夜十一時。
施設は深い静寂に包まれ、廊下の蛍光灯もまばらにしか点いていなかった。
悟、翔子、光輝、塩谷夫妻、そして宮本誠――六人は小さな懐中電灯を手に、秘密の通路へ向かった。
「地下の扉はこの奥だ」誠が囁く。
薄暗い廊下を進むたび、床のきしむ音が大きく響いた。
翔子の手が震える。
「……本当に、行くの?」
悟が手を握り、力強く頷いた。
「ここまで来たんだ。引き返せない」
扉の前に到着する。鉄製で頑丈そうだが、鍵はかかっていなかった。
ゆっくりと押し開けると、湿った空気と冷気が押し寄せる。
地下通路は長く、壁には排水の跡が残っていた。ライトの光が、床に反射して揺れる。
監視者の影
機械音は次第に近づき、通路の奥から青白い光が揺れていた。
――誰かが、懐中電灯を手にしてこちらへ来る。
悟の心臓は鼓動を早め、翔子の手が強く握り返された。
光輝は冷静さを装いつつ、背中に冷たい汗を感じていた。
「……隠れる場所を探せ」
誠が小声で指示し、全員は慌てて格納室の陰へ身を寄せた。
足音が近づく。硬い床を踏む規則的な音。
やがて姿を現したのは、職員用の白衣を着た男だった。川添ではない。見知らぬ人物だ。
彼は台車を押し、格納室の前で立ち止まった。
「……三名、確認。記録通り」
男は無機質な声で呟き、隔離箱に手をかける。カートに移すたび、金属の軋む音が響いた。
その作業は淡々としていて、まるで物品の出荷作業のようだった。
翔子が口を塞ぎ、涙をこぼした。
――あの白布の下には、人がいる。自分たちと同じ“志願者”が。
誠はノートを握りしめ、冷静に観察していた。
男が台車を押して通り過ぎる瞬間、彼の背中から微かな囁きが漏れた。
「……すぐに、次が来る」
悟の背筋に寒気が走った。
「次……って、俺たちのことか」
光輝は低く囁き返した。
「そうだ。俺たちも近いうちに“搬送”される」
男の足音が遠ざかり、やがて地下の扉が閉まる音が響いた。
しばらく誰も声を出さなかった。
弘子が震える声で言った。
「……私たち、見つかったら終わりよね」
正弘は唇を噛み、妻の肩を抱いた。
「だが黙っていれば、いずれ同じ箱に入れられる。逃げるしかない」
誠が皆を見渡した。
「選択の時だ。このまま施設に従い“処置”を受けるか、それとも――真実を暴き、外へ出るか」
悟は強く頷いた。
「俺はもう決めた。死ぬために来たけど……こんな死に方は絶対に嫌だ」
翔子も震える声で続けた。
「私も……ここで消えるくらいなら、まだ生きたい」
光輝、塩谷夫妻も次々に頷く。
誠は深く息を吸い込み、低い声で言った。
「ならば、ここから先は本物の戦いになる。俺が導く。だが覚悟してくれ」
そのとき、格納室の奥から微かな音がした。
――コン、コン。
隔離箱の一つから、誰かが内側を叩いている。
六人は息を呑み、暗闇の中で互いに顔を見合わせた。
光輝が先導し、壁沿いに慎重に進む。
「……何か臭う」
翔子は鼻を押さえ、顔をしかめた。
「血……じゃない?」
塩谷正弘が小声で答える。
「いや、何か薬品の匂いだ。けれど、人間臭も混ざってる」
やがて行き止まりに差し掛かると、そこには不自然な扉があった。
《搬送用・関係者以外立入禁止》と記された金属製の扉。
誠が鍵穴を覗き込むと、内部は暗く、何かが動いた気配がした。
「来るぞ……気を抜くな」
悟が深呼吸して扉を押す。軋む音と共に開くと、そこは小さな格納室。
床にはカートがあり、壁沿いには小さな窓付きの隔離箱がいくつも並んでいた。
翔子が息を呑む。
「……人が、入ってる?」
光輝が懐中電灯を当てると、箱の中には白いシーツにくるまれた「人型」の影がいくつも見えた。
正弘が怒声を抑えつつ呟いた。
「……これ、安楽死した人たちか……」
弘子が顔を覆った。
「こんな……私たちも、こうなるの?」
誠は冷静にノートを取り出し、箱の位置や番号を記録した。
「……これは搬送ルートだ。消えた者はここを経由している」
悟が拳を握りしめる。
「絶対に、娘さんを見つける」
その瞬間、遠くから機械音が響いた。
――地下の自動扉が開く音。
誰かがこちらを監視している。
翔子の目に恐怖が広がる。
「……見つかった!」
光輝が咳払いし、懐中電灯を手で覆った。
「冷静に……動くな」
六人は身を潜め、次の一手を考えながら、息を殺してその音を聞いた。