オールマイトが結婚するってさ   作:ドクター・ヴィオラ

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マイン・ライフ

 

 

 

 

「あのころよりは随分とマシになってきたじゃないか」

「そうですか?」

 

 リカバリーガールが八木俊典に指摘したのは、大体の定期健診を終えたあとだった。

 実際──リカバリーガールの指摘は正しい。今の俊典とかつてのトゥルーフォームを写真で比べれば、誰も彼等を同一人物とは思わないだろう。

 

 頬にはほどほどな肉がつき、その血色は健康的な鮮やかさ。背筋も巌のように真直だ。頭髪には年相応の白髪が混じっているけれども、それでも金色のきらめきはかつての雄姿を充分に感じさせていた。

 

「今日で通院は終わりだよ、いつまでも世話を焼いていられないからね。半年ごとに各部の調整を主治医に頼みなさい」

「御世話になりました。それにしても……通院と言うのは思ったよりも大変なものですね」

「数年前までボロボロのクセに何を言っているのだか」

「それはそうですが……平和だからですかね。昔のように忙しくないから、些細なことで疲れを感じると言うか」

「平和で良いんだよ。世の中はそうでなくてはね」

 

 それからリカバリーガールは俊典に告げる。

 

「だから、あんた。これからは自分のために人生を使いなさい」

 

 健康的な五十代の老人。それが今の俊典だった。

 

 

 

 

 俊典は一口目を飲むと噎せかえった。ひさびさの味はいやにほろにがい。ビールとはこんな味がしたものだろうか。

 

「大丈夫ですか?」

 

 と前の席の相澤消太が聞いてくる。

 

「親のビールを一口だけもらったときの気分だよ」

「負傷してからは飲めなかったんでしょう。無理はしないでくださいよ」

「なんの……まだまだ」

 

 二口、三口……と飲酒をかさねるごとに違和感はなくなり、二杯目からは簡単にビールの味をたのしめるようになってきた。

 やはり居酒屋と言うのはこうでなくては。と俊典は思った。

 

 オールフォーワンへの恨みごとはいくらでもあるけれども、かつての負傷で消化器官が完全にやられてしまい、酒を飲めなくなってしまったことの恨みは、五本の指にふさわしいと言える。

 そんな自分が酒を飲めるまでに回復したのだから、現代の医術にはおどろかされるばかりである。

 

「それにしても本当に別人だ」

 

 と消太の隣のプレゼントマイクが言う。バラード・ミュージシャンのように意外と静かなのは、俊典の通院が終わったことに安心しているからなのだろうか。

 

「誰からも言われるけど……そんなにかな」

「そんなにですよ」

 

 と消太が返す。俊典が自分に無頓着なのは今にはじまったことではない。

 健康的な老人と以前の骸骨の差は大きい。

 俊典がこの姿になれたのも例の争乱のあとの大手術の賜物だった。すべてのことが終わったあとに彼は臓器や下半身の一部を人工物に入れかえたのである。

 以前はマッスルフォームに人工器が耐えられず、個性の譲渡後も連合の活動でタイミングがなかったけれども、争乱のあとは手術の条件をクリアしていた。

 

 俊典としては──戒めのために傷を残しておくのもやぶさかではなかった。しかし周囲がそれを許さなかったのである。それを決断するまえの弟子との大喧嘩も彼の耳にはあたらしい。

 兎にも角にも 「感傷に浸っていないで生活のために健康になれ」 と言うのが周囲の結論だった。

 正論である。

 

「相澤くんは……ほら……仕事はどうなのかな」

 

 容姿に言及されるのが恥ずかしくなり、俊典は急に話を変えようと誘導した。

 

 

「それなりですね」

「最近の若手はどうなのかな」

「以前よりは良いですよ。あの戦いの影響ですかね。メディアに意欲的な前世代よりはマシだと思いますよ」

 

 消太はすでにヒーローと教職を已めていた。最後の生徒たちが卒業するまでは義務感で在籍していたけれども、今の瞳の状態でヒーローと教職をするべきではないと言うのが彼の判断だった。

 資格がないと判断して、自分の飯の種を捨てる。それは消太の合理的な強さだろう。

 

 それから消太が試験的にはじめたのがヒーロー・アドバイザーだった。強力な個性を持ちながらもすべての活動を常人の体で解決していたイレイザーヘッドの経験。それは難儀な個性の若手が必要とする、最高のノウハウと言えるだろう。

 あの争乱のあとだからこそメディアに無頓着でシビアな消太の助言は若手たちの糧になるのだ。

 

「心操のやつからも連絡がくるんですよ」

「あの個性は難儀だったからね」

「あまり人気はありませんが……それなりにやれているらしいです」

「フフフフ、フフ……師匠に似たのかな」

「ふん」

 

 と消太は仏頂面で鼻を鳴らした。しかし、それはどこかたのしげでもあった

 大人たちは生徒の顔を思いだしながら、一気にビールを腹に流しこんだ。

 

「おかわり!」

 

 居酒屋に三人の声が響きわたる──。

 それから何を話したのだろうか。

 活動のこと、生徒のこと、強敵のこと。ヒーローに関わることはなんでも話したような気がする。

 ほかの教師たちが合流するころには、三人はすでにできあがっていた。

 それからプレゼントマイクを潰し、エクトプラズムを潰し、セメントスを潰し──ちびちびと最後のツマミを食べていたときだ。

 

「結婚するんですよ」

 

 消太が真赤な顔で言う。この男が誰かの恋愛に言及するのも珍しいと酩酊のフチで俊典は思った。

 

「誰が?」

「おれです」

「…………きみ!?」

「お、れ」

 

 何がおかしいのだろう。消太はクスクスと笑いはじめた。酔っぱらいとはこんなものである。

 

「相手は?」

「ジョークですよ」

「冗談かよ!」

「だからジョークですよ」

「だから……ジョーク……ミス・ジョーク!」

 

 ようやく俊典はそのヒーローを思いだした。

 

「だから言ったじゃないですか」

 

 俊典は酔いが一気に醒めていた。この男が結婚すると言うのだから、千年の酩酊も醒めると言うものである。

 

「急にだな」

「自分でも思いますよ。あいつに冗談で求婚されるなんて、一度や二度ではないですけどね……このまえに会ったとき、不意に思ったんです。今は生徒もいないし、わるくないかなと。返事をしたときのあいつの顔は最高でしたよ」

「そうか……きみも歳だしね、良いんじゃないか」

「八木さんが良いますか」

「それにしても何も知らなかったよ」

「内々で静かにやりたいので」

「わたしも身内だろう? 一緒の職場だったのに」

「……」

「悩まないで?」

「ジョークですよ」

 

 どれだけ細々とやりたかったのだろう。すこしショックだったので俊典は元生徒たちに連絡しておくことにした。




ほとんど完成しているので数話で完結します
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