静寂の最期   作:suzuki00

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脱出の計画

 

 夜。

 

 カーテンを閉め切った悟の部屋に、志願者と誠が集まっていた。

 

 ベッドの上では、美咲が浅い呼吸を繰り返している。彼女の存在が、この集まりの意味を変えていた。

 

 

 

 光輝が机に広げたノートに、即席の地図を描き込む。

 

 「俺たちが通った地下のルート、あそこから搬送が行われてるのは間違いない。だが出口はまだ確認できてない」

 

 悟が身を乗り出した。

 

 「搬送先につながる“外”への通路があるはずだ。そこを逆に利用するんだ」

 

 

 

 弘子が不安げに言った。

 

 「でも、見つかったら……」

 

 正弘が妻の手を強く握りしめた。

 

 「見つかるかどうかじゃない。生きるかどうかだ。俺たちが黙って処理されるのを待つわけにはいかん」

 

 

 

 翔子が小さな声で言葉を継いだ。

 

 「美咲さんを、このまま見殺しにしたくない。私……もう、誰かが消えるのを見るのは嫌です」

 

 その目には恐怖よりも決意が宿っていた。

 

 

 

 誠は全員を見渡し、低く言った。

 

 「脱出は可能だ。ただし、二つの条件がある」

 

 皆が息を呑む。

 

 「一つは、監視をかいくぐるために職員の誰かを利用すること。もう一つは、美咲を安全に運ぶ方法を確保することだ」

 

 

 

 光輝が即座に言った。

 

 「川添……だな。あの人は揺れてる。利用できる」

 

 翔子も思い出したように呟く。

 

 「荒川さんも……全部を否定してなかった」

 

 

 

 悟が強く頷いた。

 

 「どちらかを味方につける。それが鍵だ」

 

 

 

 沈黙が流れた。

 

 正弘がゆっくりと口を開いた。

 

 「俺たちは死に、来たはずだった。だが、今は違う。……死ぬ前に、せめて人間らしく抗ってみたい」

 

 弘子は夫の手を握り、涙をこぼしながら頷いた。

 

 

 

 翔子が悟を見つめた。

 

 「……生きるために、一緒に戦ってくれますか?」

 

 悟は迷わず答えた。

 

 「ああ。俺はもう逃げない」

 

 

 

 こうして、彼らの心は一つに固まった。

 

 施設からの脱出。

 

 死を待つための場所から、生を奪い返すための戦いの場へ。

 

 

 

 誠はノートに大きく一行を書き込んだ。

 

 《目標:美咲を連れ、外へ出る》

 

揺れる決断 — 荒川の手紙

 

 夜のナースステーションは、昼間とは違う顔をしていた。蛍光灯の白が薄く、机の周りには未処理の書類と、誰にも見せられない思い出が積まれているようだった。荒川澄江は、他の看護師たちの笑い声が消えた後のこの静けさを好んでいた。だが今は、その静けさがいつもより重く感じられた。

 

 

 

 彼女は勤務記録の端に、見えない線で自分の名前を書き連ねるように小さな文字を刻んでいた。手は震えていない——ただ、胸の内は波立っていた。夜勤の合間に見たあの少女の顔。不自然に腫れた頬。箱の隙間から漏れる微かな呼吸。美咲。彼女の名前が、荒川の心に深く突き刺さって離れない。

 

 

 

 あの日、荒川は処置室で薬を調合しながら、自問を繰り返していた。教科書に書かれた「尊厳」や「苦痛の除去」が、いつの間にか錬金術のように変質している。自分が手を貸しているのは救済なのか、あるいは商品化された死の一部なのか。看護師としての誇りは、しばしばその狭間で千切れそうになった。

 

 

 

 そして、ある夜。翔子の目の中に宿る、まだ消えきらない「生」の光を見た瞬間、荒川は決断した。自分は看護師であり、医療者である前に、人間の痛みを知る一個の人間だ——もしこの場所が人を踏みにじる装置になっているのなら、自分はその一部であってはならない。

 

 

 

 荒川は手早く、だが慎重に準備をした。勤務表の隙間に紛れ込ませたメモ。夜間の医療記録に小さな改竄を仕込み、監視データの簡単なタイムラグを作り出す。職員室で見かける些細な癖や、点検員の巡回時間の言い回し。彼女は何ヶ月も、この施設の“ルーティン”を観察していたのだ。それは職務の一部だと思っていたが、今は救出のための素材になる。

 

 

 

 その日、荒川は翔子を廊下に呼び出した。表情はいつもより穏やかだが、眼差しは何かを伝えようとしていた。翔子は一瞬驚いたあと、鼓動を抑えるように頷いた。荒川は小さく息を吐き、低い声でしかも明瞭に言った。

 

 

 

 「私が手を貸す。だが条件がある——美咲さんを外に出せるようにすること。あと、あなたたちのうち誰かが“犠牲”にならないように、最善を尽くす。私にも失うものがあるの。だから……互いに信頼が必要」

 

 

 

 翔子は涙を堪え、震える声で応じた。

 

 「お願いします。お願いします、先生」

 

 

 

 荒川は一瞬だけ笑った。笑いの裏側には、看護師として積んできた後悔と、今まさに生む覚悟が混ざっていた。

 

 

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