◇
『なんでこんなことになったんだ?』
少年の名は竈門炭治郎。
炭焼きの家に長兄として生まれた彼は、母親や兄弟達とつつましくも平穏な生活を送っていた。
しかしそんな幸せな日々は、血の匂いと共に理不尽に壊される。
ある朝、仕事から帰った炭治郎が目たのは、家族の血で紅く染まった我が家だった。
『いったいなにがあったんだ?冬眠できなかった熊が出たのか?いや、そんなわけ...』
彼はわけの分からぬまま、まだ温もりのあった家族を抱え、麓の医者の元へと急ぐ。
『死なせない!俺が絶対に死なせない!“全員”助ける!!』
痛む肺に凍てついた空気を吸いこんで、炭治郎は自らが背負った家族“達”の名前を呼んだ。
『禰豆子!竹雄!花子!茂!六太!母さん!絶対に助ける!!』
『『『『『『グオオオオオ!!』』』』』』』
『!?』
炭治郎の両肩に、ざる蕎麦の器ように重なっていた、禰豆子と竹雄と花子と茂と六太と母が一斉に目覚める。彼らは悲鳴にも似た唸り声をあげていた。
『落ち着くんだ皆!!』
炭治郎は、暴れる家族達を必死に宥めようとした。
しかし6人のパワーは、齢15にして7尺(約210cm)の身長を誇る炭治郎でも、抑えきれない程のものだった。炭治郎は長男なので、4人くらいならギリ耐えられたかもしれない。しかし、6人は流石に耐えきれなかった。
『しまったっ、雪で滑って...』
バランスを崩した炭治郎は、家族と共に崖から転落してしまう。幸い、下に降り積もった雪のおかげで命に別状はなかった。
もっとも、猪の突進を無傷で受け止められる炭治郎なら、ぶっちゃけ雪に関係なく大丈夫だったとは思う。しかし、それは言わぬが華だろう。
『禰豆子!竹雄!花子!茂!六太!母さん!大丈夫!?』
身体を起こした炭治郎は、すぐさま辺りを見渡して、その視界に家族達の姿を捉えた。
『安心してくれ!俺が全員町まで...』
駆け寄った彼は違和感に気づく。家族からは慣れ親しい匂いが消え、その目には澱んだ本能だけが渦巻いていた。
『っ...!みんな...?』
『『『『『『ガァァァ!!』』』』』』
炭治郎を囲む6人の身体は、歪な変形を果たす。その風貌はまるで、昔話で耳にするような...
『人喰い鬼...?』
6人の目は猫のような縦長になり、額には血管が浮き出ていた。そしてその口には、どんな分厚い肉も容易に噛みちぎれそうな鋭い牙が生えている。
母の葵枝に至っては目が6つに増え、全身からは甲羅にも見える赤黒い刃が何本も突き出ていた。
『皆こらえろ!頑張ってくれ!!』
変わり果てた家族の姿に、その顔を絶望に染めながらも炭治郎は呼びかけ続ける。
『しっかりしてくれ!鬼なんかになっちゃダメだ!頑張れ!頑張
『水の呼吸 壱ノ型 水面斬り』
禰豆子の背後に、左右非対称の羽織を纏った黒髪の剣士が現れた。
彼の名は、冨岡義勇。
人喰い鬼を狩る剣士集団・鬼殺隊の最高位“柱”‘の1人である。本人曰くそうではないらしいが、それはまた別の話。
『なっ、やめてください!!』
炭治郎の動体視力は、義勇の刀に掘られた『悪鬼滅殺』の文字に気付く。その切っ先は無慈悲にも、妹の首へと吸い込まれようとしていた。
『彼女は俺の妹なんです!』
目にも止まらぬ速さで、義勇と禰豆子の間に割って入った彼は、自らの石頭で妹に迫っていた凶刃を受け止める。
甲高い金属音と共に、へし折れた日輪刀の切っ先が宙を舞った。
『なぜ庇う。というか、お前は人間......か?」
自らの愛刀をお釈迦にした少年に、義勇は至極真っ当な疑問を口にする。
『『『『『『ガァアアッ!!』』』』』』
一方、義勇の殺意を感じ取った6人は、即座に戦闘体制をとっていた。
六太は目を赤く光らせて宙に浮き、茂は身体を巨大化させ、花子は髪を触手のように唸らせ、竹雄は残像が見えるほどの速さで義勇の周りを駆け始める。
『コイツらは、全員お前の家族“だった”のか?』
折れた刀で竹雄と花子の猛攻を捌きながら、義勇は自らより背の高い少年へ語りかける。
『悪いが俺の仕事は鬼を斬る事だ。勿論、コイツらの首も斬る。』
茂の巨大な拳や、六太の目から放たれた光線を避けながらも、彼は炭治郎を諭そうとしていた。
しかし炭治郎も黙っているわけにはいかない。今にも義勇に飛びかかろうとする禰豆子と葵枝を素手で取り押さえながら、家族の無実を訴える。
『待ってくれ!俺の家族は違うんだ!!皆は人を喰ったりなんて...』
『もうお前の家族ではない。お前の妹と弟には、元より牙が生えていたのか?
『それは......』
炭治郎に突きつけられたのは、どこまでも残酷な真実だった。その一つ一つが、彼の心を深く抉りとる。
『お前の母親は元より目が6つだったのか?あの弟は、1人でに宙に浮いていたのか!?』
『それは、はい。』
『ん?』
義勇は自分の耳を疑う。それはそれとして、炭治郎の説得は続いた。
『とにかく皆は誰も殺してない!!匂いで分かるんだ!!』
『い、いずれにしろ手遅れだ。お前の家族は、いずれ人を食い殺すぞ。』
義勇は柱として、鬼になった者の醜さを嫌と言うほど見てきた。
奴らは生前の人格など関係ない。本能のまま、親だろうと兄弟だろうと容赦なく食う。
鬼にとって人間は、栄養源でしかないのだ。
特に筋骨隆々の炭治郎なんかは、絶好のタンパク源だ。肉が硬そうだから味は保証できないが。
『いや、そんな事は絶対にさせない!きっと皆を人間に戻す!その方法も必ず見つける!!』
炭治郎は、その影すら見えない希望に縋るしかなった。
『だからどうか、家族を殺さないでください!お願いします...!』
彼はその巨体を丸めて惨めったらしく疼くまり、巨岩のように動かなくなった。
ただ、家族を守りたい一心だった。それは炭治郎なりの精一杯の誠意。
しかしそれが逆に、義勇の逆鱗に触れた。
『生殺与奪の権を他人に握らせるな!!奪うか奪われるかの時、主導権も握れないようなお前には、何の権利も選択肢も無い!』
炭治郎が土下座の体勢をとった事で、彼から解放された禰豆子と葵枝も義勇へと襲い掛かった。
その連撃に徐々に追い込まれながらも、義勇は口を動かし続ける。
『誰もがお前の意志や願いを尊重してくれると思うな!それが現実...陸ノ型 ねじれ渦!...それが現実だ!!家族の命を狙う俺に、ど...弐ノ型 水車!...どうして頭を下げている!?なぜ、その拳を振るわない!?その大層な筋肉は飾りか!?』
心を鬼して、義勇は炭治郎に選択を迫った。
彼にだって、家族を突然奪われた炭治郎の辛さは痛いほど分かる。だが、時を巻き戻す術はない。
今の炭治郎に必要なのは、それに耐え、未来へと歩む為の原動力だった。
あと義勇は、強力な血気術使い6人を同時に捌くのが、そろそろキツい。
『拾ノ型 生々流転』
痺れを切らした彼が放ったのは、原作では不遇で有名な水の呼吸の大技だった。唸りをあげる水流が、禰豆子と竹雄と花子と茂と六太と葵枝に牙を剥く。
『やめろーーーーっ!!』
家族へと迫った危機を前に、炭治郎は立ち上がった。
『かああああああああ!!』
彼は近くにあった木々を手当たり次第に引っこ抜くと、義勇に向けて次々とぶん投げる。予想外の攻撃を前に、義勇はすかさず使用する型を入れ替えた。
『拾壱ノ型 凪』
それは、彼が自身で編み出した独自の型。刀の届く範囲内の対象全てを斬り刻む、水の呼吸の奥義だった。
彼の斬撃は、迫り来る大木を端から木片へと変えていき、その猛攻を凌ぎ切る。
しかし、
『(ん、あの巨漢はどこ...っ!)』
炭治郎は投げた大木を目隠しに使い、一気に間合いを詰めていた。
彼は凪による斬撃をちょっと喰らいながらも、伸ばした両手で義勇の頭をガシリと掴む。
『っ!?』
その鬼気迫る表情に、義勇は本能的に理解する。
自分が目覚めさせた眼前の大男は、人間の枠に収まるような存在では無かったと。
『あああああああ!!!』
炭治郎、渾身の頭突き。
彼の石頭をモロに食らった義勇は、木々を薙ぎ倒しながら吹っ飛ばされ、気を失った。
『しまった...!やられ......』
義勇が目を覚ましたのは、その数秒後。意識のなかった彼だが、その間に攻撃された様子はない。
恐る恐る身体を起こした彼が目にしたのは...
『!!これは...』
炭治郎から自分を庇うように立ち塞がる、6人の鬼の姿だった。
『一体、どうして...?』
義勇が混乱するのも無理はない。若くして柱となった彼も、人間から人間を守る鬼など見た事がなかった。
『う、うう...』
『う、う、め、』
『う、めん、な』
『ごめ、なさ、い...』
『すみません。うちの息子がやりすぎてしまいました。怪我はありませんか?手当てが必要でしたら、遠慮なく仰ってください。』
『これは、一体...!?』
六太、茂、花子、竹雄、禰豆子の5人は、義勇への謝罪を口にしていた。葵枝に至っては、なんか普通に喋っていた。
禰豆子を突然襲われて頭に血が上り、反射的に攻撃を仕掛けた彼らだが、自分達以上にブチ切れた炭治郎を見て、逆に冷静になっていたのだ。
おまけに彼らは、長男である炭治郎の身体能力と、黒鉄をひしゃげさせる程の石頭の硬度をよく知っている。
そんな恐ろしい頭突きが直撃した義勇に、彼らは心から同情していたのだ。
『お前も、お前の家族も、何かが違うのかもしれないな。色々な意味で。』
ここまでのものを見せられれば、義勇とて認めないわけにはいかなかった。
『『『『『『『???』』』』』』』』
仲良く首を傾げる7人家族に背を向けて、義勇は彼らに道を示す。
『狭霧山の麓に住む鱗滝左近次という老人を訪ねろ。冨岡義勇に言われて来たと言え。家族は絶対に、太陽の元へ連れ出すなよ。』
◇
『父さん、俺たち行ってくるよ。天国から見守っていてね。』
炭治郎は、生まれ育った我が家に別れを告げる。
『さあ、行こう。』
家族7人で手を繋ぎ、長男は歩き出す。
『許さない...!』
家に残されていた家族以外の血の匂い。
炭治郎は直感的に理解していた。その主こそが、自らの家族を襲い、鬼へと変えた張本人だと。
『絶対に、報いを受けさせる!!家族全員で!!!』
確かな覚悟と共に、竈門一家は未来へと進み始めた。
◆
『どうしてこんな事になった...?』
男の名は鬼舞辻無惨。人喰い鬼の始祖である。
遡る事、数時間前。
太陽を克服する鬼を作り出す事に躍起になっていた彼は、その一環として竈門家の敷居を跨ぐ。
何て事はない。血を注ぎ込んで鬼へと変える。残りは殺す。いつもと変わらぬ単純な作業。
...そのはずだった。
無惨を待っていたのは、異常者達の思わぬ反撃。
竈門家で眠っていた6人家族は、鬼殺隊のような呼吸も使わずに、本気の無惨を相手に互角の戦いを繰り広げたのだ。
『『『『『『このっ、バカァ!!』』』』』』
『っ...!?』
彼は何度も四肢を素手で引きちぎられ、炭焼き用の火でその身を焼かれた。
再生力の差で何とか勝ちを拾ったものの、無惨は決して無視できないレベルのダメージと精神的苦痛を負っていた。
『なんだったんだ?あの頭のおかしい一族は?縁壱の血筋、或いは生まれ変わりか何か...?まあいい、奴らは皆殺しにしてやった。あのような無様な負け犬など、もはや憶えておく必要はない。』
無惨はまだ知らない。
自身の大量の出血が竈門一家の体内に入り、彼らが強力な鬼として覚醒していた事を。
いずれ自らに牙を剥く最強の鬼狩り一家を誕生させてしまった事を。
【大正コソコソ噂話】
炭治郎の母・葵枝の目玉の数は、彼女の子供達の数と一緒。
6つの眼は、子供達1人1人から決して目を離さないという決意の現れなのかもしれないし、別にそんなの関係ないかもしれない。