対決と賢者の石と1年の終わり
結論から言うと、スネイプ先生の個人授業はつつがなく終わり、俺はなんとかレビコーパスを習得できた。初めは上手く呪文を習得できず、ネチネチ嫌味を言われていたが、根気強く教わっていれば、やがて見事に練習用の人形を浮かせることが出来た。
というか今日分かったことだか、スネイプ先生は呪文を教えるのがなかなか上手い。時々入る嫌味が玉にキズだが、それでも少なくともクィレル先生よりは全然上手い。なんなら彼の代わりにDADAの教授になってもらいたいくらいだ。
俺がそんな事を考えている横でスネイプ先生は練習用の人形を杖の一振りで片付けながら言った。
「完璧には程遠いが、形にはなっている。授業はここまででいいだろう」
「ありがとうございました!」
俺は先生に頭を下げた。
レビコーパス、初めて聞く呪文だったが、なかなか使えそうだ。
そこで俺はふとあることが気になり、先生に尋ねた。
「そういえばこの魔法、本当は何年生で習うものなんですか?ハリーが知らなそうなものを選んだって事は結構高学年で習うものだったり…」
「この呪文はホグワーツでは習わん。教科書は疎か、世の中のどの本にも載っていないからな」
「え?何で載ってないんですか?」
予想外の答えに俺が目を丸くして尋ねると、先生はややドヤ顔で俺を見て言った。
「世間には知られていないからだ。これは吾輩が学生時代に作った呪文だからな。」
「先生が!?すごいですね!」
呪文を作るだなんて、一体どうしたらそんな事が出来るのだろうか。しかも学生時代に。俺には到底考えられない事だ。…ハリーならやりそうだが。
「それとトライアン、知っているだろうが他の生徒に向かって魔法を使うことは校則違反だ。それ故呪文は然るべき時に、ポッターにのみ使え。」
「…?分かりました」
然るべき時って何だ…?さっきからちょいちょい先生の言葉に気になる単語がチラつくが、なんだか指摘してはいけないような気がして俺は首を傾げるに留めた。
「最後に、この個人授業の事は内密にすること。仮にこの魔法が原因で処罰を受ける事になったとしても決して吾輩の名前は出すな。分かったな?」
「は、はい!」
俺はコクコクと頷く。そりゃ、個人的に一生徒に他人を攻撃するための呪文を教えたのがバレるのはまずいか。ていうか、そこまでのリスクを冒して俺にそんな呪文を教えるって、この人どんだけハリーの事嫌いなんだ…
俺が少々スネイプ先生のハリーをいじめる事への貪欲さに引いていると、
先生は話は終わりだとでも言いたげに部屋の扉を指した。
「これにて個人授業は終了だ。吾輩は忙しいんだ、さっさと出ていけ」
「はい!ありがとうございました!」
俺はもう一度頭を下げるとそそくさと先生の部屋を出た。
部屋から出るとホグワーツの地下牢独特の冷気が俺を出迎えた。俺は冷たい空気を吸って頭を冷やしながら、心の中で先程の個人授業を反芻する。
思いもよらぬ方向からの助けだったが、これで貴重な一人の時間を最大限に活用出来たはずだ。
レビコーパス。唯一の切り札なので使わないに越したことは無いが、どうしても使う所をイメージしてしまう。
いつもニコニコして余裕ぶっているアイツの驚いた顔を想像するとちょっと面白い。
アイツに面倒事に巻き込まれるのは嫌だが、それをちょっと楽しみにしている自分がいた。
そしてその日は、思っていたよりも早く訪れたのだった。
スネイプ先生の個人授業から数日、年度末テストも終わり、本来ならばテスト後の自由な時間を謳歌していた筈の俺は、何故かホグワーツ中を走り回る羽目になっていた。
「頼むよエル〜!ちょっとだけ!ちょっとだけ手伝ってくれるだけでいいから!」
「うるせぇぇぇ!ついてくんな!」
事の発端は夕食後ハリーに言われた一言だ。
夕食を終え、寮に戻ろうかと席から立ち上がろうとした俺の腕をハリーはガシッと掴むと笑顔で「賢者の石守るの、手伝って!」と周りに聞こえない声で囁いてきたのだ。
そして俺の返事を聞くまでもなく俺をそのまま何処かに引っ張っていこうとするので、俺は慌ててその手を振り払う。
「ちょ、ちょっと待て!一体何の話だよ!?」
「説明は後!とにかく一緒に来てよ!」
俺に手を振り払われたのが気に入らなかったのか、ハリーはむぅ、と膨れながら言った。
「よく分かんねぇけどお前一人で行け!まじで!」
「いーやーだ!一緒に来てよ!」
幸い、大広間はテスト後の開放感もあり、かなりのざわめいているため、俺とハリーの大声は周りに気が付かれる事が無かったが、それでも近くの席のロンやハーマイオニーには気が付かれ、あぁ、またか。といった生暖かい視線を向けられる。
くそっ、そんな目で見るな!別に俺とハリーはじゃれてるわけじゃねぇよ!
俺は思わずスネイプ先生の方を助けを求めるように見る。ヘルプミー先生!
先生はめちゃくちゃドン引きした顔でハリーを見ていた。多分、(え…1年間ずっと拒絶されてもまだそんな事してんの…?まじで…?)とか思ってるんだろうな。知らんけど。
ハリーは先生に背を向けているためそれには気が付いていない。よかったな。大好きな先生にあんな目で見られてるって知ったら流石のハリーも凹むだろ。
やがて、先生は俺に視線を移すとくいっと大広間の出口を顎でしゃくった。
ああなるほど、呪文を使うなら外のもっと人目が少ないところで使えと…
確かに、このままコイツに巻き込まれたらマズそうだし、切り札を使うべきか。こんな早くに使いたくはなかったんだが…
俺は一瞬の迷いの後、ダッシュで大広間から飛び出した。
そして今に至る。
「エルー!大丈夫だよ!前より危なくなる事は無いから!多分!」
「それって前と同じくらい危ないってことじゃねぇな!ふざけんな!」
ドタバタとホグワーツを走り回りながら、俺はハリーの言葉に背筋を凍らせる。何が何でも捕まる訳にはいかない。俺はグリフィンドールの寮目指して走る。とりあえず寮にたどり着ければなんとかなるし、切り札も温存できる。
しかしそれもなかなか上手く行かない。ハリーは隠し通路を利用して俺の行く先々を先回りしてくるのだ。
結局、俺は寮から離れた所まで来てしまう。
「だぁー!まじで何なんだよあいつ!ってやばっ!」
適当に曲がった曲がり角の先で俺は立ち止まる。そこには道はなかった。行き止まりだ。
後ろからハリーの足音が聞こえる。
「エルって結構逃げ足早いんだね〜。久しぶりに汗かいちゃったよ」
「………」
ハリーはえへへ、と頬をかきながら俺の逃げ道を塞いだ。
俺は振り返ってハリーと対面する。ハリーの翡翠色の瞳と目が合った。そういえばコイツとマトモに目を合わせた事なんて数えるほどしか無かったなとどうでもいい事をぼんやりと考える。
「ねぇ、頼むよ。ちょっとだけ僕に協力してくれない?」
「だから嫌だって言ってるだろ。そもそも何しようってんだよ」
俺は盛大にため息を吐く。
「え?やる事話したら手伝ってよくれるの?」
「しょうがねぇから話だけは聞いてやるよ。手伝うかどうかは内容次第だ」
こうなったら仕方が無い。コイツの目的だけ聞いて、面倒じゃない事だったら手を貸してやろう。もしそうじゃなかったら…切り札の出番だ。
ハリーはうーん、と考える。
「えっとね…エルは賢者の石って知ってる?」
「賢者の石って…確かニコラス・フラメルのやつだろ?飲んだら不老不死になるんだっけか?」
「よく知ってるね!?エルってほんとに魔法史好きだよね!」
「いや、この前蛙チョコ食ったときに名前を見かけたから気になって調べただけ…」
目を丸くするハリーに俺は面食らう。なんでこいつはそんな驚いてるんだ。確かに教科書には載ってないけどさ、有名だろ、ニコラス・フラメル。
「まあいいや、それでね、その賢者の石が今ホグワーツにあるんだよ」
「は?何で?」
「守る為に決まってるでしょ!知らないの?ホグワーツはグリンゴッツよりも安全なんだよ?」
嫌な予感がしてきた。さっきハリーが『前と同じくらい危ない』と言っていた時からそんな気はしていたが、いよいよそれが核心じみてきた。だって、この前、ユニコーン事件の時に遭遇した人物といえば…
俺はバクバクと鳴る心臓の音を聞きながらハリーに尋ねた。
「守るって、誰から」
「分かってるくせに!」
俺の神妙な表情とは反対にハリーはにっこりと笑い、ゆっくりとその名を告げる。
「ヴォルデモート!今夜、アイツが石を奪いに来るんだ!」
ああ、やっぱりか。想像通りの名前に俺はじわりと冷や汗を浮かべる。この一年、この世界を知るために魔法史を勉強し続けて、俺は知った。アイツはヤバイ。とてもじゃないが俺みたいな学生が太刀打ち出来る相手じゃ無いのだ。それなのに、なぜこいつはこうも執拗に俺を巻き込もうとするのか。転生者だからなんだっていうんだ。
喉まで出かかった疑問をぐっとこらえ、俺は静かに告げる。
「悪いが、協力は出来ない。そんなの命がいくつあっても足りないんでね」
「…そっかぁ、でもごめんね、僕も、何回も繰り返してやっと得たチャンスなんだ。これで何かが変わるかもしれない。だから…」
「………?」
ハリーの言葉に俺は首を傾げる。コイツは一体何を言っているんだろうか。
ハリーが杖を取り出す。
「絶対に諦められないんだ!何が何でも一緒に来てもらうよ!」
「っ…!」
ハリーは本気だ。俺は思わず杖を取り出す。
俺が杖をハリーに突きつけると彼は面白そうに笑った。
「…もしかして僕に魔法で対抗しようとしてるの?やめときなよ、きっと僕が勝つよ?」
「………」
ハリーの言葉は事実だ。だが今の俺にはたった一枚だが、切り札がある。これで勝負をするしかない。でなければ、今度こそ命が危ない。
決闘なんて初めてだが、やるしかない。覚悟を決めると、杖先にバチバチと光が集まるような感じがした。
ハリーがそれを見て目を細めた。
ハリーが杖を振るのと同時に俺は呪文を唱える
「エクスペリアームス!」
「レビコーパス!」
俺の呪文にハリーはひゅ、と息を飲んだように見えた。目を見開いたハリーの手から杖が滑り落ちる。
結果、ハリーの呪文は俺をそれて飛んでいき、俺の呪文だけがハリーに命中する。個人授業の時より遥かに強い光がハリーを吹き飛ばした。
…吹き飛ばした?レビコーパスって身体浮遊の呪文じゃ…。呪文の威力が増してるのか?
こんな事が前にもあった気がする。確かトロールと対峙したときにも…
そこまで考えて俺はかぶりを振る。今はそんな事稽えている場合じゃ無かった。一刻も早くここから離れなければ。
俺は目を回しているハリーを背に走り出した。
「くそっ、何処に逃げるのが正解だ?グリフィンドール寮…は着く前に追いつかれるか…」
ハリーと追いかけっこしているうちに就寝時間になったのか、一人も生徒が見当たらない廊下で俺は考える。
「何処かに隠れてやり過ごすか…確かここは四階…この辺でハリーが探さなさそうな所は…」
そこで俺はふと入学当初のダンブルドアの話を思い出した。
――痛い死に方をしたくない者は四階の右側の廊下には入らないこと――
「…そこしかないか」
まさかハリーも俺がそんな所に行くとは思わないだろう。とっても痛い死に方はしたくないが、ちょっと入って隠れるくらいなら大丈夫だろうか。ていうかそもそも何で学校にそんな危険地帯があるんだ。バカじゃねぇの?
幸い右側の廊下はすぐそこだ。少し走るとすぐにたどり着いた。
初めて入る廊下は奥に一つ扉があるだけのごく普通の廊下だった。奥の扉に入ると『とっても痛い死に方』とやらを体験出来るのだろうか。
俺は息をついて廊下の真ん中あたりで立ち止まる。ここでしばらくじっとしていよう。先生に見つかったならば、それはそれでしょうがない。むしろそっちの方が安全か。
俺は大きなため息を吐く。
「はぁ…スネイプ先生にお礼言わなきゃな…」
「スネイプ先生が何なの?」
突然背後から聞こえた声。ドクン、と心臓が跳ねた。
「ねぇエル、何であの呪文知ってるの?」
俺はゆっくりと後ろを振り返る。
そこには暗がりの中、うっすらと月明かりに照らされたハリーの姿があった。
バカな、早すぎる。なぜここが分かったんだ。
ハリーがゆっくりと俺の方に近づいてくる。俺はじりじりと扉に向かって後ずさるを得なくなる。
「おま、何でここに」
「答えてよ。何でエルがスネイプ先生の呪文知ってるの?」
ハリーは今までの笑顔が信じられない位に無表情で俺に問いかけてくる。
よく分からないが、一つだけ分かる事がある。あの呪文はハリーの地雷だったということだ。
やがて俺の背中に何かの感触が当たる。どうやら扉の前まで追い詰められたらしい。
「や、それはその…」
――この個人授業は内密にすること――
スネイプ先生の言葉が脳裏によぎり、俺は言葉を詰まらせる。しかし次の瞬間、殺気と共にハリーに詰め寄られ、その言葉は俺の脳内から霧散した。
「エル」
「ス、スネイプ先生にお前にストーカーされてるって相談したら教えてもらったんだよ!」
「ストーカー?」
「そうだよ!ホグワーツ特急で合った時からずっと付き纏われてるって!そしたらこの呪文が『ポッター』にピッタリだって教えてもらって…」
「………」
恐ろしい程の沈黙が辺りを支配する。
まずいな、コイツ生粋のスネイプ先生フリークだもんな。俺が先生にそんな情報吹き込んだって知ったら、怒るか?
しかし、そんな俺の予想に反してハリーは大声で笑い出した。
「アハハハハ!なんだぁ〜、そうだったんだね!」
「え」
「そっかそっか、先生に…。えへへ、先生らしいセレクトだなぁ…確かに『ポッター』にピッタリだ!」
「はぁ…」
どうやらハリーは怒っていないらしい。むしろめちゃくちゃ喜んでる。
よくわからないが先生の呪文のセレクトがハリーにウケたらしい。
きっと、俺の知らない『何か』がハリーと先生の間にはあるのだろう。
そしてそれがハリーが先生に執着する理由…なのかもしれない。
ひとしきり笑い終えるとハリーは笑い涙を拭いながら俺を見て言った。
「アハハ、久しぶりにこんなに笑ったよ…ありがとね、エル」
「あ、あぁ…?」
なんだろう、ものすごくコイツが不気味に思えてきた。コイツ、俺が思っている以上にヤバいもの抱えてるんじゃ…
「それにしてもまさかこんな所にいるなんてね!考えたね!まあ、手間が省けて良かったけど」
「そ、そうだ!なんでお前ここが分かったんだ!?俺がこんな危ないとこ来るわけ無いって思わなかったのか!?」
「ああ、それはね…」
ハリーはニヤリと笑うとローブのポケットから一枚の古びた羊皮紙を取り出した。
「何だその羊皮紙?」
「『忍びの地図』だよ!これがあればホグワーツ中の人の居場所が分かるんだ!」
「は!?そんなのアリかよ!てか何でそんなモン持ってるんだよ!」
「これはとある双子から拝借…ゲフンゲフン、ちょっと借りたんだ!」
「…盗んだのか?」
「借りたんだよ!」
ハリーはむくれて言うが、これは絶対盗んでる。窃盗は犯罪だぞ。
というかそんな物持ってるんなら初めから俺に勝ち目は無かったってことじゃねぇか。こんなんチートだよ。
俺は再び盛大なため息をついた。
「はぁ…こんな羊皮紙一枚のせいで俺の切り札パァになっちまったよ…」
頭を抱える俺に、ハリーはふと気になったのか尋ねた。
「そういえば、スネイプ先生にいつレビコーパスを教えてもらったの?僕、この1年結構こまめに地図見てるつもりだったんだけど…」
「ユニコーン騒動の次の日だよ。ほら、お前が1日中授業サボってた日」
「ああ…なるほど。確かにあの日は必要の部屋に籠もって例の呪文の研究してたからね…」
ハリーは一人で納得したようにうんうんと頷く。相変わらずコイツが言ってることは半分も分からない。
「それにしてもたった1日でスネイプ先生とそんな関係を築けるなんて…これは君に期待してもいいのかな…?」
「…お前さっきから訳わかんねぇことばっかり言ってるけどさ、いい加減俺の事放っておいてくれないか?そこまでの能力があるなら俺がいなくてもお前一人でなんとか出来るだろ」
しかしハリーはゆっくりと俺の言葉にかぶりを振った。
「それは違うよ。僕一人じゃどうにもならないから、エルに頼ってるんだ」
「はぁ…?」
「さっきの事で確信したよ。君にはそれだけの価値がある」
そう言うとハリーは俺に杖を向ける。俺は思わず後ずさろうとするが、背中の扉のせいでこれ以上下がることは出来なかった。
「っ…!」
「ごめんねエル…尚更君の事放っておけなくなっちゃった…」
ハリーが軽く杖を振る。するとそれまで俺の背中にあった扉の感触が消えた。凭れていた物が急に消えて俺はバランスを崩す。
そこで俺は気が付く。扉は消えたわけではない。開いたのだ。
その事を理解したときには俺は思いっきり背中からすっ転んでいた。
「いっ、てぇっ!」
痛みに呻く俺の目の前で部屋に入ってきたハリーが後ろ手に扉を閉める。
俺はそんなハリーに抗議する。
「おいハリー!お前いくら何でも力技がすぎる…」
その時、頭上からまるで獣のような何かの唸り声が聞こえてきた。
「…?」
上を見るとそこにはいかにも凶暴そうなデカい犬の顔がギラギラした目で俺を睨んでいた。それも3つ。
え…何これ…ケルベロス…?
「エルー!じっとしててねー!刺激しちゃダメだよ!」
視界の端でハリーがローブから何かを取り出し、ネジのようなものを回し始めた。
いや何してんのアイツ!?俺死にかけてるんだけど!?
「ちょ、お前何して」
「大丈夫だから!見てて!」
ケルベロスがぐわりと口を開け、大きな牙が視界いっぱいに広がる。
その瞬間、何処からかオルゴールの音色が部屋に響いた。
するとどういう訳か目の前のケルベロスは目をトロンとさせたかと思えば眠ってしまった。
呆然とする俺の前でオルゴールを持ったハリーがニコニコとケルベロスを撫でる。
「この子は3頭犬のフラッフィーだよ!見ての通り、音楽を聞くと眠っちゃうんだ!かわいいでしょ!」
「全然かわいくねぇし…。何で学校にこんな化け物がいるんだよ…ダンブルドアは何考えてるんだ…」
俺はげんなりとしながら立ち上がり、部屋から出ようとする。しかし、俺達が入っていたドアは押しても引いても開かなくなっていた。
「は?何これ?開かないんだけど」
「うん、だってこの先に行かないとだからね。カギかけさせてもらったよ」
「この先に?賢者の石を守りに行くんじゃ無かったのかよ?」
するとハリーはコテンと首を傾げて言った。
「うん、だから、この先に賢者の石があるんだよ?」
「…まじ?」
なんてことだ。俺は飛んで火に入る夏の虫だったのか。しかし後悔してももう遅い。退路はすでに絶たれた。
「アロホモラ!…だぁ!開かねぇし!」
解錠呪文を唱えても扉はびくともしない。詰んだわ。
「さ、行くよエル!君の切り札が効かなかった時点で僕の勝ちは決まってたんだよ!さっさと負けを認めなよ!」
「っ…!」
結局こうなるのか。俺はしばらくハリーを睨んでいたが、やがて諦めて言った。
「分かったよ。付いていけばいいんだろ」
それからデカいチェスやら空飛ぶカギやら、ゼ◯ダのダンジョン並の様々な仕掛けが俺達の行方を阻んだが、全てハリーが鮮やかな手口で片っ端から片付けていった。途中何度か俺が何のためにいるのか分からなくなった。いや、実際分かってないんだが。
そしてたどり着いた何個目かの部屋。俺達が足を踏み入れると部屋の入口と出口に炎が上がった。
しかしハリーはそれを意にも介さずツカツカと部屋の中央のテーブルまで歩くと、上に置かれた7つの瓶のうち一つを手に取った。
「よし!これ飲んで!僕は飲まなくても大丈夫だから!」
「いや、急に怪しい液体渡されて飲めって言われても…」
「大丈夫!毒じゃないよ!出口の炎を越えられるようになるだけだから!」
「…分かったよ」
俺は諦めの境地で瓶を受け取り、そのまま魔法薬を飲もうとする。しかし、何気なくハリーが言った一言に思わずその手を止めた。
「この仕掛けが最後だよ!いよいよヴォルデモートとご対面だね!」
「マジ…か」
「うん!まあでも安心してよ!死にはしないから!」
「………」
自信満々に言い切るハリーに俺は疑問を覚える。なぜそんな事まで分かるのだろうか。
俺はこちらに背を向け、出口の炎に手を突っ込んで遊び始めたハリーを眺めた。
いい加減、知らないフリはやめるべきだろうか。
それに、こんなことにまで巻き込まれておいて、コイツの事情を何も知らないのは流石に癪だ。
この1年間、これ以上面倒事に巻きこまれないようにと頑なに事情を聞かないようにしていたが、どうせ聞かなくても巻き込まれるのだ。
ならばいっそのこと、コイツの抱える闇を知ってみるのも、一つの手なのかもしれない。
俺は、ハリーにずっと聞けなかったことを聞いてみることにした。
「なぁ、ハリー」
「ん?なぁに?」
「お前ってさ、何者なんだ?」
するとハリーはゆっくりとこちらを振り向いた。
「やっと聞いてくれたね」
「聞いて欲しかったのか?」
「…さあね」
ハリーは意味ありげに笑うと炎を背に呟いた。
「そうだなぁ…僕の正体を一言で表すなら…」
彼はニッコリと笑って言った。
「君と同じ、死から蘇った者…かな」
「は?」
予想外の答えに俺が面食らっていると、ハリーはアハハと笑って言った。
「今話すと長くなっちゃうからさ、そうだなぁ…帰りのホグワーツ特急の中ででも話すよ。とりあえず今はこれで我慢して?」
「……あぁ」
どうやらコイツが抱える事情は思っていたよりも相当複雑そうだ。
「今は急ごう、闇の帝王がお待ちかねだよ?」
「はぁ…分かったよ…」
「あと、もう一つだけ言っておくよ」
「まだ何か?」
「君は、絶対に生かすから、心配しなくても大丈夫だよ?」
「…そうかよ」
俺は小さな瓶を一気に飲み干した。魔法薬はまるで氷のように冷たかった。
「こんばんは!クィレル先生!」
最後の部屋に入るなりハリーは元気よくそこにいた人物に挨拶した。
何でクィレル先生がここに…?ヴォルデモートがいるんじゃ無かったのかよ?
クィレル先生は笑みを浮かべて俺達を見た。
「こんばんは。ポッター、それにトライアンも」
先生の落ち着き払った態度に俺は違和感を覚えた。おかしい。いつもの彼はもっとオドオドしているはずだ。
俺はそっとハリーに近づくと耳打ちをする。
「おい、どういう事だ。ヴォルデモートは?なんかこのクィレル先生も変だし…どうなってるんだ?」
「いや?ヴォルデモートなら僕たちの目の前にいるよ。」
「は?何言ってるんだ?まさかクィレル先生がヴォルデモートだって言いたいわけじゃないだろうな」
「うーん、半分正解で半分不正解って所かな?」
「はぁ?」
俺達が話しているとクィレル先生はイライラしたように声を荒げた。
「何をコソコソ話してるんだ!貴様たちは誰の前に立っているか分かっていないようだな!?」
「誰って、先生しかいないじゃないですか」
自意識過剰か?俺が眉を顰めた瞬間、クィレル先生の方から先生のものでは無い、誰かの声が聞こえてきた。
『もういい…俺様が直に話す…』
「は、はいっ!ご主人様!」
するとクィレル先生が突然ターバンを外し始めた。
今の声…何処からしたんだ…?クィレル先生じゃないよな…
「さぁエル、闇の帝王のお出ましだよ」
俺の隣でハリーが静かに呟いた。
クィレルが、ターバンを外し、ゆっくりと体を後ろに向ける。
「キッ………!」
俺はその光景に息を飲んだ。クィレル先生の後頭部に、もう一つ顔があった。
…いやキッモ!思わず口に出しそうになったわ!
『ハリーポッター…』
後頭部の顔が口を開く。さっきの声はコイツから出ていたのか。
『この有り様を見ろ…誰かの体を借りて初めて形になるなる事が出来るこの姿を…』
「当然の報いだよ。沢山の人を殺したからね。僕の両親も含めてね」
杖を構えながらハリーは言い放つ。
ハリーは文字通り親の敵を見る目で後頭部の顔を睨みつけている。
いや、確か今ハリーはコイツがハリーの両親を殺したって言ったよな。つまりそれってコイツが…
「ヴォルデモート!」
ハリーがその名前を言い放つ。
なんてことだ。まさかクィレル先生に寄生していたなんて。
誰だ、ホグワーツが一番安全な場所だなんて言ったやつは。一番危険の間違いだろ。
『ハリーポッター…命が惜しいなら俺様につけ…俺様の言う事を聞くのだ…』
「お断りだよ!誰がお前の言う事など聞くものか!」
珍しくハリーが他人に対して敵意を剥き出しにしている。
ヴォルデモートはニヤリと笑った。
『そう言うと思ったぞ。ハリーポッター…』
そしてその血走った目がぎょろりと俺を見た。うわっ!こっち見んな。
俺は反射的に杖を構えた。
『ちょうど邪魔者がここにいる…コイツとは随分仲が良さげな様子だったからお前の返答次第では助けてやろうとは思ったが、それも終わりだ…』
は?俺コイツにまでハリーと仲良いって思われてたのか!?ウソだろ!?
『クィレル』
ヴォルデモートが楽しげに目を細める。
『殺せ』
次の瞬間、クィレル先生が俺に向けて呪文を飛ばした。
「アバダケダブラ!」
「エルっ!」
ハリーに腕を引かれ、俺は地面に倒れ込む。俺がさっきまでいた所を緑の光線が通り過ぎていく。
『何をしている、クィレル!さっさと殺せ!』
「エル!あの呪文には絶対に当たらないで!当たったら死ぬよ!」
「はっ!?まじかよ!?」
俺は顔を引き攣らせる。即死呪文なんてあるのか。怖すぎる。
「小癪な!さっさと死ね!」
「クソっ!アンタそれでも教師かよ!?」
クィレルが再び俺に杖を向けてくる。
だがこのまま避け続けてもしょうが無い。俺もクィレルに杖を向ける。こんな奴に殺されてたまるかよ!
バチバチと杖に光が集まっていく。
「エル!?死の呪文は魔法じゃ防げないよ!とにかく避けて!」
ハリーの声が聞こえるが、俺はそれを無視する。バチバチと空気が震える中、俺には確信があった。いける。
「自ら的になるなど、バカな奴め!アバダケダブラ!」
「バカはアンタだ!一つの呪文を過信しすぎるなよ!」
杖先から金の閃光が迸る。眩いばかりの閃光は緑の光線を消し飛ばし、クィレルを吹き飛ばした。
「う、ウソ…」
ハリーが絶句する声が聞こえる。しかしすぐに彼は目を輝かせ、俺に駆け寄った。
「すごいよエル!一体どうやったの!?」
「い、いや…俺もよくわかんねぇ…?」
しかしそんな会話はクィレルの絶叫により中断された。
「ああああぁ!腕が、腕がぁぁぁっ!」
驚いてハリーと共にそちらを見れば、そこには床にうずくまるクィレルがいた。
そして俺は気がつく、彼の左腕が無かった。
「は……?」
俺の呪文を受ける前まではあった筈だ。となると…俺がやったのか?
そんなバカな。せいぜい吹き飛ばして気絶させる位のイメージだったのに。
苦痛に悶えるクィレルの後頭部でヴォルデモートが苛立たしげに叫ぶ。
『小僧が!何をした!クィレル!さっさと殺せ!』
「は、はい…ご主人様…!」
クィレルはヨロヨロと立ち上がると再び俺に杖を向ける。
「っ…!」
再び俺の杖から閃光が迸る。次の瞬間、クィレルがバッタリとうつ伏せに倒れ込んだ。見ると、彼の右足が無かった。
何だこれ。どうなってるんだ。
俺は呆然と目の前でうめき声を上げるクィレルを見つめる。
「お、おいアンタ…大丈夫…か?」
思わず震える足で彼に歩み寄ろうとした所で、ハリーに腕を掴まれる。
「エル、ダメだよ。助けちゃ」
「何言ってるんだよ!このままじゃあの人死んじまうだろ!」
「だから!それでいいんだよ!」
「は」
コイツは何を言っているんだ。まさかこのまま俺が人殺しになるのを見過ごすというのか。
「この人は元々ユニコーンの血で呪われてるんだ。どちらにせよ長い命じゃない。何より…この人が死なないとヴォルデモートが実体を持ったままになっちゃう」
「クィレルとヴォルデモートを切り離す方法は…」
「無い」
バッサリと言い切ったハリーを俺は信じられない気持ちで見つめる。だからって殺すのか。コイツ、いくら何でも人の死に慣れすぎていないか。
ヴォルデモートが俺を睨みながら口を開く。
『おのれ小僧…トライアンと言ったか…その名前、覚えておくぞ…俺様が再び肉体を得た暁には必ずこの屈辱を晴らしてやる…』
次の瞬間、クィレルの後頭部からヴォルデモートが飛び出した。
「伏せてっ!」
ハリーが呆然としたままの俺を無理やり押さえつける。
ヴォルデモートは俺達の頭上を通り過ぎて、何処かに飛んでいった。
後には俺達とクィレルの物言わぬ亡骸だけが残った。
それからの事はいまいち覚えてない。あのあとすぐにダンブルドアがやってきて色々質問された気がするが、ほとんどハリーが受け答えしていたような気がする。
それから学年末までの1週間はほとんどうわの空で過ごした。1週間立ってからやっと元のように物事を考えられるようになった。
その頃にはダンブルドアによりクィレルとヴォルデモートの話は学校中に広まっていた。
「また一年が過ぎた!」
大広間の前でダンブルドアが手を広げて朗らかに言った。
そのまま二言三言話した後、彼は寮の点数を発表した。グリフィンドールは2位で462点、スリザリンが1位で522点だった。
スリザリンの生徒達から歓声が上がった。しかし、ダンブルドアは言った。
「しかし、最近の出来事も勘定に入れねばならんのぅ」
大広間が静まり返る。…嫌な予感がする。
「さて、ハリー・ポッター君に、エル・トライアン君」
大広間中の視線が俺達に向く。
勘弁してくれ。こんなもの学校中に俺たちのニコイチ宣言がされたようなものではないか。
思わずチラリとスネイプ先生の方を見れば、案の定先生は「何してんのお前?」みたいな顔で俺を見ていた。違うんです。俺だって不本意だったんです。
「その類まれない勇気と精神力を讃え、グリフィンドールにそれぞれ50点与える!」
次の瞬間グリフィンドールのテーブルが信じられないほど大きな歓声が上がった。
ロンとハーマイオニーが一番に俺とハリーに抱きついて来た。彼らはついさっきまで俺達が二人を頼らなかったことに腹を立てていたが、寮杯の前ではその気持ちも霞むらしい。
ルームメイトやら顔も知らない上級生にもみくちゃにされながら俺は作り笑いを浮かべる。隣のハリーは屈託のない笑みを浮かべていたが、俺はどうしても心からこの事を笑うことが出来なかった。
人を殺して得た得点なんて…ダンブルドアは何を考えているんだろうか。
そんな俺の心情を知ってか、ハリーは俺を小突いた。
「笑いなよエル!君はヴォルデモートを打ち倒したんだから!」
「はぁ…マジで疲れた…」
ホグワーツ特急のコンパートメントの一つで、俺はため息をついた。
「まあまあ、あんなに大勢の人に感謝されることなんてなかなか無いよ?貴重な経験だよ!」
俺の前でハリーが杖を振りながら言った。
「別に人殺して感謝されても全然嬉しくねぇんだよな…」
「まだそんな事言ってるの?いい加減気が付きなよ。君が元いた世界とこの世界の常識は違うんだよ!」
「分かってるけどさ…まだまだ慣れられそうにはねぇよ」
「そっかぁ…」
そのまましばらく俺達は黙っていたが、やがてハリーが口を開いた。
「よし!目くらましの呪文に耳塞ぎの呪文、人よけの呪文もバッチリだよ!これで何があっても僕達の会話は聞かれることは無いよ!」
「そうか、じゃあ早速お前の話を聞かせろよ。この一年、お前に聞きたいことが沢山あったんだよ。」
ハリーは仰々しく俺の目の前に座る。
「まあまあ、焦らないで。時間はたっぷりあるんだから」
「…ああ」
「うーん、何から話そうか…まさかこの話を誰かにする事になるとは思ってもみなかったからねぇ…まあいいや、結論から言うよ」
ハリーは俺の目を見てゆっくりと話しだした。
「僕は、ホグワーツの7年間を何度も繰り返している。そしてその全てでスネイプ先生を失っているんだ」