宮本誠は、庭に面した廊下の影に立っていた。
窓越しに見える志願者たちの姿を、息を潜めて観察する。
悟が真剣な顔で何かを語り、翔子がうつむきながらも時折うなずく。光輝は腕を組み、塩谷夫妻は静かに耳を傾けていた。
その表情には、昨日までの「ただ死を待つ者の諦め」はなかった。代わりに「確かめようとする意思」が宿っていた。
――動き出したか。
誠は心の中で呟いた。
彼は前夜の出来事を思い返した。
廊下で見た依頼人の娘の幻影。壁に残された紙切れ。《ここでは死んだ者が消えない》。
単なる幻覚や噂では片づけられない。確実に「何か」がここにはある。
そして今、志願者たち自身もそれを感じ取り、声に出し始めている。
――俺一人より、彼らと組んだほうが真実に近づける。
探偵としての勘がそう告げていた。
だが、同時に危惧もあった。
彼らは死を望んでここに来た。心が不安定な彼らを巻き込めば、真実を暴くどころか、逆に施設の罠に絡め取られるかもしれない。
誠は窓越しに翔子を見つめた。まだ十七歳の少女。依頼人の娘と年齢が重なり、胸の奥がざわつく。
――この子まで消えるのを、黙って見ているわけにはいかない。
その夜、誠はノートにこう記した。
《志願者たちに協力するか否か。選択の時が迫っている》
《だが施設は監視を強めている。昨日の警告文も無視できない》
《次の一手を誤れば、俺自身が“消される”》
ペン先が止まり、誠は深く息を吐いた。
探偵としての冷静さと、人間としての情がせめぎ合う。
翌日、再び庭で談笑する志願者たちの輪に、誠はゆっくり歩み寄った。
悟が顔を上げ、怪訝そうにこちらを見る。
誠は一呼吸置き、低い声で言った。
「……もし、本当にここで“おかしなこと”を感じているなら、俺も力になれるかもしれない」
その瞬間、全員の視線が彼に集まった。
疑いと期待と恐怖が入り混じった眼差し。
こうして探偵と志願者たちの運命は、静かに結びつき始めた。
秘密の集会
夜十時。
施設の消灯時間を過ぎ、廊下の明かりが落ちたころ。
悟の部屋のドアをノックする音がした。
小声で答えると、扉の隙間から翔子と光輝が入り、少し遅れて塩谷夫妻がやって来た。最後に姿を見せたのは宮本誠だった。
「こんな時間に集まって大丈夫なの?」翔子が不安げに囁く。
光輝が低い声で答えた。
「監視カメラは廊下だけだ。部屋に入ってしまえば平気だろう」
それでも皆の顔はこわばっていた。施設に逆らうことは、命を委ねる相手に刃向かうことでもあるからだ。
最初に口を開いたのは悟だった。
「俺は、廊下で“逃げても無駄だ”って声を聞いた。……ここに来てから何度も」
翔子は両手を膝に握りしめ、震える声を出した。
「私も……鏡に知らない人が映りました。“もう大丈夫”って……」
光輝がノートを開き、震える指でページを示した。
「これを見てくれ。《あなたもすぐに仲間になる》……勝手に書かれていた」
弘子が目を伏せた。
「私たちも聞いたわ。“一緒に来い”って。夢じゃなかった」
正弘も重々しく頷いた。
部屋に重苦しい沈黙が流れる。
そこで誠が口を開いた。
「……やはり、皆も気づいているんだな。」
悟が顔を上げた。
「“やはり”って……あんたも?」
誠は一瞬迷ったが、探偵としての立場を明かすことを選んだ。
「俺は、探しものがあってここに来た。ある母親から依頼を受けていたんだ。行方不明になった娘を探してほしいと」
一同の表情が変わった。
翔子が小さな声で問いかける。
「その子……この施設に?」
誠は静かに頷いた。
「ここにいると確信をしてる。だが、まだ姿を確認できていない」
光輝が深く息を吐いた。
「つまり、この施設は“普通の終末ケア”なんかじゃないってことだな」
「おそらくはな」誠は答えた。
「死を管理し、商品化している。さらに……死んだ者の“何か”がここに残っている可能性がある」
言葉に、全員の背筋が震えた。
翔子が勇気を振り絞って言った。
「……もし、本当にその子がここにいるなら……私たちで探しましょう」
悟がすぐに頷いた。
「どうせ死ぬために来たんだ。最後に一つぐらい、意味のあることをしてもいいだろ」
光輝も、塩谷夫妻も、次々に頷いた。
誠はその光景を見て、心の奥で微かな熱を感じた。
――死を選んだはずの者たちが、今は“生きて何かを成そう”としている。
集会は短く切り上げられた。
「次に動くのは……明日の夜だ」誠が告げると、皆はそれぞれ部屋へ散っていった。
悟はドアを閉める直前、振り返って誠を見た。
「俺たち、もう“仲間”でいいんですよね?」
誠は少し驚き、そしてゆっくり頷いた。
「……ああ、仲間だ」
その瞬間、沈んでいた空気の奥に、かすかな光が灯ったように思えた。