今話、次話も同様です。
ある程度、お時間がある時にお読み頂くと嬉しく思います。
誤字報告、感想を頂けました。ありがとうございます。
一つ一つ確認しております。
公式おバカ2号、部員らしくする
「依頼されたデータについて、結果が出たよ」
「いよいよ……!」
「……ドキドキ」
ヴェリタスの小鈎ハレ。シルバーの髪をポニーテールにまとめ上げた、黒のパーカーにミレニアムのアウターを着た少女。
頭脳派が集うミレニアムの中でも屈指の天才。
頭脳のインフレが目立つミレニアムでも頭一つ抜けた天才は、決して誇らない。
ミレニアムで生み出される最新鋭の機器の開発がハレの手で行われているのだが、ハレは決して偉ぶらない。
先生と出会ってからというものの、基本的に、謙虚で穏やかな気質がミレニアムの生徒にバレた。
それからというものの、ハレと話したいという生徒が増えて、少し困っている。
自ら経験して学習する人工知能が搭載された、球体のドローンであるアテナ3号がハレの周囲をふらふらと飛んでいる。
「モモイ、あなたのセーブデータを復活させるのは無理」
「うわぁぁぁぁん!!もうダメだーー!!!!」
モモイが悲しみを背負い、ミドリがそうじゃないでしょ、とツッコミを入れていると、ヴェリタスの音瀬コタマが声を掛けてきた。
アッシュグレーのロングヘアーに黒のアウター、白のシャツに同色のプリーツスカートに、首のヘッドホン。
コタマ自身は3年生なのに、1年生相手に敬語を使う、少し気弱な少女だ。
意外とミニスカで、趣味が盗聴のヤベーやつ。こっそりと先生のASMRを作っているのは内緒だ。
「G.Bibleのパスワードの解析はマキが作業中ですよ」
「マキちゃんが?」
「あ、おはようミド!来てくれてありがとね」
小塗マキ。ヴェリタスのいたずらっ子で1年生。ヴェリタスのエンブレムの作者。
紺のアウターに同色のセーターを着て、赤髪をお団子にした少女。
この部屋に、1年生問題児カルテットのうち、半分が揃っている。
マキはセーブデータを失った悲しみを背負ったモモイが亡者のように呻く姿に目をやって、どうしたの?と問いかける。
当然だ。汗と涙の結晶がおじゃんになったのだ。その代わりにG.Bibleを得た。
マキの手腕により、G.Bibleの解析は成され、マキの口から正しく、神ゲーがマニュアルであることが確定した。
「や、やっぱりそうなんだ!」
マキの口から、本物のG.Bibleである根拠が挙げられていく。
ファイル作成日、最後に転送された日、開発者のIPアドレスなどを始め、G.Bibleの情報が丸裸にされていった。
「ということは……?」
「オリジナルのG.Bibleだろうね」
ミドリの顔には喜びの色でいっぱいだ。
含み笑いにも似た、けれども笑っていない、驚きと、信じられない、という感情が全てが、ごちゃ混ぜになった表情。
目標への第一歩に踏み出した。
ただ、マキの顔が僅かに曇った。
「でも、パスワードはまだ解析できてないの」
「えっ!?じゃあまだ見れないんじゃん!ガッカリだよ!」
マキの言葉に、復活したモモイが食いつく。
マキは、自分はクラッカーであってホワイトハッカーじゃないの、と告げる。
「でも方法が無いわけじゃない」
「そうなの?」
「あのファイルのパスワードを直接解析するのはほぼ不可能。でも……」
マキが提案したのは、セキュリティファイルを取り除いて、ファイルを丸々コピーするという手段。
でも、それをするには、Optimus Mirror System、通称『鏡』と呼ばれるツールが必要で。
現代の暗号化されているファイルを使っているファイルをクラックするのは非常に難しい。
現代のAES-256では、総当たり攻撃や辞書攻撃でパスワードを当てるのは実質不可能だ。
8文字の英数字+記号のランダムなパスワードだと、組み合わせは兆単位になる。
当然、パスワードは『password123』のような、単純なものであるはずがなく、スパコンでも年単位の時間を必要とする。
マキの言葉通り、パスワードを直接解析するのは実質不可能だ。
「何を言ってるか全然わかんない」
「……つまり、G.Bibleを見るためには、『鏡』が必要なんだよね。それはどこにあるの?」
「わたし達ヴェリタスが持って……た」
「なんだ!だったらすぐに……ちょっと待って過去形!?」
「……そう、今は持ってないの。この間、ユウカが乗り込んできて、『不法な用途の機器の使用は禁止!』って。セミナーに回収されちゃったの、もうっ!」
「『鏡』もそうですし、私も色々持って行かれてしまいましたね……私の盗聴器なんかも」
ムムム、と唸るマキ。
盗聴器は、極めて妥当。
「『鏡』って、セミナーが回収するほど危険なものなの……?」
「そんなことはないよ。ただ、暗号化されたシステムを開くのに、最適化されたツールってだけ」
「ただ、世界に1つだけの、私たちの部長が直々に製作したハッキングツールで」
「部長って言うと……ヒマリ先輩?」
「ヒマリ先輩……?」
「アリスちゃんはまだ会ったことなかったよね。ヒマリ先輩は体が不自由な人で、車椅子に乗っているから、すぐに分かると思う」
すごい人でね、身体のことはあるけれど、同情や軽視する人は、このミレニアムにはいないの。
どうしてかって?
ああいう人を天才っていうのかな。ミレニアム史上たった3人しか貰えていない、『全知』の学位を持っている人なの。
少し早口で、ミドリはアリスに補足をいれると、アリスは、すごい人ですね、とミドリに笑みを向けた。
「うん、すっごい先輩で尊敬を集めている先輩なんだよね。そのヒマリ先輩が作ったものが、どうして取られちゃったのさ」
「……私は先生のスマホのメッセージを確認したかっただけです。そのためには『鏡』が必要で、不純な意図はなかったのですが……」
「はい!アウトー!」
「流石にだめでしょ……」
早く部長の『鏡』を探さないと部長に怒られちゃう!とマキがいえば、ハレとコタマが目を合わせて頷く。
「とにかく、私たちも『鏡』を取り戻したい。それに、あなたたちもG.Bibleのパスワードを解くために『鏡』は必要、そうでしょ?」
「なるほど、呼び出された時点で何かあると思っていたけれど、そういうワケね」
「えっ、もしかして……」
「旅は道連れってね!」
「共にレイドバトルを始めるのであれば、私たちはパーティーメンバーです」
「お、お姉ちゃん……もしかしてだけど、ヴェリタスと組んでセミナーを襲撃するつもりなの?!」
「もう、違うよ。取り戻しに行くの!」
1年生の問題児2人、ただし可愛い。
自信に満ちた、ニヒルな笑み。可愛いだけで、あと数年、歳を重ねれば似合うようになる笑みを浮かべるモモイ。
ワタワタと慌てるミドリ。いつも通りモモイに振り回されている。
アリスは新しいパーティーメンバーに目を輝かせて。
その中にバックアップ中心のヴェリタスが合わさって最強に見える、新しいレイドメンバーが揃った。
「楽しそうにしているところ申し訳ないんだけど、問題があるの」
「問題?」
「『鏡』はセミナーの「差押品保管庫」に保管されるんだけど、そこを守ってるのがメイド部なんだよねぇ」
「えっメイド部って……」
「C&Cのことだよね!ミレニアムの武力集団で、メイド服で相手を優雅に『清掃』しちゃうことで有名な……えっ」
「まあ些細な問題なんだけどねぇ~」
「そっかぁ~そうだねぇ~う~ん、なるほど……」
「諦めよう、ゲーム開発部全員回れ右!!」
C&Cの面々の顔を思い浮かべるモモイ。
ネル先輩。怖い。目が合ったらチビる自信がある。イシュの話によるとめちゃくちゃ強いらしい。イシュが負けた。
アスナ先輩。大人っぽい美人のお姉さん。強いってイメージはないかなぁ。
カリン先輩。なんだかミドリと同じ空気を纏っている……気がする。ツッコミ役が似合いそう。
アカネ先輩。メイドらしい先輩。優しそうで、先輩っていうよりお姉ちゃんっていう印象。
イシュ。メイド服からいろんなものを出す。私よりちっちゃいのに強い。
ミレニアム内で、C&Cにまつわる噂はたくさんある。
高層ビルを根本から破壊した、小さな自治区を廃墟に変えた、廃墟を更地に変えた、グランドを破壊しただとか。
何かと破壊と爆発に縁がある。
真偽不明の噂が立つほど、C&Cは気軽に爆破するし、地形も変える。
もちろん、連携の練度も高い上に、個人の戦力が極めて高いといえる。
「ちょちょちょちょっと待って!諦めないでよモモ!G.Bible欲しいんでしょ?」
「そりゃ欲しいけど、メイド部と戦うなんて冗談じゃないって!」
「で、でも、このままじゃあたし部長に怒られ……ゲーム開発部は廃部になっちゃうんでしょ?」
「廃部は嫌だけど、これは話の次元が違う。C&Cの『ご奉仕』によって壊滅させられた過激な団体や武装サークル……」
「ううん、それだけじゃない。ヘルメット団も含めると相当数壊滅させられているんだよ。知ってるでしょ?」
「……最後には痕跡すら残らず、『清掃』される。有名な話だね」
「そりゃ部活は守りたいよ!でも、ミドリにアリス、ユズのほうが圧倒的に大事!本当に危険すぎるよ!」
モモイは廃墟でイシュに助けられた光景を思い出していた。
バイクに跨ったまま、機械兵を一掃した光線。もし、その光線が自分たちに向けられたら?
G.Bibleを手に入れてから撤退する時、無傷で帰ってきたイシュと戦うことになったら?
「ちょっと待って!C&Cと戦うのは危険だって分かってるって!何も真正面から喧嘩しようってわけじゃないよ!」
「あたし達の目標はメイド部を倒すことじゃなくって、『鏡』を取ってくることなんだから~!」
「……でも、可能性は低くはないと思う」
「私のとうちょ……情報によると、メイド部の人員は完全な状態ではありません」
「今、盗聴って言ったよね……」
「ね」
メイド部は完全な状態ではない。
コタマの言葉にモモイは思わず、えっ、と返事をせざるを得なかった。
コタマは滔々と語る。
『ミレニアム最強』と呼ばれている理由は、各々が素晴らしいエージェントであることは、勿論です。
ですが、「彼女」の存在が最も大きいのです。
メイド部の部長、約束された勝利の象徴。コールサイン・ダブルオーことネル先輩。
「そう……、けど、彼女は今、いない」
コタマからもたらされた情報は、ゲーム開発部とヴェリタスの士気を上げるには最高の情報だった。
メイド部の最高戦力であるネルが居ない。
それだけで作戦の成功率が上がるような気がする。
「でも……」
「やろう、お姉ちゃん」
「えっ?!いくらネル先輩が居ないからっていっても、相手は、あのメイド部だよ?!」
「うん、分かってる。でも……このままゲーム開発部を無くすわけには……いかない」
ネル先輩に負けはしたものの、ネル先輩と『戦える』イシュだっているんだよ。という言葉は、ミドリの言葉によってかき消された。
ミドリは普段は振り回される側の生徒だが、芯がある生徒だ。
ユズの居場所を守るため。アリスの居場所を守るため。大好きな部活を守るため。
1度決めてさえしまえば、やり通そうとする強さがある。
「ボロボロだし、狭いし、時々雨宿りするような部室だけど……今は、私たちがゲームするだけの部室じゃないんだよ」
「私、お姉ちゃん、ユズちゃん、アリスちゃん。皆で一緒に過ごすための、大切な部室なんだよ」
「だから、私は、少しでも可能性があるなら、やってみたい。勿論、メイド部を相手取るのは危険だって分かる」
「でも、守りたいの。私たち全員のために!」
「……決まりだね。」
「はい!私達ならできます。伝説の勇者は、世界の滅亡を食い止めるために、魔王を倒します」
「アリスは計45個のRPGをやってきました。勇者たちが魔王に倒すために必要な、一番強力な力を知っています!」
「強力な力?装備でしょ!」
「……盗聴ですか?」
「EMPショックとか?」
「ち、違います。一緒にいる、仲間です」
「仲間だけではありません。私たちは、たくさんのものを持っています。仲間、勇気、信じる心、です!」
「……よし、やろう!セミナーから『鏡』を取り戻そう!」
「へいハレ、何か良い作戦ない?」
「作戦はあるよ、けれど実行するにはいくつかの準備がいるね」
「まずは盗聴、EMPショックもそう。それから……仲間……だね」
「仲間?」
「でも、私たちとはそこまで親しい仲じゃないから……先生にお願いしようかな」
"私にできることなら、任せて"
ハレは、少し恥ずかしそうに俯いてから、そっぽを向いた。
そっぽを向いたハレの顔を見ようとモモイが回り込んで、ハレの顔を見てみると、ほんの僅かだが、頬が紅潮していた。
「恐らく、彼女たちの協力無しに、この作戦は成立しない」
ゲーム開発部と先生はある所に向かっていった。
☆
イシュは、とにかく暇だった。
アカネに言い渡された、はじめての戦闘任務。
内容はというと、「ゲーム開発部とヴェリタスがセミナーを襲うから、指定の時間まで“ある物”を守ってほしい」とのこと。
なんとも不思議な話だ。イシュの配置は、最上階の差押品保管庫の前。
あまりの静けさに、思わず欠伸がこぼれる。
アカネが気を遣ってくれているのは分かる。
いくらC&Cの末席とはいえ、これはイシュにとって初めての戦闘任務。
初対面の先輩たちとの“協同任務”で、連携なんて取れるはずもない。
イシュにできるのは、せいぜい個人プレーくらいだ。
配置されたのは、一本道の最終防衛ライン。差押品保管庫の前。
敵が通るルートは限られていて、負担も少なく、イシュ向きのポジションだ。
しかも“ロンカ”を4機同時に起動すれば、ゲーム開発部全員を気絶に追い込むくらい、造作もない。だからこその配置だ。
ただし、最上階ごと吹き飛ばす可能性までは考慮されていない。
各階のC&C部員をかいくぐってここまでたどり着いたとしても、体力も気力もすっかり削られているはず。
消耗しきったゲーム開発部とヴェリタスに、イシュを倒して進むなんて無理。そう判断された。
だからイシュは、圧倒的に暇だった。
階下から爆発音や緊急アラート、緊急アナウンスが聞こえてくるのに、ここには誰も来ない。階下は楽しく戦っているのに。
清掃ロボの活躍により、チリ1つ落ちていない床。
イシュは女の子座りでぺたんと床に座り込み、上半身を前に折り曲げて、退屈そうに反省文を書き始めた。
「ひ~~~~~~~ま~~~~~~~~」
欠伸を噛み殺しながらペンを走らせる。
『ハンドブレーキを壊してごめんちょ』
クッソ雑な、舌を出してピースしている自画像もおまけして。
モニター越しにオペレーションルームのユウカが見ていたら、きっとため息混じりに肩を落としていたはず。
平時なら母親みたいな優しい目で見守ってくれるユウカだけど、今日はオペレーションルームが戦場みたいで、それどころじゃない。
「あっ、そうだ。少しびっくりさせちゃおう」
イシュは監視カメラの映る範囲から、スッと姿を消した。
☆
オペレーションルームから、耳を劈く破壊音がした。
ふ、復活の呪文を……、と言いながら倒れたのはアリスだ。
「信じられない……。どんな方法で来るのかと思ったら、強行突破だなんて!」
「あら、可愛い。7番目のエージェントとして育てたくなりました。連れて帰っても良いですか?」
「ダメよ。今はセミナーを襲撃した犯人の内の1人なの。一旦セミナーの反省部屋に閉じ込めるわ」
アカネが、倒れたアリスを見つめて、あら可愛い、とニコニコしている。
アカネの目には、イシュをも超えるフィジカル、度胸、そして可愛らしさが映っていた。
トレーニングで、どれだけ積み上げても、どうにもならないフィジカル。耐久力、度胸、愛らしさ。
C&Cのメイドとして必要な技術は、後からでも詰め込めるが、持って生まれたものはどうにも出来ない。
1年後、2年後のC&Cをより強固にする為に欲しい人材。
ちょっと、人よりちょっとだけ、ほんの少しだけ。極めて穏当な表現をするのならば、おつむが弱いイシュだけでは、来年以降が心配だ。
「それにしても、エレベーターの指紋認識システムを突破するために無理やり扉を突き破るだなんて……」
指紋認識システム。
セミナーの役員専用の施設で使われている技術の1つ。
指紋認証とは、非常に高度かつ信頼性の高い個人認証技術の1つである。
指紋というものは不思議なもので、同じ指紋はこの世に2つと存在しない。一卵性双生児でさえ、指紋は異なる。
また、成長や加齢の影響をほとんど受けないため、長期間にわたり安定して使用できる。
顔認証やパスワード入力と比べても、指紋認証は素早く認証できるという利点がある。
ただし、数少ない弱点として、指先に傷がある場合や汚れている場合には認証エラーが起こりやすい。
さらに、手袋を着用していると利用できない。
こうした弱点を補うために、静脈認証や虹彩認証などと組み合わせることで、非常に高度なセキュリティを確立することが可能となる。
最上階へ手っ取り早く辿り着く手段を逃すはずがない。
指紋認識というセキュリティーを回避するために、アリスは扉を撃ち破ったのだ。
オペレーターから報告が入る。すぐに修理が不可能なほどに破壊されており、対処するなら丸ごと交換しかない、と。
ユウカはアリスが背負うレールガンを一瞥、高セキュリティで、エンジニア部製ではない物を購入するよう指示を出す。
さすユウ。最上階で暇を持て余しているイシュが、ユウカの姿を見たら、目を輝かせるだろう。
ロビーで集まっていたゲーム開発部の才羽姉妹とユズは、アリスの尊い犠牲を胸に、虚空に敬礼。
先生発案の作戦は恙無く進んでいる。
ハレからの確認に、先生は頷く。直後、エンジニア部より連絡を受け取ったマキが、先生に報告をした。
『トロイの木馬を侵入させることに成功した』
エンジニア部は、「面白そうだから」という単純な理由でこの作戦に参加している。
ウタハには別の目的があるのだろうが、この作戦でそれが果たせるのかは不明だ。
先生は皆を励ますように、顔を見回して優しく言う。"頑張ろうね"、と。
先生の魅力は、その優しさと、生徒のためなら全身全霊をかけるところにある。
睡眠時間を削り、たったひとりの生徒のためにキヴォトス中を駆け回る姿を、誰もが一度は目にしている。
それに比べて、『悪い大人』は数え切れない。
自分の利益のために生徒を酷使する者。
詐欺まがいの商品を売りつけ、生徒を騙す者。
搾取を当然と考える歪んだ理屈を振りかざす者。
違法な高利を押しつける者
そうした『悪い大人』がキヴォトスには蔓延っており、生徒たちにとって“大人”は警戒すべき存在だ。
そんな中で、「先生だけは信じられる」と言う生徒は、決して少なくない。
たとえ直接の関わりがなくても、SNSで先生の評判を知っている。
一部で囁かれる奇妙な噂、生徒の脚を舐めただとか、そういった話は、ただの冗談として流される程度だ。
夜になった。
ミドリは古代史研究会の部活を襲撃した時以来の緊張を抱えている。
つい先の、廃墟の時はゲーム開発部の皆と先生が居ても、ストレスが緊張を上回っていたが、今は違う。
「みんな、準備できてるね!」
「うぅ緊張する」
「大丈夫だってミドリ!」
「ヒビキとウタハ先輩は?」
「今お客さんを出迎える準備はできてるって言ってた」
「さすがウタハ先輩!」
「うう……」
"ミドリ、緊張しているの?"
「はい」
"モモイだけじゃない、マキもコトリもいるから大丈夫だよ。きっと上手くいく"
「……先生。ありがとうございます」
「もー!2人してなんなのさ!」
「マキとコトリは?」
才羽姉妹と先生の会話を聞いていたのか、ホログラムが立ち上がり、マキとコトリが会話に参加する。
2人とも元気で、これから始まるイベントにワクワクしているようだ。
「こっちも準備オッケー!待機中だよ~」
「お任せください!私の理論上、作戦の成功率は0.5%です!」
「ええっ!ほぼ間違いなく失敗じゃん?!そりゃないよ~」
「えへへ、冗談です。作戦成功率は99%です!」
「コトリちゃんとマキちゃんの準備が終わったなら……」
「いよいよだね」
「アリスの犠牲を無駄にしないため、みんな頑張るよ!」
「犠牲ってお姉ちゃん……」
「いよいよだね」
「先生、お願いします」
"作戦開始!"
「「「「おー!」」」」
☆
オペレーションルームに、電子音が鳴る。
侵入者の合図だ。
目を瞑り、休息と言えない休息を入れていたユウカの目が開いた。
オペレーターの少女が、ポイントA1からA2に移動中と報告してくる。
「ここまで来ると、脱出は不可能と見ていいですね。私が出ます」
「あら、随分と買っているのね。アカネ、あなたがわざわざ出る必要があるのかしら」
「もちろんです。お客様のお迎えはメイドの義務ですので」
もし、この場にイシュが居たならば、アカネの服をつまんで、いかないで、と言うだろう。
だが、この場にイシュは居ない。
「確かこの辺りでしたっけ」
「すごく奥の方まで来た感じですが、恐らく間違っていないかと思います!」
「ええ、合っていますよ」
「こんばんわ。良い夜ですね。お二人の行動は監視カメラで全て見させていただきました」
アカネの優しげな声が廊下に響く。
穏やかな気質に、仕草1つから洗練された所作。
武闘派メイドが1人、コールサインゼロスリー。室笠アカネが美しいカーテシーで二人組を出迎えた。
「改めてお知らせいたしますが、早々の投降をお勧めいたします」
「私はコールサインゼロスリー、本名は一応秘密ですので、謎の美女メイドとお呼びください」
麗しき瀟洒なメイドは、全ての所作が美しかった。
一般メイドがアカネを見本とするように、背筋がピンと伸び、穏やかな、優しげな声質。
「あ、アカネ先輩だ」
「アサシン枠で召喚できそうなアカネ先輩?美人だよねー」
「うーん……我々は一応、秘密のエージェントなのですが……謎のメイドは時代が追いついていないとでも言うのですか」
「色々知ってるよ。アカネ先輩、今、体重マズイんでしょ?」
「ま、待ってください!そのような情報の流出は問題がありますよね?!」
「その情報を知っている以上、投降を勧められなくなりましたね。姿を見せてください、モモイちゃん、ミドリちゃん」
「ふふふ……」
「……まだ気付いていないのでしょうね!そちらの計画は既に失敗しています!」
「はい?」
「はーい!アカネ先輩!寮に戻ろうしたら迷っちゃってさ~」
「あなたたちは!」
「説明を求められたら、説明をするのが世の情け!」
「どんな質問にも答えを!エンジニア部の豊見コトリです」
「ヴェリタスのアーティスト!マキだよ!」
「そんな?!ここに来たのはゲーム開発部のモモイちゃんとミドリちゃんのはず!ユウカ!何が起きているんですか?!」
「分からないの!こちらの映像では、今も確かにモモイとミドリが映ってるの!けれど、アカネ、あなたの姿が見えないのよ!」
「……なんですって。これはもしかして……!」
オペレーションルームにいるユウカは、少女にプライベート回線でもう一度画面を映すよう指示を出す。
返事の末、映し出された映像には、アカネと対峙するマキとコトリの姿が映っている!
「そろそろ録画映像だってバレた頃かな!」
「だったら平穏な日常を流しておいたらすぐに『鏡』を取りに行けたんじゃないの?」
チッチッチ、と指を振るモモイに少しイラッとした様子のミドリだが、人の出入りが頻繁な所で、何も無い平和な日常を映し出す方が違和感を与えるんじゃない?と説く。
「それにさ、C&Cの先輩たちを分断しちゃえば、最終的に作戦の成功率は上がるでしょ」
「……それはそうなんだけど、イシュちゃん、まだ見てないよね」
「…………」
「お姉ちゃん?」
「エレベーター来たよ!入ろうよ」
「ちょっと待ってよお姉ちゃん。先生、暗いので私たちの手をしっかり握っていてください」
存在を忘れていたわけではない。廃墟で機械兵を一瞬で薙ぎ払った姿を忘れるはずはない。
自分たちの危機を救ってくれた、小さいけれど大きな背中。
その力は同級生だから知っているけれど、まだ上級生の間ではあまり噂になっていないだけの脅威。
「じゃあ、行きましょう。先生」
才羽姉妹は、エレベーターに乗り込み、上の階に進んでいく。
目標の『鏡』まであと少しだ。
☆
才羽姉妹と先生はエレベーターに乗った。
では、アカネとマキ、コトリ達はどうなったかといえば、閉じ込められていた。
シャッターはセミナーに所属する人物の指紋でしか解除出来ない仕掛けだ。
「私は指紋登録されていますので」
仲良くお縄についてくださいね、と言い残し去ろうとしたアカネだが、システムによって、残酷な宣言がされる。
瀟洒なメイドの珍しい戸惑いの声。
【データ不一致、未登録の指紋です】
【セカンドシャッター、作動します】
残酷なシステム音声がフロアに響き、チタン製のシャッターが降りてくる。
オペレーションルームで動向を見ていた少女から、アカネが閉じ込められた報告を受け、ユウカから指示が飛ぶ。
「近くにノアがいるはずよ。ノアに開けてもらって」
「ちょっと待って。この調子じゃあモモイとミドリも何処かに閉じ込められてしまって……」
閉じ込められて泣いているんじゃないかしら、と才羽姉妹の心配をするユウカ。
根っこから枝葉の先まで善人で、可愛い後輩を心配する優しい先輩の一面を覗かせる。
オペレーターの少女の、ノアも閉じ込められているという報告を受け取ると頭を振り、無理やり思考をリセットする。
「な、な、なんですって!このタイミングで故障なんて、あまりにも都合が良すぎるわ……いえ、ハッキング済!?」
まさか初めから"これ"を狙ってアリスちゃんに扉を破壊させた?
ありとあらゆる可能性がユウカの頭脳に浮かんでは消えていく。それでも、事態は坂道を転がっていくように進んでいく。
「先生、お姉ちゃん。ハレ先輩から連絡が来て、アカネ先輩を閉じ込めることに成功したって!」
「よし!指紋認識システムも正常に動作したんだね!」
「セミナーの役員も全員隔離できているから、このタワーの中を自由に動けるのは、私だけ!」
「行こ、先生、ミドリ」
その仕掛けは単純だった。
エンジニア部製の製品では無く、セキュリティが高いものを即、購入したセミナー側だが、それ自体が罠だった。
エンジニア部の名前を隠した上で、販売したのだ。
時間が無かったからこその致命的なミスだが、これを誰が責められようか。
「アカネ先輩を閉じ込められたなら、アスナ先輩も閉じ込めたかったよね」
「まだ居場所が分からないんだっけ」
「ハレ先輩がミレニアム全域を調べてくれたけど、結局見つかってないよ」
「神出鬼没の先輩だからね、今だけは帰ってきてくれなかったら」
「誰?!」
「あれ、セミナーの子じゃん!まだいたんだ」
「どうしましょう、先生」
"……行こう"
ゲーム開発部は、目標を達成するために突き進む。
キヴォトスは銃社会だ。あまりにも軽い引き金はセミナー所属の生徒を捉える。
目指すは『鏡』の奪取、それだけだ。
次話でパヴァーヌ一章は終わります。
次話投降後、幕間を挟んで2章に移ります。
よろしくお願い致します。
好みを教えてください
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水色と大盛
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水色と特盛
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ピンクと大盛
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ピンクと特盛
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