端的に説明する。

 入れ替わり薬に透明化薬、性格反転、その他諸々。この一年で深が作ったろくでもない代物は多数あり、その度に二課では騒ぎとなっていた。

 了子姉の弟子というのは聖遺物の第一人者という意味だけではない。マッドサイエンティストの弟子という意味でもある。

「ともかく、この煙にどんな効果があるのか分からない以上、すぐに槙野に連絡を取って対策を——」

 お嬢がスマホを取り出して深に連絡を入れようとした。しかし、突然ヒビの字がお嬢に抱き着くように倒れかかりそれを阻んでしまう。

「立花!?急にどうしたんだ?まさか薬の影響で気分が——」

「翼さんって柔らかいですね~いい匂いもします~」

「へ?」

 心配したお嬢が案じていると当のヒビの字は間の抜けたような声を発していた。そしてそのまま抱き着いたお嬢に顔をこすりつけている。

「ヒビの字?」

「歌もめちゃめちゃうまくて~強くて~優しくて~そんな翼さんのことが私……」

 困惑する俺とお嬢の前で頬ずりをするのを止めたヒビの字は、潤んだ瞳でお嬢を見つめ始めた。それは例えるなら恋する乙女のそれだった。

「もう私、私我慢できません!この胸のときめきを翼さんにぶつけなくちゃ!翼さぁ~ん!」

前言撤回、ゆがんだ愛を相手にぶつける狂人のそれだった。ヒビの字はお嬢を押し倒して馬乗りになる。そしてそのまま唇を突き出してキスをしようとしていた。やっぱり、酔っぱらったおっさんのそれかもしれない。

「よせ、立花!やめっやめなさい!!」

「ヒビの字!?……ハッ!」

 お嬢が必死に抵抗する中で俺はふと昔のことを思い出していた。確か、あれは朔也兄が合コンに失敗した後のことだ。泣きながら深に作ってくれと情けなくも縋りついていた。その時に頼んでいたのは確か——。

「——っ!これ惚れ薬か!!」

まずい!惚れ薬だとしたら、このままではヒビの字が百合ナンバーワンに成ってしまう!

そんなことになってしまっては男女恋愛を謳い文句にしているこの作品の存在意義が全部無くなる!……俺は何を考えているのだろうか?よくわからなかったが深く考えてはいけないような気がした。

 とにかく今はヒビの字のことを止めるのが最優先だ。

「ハッハッハッ!結婚しようよ、翼さぁん~」

「おいぃ!落ち着けヒビの字!!お前がそんな(カルマ)の深いセリフを吠える必要ないからぁ!」

お嬢も必死に抵抗しているが、蛸のように突き出されたヒビの字の唇が徐々に近づいて行っている。このままではお嬢のファーストキスがとんだトラウマものになってしまう。

「くっそ!動け!俺の体ぁ!!」

 なんとかベッドから起き上がろうと力を込めるが全身の筋肉と骨が悲鳴を上げていた。だとしても、なんとしてでも動け!こんなところで大切なものを失ってたまるかっ。

「うッ!」

と、俺がベッドで悪戦苦闘していると突然ヒビの字がうめき声をあげた。そして、電池が切れたおもちゃのように動きを止めるとそのまま全身から力が抜け、お嬢の上に倒れ込んだ。

「……どうやら気を失ったようだな?」

 そんなヒビの字を抑えながら、お嬢が額の汗を拭う。

「ええ、おそらく薬の効果が切れた影響でしょうね」

「そうね、まったく。相変わらず槙野は人騒がせなものを作るものだ」

 俺もひとまずの厄災が終わったことに安堵し再びベッドにもたれかかる。お嬢はというと自分の体に乗りかかるヒビの字の体を横にずらして立ち上がっていた。そして、乱れた髪と服を整えている。ヒビの字はというと少々雑にどかされたのか、土下座の状態から尻だけ上にあげたような何とも女の子がしてはいけない格好のまま放置されていた。ご愁傷さまだ。

「……うん?」

そんなヒビの字に同情していると、髪を整えていたはずのお嬢はなぜか先ほどまで座っていた椅子ではなく、俺が寝ているベッドに座っていた。

「お嬢?何しているんです?」

「流生の見舞いの続きだけど?」

 潤んだ瞳でまっすぐに俺を見つめながらコテンと小首を傾げながらお嬢は何を当たり前のことを聴くのかと不思議がっている。その大変可愛らしい姿に嫌な予感がした。

「いや、なんでベッドに座ってきているのかを聞いているのですが」

「嫌、だった?」

「……お嬢、もしかしてですけど薬の影響出てます?」

「そんなことどうでもいいでしょ?」

酒に酔ったような焦点の定まらない眼差しのまま、お嬢は妖艶な笑みを浮かべ、座ったまま俺との距離を縮めてくる。大変まずいことになってきましたよこれは。

額に冷や汗を流している俺をよそにお嬢はというと机の上から立花が持ってきたリンゴと果物ナイフを手に取り、皮を剝きはじめた。

「お嬢、もしかして剥こうとしています?」

「見て分からない?」

「俺にはリンゴへの拷問にしか見えません……」

 皮だけ剝けばよいものをお嬢はというと思いっきり中の実ごと切り掘っていってしまっていた。このままでは剥き終わる頃には芯しか残っていなさそうだ。

「止めといてくださいよ。不器用なんだから」

 俺が制止するとリンゴを剥く手が止まる。止まったのはいいが不服だったらしく、今度は頬をリンゴのように赤くして膨らませていた。

「むー、なら手本を見せてよ」

 そして手に持っていたリンゴと果物ナイフをずいっと俺の方へと差し出してくる。それに俺は呆れたように動かせる左手をひらひらさせた。

「左手しか使えませんから無理ですよ」

「じゃあ、手伝ってあげるから」

「え?ちょ!?」

 俺が困惑している隙に俺の体を起こすとベッドとの間にお嬢は自分の体を滑り込ませる。そして、俺の背中からすっと手を伸ばして俺にリンゴを持たせると自分はナイフを持ってリンゴに当てた。いわゆる、あすなろ抱きだった。

「これなら、左手だけ動かせば切れるでしょ?」

ぎゃああああ!!!近い近い近い良い匂い!近い近い近い近い!!惚れ薬の影響とはいえ、こんな至近距離でドヤ顔の笑みを浮かべるな。え?俺のこと好きなの??……好きなんだよな惚れ薬のせいでちくしょう!!

 落ち着け、俺。平常心、平常心だ。とにもかくにも今は目の前にあるリンゴを剥き終わればいい。

 動かしづらい左手を何とか動かしてリンゴを回していく。お嬢の指が切れないよう細心の注意が必要だったが何とか少しずつ剥くことが出来始めていた。

「流生~」

「なんですか、お嬢?」

「ん~、呼んだだけ~」

「は?かわいいかよ」

は?かわいいかよ。こっちが集中している時に誘惑してこないでほしい。思わずナイフで自分の指を切りそうになった。そんな俺の焦りなど気にも留めずお嬢はさらに体を密着させて来る。

「流生~~~フフッ」

 甘ったるい猫撫で声が俺の耳元で囁かれる。こちらが動けないことをいいことに背後から首元に思いっきり華奢で色白な腕を回して、頬すりが続けられている。その整った顔が上下するたびにその艶やかな空のような青い髪もまた触れてきていた。鼻孔にマンダリンに似た爽やかで甘い匂いがこちらの理性を瓦解させんと攻め込んでもきている。

 さらに言えば、密着した背中から女性特有の柔らかさと温かさが、俺が着ている薄い入院服越しに伝わってきて大変よろしくなかった。

「お、おいって、離れろって!」

「え~何でよ~流生~」

「いいから離れろってお嬢!」

「ふふふ~流~生~」

 甘えている張本人はこちらの制止など聞く様子もなく上機嫌なまま俺の名前を呼びかけてケラケラと笑ってご満悦と言った様子を見せていた。

「う~ん~~翼しゃ~ん~~」

病室の床には尻だけ上にあげたまま気を失っているヒビの字が幸せそうな顔をしたまま呑気にぶっ倒れている。

「なんなんだこの状況……ほら、皮むき終わりましたから」

 ぼやきながらも、なんとかリンゴの皮を剥き、4羽のウサキを作り上げると皿に移して果物ナイフと一緒に机に置いた。

 するとお嬢はリンゴの一つを手に取ると俺の口の前へと運んでくる。

「はい、あーん」

「……」

 ちくしょう!予想はしていたのに!こうなることは分かっていたのに治まりやがりなさいよ俺の心臓!

 お嬢からあーんをされるとかいう全人類の夢を目の前にして俺の思考回路はショート寸前だった。くらくらする視界を何とか保って固まっていると食べてもらえないと思ったのか、お嬢の顔が曇る。

「……食べたくない?」

「………………………………………いただきます」

 目下に若干涙を溜めながら上目遣いにそんなことを言われて抗える男がいるだろうか。いやいない。長い抵抗の末、俺は観念して口を開けるとその中にリンゴが運ばれて来る。唇に細くてしなやかな指が触れそうになった。

「ふふっ、よく食べました」

 咀嚼する俺を見て満足げにお嬢は微笑む。くっ、こっちの気も知らないで。

「とりあえず、お嬢。ひとまず離れて——のあっ!?」

 リンゴを飲み込み、ようやく試練が終わったと安堵した途端に体が横方向に引っ張られた。とっさのことでなす術もなく俺は再びベッドに寝かされる。そして眼前、まさに目と鼻の先にお嬢の顔があった。

「っ、お嬢!いくら何でもやりすぎで——」

 制止しようとする俺の言葉を抱きしめることでお嬢は止めてきた。目を見開いて俺は情けなく硬直してしまう。自分の心臓の音がうるさ過ぎて冷静でいられなかった。このままではいけない。なんとかお嬢を引きはがさなければ、だけどもう少しこのまま——

「——怖かった……」

 浮かれた心はお嬢の言葉を聞いて鳴りを静めた。

「流生がボロボロになっていくのを見ていて……怖かったよ……」

「……お嬢」

 再びお嬢の瞳が目の前に来る。吸い込まれそうになるような青い空の瞳は潤んでいた。

「流生までいなくなるのは嫌……。だから私ね……流生が欲しい。……流生が手に入るなら他に何もいらないから。歌だってなんだって、全部捨ててもいいから」

 そう言うとお嬢は瞳をつぶり、唇を近づけてくる。まるで縋ってくる迷子のようだった。そうだった。しばらく会っていなくて忘れかけていた。トップアーティストにして現代の防人。人は彼女のことを強くて凛々しいと思いがちだ。けれども、こいつの本質は一人になることが怖くて仕方がない、ただの寂しがり屋なんだ。

「お嬢……いや、()。それはお前の本音の訳ないだろ」

 左手を二人の間に差し出して翼の唇を阻む。薬指に当たった柔らかな唇を優しく押し出して翼を押しのけた。

「流生——」

 迷子の子供のような寂しげな表情で俺の名前を翼は呼ぶ。けれども、これだけは譲れない。薬の影響だろうが何であろうが、風鳴翼が歌を捨てるなどと言うことを許すわけにはいかなかった。

「歌女としての夢は、お前にとっちゃかけがえのないモノだろうが」

 歌への夢。そのためにお前がしてきた努力を俺は知っている。その歌がどれだけの人を幸せにできるのかを俺は知っている。歌をどれほど翼が愛しているのかを俺は知っている。

「薬程度で忘れて、俺なんかにかまけてんじゃねえ」

 俺に拒まれた翼はいよいよ泣きそうな顔になった。それが薬のせいだとしても、俺の胸の中を剣が刺し貫くような痛みが走る。

俺は安心させるように、あやすように翼の髪を撫でた。決して空色の瞳から目を離さずに。

「大丈夫だ。俺はどこにも行かねえから。傍にいる。ずっと、傍にいるから」

 撫でてくる俺の手を翼は両手で包み、すがるように自分の頬に当ててきた。そして安心したように涙を溜めた瞳を閉じる。

「約束……だよ……」

 そうつぶやくと翼の体からふっと力が抜ける。そして寝ている俺の体の上に倒れかかってきた。どうやら薬の効果が切れて気を失ったようだ。

 ベッドから翼が落ちないようにするため、そんな言い訳をして俺は翼の背中に腕を回す。そして眠る子をあやすように背中を優しく何回か叩いた。

「だー畜生。いい匂い、しやがって」

 先ほどよりも強く翼の香りが鼻孔を刺激してくる。先ほどまでの喧騒は何処に行ったのか。静まり返った病室の中でその匂いは余計にはっきりと感じられた。

「怖かっただ?それこそ、お互い様だろうが……」

抱きしめる腕に力が籠る。二度と離したくなかった。そして眠る彼女の耳元に寝物語を語るように静かに囁く。

「なあ、翼?お前がフィーネに撃ち落とされた時、月の欠片を破壊しに行った時。俺はそれこそ、怖くて、怖くて、堪らなかったんだぜ?」

 体を身じろぎして翼の顔を覗き込む。長いまつげ、まっすぐに通った鼻筋、大理石の彫刻のような白い肌。絶世の美女と呼んで過言ではなく、けれどもどこか幼さもまだ抱えた少女の寝顔がそこにある。

 そう少女だ。少女なんだ。学校に通って、友達と遊び、そして……誰かと恋をする。そんなどこにでもいる当たり前の女の子がこいつなんだ。それなのに、命の危機に何度もあってボロボロになって、それでも戦っていく。

(いっそのこと、誰にも傷つけられないように閉じ込めてしまいてぇ)

「……なんてな」

 頭の中に浮かんだ想いを自嘲するように俺は鼻で笑う。けれども、一度芽生えた想いというものは簡単には消えてくれないようで、それは別の形に変わっていった。

「……力が、欲しい。お前を傷つける何もかもを倒せる力が……」

 俺が戦えれば、ノイズと戦うことが出来れば、これ以上、翼が傷つくことはなくなる。今までは夢物語だった。けれども今は違う。深が開発しているCDが正式に完成すれば俺も、ノイズを倒す力を手に入れられる。だから——

「だから待っていてくれよ翼……」

 誓いを立てるように眠る翼の額に俺は唇を落そうと近づけた。

「すこーこひゅーしゅこーこひゅーしゅこーこひゅー」

「どわっひょい!?!?!?」

近づけようとしたのだが、いつの間にか開かれた病室のドアの前で佇んでいたガスマスク姿の男の呼吸音に度肝を抜かれてしまい阻まれた。

「お……おまえ深かッ!?」

 ダース〇ーダーのような呼吸音をしている人物の背丈と立ち方から見るに、その男はどうやら深のようだった。

 一応、走ってきたのか、ガスマスク越しに深は息を整えていた。俺からの問いかけに頷くとすぐに、深はとんでもない格好で放置されているヒビの字の下へと駆け寄っていく。

「目が覚めたら、ラボから試作品が無くなっていたことに気が付いて、慌てて来たんですけど……もしかして邪魔でした?」

ヒビの字を抱きかかえると壁へもたれかかせるようにそっと椅子に座らせる。そして、先ほどの俺の様子を思い出したように素で余計なことを聴いてきた。

「んなわけあるか!てか、あれ惚れ薬か?」

「はい、ホレルンデスという最初に話しかけてきた相手に理性が吹っ飛ぶレベルで惚れてしまう危険な代物です。入れる容器が無くて飲み物の缶に入れて保管していたのをうっかり忘れて響ちゃんに渡してしまいました」

「ずさんな管理ッ!?つうか、んな危険なものを忘れてんじゃねぇよ!」

 俺の悲鳴じみたツッコミは鮮やかにスルーして深はヒビの字の顔を覗き込み様子を見ていた。ヒビの字は一番直で薬を吸い込んでしまっていたが、深の反応を見るに大事はないようだ。

「しかし、なるほどな。だからヒビの字がお嬢のことを押し倒そうとしていたわけか」

 振り返ってみれば、安全を確認するために翼が真っ先に声をかけて動いた。そしてそれに俺が答えてしまった。その結果、あんな目に逢うことになるとは俺も、翼も、後ヒビの字もなんとも災難なことだ。

「ジ~」

「……なんだよ?」

 呆れながら先ほどまでの珍事を振り返っていると、なにやらいぶかしんでいる視線がガスマスク越しに向けられていた。

「いや、流生さん正気のまま、ですよね?自分で言うのもなんですけど、この薬の強制力はとんでもないものなのですが……」

「んなこと言ってもな……」

 頭を掻きながらめんどくさそうに俺が答えると、深は顎に手を当てて真面目に考察を始めた。

「なにかこの薬に対抗できる要因があるのでしょうか……男女間で効果が異なるのか、それとも体質や遺伝によって効果が出ない人がいる?なんでだ?」

「……ハンッ!んな難しいことじゃねえと思うぜ」

「え!流生さんは原因が分かるんですか?」

「まあ、なんとなくな」

 そんな深の様子を俺が鼻で笑うと、深はこちらを見て答えを求めてきた。

 そんな深のことはスルーして、自分の胸元で寝息を立てるお嬢(・・)の顔を見つめる。

 お医者様でも草津の湯でも惚れた病は治りゃせん。今回の場合は薬様でも戦姫の歌でも、だろうか。なんにせよ、答えはとてもシンプル、単純なことだ。

 当の昔に、心の底から惚れきっている相手には効果の出ようがないのだ。

「んなことよりも、この状況の後始末が先決だろうが。まさかとは思うが無策で来たわけじゃねえんだろ?」

「そこはきっちり責任を取らせてもらいます」

 話を俺が逸らすと、深もそれ以上引っ張ることはなくごそごそと自分の懐を漁る。そして容器を取り出すとトリガーを引いて霧吹きの要領で薬品を散布し始めた。……薬品を入れている容器がファブ〇ーズ空間消臭のそれだったが、まぁ……中身はちゃんとしているんだろう。もうツッコむのも疲れたから放置した。

「これで病室内の薬は除去できたはずです」

「OK~とりあえずこれ以上のパンデミックは避けられるようだな一安心だ。たく、またろくでもねえもんを作りやがって。おっちゃんには報告するからな?」

 俺が釘を刺すと、ガスマスクを取った深がばつの悪そうな顔をしてこちらを見てきていた。

「あの……そのことだったんですけど……今CDの開発が最終段階なんです。大切な時期でして始末書や報告書で時間を取られたくないんですが……」

 申し訳なさそうに歯切れの悪い言い方をしてきているが、深の言いたいことは分かった。

「ようするに、見逃せって言いてぇのか?」

「翼さんのベストアルバム10枚買いますから!この通り!!」

 パンッと両手を合わせて頭を下げる深を見て俺はため息をつくしかなかった。まさか、この俺を10枚のアルバムで買収しようなど片腹痛い。

「……ば~か、20枚は買え」

「……アリガトウゴザイマス」

 一瞬、それでいいのかよと言う顔を深がしたような気がするが、気にしないことにした。さすがに疲れたので未だに体の上で眠るお嬢のことも任せて休もうとしたのだが——

「あ~深。悪いがご愁傷さまだ」

 深の後ろ、病室の入り口に立つ人影を目撃してしまったのだった。

「え゛?……し、司令?」

油の刺されていない機械のようにギギギッと深が振り返る。後ろに立っていたのは弦十郎のおっちゃんだった。買収は失敗のようだ。

「いや、違うんです。今回のは不慮の事故と申しますか、悪気があったわけではなくてですね?」

 見苦しい言い訳をしながら深は何とかこの場をやり過ごそうとものすごい勢いで目を泳がせていた。しかし、そんな言い訳が通る訳が無くおっちゃんの腕が伸ばされる。そして、おっちゃんの両手は深の両肩をがっしりと掴んだまま離さなかった。

「へ?」

 突然のことに深が素っ頓狂な声を上げる。そんな深のことを見つめるおっちゃんの目は先ほどのヒビの字と同じ目をしていた。

「なんだかわからんが深!お前を見ていると胸のときめきが抑えられん!受け止めてくれないか!俺の気持ちを!!」

「え゛!?ち゛ょ゛!?あ゛ぁ゛!!!流生さああああん!!助けてぇ!!!!!!」

「あ……なんだか……俺も意識が……遠くなって……きた……」

 おっちゃんがどういう状態になっているのかを理解してしまった深がらしくもない声を上げて俺に助けを求めている。

そんな状況で俺はというと、薬の影響か、それとも見たくもない物を見ないための本能なのか。意識が暗闇の中へと引きずり込まれていった。

「そんな!このタイミングで!?いや!司令!!落ち着いて!!やめ!唇を突き出さないで!!ちょっやめ!!!ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 意識を手放す直前に俺は聞いたこともないほど大きな深の悲鳴を聞いたのだった。

後から聞いた話では結局、ギリギリのところで意識を取り戻したヒビの字が割って入ることで深のファーストキスは守られたのだった。

しかし、その後の深はというと、始末書書きと弦十郎のおっちゃんに迫られる悪夢に数日間にわたって苦しめられたという。

 




最後までお読みいただきありがとうございました!
やっぱり流生は書いていて筆が乗りやすいですね~気づけば深の短編の倍近い分量になっておりました(笑)
次回からはついにG編に突入する予定です!お待ちいただければと思います!!

それではまた次回お会いいたしましょう!

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