オールマイトが結婚するってさ   作:ドクター・ヴィオラ

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ドッグ・アンド・カフェ

 

 

 

 

「犬も食べられるハンバーガーがあるんだね」

「アイスクリームもありますよ」

「本当? 犬がアイスクリームなんて……」

「ほら」

 

 と萌胡がそのドッグ・カフェのメニューをひらいた。たしかにアイスクリームの写真がある。

 

「わたしの目の前にあったら、人間用と思ってしまうだろうな」

「あとで頼みましょうよ」

 

 それから萌胡がクスクスと笑いながら、隣に座っているハスキーのリドを見た。店内の匂いでそわつきが止まらないらしい。

 対してツィーゲは落ちつきはらっている。誰と似たのだろうか。俊典でさえもこの沈着には張りあえそうもない。自分は店内のオシャレな内観にタジタジである。

 

ドッグ・カフェに行ってみませんか?

 

 と萌胡が提案してきたのは炎司の連絡から、わずかに数日が過ぎてからだった。

 交流を深めるのに犬をダシにしているような気分がないでもなかった。しかし俊典も興味がなかったわけではない。

 犬のために行ってみるだけだ。

 他意はないのだ。本当に。

 

 そのうち自分たちの食事と犬たちの食事が同時に届いた。どれも萌胡が頼んだものだ。俊典にオシャレな食事など、分かるはずがないのである。

 蛇を突くようにパスタを食べてみる。ツィーゲのようにハンバーガーにするべきだったのかな? と俊典は思った。

 ハンバーガー、ハンバーガー、ハンバーガー。アメリカにいたころはこれである。

 しかし犬たちに与えられたハンバーガーもオシャレだ。アメリカらしくはない。

 なんだろう。貴族的なハンバーガーである。アメリカのハンバーガーはなんと言うのか──失礼を承知で表現するなら、杜撰をたのしむものであったはずだ。

 

「良いですね」

「良い?」

「スーツですよ。待ちあわせのときに思いましたもん」

 

 コーデが分からないので俊典はスーツだった。

 実際のところこの場所にスーツが合うかと言うと微妙なところである。その姿は交流をたのしむにはあまりに畏まりすぎていた。しかし萌胡は半年の交流で俊典の性格を知っていた。

 この年配の大柄な男性はかなりの天然なのだ。そして──そんなところが、おもしろかった。

 

 

 

 

 食後のコーヒーをたのしんでいるときに俊典は聞いた。

 

「犬はいつから?」

「五年前くらいですかね。就職してからの暮らしが寂しくて」

 

 五年前と言うと神野区の悪夢よりも前のことだ。俊典は知らずと一匹の犬の生活も助けていのかもしれない。

 

「……死ぬような目に合ったことがあるんです」

 

 萌胡は目を細める。そしてぽつぽつと話しはじめた。

 

「ヴィランがいたんです、よくいるようなヴィランじゃない……まるで子供の表現ですけど」

 

魔王のような

 

「助かったあとも思いだしました。夜に泣きだすこともありました」

 

 肉体を助けたとしても精神を助けられるわけではない。俊典はそれを理解している。

 ヒーローの手は精神のケアにまで及ばない。俊典はそれが悔しくもあった。

 

「でも……この子がいた」

 

 と萌胡がリドを撫でる。不思議そうに小首を傾げている。あるいは楽観的な性格が彼女の救いになったのかもしれない。

 

「不思議ですよね、動物に触れると。助けられたわけでもないのに安心する」

「助けてくれているんだと思うよ。この子たちはいるだけでわたしたちを助けてくれる。どんなヒーローにもできないことです」

「俊典さんはどうしてツィーゲくんを?」

「知りあいが御節介でね……独りは寂しいだろうと」

「わたしと一緒じゃないですか!」

「たしかに、そうだな」

 

 そのとき俊典は決心した。自分はオールマイトである──とまでは言えない。それに信じてもらえるはずもない。

 だから俊典は別のことを言う。自分がこの交流を通して、多くのことを貰っていると。

 

「ありがとう」

 

 と俊典が礼をすると萌胡は不思議そうに言う。

 

「良いですよ。カフェに誘ったくらいのことで」

「ちがうんだ」

 

 俊典は萌胡と目を合わせる。もはや彼の眼光は英雄的ではなかったけれども、そこには誠実で素朴な輝きが燦々と宿っていた。

 

「あなたと会えたことに」

「……」

「わたしの以前の仕事は……なんと言うのか……安心がなかった。もちろん友達はいた。それでも日常の中に緊迫感があった。張りつめるような……何かと争っているような。だからね、珠葦さん。はじめてなんです。こんなにも穏やかな時間を過ごせるのは、何もかもあなたの御蔭なんですよ」

「席をはずします」

「えっ」

「ごめんなさい!」

「えっ」

 

 俊典は萌胡が爆速でトイレに駆けこむのを眺めるしかなかった。

 

「……ちょっと……老人が言うには、キモかったかな……」

 

 と俊典は思った。

 

 

 

 

 萌胡はトイレに座っていた。用をしていたわけではない。その証拠に彼女は便座の蓋に座っていた。

 こう言うときにトイレはなんと便利な空間だろうか。そこは完璧に閉じられていて、他者がはいりこむことはない。だから自分の赤面を誰かに見られることもないわけだ。

 

「……あんなに歳上の人が趣味だったかな」

 

 両手で顔を覆って、萌胡は呟いていた。

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