キヴォトス怪談集   作:電気未

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とある精神病棟での記録について

ある日、シャーレへの連絡先としているスマホの着信音が鳴り響いた。書類仕事の途中だったが、スマホを手に取り応答する。

 

「もしもし、シャーレの先生で間違いありませんか?」

 

ハキハキと聞き取りやすい、落ち着いた声だった。

 

「はい、間違いありません。どちら様でしょうか」

 

当番以外で今日シャーレに来る人はいないはずだけど。

 

「クロノススクール2年、フリーライターの落無(おちなし)フミコと申します。先生に取材をお願いしたいのですが、可能でしょうか」

 

書類は18時頃に終わるはずだ。遅い時間に招くことには些か抵抗があったが、シャーレはいつ仕事が入るか分からない。今日会ったほうがいいだろう。

 

「18時なら時間が取れます。如何でしょうか」

 

生徒相手なら普通は標準語で話すのだが、今更敬語を崩すのも不自然だった。

 

「ありがとうございます、では後ほどお伺いします」

その言葉を最後に、フミコと名乗った生徒は通話を切った。

 

 

書類は想定していたよりも30分早く終わってしまい、私は手持ち無沙汰になっていた。

 

「あ、そうだ」

 

クロノススクール所属の生徒だし、もしかしたらネットで記事を発表しているかもしれない。そう考えた私は、パソコンで 落無フミコ 記事 と検索した。予想通り彼女の記事がヒットしたのでクリックしてみる。そういえば、今まで会ったクロノスの生徒たちとは違って礼儀正しい人だったな──と考えていた私の思考は、記事の題名を見た瞬間フリーズした。

 

口裂け女への学校ごとの認識の差異

存在しない霊柩車追跡記録

ゲヘナ第三校舎の調査結果

 

などなど、タイトルこそ厳格だがその内容は、主に怪談と呼ばれるものだ。クロノスにはそんな内容を取り扱う生徒もいるのか、という衝撃が大きかったが、やけにリアリティーを帯びたタイトルに興味を惹かれた。

 

5日前に更新された口裂け女の記事を読んでみる。

そこには、各学園ごとに口裂け女という都市伝説について認識の違いがあること、またそれはなぜ違うのか。といった考察や証言が掲載されていた。地道な取材を下にしたその内容は、純粋な怪談としても、民俗学的な考察としてもおもしろかった。

 

時間を忘れて読み耽っていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。おそらく落無フミコがやってきたのだろう。

 

「どうぞ」

「落無フミコです、失礼します」

 

あいさつと共にドアが開かれる。礼儀正しい人という印象に違わず、眼鏡を掛け、右目を黒髪で覆い隠した大人しそうな少女だった。そんな少女は私の眼前に、紙袋を差し出してきた。

 

「これ、つまらないものですが」

 

紙袋の中身には、よく土産屋で見かけるような饅頭が入っていた。

 

「ああ、ありがとう。お茶を入れて話そうか」

 

書類仕事で疲れた頭は、丁度糖分を欲しがっていた。来客用の椅子にフミコを案内しお茶を入れる。その間、取材について質問してみた。

 

「君の記事、読ませてもらったよ。興味深い内容だった。今日もああいった記事のための取材かな?」 

 

柔和な表情を浮かべながらフミコは話し始めた。

 

「話が早くてとても助かります。はい、私は主に、俗に言う怪談を蒐集して記事にしています。では、単刀直入に聞かせていただきましょう。先生は、アリウスの生徒たちがあの後どうなったかご存知ですか?」

 

アリウスの生徒たち。それはアツコやサオリなどのスクワッドのメンバーではなく、エデン条約の騒乱で捕まった生徒のことを指しているのだろう。

 

「今は矯正局にいると思うよ。それにしても、それが何かの怪談と関係があるの?」

 

アリウス生に何かあったとか、そんな話は聞いたことがない。

 

「矯正局ではなく、精神病棟で働いている知人の話なのですが。心的外傷がひどかったアリウス生は、とある精神病棟に収容されたそうです。彼女らは始めの数日間は静かに過ごしていました。

 

しかしとある日に、揃って『あいつがいない』『あの子がいない』と言う生徒が続出したのです。病棟の医者は集団ヒステリーによるものだと結論付けましたが、彼女たちが言う『あの子』には共通点がありました。

 

アリウスにいた頃、いつも休憩時間は一緒に過ごしていた。ここにも一緒に来た、と。」

 

フミコはそこまで言うと、お茶をすすりながら一息つく。

しかし、今の話だけではあまり怪談らしく感じられなかった。超常的な力が働いているわけでもなく、PTSDの症状のように感じた。そんな私の反応を察したのか、再びフミコは口を開いた。

 

「その共通点なのですが、一際異様なものがあるんです。先生、このように指を立ててもらえませんか?」

 

両手の人差し指だけを立てて、残りを握り込んだ構え。私も手をそのようにした。するとフミコは人差し指どうしを触れさせ、右手にピースサインをつくり、左の人差し指を握り込んだ。

 

「先生はこんな遊びをご存知ですか?」

「うん、知ってるよ」

 

小学校で誰が考案したのかも分からずみんながやっていた。休み時間や、健康診断で並ぶときの暇つぶしとか。私も見てるうちになんとなくルールを覚えて参加していた。

 

「これがどうかしたの?」

「病棟のアリウス生はみんな示し合わせたように、『これであの子と遊んでいた』と言うのです。一般には割り箸ゲームと呼ばれているそうですが、あの学園でそんなものが流行るとはとても信じられません。」

 

ベアトリーチェの支配によって、アリウスは劣悪な環境だった。

私がいた学校でみんな割り箸ゲームをしていたのは、余裕のある環境だったからだ。明日を生きるのも難しいアリウスでそんなゲームに興じる者がいたという情報は確かに信じ難い。

 

「という訳でですね、思い当たる節はありませんか?」 

 

正直、何も分からない。しかし放っておけない事態なのは確かだ。

 

「今のところは何も。でも、元アリウスの生徒を紹介することはできる。私もいろいろ調べてみるよ」

 

私は、彼女の礼儀正しい人柄を信じてみることにした。

 

 

「それで私のところに来た、と」

「は、はい…あ、これどうぞ」

 

私は先生の紹介で、元アリウス生である錠前サオリさんに会うことができました。お土産はいつものお饅頭です。

安牌なので。

 

「…いいのか?」

 

サオリさんは怪訝そうな表情で聞いてきた。

 

「どうぞどうぞ、取材料だと思って」

 

もちろん取材する人全員にお土産を渡している訳では無いです。円滑な取材のための必要経費ですね。

 

「そういうことなら、ありがたくいただこう。茶の一杯も出せないが入ってくれ」

 

そう言って、サオリさんはアパートに私を招き入れてくれました。

 

「指遊びか…確かに、ときどき見かけたような気はする。しかし『あの子』とはオカルト染みた話しだな」

 

ひとしきり過去を回顧したあと、サオリさんはそう語りました。

 

「サオリさんは、『あの子』と会ったことないんですか?」

 

口ぶりからしてないのだろうけど、一応確認しておきましょう。

 

「いや、私はないな。大方、精神が疲弊した者が見た幻覚を共有することで、少しでも苦労を分け合おうとしたのだろう」

 

大変真っ当な見解でした。割り箸ゲームは自分の指の数の分、相手の指を増やして5本になったらその手を引っ込めるというルールです。このルール自体が、自分の苦労を相手に共有する、嫌な言い方をすれば押し付けていると解釈できます。

 

「サオリさん、本日はありがとうございました。怖い話にご縁があれば、連絡していただけると幸いです」 

 

そう言って私はサオリさん宅から帰りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下は私が無理を言って知人に、件の精神病棟に取材させていただいたときの記録です。

「あの子はさ、あげる、あげるって言いながら手をこっちに向けるんだ。小指しかないその手を」

 




梨さんの記事を読んでいたら、私もホラーを書いてみたくなリました。ブルアカはネタが作りやすくて助かります。
作中で登場した記事もいずれ書く予定です。
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