魔術師が最弱って言った奴ちょっと来い   作:ユウタロス

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第1話

 京都、とある山の深奥。碌に道も整備されていない、人が立ち入らない様な山奥に一人の少年が佇んでいた。その少年は何をするでも無く、只々ボンヤリと満月を眺めていた。

 

 不意に、パキッと小枝を踏み折った様な音と共に、木々の奥から1匹の蜘蛛が現れた。無論、それは只々の蜘蛛などでは無かった。

 

 のそりのそりと森の中から現れたその蜘蛛は、虎の胴体に鬼の顔を持つ、体長2メートルはある黒い大蜘蛛だったのである。

 

 背後にそんな怪物が居ると言うのに、微動だにせず月を見上げている少年。そんな少年をニヤリと笑った大蜘蛛が、少年を捕食せんが為に脚に力を込め、一気に飛びかかった。

 

 大蜘蛛は10メートル近く開いていた距離を一瞬で詰め、少年の首筋に、その鋭い牙を突き立てる。が、しかし。

 

 大蜘蛛が少年の首筋に牙を突き立てた瞬間、かん高い、ガラスが割れる様な音と共に少年の身体が砕け散り、消滅した。

 確かに捕らえたと思った獲物が、突然消失した事に困惑する大蜘蛛。なまじ知性がある分、獲物がどうやって逃げおおしたかを考察してしまった。

 

 獲物が逃げた方法を考えた瞬間、上空でバサリと何かが羽撃く様な音がする。大蜘蛛がその鬼面をあげて見れば、ソコには大蜘蛛に向かって飛んでくる、先程逃げた獲物の姿があった。

 

 ただし。先程までとは違って、少年は今まさに大蜘蛛を叩き斬らんとばかりに頭上に三日月型の刀を振り上げていた。

 

「―――フッ!」

「■■■■■ーーーーーッ!!!」

 

 少年の呼吸と共に振り下ろされた刀が、巨大な蜘蛛を一刀両断する。

 真っ二つにされた蜘蛛は、この世のモノとは思えない絶叫をあげた後、煙のように消滅した。

 

「……うっし、野良土蜘蛛の討伐完了。全く、5日もかけさせやがって……お〜、寒っ!」

 

 2、3度剣を振るってこびり付いた大蜘蛛の体液を吹き飛ばす。

 

「よし、帰ろう」

 

 呟くと、少年はのそのそとその場を歩き去って行った。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 先程の少年は、金閣寺の敷地内を歩いていた。深夜の為に光源の全く無い道を迷わずに歩いて行くと、かなり本堂から離れた目立たない場所に、古ぼけた小さな鳥居があった。少年はそのまま鳥居を潜り抜ける。

 

 潜り抜けた先にあったのは古ぼけた神社などでは無く、古式奥ゆかしい町であった。まるで江戸時代の町をそのまま持ってきたかの様である。それだけでは無く、そこら中を河童や鬼や人魂等が自由に行き来している。

 

 ここは京妖怪達の総本山、通称『裏街』あるいは『裏京都』である。

 

 門番役の天狗に軽く挨拶すると、少年は目的地に向かって歩きだす。

 

「おっ! お帰りヒロちゃん! 5日もどこ行ってたんだい?」

 

 歩いていると、目玉と口が付いた古めかしい和傘が話し掛けてくる。それは、妖怪“唐傘お化け”であった。少年の親友の一人でもある。

 

「ああ、ただいまカンちゃん。仕事だよ、仕事。ちょっと野良の土蜘蛛が出てさ。悪さしようとしてたから仕留めてきた」

「はぁ? また出たのかい? 今月でもう6匹めじゃないか」

 

 驚いた様に言う唐傘お化けに、渋い顔をして頷く少年。

 少年は数年前にこの『裏京都』に住み着いて以来、定期的にこの地のボスの依頼を受け、こうして悪さをしようとするはぐれ妖怪や妖獣、呪術師や陰陽師等を討伐してきた。

 住み着いた当初ははぐれ妖怪など、月に一度出るかどうかだったのだが、今では下手をすると数日に1匹のペースで現れるのである。

 

「…実は、ここん所討伐してきた奴ら。ちょっと妙なんだよね」

「妙? 何がさ?」

 

 少年は周囲を見渡し、誰もいない事を確認してからヒソヒソと話し始める。

 

「質がおかしいんだよ。がしゃ髑髏やら大入道やら…挙句の果てには牛鬼まで出て来てんだ。しかも、どいつもこいつも皆真っ黒でさ、仕留めると煙になって消えちゃうんだよ」

 

 少年の言葉に大層驚く唐傘お化け。登場した名前どころが、並大抵の相手では無いからだ。もちろん、京妖怪の御大将である九尾狐には遥かに劣るが、それでもそうホイホイと現れる様な相手では無いのである。

 それに、仕留めたら煙になって消えるというのも異常である。この唐傘お化けは300年近く生きている古株だが、少くとも今挙げられた妖怪達が倒されたら煙になって消えるなど聞いた事も無い。

 

「まあ、そんな訳だからさ。カンちゃんもしばらくは裏京都出る時は気を付けてよ? 一人で山とか言っちゃ駄目だよ?」

「お、おう……外はそんなおっそろしい事になって「ヒローーー!」おう?」

 

 

 唐傘お化けの声を遮って、甲高い声が聞こえてくる。2人が声のした方を見ると巫女服を着た、金髪の幼い少女がトテトテと少年に向って走り寄って来ていた。

 無論、この街に普通の少女が居るはずも無く。少女の頭には狐の耳が、お尻からはもふもふとした尻尾が生えていた。

 

「あんれ、姫さまじゃn「九重ぅぅぅぅぅっ!!」へぱぁっ!?」

 

 少年はその少女を認識した瞬間、今まで話していた親友の唐傘お化けをスナップのよく効いた手で弾き飛ばして走り出した。

 弾き飛ばされた唐傘お化けがその辺の長屋に突き刺さって軽い騒ぎになっているが、少年は全く気にしていない。と言うか気付いていない。少年の瞳には少女しか、少女の瞳には少年しか映っていなかった。

 

「九重ぅぅぅぅぅっ!」

「ヒロォォォォォッ!」

 

 ある程度距離が近付くと、2人は同時に跳躍。空中で互いの手を取ると、そのまま滞空しながらくるくると回転しだした。

 軽く物理法則を超越した動きをしているのだが、周囲の者達は一切ツッコまず、皆一様に濃いお茶を啜っていた。

 

「会いたかったぞヒロぉ! 5日もヒロと逢えなくて! 九重は、九重は、胸が張り裂けてしまいそうじゃったぞ!!」

「ゴメンな九重ぅぅ!! お仕事だったんだよぉ! 俺も九重と会えなくて辛かったよぉぉ!」

 

 地面に着地すると、2人はそのまま正面から抱き合い、『九重♡』『ひーろっ♡』等とキャッキャウフフしている。

 現在進行形でイチャイチャしている当人達はさぞ楽しいのだろうが、見せつけられる周りはたまったものではない。

 2人の放つ甘過ぎる空気に耐えられなくなったのか、毛むくじゃらで1つ目1本足の妖怪“一本だたら”が砂糖を吐きながらひっくり返ったのを皮切りに、次々と周囲の妖怪達が倒れていく。

 

「だ、駄目じゃあああ! 緑茶じゃ、緑茶じゃ耐えきれぬぅぅぅ!」

「珈琲じゃ! 誰か、珈琲を!!」

「ぐあああああっ!!」

「あ、小豆洗いィィィィッ!!」

 

 桃色空間に充てられた妖怪が絶叫と砂糖と共に倒れ伏していく光景は、まさに阿鼻叫喚であった。

 

「……何をやっておるのじゃ…」

「あ、母上」

「あ、八坂さん。ただいま戻りました」

 

 無限に続くかと思われた蹂躙劇を止めたのは、九重の母にして京妖怪の長である九尾、八坂であった。

 

「全く、九重が突然飛び出していったので何事かと思えば…こんな往来で何をやっておるのじゃ。

と言うか、九重は何故にヒロが帰ってきたと分かったのじゃ」

「愛故にですぞ、母上。私のヒロへの愛を持ってすればこの程度、当然のこと」

 

 呆れた様に言う八坂に、九重はキッパリと即答した。

 生まれて高々数年しか経っていない娘に愛云々を語られるとは思っていなかった八坂は、盛大に顔を引き攣らせている。

 

「……すまない、九重。俺には、九重が近付いている事を察知する事が出来なかった。俺の九重への愛はまだまだ未熟極まり無かった……ッ!」

「気にするでない、ヒロ。ヒロは気配察知が苦手なのだからしようがないのじゃ」

「九重……っ!」

「ヒロ……っ!」

 

 再び展開された暴虐の桃色空間に、死んだ魚の様な目をする八坂。

 コレで2人共に『九重が成人するまで一切の不純な行為はしない』と誓い合っているのだから恐れ入ったモノである。と言うか、そういう事(・・・・・)を解禁したら反動で歯止めが効かなくなるのでは無いのだろうか?

 

「……もうよい。取り敢えず、ヒロよ。報告が聞きたい、屋敷に行くぞ」

「九重……あ、了解です。それじゃあ、行こうか九重」

「うむ!」

 

 うんざりした表情の八坂に促された少年は、九重をお姫様抱っこで抱え上げると、歩き出した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 裏京都の一等地にある堂々たる八坂の屋敷、通称『お屋敷』。その最奥にある八坂の自室にて、少年と八坂は向かい合う様に座っていた。先程までのおちゃらけた雰囲気とは打って変わって、2人の間には張り詰めた空気が漂っている。

 

「ヒロ、ご苦労様じゃったな。それで、どうだった?」

「はい。黒い体色、斬った感触、そして死体が煙の様に消失した点から見ても、以前出現した“がしゃどくろ”、“大百足”、“牛鬼”と同じく妖怪の姿をしたナニカだと思います」

 

 少年の言葉に、八坂は額に皺を寄せる。この謎の妖怪モドキは、現時点で死者こそ出ていないものの、それなりの数の負傷者を出しているのである。正体不明の敵程厄介なモノは無い。

 

「ふむ……正体については分かるかのう?」

「多分合成獣(キメラ)の類、真っ当なモノじゃ無い事位しか。すいません、お役に立てなくて」

「よいよい、すぐに消えてしまうのならば調べようが無いじゃろう。無事に戻ってきたのじゃから、それで十分じゃ」

 

 相手の情報がほとんど集められなかった為に、少年は申し訳無さそうな顔をするが、八坂は慰撫するだけで責めようとはしない。

 

 不意に、八坂が少年の膝に目を向け口を開く。

 

「……九重、お前はもう布団で寝なさい」

「何を仰るのです母上。私の敷布団はヒロの膝、私の掛布団はヒロの手ですぞ?」

 

 至極当然の様に言い放たれた九重の言葉に、八坂は思わず頭を抱える。実は、八坂と少年が会話している間、九重はずっと少年の膝の上で丸まり、撫でられて喉を鳴らしていたのである。いい加減耐え切れずにツッコんだ八坂だが、ここまでシリアスを保っていたのは頑張った方である。

 

「のう、九重? そのままでは風邪をひいてしまうぞ? そうしたらヒロも悲しんでしまうじゃろう。と言うか、まず風呂に入ってきなさい。さっき走ったから汗かいたじゃろ? 臭いとヒロに嫌われてしまうぞ?」

「ご安心を。九重の匂いならば、どんなモノでもウェルカムです!」

「だぁっとれ阿呆!! ……九重、それで良いのか?」

 

 変態(紳士)的な発現をした少年を一喝しながら、諭すように九重話しかける八坂。心なしか先程より若干やつれた様に見える。いつかハゲるのではないだろうか?

 

「うむ。ヒロが私の匂いを好きと言ってくれたのは嬉しいが、やっぱり女は清潔にしていなくてはならん。と言う訳で母上、お風呂入ってきます。行くぞヒロ!」

「がってん承知! あ、と言う訳でお風呂借りますねー」

「……ああ、のぼせない内に上がるんじゃぞ……」

 

 

 九重を抱え上げて浴場へと走り去って行った少年。2人を見送った八坂の背中は、何だか哀愁が漂って見えた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 翌日。少年は九重と一緒に表の京都を歩いていた。九重は変化ノ術を使用して少年と同じ10代半の姿になっており、巫女服では無く洋服を着ている。

 

 2人は互いの指と指を絡める、いわゆる『恋人繋ぎ』で手を繋いでおり、ひたすらにイチャイチャした様子を周囲に見せつけていた。どれ位イチャイチャしていたかと言えば、非モテが嫉むどころか両目を抑えてのたうち回るレベルである。

 

「ヒロ、次はどこに行くのだ?」

「そうだねぇ…そこそこ歩き回ったし、甘味屋さんでも入ろっか?」

 

 甘味と言う言葉に、九重がピクリと反応する。どこの世界のどんな種族でも、女子というものは甘い物が好きなようだ。

 

「ほほう、それは良いな! それでは早速「お! お嬢ちゃんカワイ〜じゃーん!」む? なんじゃお主らは?」

 

 不意に、九重に二人組の男達が話しかけてきた。男達は、片や腰パン、片やゴールドのアクセサリーをジャラジャラと身につけており、とてもチャラチャラとしている。

 

 率直に言うとチンピラ二人組である。

 

「ね~ね~、そんな冴えない奴なんか放っておいて俺達と遊ぼうよ〜♪」

「そ~そ~♪ じゃっ、そーゆー訳だからさ! お前帰っていい……ッ!?」

 

 ニタニタと下品な笑みを浮かべた腰パン男が九重に触れようと手を伸ばした瞬間、身体がピタリと固まる。かと思うと、急にその場にうずくまり、両腕で自分の身体を掻き抱きながらガタガタと猛烈に震えだした。顔は真っ青で体中から汗が吹き出しており、その口からは声にならない悲鳴が漏れている。

 

「ひっ……ひっ……」

「お、おい! どうしたんだよ!? ……って、あっ! ちょ、待てお前ら!!」

 

 腰パンの尋常ではない様子に慌てるジャラ男。そんな2人を無視して少年と九重は目当ての甘味屋に行こうと歩き出すと、気付いたジャラ男が引き留めようとする。

 

「……何か? 俺達は行く所があるから諦めてくれ。ナンパなら他をあたりな」

「何だと、テメぇ……ちょうし「やめろッ!!」あ!?」

 

 まるで興味がないとでも言いたげな少年の眼。その冷めきった視線に逆上したジャラ男が少年に掴みかかろうとした途端、今までガタガタと震えていた腰パンが凄まじい剣幕で止めに入る。

 

「もういいかな?」

「は、はは、はい! お、おおおお忙しい所、も、もも、も申し訳ございませんでした!」

「ちょ、おい! なに「黙れ! 行くぞ!」な、何なんだよ…」

 

 腰パンはジャラ男の肩を掴むと、そのまま強引にジャラ男を引きずって人混みの中へと消えていった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「はい九重、あ~ん」

「あ~ん♡」

 

 甘味屋に到着した2人はあんみつを一つ注文し、それをお互いに食べさせ合っていた。一応、スプーンはそれぞれ別のモノを使っている。

 

「ん〜〜〜〜♡」

「九重、美味しい?」

「うむ! やはり餡蜜は至高の存在じゃな、幾らでも食べられるぞ!」

「ははは。あんまり食べると、夜ご飯入らなくなっちゃうよ?」

「むぅ、それはマズい。母上に怒られてしまう」

 

 美味しそうに餡蜜を頬張る九重の顔を見て、少年はにへらと頬を緩めている。

 

「ところでヒロよ。さっきのたわけ者共には何をやったのじゃ? 尋常で無く怯えておったが」

「ん? ああ、大した事じゃないよ。馴れ馴れしく九重に触れようとしたからさ、ちょっと睨んでやった。はい、あ〜ん」

「ほほう? ヒロに睨みつけられるとは災難じゃのう、3日は眠れんぞ。あ〜ん♡」

 

 思い出したかの様な九重の質問に笑いながら答えると、再び餡蜜を九重に差し出した。九重が幸せそうな顔をして餡蜜を頬張ろうとした、その瞬間。

 

 轟音と共に甘味屋の屋根をぶち破ってきたナニカが、少年と九重の居るテーブルを粉砕した。

 

「うおぅ!?」

「ふぇえ!?」

 

 少年は即座に九重を抱え上げてバックステップで距離を取る。九重を背後に隠してジリジリと後退しながら、もくもくと巻き上がっている粉塵の中心部にいるであろう何かを睨み付ける。

 

 巻き上げられた粉塵が晴れると、現れたのは金髪の美少女だった。ただし、ボロボロの。

 

 黒い拘束具のような服はズタズタに引き裂かれており、最低限大事な部分を隠す程度にしか機能していない。白磁の様な肌も至るところに生々しい傷がついており、少女は苦しげなうめき声をあげるばかりである。

 

「な、なんじゃこやつは……?」

 

 おっかなびっくりという様子でボロボロの少女を見つめる九重。いきなり天井をぶち破って降って来たのだから、警戒するのは極々当然の事である。

 

 しばらく警戒していたが、一向に起き上がってこない少女。すると、少年が少女の方へと歩み寄りその身体を抱き上げた。それを見た九重は慌てふためく。

 

「ひ、ヒロ、どうするつもりなんじゃ!?」

「コイツが何者かは分からないけど、ボロボロだからね。取り敢えず裏町に連れて帰って治療しよう」

「だ、大丈夫なのかのう……?」

「分かんないけど……まあ、いざという時は俺が何とかするよ。行こう、九重」

「む、むぅ…分かったのじゃ」

 

 空から降って来た少女を背負い、渋々と頷いた九重を連れて少年は裏京都へと戻って行った。

 

 

 

 

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