アーティカ視点
なんか妙にまた癖の強い二人組だな…いやまあ、
一人は無造作な黒髪の細身の男。焼け爛れたような皮膚で全身が覆われ、金属製の太い繋ぎ目で無理やり形を保っているような様相だ。
…だが死人のような姿とは裏腹に眼光は鋭い。まるで静かに燃える青い焔のようだ。
思想犯の類だろうな。その瞳には猜疑心が感じられる。要は近頃目立っている敵連合の真価を試しにきたといったところだな。
もう一人はセーラー服に丈の短なミニスカートを着た、一見して女子高生だ。その上からベージュのセーターを着込んでおり、所謂萌え袖を作っている。
服装だけならこの場に居るのが異常なほど真っ当な女子高生だ。歳の頃もそれぐらいに見える。だがその瞳を見れば分かる。…もう片方の男とは正反対。明らかな愉快犯の狂気の瞳。
こっちは特に心配しなくて良いだろう。この手の手合いはまず嘘を吐くことはない。
死柄木の坊主とは相性的にも悪くないだろ。互いに遠慮しないタイプだ。
…そう冷静に分析した後、今度は女としての値踏みに入る。
何故かこちらを様付けで呼んだ後に笑って開かれた口から覗く鋭く尖った犬歯に、腫れぼったい色気のある目元。瞳孔の開いた黄色い瞳がまるで猫のようで可愛らしい。
金髪の両サイドのお団子も実に可愛らしい。…スタイルは流石に百ちゃんには敵わないが、むしろその控えめさが全体の可愛らしさとえっちさを底上げしている。何よりミニスカートから覗く白い程よくムチッとした健康的な美脚が魅力的だ。きっと制服の下も色白で綺麗なのだろう。
…いいな。俺に何故か好意的らしいし、話の流れ次第で抱くのにチャレンジしよう。
そう俺が悟られないように視線を向けずに何気なく二人を観察していると、死柄木の坊主が口を開いた。…てっきり無礼な二人への文句かと思ったが、その口調は想像より穏やかだった。
「おい黒霧。三人に何か飲むもん出せ。」
黒霧も一瞬死柄木の坊主の穏やかさに面食らったようだったが、すぐに平静を取り戻して淡々と答えた。
「勿論です死柄木弔。御三方、何を飲まれますか?」
黒霧が俺の隣の空いたカウンター前の椅子を指し示して座るよう促す。
すると、黒髪の全身火傷の男はぶっきらぼうにその誘いを断った。
見たまんまで陽気なタイプではないらしい。
「要らねェよ。友達ごっこしにきたわけじゃねェ。」
瞬間、お団子髪の少女が俺の隣に勢いよく座って、凄い速さでこちらの顔を爛々と光る黄色の瞳で覗き込んだ。…猫みてェだな…。すばしっこさといい、見た目といい…。
「なら私はアーティカ様の血が欲しいのです!こわーいヒーロー達との追いかけっこ見たよ!血だらけのアーティカ様を見て好きになっちゃったの!」
「濃〜い血の匂いがします!そんなアーティカ様になりたいです!アーティカ様を殺したい!だから仲間にしてよ!」
…あ〜…。こういうタイプな。思ったより拗れてんな。いや、嫌いじゃないけど。ハードなのも俺は美少女ならウェルカムだし。
血を見るのが好きなのか?それとも血そのものが好きなタイプ?
まあ俺なら殺されることはないだろうしいいか。
その少女の壮絶な欲を聞いた瞬間、俺の横で二人の様子を眺めていた耳郎ちゃんがイヤホンを伸ばしてその少女の首元にプラグを突きつけた。
「…あんた何言ってんの?…ウチの居場所を奪うなら、消えるのはあんただよ。」
百ちゃんもその後ろから拳銃を『創造』で生成して少女を狙っている。目がマジだ。流石に実弾じゃないだろうが、まあ撃つな、この感じ。洗脳が上手くいってるのを実感できるな。
俺は二人に手のジェスチャーで止めるよう促した。二人は一瞬躊躇ったが俺を信じてくれたのか警戒しながらも攻撃体制を解いた。
そして俺は穏やかに微笑んで、目の前のキョトンと耳郎ちゃん達を見つめる少女に言葉を返した。
「悪い悪い。隣の二人は俺の女でな。無礼を許してくれ。えーと…君の名前は?」
「トガです!トガヒミコ!嬉しいなぁ!名前聞いて貰えて嬉しいなぁ!」
その笑顔も側から見れば猟奇的なのだろう。口角は吊り上がり、目は上目を向いて、頬は興奮で蒸気している。少なくとも一般的に綺麗と呼ばれる類の表情ではない。
だが俺にとってはまさに刺激的で非常に扇情的にその笑顔が映った。
あ〜…やっぱりエロいなこの娘…。モノにしたいな…。色白ミニスカの女子高生は反則だろ…。
「喜んでもらえるならよかったよ。…トガちゃん。俺の血飲みたいのかい?」
「はい!飲みたいです!」
「なら飲んでも良いぜ。」
そう笑顔で答える。トガちゃんは一瞬呆気に取られたようなキョトンとした顔をしたが、次の瞬間、興奮したように俺の腕を掴んで大声で言った。
「嬉しいなあ!嬉しいなあ!初めて飲んでも良いって好きな人から言われました!…じゃあ切るね!腕、切るね!」
そう言ってカッターナイフをトガちゃんは懐から取り出す。…手慣れてんなあ。耳郎ちゃん達が流石に殺気立つ。だが俺は微笑んだままトガちゃんのカッターナイフを手に取った方の腕を掴んだ。
「…なんで止めるんですか?嘘ついたんですか?だとしたら私…あなたの事嫌いです。」
トガちゃんのうって変わって底冷えするような冷え切った声音。…殺気すら感じさせる。ここは返答を間違えたら詰むな。俺は努めて優しく言葉を返した。
「いや、嘘じゃないさ。ただ、無償で血をあげるのもフェアな話じゃないだろ?…取引しようぜ。愛の等価交換ってやつさ。」
「取引ですか?」
怪訝そうにトガちゃんは疑問を問いかけた。こんなこと言われたのも多分初めてなんだろうな。
「ああ。はっきり言うと、俺も君のことが好きだ。だから俺の恋人になって欲しい。そしたら、毎日血をあげるよ。」
「………へぁ!?」
トガちゃんは茹蛸のように顔を赤くすると、暫く黙りこくったが、やがて俯いて無表情になると、ぽつぽつと言葉を呟き始めた。
「…何を企んでるのですか?あり得ないのです。そんなこと…。私を受け入れるなんてありえない。…裏があるのです。」
そこに見えたのは、トガヒミコの心の底にへばりついた、泥のような人間への猜疑心。まあ、そりゃそうか。好きな人の血を飲んで、なんなら殺したいなんて欲求、このヒーロー社会で認められるはずもなし。
…はぐれものか。俺と同じ、社会から"人間"扱いされなかったもの。確かに常識人から見たら異常者なんだろうな。…だからどうした。俺達は敵だ。そんなもん屁でもないね。
俺はトガヒミコの柔らかな女の子の手を両手でそっと掴んだ。ビクリとトガちゃんの肩が震える。俺はしゃがみ込んで、トガヒミコの顔を覗き込んだ。その黄色い瞳には、涙が溜まっていた。綺麗な睫毛を雫がこぼれ落ちる。
「…トガちゃん。俺はお前の全てを受け入れよう。喜んで血だってやるし、トガちゃんが殺しに来ても俺は死なない。俺は強いからな。」
「だからまあ…俺のモノになれ。俺ならお前の望むものを与えてやる。…他の俺の女と仲間を傷つけない限りな。」
そして、俺は心の底からハッキリと言い切った。
ここは下手に綺麗事を語るよりも、真に迫る本音で迫るべき場面だ。
「裏?あるとしたら100パー俺の欲望ってことだな。お前が欲しいんだ。さいっこうに可愛いお前が欲しい。」
「その欲望も、加虐衝動だって、俺は喜んで受け入れる。俺だけ見てろ。…分かったか?」
…俺が言い終わると、バーが静まり返った。百ちゃんと耳郎ちゃんはあまりの急展開に顔を赤らめてフリーズし、義爛は茶化すように口笛を吹いた。
死柄木の坊主は静かに成り行きを見守り、黒髪の男は呆れたように白けた目線を向けている。
肝心のトガちゃんは言葉の意味を飲み込むように暫く無言で、困惑した表情のまま固まっていたが、やがて照れ臭そうに小さく俺に向かって頷いた。
その表情は、恋する乙女の顔そのものだった。
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「たまげたねぇ…まさか会ったその日にトガちゃんを口説いちまうとは。」
「俺にも教えてよ。そのトークスキルってやつ。」
そう俺の隣にまで歩み寄ってきた胡散臭い笑みの、紫スーツのヒゲオヤジの義爛は席に座って俺を茶化すようにそう語りかけた。黒霧がウォッカのロックのグラスを義爛の前に差し出した。
「抜かせ。ただのトークならお前の方が数倍手慣れてるだろ。俺はそうだな…この美貌のおかげで口説くのは上手いのかな?」
そう言葉を返してバーボンのロックをまた口に含む。義爛は呆れたような感心したような息を吐いて、面倒くさそうに立ち尽くしている黒髪の男に振り向いて声をかけた。
「荼毘…お前も座れよ。その方が話しやすい。」
そのお気楽な誘いに、余計に荼毘と呼ばれた火傷の男は気分を害したようだった。
「嫌だね。…帰るか迷ってたところだ。俺は何を見せられたんだ?くだらねえ恋愛ごっこをうだうだと見せられるとは思ってもなかったぜ。」
「呆れ果てて言葉も出ねえよ。とんだ無駄足だったみたいだ。」
そう荼毘は吐き捨てて、ふらりと出入り口へと足を運ぶ。…やば。少しトガちゃんに構いすぎたかな。その瞬間、それまで黙っていた死柄木の坊主が低い声で呟いた。
「話にならないのはお前だろ。」
「………あ?」
死柄木の坊主の挑発めいた言葉に、荼毘はドスの利いた声を漏らすと、鋭く睨んだ。
「ソロプレイ気取りたいなら最初からここに来るなよ。別に俺は仲良しこよしを強要したいわけじゃない。」
「ただパーティを組むために最低限の会話ぐらいしろ。そこの破綻者女と色ボケアーティカが嫌なら俺と話せ。」
…失礼な言い分だが、まあ実際その通りだな。ちょっと調子に乗ってトガちゃんに構いすぎたな。ここのリーダーは死柄木の坊主だ。最初は譲るべきだったか。反省しなきゃな。
その死柄木の坊主の言葉に、荼毘は探るように呟いた。
「ならお前は何をしたいんだ?動画で訴えてた稚拙なヒーロー社会の破壊か?俺もそれには賛同したからここに来た。」
「だがこいつらと組むメリットは?」
その吐き捨てるような台詞に、若干トガちゃんはムッとした顔になる。うーわ…印象最悪だよ。やっちまったか…。すると、死柄木の坊主は冷静に言葉を返した。
「…アーティカは強い。そこのイカれ…あー…トガは知らないが、義爛に連れてこられるってことは使えるんだろ。…お前もな。」
「俺と共に来い。ヒーロー社会の破滅を…全てが壊れゆく様を見せてやる。…それがメリットだ。」
荼毘は黙りこくって死柄木の坊主をじっとその暗く静かに燻る焔のような瞳で見つめた。そして暫くすると、振り返って初めて笑って答えた。
「…なるほど。分かったよ、"リーダー"。あんたは少なくとも悪くなさそうだ。」
俺は少なからず驚きながら死柄木の坊主を見つめた。…雄英襲撃の際には、まるで子供の癇癪のような稚拙な襲撃しか起こせなかったはずだ。
それがどうだ。僅か数週間でここまで伸びている。
これは、化けるぞ…。
黒霧もどこか感動したように目を細めた…気がした。耳郎ちゃんと百ちゃんは複雑そうに俺の横でモジモジしているトガちゃんを眺めている。
荼毘も俺たちから離れた席に座った。
すると、死柄木の坊主が淡々と言葉を紡ぎ始めた。
「まだまだ俺達の頼もしい仲間達は集まる。…だよな?義爛。」
そう問いかけられた義爛は、趣味の悪い金ピカのライターで新しく咥えた煙草に火をつけて、ニヤリと笑って答えた。トガちゃんが嫌そうに煙からさっと身を引いた。
「勿論だとも。手数料は黒霧さんから頂いてるからね。期待しといて構わないよ。」
その義爛の言葉を聞き終わると、死柄木の坊主はバー内の全員を見渡して言葉を続ける。
「俺達はこのクソッタレなヒーロー社会の欺瞞をぶち壊す。その為にはまだまだメンバーが要る。」
「次はもう少しまともな奴が来るといいな。」
そう荼毘が気だるそうに首を回しながらトガちゃんを見ながら言葉をこぼした。
トガちゃんはベーと舌を出した。…かわいいな、ほんとに。
「…チンピラ共じゃ意味がない。使える少数精鋭のパーティーだ。最初の目標は7月の末に雄英のガキ共が外に出る林間合宿。」
林間合宿という言葉に、トガちゃんは目を輝かせ、荼毘は一瞬殺気を漏らして不愉快そうな顔をした。
耳郎ちゃんは少し複雑そうだ。百ちゃんはそのプランに聞き入って、思案している。
「見せてやろうぜ!ヒーロー社会が生み出した、目を背け続けた連中の力ってやつを…!」
俺も含めて個性の塊のような敵の集まりだが、一つだけ一致している目標。それは、現在の破壊。
そこに向かって集う悪意は、さらに広がっていく。
だが、俺はその前にやる事があった。I・アイランドのAFOから依頼された仕事と、そして…
「死柄木の坊主、その前に一つやりたい事があるんだが。」
俺がそう言って手を挙げると、死柄木の坊主は興が削がれたようにこちらを軽く睨むと、面倒そうに疑問を問いかけた。
「…なんだ?」
「エンデヴァーへのお礼参りさ。…とは言っても直接やり合うわけじゃない。」
俺はこの数日で、公開されているエンデヴァー、轟炎司のプライベートとヒーロー活動、ヒーローデビューまでの経歴、そして何より、"家族"構成について徹底的に調べ上げた。
ヒーローの致命的な弱点。それは…
「家族を攫う。都立の教師をやってる、エンデヴァーの娘…轟冬美をな。なあ、黒霧貸してくれよ。百ちゃんのプランなんだ。上手くやれるさ。」
弱点を、世間に対して曝け出している事。
家族構成に友人関係、事務所の立地に家の場所まで…。エンデヴァーは随分な豪邸に住んでいるようだった。余計腹立つなこいつ…。
妻の轟怜は精神疾患で入院中。病院を襲うのはリスクがでかい。ヒーローもすぐ駆けつけるだろう。
息子の轟夏雄は大学生で、居場所が安定しない。大学に行って不在でしたなんてお話にならない。
それに対してターゲットの轟冬美は学校の教師という職業上、学校から離れる可能性はまず平日にはない。
小さめの小学校なので、ヒーロー達が来るのも病院より遅いだろう。
黒霧のワープゲートを使えば余裕で攫える。
精々、その弱点を突いて痛めつけてやるさ…。俺は受けた愛情も、恨みも忘れないのがポリシーなんだ。
そう笑う俺はこの時には気づかなかった。
荼毘のこちらを見つめる瞳が、さらに暗い憎しみの色と、殺意を滲ませていたことを。
俺は思い知る。エンデヴァーという男の、業の深さと、悍ましさを。
ヒーロー社会が生み出した、一つの狂気を。オールマイトへの憧憬が生んだ、陽炎を。
「あ、そういえば義爛に頼みたいこともあったな。」
「何だい?お得意様価格で安くしとくよ。」
「俺の家の増築頼むわ。あ、黒霧も協力してくれ。そろそろ俺の愛しい女達で居住空間が足りなくなってきてな…。ほら、トガちゃんとも一緒に住みたいんだよ。頼むぜ。」
そう言葉を溢すと、義爛はツボに入ったようで大笑いし始めた。そして荼毘は今度こそバーから無言で出ていった。トガちゃんは照れたようで顔を赤くしている。死柄木の坊主が心底呆れたような声音で俺に呟いた。
「…お前…これで荼毘が来なくなったらマジで殺すからな…?」
…理不尽だ。そう言葉を返そうかと思ったが、飲み込んでおいた。
迷惑をかけたのはまあ、な。事実だからな。ははは。