独物語~ゆきのフォックス~   作:フリューゲル

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こんにちは、フリューゲルです。

いよいよ残り二話ということですが、基本的にはこれが最終回です。
残りはタイトルの通りで締めたいと思いますので、八幡の物語としてはこれで終わります。

なんとかあげられて良かったです。


それでは、ご覧下さい。


ゆきのフォックス 其之拾捌

「あらあら、比企谷君」

 

 

 

 登校中に陽乃さんに声をかけられる。

 

 

 まるで偶然道端で出会ったかのようだが、ここは俺の家の目の前で、俺はちょうど玄関を出たところである。偶然もなにもへったくりもない。

 

 

 

「お久しぶりですね、陽乃さん」

 

 

 

 陽乃さんは以前にショッピングモールで会ったときのように、刺激的な格好をしていて、思わず見蕩れてしまう。

 

 

 すらりと伸びる足は黒のストッキングに包まれ、その足の長さと細さを主張していているが、何よりも上着の白いニットのセーターに目がいってしまう。陽乃さんは肩を大きく開いたセーターをふとももまで伸ばし、ボトムを隠している。おそらくショートパンツかプリーツを履いているだろうが、はたから見ていても全く分からない。

 

 

 履いているかどうか分からないだけで、こんなにも興奮するとは思わなかった。露出がある肩よりも、肌が見えない部分に目がいくのは不思議な現象である。

 

 

 何よりその御足を包み込んでいる編み上げブーツが素晴らしい。ハイヒールやローファーには全く心が動かされないのに、ブーツというだけどうして引きつけられるのだろうか。

 

 

 

「んっ? どうしたの? 何か変な格好だった?」

 

 

 

 陽乃さんが自分の身体を動かしながら眺めているので、服の上からでも分かる豊満な胸がより強調される。……すばらしい。

 

 

 

「どうやら人格は元に戻ったようですね。元気になって、何よりです」

 

 

「その通り、だから今日は比企谷君にお礼を言いに来たわけ」

 

 

 

 その強化外装からするとあまりそういう印象はなかったが、陽乃さん自体は案外律儀な性格なのかもしれない。

 

 

 

「だったら、雪ノ下の所にでも行けばいいじゃないですか? あいつ、大分気にしていましたよ」

 

 

「雪乃ちゃんならもう話したよ。今朝に電話が掛かってきて、改めて謝られたから、しっかりと話して和解したよ」

 

 

 

 陽乃さんの声音が一瞬、柔らかくなったことに気付く。その言葉を聞くだけで、色々なものがこみ上げてくる。決して良いことがあったとは言えないが、それでもこの二人が歩み寄ってくれたことが、雪ノ下の友人として何より嬉しい。

 

 

 

「……そうですか、良かったです」

 

 

 

「うん、ありがとう。それとは別に、お姉さんは、嬉しいことがもう一つあったんだよね~」

 

 

「はあ、そうなんですか……」

 

 

 曖昧に返事をする俺に対し、陽乃さんは「こほん」と可愛らしい咳払いを一つすると、

 

 

『だから比企谷君、……私と友達になってはくれないかしら』

 

 

「はい?」

 

 

『お、俺も……、お前と友達になりたい』

 

 

「ちょっ」

 

 

 と、そんなとんでもないことを言った

 

 

 おい、ちょっとまて。というか今、この段階で、誰かに聞かれてはないだろうな。

 

 

 思わず辺りを確認すると、幸い近くには誰もいない。ただし、陽乃さんは悪戯をした小学生のような含み笑いをしていた。

 

 

 

「なんでもそれを知っているんですか!」

 

 

「なんか良く分からないんだけどね、人格が戻ったときに、少しだけ雪乃ちゃんの記憶が混じってたんだよ。そしたら、こんな可愛らしい記憶が入っていたから、お姉ちゃん嬉しくなっちゃって」

 

 

 

 あの狐、立つ鳥が跡を濁してどうするんだよ。いや、狐は鳥じゃないから関係ないのか。

 

 

 

「お姉ちゃん嬉しいなー。雪乃ちゃんにまた一人お友達ができたし、比企谷君も初めて友達ができたからね!」

 

 

 

 陽乃さんがにやにやしながらこちらを見ている。その表情は、初めて陽乃さんに会ったときに近いものではあるが、印象はまるで違い、親しみを感じられる。

 

 

 

「すいません、もう学校に行っていいですか?」

 

 

「あら、もうそんな時間。……改めてお礼を言うね、比企谷君。今回は雪乃ちゃんを助けてもらって、本当にありがとう」

 

 

 

 そうして陽乃さんは、この前俺に見せた屈託の無い笑いをする。その顔を見るだけで、何とかやりきった気分になる。

 

 

 

「うん、じゃあ、またね。可愛い弟君」

 そんな不穏な発言を残して、陽乃さんは軽やかに去っていってしまった。

 やはりあの人はいつでも、台風のような存在だとしみじみ思ってしまう。

 

 

―――――――

 

 

 休み時間の間を見て、阿良々木先輩に会いに行く。

 

 

 すぐ先に受験を控えているからか、それとも単純に年齢の差なのか、三年生は俺たち二年生よりも大分落ち着いていて、そして大人びて見えた。

 

 

 阿良々木先輩の教室の前まで行き、神経質に勉強している雰囲気に気圧されていると、むこうが気付いてこちらに来てくれる。

 

 

 

「どうも……、雪ノ下の件は、おかげさまで何とかなりました」

 

 

「そうか、それはなによりだ」

 

 

 

 一言で会話が終わってしまった……。

 

 

 そういえば、阿良々木先輩とはビジネスライクな会話以外をしたことがない。そんなことを思ったが、そもそもあまり普通の会話を誰かとしたことがなかった。……なら仕方ない。

 

 

 

「結局、阿良々木先輩の依頼を放ってしまって、申し訳ありません。それに加えて、俺たちのことまで手伝ってもらって……なんて言ったらいいか」

 

 

 

「それは別に問題ない。それに、変なおまじないなら、比企谷が流行らせたわけだしな」

 

 

 

 阿良々木先輩は冗談めいた口調で言ったが、正直俺の胸に刺さった。

 

 

 

「それについては、本当に悪かったです」

 

 

 

「いや、僕は比企谷を責めたいわけじゃない。今回の件については、お前も僕も同罪だ。比企谷の案を認めて、見逃して、実行をしたのは僕たちだ。ならば、悪いのであれば、僕だって悪い」

 

 

 

 阿良々木先輩はさらに加える。

 

 

 

「ただな、これを良い思い出だけにするなよ」

 

 

「良い思い出……ですか?」

 

 

 

「比企谷はそれこそ友達ができたし、僕もお前たちと知り合えて良かったと思っている。それでも、僕たちは見ず知らずの誰かを巻き込んで、傷つけたんだ」

 

 

 

阿良々木先輩は一瞬俺から目を離し、自らの影に視線を落とす。そこには影に封じられた吸血鬼が、今もそこに封じられている

 

 

 

「僕たちは後悔し続けなければいけないんだ。雪ノ下を助けることができたからって、僕たちのやったことは消えてなくならない。だから、誤魔化すなよ」

 

 

 

 そうして俺は、ようやく阿良々木先輩の強さを知った。

 

 

 

 この人は、普通の奴らが簡単に誤魔化して、いつの間にか忘れてしまうことでもしっかりと覚えて、後悔しつづけているのだろう。それこそ、自分の心が擦り切れるくらいに。それは本当に、心が強くないとできないことだろう。

 

 

 

「そうですね。しっかりと覚えておきます……」

 

 

 

 それは、そのことだけは、俺もしっかりと背負い続けよう。

 

 

 

「うん、まあ雪ノ下さんと由比ヶ浜ちゃんと仲良くやれよ。……そろそろ授業が始まるな、比企谷もそろそろ教室に戻ったほうがいい」

 

 

 

 

 

 

 右手に付けた腕時計を見ながら言うと、阿良々木先輩は背もたれの体勢から姿勢を正して、指を上の階に向ける。

 

 

 

「今回は、本当に助けられました。どこかで時間ができたら、用事が無くても奉仕部に顔でも出してください」

 

 

「ああ、戦場ヶ原もつれて、遊びに行かせてもらうよ」

 

 

―――――――

 

 

「それでヒッキー、何か私に言うこと忘れてない?」

 

 

 

 由比ヶ浜は朗らかに、顔に笑みを浮かべながら言った。

 

 

 

 ……おかしいな。こんな光景を以前見た覚えがある。これがデジャヴというものか。もしかしたら俺は時間をループしているのかもしれない。

 そうやって考えると、この昼休みに響いてくる喧噪や、野球部の一年生がグラウンドを均している風景に見覚えがあるのも、時間を繰り返していると考えれば納得がいく。

 

 

 

 机の上に広げている弁当の中身にも、見たことがないものが入っている。これは冷凍食品のグラタンだろうか? 

 

 

 

 箸で少し摘んで口に入れる。うん、旨い。というか、これはラザニアなのか。ラザニアなんて、少し洒落たレストランでしか食べたことが無かったが、今は冷凍食品で食べることができるのか。冷凍食品もこのレベルまで到達したのか、もしかしたら俺が主夫になる頃には、料理をするのが大分楽になってしまう。

 

 

 

 ……よし、現実逃避もここまでだ。

 

 

 

 目の前に座る由比ヶ浜の表情が、笑った顔から、沈みがちなものへと変わり始めている。すでに罪悪感が振り切れている。

 

 

 

「あんまり期待するなよ。言葉を選ぶのは苦手なんだ」

 

 

「言葉自体は期待してないから大丈夫。大事なのは気持ちだよ」

 

 

 

 それでも由比ヶ浜は、丁寧に手を膝の上におき、目を輝かせながらそわそわとしている。

 

 

……すげえ言いづらいな、これ。

「今まで由比ヶ浜の優しさや、思いやりを突っぱねて悪かった。自分のことを好意的に見てくれる奴なんて居なかったから、勝手に勘違いをして一人で傷つきたく無くて、自分に嘘を吐いていたんだ。だけど、それでも、」

 

 

 

 由比ヶ浜は、不器用な俺にここまでしてくれたんだ。だから、俺も変わろうと思う。

 

 

 

「それでも、俺は、由比ヶ浜と友達になりたい」

 

 

「嬉しい……」

 

 

「はあ……」

 

 

 

 由比ヶ浜は瞬きをして、こくりこくりと俺の言葉をしっかり味わうようにしていると、ぽつりとつぶやいた。

 

 

 

「ヒッキーの方から、そんな風に言われて、すごく嬉しい」

 

 

 

 そんな優しげな表情をされたら、俺はこれ以上何を言っていいか分からなくなる。

 

 

 

「ヒッキー」

 

 

「……何だ?」

 

 

 

「私にも何かあったら、ちゃんと助けてね」

 

 

 

 グラウンドにいる野球部が引き上げているのが、視界の隅入ってくる。もしかしたら、そろそろ昼休みが終わるのかもしれない。

 

 

 

「嫌だね」

 

 

「ちょっ! そこでそう言う?」

 

 

「お前な、奉仕部はそう簡単に人を助けないんだよ。自分で解決できるなら、自分でやれ。……ただ、どうしても無理そうだったら、俺や雪ノ下にしっかり頼れ」

 

 

 

 人は一人で助かるべきだと、今でも思う。ただ、どうしようも無く悩んでしまったら、誰かに頼って、道を照らしてもらうくらいはいいのかもしれない。

 

 

 

「うん、頼りにしてる。……そうだヒッキー、あたし今日は部活に出られない」

 

 

「ん? 何か用事でもあるのか?

 

 

「優美子たちに、いっぱい迷惑をかけちゃったからね。しばらくは優美子たちと遊ぼうと思うの」

 

 

 きっとそれが、由比ヶ浜なりの責任の取り方なのだと思う。

 

 

 

「だからね、ヒッキー。ゆきのんに変なことをしちゃダメだよ」

 

 

「……しねーよ」

 

 

―――――――

 

 

 生暖かいが、芯は冷えている風に肌を撫でられ目が覚める。

 

 

 

「あら、起こしてしまったようね」

 

 

 

 体を包み込む柔らかな光の先に、雪ノ下が窓を開けているのが見えた。黄蘗色のカーテンと一緒に雪ノ下の髪がふわりと舞い上がる。

 

 

 どうやら寝てしまったらしい。部室に一人早く着いてしまったのは覚えているが、それから先の記憶がない。昨夜というか今朝だが、雪ノ下を送り届けて家に帰ったのは、朝の四時だった。その時点で眠ると確実に昼まで寝る自信があったため、そのまま起きていたため、放課後に睡魔が襲ってきていたのだ。あーツレーわ、俺マジ寝てないわー。

 

 

 

「悪い、寝ていた」

 

 

「いえ、むしろ起こしてしまって、ごめんなさい。そのまま寝てくれていて良かったのよ」

 

 

 

 雪ノ下はそのまま席に着くかと思っていたが、ガラス製のポットと陶磁器のティーカップ、電子ケトルを用意始める。俺も手伝おうかと思って腰を上げるが、雪ノ下が視線で諫めるのでそのまま戻る。

 

 

 

「久しぶりの学校はどんな感じだ?」

 

 

「なんだが、玉手箱を開けてしまった気分ね。授業を内容は分かるのだけれど、前後の関係がわからないから、困惑してしまったわ」

 

 

 

 相変わらずさらりと、凄いことを言ってくれるな、こいつは。

 

 

 

「やっぱそうだよなー。もし逆の立場だったら間違いなく、授業が理解できなくて絶望する」

 

 

「安心しなさい。もしそうなったらちゃんと勉強を教えてあげるから」

 

 

「……」

 

 

 

 少しして、雪ノ下が紅茶を煎れ終わる。紅茶はここでしか飲んだことがないので他の味を知らないが、それでも雪ノ下が煎れる紅茶は旨い。

 

 

 

「砂糖はいつもと同じで大丈夫かしら?」

 

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

 

 俺の前にカップが置かれ、雪ノ下が席に着く。

 

 

 

「阿良々木先輩が言っていたぞ、俺は後悔し続けなければいけないと」

 

 

「そう……、やはりあの人は厳しくて、強い人ね」

 

 

「……そうだな」

 

 

 

 雪ノ下が口に付けていたカップを、音も立てずに上品に置く。その時の衝撃で紅茶の水面が静かに揺れて波紋を作った。

 

 

 

「それでも、一つ思うの。私も比企谷君も、それこそ由比ヶ浜さんも罪悪感を残しながら生活をしていくのかもしれないけれど、だからと言って、良いことがなかったことにはならないと思うわ。もしかしたら残りの高校生活の間、後悔し続けて、もっと良い選択があったかもしれないと、探していても、比企谷君や由比ヶ浜さんと仲良くなれたことは、ずっと良い思い出として残ると思うの」

 

 

 

 阿良々木先輩はもしかしたら、このことを伝えたかったのかもしれない。悪いことがあったから、良かったことが無くなったり、良いことがあったから、悪いことが無くなるということはないんだと。

 

 

 

「だから私は、比企谷君とこういう関係になれて、本当に良かったと、今も思っているのよ」

 

 

 そう可愛らしい笑顔で言う雪ノ下を見ながらふと思う。

 

 

 どうやら、白い狐が幸福を運んでくるというのは本当らしい。

 

 

 窓から入ってくる風は、より涼しさを増してきている。窓の外を見てみると、街路樹が恥ずかしそうに色づき始めている。もう夏の残り香は、秋の風にかき消され始めていた。

 

 

 秋はもう、目の前にまで来ている。

 

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

昔から、漫画でも小説でもエピローグの部分が大好きで、下手をするとエピローグの部分だけを読みなおすことが多々あります。

そんな風に、この作品も読んでもらえたらうれしいです。


次回は数時間後に投稿します。……今週中って言ったし。文量は期待しないで下さい。

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