あたしのトレーナーさんが、ウマ娘に!?   作:匿名希望のトレーナーAさん

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6.ぎゃぼーっ!?

 夏合宿の記憶がスパーンと飛んでいる。

 気付いた時には合宿が終わっていて、全身筋肉痛で学寮のベッドで仰向けになっていました。同室のタキオンさんに筋肉痛に効果があると怪しい薬を飲まされることもありましたが、私は元気です。時折、タキオンさん自身が発光していることがあるように、私の身体が黄緑色に発光するような事はありませんでした。7月の夏合宿が終わり、宝塚記念を走り終えたシニアクラスのウマ娘と入れ替わる形でトレセン学園に戻ると今年、入学した新しいウマ娘ちゃんが元気にグラウンドを走り込んでいます。

 中でも評判が高いのは、ペリースチームさんと呼ばれる葦毛のウマ娘。海外から日本へ留学に来たウマ娘であり、彼女を受け入れた、これまで何度もGⅠウマ娘の育成に携わった女性のトレーナーが月刊トゥインクルのインタビューで「雰囲気、とでも言いましょうか。これまで実際に走りを見たウマ娘の中で凄さを感じたのは、オグリキャップとサイレンススズカ。そして彼女、ペリースチームの三名ぐらいです」と答えている。評判でいえば、ジャングルポケットさんが河川敷に一軒家を構えるフジキセキさんのトレーナーを務めた年配の男を師事している。トレーナー間の評判でのいまいちでもアグネスタキオンさんとマンハッタンカフェさんの二人がおり、短距離路線には、ビリーヴとカルストンライトオの二人が素質で頭ひとつ分抜けています。

 黄金世代にも負けず劣らずの役者が揃っており、何処にでもいる普通のウマ娘としては、来年以降の展望に期待感で胸一杯です。

 

 同世代には、エアシャカールさんとタップダンスシチーさん、そしてタキオンさんと同じ実家の姉であるフライトさん。同じ冠名が付いているウマ娘は、親戚だったり、何かしらの関係性を持っている事が多いのですけど、同じアグネスでも何処にでもいる普通のウマ娘な私と御二人の間に、これといった関係はありません。同じ冠名が付いていて畏れ多いというものです。

 余談ですが冠名というのは俗語が一般化したもので、名前の一部が共通している事を示します。

 メジロとか、サクラが有名です。アグネスの他だと、タップダンスシチーの末尾に付いているシチーが冠名だと言われています。例えば、ゴールドシチーさんが同じ冠名に当てはまります。まあ名前が似ていても赤の他人ってのも良くある話なので、そういうのもあるっていう感じで認識して頂ければ幸いです。例えば、私とか、あたしとか! タキオンさんとフライトさん、アグネスワールドさんと同列に扱われるのは畏れ多すぎます~!

 

 クラシック3強に加えて、典型的な夏の上がりウマ娘であり、サイレンスズカさんの従妹であるラスカルスズカさんが菊花賞に備える中、私は先んじて9月開催のメイクデビュー戦への出走が決まりました。

 

 8月半ば、私はトレセン学園の売店で購入したウマ娘の地方誌をトレーナー室で読み耽る。

 トレーニングを終えた後、シャワールームで湯を浴びた長い髪が生乾きになっていたので、白毛の美人ウマ娘に髪の手入れをして貰う事になりました。まだ少しギクシャクはするけども、懸命にトレーナーさんはトレーナーさんだと自己暗示を続ける事で辛うじて平静を保てています。「中央だけじゃなくて地方も抑えてるんだ」と頭の後ろで囁くトレーナーさんの言声が耳に擽ったいです。私が手に持った雑誌を覗く為に身を乗り出せば、彼女の口元は私の耳のすぐ傍、吐息の音、背中に感じる背の高い彼女の気配。胸の奥がむずむずしてきた私に「デジたんは、偉いね」と優しく囁かられる。

 ヒトであった時から感じていた近い距離感は、ウマ娘になった今となっては殺人的である。

 

 髪の手入れで油断していた事もあり、私は開幕十割の破壊力に私は意識を飛ばすのでした。

 気付いた時には、髪にコテが当てられています。タオルでしっかりと水分を吸い取った後、ヘアオイルで手入れし、ドライヤーでしっかりと乾かした髪にブラシを通して綺麗に整える。そうして出来上がった髪は、トレーナーさんがウマ娘になる以前、よくしていた髪型と同じゆるふわな感じに仕立てられてしまっていた。

「よく似合ってる」と満足げに頷く彼女に私は、気恥ずかしさでいっぱいで思わず顔を覆い隠します。

 

 私は平々凡々のウマ娘、美人とイケメン、カワイイが揃い踏みのトレセン学園で私はどの面下げて表に出れば良いのでしょうか?

 

「その記事を熱心に見てたけど、そのウマ娘がデジたんの推し?」

 

 不意に訊かれた言葉に、これ幸いにと私は話に乗っかる。

 

「ええ、そうなんですよ。彼女は元々中央の所属で、将来を期待されるウマ娘ちゃんだったんです。だけど脚部の不安から中央のトレーニングには付いていけないとデビューする前に岩手に籍を移してしまいました。その後も動向を探していたのですが、なんと漸くレースに出走できる目途が立ったんです! 本格化に合わせてトゥインクルシリーズに登録してしまったのでクラシックでのレースが終わった後のデビューになってしまいますけど、素質は十分! 今後の動向に目が離せません!!」

 

 ギュッと片手を握り締めて、ふんすと鼻息を荒くする。

 一目惚れの衝撃はオペラオーさんが一番ですが、脚部不安でレースに出走できず、地方に移籍しても諦めず、懸命に走り続ける姿を夢想するだけで尊みに溺れてしまいそうだ。よし、楽しく話せたな。と心の内で呟いてルンルン気分で尊み探しの旅に出る。ウマ娘ちゃんを見つけては、息を潜めてスゥッと気配を消してみるけども「あれ、デジタルさん?」と今日に限り、デジタルステルスの効き目が悪くて話しかけられてしまった。話し掛けてくれたのはカレンさんで、一緒に居るのはアヤベさんだ。いやいや、そんな私の事なんて放っておいてください。邪魔者はすぐに立ち退きますので、どうぞ御二人で尊みを育んでください。と両手を前に突き出して距離を取ろうとする。

 しかしカレンさんは、私に顔を近付けてスンと鼻を鳴らす。

 

「ひょえっ!?」

 

 私の口から漏れる奇妙な悲鳴を意にも介さず、カレンさんはカワイイ仕草で両手をパンと合わせる。

 

「やっぱり! あの白毛のトレーナーさんと同じ匂いがする」

「ふえっ!?」

「あの白毛さん綺麗だったもんね~。年齢の割に肌もスベスベだし、若さの秘訣とか聞いといた方が良いのかな?」

 

 表情をコロコロと変えるカレンさんに私は隣に立つアヤベさんに助けて貰おうと視線を送る。しかし夏合宿前のストイックなアヤベさんは鳴りを潜めて、今は、天然が少し混じったポンコツ気味のお姉さん。彼女はゆるい感じの4コマ漫画のような絵柄で頬を赤らめたまま、ジトッとした目で私を見つめる。

 

「ゆる……ふわ……」

 

 ワキワキと手を動かすアヤベさんの言葉で、今の自分がトレーナーさんの手入れを受けていた事を思い出す。

 

「その髪型もカワイイね、何処の美容院を使ってるの?」

「いや、その、美容院では……というか、アヤベさんを遠ざけて頂けませんか!?」

「という事は、それもトレーナーさんが? へ~、どおりで同じ匂いがするんだ」

 

 そう言うとカレンさんはスマホを取り出してパシャリと撮る。

 ああ、やめてください。やめてくださいまし、私は何処にでもいる普通のウマ娘。尊みに溢れた貴女の視界に収まるも烏滸がましい存在であります。口から出せない心の悲鳴は彼女には届かず、スマホを弄ってピロリンと音が鳴る。えっ? 今、何をしたんです? 直後、私のポケットに入れていたスマホがブルブルと震え出した。

 つぅっと頬を伝う嫌な汗、恐る恐るとスマホを覗いてみるとカレンさんのアカウントが私のスマホに登録されている。

 えっ? 私、記憶にないんですけど。

 合宿メンバー全員のアカウントが登録されていたので夏合宿中に登録していたようだ。

 オペラオーさんのアカウントもあるんですけどー!?

 

「ぎゃぼーっ!?」

 

 情報量に意識が押し流されて、精神が限界を超えてしまった。

 可愛くない悲鳴と共に私は立ったまま昇天する。さりげなくアヤベさんが私の髪を両手で愛おしそうに触れていたのはたぶん、きっと気のせいだ。死の間際に見た幻覚のようなものである。私は記憶にないのですが、あの後、カレンさんが私のトレーナーさんを呼んでくださったようです。また、これは後になって知った事なのですが、夏合宿中、私が気絶する度にトレーナーさんに連絡が入っていたようです。申し訳ないのやら、気恥ずかしいのやら、とりあえず私は私室に戻り、ベッドで頭から布団に包まって羞恥に耐えるので精一杯でした。

 しかし数分もしない内に「デジタルくん、新しい試薬が完成したんだがね!」とタキオンさんが勢いよく扉を開け放って入ってきした。私の心に平穏が訪れる事はないようです。

 救いはないんですか、と何時も呟いているドトウさんの気持ちが少し分かった気がします。

 

 

 そうこうしている内に数日が過ぎて、数週間が流れて、私、アグネスデジタルは今、阪神レース場のゲートの中に居ます。

 時間の流れというものは、あっという間、ゲートが開いたかと思えば、最終コーナーに差し掛かっていて、スパートを仕掛けるタイミングを見失った私は、最後の直線をぐだぐだと走り、実力の半分も出し切れないままゴール板を通り過ぎてしまった。結果は2着、切れる息に滴る汗。他のウマ娘が肩で息をする中、私は呆然と立ち尽くす。気付いた時にはレースが終わっていました。決して手を抜いた訳ではなく、悔しいとか、悲しいとか、嬉しいとか、感じる間もなくて、気が付いた時には全てが終わってました。

 何が良かったのか、何が悪かったのか。それすらも分からなくて、ただただ同じレースを走ったウマ娘ちゃんに申し訳なく思いました。

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