お金のない夜凪(偽)さん 作:貯金は大事
金欠になったので久しぶりに投下します。
引き戸の隙間から漏れ出す光、大きな背中と床に散らばる紙屑。少し埃が被っているが綺麗に整頓され、棚に並べられたビデオテープが目を惹く。
幼き頃の記憶の片隅にあるこの光景は夜凪にとって毒以外の何者でもない。だが、毒と同時に怒りと言う感情を掘り起こすには最も適しているものだった。
家族として好いていた父親が、突然自分たちを捨てたことにより生まれた悲しみは知らないうちに憎しみへ変わり憎悪として夜凪に残り続けていた。
夜凪景は、幼女の言葉を反芻しながら、静かに微笑んだ。
「……家族ね」
その言葉を口に出してみる。幼いころに捨てられたという現実を抱えながら、彼女の胸の奥には、冷たく張り付いた氷のような何かがあった。氷の奥底に沈んでいた記憶── いや、呪い。それが、目の前の少女の言葉によって、じわじわと浮かび上がってくるのを感じる。
それでも、景は表情を変えなかった。いや、変えられなかった。
「そうね……なら、今日からあなたの姉になるわ」
冗談めかした口調でそう言うと、幼女は目を丸くして夜凪を見つめた。
「……本当に?」
「ええ、本当よ。でも、私には妹としての扱い方がわからないわ。だから、あなたが私に教えてくれる?」
「……ふふっ。お姉ちゃん、意外と可愛いこと言うんだね」
幼女はくすりと笑い、夜凪の手をそっと握った。その小さな手は冷たく、それでいてどこか心地よい感触があった。
「じゃあ、よろしくね、お姉ちゃん」
─── その瞬間、何かが決定的に変わった気がした。
数日後。
日差しがじりじりと照りつける中、夜凪はルビーと共にショッピングモールの中を歩いていた。目的は特にない。ただ、ルビーの提案で「久しぶりに外に出よう」と言われ、なし崩し的に付き合うことになったのだ。
「ねぇ、景ちゃん!ここのアイス美味しいらしいよ!」
ルビーが指差したのは、カラフルなジェラートの並ぶ店だった。
「……興味ないわ」
「ええー!?そんなこと言わないでさ、せっかくだから食べようよ!」
ルビーは夜凪の腕を引っ張りながら、強引に店の前に連れて行く。夜凪は小さくため息をつきながらも、結局並ぶことになった。
「どれにするの?」
「……適当でいいわ」
「適当って……もう、じゃあ私が選んであげる!」
ルビーはニヤリと笑い、店員に「チョコミントとバニラをください!」と元気よく注文した。
やがて、夜凪の手にはチョコミントのジェラートが乗ったカップが渡された。
「……ミントね」
彼女はスプーンを口に運び、一口食べる。すると、ほんのりとした甘さと爽やかなミントの風味が広がった。
「……まぁ、悪くないわね」
「でしょ!? 私はバニラだけど、景ちゃんには絶対チョコミントが似合うと思ったんだよね!」
「どうして?」
「なんか、クールな感じだから!」
「……ふふっ」
夜凪は小さく笑った。ルビーのその単純な発想が、少しだけ可愛く思えたのだ。
「じゃあ、次は映画でも見に行こっか!」
「……また?」
「また!この前の恋愛映画もよかったけど、今度はアクション映画ね!」
「ふむ……」
夜凪は少し考えた後、「いいわ」と答えた。
夜。
帰宅した夜凪を、例の幼女が出迎えた。
「おかえり、お姉ちゃん」
「……ええ、ただいま」
なんの違和感もなく、その言葉を返している自分に気づき、夜凪は少し驚く。
「今日はどうだったの?」
「別に、いつも通りよ」
「ふーん……あの子とお出かけ?」
「ルビーのことなんで知ってるの?」
「さぁ?なんでだろうね?」
「……」
夜凪はソファに腰を下ろし、幼女を見つめる。
(……不思議な子)
夜凪は目を細めた。彼女は話す時は無邪気だが、その瞳の奥には、どこか冷たい影があった。何処か動物のような野生的で獲物を観察する瞳にときどき怖くなる。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「なに?」
「本当に、私のこと……妹だと思ってる?」
夜凪は、一瞬だけ言葉に詰まった。しかし、すぐにいつものように微笑んだ。
「そうね。少なくとも、今はそう思っているわ」
「……そっか」
幼女は静かに笑った。しかし、その笑顔の裏には、何か別の感情が隠されているように思えた。
─── この少女は、一体何を求めているのだろうか?
夜凪は、再び彼女の瞳を見つめる。
(……私は、この子を信じてもいいのかしら?)
心の奥にある疑念が、夜凪の胸を静かに締め付けていた。
翌日。
朝の陽射しがカーテン越しに差し込み、夜凪はゆっくりと目を開けた。隣には、昨日と同じく幼女が丸まって寝ている。静かに寝息を立てるその姿を見つめながら、夜凪は軽くため息をついた。
──本当に、どうしてこうなったのかしら。
この数日間で、彼女の生活は一変した。
ルビーとの関わりが増え、気がつけばこの少女──自称「妹」──が家に住み着き、さらには自分の中で「家族」という言葉が現実味を帯び始めている。そんな状況に、彼女は戸惑いを隠せなかった。
「……朝よ。起きなさい」
軽く肩を揺らすと、幼女は小さな声で「んん……」と唸りながら目を開けた。
「おはよう、お姉ちゃん」
「……おはよう。ほら、顔を洗ってきなさい」
「はーい」
眠たそうに目をこすりながら、幼女は洗面所へと向かう。その背中を見送りながら、夜凪はベッドから起き上がり、ふと鏡を見た。
自分の顔が、どこか穏やかになっていることに気づく。
──変わった。確実に、私は変わり始めている。
それが「良いこと」なのか「悪いこと」なのかは、まだ分からない。ただ、かつての自分なら「無意味」と切り捨てていたことに、今はほんの少しだけ、意味を見出している気がする。
「……はぁ」
そんな自分に苦笑しながら、夜凪は朝の支度を始めた。
⸻
その日も、ルビーとの時間は続いた。
「ねぇ景ちゃん!明日、ちょっと付き合ってくれない?」
「……また何か企んでるの?」
「えへへ、秘密♪」
いつもの無邪気な笑顔。だが、夜凪は彼女が何かを考えていることを察していた
「……いいわ。どうせ暇だし」
「やったぁ!じゃあ、明日10時に駅前ね!」
そう言ってルビーは楽しげに去っていった。その後ろ姿を見送りながら、夜凪はふと考える。
──ルビーは何をしようとしているのか?
そして、自分はどうしてそれに付き合おうとしているのか。
彼女の中で「理由」を探すが、答えは出なかった。ただ、気づけば自然とその流れに身を委ねていた。
⸻
翌日・駅前
朝の駅前は、通勤・通学の人で溢れ、雑踏の中に人々の話し声が混じり合っていた。
夜凪は、改札の前で腕を組みながらルビーを待っていた。
──何の話なんだろう。
ルビーに呼び出されたが、詳しいことは聞かされていない。ただ、妙にテンションが高かったのが気になる。
「景ちゃーん!」
遠くから弾むような声が聞こえた。
振り向くと、ルビーが元気よく手を振りながら駆け寄ってくる。
「待った?」
「今来たところよ」
「よかった! じゃあ、さっそく本題なんだけど……」
ルビーは満面の笑みを浮かべると、声のトーンを少し上げて言った。
「景ちゃん、アイドルやらない?」
「……え?」
夜凪は思わず聞き返した。
「アイドル?」
「そう! ちょうどオーディションがあるんだ!」
「……なんで私が?」
「それがね、景ちゃんってめちゃくちゃ”目を引く”んだよ!」
「目を引く?」
「そう! 存在感がすごいの!」
ルビーは真剣な表情で続ける。
「景ちゃんって、ただ立ってるだけで目を引くし、表情もすごく魅力的なんだよ。前にちょっと演技してたときも、なんか”映画の中の人”みたいだったし!」
「……」
夜凪はルビーをじっと見つめる。
彼女が言いたいことは、なんとなく分かった。
だけど──
「私、歌もダンスもやったことないわよ?」
「大丈夫大丈夫! そういうのは入ってから覚えればいいの!」
「……いや、でもアイドルって、そういうものじゃないでしょ?」
「うーん、まあ普通はそうなんだけど……景ちゃんの場合は、そこじゃないんだよね」
「……何が言いたいの?」
「アイドルって、歌やダンスだけじゃなくて、“人を惹きつける力”が大事なんだよ!」
ルビーは強調するように言った。
「景ちゃんには、それがある。だから、アイドルとして絶対に成功すると思うの!」
「……」
夜凪は少し考え込む。
人前に立つこと、誰かに見られること──今まで意識したことはなかった。ただひたすらに今の現状を変えられる何かを求めて『お金』を欲していたから。
「でも、私はアイドルになりたいわけじゃないし……それに絶対に向いてないわ」
「うん、それは分かるよ。でもさ、景ちゃんって絶対に普通のアイドルとは違う感じになれると思うんだ」
「……違う感じ?」
「うん! 例えばさ、クールな感じのアイドルとか?」
「クール……?」
「そう! 景ちゃんって、なんか”静かだけど目を引く”タイプだから、無理に明るくしなくてもいいと思うんだよね」
「そんなのアリなの?」
「うん! 今はいろんなアイドルがいるしね!」
「……」
夜凪はルビーの言葉を反芻する。
自分がアイドルになるなんて、想像もしたことがなかった。
「……簡単に受かるものなの?」
「受けてみないと分かんないよ! でも、やるだけやってみようよ!」
「……」
夜凪は静かに息を吐いた。
「……受けるだけなら、考えてもいいわ」
「やった!」
ルビーが両手を上げて喜ぶ。
夜凪は、そんな彼女を見ながら、小さくため息をついた。
──どうしてこうなったのかしら。
ここまで読んで頂きありがとうございます。今回、書き方を変えてみたのですがいかがでしょうか?自分からじゃよくわからなくて…あと、正直完結するか分かりませんが出来るだけ頑張るので温かい目で見守って下さると嬉しいです。