オールマイトが結婚するってさ   作:ドクター・ヴィオラ

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モート・クロス

 

 

 

 

 萌胡も無条件で俊典をオールマイトと断定したわけではなかった。数々の共通点を見つけていたにせよ、それを断定するまでに至れたのは──やはり祭に戻るまえのピンキーとの会話にちがいなかった。

 

 

 

 

「それで、それで」

 

 とピンキーが萌胡に詰めよった。この押しの強さ。元々はギャルにちがいないと彼女は確信した。

 近くに海があるからなのか、意外と夜風は涼やかだった。人気のヒーローに話しかけられているのに萌胡が冷静なのはその御蔭だろうか。それとも俊典のことに気を取られているからだろうか。

 それにこの薄桃色のヒーローは緊張するにもかわいらしすぎるところがある。

 萌胡も三十路に近い。目の前のヒーローも蓋を開けると子供と変わらないところがあった。

 

「好きなの!?」

「直球ですね」

「面倒だし」

「八木さんはオールマイトですか」

「……えっ」

 

 それは不意を打つような質問だった。自分よりも遥かに直球なそれにピンキーはヴィランに背中をどつかれたような気分になった。

 

「あなたは……」

「……」

 

 萌胡は無言で答えを促した。

 それを妄想と切りすてることもできたはずだ。

 俊典と萌胡のあいだにどんな交流があったのかをピンキーは知らない。しかし彼女の仕草に真剣な意図を感じとることはできた。目は自分を突きさすようでいて、それなのに両手は怖がるように握っていた。

 それともうひとつ──それは女性だからこその視点だった──こうして眺めるとピンキーには萌胡が、この日のために本気の化粧をしていると分かった。

 ピンキーは息をして、それから吐いた。

 

「そうだと言ったら?」

「別に、何も」

 

 予想外の返答だった。

 

「……何も?」

「おどろきはしますけど」

 

 萌胡は目を逸らす。

 

「八木さんは好きですけど……わたしは……オールマイトに憧れているわけではないし」

 

守るものが多いんだよ

 

 萌胡はオールマイトの小さな背中を知っている。

 

だから負けないんだよ

 

 オールマイトに助けられてから、彼のことを真剣に考えていた。記者会見で──像の姿で──最後の戦いで彼を見てきた。

 みんながオールマイトを称賛した。

 あのときは気がつかなかった。萌胡は魔王への恐怖で前が見えなくなっていた。しかし今に思ってみれば──あの背中は自分や人々のために、全力で強がっていたのではないだろうか。

 その背中には称賛よりもふさわしいことがあるのではないだろうか。

 まるで子供にそうしてあげるように。

 

がんばれ

 

 そうではない。戦いは終わった。あの背中は別の言葉を必要としているはずだった。

 

がんばったね

 

 一言。一言で良い。

 オールマイトに言ってあげることができたなら。

 

 

 

 

 ピンキーは息を飲んだ。数瞬の沈黙がふたりのあいだを走りぬけた。遠くの波の音が聞こえるような気がしてくる。

 

「すごいね、あなたは」

 

 かろうじてピンキーはそんなふうに言葉を繋いだ。

 

「すごい?」

「みんながオールマイトに憧れていたんだよ」

 

 ピンキーは学生のころを思いだしていた。

 

「オールマイトに憧れないのって、思ったよりも難しいことなんだよ」

「そうなんですか?」

「今だからこそ、言えるけどね」

「……」

「ヴィランもそうだったんだよ。オールマイトの輝きが疎ましくて、わたしたちは輝きで目が眩しくて……誰も英雄を近くで理解できないんだと思う」

 

 デクやダイナマイトのようにオールマイトを知ることができない。それは一部の元生徒の共通認識でもあった。

 もちろんデクもダイナマイトもオールマイトに憧れていた。しかし彼等には憧れよりもさらに強烈な決意があった。憧れで目を曇らせないほどの決意だ。

 今だからこそ、分かることだ。

 

「不器用ですよね」

 

 唐突に萌胡が言った。

 

「八木さんですよ。あんなに不器用な人は見たことがないです」

「不器用と来たか」

 

 それは俊典を表現するの点に於いて、適確な言葉だったのかもしれない。ピンキーは教職の彼を知っているけれども、今にしてみれば──あまり最良の教員とは呼べなかった。最高ではあったけれども。

 俊典は本質的に天才肌のヒーローで、何かを教えるには何枚も不足しているところがある。

 

「生きるのが下手な人なんだよ。誰かのために、々かのために。それしかできない」

「ほかのヒーローはちがうんですか?」

「一緒だよ、すこしは……それでもあんなふうにはなれない、人生の十割を誰かに捧げることはできないよ」

「それで良いと思いますよ。自分の人生をあゆんでいなければ、誰かを助けるための余裕もあるはずがないんです」

「……ヘンなことになったね。こんなことを話すつもりはなかったんだけど」

 

 とてもガールズ・トークとは呼べないだろう。ピンキーは一息に伸びをした。

 

「見てほしいな、あの人のこと」

 

あの人が誰であろうとも

 

 とピンキーは繋げた。

 

「もちろん」

 

 その瞳は強かった。

 

 

 

 

「芦戸くんに言われたのか?」

 

 俊典の声はうわずっていた。

 

「芦戸?」

「ピンキーだよ」

「……あーー」

 

 俊典の動揺に対して、萌胡は平静だった。彼女はポリポリと耳元を掻いた。

 

「仄めかしてはいましたけど……そのまえからわたしは思っていましたよ。八木さんがオールマイトだって」

「そうなの?」

「髪は金色だし」

「うっ」

「身長は近いし」

「うっ」

「ピンキーは言いかけていましたし……オールって。あれはかなりの答えでしたね」

「……聞こえていたのか」

「それに」

 

 萌胡は右手で俊典の頬に触れた。指が瞳に近いところへ寄った。

 

「目が似ているから」

 

 萌胡の指が俊典の頬を撫でた。まるで瞳に溢れだすものを拭いているようだった。花火の音がやかましいのに、萌胡の声が鮮明に聞こえた。

 

「きれい」

 

 それは花火のことではないだろう。その証拠に萌胡は俊典だけを見つめていた。その視線は情熱的なファンのそれではない。彼女の表情にあるのは素朴な慈しみだった。

 あの像を見るのと同じように。

 

「済まない」

 

 と俊典は謝った。

 

「きみを騙していた」

「騙すだなんて」

「同じことさ。わたしは正体を隠していた、きみを知っていたことも。それに甘えた」

「知っていた?」

「わたしの像を助けている、きみの姿を遠くで見た」

 

 俊典の頬を撫でる、萌胡の手が止まった。その手に彼が手をかさねた。彼の表情は罪を告白している、懺悔室の人間のようだった。

 

「どうして? どうしてきみはわたしの像を助けてくれたんだ」

「それはあなたが助けてくれたから……いや」

 

 偉大なヒーローたちは言う。

 

「体が勝手に動いていました」

 

 

 

 

彼のヒーローアカデミアでいさせてください

 

 

 

 

 俊典は急に元生徒の言葉を思いだしていた。まるで弟子の立場になったような感じだった。

 自分の弟子も──あのときこんな気分だったのではないだろうか。

 慈しみで誰かを助けるのは、誰かを拳で黙らせるより、こんなにも強いものなのか。

 

「あなたの像が助けを求めるような表情をしていた。だからわたしはあなたの像を助けたくなったんですよ」

 

 俊典は急に目頭を押さえた。そうしなければ──何もかもが溢れだしそうだった。

 

「わたしは!」

 

 激情。

 

「誰かに!」

 

がんばるな

 

休んで良い

 

弟子(きみ)

 

言ってあげなきゃ

 

「がんばったねと……言ってくれたら!」

 

 それは普遍的な願いだった。

 歓声よりも、声援よりも。

 普通の人間が望むくらいには──俊典もそれを望んでいたのである。

 

なんの ために うまれて

なにを して いきるのか

 

「がんばったね」

 

 と萌胡が言う。

 

「がんばったよ」

 

そうだ うれしいんだ

いきる よろこび

たとえ むねの きずが いたんでも

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