あたしのトレーナーさんが、ウマ娘に!?   作:匿名希望のトレーナーAさん

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2.中央のトレーナーは少し感覚がズレている。

 何時ものトレーナー室、ノートパソコンを開いた机に見慣れない白毛のウマ娘。

 細い指でキーボードをカタカタと操作する姿を眺める私は、何処にでもいる普通のウマ娘ことアグネスデジタル。私のトレーニングは何時も周りが一区切りを付ける頃合から始められるので今はまだ自由時間になっています。他のウマ娘が嫌がる荒れたバ場を苦にもせず、ウマ娘ちゃん達が残した足跡を見ているだけで心が満たされるから練習の効率が良くなるようです。逆に他のウマ娘ちゃんが居ると集中力が散漫となり、練習効率が悪くなるという話。自覚があるだけ、何も言い返す事ができません。

 なので普段、この時間帯はウマ娘ちゃんの尊みを摂取する為にトレセン学園を遍く散策しているのですが、どういう経緯があっての事なのかウマ娘になってしまったトレーナーさんの事が気になり今はトレーナー室で見慣れぬ白毛のウマ娘を観察しています。元々高身長だった彼女は今、ウマ娘になった影響もあってか幾分か小柄になっている。年齢も幾分か若くなっているように見えます。私を担当にした去年の時点で大学卒業一年目、私のウマ娘ちゃんレーダーによると現役のウマ娘と同等程度の年齢に感じる。

 また貧相な身体をした私とは違って、出る所が出ている彼女が今、着ている衣服は、洗濯を任せていた私のジャージである。

 人種がヒトの彼女がウマ娘用の衣服を持っていないのでズボンを借りるのは分かるのだけど、胸元がパンパンになった上半身まで私の衣服を着るのは果たして意味があるのでしょうか。私が私用で着る時はダボ付いている方が好きな分を差し引いても殿方の夢が内包された胸元が苦しそうに見えます。

 ジトッとした目で彼女を観察していると、パタンと彼女はノートパソコンを閉じる。

 時計を見上げると、もうトレーニングを始める時間になっていた。

 

「今日、使う予定のトレーニングコースはセイウンスカイが使っていたみたいだよ」

 

 さりげなく伝えられる大ニュース。

 セイウンスカイは去年、屈腱炎で長期休暇を余儀なくされており、少し距離を離した場所からトレーニングコースで走るウマ娘を寂しげに眺める姿が散見されていました。その彼女が久し振りにトレーニングコースに顔を出したとあれば、心が昂らないはずがありません。胸の奥から沸き立つ高揚、だけどいまいち集中し切れない自分自身を自覚する。

 私の関心事は今、目の前のウマ娘に注ぎ込まれている。

 両耳を小刻みにクルクルと動かす私の姿を見て、白毛のウマ娘は困ったように目を細める。

 小さく息を零し、観念したように両手を上げる。

 

「分かったよ、分かりました。たづなさんと理事長に相談して来ます。デジタルは怪我をしない程度にトレーニングに行っといて」

 

 メイクデビュー戦もすぐだよ。とトレーナーさんに急かされて私は一人、トレーニングコースに赴くのでした。

 

 

 トレーニングコースを一人で走るのは、あんまり好きではない。

 入学当初は気にする事もなかった。だけど私が芝と砂のコースを走るようになれば、トレーナー資格を持った大人達が私の周りに集まるようになる。私は目立ちたい訳ではなかった。邪な気持ちで走る私なんかよりも、もっと見て欲しいウマ娘ちゃんがたくさん居るにも関わらず、私に注目が集まるのは不本意だったのもあります。

 なので私は人目の多い場所で走ることを自然と避けるようになったし、皆がトレーニングを終えた後の荒れたバ場を一人で走っている時に遠目から眺めるだけだった今のトレーナーさんの距離感が嫌いではありませんでした。彼女と初めて言葉を交わしたのは東京レース場の物販での話。偶然、顔を合わせた彼女と黄金世代について語ったのきっかけで意気投合する。その後、何度か言葉を交わした後でトレーナー契約を結んだのは正直、虫避けの効果も期待していた事は否定しません。私のせいで見るべきウマ娘を見てくれない人が増えるのは、避けたかったので、手頃なトレーナーと早めに契約した方が良いとは考えていた。

 だけど、適当に選んだ相手でもない。

 芝と砂を選べない一方だけを選ぶ事が出来ない私の悩みを真摯に受け止めてくれた人だから、契約を結びたいと考えました。実際、芝と砂の両方を走れるのであれば、芝を走れと言われる方が多かったので。どちらかだけに集中する事が正しいと私自身も思っていたので、変に言い返すこともできず、曖昧な返事で逃げる事しか出来なかった私にも非があるとは分かっている。話せば分かってくれる人も中には居たのだと今では思います。

 彼女を選んだ理由をあえて上げるとすれば、おそらく出会い方が良かったんです。

 

「やっぱり君には芝が合っている」

 

 今でも一人でトレーニングを積んでいると話し掛けて来るトレーナーの方は居ます。

 トレーナーに対して苦手意識を持っている私は、曖昧に笑い返すことしか出来ず、まだトレーニングコースを走っているウマ娘ちゃんを横目に眺めながら男の話を適当に聞き流す。私の走る理由は、他者に聞かせられるような褒められたものではない。レースに出走する以上は、本気で勝利を目指すつもりだ。そうしないと他のウマ娘に対して失礼になる。レースに懸ける想いは、他者に負けるつもりはない。

 だけど勝利という一点に限っていえば、どうしても私は他のウマ娘ちゃんに劣ってしまいます。

 

 私個人にレースの勝利に対する思い入れがない。

 レースに出走できた時点で私の目的は達成されているようなものであり、重賞の舞台で活躍するウマ娘ちゃん達が走る姿を間近で感じたいのでレースの勝利を目指す。本質的な部分で、私はレースの勝利を求めていない。だから、私はトレーナーさんの為に勝利を目指す。私の事を理解してくれた上で道を示し、応援してくれるトレーナーさんの為に私は走ります。私の為ではなく、誰かの為に勝利を目指す。勝利する理由すらも他者に依存する私では、恐らく頂きまで昇り詰められないと自覚している。

 なので私には、例え未熟であっても今のトレーナーと契約を打ち切るつもりはない。

 他のトレーナーの下で走る理由が私にはない。新人トレーナーの下だと私の才能を腐らせるという話も聞いた事があるのだけど、私自身はそれでもいいと考えている。私と共に過ごした経験が、次のウマ娘ちゃんに活かされるのであれば、それは私が彼女の下で走るのに十分過ぎる理由になる。

 この辺りの認識のズレが、どうしても私をスカウトするトレーナーの方々の声が私の心に響かない要因になっているのだと思っている。

 

「……時間を取らせてしまってすまなかったね。もし何かあれば、此処に連絡をして欲しい」

 

 上の空で話を聞く私に脈がないと感じたのか、話も程々に彼は名刺だけを私に渡して引き下がる。

 時間にすると五分程度、引き抜きを仕掛けるトレーナーの中では良心的な方だ。

 私は、特に何か声を掛ける訳でもなく、愛想笑いだけを浮かべて彼の背中を見送った。

 

 トレーナーさん以外のトレーナーに話しかけると心が疲弊します。

 今日は一人なので、幾分か軽めに設定されたトレーニングメニューを熟した私が更衣室に移動する最中、トレーナーにスカウトされる白毛のウマ娘の姿が見える。一目見て、ビビッと来た。と告げる彼は、中央のトレセン学園のトレーナーによく居るタイプのウマ娘バカだ。興奮する彼が向ける視線の先がパンパンの胸元ではなくて、サイズが合わなくて晒された脹脛である事からも容易に推測できる。「私はトレセン学園の生徒ではありません!」と怒鳴る彼女に「君ならば、三冠制覇も夢じゃない!」と情熱的にスカウトするトレーナーの姿を見て、私の時も居たなあと一年前の事を思い返す。

 私がトレーナーに苦手意識を持つようになった要因のひとつでもある。

 

「デジタル!? 助けてデジたん!!」

 

 私の姿を見つけた私のトレーナーさんが懸命に手を振って私を呼んだ。

 未だにスカウトを受けることがあると不満を漏らした時、私のデジたんが評価されていて嬉しいよ。とへらへら笑っていた腹いせに無視することも考えていたのだけど、名前を呼ばれたからには仕方ないと渋々歩みを進める。彼女が純粋なウマ娘であれば、彼女を助ける為の方策も考えていたと思うのだけど、彼女は私よりも大人ですし、あの情熱的なトレーナーと関わりたくないしで二の足を踏んでいた。

 白毛のウマ娘の声に私の姿を確認したトレーナーは姿勢を正して私と向き直る。

 

「デジタル君、君からも口添えしてくれないか? 私の存在が彼女の事を決して損させる存在ではない事を!」

 

 契約を結んだ後、私からスッパリと手を引いたので良識的な人である事は知っている。

 実際、彼はウイニングチケットと一緒に日本優駿を勝ち取った情熱的で優秀なトレーナーである。彼がスカウトしているのが他のウマ娘であれば、怪しい人物ではないという証明くらいはしてあげたかも知れない。

 だけど今、彼がスカウトしているのは私のトレーナーさんだった。

 

「えっと……彼女、本当にトレセン学園の生徒ではありません」

「いや、でも彼女のジャージは学園指定の……」

「話して聞かせるよりも、見せた方が早いのでは?」

 

 私が指先で自分の襟元をトントンと叩いてあげますとトレーナーさんはハッと気付いたようにポケットからトレーナーバッチを取り出す。

 

「私は、この学園のトレーナーです!」

「…………なん、だと? 俺の審バ眼によれば、君の年齢はまだ高等部のはずだ……肌の張りと艶、まだ本格化前の肢体。トレーナー資格の試験は成人していないと受けられない事を君は知らないのか?」

「デジたんが偶に私の事を気持ち悪い人を見る目で見る理由が分かった気がします」

 

 トレセン学園に居ると感覚が麻痺しますが、基本的にトレーナーという存在は気持ちの悪い生き物である。

 一年くらいすると慣れますけど。

 兎も角、私はトレーナーさんの手を引いて「そういう訳ですので」と逃げるように連れ去った。

 

「ありがとう、デジたん」

 

 落ち着ける場所まで移動した後、トレーナーさんは息一つ切らさず礼を口にする。

 端正な顔で、はにかむ彼女に複雑な想いを抱く。元から恋人の一人も居ないのが不思議な程に見目の整ったトレーナーさんは、ウマ娘になった事でより美人な姿になった。そんな彼女が笑えば、破壊力は抜群ってなもんでして、間近で受け止めた私の胸の鼓動がトクンと高鳴るのも至極当然の話。だけど中身がトレーナーさんである事を知っている私の脳はバグるし、高揚よりも不安や心配の方が勝る。手を引いていた時もそうだ、少しヒトには厳しい速度を出して逃げました。

 だけど、本人は知ってか知らずか、息一つ切らさず悠々と笑顔を浮かべている。

 

「……理事長との話は、どうだったんです?」

 

 色々と言いたい気持ちを飲み込んで、私は彼女に問い掛ける。

 

「とりあえず、トレーナーは続けて良いって事で決まったから安心だね」

「……他には?」

「他?」

「もっと話すべきこと、あったんじゃないですか?」

「他に話すべきことある?」

 

 世間一般的に、よく言われている事がある。

 中央トレセン学園のトレーナーは少し感覚がズレている。

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