キヴォトス怪談集   作:電気未

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1―Aの学級日誌について

その日、私こと落無フミコはトリニティを訪れていました。いつもはネタ探しで各学園をふらふらしていますが、今回はちゃんとした目的があって来ました。今日の目的地である喫茶店に入店します。

 

中を見渡すと、奥の席に今回連絡を取ってくれた神田(かんだ)エリさんがいました。事前に金髪でワンピースを着ていると伝えてもらったのですぐ分かりました。

 

「こんにちは。本日はよろしくお願いします」

「はい、お願いします…」

 

エリさんはそわそわして落ち着かない様子で、私にあいさつしました。エリさんからは昨日連絡をもらったのですが、とにかく話を聞いてほしいといった感じで、詳しい内容を聞かせてはもらえませんでした。それでも私がここに来たのは、その尋常ではない様子に関心と心配を寄せたからです。

 

「では、話を聞かせてもらっていいでしょうか。あ、私カフェラテで」

 

店員さんに注文しながら、できるだけ穏やかな口調で話を促します。これまで取材させていただいた人たちにも、不安気な様子だった人はいました。そんな人たちには、まずは心を開いてもらうことが必要です。しばらく待っていると、エリさんは重い口を開きました。

 

「あの、通話でも言ったんですけど、私のクラスの学級日誌がおかしいんです。こんなこと正実に言っても信じて貰えないですし」

「おかしい、とはどのようなところが?」

 

学級日誌ですか、私も中学生のころはありました。今日の天気や時間割、あった出来事を書いておくものですね。

そう考えていると、震えた声でエリさんは言いました。

 

「明日の出来事が、いつの間にか書いてあるんです」

「明日…?」

 

それはつまり、未来を予知しているということでしょうか。

 

「私たちのクラスは、1週間毎に日直が変わって、その日直が1週間分の学級日誌を書くんです。それが、私が日直になってからおかしくなって…」

 

なるほど、とすると今日でそれが始まって三日目ですか。

 

「今日までの日誌に書かれていたことを聞かせていただけませんか?それと、書かれていたことは実現したんですか?」

 

実現したとなると、正直私の手に負える問題ではないのですけど。

 

「…実現、しました。1日目は、『今日はお花を貰いました!誰に贈られたのかは分からないけど嬉しいです!』と。…昨日、登校したら私の机に花が入った花瓶がありました。

二日目は、『今日は机に落書きされちゃいました…何が書いてあるのかさっぱりです!』」

 

そこまで言うと、エリさんはまた口を閉ざしてしまいました。

 

「二日目の内容は実際に起こったんですか?」

 

怯えた面持ちのエリさんには申し訳ないですが、ここまで聞いたからには全てを知らなければ納得いきません。エリさんはお冷をごくごくと飲み干し、強張った表情でまた話し始めました。

 

「今日の朝に机を見たら、こんなものが書いてありました」

 

そう言って、エリさんはスマホで1枚の画像を見せました。その画像には、何を描いてあるのか判別できない、強いて言えば何かしらの文章のように見える不気味な模様が描き殴られていました。

 

「どう思いますか、これ」

 

エリさんは縋るような目でそう聞いてきますが、私は霊媒師でもお坊さんでもありません。そんな目で見つめられても困ります。

 

「私には何も分からないですね…ところで、今日は何か書いてありましたか?」 

「今日の分はまだだったので、日誌をここまで持ってきました。…私はもう、見たくありません」

 

一冊の学級日誌がテーブルの上に置かれました。見たいなら勝手に見ろ、ということですか。

 

「拝見します」

 

そこには、丁寧な筆跡で『今日は松ぼっくりを貰いました!しかも靴一杯に!』と書いてありました。

 

「明日は比較的平和ですよ、松ぼっくりが靴一杯に贈られるみたいです」

 

これはこれで不気味ですが、今までと比べたら良い方でしょう。

 

「…私、明日は学校行きません」

 

ですよね。連日こんなことが起こったら、登校する気力など失せてしまいます。

 

「そうですね、お休みになったほうがいいと思います。また何かあったら、ご連絡ください。本日はありがとうございました」

「全部話したら少し心が軽くなりました。私からも、ありがとうございます」

「いえいえ、それでは」

 

その日のエリさんは、最後は明るい声で話してくれました。再度連絡があったのは、翌日の夕方でした。

 

「フミコさん、フミコさん!」

 

電話越しでもはっきりと、エリさんが感じている恐怖が伝わってきました。

 

「落ち着いてください、エリさん。何があったんですか?」

荒い息を吐き出し、ようやく落ち着いたところでエリさんは何があったのか説明しました。

 

「私、やっぱり気になって放課後に靴箱を見に行ったんです。そしたら、靴に虫が一杯入ってました」

 

エリさんの言葉には、少なからず「話しが違う」という抗議の思いがありました。

 

「すいません、エリさん。昨日見たときは確かに松ぼっくりと書いてあったのですが」

「それは私も確認したのでフミコさんには怒ってないです。ただ、なんでいきなり日誌の内容が変わったのかが不可解で」

 

私もそう思いました。そして、これ以上踏み込んでいいものか分からなくなってきました。

 

「とりあえず、その靴は私が処分しておきます。場所を教えてください」

 

それでも、助けを求められたらできるだけのことはしたいのです。

 

「いいんですか?えっと、玄関の一番左の列の、14と書いてある靴箱です」

「分かりました」

 

私はビニール袋とトング、軍手を近くのホームセンターで購入してからトリニティに再び訪れました。

 

「一番左…」

 

トリニティはマンモス校なので靴箱もたくさんありました。端まで行こうとすると少し距離があります。

 

一番左の14番と書かれた靴箱、これで間違いないですね。少し緊張しながら靴箱を開きます。

 

「うわっ…」

 

中には、エリさんの中靴から溢れるほど大量の昆虫が入っていました。百足、ミミズ、バッタ…多種多様な昆虫は、皆揃って靴の中、沈黙していました。

 

「死んでる」

 

一匹残らず、死んでいました。本来なら処分が楽になると喜んでいるのですが、私には逆に、もっと悍ましく感じました。今までの現象は質の悪いいたずらで片付けることもできましたが、そんなものではないと宣言されたような気持ちでした。

 

「どうしようかな」

 

これ以上関わってはいけない。私の直感が警報を鳴らしています。しばらく、ビニール袋を持ったままその場で突っ立っていました。 

 

「君、大丈夫?」

「っ…!?」

 

驚いて跳ねるようにそこから退くと、用務員のロボットさんがいました。

 

「あ、すいません」

「こりゃ酷いね、僕が捨てとくよ」

 

エリさんの靴を見て、用務員さんは自前のゴミ袋に靴を入れました。

 

「辛かったら正実とか、頼れる人に相談するんだよ」

 

どうやら私は苛められっ子だと思われているようです。私からしてもそうとしか思えないので、そういうことにしておきましょう。

 

「はい、ありがとうございます」

「早く帰りな〜」

 

用務員さんは二階に行きました。早く帰りな、と言われましたが行くべきところができました。私は中央図書館に足を運びます。

 

「もうすぐ閉館ですよ」

 

司書の人は苦い顔をしてそう言いました。

 

「すぐ済みます。学級日誌のコーナーはありませんか?」

 

トリニティは深い歴史を持つ学園です。その沿革を後世まで受け継ぐためには、日常の記録も保存する必要があるはずです。

 

「古いものしかありませんがよろしいですか?」

「構いません、お願いします」

 

学級日誌に明日の出来事を書いている人物と、実行している人物は恐らく別人です。もしかしたら、過去の学級日誌に同じ記録があるかもしれない───私はそう考えました。

 

「こちらです」

 

古いものしかない、と言われましたがそれなりにありました。数にして20冊ほどでしょうか。

 

「失礼します」

 

脚立を使って上のものから順に、学級日誌を全てテーブルに運びました。

 

「本気で全て読むつもりですか?」 

 

司書の人は疑わしいと言いたそうな目で私を見てきますが、問題ありません。

 

「仕事柄、慣れているので」  

 

パラパラと年代順に捲って速読します。すると、13冊目の終わり辺りに見覚えのある文章が記載されていました。

 

『今日はお花を貰いました!誰に贈られたのかは分からないけど嬉しいです!』

 

「これだ」

 

そこから2日分飛ばして4日目、明日起こることを確認します。

 

『行かなきゃ』

 

今までの丁寧な筆跡と詳細な書き込みとは打って変わって、たった一言、その一文が乱雑な筆跡で書き込まれていました。5日目は白紙でした。

 

「すいません、これお願いします」 

「えっ?困ります!」

 

司書さんの制止の声を無視して、私はシャーレに向かいました。これ以上は私ではどうにもできません。先生に協力を仰ぐしかないです。スマホからシャーレに連絡します。

 

「もしもし、フミコ」

「神田エリさんを知っていますか?」 

「うん、トリニティの生徒だよね」 

 

先生はキヴォトスの生徒全員の名前を覚えている、という話しを聞いたときは信じられませんでしたが、今はその記憶力に感謝するばかりです。

 

「詳細は省きます、エリさんの身が危ないです。助けてください。多分家にいます」

「分かった、正実の生徒を連れて行く」

 

その後、エリさんの家を訪ねた先生たちが目にしたのは、無人の家屋だったそうです。伸び切ったカップラーメンや飲みかけのジュースなど、生活感がある分余計に気持ち悪かったと正実の方は言っていました。

 

すぐにエリさんの捜索隊が組まれましたが、手がかりは全く掴めず、しばらく神隠しとして話題になりました。

エリさんの行方は、いくら経っても分からないままでした。

 

 

 

これは大分後になって分かったことなのですが、エリさんの失踪と時を同じくして、トリニティの用務員の一人が、腹のパーツがバラバラになった状態で、トイレで発見されたそうです。




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