アーティカ視点
燃え盛る暑苦しい大男との追いかけっこの次は、灼熱の竜巻との追いかけっこときた。俺は舌打ちしながらもビル群の街中を駆ける。
…ただ直進するだけの竜巻じゃねえ。微細にコントロールされ、俺を執拗に追いかけてくる。
…だが、エンデヴァーは消えた。恐らく竜巻に代わりに俺を追いかけさせている間に、サイドキックに過熱した己の体を消火させているのだろう。
エンデヴァーが復帰するまで後数分といったところか。…なら、逃げれるんじゃないか?
所詮は雑魚の有象無象ヒーローが路地裏を塞いでいるだけ。狙撃にも慣れてきた。巻き込みを恐れて充分に避けられる。…今が好機!
俺はそう即決し、ビルの隙間の裏路地へと走る。瞬間、リング状の物体が突如俺の目の前の道を塞いでみせた。
「行かせないよ!」
そう叫んだのは俺の上空に浮いている一人のヒーロー。メキシコの魔術師のようなローブを着込んだ男…魔法ヒーロー、マジェスティックか!
確か前にJPヒーローNo10にもランクインしてた実力派ヒーロー!
上に気を取られた瞬間、俺の横から鋭く一人の男が迫る。その男は腕から木を生やし、瞬く間に俺を縛りあげようとする。
「先制必縛…ウルシ鎖牢!!」
「ちっ…」
俺はたまらず上半身をのけ反って、辛うじて俺を拘束せんと迫る木の鎖を回避することに成功する。そうやってモタついている間に、背後の灼熱の竜巻が目前に迫っていた。肌が熱気でピリつく。
そしてまた大通りの竜巻との追いかけっこだ。
シンリンカムイとマジェスティックはあっさりと引いて遠くから俺を静観する構えを見せた。
不味いな。最悪の予想が現実になりつつある。これ以上時間をかければもっとランクが上のプロ共が湧いてくるだろう。マジェスティックとシンリンカムイは大通りから逸れようとした時にしか攻撃は仕掛けてこない。
エンデヴァーの火力に巻き込まれるのを避けるためか、要領いいな。
要は、この追いかけっこ自体が、俺をさらに厚く包囲するための時間稼ぎ。
…強引にでもあの灼熱の竜巻を突破するか?
いやダメだ。そのダメージを引きずって、魔法のリングで浮いて縦横無尽に駆ける高機動のマジェスティックと、速度が売りの捕縛技のシンリンカムイを突破するのは厳しい。
しかもエンデヴァーが復活する数分の間にだ。
「しゃらくせェ…。」
どんどん追い詰められていく。これがヒーローの怖さだな。優れた指揮官と数が集まれば、個人の敵などひとたまりも無い。
…久しく忘れていた感覚だ。さて、なら俺もそろそろ控え選手に頑張ってもらうとするか。
俺は走りながらイヤホン無線で黒霧に話しかける。
「黒霧。状況把握してるか?」
『ええ、テレビで中継してますよ。今日本中が貴女を見てるんじゃないですか?』
そう言われたのでチラリと上空を見ると、確かに遥か上空からマスコミらしきヘリがこちらを追跡していた。
手一杯で気づかなかったな。
「は?マジかよ。参ったな。化粧してくれば良かった。」
『その余裕があるのは流石ですね。私は何をすれば?』
俺は流石に話が早い黒霧にニヤリと笑って、脚を狙った狙撃をジャンプして躱しながら答えた。
「脳無3体は控えてるな?」
『ええ。いつでもいけますが。どう使いますか?包囲を切り崩しますか?』
俺は背後のヘリに向かっておどけて手を一度振ると、また全力で走って淡々と言葉を返した。
「いや、それよりもっと確実な手段を使う。この大通りから避難させられた市民が、警察に誘導されてそこら辺に群がってるはずだ。」
「…ここにヒーローは集中してて、そこにまで恐らくまだ手はいってない。」
そこまで説明すると、黒霧は意図を理解したのか暫く思案した様子で黙ってから言葉を返した。
『人質を出来るだけ多く集めて、貴女の元に贈りましょう。8分で向かいます。』
「りょーかい。まあ精々逃げ惑って見せるさ。」
そう通信を終える。さて、これでタイムリミットは決まったな。あと8分ちょい。脳無3体と黒霧が一般市民のお取り寄せパックを持ってくるまで、楽しく逃げるとするか。
それから4分の間ビル群の間を竜巻から逃げ続けると、段々と町はずれになってきた。竜巻も段々と威力が弱まっている。
「…あ?マジか。」
竜巻が俺をひたすらに追い込んだ先は、寂れた廃工場が待ち構えていた。見るからに隠れる所だらけな上、ヒーローの待ち構えている数も少ない。
背後からマジェスティックの魔法のリングに乗ったヒーロー達複数名が迫ってきているが、それを踏まえても…
「…何を企んでる。」
俺にとって都合が良すぎる。嫌だな…。踏み込みたくない。だが背後からは弱々しく消え去った灼熱の竜巻の代わりに、足から凄まじい速度で炎をジェット噴射してホバリングする、No2がまた現れた。
俺は一瞬躊躇したが、廃工場の敷地内に脚を踏み入れた。瞬間、備え付けのライトが一斉に一面を明るく照らした。
…違和感。足元がまるで沈んでいくような‥。
「いや!?これマジで沈んでんな!?」
俺の足元が一気に軟化し、足首まで飲み込むとガッチリとまた固まった。前方からドスの効いた低い声がした。大柄な体格の灰色の全身が四角い男が、地面から盛り上がって現れた。
「…先輩達のため、攫われた生徒とそのご家族のため…!お前は俺が死ぬ気で捕らえる…!」
「セメン…トス…!!」
このタイミングでこの札を切ってくるか…!ライトで照らされてみればこの廃工場、一面セメント塗れじゃねえか…!俺も雄英襲撃の際に、事前に教師のプロ一覧を身漁っていた時、オールマイトの次にこいつを警戒すべきだと感じていた。
セメントのある場所では無尽蔵の力を発揮する男…個性『セメント』のセメントス!
だが…
「これで捕らえたつもりか!?」
俺は足首を力任せに引き抜いて、無理やり拘束を脱する。が、その途端に工場中のセメントの塊が一斉に蠢いて俺を取り囲まんとする。
足場がねえ…!
360度全方位から俺を取り込んで固まらんとセメントの塊が波のように襲いくる。
「ちっ…!」
俺は力任せに回転蹴りを放ち、その力と風圧で無理やりセメントの波状攻撃を防ぐ。が、その瞬間また粘土のようなセメントは波のようにこちらに迫り来る。
「キリがねェ…!」
これがセメントスの真骨頂。本体が戦闘不能にならない限り、ほぼ無限に波状攻撃を仕掛けて来る。体力勝負になってはダメだ!すぐに本体を…ッ
「赫灼熱拳…」
意識をそちらへと向けた瞬間、強烈な熱気が背後から迫る。…クソッ…!だから嫌なんだ!仕事に時間をかけ過ぎると碌なことがねェ!
「…ちょ待てよ…!」
「ジェットバァーーーン!!!!!」
「あっづ…ぐぅ…おォ…!!」
熱い…熱い熱い熱い!!ジェット噴射で勢いのついた熱拳が、俺の背中に突き刺さった。一点集中された業火は、俺の耐火性のある皮膚も貫いて、内臓と骨をモロに焼いた。
肋の軋む音がする。血反吐吐きそうになるのを堪えて、俺は即座にその勢いを利用して前方のセメントスへと猛接近する。
「まだ意識があるか…!!」
そう舌打ちするエンデヴァーの声を無視して、セメントスを狙って短刀『珠音』を振りかざす。この速度なら、一撃で戦闘不能に持っていける!
「死ねェ!!」
だがその短刀『珠音』の一撃を、七色に光る魔法のリングが防いだ。ヒビを入れて一瞬で粉砕するが、その一瞬でセメントスは俺と距離を取り、その間に、先ほどの俺の攻撃を凌いだマジェスティックとシンリンカムイが立ち塞がった。
そして上空からエンデヴァーが、地獄の炎の拳を振り上げて俺へと迫り来る。
…キツ過ぎる4分間の耐久戦が、幕を上げた。
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『見えますでしょうか!?今現在エンデヴァー氏を始めとしたプロヒーロー達が、雄英襲撃犯と思われる凶悪犯と対峙しています!優勢!優勢です!エンデヴァー氏が押しています!』
暗がりの中で裏社会の伝説的支配者、AFOは椅子に腰掛け、ドクターから診察を受けながらもテレビ中継を愉快そうに眺めていた。
上機嫌なのは、先ほどまでオールマイトを騙し切っていた充実感もあるのだろうか。
鼻歌を歌いながら、ドクターと会話を楽しんでいた。
「…いやはや。…録画機能が無かったのが悔やまれるね。ずっと通話をして、廃ホテルで一人初めてネタバラシをした時のオールマイトときたら…!」
実際、オールマイトは藁にも縋る思いで、半日間電話先の耳郎の声をしたAFOを励ましながら泥花町へと向かっていた。
無我夢中でニュースも見ずに。
そして絶対に間に合わない距離にまで着いてからのネタバラシだ。
鬱憤を凄まじい勢いで晴らしたAFOは、それはもう上機嫌だった。
「悲しいね。全盛期のオールマイトなら5分で泥花町中に到着して愛しの生徒を探し回り終えていたのに。今じゃ数時間だぜ!?」
そうくつくつと笑い終えると、AFOは淡々とテレビの光景に話を移した。
「まあ、それにしてはアーティカも手こずってるようだけど。流石にNo2と言うべきか。」
ドクターはAFOから離れて、『超回復』の人造個性の培養液の様子を観察して温度調整をしながら、率直に問いかけた。
「にしてもよかったのか?君が生きているとオールマイトに告げて…。」
「別に構わないさ。あちらに回収された脳無が複数個性持ちの時点でバレるのは時間の問題だったからね。…バレた所でどうしようもないしね。」
穏やかに暗がりで悪の帝王とその側近は会話を続ける。その態度は、アーティカへの信頼の表れでもあった。
アーティカは危機的状況を切り抜けるのが上手かった。でなければ全盛期のオールマイトから逃げ切るなどできはしない。
二人は分かっているのだ。アーティカの粘り強さを。そしてその見込みは、当たっていた。
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エンデヴァーがアーティカに赫灼熱拳をモロに叩き込んでから3分間が経過。相変わらずヒーロー側が一方的にアーティカを痛めつける展開が続いているものの、エンデヴァーは内心驚愕していた。
「殺す気がないとはいえ、初めてだ。俺の赫灼熱拳を二発まともに喰らって動ける奴は…!」
エンデヴァー以外のヒーロー達は防御と捕縛特化で火力が無いとはいえ、エンデヴァーの火力はそれを補って余りあるものだった。
ジェットバーンの拳を背中にモロに一発。
さらに同じくジェットバーンの蹴りを脇腹に一発。
まず並の敵なら一撃で仕留め切れる攻撃を手加減したとはいえ喰らって、アーティカはなお立っていた。
今もなおセメントスの猛攻を防ぎ続け、戦況は拮抗していた。
(…俺も大技が撃てるのはせいぜい後一発。どうやらこいつを見くびっていたな。…殺す気で仕留めねば。)
そう覚悟を決めたエンデヴァーは、他のヒーロー達に叫んで指示を出した。
「…セメントス!シンリンカムイ!アーティカの動きを止めろ!…今度の一撃で、俺が確実にトドメを刺す…!」
その言葉を受けて、シンリンカムイが動いた。アーティカに向かって駆け、一気に懐に潜り込むと、両腕から一気に木を生やした。シンリンカムイを代表する得意技。世間に知られてもなお
「先制必縛!ウルシ鎖牢!!!」
それでもなおアーティカも一対一なら問題なく避けられる速度だが、セメントスのセメント攻撃を防いだ瞬間の硬直を狙われた。
木の鎖がアーティカの全身を包んで捕縛する。
「この程度…!!」
アーティカは力任せに全身を雁字搦めにした木の鎖を引きちぎりかけるが、セメントスがそれを許さない。木の鎖の上からセメントの波がアーティカの全身を包み込み、ガッチリと固めた。
「これで…ッ!?なんてパワーだ…!!」
セメントスが驚愕の声をあげる。
それでも尚アーティカの力は止まらない。木の鎖ごと、セメントの塊をぶち壊そうとする。…だが、その一瞬を晒したのは、エンデヴァーに取っては余りにも大きかった。
「赫灼…熱拳…」
エンデヴァーはもがくアーティカの前に立つと、両腕を十字に胸の前で重ねた。今までで1番の熱気がその場を包む。
セメントスが慌てたように叫んだ。
「殺さないでくださいよ!アジトの場所を吐かせなければ…!」
構わずエンデヴァーはセメントスに叫び返した。
「ギリギリ命が維持できる程度には留めてやる!五体満足かは保証せんがな!」
そして膨大すぎる熱波がエンデヴァーの全身を包む。その身から放たれるは、エンデヴァーの最大火力。本来ならば人に撃つなど余りにも過剰な、まさにヘルフレイム。
「プロミネンス…!!」
その必殺技が放たれる瞬間、上空に黒いモヤが現れた。それに目敏く上空から戦場を俯瞰していたマジェスティックが叫んだ。
「黒霧だ!!」
その場のエンデヴァーを除く全員が硬直して空を見た。だが、次の瞬間起こったのは、彼らの想像を遥かに超える事態だった。
「うわあァァァ!!!!」
「何!?怖い!?助けてェェェ!!!」
着飾った女性に壮年の頭が寂しい男性、そして震え上がった子供まで。夥しい数の民間人が、落下死確定の上空からワープして落ちてきた。
そして同時に現れた3体の脳無もまた、人質を両手に抱え込んで上空から現れると、無造作に民間人達を空へと放り投げた。
「マジェスティック!!!」
シンリンカムイが堪らず叫んだのに反応して、マジェスティックは一斉に浮遊する魔法のリングで人々を受け止める。だが数が足りない。圧倒的に。
ヒーローは人々の保護を優先する生き物だ。セメントスはアーティカの拘束を解き、一気に軟化したセメントで落下してくる人々を受け止め始める。シンリンカムイも同様だ。
その一瞬で、エンデヴァーとアーティカは一対一で対峙した。
必殺技のためにタメを作っていたエンデヴァーと、この瞬間を待ち望んでいたアーティカの一瞬の判断の差。
地面に倒れ伏していたのは、エンデヴァーだった。
アーティカに顎を蹴り上げられ、一瞬エンデヴァーの視界が朦朧とした瞬間、黒霧のワープがアーティカの全身を包み込んだ。
アーティカは憎しみの籠った目で睨みつけると、エンデヴァーに捨て台詞を吐き、消えていった。
「…面覚えたからな。てめェに地獄を見せてやる。」
この事件で、ヒーロー達が非難されることはない。人死にを一人も出さず、犯人確保よりも人命を優先したと。これがヒーローの在り方だと。
だが、この日言えることは一つだけ。
八百万百とその母親は行方不明となり、凶悪敵アーティカは、生還した。