――コン、コン。
暗闇に響いた微かな音は、確かに人の手が板を叩く音だった。
翔子が蒼ざめた顔で悟にすがる。
「……誰か、生きてるの?」
悟は喉が渇くのを感じながら頷いた。
誠が素早く足音を殺し、箱のひとつに近づく。
小窓を覗き込むと、布にくるまれた影がかすかに身じろぎしていた。
「……中に、人がいる。まだ呼吸してる」
光輝が押し殺した声で言う。
「安楽死は……失敗したのか? それとも……」
答えはなかった。ただ事実として、その人物は確かに生きていた。
「開けましょう」翔子が震える声で訴えた。
「ここで見捨てたら……私たちも同じになる」
悟も頷き、誠の肩に手を置いた。
「やるしかない」
誠は一瞬ためらったが、鍵穴に手をかけた。幸い、単純なラッチで施錠されていただけだった。
静かに開けると、冷気とともに呻き声が漏れた。
中には、二十代前半と思しき女性が横たわっていた。顔はやつれていたが、確かに目を開けてこちらを見ていた。
「……たすけ、て……」
そのかすかな声に、翔子は涙をこぼした。
弘子が慌てて上着を脱ぎ、女性の体を覆った。
「ひどい……こんな状態で、生きたまま閉じ込めて……」
正弘が低く唸る。
「搬送とはつまり……こういうことか」
光輝は女性の顔を覗き込み、息を呑んだ。
「誠さん、この子……依頼人の娘さんじゃないのか?」
誠は一瞬固まり、そして小さく頷いた。
「……間違いない。写真で見た。彼女だ」
全員が息を詰めた。
彼らがここまで探してきた真実の一端――「失踪した娘」は、今まさに目の前にいたのだ。
だが安堵する間もなく、地下通路の奥から再び機械音が響いた。
――ゴウン、ゴウン。
今度は複数の足音が混じっている。
翔子が青ざめ、悟に囁いた。
「……来る。どうするの?」
誠は女性の身体を抱え上げ、決然とした目で全員を見渡した。
「隠すしかない。だが次はもう後戻りできない。俺たちは“敵”として見なされる」
女性の荒い息遣いが、暗闇に重く響いた。
それは恐怖で震える六人の心を、さらに強く結びつけていった。
発覚の危機
地下通路の奥から近づいてくる足音は、明らかに一人ではなかった。
――二人、いや三人。規則正しい靴音が重なって響いてくる。
悟は顔をこわばらせ、翔子を庇うように前へ立った。
光輝は女性を抱えた誠に目を向け、低く囁いた。
「誠さん……隠れる場所なんて、どこにもないぞ」
誠は冷静に周囲を見渡した。格納室の奥、使用されていない大きな箱が目に入る。
「中に入るんだ。音を立てるな」
全員が必死に動き、女性を抱えたまま大きな箱の中に身を潜めた。
正弘が扉を閉めると、闇が訪れた。息苦しいほどの狭さの中、全員が呼吸を殺した。
――ガチャン。
通路の扉が開く音。
職員たちの声が響く。
「今夜は予定外に“動き”があったと報告が来ている」
「どこまで広がった?」
「地下のセンサーが反応した。……まだ近くにいるかもしれない」
翔子が震える肩を悟に押し付け、必死に口を噛みしめた。
足音が格納室に入ってくる。
金属を叩く音が響き、箱の一つひとつを確認しているようだった。
「……異常なし」
「いや、まだだ。全て開けろ」
その言葉に、全員の心臓が跳ねた。
光輝は汗を滴らせ、弘子の手を握りしめた。
「……終わりか」誰かがかすかに呟いた。
だが次の瞬間、別の声が響いた。
「待て。川添主任から指示が入った。探索はここまでだ」
「しかし――」
「いいから戻るぞ。次の搬送の準備が優先だ」
足音が遠ざかっていく。扉が閉まり、再び静寂が訪れた。
箱の中で息をついて、誠が低く呟いた。
「……助かったのは偶然だ。次はない」
悟が額の汗を拭いながら頷いた。
「もう、迷ってる場合じゃないな」
女性はかすかな声で囁いた。
「……でて……にげて……」
その弱々しい言葉は、六人の胸に鋭く突き刺さった。
闇の中、彼らは心の奥で同じ決意を固めていた。
――次に動くときは、生きて出るためだ。