アーティカ視点
黒霧のバーからワープゲートのモヤに足を踏み入れて住み慣れたアジトの居間に戻った。どうやら戻るのが遅いので料理は冷蔵庫にパック詰めしておいてくれたらしい。ご丁寧に書き置きまである。百ちゃんへのだけど。…明らかに俺との会話やら俺への言及を避けてるんだよな。美神さん。まだ堕としきれてないな。じっくり熟れた体を味わいながらテクで堕とすか。
後で美神さんにたっぷりお礼してあげないと。
そう思いながらも疲れたのでぼーっとして椅子に腰掛けると、俺の後からワープを潜ってきた百ちゃんが低い声で呟いた。
「…アーティカさん、なぜバーであそこまでふざけたのですか?あれ、わざとですわよね?」
頬を膨らませて怒る様もぷりぷりとしてかわよ…百ちゃん…。うん、まあそうなるわな。真面目な彼女なら俺のふざけ様には流石に苛ついたのだらう。俺は朗らかに百ちゃんに答えた。
「まあな。…でも考えがあるんだぜ?クイズしてみるか。俺の考え分かる人居るか?」
そう俺が俺と一緒に来たおれの女である三人に問いかけると、耳郎ちゃんがわざとだったんだ…と言わんばかりの顔をして、トガちゃんがうーんと俺に抱きつきながら考える様な顔になった。百ちゃんはため息をついて見事なくびれの腰に手を当てると、淡々と答えた。
「…アーティカさんがあえて道化になる事で、自然と場を纏めるのは死柄木さんになる。それが理由ですわ。」
「アーティカさんがリーダーではなく、死柄木さんがリーダーですものね。私的には不本意ですけど。」
…概ね正解。俺は自慢じゃないが傭兵と
何もかもを支配下に置かないと気が済まないのだ、あの男は。他者と自分を同一に見るなど、少なくとも死柄木の坊主以外にみられることは今までなかった。
そんなAFOが、荼毘が帰ろうとした際にも、トガちゃんが私に縋り付いてカッターを取り出して騒いだ時にも、画面越しに仕切ろうとしなかった意味。
死柄木の坊主に、仕切らせるためだ。
だからあえて俺はふざけて欲望に忠実に装った。仕切るのは俺じゃなくていい。
そう説明し切ると、耳郎ちゃんが困惑した様に声をあげた。
「いや、それは分かるんスけど。荼毘ってやつ帰りそうでしたよ。流石に今の状況で戦力が消えるのは不味いんじゃ…。」
「そうだな…それはまあそうなんだが。それは最悪の場合じゃない。」
「最悪の場合は、トガちゃんと荼毘がどちらも仲間にならず、苛立った荼毘がアジトの場所を密告するパターンだ。」
「そこまで決定的に決裂する事態だったら流石に俺もフォローに回ったよ。」
そう俺が言い切ると、確かにと百ちゃんは頷いてみせた。トガちゃんは俺に抱きついたままいじけた様子で不満を溢した。
「難しい話ついていけないです。」
俺はそんなトガちゃんを宥めて頭をわしゃわしゃと撫でる。それを複雑そうに耳郎ちゃんは眺めていたが、百ちゃんは思案した顔で淡々と呟いた。
「…なるほど、それは確かにそうですわね。一人も戦力を得られず、荼毘さんに警察に匿名で通報されたら終わりですものね。」
「そうだ。だから俺は義爛はともかく初見の二人は黒霧が連れてくると思ってたのさ。アジトの場所を初見でバラすのはあんまりにも危機感が無さすぎる。」
黒霧のワープゲートの利点。それは移動の際のリスクを丸々無視する事ができる無法さと、相手に位置を悟られず本拠地まで部外者を呼び込める点。
まあ義爛は信用できる側だが。あれは俺が一番信用してる男と言っても過言ではない。
長年に渡って裏に潜む術を心得、誠実に良い仕事をこなしてきた。黒霧が人材確保のために掛け合ったのも分かる男だ。裏の敵用のコスチューム組合や、その他様々な裏家業の連中と深いパイプを築けたのも、その誠実さ故だ。
彼の紹介ならばと油断したのだろうか。だとしたら脇が甘すぎるな。モニター越しに面接ぐらいでちょうど良いんだよ。
…だが死柄木の坊主は俺が馬鹿やってる間にうまく荼毘を言い包めた。
もし最初に荼毘が帰っていたら俺が荼毘を始末するつもりだった。だってアジトの場所知ってる信用できない味方以外とか殺すしかないし。
リスクは最小限にしなければならない。
トガちゃんの密告のリスクを思案しなかったのは、彼女が純粋にそんなタイプに見えないため…。実際、裏表のない少女だった。
なら俺がやる事は荼毘の信用をそれなりに勝ち得た死柄木の坊主にうまく主導権を渡しつつ、トガちゃんを敵連合に組み込む事。
その目的が達成されたので、問題ないと言えるだろう。
「でも、結局荼毘帰りましたよね。あの後密告される可能性は残ってるんじゃないスか?」
「いーや…ないね。最初は割と怪しかったが、少なくとも死柄木の坊主の話を黙って聞いた時点で、あいつもう腹は決めてたよ。」
「というと?」
「俺たちを利用してやるって目つきだった。なら少なくとも密告してわざわざ俺たちを潰す意味ないしな。」
あれは思想犯の、社会への深い恨みつらみの籠った目つきだった。そして誰も信用しないと誓った、暗い焔のような目。
目的が一致してる間は裏切る事はないだろ。それだけで十分…。
後から義爛から二人の個性についても、聞く事ができた。『燃焼』に『変身』…。マジで強個性だな。羨ましいぐらいだ。特にトガちゃんの『変身』は貴重な力となり得る。
「その割にはリフォームの話とかしたんだね。私が来るから?嬉しいなぁ!嬉しいなぁ!」
そうトガちゃんが嬉しそうに声をあげる。百ちゃんが少しジロッとした目つきでそんなトガちゃんを横目で見て、こほんと咳払いをして答えた。
「…最初から増築予定はありましたのよ。人が増えたからというのもありますが、敵連合のほぼ確実に来るだろう"危機"に向けての備えです。」
「…百ちゃんの話って難しいねぇ。危機?」
すると百ちゃんは俺の方を見て説明してくれと視線で訴えかけてきた。俺は頷いて朗らかに説明し始める。
「簡単だ。このまま人が集まれば、十中八九あのアジトは警察に見つかる。」
「…なぜ?」
トガちゃんと耳郎ちゃんが同時に首を傾ける。俺はその二人の少女の可愛らしさに笑いそうになりながらも、分かりやすく指を刺して説明した。
「あのアジトは黒霧のワープ移動を除けば、街中のなんて事ない場所にあるからな。人数が増えれば、今の殺気立ってるレベルの警察から隠れ切るのは難しいだろ。」
そう、あのアジトが今まで成立していたのは、出入りが俺と死柄木の坊主…そして義爛のみの少人数しか敵が出入りしなかったからだ。
俺たちが集めるのは札付きの悪党ども。要は、警察からマークされてる連中ってことだ。そんな連中が集まれば、嗅ぎつけられるのは時間の問題‥。
7月の林間合宿襲撃なんてやらかした日には、まず集まった敵連合構成員全員の顔が割れる。
その時点であのチンケなアジトで隠れ切るなんて土台不可能だ。
「だからこそのここの増築。…ここを第二のアジトにするんだ。ほんとは俺と愛しいお前らだけの住処にしたいんだがな。」
「ここは町外れの寂れた廃アパートの地下だ。移動用トンネルも丁寧に掘る。まずバレないさ。」
一番最悪なパターンは、あのアジトである黒霧のバーをオールマイトやエンデヴァー、その他トップヒーロー達と警察達に囲まれて袋の鼠にされる事態。俺だけなら自力でそれでも無理やり脱出できるが、それだと意味ないしな。最低限逃げる先を決めておかねば、黒霧で脱出するのも難しいだろう。
想定できるリスクはでき得る限り排除する。
そりゃ初歩の初歩だが、上級者ほど初歩が大事だと知っているものだ。
それが俺が十数年裏稼業で生きてきたコツだ。
「おお…流石に凄いスねアーティカさん。」
耳郎ちゃんは感心した様に呟き、百ちゃんは相変わらず綺麗な吊り目で真剣に思案している。トガちゃんはそんな俺たちを見て、ため息をついて呟いた。
「な〜んか…窮屈なのです。」
「ん?」
「もうちょっと本音に従って生きて良いんじゃないですか?なんでも理詰めだとつまらないのです。退屈だよ!」
「アーティカちゃんは、何かと雁字搦めにされてる気がするのです。カァイイ女の子を集めるのは、寂しいから?」
するりと俺の懐に入って、まるで俺の全てを見透かした様な、黄色い瞳で俺を上目遣いで見つめる。そして指先で俺の胸元を撫で始めた。俺の耳元に顔を近づけ、耳を甘噛みした後、ゾッとするほど甘い声で囁く。
「ならもっと集めようよ?後先考えるのは弔くんや百ちゃんに任せていいのです。そのままじゃアーティカちゃん、後先しか考えられなくなるよ?」
…後先しか…か。何となく感じ取っていた俺と死柄木の坊主の性質の差。傭兵業の長い俺と、純粋な敵のあいつの差。
まさかトガちゃんから指摘されるとは思わなかったな。意外と本質を見極める能力は高いのかもしれない。
楽しくなければ…か。そうだな。俺は少し屁理屈になり過ぎていたかもしれない。
「あのこわーいエンデヴァーとの追いかけっこだってそうです。ずーっと窮屈そうでした。窮屈だよ!その気になれば、アーティカちゃんって…。」
「もっと、強いのでは?」
そう愉しそうに言い終わると、トガちゃんはゾッとするような口角の笑みを浮かべた。俺はたまらず、トガちゃんの唇を奪う。濃厚なキスを女子高生とするという快楽に身を任せる。そして体を密着させて俺の胸をトガちゃんの形のいい美乳に押し付けて、形を歪ませる。嬉しそうにトガちゃんは身を捩った。
…もっと欲張るか。思い出そう。俺の、原点の飢えを…。俺はトガちゃんの程よく肉付きのいい腰を持ち上げて、そのままベッドへと向かった。…した後はお揃いの香水を付けよう。俺のものだと分かる様に。
明日のことなど構わずに、俺は寝ていた美神さんも含めて、四人の俺の女達をじっくりと味わった。
その間だけは、このどうしようもない胸の渇きも癒える気がするから。
俺の中の何かが、変わってきている気がした。
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…そして翌日。俺は一人でふらりと都立の小学校へと黒霧のワープゲートで向かった。他の四人は一晩中の行為だったからまだ寝てるし‥。元から一人で来るつもりだった。楽すぎる仕事だしな。
後は簡単だった。教室の扉を開けて適当に銃を天井に向かってぶっ放して、震えているガキのうち一番近かった一人を人質にとって、学校中を歩き回ってその女を見つけた。雪の様な白い髪に、赤毛が混じった女。眼鏡をかけておっとりとした雰囲気だ。エンデヴァーとは似ても似つかないな。…いや、肉付きの良さはエンデヴァー譲りか…?灰色のセーター越しでもありありと存在感を見せつけている果実に、俺の女達とは違う、普段運動しない事が分かる、肉付きの良い腰つき。…俺の女にする予定がないのは残念だ。
轟冬美は耳郎ちゃんや百ちゃん、トガちゃんと違って戦う術を持たない。美神さんのような、「創造」で後方支援をできる個性ならともかく、ただ好みのだけの非戦闘員を飼う理由も意義もない。
「アーティカちゃんは、何かと雁字搦めにされてる気がするのです。カァイイ女の子を集めるのは、寂しいから?」
…トガちゃんの昨晩の言葉が頭をよぎった。そりゃ、轟冬美だって俺の女にしたいさ。あの明らかにムチッとした腰を撫で回して、モチモチそうな体をブチ犯したいさ。だが少なくとも戦術的にこの女は…ただの人質、それだけの存在だ。
22歳で社会経験もあるなら、洗脳もし辛いだろう。割に合わないよ。
…分かっていても、後先を考えてしまうものだな。
「轟冬美…だな?」
俺がガキの頭に銃口を突きつけながら問いかけると、その女はこくこくと震えながら頷いた。俺はガキを放り投げて、無造作に震える女の肩を掴むと、待機していた黒霧のワープゲートに放り込んだ。
ワープの利点の一つ、確実に先手を打てる事。数分あれば一般市民攫うなんて戦闘なしでこなせるのさ。
俺は鼻歌を唄いながらワープゲートを潜った。
『速報です。No2プロヒーローのエンデヴァーこと轟炎司氏の娘である轟冬美さん(22)が敵連合の指名手配犯と思われる人物に拉致されました。犯行グループからの声明は…。』
テレビ画面の女キャスターが深刻そうな表情でそう告げる。…ただの一般市民ならこうはならなかったろう。やはりプロヒーローの家族は美味いな。狙い目だ。攫うだけで敵連合の宣伝になる。そしてこれから百ちゃんのプランでさらに追い詰める。
居間で俺たちはカウチソファで寛ぎながらテレビを眺める。俺の右隣には百ちゃんが座っており、その横には気まずそうに八百万美神さんが座っている。
俺の膝の上にはトガちゃんが膝枕で横になっており、左隣に座っている耳郎ちゃんの膝に脚を乗せている。耳郎ちゃんはトガちゃんの太々しさに引き気味だ。
そして俺たちの目の前の椅子には、震えている冬美さんが座り、こちらをチラチラと振り返りながらテレビを眺めている。
…しかし後ろから見るとやっぱりアレだな。この娘の魅力は胸もそうだが、何より腰回りだな。程よくムッチリとした肉付きの腰のラインから尻までが芸術的だ。お尻も揉みがいがありそうな大きさだ。おいおい日本版ミロのヴィーナスかよ。もうその身体が富の象徴だろ。百ちゃんがくびれの良いモデルの美しさとすれば、冬美は美神さんの人妻の色気に近いものを持っているな…。
女体の神秘は素晴らしいな。まあ一番胸でかいの俺だから一番は俺だけども。
背中周りを視姦しながら俺は膝枕しているトガちゃんの顎を指の腹で優しく摩る。愛撫のように…じっくりと…。
百ちゃんが俺の冬美を見る視線に気付いたのかこほんと咳払いをしてジト目で俺を見ると、淡々と話しかけてきた。
「コホン…まずは第一段階終了ですわね。やはり冬美さんは手薄な弱点でしたわ。気の毒ですが、しばらくここに居てもらいましょう。手紙の方は?」
「黒霧がワープして適当な県の適当なポストに投函したってさ。動画で声明出すのはリスク大きいからな。」
そう会話を交わしていると、意を決した様子で冬美ちゃんが振り返った。綺麗な瞳には涙が溜まっている。
「わ…私を攫って何がしたいの!お父さんを脅す気…?」
俺が無言でトガちゃんの頭をポンポンと叩いて退く様に言うと、トガちゃんは口を拗ねた様に尖らせたが渋々どいた。
「後で血ちゅうちゅうさせてくださいね。」
「はいはい。」
俺は笑顔で軽く手を振ると、立ち上がってゆっくりと冬美に近づく。すると冬美は小さく恐怖の声を漏らして縮こまった。俺は笑顔で冬美の顔に手を近づける。そして両手で震える冬美の頬を摘んでふにふにと揉みほぐした。
「おお…個性か?冷や冷やして気持ちいいな。すべすべのもっちもちだ。」
肉付きの良い頬をぷにぷにと弄る。冬美は唐突なスキンシップに死ぬほど困惑している様だが、恐怖の方が強いかな。いい感情のブレンドだ。恐怖が6で困惑が4…。俺はニコニコと笑顔で淡々と答えた。
「………そうだねぇ。まあこの手触りに免じて答えてやるよ。」
「まずは…ん?」
その瞬間、背後の空間が僅かに歪んだ感覚がした。黒霧か?俺が後ろを振り返ると、案の定の黒いモヤから一人の見覚えのある男が現れた。全身火傷で覆われたギラギラとした瞳の男。
「よォ変態女。お愉しみ中のところ悪ィな。」
「………悪いと思ってるなら玄関から来いよ。礼儀知らずだな、荼毘。」
仏頂面の昨晩とは違って明らかにニヤついてこちらを見ている荼毘にそうぶっきらぼうに言葉を返した。…こいつ正気か?殺気まみれじゃねえか…。トガちゃんだけは勘付いた様で静かに懐のカッターに手を伸ばしている。それに気付いてるのか気付いてないのか、荼毘は笑ったまま言葉を返した。
「人攫いに言われると骨身に染みるぜ。…外じゃトップニュースだぜお前。で、それを使ってどうエンデヴァーに復讐するんだ?」
そう言って無造作に荼毘は冬美を指さした。…一先ずいきなり殺し合いはないか。にしても想像以上に危ない奴だな。何かこいつの逆鱗に触れたのか…?ともかくここで戦闘は絶対に避けたい。荼毘の個性を考えると美神さんはまず死ぬし、単純に敵連合の戦力を削ぐ様な愚行は犯さない。
「………?」
荼毘の声を聞いた冬美が、一瞬奇妙な表情を浮かべた。困惑と疑念。そして絶対にそれはあり得ないという拒絶の意思。…知り合いか?
「はっ。随分エンデヴァーに興味ビンビンじゃねえか。親でも殺されたか?」
瞬間、荼毘から笑みが消えた。えっ?もしかして当たりか?絶対ないだろと思ったのを茶化し混じりで問いかけたんだが。
荼毘はピリピリとする殺気をこちらに向けながら呟いた。
「…似た様なもんだ。いいから答えろ。俺の気は長くねェぞ。」
荼毘の焼け爛れた腕から青い炎が微かに現れ揺らめいている。…なんで黒霧こいつ入れたかな!?あいついい加減にしろよマジで!?せめて事前に連絡ぐらい寄越せよ。
「分かったよ。…なに、簡単さ。この冬美ちゃんを人質にエンデヴァーをゆするのさ。」
そうすべすべでひんやりした冬美の頬をまた弄りながら答える。冬美がマジかこいつと言わんばかりの目線を俺に向ける。
「………それだけか?」
瞬間、荼毘は毒気が抜けた様な、期待が外れたかの様な顔をした。…少なくとも、もう殺気はない。…マジでこれエンデヴァー狙いで敵連合入ったんじゃねえかこいつ…。炎個性でエンデヴァーに恨み?何か閃きそうな気もするが、頭の中でイマイチ二つが繋がらない。なんか関係ある気がするんだけどな…。エンデヴァーの隠し子か?
「ま、ここからがミソなんだが。エンデヴァーには条件を二つ提案する。」
「①轟冬美の身の安全を保証する代わりに雄英生の轟焦凍を俺たちに引き渡す。」
そう言い切った瞬間、また冬美と荼毘の表情は一変した。冬美は凄まじく狼狽した様子でこちらをキッと睨んだ。荼毘は逆にどこか考え込むようなしせいをみせた。
「な、何を…!焦凍を巻き込むなんてそんな事…!許さない…!」
俺は冬美ちゃんの頬を微笑んだまま引っ叩いた。赤い紅葉色の跡が白い頬につく。…あー…やば。興奮するなこれ。
「焦んなよ。エンデヴァーはそんな条件絶対に認めないって事俺は分かってるさ。そこで二つの目の条件だろうが。」
「②明後日までに現金3億円をバッグに詰めて後日指定する取引場所にまでエンデヴァー本人が持ってくる事。」
荼毘はその俺の説明を聞いた途端、鼻で笑って嘲笑う様に俺に言った。
「要は金か。しかもエンデヴァー本人だ?警察にGPSで追跡されるのがオチだろうが。そもそもアイツからまともに逃げ切るだけで一苦労だろ。」
「分かってるっての。だからそもそも金を受け取る気なんてない。」
「貯金だって数億単位であるし、『創造』の個性があればそもそも金策なんて腐るほどできる。」
そう俺があっさりと言葉を返すと、荼毘は目を細めて俺を探る様に見つめた。説明の続きを淡々と俺は話す。
「要はこの二択ならまず条件②をエンデヴァーは選ぶだろう。札束かカバンに付けたGPSで俺の隠れ家を探り出そうとするのも想定済みだ。…だから取引場所に"俺は"行かない。」
「代わりに週刊雑誌やらの薄汚えマスコミ連中に取引場所を伝える。その中でも真っ黒な連中にね。つまり奴は自ら痴態を晒すわけさ。」
「愛しい家族を人質に取られりゃヒーローだって敵に金を払うってな。おまけに肝心の敵に来られなかったとなれば惨めさ倍増だぜ。」
そう言い切ると、荼毘は口笛を吹いて手を叩いた。そして笑いながら百ちゃんの作戦に対する感想を述べた。
「…成程な。悪くねェ。リスクは限りなく小さく、効果的にエンデヴァーに恥をかかせる。」
「だが…お前はエンデヴァーを知らないな。それがよく分かる作戦だった‥。」
すると、それまで警戒がちに荼毘を見ていた百ちゃんが心外だと言わんばかりに口を開いた。
「…これで終わりではありませんわ。次はエンデヴァーに無関係の一般市民の方を攫います。そしてエンデヴァーに揺さぶりをかけるのです。」
「赤の他人に、娘と同じ額の金を用意できるのかと。」
そうだ。この作戦はこれで終わりじゃない。二段構えの攻めこそが狙い。娘に紛いなりにでも三億用意したと世間が知った状態で、赤の他人に金を払えるのかをジャッジさせる。俺たちがダメージを与えなくても、社会が正義でヒーローを嬲ってくれる。
『この判断は本当に正しかったんでしょうか?』ってな。今の時代、近代社会はどこもそうだ。安全圏から他人をジャッジし、裁けると思ってる馬鹿なら腐るほど居る。
俺から見てもこの作戦に欠点は見当たらない。他のヒーロー相手でも通じる、イメージ下落作戦としては最上のものだ。リスクが少ないのがいい。
荼毘は小さくため息をつくと、淡々と言った。
「そりゃまあ、他のヒーロー相手にならそれなりに有効だろうよ。だがお前らは知らない。」
「ヒーローじゃないエンデヴァーを…轟炎司の、弱さと醜さを知らねェ。…まあ、すぐ分かるだろうぜ。」
…?
荼毘の言っている意味がまるで俺には分からなかった。すると、テレビが急に緊急中継へと変わった。全員の視線がそちらに向く。
すると、荼毘を除いた全員の目が驚きで見開かれた。
その画面には、普段のヒーロースーツ姿のエンデヴァーが映っていた。
『エンデヴァー氏の緊急記者会見です。エンデヴァー氏の娘である轟冬美さんを誘拐した敵からの声明に対し、返答を出すとのことです。』
そのテレビのキャスターの言葉に、百ちゃんが慌てた様子で俺に尋ねる。
「私たちの声明は他言無用にするようにと書きましたわよね!?」
「…ああ。というとこはつまり…」
そこから先は口にするのをやめた。だが、恐らくエンデヴァーは…俺たちの企みを薄々感じ取ったのだ。
確かに冷静に考えれば、条件①でも②でも、息子か金を渡したところで娘が帰ってくる保証は厳密に言えばない。
持ち逃げされて娘も帰ってこないパターンも全然あり得る。
だが、それでも金を出すと俺は思っていた。もし仮に敵が娘を殺したらと少しでも頭によぎったなら…いや、まさか。
こいつ、その可能性を理解した上で…。
『まず最初に言っておこう。俺が敵の要求に屈することはない。たとえ娘が攫われようとだ。』
娘を、切り捨てたのか?
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轟冬美視点
子供の頃の記憶で一番生々しい嫌な思い出は何かと友人に問われれば、私は笑っておちゃらけた失敗談を語る様にしている。でも…でも本当は…。
「なぜ止めなかった 冷!!!頼んだはずだ!!!」
「お母さんいじめないで!!やめて!いじめないでよ!!」
地面に倒れて震えながら涙を流すお母さん。それを一方的に怒鳴りつけるお父さん。そして…そのお父さんに一人立ち向かって必死になって叫ぶ、一番幼い焦凍。
私は…私と夏は…ただ怖くて…恐ろしくて…部屋の隅で震えることしか、できなかった。
今になっても後悔している。なぜ一番小さかった焦凍を守ることができなかったのか。
燈矢兄が死んでも、お父さんは焦凍に固執した。毎日毎日無理やり個性を伸ばさせて、吐くまで訓練を続けた。
…いや、今思えば、燈矢兄が死んだから、余計酷くなったのかな。
溜め込め続けたお母さんは壊れて、焦凍は私たちから隔離された。
遠くから見る焦凍の顔が、酷く寂しそうだったのをいやに鮮明に覚えている。
…何も、できなかった。
だから教師になった。子供の焦凍に何もできなかったから。どうしようもなく悲しい顔をしている子供を、あの時の焦凍と同じ顔をしている子供を、一人でも守りたかったから。
笑えるね。そんなことしても焦凍が救われるわけでもないのに。
私はいつだってそうだった。私達の家族が、とっくに"壊れてる"って知ってたのに。見ないふりをした。上部だけ取り繕った。
お父さんが怖くて、お手伝いさんが居なくなってからは、常にニコニコしながら家事をした。笑ってお父さんと夏にご飯を作った。掃除だってしたし、洗濯だってお手のものだ。
…だから…何?
そしたら何かやってる気になれただけだ。
本当の部分から必死に目を逸らして、とにかく明るく上部を取り繕った。
それしかできないから。本当の家族になりたかったから。
私の目の届く範囲では、そんなちっぽけな上部でも、そんな脆い生活でも維持したかったから。
私の手癖で作った料理を、お父さんとお母さん、父さんに悪戯する燈矢兄に夏、そしてマイペースな焦凍が、美味しそうに食べて一緒に団欒を囲む。
薄々分かってたよ。もうそんな未来あり得ないかもって。でも…でも…
『俺の娘が攫われたとしても、だから何だというんだ。敵にヒーローが屈することはありません。』
『エンデヴァーは屈しません。身代金も払いませんし、焦凍を代わりに引き渡すなどあり得ない。…焦凍はオールマイトを超えるヒーローになる逸材だ。」
結局、お父さんの視界の中にすら、私は…
『俺は警察の弛まぬ捜査の力を信じます。…以上です。俺の仕事は、普段と何も変わらない。』
そもそも、入ってなかったんだね。
気がつけば冷たい涙が頬を伝っていた。
声が抑えられない。咽びながら泣きじゃくることしかできない…。
「う、ああ…ああァ…ああ…!」
ただひたすらに、涙を流すことしかできなかった。その涙を、そっと綺麗なシルクのハンカチが拭った。
驚いて顔を上げると、長い艶やかな黒髪の美女が、悲しげにこちらを覗き込んでいた。
…だがこの人は私を攫った人、ただの…敵なのだ。
そのはず、なのだ。なのになんで。
そんなに悲しい顔で、私を見るの。
「…家族だと思ってる相手は、大事だよね。分かるよ。」
「な…そんなこと…貴女に分かるわけな…!」
そう言い切る前に、柔らかな女性の体の感触と、穏やかな体温が私を包む。抱きしめられたのだと気づくまでに、数秒かかった。
「"私"もそうだったよ。幸せな家族が欲しいよね。飢えて飢えて…気が変になりそうだったよね。」
そう耳元で優しく言い聞かせて、無言で私のことを抱きしめる敵の女。先ほど私をぶって、散々弄んだ女。…本当に同一人物なの?
私の前の今の女は、まるで助けを求める孤児のようにすら感じられた。
ただその暖かみが、やんわりと私のどうしようもなく冷え切った痛みを、少しずつ溶かしていくのが分かった。
嘘じゃない。本当にこの人は…私のことを憐んで、心の底から同情してる。嘘をついてる敵に騙されるほど、私は子供じゃない。
なんで?本当になんで?
理解できない事態に頭が痺れてうまく動かない。
その暖かさが、今はとても怖くて、それと同時に惹きよせてくる。胸の奥がジンジンと痺れてくる。
相反する恐怖と親愛に、精神がおかしくなりそうだ。
やがて混乱した私の意識は、次第に暗闇へと沈んでいった。