独物語~ゆきのフォックス~   作:フリューゲル

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こんにちは、フリューゲルです。

更新の頻度が速くて、自分でも驚きます。私はいつからこんなに働きものになったのでしょうか? 本当はあと一日くらい寝かせようかと思ったのですが、日中に神様っぽい何かが、「ユー、投稿しちゃいなヨー」とお告げをしてきたので、今日上げることに決めました。

時期尚早と思われても、神様の責任にして逃げようカナー。


……それでは、ご覧ください。


ゆきのフォックス 其之拾陀

 

 

 四日ぶりに訪れた境内は、あの夜の惨状がまるでなかったかのように整然としていた。

 

 

 壊れてバラバラになった稲荷地蔵も、根っこから倒れて所々折れてしまった松も、いつの間にか撤去されているとともに、それ以前に境内に散っていた葉っぱも綺麗に清掃されていた。ほとんど忘れ去られていたと思っていたが、それでも管理する人ぐらいはいるらしい。

 

 

 

「それで、君は一体何をしたのかな?」 

 

 

 

 目の前の雪ノ下が、朗らかに俺に尋ねてくる。

 

 

 いや、正確には雪ノ下ではない。雪ノ下の身体を借りた白狐さんだ。その証拠というべきか、その顔には人懐っこい笑みが張られている。

 

 

 そして、この神社と同じように雪ノ下の外見も、四日前とは大きくことなっていた。雪を思わせる真っ白な髪はすべて、この暗闇に染められてしまったかのように、雪ノ下本来の艶やかな黒髪へと戻っている。

 

 

 ただ一点、雪ノ下の頭に、そのまま純白の狐の耳が残っているだけで、それ以外はほとんど雪ノ下へと身体が戻ってきているのだ。それは雪ノ下と白狐さんが分かれ始めているということだろう。

 

 

 

「いや、特に何もしていませんよ。俺以外の人間が、勝手に動いてくれただけです」

 

 

 

 ここには俺と白狐さんしかいない。

 

 

 

 そもそも、誰かを誘って、この神社へと来たわけではなく、そこに白狐さんがいると思って、ふらりとここまで来てしまったのだ。

 

 

 腕時計を確認すると、時計はすでに午前二時を回っている。虫や鳥もすでに寝静まっているのか、ただ、風が吹きすさぶ音だけが境内を通り抜けている。

 

 

 

「そうかもしれないね。ただ、この前から少し体の調子がおかしくて、……私は信仰を取り戻して欲しいと言ったのに、どういうわけか、神様としての力が無くなってきているんだよ」

 

 

 

 白狐さんは続ける。

 

 

 

「不思議なことに、私が見たことも声を聴いたこともない人間が、私を認識していてね。君が動いてくれたのかなー、なんてのんきに思っていたんだけど、どうやら私を神様とは思ってくれなかったんだよね」

 

 

 

 それから話すことは、白狐さんの個人的な感覚が多かったが、それでもこういうものらしい。

 

 

 四日前、葉山たちがここへお参りした直後、数は少ないが、白狐さんを畏怖する感情を感じ取ったらしい。それには恐怖が大部分を占めていたそうだが、それでも白狐さんを敬う、つまり神様として扱う感情も混じっていて、白狐さんはそれを美味しく食べていたらしい。

 

 

 ただその後、おかしな感情が白狐さんの元へと届けられた。怒りや、恐怖、不安、慟哭といった嘆きが白狐さんを包み込んでいったらしい。それこそ、白狐さんが全く心辺りがなく、人間が起こした出来事から派生したものであったものでも。

 

 

 

「つまり君は、世の中の不幸な出来事を妖怪の仕業に仕立て上げたわけだ。狐である私の仕業に」

 

 

 

 雪ノ下を白狐さんから解放しなければならない。だからといって、願いを叶えてしまえば、陽乃さんから外面が失われてしまう。ならばどうするか、そもそも白狐さんを神様の座から引きずり降ろして、白狐さんの神様としての力を失わせればいい。

 

 

 

「まあ、そんな感じですね。あなたがもともと妖怪だったことは、全く知らなかったですけれど」

 

 

「あらら、それはあの吸血鬼ちゃんから聞いたのかな?」

 

 

 

 月を背負いながら話している白狐さんは、どこか儚げで、今にも消えてしまいそうなほど、存在感が薄かった。初めて会ったときよりも落ち着いた話し方をするのも、白狐さんの影響が抜けて、雪ノ下が出てきているからかもしれない。

 

 

 

「それについては、ここに来て初めて分かったらしいですけどね」

 

 

 

 最初に疑問に思ったのは、この神社に拝殿がないことだった。神様の住処はしっかりとあるのに、参拝客用の賽銭箱も鈴も用意されていないのは、どこか変だと思っていた。ただ、あの吸血鬼とは違い、俺は変だと思うことしかできなかった。

 

 

 

「忍さんに聞いて、納得しました。この神社も周りを背の高い木で覆って外が全く見えないことや、落葉樹の銀杏ではなく、常緑樹の松が植えてあるのも、この場を変わらないものにするためだったんですね」

 

 

 

 どの季節でも変わらない場所というのは、何かを封じるには適した場所らしい。……それもそうだ。変わらない、つまり何も起こらないということだ。出てきてほしくないものを封じるにはもっとも、というわけか。

 

 

 

「その通り、神様になってからは久しいけど、昔はただの狐で、長生きして妖怪に昇格したんだよ」

 

 

「……いつから、あなたは神様になったんですか?」

 

 

 

 本来ならば聞かなくても良い話だが、思わず聞いてしまった。白狐さんと会うのもこれが最後だと思うと、もう少しだけ話をしたくなったのだ。

 

 

 ……狐耳の雪ノ下を見ることができるのも、これが最後だしな!

 

 

 

「さあねー。君が生まれるよりも大分前だったろうけど、確かに恐れられて封じられたはずなのに、いつからか色んな人間たちが私を奉るようになって来たのはいつだったかな。どうせ何もできないし、するつもりもなかったから無視をしていたんだけど、ある時、誰かが勝手に良いことと私を結びつけたんだよ。そして気付いたら神様になっていたの」

 

 

 

 髪をいじりながら、呆れたように、白狐さんは語った。

 

 

 

「白狐さんは、神様と妖怪、どちらが良かったんですか」

 

 

「どっちでも変わらないよ。神様だから敬われるとか、妖怪だから迫害されるとか、そういう時代は過ぎちゃったからね。神様だろうと妖怪だろうとひっそり生きていくしかないんだよ」

 

 

 

 そう言われると、どう反応していいか分からなくなる。

 

 

 月の光に照らされた白狐さんが髪をかき上げると、光が反射して銀色に輝いて見えて、その微笑みと相まって、よく分からない感情がどこからか溢れそうになる。

 

 

 

「ねえ、一つ聞いていい?」

 

 

「……どうぞ」

 

 

「君と一緒に来た子たちが、私と不幸を結びつけたのは分かるんだけど、あの子たち以外の子たちも、私のことを認識しているようなんだよね、しかも凄い早さで。私としてはもう少し時間がかかると思っていたから、びっくりしたの」

 

 

「ああ、そのことですか。……人間っていうのは、良いも悪いもひっくるめた生き物でしてね。理由も見つければ、簡単に悪いこともしてくれるんですよ」

 

 

 

 学校内で狐の妖怪の噂を拡散させ、不幸な出来事と白狐さんを結びつける。そうすれば勝手に白狐さんを幻視してくれるとともに、その噂を悪い方向で生かす人間が必ず出てくる。人間関係なんてものは、小さな不満で溢れているのだから、火をつけてしまえば、簡単に広がってしまう。

 

 

 だからこそ、最初に怪奇現象に巻き込まれるのは、葉山のグループでなければならなかった。トップカーストに位置するあいつらが被害に遭うことによって、噂が早く広まるとともに、信ぴょう性が高まる。

 

 

 そうすれば、誰かを嫌っている奴は噂に便乗して行動を起こすし、被害に遭った奴も誰かに嫌われているよりは、妖怪のような良くわからないものを理由にした方が都合が良い。たとえそれが現実逃避であっても、誰もがそれを想ってしまう。

 

 

 本来ならば、こんな方法をとるべきではないのは分かっている。誰もが納得して、誰もが幸せになれるような方法が理想なのは知っている。……だが、俺にはこんな方法しか思いつかなかったのだ。

 

 

 

「なるほど、君は最低だ!」

 

 

 

 白狐さんが笑いながら、罵倒をしてくる。

 

 

 

「妖怪に言われる言葉じゃありませんね、まったく」

 

 

 

 それにつられて、思わず俺も自虐的な笑いを浮かべてしまう。

 

 

 

「……じゃあ、そろそろこの話は終わろうか。この瞬間も私を恐れる感情がたくさん入ってきているからね。神様ならともかく、妖怪である私が憑いているなら、この子に負担が掛かっちゃうから」

 

 

「なら、俺も最後に一つ聞いていいですか?」

 

 

「いいよ」

 

 

「陽乃さん――こいつのお姉さんの人格なんですけど、ちゃんと元に戻りますね?」

 

 

「うーん? たぶん戻ると思うよ。今回の場合、私の都合で契約不履行になるわけだし、それに私が出てくときと一緒に、この人格も外に出すから、必然的に長年親しんだ所へ戻るんじゃないかしら?」

 

 

 

 何とも不安な答えをしてくれる。……仕方がないので、明日の朝一番に陽乃さんに確認するとしよう。

 

 

 

「これで大丈夫かな? ……うん、じゃあお別れだね」

 

 

 

 白狐さんがそう言うと、それまで穏やかだった風がいきなり強く吹き始めるとともに、白狐さんの髪が絹のような黒髪から、以前に見た真っ白な髪へと彩られていく。

 

 

 

「君が余りにもこの姿に見蕩れていたから、サービスね。しっかりとその目に焼き付けておきなさい」

 

 

 

 この風で目を覚ましたのか、それとも主の帰還を祝福しているのか、それまで静かだった虫や鳥たちが一斉に鳴き始め、境内は喧噪に包まれる。

 

 

 

「私はしばらくここにいるから、暇なときはこの子と遊びにでも来なさい。歓迎するよ」

 

 

 

 白狐さんが笑いながら手を振ると、一際大きな風が境内を通り抜ける。迫り来る風に耐えきれず思わず目を閉じる。

 

 

 すぐに風が止み、目を開けると、いつも通り落ち着いた表情の雪ノ下がそこにはいた。髪も黒へと戻っていて、ここしばらく生えていた狐耳も無くなっている。

 

 

 

「なんか、その姿を見るのも久しぶりだな」

 

 

「そうね、一週間ちょっととはいえ、それまであったものが無いというのは、どこか変な感じがするわね」

 

 

 

 雪ノ下はぽんぽんと自分の頭を触っていたが、その後に姿勢を正し、俺を真っ直ぐに見つめると、

 

 

 

「比企谷君、私を助けてくれてありがとう」

 

 

 

 そう言って丁寧にお辞儀をした。

 

 

 

「……人は勝手に助かるんじゃなかったのか?」

 

 

 

 面映ゆくなってしまって、ついつい反論してしまう。

 

 

 

「……そうね、でも今回はあなたに助けられたの。勝手にあなたが助けてくれたの。だから、お礼を言わせて欲しいわ」

 

 

 

 こいつは真面目な顔で、自分が何を言っているのか分かっているのか。

 

 

 

「それに互いに助け合う、互いを補い合いながら寄り添っていく、そんな関係も良いのかもしれないわ」

 

 

「……そうかもしれないな」

 

 

 

 人間関係のことはよく分からないが、一人か二人くらいは、そんな形になっても良いだろう。そして、そんな風になれたら今よりもう少しだけ、優しい世界になるのかもしれない。

 

 

 

 そうして、俺たちの間を沈黙が支配する。ただ、不思議とその沈黙が心地良い。雪ノ下もそう思ったのか、何も言わずに風を受け、髪をたなびかせている。

 

 

 

「……帰るか」

 

 

「ええ、帰りましょう」

 

 

 

 そうして俺たちは帰路につく。ここから雪ノ下のマンションに寄り、家に帰るにはそれなりに距離があるが、まあ問題ない。どうしてか、今はもう少し夜風に当たりたくて、仕方がない。雪ノ下もそう思ったのか、いつもより歩くスピードが遅い。

 

 

 少し離れて歩いていた俺と雪ノ下であったが、月の光に照らされてできた俺がたちの影は、見事に寄り添っていた。ただ、俺も雪ノ下もそのことを指摘せずにそのまま歩き続ける。。

 

 

 ……まあ、たまにはこんな青春もいいだろう。

 

 

 

 




ご覧いただき、ありがとうございます。

一か月強にわたり投稿を続けてきましたが、残りはあと二話になります。
話の本筋としましては、これでほとんど語り終えてしまいました。

残りは映画であたるエンディングと、スタッフロールが終わったあとのちょっとしたオチのような部分だけです。

最後まで楽しんでいただけるよう、頑張りたいと思います。


それでは、また次回。

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