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全ては、家族の平穏を脅かした鬼を討ち取る為。
生まれ育った我が家を後にした竈門一家は、冨岡義勇の助言に従って、鱗滝左近次の住む狭霧山を目指していた。
『すみません!家族の為に、あの山小屋を使わせて欲しいのですが...』
道中で見つけた農夫の知人に、炭治郎は声をかける。家族7人で行動する彼らに、藁と竹製の籠だけでは少々心元なかったのだ。
ギチギチに詰めればいけたかもしれないが、家族を愛する炭治郎にそんな事ができるわけもない。
『おお、炭治郎か。お前には、人喰い熊の群れから命を救ってくれた恩がある!あんな古い小屋でいいなら、好きなだけ使ってくれ!』
『本当ですか!?ありがとうございます!!』
持ち主の了承を得た炭治郎は、その場に建てられていた山小屋を引っこ抜き、背中に背負った。
『相変わらず力持ちだな〜。炭治郎は!』
『山小屋ありがとうございました!これ納めてください!!小銭ですが!』
農夫に心ばかりのお礼を手渡して、小屋を抱えた炭治郎は家族を待たせていた洞穴へとダッシュする。
そこでは、日光を嫌った禰豆子と竹雄と花子と茂と六太と葵枝が、自分で掘った6つの穴から顰めっ面を覗かせていた。
時代が時代なら、モグラ叩きに喩えられていただろう。
『ただいま皆。丁度いい山小屋を手に入れたんだ。持ち主がすっごく良い人で、“好きなだけ使って良い”といってくれた!』
炭治郎は、家から持ってきていた木材で、山小屋の床や壁を補強する。昼の間も移動する為、日光から家族を守る巨大な籠が必要だったのだ。
『よし皆。ここに入ってくれ!俺が背負って行くから!』
『『『『『『うぅ〜!!』』』』』』
炭治郎は新たな我が家と家族を背負って、狭霧山への歩みを進める。
『結構揺れちゃうな〜。茂、ごめんな〜。ちょっとだけ、辛抱しててくれ!』
弟に声をかけながら、炭治郎は慎重に山小屋を運んでいた。
『茂は地震が苦手だったもんな〜。少しでも揺れがあると、すぐに兄ちゃんに泣きついてたっけ。弟の六太は、全然怖がってなかったのに.....あ、六太は常に浮いてたからか。』
炭治郎の脳内には、家族が“人間”だった頃の幸せな思い出が、幾つも蘇った。
『そうだ皆、お腹空いてないか?特に竹雄!最近は食べ盛りだもんなぁ〜。』
大きな日陰に我が家をそっと仮設した炭治郎は、山から持ってきていた食糧を抱えて、室内の家族の元へと向かう。
『ほら、見てくれ!美味しそうな岩だろう?今朝採ってきたんだ。遠慮なく食べてくれ!!』
炭治郎自ら、特に噛み応えがありそうなものを厳選した、とっておきのご馳走岩。しかしそれに、禰豆子達は見向きもしない。
『まだ、食欲はないのか。心配だな.....』
炭治郎の顔に影が差す。
昨晩から禰豆子達は、何も口にしなくなっていたのだ。人間の頃は、あんなに美味しそうに食べていたゴツゴツの岩にも、手をつける様子がない。
『やっぱり、関係してるんだろうか。鬼にされてしまった事と......』
炭治郎は思い出した。昨晩ぶっ飛ばした冨岡義勇という剣士曰く、鬼となった者は人間を喰うとの事。
『ひょっとして、それ以外の食事はできないのか...?』
その事実に炭治郎は愕然とする。彼らの家族はもう、大好きだった岩も、ヨモギも、鉄も、熊肉も、炭も、二度と口にする事はできないのかもしれないと。
『『『『『『うぅ〜?』』』』』』
『いや、何でもない!ご飯はまた後にしよう!岩はここに置いておくから、気が向いたらいつでも食べてくれ!他にも、採ってきたヨモギにナズナ、青い彼岸花とか置いとくからな!』
いつまでも悲しみに暮れているわけにはいかない。残された幸せが逃げないように、炭治郎は笑顔を浮かべる。
『禰豆子。竹雄。花子。茂。六太。母さん。必ず人間に戻してやるからな。』
自分自身に言い聞かせるように、改めて決意を口にした長男は、自らを心配そうに見つめる家族を、1人ずつ愛おしそうに撫でていった。
確かにそこにある温もりが、炭治郎の心を鼓舞する。
『そしたら、何でも好きなものをご馳走してやる!花子と禰豆子、あと母さんには、綺麗な着物も買ってあげなきゃ!きっとすごく似合う!』
我が家を出た炭治郎は、それを担いで歩みを進める。彼がその肩に背負ったものは、重い。色んな意味で。
しかしその重みはどこか暖かった。だからこそ、炭治郎はやるべき事をやり通せる。
『兄ちゃん、頑張るからな!あの夜守ってやれなかった分、死ぬ気で頑張るからな...!!!』
心の中では饒舌な水柱(本人曰くそうではない)曰く、辛い時、苦しい時、人間に必要なのは、確かな“原動力”であるという。
その点、炭治郎に心配は要らない。
彼には6倍になった、強くなれる理由があるのだから。
【大正コソコソ噂話】
葵枝の得意料理は岩のしぐれ煮。食べると、身体(特に歯)が丈夫になるという事で、竈門家ではよく振る舞われていたそうな。